「誰でも働きやすい職場」にするために…LGBTQについて専門家と学生と東京新聞の社員が話し合いました

2024年4月20日 03時00分
 東京新聞は2023年9月、SDGsビジョン「環境と多様性の約束」を公表しました。そこに記した目標実現のための道筋を、東京新聞の学生向けウェブマガジン「STAND UP STUDENTS」の読者や、専門家と一緒に記者や社員が話し合うセッションを始めました。1回目のテーマはLGBTQ。「誰でも働きやすい職場」にするために必要なことを一緒に考えました。

 LGBTQ レズビアン(女性同性愛者=L)、ゲイ(男性同性愛者=G)、バイセクシュアル(両性愛者=B)、トランスジェンダー(生まれた時の性別と異なる性自認の人=T)の頭文字からなるLGBTに、クエスチョニングとクイアの頭文字「Q」を加えた性的少数者を表す言葉。クエスチョニングは自身の性のあり方について分からない人、決めていない人などを指す。クイアは規範的とされる性のあり方以外を包括的に表す言葉とされる。ほかにもさまざまな性のあり方を含んだ言葉として「LGBTQ+(プラス)」が使われることもある。

学生や専門家、社員がLGBTQをテーマに話し合った=東京都千代田区の中日新聞東京本社で

出席者(敬称略)
松中権(LGBTQ支援団体代表)
日比楽那(武蔵野美術大学休学中)
金森桜子(東京芸術大学大学院)
奥野斐(編集局)
橋本晶子(総務局、書面で参加)
大上歩(メディアビジネス局)
田中公祐(事業局)
早川由紀美(SDGs・DEI推進チーム)

◆まずは自己紹介から

 奥野 LGBTQの取材を15年ほど続けています。今日は当事者でもあり、権利の保護や向上の活動をされている松中権さんとともにセッションを進めたいと思っています。
 まずは皆さん、自己紹介とLGBTQとの関わりなどを教えてください。

松中権さん

 松中 広告会社で勤務している時に、ゲイであることをカミングアウトして、同時にNPO法人「グッド・エイジング・エールズ」を立ち上げました。2015年に、ゲイであることを暴露された一橋大学院生が転落死するアウティング事件がありました。自分の出身校だったこともあり、17年に会社を辞めて、LGBTQ+(プラス)の活動に専念しています。企業と一緒に職場環境改善のためのPRIDE指標というのも作りました。

PRIDE(プライド)指標と評価項目例 
Policy(行動宣言) 会社としてLGBTQ+、SOGI(性的指向、性自認)についての方針を明文化し、公開しているか
Representation(当事者コミュニティー) 従業員がLGBTQ+、SOGIに関する意見や要望を言える機会を提供しているか
Inspiration(啓発活動) 過去2年に従業員に対しLGBTQ+やSOGIへの理解を促進するための取り組み(研修など)を行っているか
Development(人事制度・プログラム) 戸籍上の同性パートナーがいることを申請した従業員や家族に、戸籍上の異性パートナーがいる従業員と同様の休暇制度などを適用しているか
Engagement, Empowerment(社会貢献・渉外活動) LGBTQ+やSOGIに関する社会の理解を促進するための社会貢献活動や渉外活動を行ったか

 LGBTQ+はもちろん人権の話です。企業がそれを守るのは当たり前ですが、人材確保など経営課題解決の上でもメリットがあるという話も経営者にはしています。
 僕自身がすごく実感したんですけど、カミングアウトを経て、オープンに働き始めたら、本当に働くことが楽しくなったんですね。マジョリティー側の方は、ある意味で毎日カミングアウトをしていますよね。例えば男性の方が「ちょっとうちの妻が熱出して」と言うと、もうそれは異性愛者で、女性と結婚しているというカミングアウトなんですよ。つまり日常生活、職場生活はほとんど性的指向、性自認にひも付いてます。当事者はそれを全部隠して、うそでごまかすということを繰り返している。
 LGBTQ+だけではなく、いろんな方々が安心・安全に働くことができれば、いろんな個性とかいろんな強みとかが合わさってイノベーションが起こるという話もしています。

 LGBTQと企業 2017年、経団連が「経済の持続的成長を実現するには、多様な人材の能力を引き出し、経済社会全体の生産性を向上させていくことが不可欠」として、LGBTQへの取り組みの重要性を初めて提言。20年のパワハラ防止法改正でSOGIハラスメント(性的指向や性自認に関する侮辱的な言動)やアウティング(性的指向や性自認などを本人の了解を得ずに暴露すること)もパワハラであることが明記された。

