聖樹
ホルファート王国の女子寮。
クレアーレが届けてきた手紙を受け取るリビアとアンジェは、リオンの近況を知ると心配になるのだった。
「リオンさん、ペットのノエルちゃんを飼うのはいいですけど、お友達とか出来たんでしょうか?」
共和国の学園は酷いところですと書かれており、他にはやっぱり外国語は現地で学んだ方が覚えは早い、などと書かれている。
それ以上にペットのノエルのことが事細かに書かれていた。
「犬で年齢が十七歳は高齢だな。可愛いメスと書いているが……飼うにしても介護が必要じゃないか?」
クレアーレが補足してくる。
『マスターもその辺りを心配しているみたいね。学園が終わったら、すぐに帰って世話をしているらしいわ。それから……お友達は未だにいないわね』
リビアが肩を落として悲しそうにする。
「リオンさん、可哀想です」
アンジェもそれについて同意見らしいが、
「現地の学生と仲良くするのも大事だと思うが、共和国の態度が気になるな。大使館も随分と弱腰だ」
リビアも気になっている。
「過去に二度は王国が負けていると聞きましたけど、それでも強気すぎませんか?」
アンジェが忌々しそうにしている。
「よほど自分たちに自信があるらしい。煽って敵を作っている態度が、王妃様も気になっていると言っていたな」
実際に何度も防衛戦で勝利しており、アルゼル共和国の強さは周辺国がよく知っている。
それだけに王妃であるミレーヌも慎重な対応を取っている。
だが、現地の大使館が弱腰過ぎるのも問題になっていた。
顎に手を当てたリビアが考え、
「……そんなに強い国なら、もっと領地が広がっていてもおかしくないと思うんですけど?」
アンジェは領土を広げた場合のデメリットを教えてやる。
「空を挟んでの統治も大変だからな。長年、自分たちの国から打って出ない国だ。もっとも、防衛戦以外では不敗とは言えないが」
防衛戦以外に弱いので打って出てこないというのが、アンジェの考えだ。
事実、過去に侵攻した際には敗北している。
「不思議な国ですね」
リビアの感想には、アンジェも頷くしかなかった。
「そうだな。だが、アルゼルは大陸中央にある聖樹を信仰しているような国だ。自分たちの大陸が聖地であるから、そこから出たがらないという噂がある。リオンに確認して貰うか?」
せっかくなので、その辺りのことをリオンに調べて貰おうとするアンジェだった。
リビアは聖樹という言葉に興味を持つ。
「聖なる樹ですか。何か意味があるんですかね?」
◇
「聖樹ってエネルギーの塊みたいなものよ」
屈み込んだマリエと話をしているのは、階段裏の狭い場所だった。
隠れるように話をしているのは、お邪魔五人衆が最近特に五月蠅いからだ。
マリエが俺を頼るのが許せないらしい。
お前らがもっとしっかりすれば、俺がマリエを養わずにすむと理解しているのか? というか、間接的にあいつらを養っているのも俺じゃないか。
アンジェとリビアのお願いでもあるので、聖樹について調べている。
ゲーム知識を持っているマリエに確認を取ると、聖樹とはエネルギーの塊らしい。
「いや、植物だろ?」
「知らないわよ。私は設定とか気にならないタイプだから、ゲーム内で説明された部分しか知らないの。しかも十年以上前の記憶よ。忘れていることも多いわ」
「エネルギーを利用する方法を知っている、ってことか」
「そうじゃない? ほら、アレよ……フリーエネルギーって奴?」
永久機関とでもいうべき奴か?
