再びの決闘
どうして俺は平穏に過ごせないのだろうか?
「まったく、ヤレヤレな気分だな」
マリエの家でくつろいでいるわけだが、俺以外は慌てていた。
クリスが俺に怒っている。
「何をのんきにしている、バルトファルト! お前、今の状況が分かっているのか?」
紅茶を飲んで落ち着いている俺は、今の状況を説明する。
「決闘の日までに自前で鎧を用意しなければいけない。だが、その鎧が手に入らない、だろ? どいつもこいつも六大貴族を恐れて俺に鎧を売らないからな」
まったく――ヤレヤレな気分だ。
「だったら! 何で落ち着いていられる? いいか、相手は確実にアロガンツを出してくるぞ。レプリカとは言え、鎧を相手に生身で戦えるのか? マリエなんか、鎧を売って欲しいと商人のところを回れるだけ回ったんだぞ!」
今あるアロガンツはレプリカじゃないけど、そう言わないと色々なところで問題が出てくるからね。
本物のアロガンツと生身で戦えと言われたら、誰だって嫌がるだろう。
……というか、マリエの奴も俺に許されようと必死だな。少しいじめすぎたか?
「いいじゃないか。その方が楽しみだ」
「お、お前! 私たちと戦ったときは、性能差で勝利したと言っていたじゃないか! 鎧を調達できたとしても勝ち目が薄いのに、手に入れることも出来ないんだぞ!」
元気な奴である。
俺のことを心配してくれているのか?
もっと美少女とかに心配されたいね。
リビアとか、アンジェとか? ミレーヌ様やクラリス先輩でも可!
俺は視線をベビーベッドに向けた。
そこにいるのは赤ちゃんではなく、ノエルだった。
世話をするとき、こちらの方が便利なために用意したのだ。
「ノエル、クリスがいじめるよ~」
「話をそらすな! 聞けばこちらの決闘は学園の特別ルールなんて甘いものはない。バルトファルト、いったい何をするつもりだ? いい加減に私たちにも教えてくれ」
それをここで言うと、こいつらが止めてくるので嫌だ。
クリスが俺を心配している。
「お前、最近おかしいぞ。それとも、あの使い魔のことが心配なのか?」
「ルクシオンか? まぁ、心配といえば心配だな」
あいつは今頃――。
◇
アインホルンの船内。
朝昼晩と関係なく騒いでいるピエールの取り巻きや、フェーヴェル家の家臣たち。
船内は荒らされ酷い状態だった。
アロガンツも趣味の悪い装飾が施され、ルクシオンは嘆いている。
『……可哀想に。すぐに外してあげたいのですが、今は我慢しなさい』
ルクシオンが人の気配に気が付き、風景に溶け込むように消える。
やって来たのはピエールたちだ。
「あいつも馬鹿だよな」
「流石はピエールさんですよね。先回りして、商人たちに圧力をかけるなんて」
ピエールはアロガンツに触れる。
「あいつは自分の鎧に踏み潰されるんだ。きっと面白いショーになる」
笑っている取り巻きたち。
ルクシオンのレンズがピエールの手の甲を解析する。
レンズが拡大と縮小をしており、レンズ内のリングが動く。
「ところで、勝った後はどうするんです?」
「あ?」
「ホルファート王国ですよ。どうせ謝罪に来るんでしょうけど」
ピエールは手に持った飲み物に口を付けながら、
「……そうだな。俺を舐めた王国の連中は、皆殺しにしてやろうか。あいつらも、王子の首を送りつけられたら戦争をするしかないだろ。向かってこないなら、王子を殺されたのに黙っている腰抜けと煽ってやるよ。嫌でも引きずり出してやる」
取り巻きたちが喜ぶ。
「その時は俺たちも混ぜてくださいよ。卒業前に勲章が欲しかったんです」
勝ち続けた弊害か、彼らにとって戦争とは勝利するのが普通だった。
そのため、戦争に対する忌避感がない。
死んでも運が悪いと思っている程度だ。
「いいぜ。こいつで戦場に出て、王国の騎士たちを血祭りに上げてやる。そうすれば、俺が兄貴の地位を奪って議会に顔を出すときは、いい箔になるからな」
圧倒的な強さにおごった共和国。
ピエールはその典型的な貴族だった。
極端に悪い方に偏った貴族である。
◇
ホルファート王国。
前の日に二人で寝ていたアンジェとリビアは、着替えを行っていた。
アンジェは口に髪留めを咥え、下着の上にシャツを着用しているだけだ。
ボタンもとめていないため、前が開いている。
クレアーレがメールを受信した。