 大上 東京新聞の営業部署で働いています。去年、LGBTQについて読者の人に知ってもらう講演会をやったときの担当者でした。複雑な問題だと思ったし、自分の周りにLGBTQだと公表している人が意外といないということにも気が付きました。言い出せない空気感とかがあるのかなと思ったりしています。

日比楽那さん

 日比 大学1、2年の時からいろんなメディアとかで働いています。情報発信に関わるいろんな会社の人と仕事をする上で、自分自身が働く中でも、社会で生きる人々にとってもどうやったら自分らしく生きていけるのかということに関心があります。
 金森 東京芸術大学の大学院で版画を専攻しています。LGBTQ+に関する活動としては2018年頃からさまざまなメディア(雑誌「IWAKAN」やオンラインマガジン「NEUT」)へテキストやイラストを寄稿させていただいております。

金森桜子さん

 しかし、活動を続ける過程で消費されているなどと思ってしまう時がコロナ禍を通して多くありまして、今は一周回ってちょっと閉じ込めている時期でもあります。でも、やっぱり発言することも大事だなと思いますし、自分自身のためじゃなくて周りの大切な人だったり、これからの子どもたちが理不尽なことで泣いてほしくないので、今日はこちらに来ました。よろしくお願いします。
 田中 イベントを開催する事業局にいます。私自身はバレエのコンクールなどを担当しています。

早川由紀美

 早川 SDGs・DEI推進チームという部局横断の組織を統括しています。LGBTQを話し合いのテーマに選んだのは、大上さんからもありましたけれども、会社の中にも当事者がいるはずなのに公表している人はあまりいない。言えない風土を変えていくということは、あらゆる人にとって働きやすくなるんじゃないかと思ったからです。

 DEI Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字。従業員の多様な個性を活かすことが、新たな価値を生み出すことにつながるという企業経営の考え方。

 橋本(書面) 東京本社の社内相談窓口担当をしています。新聞社として社会の多様性を認め、尊重する姿勢を示したいと、2022年3月、一部の制度において配偶者の定義を法律婚だけでなく、パートナーシップ証明書の交付を受けた同性パートナーまで広げることになりました。会社として取り組んでいますと言っておきながら形だけになってしまい、実際の対応で当事者をがっかりさせることのないようにしたいと思っています。

◆「誰でも」に性的指向、性自認が入っていない

 奥野 自己紹介を聞いたり、会社の仕組みを聞いて、松中さんの感想は。

松中権さん(左)と進行役の奥野斐

 松中 制度の対象を同性カップルに広げているのは素晴らしいと思うけど、なぜパートナーシップ証明書を取ってないとダメなんだろうと、少し引っかかった。東京新聞のSDGsビジョンはジェンダー平等って書いてあるんですけど、それは女性の権利尊重でLGBTQ+は含まれていない。さらに「誰でも働きやすい職場」の「誰でも」に、性別は書いてあるけど、性的指向、性自認が入っていない。他の企業よりも言葉を大切にしたり、事実を大切にしたりする新聞社の姿勢としてはちょっと残念な感じがしました。
 早川 ビジョンの表現をどうすれば良いか、考えます。
 奥野 言葉は大事ですね。取材している中で、飲み会などで「彼氏は?」「彼女は?」と聞かず「恋人は?」と言い換える動きなどを聞いたことがあります。若い世代から、新聞社に求めること、提案はありますか。
 日比 私もパートナー証明書の交付を受けている人しか、法律婚と同じにならないというのが引っかかりました。一方でこういうことをされているとは知らなかったのですが、多様な学生が採用試験を受けることにもつながる良い取り組みだと思います。東京新聞は、人権に関わる大切な発信をされているという印象を受けているので、もう一歩進めたらより良いと思います。

紙面を使って最近の動きを共有した

 金森 ネガティブな気持ちを持っている人からの意見は、スマートフォンなどの画面越しで顔も名前もわからず飛び込んできます。当事者は敵の正体を知らないわけです。その対立を解きほぐしていかなければ何も進んでいかないのではと思っています。メディアが持っている力がそこで活躍するのではないかなと思っています。