前世ではオカルトやらそちらに分類されていたと思うが、人類が夢見るエネルギーの最終的な形だろう。
「聖樹がエネルギーを生み出し続ける、か」
「そう。そんな感じ。電力の心配がないのよね」
エネルギー問題がないアルゼル共和国。
強さの秘密が分かったな。
「あと……何か契約関係があったわね。聖樹ってアルゼルの大地に根を張っているから、それが色々で、契約を結ぶと強制力があるとか何とか」
「もっとハッキリしろよ」
「もう忘れたわよ」
ふて腐れているマリエに、ご褒美のパンを与えると喜んで受け取り食べていた。
こいつ、うちのノエルより食い意地が張っている。
「聖樹に、その巫女さんね。こっちも色々と設定があるんだな」
パンを食べ終えたマリエが、指についたクリームを舐めながら俺にたずねてきた。
「そっちは大丈夫なの? 安牌君とうまくいっている?」
「その呼び方は可哀想だから止めろ。……見ていて殺意を、じゃなかった。初々しいカップルを見ている気分だよ」
「それ、気分じゃなくて初々しいカップルなんじゃないの?」
主人公であるレリアの方は問題ない。
留学生として人気の五人には目もくれず、エミール狙いだった。
この清々しいほどの一途さが主人公だろう。
どこかの馬鹿な転生者にも見習ってほしいものだ。
目の前でパンを食べ終えて幸せそうなマリエとか。
「主人公様は順調だ。このまま見守っていればいい感じに進むだろ。手を出して引っかき回すなよ」
「何で私に言うのよ!」
「胸に手を当てて考えてみろよ。誰のせいで大変な目に遭ったと思っているんだ?」
マリエが悔しそうにして、用事も終わり腹も膨れたためかこの場から去って行く。
見送った俺はさっさと帰ってノエルの世話をすることにした。
◇
リオンの自宅。
ルクシオンはノエルの世話をしていた。
『私が完璧に調合した栄養食です。食べなさい』
ルクシオンの命令に、ノエルは素直に従って食事をする。
まるで、まだ強く生きたいと思っているようだ。
『……貴方のご主人様は、現在意識不明の重体です。ですが、安心なさい。この私が治療を陰からサポートし、マスターが金銭的な支援をしています』
ノエルは顔を上げ、ルクシオンを一舐めした。
ルクシオンはノエルの顔を見る。
食事を再開したノエルは、食べ終えると寝床にヨロヨロと戻って座る。
食事が終わるとすぐに寝てしまった。
『良い子ですね。マスターもこれくらい素直なら可愛いと……おや、何やら新しい情報が入ってきましたね』
ドローンたちからの情報を確認したルクシオンは、すぐに自宅を出てリオンの下へと向かうのだった。
◇
校舎裏。
ピエールに呼び出されたブラッドは、周囲を囲む男子たちを前に呆れていた。
「馬鹿な真似は止めて欲しいね。こっちにも色々と立場があるんだけど?」
校舎裏に着いてきたブラッドは、まさかこんなことになるとは思いもしていなかった。
(さて、どうするかな?)
相手も他国の貴族である。
留学生を――しかも貴族の子弟を呼び出し、暴行を加えることはないと思ってついてきた。
だが、取り巻きたちが持っている木の棒は、素振りをするための物だ。
ピエールがニタニタした笑みを浮かべている。
「目障りなんだよ。お前ら、自分たちが歓迎されていると勘違いしてないか?」
周囲の男子生徒たちも、自分たちが何をやっているのか分かっているのか怪しかった。
ブラッドは冷静に話をする。
「外交問題になるよ。それは君も困るんじゃないのかな?」
ピエールの取り巻きたちが笑っていた。
「外交問題だってよ」
「こいつ、まだ分かってないな」
「もしかして、自分たちがアルゼルと同格とか思っているんじゃないの?」
大使館で聞いてはいたが、ここまで酷いとはブラッドも予想していなかった。
ピエールが顔を近付ける。
「外交問題大いに結構だ。六大貴族であるフェーヴェル家が、お前らホルファートなんて雑魚にビビると思っているのか? 舐めすぎだぜ」
ブラッドは内心で焦った。
(何だこいつら? 自分たちが何をしているのか分かっていて、こんなことをしているのか? これじゃまるで――)
――本当に戦争を望んでいるようだ。
ピエールが「やれ」と言うと、取り巻きの男子たちがブラッドに襲いかかってくる。
「冒険者風情が!」
冒険者が貴族になったホルファート王国とは違い、アルゼルの貴族はまた違った存在だった。
そのため、冒険者を見下している。
木刀を振り回してくる取り巻きたちに対してブラッドは、
「その程度で!」
振り下ろされた攻撃を避け、一人を転ばせると木刀を奪った。
すぐにもう一人を叩き伏せると、ピエールの取り巻きたちが距離を取る。
(こいつら弱い?)
