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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第四章

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聖樹

 ホルファート王国の女子寮。


 クレアーレが届けてきた手紙を受け取るリビアとアンジェは、リオンの近況を知ると心配になるのだった。


「リオンさん、ペットのノエルちゃんを飼うのはいいですけど、お友達とか出来たんでしょうか?」


 共和国の学園は酷いところですと書かれており、他にはやっぱり外国語は現地で学んだ方が覚えは早い、などと書かれている。


 それ以上にペットのノエルのことが事細かに書かれていた。


「犬で年齢が十七歳は高齢だな。可愛いメスと書いているが……飼うにしても介護が必要じゃないか?」


 クレアーレが補足してくる。


『マスターもその辺りを心配しているみたいね。学園が終わったら、すぐに帰って世話をしているらしいわ。それから……お友達は未だにいないわね』


 リビアが肩を落として悲しそうにする。


「リオンさん、可哀想です」


 アンジェもそれについて同意見らしいが、


「現地の学生と仲良くするのも大事だと思うが、共和国の態度が気になるな。大使館も随分と弱腰だ」


 リビアも気になっている。


「過去に二度は王国が負けていると聞きましたけど、それでも強気すぎませんか?」


 アンジェが忌々しそうにしている。


「よほど自分たちに自信があるらしい。煽って敵を作っている態度が、王妃様も気になっていると言っていたな」


 実際に何度も防衛戦で勝利しており、アルゼル共和国の強さは周辺国がよく知っている。


 それだけに王妃であるミレーヌも慎重な対応を取っている。


 だが、現地の大使館が弱腰過ぎるのも問題になっていた。


 顎に手を当てたリビアが考え、


「……そんなに強い国なら、もっと領地が広がっていてもおかしくないと思うんですけど?」


 アンジェは領土を広げた場合のデメリットを教えてやる。


「空を挟んでの統治も大変だからな。長年、自分たちの国から打って出ない国だ。もっとも、防衛戦以外では不敗とは言えないが」


 防衛戦以外に弱いので打って出てこないというのが、アンジェの考えだ。


 事実、過去に侵攻した際には敗北している。


「不思議な国ですね」


 リビアの感想には、アンジェも頷くしかなかった。


「そうだな。だが、アルゼルは大陸中央にある聖樹を信仰しているような国だ。自分たちの大陸が聖地であるから、そこから出たがらないという噂がある。リオンに確認して貰うか?」


 せっかくなので、その辺りのことをリオンに調べて貰おうとするアンジェだった。


 リビアは聖樹という言葉に興味を持つ。


「聖なる樹ですか。何か意味があるんですかね?」



「聖樹ってエネルギーの塊みたいなものよ」


 屈み込んだマリエと話をしているのは、階段裏の狭い場所だった。


 隠れるように話をしているのは、お邪魔五人衆が最近特に五月蠅いからだ。


 マリエが俺を頼るのが許せないらしい。


 お前らがもっとしっかりすれば、俺がマリエを養わずにすむと理解しているのか? というか、間接的にあいつらを養っているのも俺じゃないか。


 アンジェとリビアのお願いでもあるので、聖樹について調べている。


 ゲーム知識を持っているマリエに確認を取ると、聖樹とはエネルギーの塊らしい。


「いや、植物だろ?」


「知らないわよ。私は設定とか気にならないタイプだから、ゲーム内で説明された部分しか知らないの。しかも十年以上前の記憶よ。忘れていることも多いわ」


「エネルギーを利用する方法を知っている、ってことか」


「そうじゃない? ほら、アレよ……フリーエネルギーって奴?」


 永久機関とでもいうべき奴か?


