プロローグ
本日より投稿を開始します。
本文5000字程度を考えており、更新時間は18時頃を予定しております。
区切りのいいところまで更新予定です。
身の回りにあふれている不思議にはあまり目が届かず気付かない。
大地が浮かび上がるファンタジー世界にいる俺がそうだ。
浮かんでいることに慣れすぎて、疑問すら浮かんでこない。
気にならないのか?
ならないね。
氷がどうして浮くのか気になって調べる人間は多いか? そういうことだよ。
だが、見えてきた景色には唖然とするしかなかった。
見間違いではないかと目を何度もこする。
「……これは驚いたな」
甲板の上……新しい飛行船から見える景色に俺は驚いていた。
新型の飛行船アインホルンの特徴は、その名の通り船首にある一本角だろう。
少し上向きに取り付けられた細長い角のような飾り。
機能的に意味もあるのだろうが、他の飛行船よりも特徴が強い。
そんな飛行船から見える景色は、浮かぶ大陸の中央に見える大きな木だ。
山じゃない。
遠近感覚がおかしくなったと思えるほどに大きな木が、薄らと空の向こうに見えている。
風に髪が乱れていると、俺以上に困っているのは長い金髪のマリエだった。
元から癖もあるのか、乱れた髪をまとめている。
「どうよ、凄いでしょう」
小柄でスレンダーな体をしているマリエは、俺に対して偉そうな態度だった。
何の因果か、兄妹揃って乙女ゲーの世界に転生してしまった。
そう、マリエは前世の俺の妹だ。
普通なら運命を感じるとか、感動の再会とか色々とあるだろうが……俺とこいつの間にあるのは因縁だけである。
「何でお前が偉そうなんだよ」
ホルファート王国を出発し、ようやく見えてきた異国の地。
どうして俺がここにいるのかと言えば、表向きは留学するためである。
本当の目的は――続編の主人公たちの様子を見に来ただけだ。
異文化を体験するとか、勉強は二の次である。
「そもそも続編なんて出ていなければ、俺がここに来ることもなかったのに」
マリエは割と乗り気だった。
外国語をマスターするため、船旅では時間をかなり割いて勉強していたほどだ。
「兄貴は海外とか行きたくない奴だったわね。海外留学なんて楽しそうじゃない」
「こっちはまったく楽しめないぞ。あと、兄貴と呼ぶな。この世界ではお前と俺は赤の他人だ」
マリエが俺の脚にすがりついてくる。
「私を捨てるの!」
「人聞きが悪いんだよ! それから離れろ。俺には婚約者がいるんだ」
振り払って放れたマリエは、爪を噛んで悔しそうにしている。
「何よ! あの二人よりも私の方がずっと良い女じゃない!」
「はぁ? お前より二人の方がずっと良い女です! というか張り合うな、気持ち悪い」
妹が俺の婚約者に嫉妬している?
嬉しくないね。
視線を遠目に見えてきた大陸へと戻した。
「あれがアルゼル共和国か」
マリエはまだ悔しそうにしながら「そうよ」と言って、アルゼル共和国について話をするのだった。
それは、ゲームでのアルゼル共和国の設定だった。
「大陸は遠目に一つに見えるけど、七つの大陸が中央の聖樹によって繋がっているわ。貴族共和制とは言っているけど、国が七つ繋がっている感じだった気がするわ」
気がする、という曖昧な表現。
これはマリエも転生してから結構な時間が過ぎており、記憶が曖昧な部分もあるため断言できないでいた。
「戦争をして一つにまとまるとか、他に方法があっただろうに」
七つの国が合議制で政治をしている国。
それがアルゼル共和国だ。
「そんなの知らないわよ。でも、内向きで争いもあるにはあるけど、外敵には一致団結して戦うみたいよ」
まとまっているのか?
ただ、他国の政治批判をしている場合ではない。
俺が知りたいのは、アルゼル共和国にいる主人公の現状だった。
そもそも、政治批判をしていい立場ではない。
ホルファート王国など、今は他国に文句を言えないくらい酷い状況だ。
いや、元から酷かったな。
ローランドの糞野郎は特に酷い。
あいつだけ幽閉されないかな?
