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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第四章

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アルゼルのダンジョン

 早朝の教室は――臭かった。


 クレマン先生が叫んでいる。


「ちょっと! いったい誰がこんなことをしたの! 掃除よ! 掃除よ! ホームルームは中止して、全員で掃除をします」


 俺の机にばらまかれたゴミには、生ゴミもあった。


 教室に置いていた教科書にノートも酷い状態だ。


 ズタズタにされ、ついでに机や椅子もボコボコだった。


「酷いことをするよな」


 クラスの生徒たちは互いに視線を合わせ、何も言えないのか黙って立ち上がり掃除を開始する。


 俺には話しかけても来ない。


 まさか異世界でいじめを経験するとは思いもしなかった。


 ただ――内心で俺は笑いが止まらなかったよ。



 ナルシス先生の個室。


 クレマン先生と共に訪れると、ソファーに座って話をすることになった。


 俺が煎れた紅茶を飲みつつ、野郎三人での話し合いだ。


 申し訳なさそうにしているナルシス先生だが、


「本当に何を考えているんだか……ところでクレマン先生、近すぎませんか?」


「あら、私ったらはしたない。でも、ソファーが少し小さいの。我慢してね、ナルシスきゅん」


「そ、そうですか」


 俺の前に座っている二人だが、距離がとても近く肩を寄せ合っている。しかし、俺から見てクレマン先生の方にはまだ余裕があった。


 ……黙っておこう。


「ピエール自体は登校していないと聞きましたが?」


 学校に姿を見せないピエールが気になっていると、ナルシス先生が答えてくれた。


「君の持ち込んだ鎧で遊んでいるらしい。港からの苦情が多くて困っているよ」


 クレマン先生も同様だ。


「凄い出力らしいわね。王国では既に主流なのかしら?」


 アロガンツ――王国にはレプリカとして報告しているが、中身は改修しており以前よりも最適化しているとルクシオンが言っていたな。


「アレはロストアイテムでしてね。俺が発見しました。主流ではありません」


 ロストアイテムと聞いて、ナルシス先生の目が輝き出す。


 この人はダンジョンとかロストアイテムが好きな人だ。


 絶対に興味を持つと思った。


「その歳でダンジョンに入ってロストアイテムを発見したのかい? それは凄いね。その時の話を――クレマン先生、ちょっと顔が近いです」


「ナルシスきゅん、今はそんなことを話している場合ではありませんよ」


 だが、俺は――。


「いえ、丁度いいのでお話ししますよ。いっそナルシス先生とダンジョンに入るのも良いかも知れませんね。ほら、今は登校しても問題が多いので」


 クレマン先生が大きな体で肩を落としていた。


「ごめんなさいね。生徒たちも、六大貴族の関係者が絡むと口をつぐむしかないわ。昔はこんなこともなかったのに」


 昔――まだレスピナス家が存在していた頃だろうか?