◆目の前の人が必ず異性愛者とは限らない

 松中 言葉の使い方ということで言えば、新宿区の大型総合LGBTQ+センター「プライドハウス東京レガシー」のスタッフは何げない言葉も気をつけようってみんなで練習している。例えば「今ドアのところに女性立ってるから呼んできて」とか言わず「赤い服の方」と言おうと。自分にとっては女性のように見えたとしても、その方がどのような性だと自認している人かは分かりません。目の前の人が必ず異性愛者とも限りません。そのような前提に立つことに意識的になる訓練をしたり、場数を踏むしかないなって思ったりもしている。
 カミングアウトをする側される側をこの場だけのルールでやってみようっていう研修をする企業もあります。感想を共有する時間もあって「言い出そうとすると言葉に詰まっちゃった」という声も出たりする。経験しないとそういう気持ちが分からないかもしれないですね。

田中公祐

 田中 言葉の使い方が、出発点かなという気がします。

◆「彼氏いるの?」と聞くような風潮があるだけで…

 日比 さすがにLGBTQについて聞いたことない、全く知らないっていう人はいないと思います。でも今が過渡期だからかもしれないですが、きっとこういう人はこういう見た目という思い込みがありますよね。先ほど奥野さんの話にもありましたが、いわゆる女性的な格好をしている人に対して「彼氏いるの」と聞くような風潮があるだけで、カミングアウトをするのが難しいと感じる人は多いのではないかと思います。思い込みを解くためには、何度も話し合うことや当事者の声を聞くっていうのが大事になるのかな。
 松中 今イベント協会とかの勉強会とかもやっていて、お客さんからトイレの場所を尋ねられた時の対応などをプログラムに入れています。見た目で判断してあっちに男性トイレがありますって言うのか、男性トイレはあちら、女性トイレはあちら、性別にかかわらず使えるトイレはあちらって言うのかで違いますよね。自分の仕事に近いとこだと、皆さんちょっとスイッチが入りやすいのかもなあと思いました。

大上歩

 大上 言葉の使い方にしても案内にしても知らなければ、発想が出ないですもんね。気づく機会が今までなかった。
 田中 訓練を重ねて表現の仕方がこれでいいのかということを自ら考える風土が醸成されていけば、イベントそのものも多様性というか、開かれたものになっていくと思う。

◆理解者、支援者の社内グループがあってもいいな

 奥野 アライ(性的少数者の理解者、支援者)のグループがあってもいいなって思いました。明治グループはアライの社内グループが企画してLGBTQ支援の商品を発売しました。企画した皆さんが結構楽しそうだったのが印象的だったので、なんかそういう社内グループみたいなのもつくるのもありかなって思いました。

奥野斐

 松中 LGBTQに関わらず、自分が働いている会社の外に出ているものが自分が関わることによって変わるってめっちゃうれしいですよね。世の中にとって良いことだったらなおさらうれしい。この会社で働きたいなって思う中には、この会社良くなってほしいなって思う人がたくさんいることが必要だと思う。
 奥野 そういうことを経営陣に伝えることも必要かもしれないですね。

◆DEIは企業にとって死活問題

 松中 経営層の方にアライになってほしいっていうPride1000という企業経営者アライネットワークを立ち上げたんですよ。手を挙げてくださった経営者に話を伺うとDEIは死活問題ですよと皆さんおっしゃっている。働く人が減っていく中で、仕事現場でポジティブでいられて、その人の人生もポジティブになっていけば仕事へのフィードバックもある
 早川 先ほどトイレとかの案内の話も出ましたが、こういう時どうする?ということを10なら10書いたガイドブックを最初の一歩として作るのもいいかもしれないですね。自分たちの業務に近いシチュエーションを選んで。

松中権さん

 松中 各職場で洗い出ししようみたいな特別チームが社内横断でできたりするといいですよね。自分の仕事現場とLGBTQ+の接点を探そうみたいな。社内の人と社外の方々と一緒にやるみたいな。

◆最初の一歩…やらないといけないことはいっぱいある

 金森 興味のある若者に投げかけたら、動く若者はたくさんいると思う。自分が動くことで、後世につながる一歩になるっていうことになれば。自分もやりたいです。
 松中 外部の学生さんの編集のチームもいて、各面にLGBTQ+の記事しかないプライド新聞を作るとか。
 奥野 今日は最初の一歩ぐらいに思ってたんですけど、やらなきゃいけないことはいっぱいありますね。

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