「それと、アルゼル共和国が凄いのは、防衛戦ね。今までに一回も他国の侵略を許したことがないわ」
「本当か? だったら凄いな」
それは凄い。
ホルファート王国でも、何度か本土に敵の侵入を許して橋頭堡を作られている。
何故なら飛行船なんて物があるために、輸送能力が高いからだ。
それを思えば、アルゼル共和国が油断できない国だとすぐに分かる
政治体制か、それとも技術力か運用力か……とにかく、何か優れているのは事実だ。
「文化レベルはホルファート王国と同じか?」
「こっちが少し上かな? 何か路面電車とか走っているし、日本で言うなら明治とか大正くらいじゃない?」
「食生活は違うのか?」
「そこまで知らないし、覚えていないわよ。ゲームシステム自体は似たような感じだったわね」
「そこをもっと詳しく聞こうじゃないか」
移動中、何かと忙しくマリエと話をする機会がなかった。
理由? お邪魔五人衆がいるからだ。
あいつら本当に役に立たないばかりか、邪魔までしてくるので俺の中では敵より厄介な存在である。
「大体同じだったわね。冒険パートがあって、戦略パートもあるわ。日常パートはほとんど変わらなかったけど……あ、そうだ。悪役令嬢はいないわ」
同じ乙女ゲーのシリーズ物だ。
主人公のライバルである悪役令嬢がいてもおかしくないと思っていたが、どうやら次回作にはいないらしい。
シンプルでいいな。
分かりやすいのは大事だ。
「アンジェの立場には誰もいない、と。で、リビアの立場にいるのは誰?」
マリエは複雑そうな顔をしている。
「何だよ? 早く答えろよ」
「いや……ほら、ゲームって名前を入力するタイプだったから、イラストで外見は知っているけど名前は知らないわよ。苗字はベルトレで、本当の苗字がミドルネーム付きで【ジル・レスピナス】だったわ」
「本当の苗字? あぁ、実は大貴族の跡取りだったとか、そういう設定だったな」
次回作の主人公は、一般人として暮らしているが実は七大貴族一角――その血を引くお嬢様だ。
過去に家が焼けるシーンから始まるのは、七大貴族で他の家が裏切って攻め込んできたためらしい。
「レスピナス家は議長を務める家で代々聖樹の巫女を輩出していたの。それが面白くない他の七大貴族が滅ぼしたのよ」
「ふ~ん」
興味なさそうにすると、マリエが面白くないのか俺を睨んでくる。
「何で興味がないの? ここ、重要な部分だと思うけど?」
「結局、野郎を誑し込んでお家再興だろ? 俺としては、取り返しが付かない状況じゃなければ問題ないね。今は二年生だっけ?」
シリーズの続編だが、リビアたちと同年代という設定だそうだ。
「そうね。ゲーム的な話をするなら、クリアデータがあればホルファートの男性キャラがアルゼルに留学してくるとか、そんなのもあったわね」
「ファンサービスか? でも、留学生とは仲良くなれないんだろ?」
「それは――」
マリエと話をしていると、何を勘違いしたのかバケツとモップを持ったユリウスが甲板にやって来た。
サンダルを履き、ズボンやシャツの袖をまくっている。
「マリエ、大丈夫か!」
俺もマリエも、ユリウスの登場に無表情になった。
「おい、馬鹿王子。掃除は終わったのか?」
ユリウスがこちらに大股で歩いてくる。
紺色の髪をした王子様も、掃除道具を持つと何とも現実感が出て素晴らしい。
「そんなことよりも、いったいどういうつもりだ、バルトファルト! こんな場所に二人で……まさか、マリエを狙っているのか!?」
俺は舌打ちをする。
「婚約者もいるのに他の女に手なんか出すか馬鹿野郎。お前と一緒にするな」
「お前は信用できないんだよ!」
「鏡を見ろ! そこに俺以上に信用できない馬鹿王子がいるからさ!」
ギャーギャーと言い争っていると、次々に甲板に野郎たちが出てくる。
「殿下! バルトファルト伯爵、いったいどういうことですか!」
緑色の長い髪を縛り、ポニーテールにしているジルクがやって来た。
ユリウスを心配しつつ、マリエと二人で甲板にいたのが許せないらしい。
「婚約者がいるのにマリエに手を出すつもりか!」
次に出てきた体育会系の男はグレッグだった。
赤い髪を短髪にしており、体の大きさや筋肉もあって威圧感がある。
「見損なったぞ、バルトファルト!」
次に出てきた紫は……まぁ、ナルシストだ。
他より弱いが魔法は得意な頭脳派であるが、色恋で失敗してポンコツぶりを発揮している野郎だ。
名前はブラッド。
「お前という奴は……マリエ、私たちが来たからにはもう大丈夫だ」
最後に出てきた青髪の真面目そうな眼鏡はクリスである。
全員がモップやら掃除道具を持っていた。
今はアインホルンで掃除仕事をさせている。
小指で耳の穴をほじり、俺は五人のうっとうしさを態度で示していた。
「……掃除に戻れ、馬鹿共が」
マリエも五人に呆れている。
「何もないからみんな掃除に戻ってよ。今、割と大事な話をしているのよ」
ユリウスが胸元の開いたシャツ姿で胸を張る。
大胸筋が浮かび、結構鍛えているのが分かった。
……野郎のサービスシーンとか嬉しくない。
「なら大丈夫だ。大事な話なら俺たちも側で聞いてやる」
「一時間残業な」
「何故だ!」
俺が残業を指示すると、ユリウスたちが抗議してくる。
……この馬鹿共を連れて留学しなければいけないとか、罰ゲーム以外の何物でもなかった。
これも全てローランドが悪い。
王妃であるミレーヌ様に頼まれたことだが、王であるローランドが悪い。
俺が婚活で苦労したのもローランドのせいだ。
全てローランドが悪いので、いつか復讐してやる。
五人に呆れて目を閉じると、瞼の裏でローランドの糞野郎が腹を抱えて笑っている姿が見えた。
……あ~あ、ぶっ飛ばしたい。
あいつが王様じゃなかったらぶん殴っていたね。
俺、大人だからそんなことはしないけど。
大人だから!