『あら、久しぶりのメールよ』
寝ぼけていたリビアがクレアーレに飛び付こうとして、ベッドから落ちた。
「痛いです」
アンジェが近付き、腕を掴んで起こしてやる。
「何をしている。クレアーレ、読み上げてくれるか?」
『いいわよ。けど、内容はいつもと変わらないわね。ノエルちゃんのお世話が大変という話ね。あと、ノエルちゃん可愛いってことくらい?』
リビアが少し拗ねる。
「リオンさん、最近はノエルちゃんのことばかりですね」
アンジェが小さく笑っていた。
「そうだな。だが、十七歳と高齢だからな。大変なときに拾ったものだ」
『……あら、ローランドの糞野郎に渡してください、って内容もあるわね』
アンジェが困った顔をする。
「あいつ、陛下に何てことを言うのか。気持ちは分からなくもないが、もう少し緊張感を持てと言いたいな。それで内容は?」
『ひ・み・つ、ですって』
リビアが首をかしげている。
「陛下に伝えるって結構重要なことですよね?」
アンジェは頷く。
「そうだな。だが、秘密なら仕方がない。クレアーレ、書状にして用意してくれ。私から父上に渡して届けて貰おう。返事は後で考えるから、先に書状の方を頼む」
クレアーレは部屋を出て書状を用意することに。
だが――。
『ついでにアンジェの画像も添付して返事をしておきましょう』
◇
王宮。
ローランドは朝から紅茶を楽しんでいた。
「……いい茶葉だ。私に相応しい」
そんなローランドを前にしているのは、アンジェの父親であるヴィンスと、クラリスの父親であるバーナードだった。
「王妃様は連日の激務でお疲れというのに、顔色がいいですな、陛下」
「少しは仕事をされてはいかがです、陛下?」
二人の皮肉や嫌みにもローランドは屈しない。
だって、ローランドは心が強いから。
「私がやるよりも、あの女がする方が正しい。適材適所だよ」
ヴィンスが青筋を浮かべていた。
「外国の出身者である王妃様を信用しすぎですな」
ローランドは紅茶を飲み、そして答える。
「あの女の故郷は、敵国を挟んだ向こう側だ。王国の利益が、あの女の利益にもなる」
ミレーヌの故郷は、ローランドが言うとおり敵国を挟んだ向こう側にある。
その敵国を封じ込めるための婚姻であり、王国の弱体化はミレーヌの故郷にとっても問題だ。
敵国が、王国に攻め込み領地を広げ国力を増すと、それはミレーヌの故郷にとっても脅威が増すことを意味していた。
「ミレーヌの方が仕事に向いている。私がやるよりも実際に成果があるからな」
忌々しいが、ローランドの言うとおりだった。
バーナードも言い返せない。
ローランドは無能ではないが、能力で言うなら七十点だ。
しかし、ミレーヌが九十点や百点の能力を持っており、そちらに任せる方が合理的だった。平時ならミレーヌも忙しくないが、王国の現状を考えると頑張って貰うしかない。
だが、ヴィンスにしてもバーナードにしても、ミレーヌは外国の王族だ。気を抜けないという意味では、あまり頑張って欲しくもない。
それなのに、ミレーヌが先程の理由で断れないこともあり、ローランドは好き勝手にしている。
「実力の足りない我が身が悲しいな。こうして見ていることしか出来ない」
微笑んでいるローランドに、忙しいヴィンスもバーナードも青筋を浮かべていた。
お前は楽しんでみているだけだろう、と。
ヴィンスが手紙を差し出す。
「……陛下、娘の婚約者から手紙が届いています」
「む? あの小僧から? せめて若い娘からの恋文なら読みたいが、あの小僧の手紙では一文字も読める気がしないな」
どうせたいした内容ではないからと、ヴィンスに開封させるローランドだった。
(馬鹿な小僧だ。私への罵詈雑言であれば、お前の義父になるヴィンスに手紙の内容を読まれ幻滅されるがいい)
リオンが大嫌いなローランドだったが、
「こ、これは!」
ヴィンスが驚いており、ローランドはやってやったと思っていた。
だが――。
「陛下、これをすぐにお読みください」
「どうした? 私への文句ならあいつをすぐに打ち首に……え?」
『陛下お元気ですか? 俺は無茶苦茶元気です。
ところで、以前“面倒事をうまく処理するように”と命令されたとおり、共和国の貴族に喧嘩を売られたので買いました。
安心してください。ボコボコにしてやりますよ!
