アルゼル共和国
立ち入り検査を受けるアインホルン。
アルゼル共和国の航空警備隊と名乗る連中がやって来た。とにかく船を調べる軍人が格納庫に来ていた。
一人偉そうな軍人が、胸の辺りに勲章をいくつかぶら下げた装飾の多い軍服を着ている。
並んでいる品々を前に、髭を指先でつまむように撫でていた。
「ふん、王国にしては上出来な献上品だな」
俺は首をかしげた。
「献上?」
ホルファート王国はアルゼル共和国と交易を行っており、その他にも色々と条約を結んでいる。
だが、属国になった訳ではない。
「不服みたいだな。お前らのような冒険者が貴族をやるような野蛮な国が、我が国と同等だと思うなよ」
見下してくる軍人を俺は唖然としながら見ていた。
本気で言っているのか?
「……あんた、外交問題になっても知らないぞ」
すると、他の軍人たちも笑っていた。
「外交問題? なら、攻め込むのかな? かつてホルファート王国は、アルゼル共和国に二度も大敗した過去を知らないらしい」
いったいいつの話をしている。
それこそ、随分と前の話をされても困る。
両国で戦争があったなんて話は、俺が生まれるよりもずっと前の話だぞ。
「あんたの名前は報告しておくことにするよ」
だが、相手は少しも慌てた様子がない。
「好きにするといい。しょせん冒険者上がりの似非貴族だな。自ら名誉を守ろうともしない」
随分と偉そうな男である。
格納庫から部下を連れて引き上げていくと、様子を見ていた物品の確認をしていた軍人が一人近付いてきた。
「申し訳ありません。大尉殿は貴族出身の方でして、どうしても態度が横柄になってしまうんです。アルゼル共和国は皆さんを歓迎していますので、どうか気分を害さないようにお願いします」
謝っているようで「我慢してね」って言っているのと同じだ。
こいつらもどこか俺たちを見下していた。
すると、大尉殿と呼ばれた軍人が――。
「何だ、このセンスもない鎧は?」
――アロガンツを見て蹴りを入れていた。
イラッとした俺を、笑みを浮かべた軍人がフォローしてくる。
「落ち着いてください。すぐに引き返しますし、そうなれば無事に入港できますから」
俺は忌々しい気持ちを吐き捨てるように言う。
「そう願いたいね」
◇
共和国の飛行船に案内される形で、アインホルンが港へと入った。
甲板の上。
俺はルクシオンと共和国の軍人について話をする。
「あの横柄な態度は何だ? 俺、外国でそれなりの地位を持つ人間だぞ。普通ならあり得ない対応だろうが」
この対応はあり得ない。
そう思っていると、ルクシオンが考察する。
『攻め込むなら攻め込んでこい、という態度でしたね。それだけ自信があるのではないでしょうか? 防衛戦では不敗ということですが、少し気になりますね』
「何が?」
ルクシオンに気になった点を聞いてみれば、
『彼らの飛行船技術は、王国や旧公国と大差ありません』
「お前から見れば、だろ? でかい飛行船が飛び交っているぞ」
二百メートル級以外にも、軍艦なら三百やら四百という大きさの飛行船が港にある。
動きも悪くない。ギリギリ浮かんでいるとか、無理をしている動きではなかった。
「王国より技術力は高いと思うが? そもそもこの世界で防衛戦が強いなんて異常だぞ。攻める方が有利なのに」
防衛戦が難しいのは、旧公国との戦いで俺も理解している。
足の引っ張り合いやら色々とあったが、それでも守る方より攻める方が有利だ。
『何かしらの秘密があるようです。そもそも、防衛戦だけ不敗というのが気になります。それだけ強い戦力を持つ国家が、どうして周辺へ派兵して領土を広げないのですか?』
単純に面倒だから、とか?
