共和国の学園
クレアーレが有能すぎて驚いた。
震える手で写真を握りしめた俺は、リビアの下着姿に興奮する。
「あいつお前より有能だな」
『その程度で評価を改めるとは、マスターの人間性を疑わざるを得ませんね。おっと、失礼しました。元から疑わしい人間性でしたね』
「俺はそんな自分が大好きだけどね。よし、この写真はお守りにしよう」
新しい制服に着替えた俺は、家のリビングで写真を大切にしまう。
お尻を突き出している写真がお気に入りだ。
ドジっ子なのか、男を誘っているのか分からないポーズが良い。
「さて、報告を聞こうか」
ルクシオンが集めた情報を俺は確認する。
朝早くから情報を確認する理由は、今日が新学期初日だからだ。
ルクシオンも調べるのに時間がかかっていた。
『現在の候補はこの数名になっております』
金髪のツインテールは多いが、ピンク色が混ざっている生徒は少ないらしい。
だが、どの女子も違う。
特別目を引く美人ではなかった。
「……どの子も違う気がするな」
『私も同意見です。少し条件から外れますが、こちらの方はどうでしょう?』
周囲に浮かび上がる映像を見ると、淡いピンク色の髪をサイドポニーテールにした女子の姿があった。
「雰囲気あるな。この子か?」
髪型は違うが、ゲームのように毎日同じ髪型ではないだろう。
髪色も許容範囲内ではないだろうか?
「マリエに確認した方がいいな」
『了解です』
家の窓を出ていくルクシオンを見送り、俺は紅茶を飲む。
「……良い茶葉だ。高いだけはある」
新学期初日と言うこともあり、今日の紅茶は奮発して良い物を用意した。
朝から気分が良かった。
◇
マリエたちの屋敷では、朝から騒がしかった。
「俺の上着を知らないか?」
「誰です? 勝手に私の紅茶を飲んだのは?」
「僕の靴下知らない?」
「おい、飯は?」
ユリウスが上着を探し、ジルクは用意した紅茶がないと少し怒っている。靴下を探し回るブラッドに、グレッグはパジャマ姿で欠伸をしながら朝食を待っていた。
マリエはエプロン姿でフライパンを持っている。
「みんな早く朝食にして! ほら、さっさとテーブルに並べるの!」
トーストに目玉焼きとベーコン。
カイルが皿をテーブルに持って行くと、グレッグがすぐに食いつく。
マリエは部屋の中を見ながら、
「あれ? クリスは?」
ユリウスが窓の外を見ていた。
「あいつなら朝から素振りだ。今日も気合が入っているな」
真面目だな、なんて言っている周囲にマリエは腹が立ってきた。
「すぐに呼び戻してシャワーを浴びさせて! 今日は新学期の初日なの! 遅刻とかあり得ないからね! 馬車も来るからみんな用意を済ませてよ」
朝から慌ただしいマリエたちの屋敷。
主に五人の世話で忙しかった。
その様子を窓の外から見ていたルクシオンは、そのまま回れ右をしてリオンの下へと帰るのだった。
『今は無理そうですね』
誰かがシャツを汚したのか、マリエが発狂しそうな声を出していた。
◇
馬車に乗ってやって来た学園。
雰囲気はホルファート王国とかなり違っていた。
まず学園に向かっている間、制服姿の学生たちをよく見かける。
ありふれた登校風景を見たのは前世以来だった。
王国では学園の敷地内に学生寮があったので、少し雰囲気が違うからな。
建物もそうだ。
デザインが違っており、やはり外国なのだと思わせる。
「……共和国の女子って素晴らしくない?」
俺たちが職員に案内を受け、生徒たちとすれ違うと挨拶をしてくる。
王国の学園では女子の方から挨拶をする方が希だった。
こんなところで文化レベルの差を見せつけられるとは思いもしなかった。
ただ、俺の発言を職員が勘違いしたらしい。
「お気に召したようですね。ただし、手は出さないでくださいよ。中には貴族のお嬢様もおられるので、国際問題になってしまいます」
後ろを付いてくるマリエを見れば、朝から疲れた顔をしている。
カーラが付き添っていた。
「マリエ様、大丈夫ですか?」
「私言ったのに。間に合わないから早く準備をして、って言ったのに」
ブツブツと文句を言っているマリエの側にカイルはいない。
学生ではなく、使用人――正確に言えば奴隷である。
学園への立ち入りは禁止されていた。
疲れ切ったマリエとは反対に、ユリウスたちは元気である。
「やはり王国とは違うな。雰囲気からして違う」
違う点を挙げているときりがない。
ただ、似通っている部分も多い。
これはこの乙女ゲーの世界が、日本の学校をモデルにしたためだろうか?