 前世ではオカルトやらそちらに分類されていたと思うが、人類が夢見るエネルギーの最終的な形だろう。


「聖樹がエネルギーを生み出し続ける、か」


「そう。そんな感じ。電力の心配がないのよね」


 エネルギー問題がないアルゼル共和国。


 強さの秘密が分かったな。


「あと……何か契約関係があったわね。聖樹ってアルゼルの大地に根を張っているから、それが色々で、契約を結ぶと強制力があるとか何とか」


「もっとハッキリしろよ」


「もう忘れたわよ」


 ふて腐れているマリエに、ご褒美のパンを与えると喜んで受け取り食べていた。


 こいつ、うちのノエルより食い意地が張っている。


「聖樹に、その巫女さんね。こっちも色々と設定があるんだな」


 パンを食べ終えたマリエが、指についたクリームを舐めながら俺にたずねてきた。


「そっちは大丈夫なの? 安牌君とうまくいっている?」


「その呼び方は可哀想だから止めろ。……見ていて殺意を、じゃなかった。初々しいカップルを見ている気分だよ」


「それ、気分じゃなくて初々しいカップルなんじゃないの?」


 主人公であるレリアの方は問題ない。


 留学生として人気の五人には目もくれず、エミール狙いだった。


 この清々しいほどの一途さが主人公だろう。


 どこかの馬鹿な転生者にも見習ってほしいものだ。


 目の前でパンを食べ終えて幸せそうなマリエとか。


「主人公様は順調だ。このまま見守っていればいい感じに進むだろ。手を出して引っかき回すなよ」


「何で私に言うのよ!」


「胸に手を当てて考えてみろよ。誰のせいで大変な目に遭ったと思っているんだ?」


 マリエが悔しそうにして、用事も終わり腹も膨れたためかこの場から去って行く。


 見送った俺はさっさと帰ってノエルの世話をすることにした。



 リオンの自宅。


 ルクシオンはノエルの世話をしていた。


『私が完璧に調合した栄養食です。食べなさい』


 ルクシオンの命令に、ノエルは素直に従って食事をする。


 まるで、まだ強く生きたいと思っているようだ。


『……貴方のご主人様は、現在意識不明の重体です。ですが、安心なさい。この私が治療を陰からサポートし、マスターが金銭的な支援をしています』


 ノエルは顔を上げ、ルクシオンを一舐めした。


 ルクシオンはノエルの顔を見る。


 食事を再開したノエルは、食べ終えると寝床にヨロヨロと戻って座る。


 食事が終わるとすぐに寝てしまった。


『良い子ですね。マスターもこれくらい素直なら可愛いと……おや、何やら新しい情報が入ってきましたね』


 ドローンたちからの情報を確認したルクシオンは、すぐに自宅を出てリオンの下へと向かうのだった。



 校舎裏。


 ピエールに呼び出されたブラッドは、周囲を囲む男子たちを前に呆れていた。


「馬鹿な真似は止めて欲しいね。こっちにも色々と立場があるんだけど?」


 校舎裏に着いてきたブラッドは、まさかこんなことになるとは思いもしていなかった。


(さて、どうするかな?)


 相手も他国の貴族である。


 留学生を――しかも貴族の子弟を呼び出し、暴行を加えることはないと思ってついてきた。


 だが、取り巻きたちが持っている木の棒は、素振りをするための物だ。


 ピエールがニタニタした笑みを浮かべている。


「目障りなんだよ。お前ら、自分たちが歓迎されていると勘違いしてないか?」


 周囲の男子生徒たちも、自分たちが何をやっているのか分かっているのか怪しかった。


 ブラッドは冷静に話をする。


「外交問題になるよ。それは君も困るんじゃないのかな?」


 ピエールの取り巻きたちが笑っていた。


「外交問題だってよ」

「こいつ、まだ分かってないな」

「もしかして、自分たちがアルゼルと同格とか思っているんじゃないの?」


 大使館で聞いてはいたが、ここまで酷いとはブラッドも予想していなかった。


 ピエールが顔を近付ける。


「外交問題大いに結構だ。六大貴族であるフェーヴェル家が、お前らホルファートなんて雑魚にビビると思っているのか? 舐めすぎだぜ」


 ブラッドは内心で焦った。


(何だこいつら? 自分たちが何をしているのか分かっていて、こんなことをしているのか? これじゃまるで――)


 ――本当に戦争を望んでいるようだ。


 ピエールが「やれ」と言うと、取り巻きの男子たちがブラッドに襲いかかってくる。


「冒険者風情が!」


 冒険者が貴族になったホルファート王国とは違い、アルゼルの貴族はまた違った存在だった。


 そのため、冒険者を見下している。


 木刀を振り回してくる取り巻きたちに対してブラッドは、


「その程度で!」


 振り下ろされた攻撃を避け、一人を転ばせると木刀を奪った。


 すぐにもう一人を叩き伏せると、ピエールの取り巻きたちが距離を取る。


(こいつら弱い?)