「自分たちの大陸で満足したんだろ」
『嘘ですね。人の欲には際限がありません』
「共和国の連中が無欲なんだろ」
『それならば、あの軍人たちの態度に説明が出来ません。あの態度はむしろ、攻め込んで欲しいと言っているようなものです。それを望んでいるような態度です』
何かしら秘密があるということらしいが、こちらとしては穏便に終わればそれでいい。
「あんまり関わりたくない国だな」
そもそも外国に留学なんて嫌だったのだ。
俺は国内で満足する人間だ。
新しい言葉を覚えるのも苦労するからね。
共和国語って、王国語と違うから、覚えるのに苦労したよ。俺やマリエとは違い、あの五人組は元から話せるようだったけど。
無駄にスペックが高い奴らだ。
『到着しました。下船の用意をお願いします』
指定された場所に到着したアインホルンは、自動で船体を固定していく。
その様子を見ていた港の作業員たちが驚いていた。
「さて、この後の予定は何だったかな?」
『大使館へ向かい、そこで今後の予定を確認します』
大使館で色々と説明を受けることになっていた。
近くに置いてある革製の旅行鞄を持つ。
ルクシオンは俺の右肩辺りに浮かびながらついてくる。
『ところでマスター、世界の危機と言いますが、いっそ滅ぼしてしまった方が早いのではないでしょうか? あの軍人たちの態度に苛々しませんか?』
「お前って過激だよね。俺は大人だからそんなことはしないの。それに、今回の目的は別にある。大人しくしておけよ」
態度がむかつくから国を滅ぼすとか馬鹿だろう。
その後に何が待っているか考えると下手に動けない。
俺に出来るのは、横柄な態度の軍人を告げ口することだけだ。
あ~あ、あいつ降格にならないかな。
◇
大使館へとやって来た。
ホルファート王国の大使館は、実に王国的な建物である。
共和国もやはり外国だ。
建物は似ていてもどこか違う。
そのため、王国式の建物があると安心してしまうのだった。
大使館にいた役人が、俺たちを前に緊張した様子で対応していた。
「これはユリウス殿下、よくおいでくださいました」
「世話になる。ところで、大使館で説明を受けるように言われたのだが?」
「はい、そのことで皆さんに集まっていただきました。ホルファート王国とは違い、アルゼル共和国にある学園は通学することになります。学生寮はありません」
学生寮はない、と。
「そうか」
「他にも学園とは違いが多いのです。アルゼル共和国では、平民も普通に学園に通っています。そのため規模も大きく、授業内容も大きく違います」
平民が通える分だけ、アルゼル共和国は王国よりも進んでいるのかも知れない。
色々と注意事項を伝えられたが、
「そ、それから……共和国では、王国の地位が低く見られております」
ユリウスの眉がピクリと動いた。
「どういうことだ?」
役人がその辺りの事情を説明してくる。
「アルゼル共和国の不敗神話と言いましょうか、とにかく軍事力は王国以上というしかありません。私が赴任してから、何度も戦争が起きています。その全てにアルゼル共和国は勝利しております」
多くはアルゼル共和国が挑発する形で戦争が起き、その全てを退けているようだ。
賠償でアルゼル共和国は相当潤っているらしい。
煽って手を出させるとか最低だな。
ユリウスは納得したようだ。
「軍事力を背景にしたおごり、か。噂には聞いていたが酷いものだな」
「王国の方針としては、手を出さぬ限りは良き貿易相手ですのであまり事を荒立てたくありません。その辺りを納得していただきたく……」
役人が俺を先程から心配そうにチラチラと見ている。
一体何だ?
話を聞いていたブラッドが気付いた。
「そういうことね。大丈夫だよ。いくらバルトファルトでもそこまで馬鹿じゃない。共和国に喧嘩なんて売らないさ」
え? 俺のせいなの?
というか俺を心配しているの?
「どう考えても問題を起こすのはこいつらだろ」
五人組を指さすと、グレッグが俺を見て呆れていた。
「何言ってんだ、お前?」
クリスが眼鏡を指で押し上げながら位置を正した。
「王太子だったユリウスをあそこまで容赦なくボコボコに出来るのは、バルトファルト……お前だけだ。この中で一番信用がないのはお前だよ」
俺はこいつらよりも信用がないというのか?