 クレマン先生とは逆に、やる気を見せるのはナルシス先生だ。


「ダンジョンか。いいね。気分転換に持って来いだよ。どこか行きたい場所はあるのかな? ないなら、こちらでいくつか候補をピックアップするよ」


 ウキウキしているナルシス先生に俺は言う。


「では――レスピナスの洞窟でお願いします」


 ナルシス先生が少し驚いていた。


「あそこは難易度が高い。準備に時間がかかってしまうよ。人手も集めないと」


 レスピナスの洞窟は、ゲーム的にも難易度が高いダンジョンだ。


 マリエのノートに書いてあった。


「心配しないでください。人手なら俺の方で手配します。たまには役に立って貰わないと困る連中がいましてね」


 二人が首をかしげていた。


 ついにあいつらに頑張って貰うときが来た。



 アインホルンがある港。


 そこで灰色の大きな機体が、飛行船の近くをもの凄いスピードで通り抜けた。


『どけぇぇぇ!』


 アロガンツに乗るピエールが、飛行船が出入りをする港で遊んでいた。


 飛行船と飛行船の隙間を通り抜けると、飛行船が通り抜けたアロガンツの衝撃に揺れている。


 アインホルンの甲板では、ピエールの取り巻きや家臣たちがいた。


 食料庫から持ち出した食糧に、自分たちで持ち込んだ酒で飲み食いしている。


 アインホルンの調査に来た家臣たちも、仕事を放置して遊んでいた。


 その様子を物陰から見ているのは、ルクシオンだった。


 周囲の飛行船から抗議のためか通信が入るも、アインホルンに掲げられたフェーヴェル家の旗を見て黙ってしまう。


 甲板の上にいる家臣たちが、酒を飲みながら話をしていた。


「坊ちゃんはあの玩具がお気に入りか?」

「見てくれは悪いが、パワーはあるからな。持ち帰って改造するって話だ」

「それにしても、人が必要ない飛行船なんてどう調査すればいいんだ?」


 アインホルンの調査に来てみたが、彼らが分かったのは“自分たちでは分からない”ということだけだ。


 アインホルン自体はこの世界の技術力で再現可能だ。


 しかし、動かしているロボットたちを、彼らは調べられなかった。


 ロボットたちを解体してしまうにも、領地に運んでからでないと最悪アインホルンを動かせなくなる。


 好き放題に暴れ回っているピエールたち。


 港では随分と嫌われていた。


 ルクシオンが船から飛び立ち、港にいた作業員たちの場所まで移動する。


 そこで三人の作業員がアインホルンを見ながら文句を言っていた。


「ふざけやがって」

「この前は商船がバランスを崩して怪我人が出たんだぞ」

「王国の船だろ? 抗議しないのか?」

「フェーヴェル家の次男坊が奪ったのさ。強引なやり方で奪ったと聞いたな」


 徐々にピエールたちが何をしたのか広まりつつあった。


 アロガンツに乗り込んだピエールが、調子に乗って他国の船の甲板に降り立ち武器を向けて威嚇している。


『フェーヴェル家のピエール様だ! 誰か戦おうという奴はいないのか!』


 アロガンツの性能に酔いしれている。


 誰も戦おうとしないので、つまらなそうに飛び立ってまた迷惑行為を繰り返していた。


『誰か俺と戦えよ!』


 迷惑行為を繰り返すピエールを見て、取り巻きも家臣たちも笑っていた。


 すると、今度は見るからに怪しい連中がアインホルンへと向かっていた。


 格好は派手なスーツ姿。


 スーツの下には武器を隠していたが、ピエールの取り巻きたちはアインホルンの中へ招き入れていた。



 マリエの屋敷。


 顔を出すと、怯えたマリエがお茶を出してきた。


 それを飲んで一言。


「お湯が適温じゃないな。やり直しを要求する」


「は、はい!」


 慌ててカップを下げるマリエの姿を見て、少しは可哀想になってきたが黙っておこう。


 たまにはいい薬になる。


 あいつはすぐに調子に乗るからな。


 ……こんなことを口にすれば、いつもは皮肉を言ってくれる丸い奴がいたのにね。いないと寂しく感じてしまう。


 部屋にジルクが入ってきた。


「バルトファルト伯爵、マリエさんをいじめないでいただきたい。我々にも非はありますが、この扱いは酷すぎます。やるなら私にすればいい!」


 お茶を煎れ直せと言っただけでこの言い草だ。


 まだ色恋で脳みそが支配されているらしい。


「そうか? なら、お前は今回のメンバーに決定だ」


「メンバー?」


 部屋に今度はクリスが入ってきた。


「おい、マリエが泣きながら温度計でお湯の温度を測っていたぞ。いったい何が――」


「剣術馬鹿も連れて行くか」


「は?」


 二人が困っているところで、今度はユリウスが入ってきた。


「おい、マリエがティーポットにお湯と水を交互に入れてブツブツ何か言っていたぞ。何の実験だ?」


 部屋に三人が入ってきたので、俺はこの面子でいいかと立ち上がった。


「よし、お前ら三人準備をしろ」


 首をかしげている三人。


 部屋にはマリエが戻ってきた。


「煎れ直してきました!」


 カップを手に取り、紅茶を飲んだ俺は笑顔で告げてやった。


「まずい」


 泣き出すマリエが少し面白い。


「ところでマリエ、こいつらを借りていっていいか? 大体、二週間くらいだ」


 マリエは顔を上げた。


「ユリウスたちを? 別にいいけど」


 するとユリウスがとても驚いていた。


「マリエ! ちょっと待ってくれ。まだ何も確認していないのに、俺たちを貸し出すのか?」


 マリエは結構冷たい顔をしていた。


「色々と問題があって学園にも登校できないし、みんな遊んでいるじゃない」


 ジルクが言い訳をする。


「いえ、遊んでいるわけではないのですが」


 マリエは俺を見る。


「どこに行くの?」


「ダンジョンだ。少しばかり回収したいアイテムがある」


 マリエは少し首をかしげていた。


「ならグレッグの方が良くない?」


「あいつは強面だからな。屋敷の護衛に丁度いい。こいつら三人でいいや。あと、ノエルを預けるから大事に面倒見ろよ」


 クリスが少し怒っている。


「あ、扱いが酷くないか?」


 マリエが手を叩く。


「はい、みんな準備をして。あに――リオンに迷惑をかけないのよ。しっかり稼いできなさい」


 マリエに言われ三人が酷く微妙そうな顔をし、そして俺を見た。


 ユリウスが俺に尋ねてくる。


「いったい何を考えて……いや、何をするつもりだ、バルトファルト?」


 俺は口を三日月のように歪め、そしてこの場にいる全員に告げる。


「……俺、やられたらやり返す子だからさ」


 アルゼル共和国には、相応にやり返させて貰うとしよう。



 レリアは少し焦っていた。


 学園の廊下を歩く速度が少し速いのは、焦りから来るものだ。


(いったいどうなっているのよ)