前世と合わせれば、もう精神年齢は四十だ。
ここは大人の余裕で耐えて見せようじゃないか。
そんな目を閉じている俺にユリウスが、
「何とか言ったらどうなんだ、バルトファルト!」
俺は平手でユリウスの頭を叩いた。
「うるせぇ! お前らみたいに四六時中盛っている暇人じゃねーんだよ! 大体、俺の好みはおっぱいの大きな女性だ。マリエは問題外! そもそもそういう対象じゃないの」
マリエが自分の胸を見下ろし、両手で触っていた。
小声で「す、少しはあるし」とか、何もない平野に山があるみたいなことを言っているので悲しくなってきた。
「た、叩いたな!」
「叩いて何が悪い! お前はもう王太子でもなければ、利用価値も手放した王子もどきだ! このくらいの扱いで十分だ!」
そう、こいつはマリエのために王太子の地位を捨てた。
そしてつい最近は、公爵令嬢になったヘルトルーデさんを襲撃し、王子として婚姻外交をするにも問題があると判断されてしまった。
……利用価値がない王子様だ。
甲板にメタリックカラーの球体が姿を見せた。
赤い一つ目が俺を向くと、そのまま近付いてくる。
相棒のルクシオンである。
『マスター、アルゼル共和国を名乗る飛行船が近付いてきました。上陸前に立ち入り検査をさせろと言ってきています。撃ち落としますか?』
「……お前、分かっていて聞いていない? 却下だ。立ち入り検査を受け入れると伝えておけ」
『……了解です』
実に有能な相棒だが、すぐに新人類を殲滅しようと画策している。
俺は最近気が付いた。
こいつって結構やばい奴じゃないか、って。
俺は文句を言っている面子を前に手を叩く。
「ほら、立ち入り検査が入るぞ。お前らも道具を片付けたら着替えて準備をしろ」
ジルクが顔を背ける。
「貴方に命令されたくありません」
そうかい。
俺はマリエの方を見た。
マリエが一度咳払いをすると、声質やら表情を切り替えた。
「みんな、共和国の人が来るからちゃんと準備をしましょう」
モップを担いだイケメンたちが「は~い」と間の抜けた返事をして船内へと移動する。
こういうところは素直なのだ。
マリエも肩を落として船内へと向かう。
「どうして私があの五人の面倒を見ないといけないのよ」
可哀想だが自業自得だ。
「お前が逆ハーレムなんて目指すからだろうが」
マリエは涙目だった。
「こうなると分かっていたら、誰も逆ハーレムなんて目指さないわよ!」
俺は笑顔で、
「現実って残酷だよね。俺は日々を真面目に生きているから、そんなヘマはしないけどな!」
マリエが「ムッキー!」とでも言いたそうな顔で、大股で船内へと戻っていく。
俺はルクシオンと共に甲板に残った。
見上げると、大きな共和国の船が頭上からこちらに近付いてくる。
「威圧的な連中だな」
『ホルファート王国は舐められていますね』
このような接近の仕方は失礼だ。
普通は同じ高度に合わせ、横並びになって近付いてくるのが一般的だった。
「……面倒にならないといいけどな」
まだ見ぬ次回作の主人公様が、無事に男を誑し込んでくれていることを祈る。
同時に、この留学が何事もなく終わって欲しかった。
楽しんでいただけたでしょうか?
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