八人でゾロゾロと歩いていると、案内されたのは大きな建物だ。
始業式で俺たちを紹介するらしい。
職員が俺たちに、
「始業式で自己紹介を代表でして貰うのはユリウス殿下になります」
……だろうな。
ユリウスも知っているのか、原稿は用意してきたようだ。
こういうところは抜かりがない。
◇
さて、始業式で留学生の紹介が行われたのだが……。
別に何もなかったな。
それとなく主人公っぽい女子を探したが、見た目だけなら美形はそれなりにいる。
探せなかった。
そして、始業式が終わるとクラスに案内されるのだが、
「ブラッドさん、趣味とか好きな物を聞いても良いですか?」
「ブラッドさん男爵なんですよね?」
「凄いですよね。彼女さんはいるんですか?」
「馬鹿ね。婚約者がいるに決まっているじゃない」
同じクラスに振り分けられた紫――違った、ブラッドの奴が質問攻めになっている。
普段の駄目さはクラスの女子に見えないからか、大人気のようだ。
ナルシストのブラッドだが、あいつ黙っていれば美形だからね。
「まいったな。婚約者に該当する人物はいるよ。結婚も考えている。趣味は……やっぱり読書かな?」
無難に答えているために、クラスの女子たちはキャーキャー言っている。
教室内の男子たちのある種の熱がこもった視線が、どうにも懐かしいと思えてしまう。
嫉妬という膨大な熱量が男子たちを一つにまとめている気がした。
俺?
……婚約者が二人もいるし、別に寂しくないね。
先程から一言も質問されなかったとしても、だ。
一応は伯爵位を持っていると伝えたのだが、女子たちの人気はブラッドに集中していた。
教室内は三十人程度の生徒がいる。
王国とは違い、より前世の高校に近い授業風景に感じられた。
王国は大教室での授業で、大学を思わせる授業風景だったからな。
男子たちの声が聞こえてくる。
「ふざけやがって」
「王国なんて文化レベルの低い国だろ?」
「そこの貴族に尻を振る女子も最低だよな」
明らかに見下している気がする。
教室に担任が入ってくると、生徒たちが着席するのだった。
「はい、皆さん。ホームルームを始めましょうね」
口調がどうにも女性っぽい男性教師は、薄らと化粧をしていた。
「留学生が珍しい気持ちは分かるけど、困らせては駄目よ。リオン君、ブラッド君、何かあったら私に相談してね」
……非常に良い先生だよ。
胸元が今にも開きそうなシャツは、大胸筋の形が浮かび上がっている。
たくましい上腕二頭筋からも分かるように、かなり鍛えているのが分かる。
顎が割れていて、そして濃い髭は剃られているが青く見える。
顔の彫りも深く……そんな人が女性口調なのが、よりキャラを引き立たせていた。
彼女――じゃなかった、彼は【クレマン】先生だ。
周囲のクラスメイトたちが微妙な雰囲気だった。
「クレマン先生が担任か」
「いい人だよね」
「あぁ、でも妙に背中がゾクゾクするときがあるんだよな」
背中が震えると証言したのは男子だ。
……何もない。そう、きっと大丈夫と自分に言い聞かせておく。
クレマン先生が手を叩く。
「それじゃ、色々と今年度について説明をするわね。留学生の可愛い男子が二人もいるから丁寧に説明しちゃうわ」
一瞬、ブラッドがビクリと震えた気がした。
今後は緊張感を持ちつつ授業に望めそうだな。
◇
昼休み。
教室を抜け出しマリエと合流すると、朝より幾分か回復していた。
中庭で隠れるように密会する俺たちは、ルクシオンを二人で囲み話をする。
空中に映し出された画像やら動画を前に、マリエは困惑していた。
「……たぶん、この子じゃないかな?」
指をさした女子を見る。
「金髪じゃなくてピンク髪だな。ツインテールでもなくて、サイドポニーテールだ」
マリエも困り果てている。
「雰囲気とか、外見から言えばこの子しかいないのよ。他の子は違うと思うし」
主人公を知っているのはマリエだけだ。
俺では判断が出来ない。
「入学していない可能性はないだろうな?」
「学園のある大陸は、レスピナス家の領地なの。学園もレスピナス家が運営していて、次代の若者を育てるとか何とか……まぁ、学園内に主人公を見守っている人たちがいるから、絶対に入学させたはずよ。ゲームの話では、だけど」
ルクシオンが新たな動画を再生する。
『今朝手に入った映像です』
そこには、青いサラサラヘアーを肩まで伸ばした地味な感じを装っている男子がいた。
ピンク髪の子と楽しそうに会話をしている。
マリエが画像に顔を寄せる。
「エミール! えっと、ミドルネームとか苗字は分からないけど、こいつエミールよ! 攻略対象の男子で、安牌のエミール!」
何だか酷い呼び名だな。
「安牌?」
「二作目は色々と変更があって、攻略対象の男子がとにかく癖が強いの」
「ユリウスたちよりも!?」
正直、あいつらだって癖が強すぎると思っていたのに、より特徴を出そうとしたの?