ブラッドも二人を倒し、どうにも普段と違う感触に驚いていた。
そもそも、ブラッドは魔法が得意で、こうした接近戦は得意としていない。
そんなブラッドでも相手に出来てしまう実力しか、彼らは持ち合わせていなかった。
ピエールが苛立っている。
「何をしている。さっさとやれ!」
取り巻きたちが手の平をブラッドに向けてくる。
「ファイヤーボール!」
魔法を放ってくる取り巻きたち。
ブラッドは本気で理解できなかった。
「喧嘩に魔法を使うのかよ!」
木刀を捨てて魔法を使用する。
屈んで地面に手を触れると、ブラッドの周りには壁が出来た。
ファイヤーボール――火球が次々に土壁で防がれ消えて行く。
そして、ブラッドは殺傷能力の低い魔法を行使した。
「ウォーターウィップ!」
水で出来た鞭が、取り巻きたちを叩き伏せていく。
ずぶ濡れになる取り巻きたち。
ピエールが頬を引きつらせていた。
立ち上がるブラッド。
「悪いね。魔法の方が得意なのさ」
普段ユリウスたちといるために目立たないが、そもそもブラッドは弱くなかった。
リオン基準で打たれ弱いとされているが、一般人から見れば十分に強い。
ピエールが右手で顔を隠す。
「……本当に使えないなお前ら」
取り巻きの一人が、立ち上がりながら謝罪をする。
「す、すみません、ピエールさん」
警戒を強めるブラッドだが、ピエールの右手の甲に薄らと光が見えた。
(何だ?)
その光は次第に強くなり、そして模様が――紋章にも見えるものが浮かび上がった。
緑色に光るその紋章。
ピエールは右手を顔から離すと笑っていた。
「調子に乗りすぎたな、糞雑魚野郎」
ピエールの立っている周辺の地面から、先端の尖った木の根が次々に生えてくる。
それらがウネウネと動き、そして先端をブラッドに向けた。
ブラッドはすぐさま、魔法で土壁を用意しようとするが――。
「なっ!」
魔法を行使しても、反応がなかった。
特に大地――土系統の魔法の反応が酷い。
まるで拒否されているようだった。
慌ててその場から逃げると、木の根が次々に地面に突き刺さっていく。
ピエールは醜悪な笑みを浮かべながら、ブラッドに言うのだった。
「言っただろう。六大貴族であるフェーヴェル家を舐めるな、って」
ブラッドはすぐに次の魔法を用意する。
「土が駄目なら!」
ブラッドの両手に炎が発生する。
だが、これも普段より威力が少ない。
(どうしてだ? まるで邪魔をされているような――)
次々に襲いかかる木の根を焼こうとするが、威力が足りないために直接ピエールを狙うのだった。
ブラッドの手から火球が放たれピエールを襲うも、
「何だ、その程度か?」
地面から水が噴き出し壁を作ると、火球を消してしまう。
ブラッドにはそれが理解できなかった。
(魔法を扱っているように見えない。いったいどういうことだ?)
魔法に詳しいブラッドからして、ピエールの扱っている魔法はよく理解できなかった。
ピエール本人が魔法を扱っているように見えない。
すぐに次の手を考えるブラッドだったが、足に違和感を覚えた。
「ちっ!」
足下を見ると、植物がウネウネと動いてブラッドの足首に巻き付いている。
引きちぎろうとすると、次々に生えてきてブラッドに絡みつく。
ピエールが近付いてくる。
取り巻きたちも手に武器を持ってブラッドを囲んでいた。
「……随分と調子に乗ってくれたな」
ニヤけたピエールの顔を見て、ブラッドは奥歯を噛みしめるのだった。ブラッドの体勢は屈んだ状態に近い。
ピエールがその細い足でブラッドの頭を蹴った。
「ぐっ!」
その後、足で何度もブラッドを踏みつける。
「どうした! さっきまでの威勢の良さはどこにいったよ!」
暴行を加えられるブラッドは、ピエールを睨み付けた。
見下ろしているピエールが前髪を手でかき上げ、額を見せてくる。
少し動いた程度で汗ばんでいた。
「聖樹の加護を受けた本物の貴族に、お前ら似非貴族が勝てると思うなよ」
――アルゼル共和国で貴族とは、聖樹の加護を受けた者たちのことを指す。
それが、ホルファート王国の貴族との違いだった。
ピエールが取り巻きたちに命令する。
「やれ」
武器を持った取り巻きたちが、ブラッドに近付き武器を振り上げるのだった。