でも、外交関係は俺の領分ではないので、そちらで対応をお願いします。
by貴方の優秀な臣下より
追伸、仕事が出来てよかったね』
ローランドは手紙を握りつぶした。
「あの小僧ぉぉぉ!」
バーナードが冷静にヴィンスと話し合っている。
「これでは国際問題になる。すぐに誰かを共和国へ派遣しなければ。しかし、よりにもよってアルゼルと問題を起こすとは……」
「外交問題となれば王妃様は表立って動けぬ。ここは陛下に対応していただこう」
流石にミレーヌを外交問題にまで引っ張り出すのは難しく、助言はしてくれても実際に表に立つのはローランドだった。
ヴィンスとバーナードが真顔になる。
「忙しくなりますな、陛下」
「敵は防衛戦最強の共和国。さて、どうなるのでしょうね、陛下」
ローランドがワナワナと震えていた。
(よりにもよってアルゼルに喧嘩を売る大馬鹿者だったとは! あの小賢しい小僧なら、多少何かをされてもウジウジと理由を付けて流すと思った私の判断ミスだった。戻ってきたら処刑してやる!)
「とにかく情報を集めろ! 共和国にすぐに使者を出せ。手紙が来たということは、もう奴は何かやったあとだろう。まったく、大使館は何をしているのか」
その手紙の内容は、先日送られてきたとは思わないローランドだった。
◇
どこかで糞野郎のもがき苦しむ声が聞こえてきた気がする。
今日はいい日だ。
学園が用意した決闘場は、鎧の訓練に使うような特別な施設だった。
観客席も用意されている。
壁に触れると淡く光っており、魔法により強度を上げているようだ。
「簡単には壊れないか。それにしても、学園にこんな施設があるのは共通なんだな」
鎧同士を決闘させる場があるのは、ホルファートもアルゼルも同じだ。
きっとあの乙女ゲーの都合だろう。
用意された観客席は、随分と高い位置にある。
決闘場を見下ろせる位置だ。
そんな観客席がざわつき始めていた。
「おい、留学生が生身だぞ」
「嘘だろ」
「鎧相手に、生身で戦うのかよ」
この世界の鎧とは大きなパワードスーツを想像すればいい。
簡単に言えば、生身で戦うような相手ではない。
そもそも、生身では相手にならないのが鎧という兵器だ。
決闘場に降りてきたナルシス先生とクレマン先生が、丸腰に見える俺に近付いてくる。
「いったい何を考えている!」
「どうして鎧を持ってこなかったの!」
持って来たくても、持ってこられなかった。
「共和国の商人が俺に売ってくれませんからね。仕方がないので丸腰です。おっと、拳にグローブくらいはしていますよ」
特注のグローブを見せてやると、二人とも顔を手で押さえていた。
クレマン先生が相手側を見る。
そこにはゴテゴテと飾り付けられたアロガンツの姿があった。
「……中止にしましょう。もしくは、借りられるところから借りましょう。こんなの、勝負になる訳がないわ」
クレマン先生の言葉に、アロガンツに乗り込んだピエールがゲラゲラと笑っていた。
『今更逃げるなよ、三流国家の三下野郎。時間は与えてやったんだ。準備できなかったお前が悪いよな?』
俺は少し困ったように振る舞う。
「確かに準備不足は俺のせいだな。なら、このままやっても問題ないんだな?」
確認すると、ピエールはアロガンツのコンテナから大型のライフルを取り出し構える。
『当たり前だ。お前の鎧でミンチにしてやるよ』
楽しみだな~、なんてゾッとすることを言っていた。
こいつはろくな大人になれないと思う。
ナルシス先生が俺に提案してくる。
「もう、聖樹の苗木を渡しなさい。勝負にこだわる必要はない。命が大事じゃないのか?」
勝負にならないと思ったので、俺に負けを認めろと言ってくる。
「男の子は戦わないといけない時があります。今がその時ですよ」
アロガンツ相手に素手で挑む奴がいれば、俺は笑ってやる自信がある。
まさか自分がすることになるとは思っていなかったが、戦わなくてはいけないのだ。
そんな時――。
『……そうだ。お前らのところに犬がいたよな。面倒を見ていたのはカーラだったか? 犬の名前はノエルだよな?』
目を見開く俺は、観客席――俺を応援しているマリエたちを見上げた。
マリエたちも驚いている。
カーラは、ノエルの世話をするために屋敷に残っていたはずだ。
「てめぇ、ノエルとカーラをどうした?」
『さぁ? 俺様が知るわけがないだろ。俺はお前たちが使っている屋敷にいた、女と犬の名前を言っただけだからな。変な言いがかりは止めてくれよ』
クツクツと声を押し殺すように笑ったこいつに俺は思ったよ。
……お前は本当に素晴らしい悪役だ、って。