 ブラッドも二人を倒し、どうにも普段と違う感触に驚いていた。


 そもそも、ブラッドは魔法が得意で、こうした接近戦は得意としていない。


 そんなブラッドでも相手に出来てしまう実力しか、彼らは持ち合わせていなかった。


 ピエールが苛立っている。


「何をしている。さっさとやれ!」


 取り巻きたちが手の平をブラッドに向けてくる。


「ファイヤーボール!」


 魔法を放ってくる取り巻きたち。


 ブラッドは本気で理解できなかった。


「喧嘩に魔法を使うのかよ!」


 木刀を捨てて魔法を使用する。


 屈んで地面に手を触れると、ブラッドの周りには壁が出来た。


 ファイヤーボール――火球が次々に土壁で防がれ消えて行く。


 そして、ブラッドは殺傷能力の低い魔法を行使した。


「ウォーターウィップ!」


 水で出来た鞭が、取り巻きたちを叩き伏せていく。


 ずぶ濡れになる取り巻きたち。


 ピエールが頬を引きつらせていた。


 立ち上がるブラッド。


「悪いね。魔法の方が得意なのさ」


 普段ユリウスたちといるために目立たないが、そもそもブラッドは弱くなかった。


 リオン基準で打たれ弱いとされているが、一般人から見れば十分に強い。


 ピエールが右手で顔を隠す。


「……本当に使えないなお前ら」


 取り巻きの一人が、立ち上がりながら謝罪をする。


「す、すみません、ピエールさん」


 警戒を強めるブラッドだが、ピエールの右手の甲に薄らと光が見えた。


(何だ?)


 その光は次第に強くなり、そして模様が――紋章にも見えるものが浮かび上がった。


 緑色に光るその紋章。


 ピエールは右手を顔から離すと笑っていた。


「調子に乗りすぎたな、糞雑魚野郎」


 ピエールの立っている周辺の地面から、先端の尖った木の根が次々に生えてくる。


 それらがウネウネと動き、そして先端をブラッドに向けた。


 ブラッドはすぐさま、魔法で土壁を用意しようとするが――。


「なっ!」


 魔法を行使しても、反応がなかった。


 特に大地――土系統の魔法の反応が酷い。


 まるで拒否されているようだった。


 慌ててその場から逃げると、木の根が次々に地面に突き刺さっていく。


 ピエールは醜悪な笑みを浮かべながら、ブラッドに言うのだった。


「言っただろう。六大貴族であるフェーヴェル家を舐めるな、って」


 ブラッドはすぐに次の魔法を用意する。


「土が駄目なら!」


 ブラッドの両手に炎が発生する。


 だが、これも普段より威力が少ない。


(どうしてだ? まるで邪魔をされているような――)


 次々に襲いかかる木の根を焼こうとするが、威力が足りないために直接ピエールを狙うのだった。


 ブラッドの手から火球が放たれピエールを襲うも、


「何だ、その程度か?」


 地面から水が噴き出し壁を作ると、火球を消してしまう。


 ブラッドにはそれが理解できなかった。


(魔法を扱っているように見えない。いったいどういうことだ?)


 魔法に詳しいブラッドからして、ピエールの扱っている魔法はよく理解できなかった。


 ピエール本人が魔法を扱っているように見えない。


 すぐに次の手を考えるブラッドだったが、足に違和感を覚えた。


「ちっ!」


 足下を見ると、植物がウネウネと動いてブラッドの足首に巻き付いている。


 引きちぎろうとすると、次々に生えてきてブラッドに絡みつく。


 ピエールが近付いてくる。


 取り巻きたちも手に武器を持ってブラッドを囲んでいた。


「……随分と調子に乗ってくれたな」


 ニヤけたピエールの顔を見て、ブラッドは奥歯を噛みしめるのだった。ブラッドの体勢は屈んだ状態に近い。


 ピエールがその細い足でブラッドの頭を蹴った。


「ぐっ!」


 その後、足で何度もブラッドを踏みつける。


「どうした! さっきまでの威勢の良さはどこにいったよ!」


 暴行を加えられるブラッドは、ピエールを睨み付けた。


 見下ろしているピエールが前髪を手でかき上げ、額を見せてくる。


 少し動いた程度で汗ばんでいた。


「聖樹の加護を受けた本物の貴族に、お前ら似非貴族が勝てると思うなよ」


 ――アルゼル共和国で貴族とは、聖樹の加護を受けた者たちのことを指す。


 それが、ホルファート王国の貴族との違いだった。


 ピエールが取り巻きたちに命令する。


「やれ」


 武器を持った取り巻きたちが、ブラッドに近付き武器を振り上げるのだった。


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