「そう。で、エミールの特長は地味!」
……それって特徴なのかな?
キャラ付けとしては、なんちゃって地味キャラみたいな感じか?
正直、俺よりも特徴があるような奴にしか見えない。
青い髪ってこの世界だと普通だけど、俺から見ると違和感が強いからね。
「地味だから安牌か」
「え? 違うわよ。攻略のしやすさとか、その他色々とある面倒なイベントが少ないから安牌なの。攻略に困ったらエミールに乗り換えればゲームクリア確実よ」
おい、エミールが可哀想になってきたぞ。
動画では優しそうに笑っているエミールだが、女子からは――プレイヤーからは安牌などと呼ばれていると思うと泣けてくる。
だが、これでハッキリした。
「ようするに、エミールの彼女が主人公だな?」
「たぶん。ドレスを着たシーンで、主人公がサイドポニーテールにしたけどよく似ているわ。そもそも、髪型を変えるくらい普通にあり得るし……」
ゲームと現実の違いだな。
ルクシオンが補足してくる。
『彼女の名前は【レリア・ベルトレ】。マリエの言う通り、入学の際に色々と改竄が見つかりました。本名を隠していますね。そして、相手の男性とは付き合う前と思われます。相手のお名前は【エミール・ラズ・プレヴァン】。貴族階級の出身者です』
マリエが何度も頷く。
「間違いない! こいつが主人公よ! 隠している苗字はレスピナスで間違いないわ」
俺は安堵の溜息を吐いた。
「なら問題ないな。エミールとの関係が進めば、このままハッピーエンドで終わりだ。俺たちの留学の目的も達成されたようなものだな」
背伸びをする。
色々と心配してきたが、肩すかしを食らった気分だ。
「俺たちが来るまでもなかったな」
マリエも大きな問題が一つ片付き、右肩に手を置いてそのまま右腕を回している。
肩こりか?
「そうね。これで留学生活を楽しめるわ。それよりも兄貴……切実な問題があるんだけど」
「何だ?」
「お金を貸してください」
泣きそうなマリエの顔を見て、俺は鼻で笑ってやった。
「嫌だね。生活には困っていないだろうが」
「違うの! 生活費とは別でお金がいるの!」
「大使館に申請しろよ。金なら出してくれるだろ? 俺なんか自腹だぞ」
ユリウスは腐っても王子だ。
ホルファート王国が留学費用やら、必要なお金は用意している。
だが、俺は自ら留学したいと言ったので、費用は自分で用意していた。
「兄貴のケチ! 買い食いも出来ないのよ。そもそも、王妃様を怒らせたから予算とかギリギリしかでないのよ!」
「はしたない真似をしなくて良かったな。こっちは来なくてもいい留学に来て、気分が落ち込んでいるんだぞ」
逆に問題があった方が頑張らないといけないのでやる気も出るだろうが、何も問題なければ何のために留学したのか分からない。
「女には手を出せないし、勉強するのも面倒だな。これからどうしようか?」
「……兄貴、ヘタレだから女に手を出せないじゃない」
「馬鹿にするなよ。王国では女子に声をかけまくったぞ」
「それ婚活が理由でしょ。必要なければ何もしないのが兄貴じゃない」
ルクシオンが何度も頷いていた。
『ところでマスター、このままレリアを対象と断定し、調査する方針でよろしいでしょうか?』
「任せる。エミールとの関係に問題が出そうになったら教えろ。全力でサポートだ」
世界のために、カップルの成立を支援する俺……こんな奴は俺くらいではないだろうか?
「兄貴、お小遣い欲しい!」
「黙れ。掃除代は払っただろうに」
「あのお金で一年は持たないわよ! 何かと入り用だからお願いだよ~」
すがりついてくるマリエがうっとうしく、財布から少額を渡してしまった俺は甘いのだろうか?
ルクシオン( ●)「船旅のマリエですが、事に及んでいませんね。その前段階で逃げ回り騒がしかったです。ちょっとした喜劇ですよ。……そういうことになっています」
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