 ピエールが留学生たちに絡んだ。


 それくらいは、普段のピエールならあり得るかも知れない。


 ゲームと現実は違う。


 レリアはそう考えていたし、注意もしてきた。


(間違いだった。留学生として五人が来て、その中の数人が知らないモブだと思っていたけど、あいつら……私と同じだ)


 明らかにモブ顔の男子。


 少し可愛い女子と普通の女子……留学生としてくるのだから、他にも生徒がいてもおかしくないと思った。


 むしろ、ホルファート王国の男子が見られてラッキーと思っていた。


 だが……。


「ねぇ、聞いた? ホルファート王国の女子って奴隷を側に置くらしいわよ」

「それ聞いた。あのマリエって子、可愛いエルフの子が使用人だって。羨ましいわ」

「名前は――カイルだっけ?」


 そんな噂話を聞いて、焦って色々と調べてみればおかしいことだらけだった。


 出来るだけ関わらないようにしてきたのが仇になっていた。


(姉貴もいないのに、どうしてくれるのよ)


 レリアは――転生者だった。


 あの乙女ゲーを知っており、一作目も知っている。


 カイルが、主人公の専属使用人であるのも知っていた。


 慌てて調べてみれば、分かったことはどれも耳を疑うことばかりだ。


 リオンやブラッドたちの教室に来ると、知り合いが出てきた。


「どうしたの、レリア?」


「ね、ねぇ、留学生のことなんだけど」


 知り合いがレリアを連れて、人気がない場所に行くと話をしてくれる。


「今は二人とも来ていないわよ。それより、気をつけた方がいいわ。ピエールに目を付けられちゃう。あんた、エミールと親しいけど、何をされるか分からないからね」


「う、うん。それより、あの黒髪の男子のことを聞いてもいい?」


 知り合いの女子が首をかしげていた。


「ブラッド君じゃなくて? あんた、地味な男子が好きよね」


「そういうのじゃないから」


 笑っている女子に真剣な顔を向ける。


 相手も何か察したのか――リオンについて話をする。


「リオン……えっと、フォウ・バルトファルトだったかな? 伯爵らしいわよ。公国との戦いで活躍したとかブラッド君に聞いたけど、胡散臭いのよね。凄そうに見えないし。あ、でも、ピエールに奪われた飛行船は彼の所有物だったらしいわよ」


 レリアは怪しむ。


(飛行船を持った伯爵? 公国との戦いで活躍? 公国との戦争って、こんなに早く始まるわけがないし、終わっている時期じゃない)


 リオンを怪しむレリアは、更に聞く。


「あの小柄な女子のことは知らない?」


「マリエ? ブラッド君の婚約者じゃないの?」


 それを聞いてレリアが怪しむ。


「他のクラスにも聞いて回ったら、全員が別の男子の婚約者だって言ったのよ」


 あるクラスではユリウスの婚約者。


 違うクラスではグレッグの名前が出ていた。


 だからこそ怪しい。


「そういえば、リオン君と中庭で何かコソコソしていたとか聞いたわ。男子が好きそうな子だから、人気があるのかしらね?」


 レリアは気が付いた。


(コソコソ? もしかして、転生者同士で何か相談?)


 早く接触したかったレリアは、とにかく留学生たちの話を聞く。


「ねぇ、今はどこにいるの?」


「留学生? 今は登校していないわよ」


 レリアは目眩を覚えるのだった。


(誰も学園に登校してこないってどういうことよ! 一人くらい顔を出してよ!)



 レスピナスの洞窟。


 七大貴族の名前を冠する洞窟を前に、俺はライフルなどを担いでいた。


「絶好の冒険日和だな」


 そんな俺の発言にツッコミを入れてくれるのは、ナルシス先生だ。


「洞窟だから天気はあまり関係ないと思うよ」


 だが――。


「まさに冒険日和だ。見ろ、太陽が俺たちを祝福しているみたいだ!」


 テンションの高いユリウスが剣を抜いて天に掲げていた。


 クリスも同様だ。


 自分の剣を抜いて輝きを見て微笑んでいる。


「こんな状況でもワクワクしてしまうものだな」


 嬉しそうに微笑むクリスに同意するのはジルクだった。


 拳銃やらライフルを確認し、残弾数をチェックしている。


「楽しみですね。最初はやる気もありませんでしたが、こうしてダンジョンを前にするとウキウキしますよ。今日は爆弾も持って来ちゃいました」


 楽しそうな俺たちを前にして、ナルシス先生が青い顔をしている。


 先生は最低限の護身用の武器しか持っていない。


「き、君たち、ダンジョンに何を求めているんだい? あと、爆弾はちょっと……」


 ジルクが笑顔で、


「大丈夫です。これでも爆薬の知識はありますから。洞窟内でもしっかり爆破できます」


「そうじゃなくて!」


 楽しそうな三人。


 それに戸惑う教師。


 俺たち五人で、難易度の高いとされるダンジョンにこれから挑む。


「待っていろよ、苗木ちゃん。今……迎えに行くからね」


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