役人の顔を見ると視線をそらされた。
話を無理矢理変えてくる。
「そ、それでは、皆さんの住まいへご案内いたします」
「おいちょっと待て、こっちを見ろ!」
◇
案内されたのは大きな屋敷だった。
「ここでは、バルトファルト伯爵以外がお住みいただきます」
立派な屋敷を前にマリエは目を輝かせている。
「こんな立派な屋敷に住みたかったわ」
俺は役人に話しかけた。
「ねぇ、俺は? 何で別なの? 部屋くらい空きがあるだろ。凄く大きな屋敷だし、俺もここがいい。これでも俺、伯爵よ」
「そ、その、ユリウス殿下たちとマリエ殿の関係を考えると……カーラ殿とカイル殿はマリエ殿のお世話をする仕事もありますが、伯爵をここに置くのは色々と問題があります。主に公爵家に不貞を疑われることになるかと」
「よし、俺は別がいい!」
アンジェやリビアに不貞を疑われたくはない。
それに、アンジェパパに浮気を疑われたら、俺どころか親父たちまで危険だ。
俺がアンジェと婚約したことで、俺の実家は公爵家派閥になっている。
流石に実家に迷惑はかけられない。
カーラとカイルが色々と話をしていた。
「大きなお屋敷だね。でも、ちょっと楽しみかも」
だが、カイルは違った。
楽しそうには見えないし、周囲を見て表情が青くなっていく。
「……このお屋敷を維持している使用人の方たちはどこですか?」
役人が咳払いをした。
「以前は管理をこの国に任せていまして、大急ぎで使用人を集めたのですが人手が足りません。何せ急に留学が決まったもので」
大きな屋敷には使用人が二人。
だが、ユリウスがいるため、下手な使用人を側に置けない。大急ぎで準備をしているらしいが、しばらくは人手不足のようだ。
カイルは頭を抱えていた。
「誰が維持すると思っているんだよ。こんな屋敷、掃除だけでも大変じゃないか」
すると、ジルクが笑顔で、
「大丈夫ですよ、カイル君。我々も“誰かさんのおかげ”で掃除が上達しました。お手伝いくらいは出来ますよ」
おいおい、その誰かさんとは俺のことかな? いい度胸だ、緑野郎。
だが、カイルは笑えないようだ。
「こっちは生活がかかっているんですよ! 掃除だけが仕事じゃありませんからね!」
騒がしいマリエたちを置いて、俺は役人と一緒に次の物件を目指す。
「俺の住まいはどんなところかな」
「伯爵、殿下たちを放置してよろしいのですか?」
「いいんだよ。少し厳しくするように言われているから。少し苦労すれば現実が見えるだろ」
役人を連れ、俺は騒いでいるマリエたちを残して次へと向かう。
◇
俺に用意されたのは少しばかり大きな家だ。
同じような建物が並ぶ住宅地。
近くを路面電車が走っており、結構な家賃が必要そうな家は三階建て。
中は掃除がされていたが、ユリウスたちに使用人を用意したために人手不足でこちらは週に数回家政婦さんが来るだけだった。
食事は近くで外食も出来るので困らないと言われた。
二階の自室に入り窓を開ける。
「三階はほとんど物置だな」
家をスキャンしたらしいルクシオンが俺の側に寄ってくる。
『不審な点はありませんでした』
窓の外を見ると、路面電車が走る音が聞こえてくる。
「さて、これからどうする?」
『新学期前です。先に情報収集をするべきでは? マスターとマリエの言う、主人公が誰なのかもハッキリしていませんし』
それもそうだな。
俺はルクシオンに主人公の特徴を伝えた。
「なら先に探して、周囲の情報を集めてくれ。髪は金髪にピンクが混ざった色だ。金髪で、毛先がピンクだと」
『グラデーションでしょうか? 他には?』
「ツインテールだって」
『……他には?』
「え~と、割と体を動かすのが好きなサバサバした女子? 体型は普通ってマリエが言っていたけど、乙女ゲーの主人公って大抵凄く可愛いから、スタイルもいいんじゃないか、だってさ」
『情報がないよりマシ、程度ですね。攻略対象の男子の情報もお聞きしましょうか』
「そっちはマリエが何か言っていた気がするな。外見は一応聞いていたけど」
『マリエ本人に確認を取った方が早いですね。そもそも、準備不足では?』
「いきなり留学になったから仕方がないだろうが」
アインホルンも速度があるし、船旅も通常より短かった。
船内でゆっくりマリエと話をする時間もないし、あいつら夜は……うん、俺は何も知らないし、口出しもしない。
それが一番平和な回答だ。
「とにかく一度調べてくれ。明日にでもマリエに確認を取るから」
『了解しました』
俺の鞄からルクシオンの操作する偵察用のドローンが出てくると、窓から飛び立つのだった。
「さて、二人に連絡でも入れるか」
『メールで我慢してください』
「メールが出来るのが凄いよな」
◇
ホルファート王国。
学生寮で新学期を前に準備をしていたリビアの下に、慌ただしく部屋に入ってきたのはアンジェだった。
「リビア!」
「きゃっ!」
着替え中のリビアが驚きつつシャツで下着姿の自分を隠すと、アンジェが「すまない」と言いつつ一枚の紙を見せてくる。
それはクレアーレがプリントしたリオンからのメールだった。
「リオンからの手紙だ」
「ほ、本当で――あっ」
慌ててアンジェに近付こうとしたリビアがこけてしまう。
下着姿で前のめりに倒れ、お尻を突き出した格好だ。
「何をしている」
「すみません」
アンジェが抱き起こし、そして二人でメールの内容を確認する。
『アンジェ、リビア、俺は元気です。
アインホルンでの船旅は、夜以外は快適でした。
夜は一人というのをより実感する結果となったのは、アホ共のせいです。
二人はいかがお過ごしでしょうか?
クレアーレが迷惑をかけていないか心配です』
そこまで読んだところで、アンジェの側で浮かんでいたクレアーレが楽しそうな声で言う。
『あら、信用がないわね』
メールの内容に戻る。
『野郎共は言うことを聞かないし、未だに自分の現状を理解していません。
ミレーヌ様にあいつら反省していないと伝えてください。
それから、共和国は酷い国でした。
……お家に帰りたいです
リオンより』
リビアは下着姿で慌て始める。
自分の格好を忘れているらしい。
「リオンさん、寂しがっていますよ!」
だが、クレアーレが言う。
『大丈夫よ。ルクシオンの説明だと、まだ余裕があるそうだから』
アンジェが溜息を吐く。
「それならいいが。外国で寂しい思いをしていないといいが」
『大丈夫でしょう。マスターはかなり図太いわよ』
リビアがリオンのメールの内容を何度も読む。
「リオンさんも新しい生活が始まったんですね。私たちも頑張らないと駄目ですね!」
「そうだな。それより、さっさと服を着た方がいいぞ。新学期から風邪を引きたくないだろう」
リビアは自分の格好を見て、慌ててシャツを着る。
アンジェがクスクスと笑っていた。
「勲章を貰って、騎士爵相当の地位を得たのに変わらないな」
「わ、私が勲章なんて貰って良かったんでしょうか?」
制服の胸元には小さな勲章が下げられていた。
騎士ではないリビアには、騎士爵相当を保証する地位が与えられている。
「貰える物は貰っておけ。それだけの働きはしたからな。それに、今年度から平民出の生徒も受け入れている」
学園の生徒不足や、色々な問題から商家や相応の学力を持つ若者たちを学園は受け入れることにした。
貴族クラスとは別に、もう一つのクラスが出来ることになる。
「リビアはそいつらの代表みたいなものだからな。頑張れよ」
アンジェに言われ、リビアが不安そうにしていた。
「先輩としてちゃんと出来るか不安です。リオンさんなら何とかしてくれそうなのに」
笑うアンジェがリビアの髪を撫でた。
「そうだな。だが、あまりリオンに頼ってばかりでは愛想を尽かされる。もっと頼りになるような存在になりたいのだろう?」
リビアが頷くとアンジェが「それでいい」と言って、クレアーレに返信を頼むのだった。
「さて、何と書けばいいだろうな?」
困るアンジェにリビアも悩む。
「そうですね。近況を報告しましょうか?」
「それしかないな」
だが、クレアーレの青い一つ目が怪しく光っていた。
二人に聞こえない音声で、
『マスターにこの光景を画像でプレゼントしておこうかしら』
そう言っていた。