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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第三章

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残酷な真実

「はじまりは大公家の反乱からです。戦争というのは、どうしても後手に回った方が不利になるのは分かっていますね?」


 この世界の戦争というのは、どうしても攻撃する側が有利である。


 それは飛行船なんて物があるからだ。


「はい。実際、王都での防衛戦も大変でしたからね」


 ミレーヌ様が頷いて続きを話す。


「――大公家に苦しめられた当時の王家ですが、第二の大公家が出ることを恐れました。領主貴族の貴方にも分かるでしょうが、男爵家以上になると急激に戦力を増やす方法があります」


「飛行船を増やすことですね。そのまま他家をせめて勢力を伸ばす方法が昔はあったと聞いています」


 浮遊石なんて便利な物があるため、飛行船の維持費は驚くほどに少ない。


 割と安価で作ることも可能だ。


 戦力を揃え、領主同士で争い新しい浮島を得る。


 そうして勢力を拡大する方法が領主たちにはあった。戦力を整え、才覚さえあれば男爵でも王国を恐怖させることが出来る。


 ……そんな時代があった。


「そして自らの領地に引きこもる貴族の中には、王国など敵ではないと思う方も多かったそうです。実際、王国を侮って攻め込んだ貴族たちも多かったですからね」


 そういった勘違い野郎たちは、王国に負けてしまった。


 だが、攻め込まれる側が不利なので、王国の被害も大きい。


「王国が学園を用意したのも、自らの力を誇示するためです。領主たちに、王都を見せて国力の違いを見せつけるため」


 ルクシオンがそんなことを言っていた。


 だが、それがいったい真実とどんな関係があるのだろうか?


 男性に負担を押しつけたみたいなことを言っていたような気がするが……。


「そして、王国はもう一つの策を用意しました。それは、領主たちの力を削ぐためのものです。新たな価値観を植え付けました」


「力を削ぐ? 価値観?」


「どうして女性が極端に優遇されていたのか分かりますか?」


「それは――」


「本来、男性は戦争もあって非常に少ないのです。学園にいる間は問題ありませんが、卒業後では男性の数が足りないほどですよ。結婚できない女性が多いのが現実です」


 そのような状態で、どうして女性が結婚で優遇されるのか?


 言われてみると確かにおかしい。


 男性の方が選び放題だ。


 あれ? もしかして、俺が学園に入る前に結婚させられそうになったのも、もしかして男が少ないからか?


「学園で共通の価値観を持たせる際に、王国は仕掛けを施しました。最初は、女性に対してお金を使ってこそ、と思わせたそうです。女性に対して紳士的、そしてお金を使うのが当たり前と思わせました」


 ……おい、ちょっと待ってくれ。


 この状況、もしかして王国が作り上げたのか!


「ま、待ってください。そんなことをして何の意味があるんですか? だって、ほら! いざという時に貴族たちが働かないじゃないですか!」


 今回だって同じだ。


 俺と同じ境遇の男子たちは、戦いを見守りつつ公国に寝返ろうとしていた。


 ミレーヌ様は落ち着いてと俺に言ってから、ゆっくりと説明を続けた。


「最初はこのような状況を想定していませんでした。同じ価値観や仲間意識を持たせ、領主たちの力を僅かに削げればいい、そのような考えだったそうです。ですが、効果は想像以上でした」


 若い内に王国の実力を知り、戦いを挑む馬鹿は少なくなった。


 同時に、女性重視の考えが強くなってきたらしい。


「途中で修正しましょうよ」


「必要がありませんでした。実際、私もその時代の当事者ならば無視をしたはずです。王国にとって都合がよかったですからね。黙っていても領主貴族たちは疲弊し、王都に財が集まるのですから。その頃から王国に逆らう領主たちは実際に激減しています」


 キッパリ答えるミレーヌ様は、学園のもう一つの存在意義を語る。


「学園のもう一つの目的は、教育方法を確立することです」


 ……あれ? そういえば、聞き流していたルクシオンとの話でそんな話題もあった気がするぞ。


「教育方法を確立し、貴族ではなく――平民に教育を施すつもりでした。この意味が分かりますか?」


 目をそらすと、ミレーヌ様が微笑む。


「数百年の後に……貴族が不要な未来を作るためです」


 ……聞きたくなかった。


 こんな話を聞いてしまえば、下手をすれば消されてしまうではないか。


「学園を用意した当時の王家は、政治体制の変革を何百年もかけて実行するつもりでした。いえ、半ばそうしなければと思っての行動でしょうね」


 領主貴族の相手をするのも嫌になり、王家は色々と考えた結果――政治体制を変えようと考えたらしい。


 何それ? 未来に生きすぎじゃない?


「当時は大公家を代表して、貴族たちの腐敗が酷い時代でしたからね。子爵も貴族なら分かるはずですよ」


 いい奴もいるが、それ以上に人として首をかしげたくなる屑も多い。


「学園でもそういった若い子たちの考えを正そうとしました。貴族たちがまともなら、このままの王国が続くだろう、と。ただ、当時の王家が予想しない方向に話は進みます」


 女子たちの立場が想像以上に高くなったことが問題らしい。


「領主貴族たちの力を削ぐために有効で放置した結果、男爵家から伯爵家の一部の女性たちが暴走しましてね。王宮が思っていた以上に酷い状況になりました」


 それが今に繋がったわけだ。


「酷い話ですね」


「えぇ、酷い話です。ただ、領主貴族たちの財が王都に集まったのも事実ですからね。王都で贅沢(ぜいたく)な暮らしをしたい女子たちは、王宮にとっても都合がいい存在でした。これが、男性に負担を強いた理由です」


 王国からすれば、貴族――特に領主貴族など信用できなかったのだ。


 学園を作り、将来的には平民に教育を施して貴族を減らしていく。ミレーヌ様の口振りからするに、もしかしたら学園内で暴走する女子たちをわざと見逃していたのではないだろうか?


 いずれ切り捨てるべき貴族たちを、選んでいたように思う。


 伯爵家の本物の貴族の家が、娘たちに奴隷を持たせなかったのも――この事実を感づいていたか、知っていたのではないか?


 政治体制を変更する際、残った貴族たちは新しい体制の重要なポジションにつくことを狙っていたのかも知れない。


 何も知らない貴族たちが暴走しても、王家の船という切り札があった王国は楽観視していたように思う。


 グダグダになった学園にそういった思惑があるなどと思いもしなかった。詳しいことはあとでルクシオンにでも聞こう。


 それと――。


「もしかして、リビアが学園に入学したのは」


「次の段階へと移行したということです。貴族たちは危機感を持つべきですね。彼女を手始めに、毎年入学させその数を増やすつもりでした。まぁ、更に百年、二百年後を考えての行動ですよ」


 ……前世の学校で習ったな。


 封建制度の次は――中央集権の絶対王政だったか?


「――中央集権」


「中央集権? ……王家が目指す物を端的に述べたいい言葉ですね」


 何か前世の知識を披露したら褒められたが、この状況は嬉しくない。


 俺たち領主から全てを奪い、貴族の仕事を平民にさせると言っているのだ。


 学園はそのために設立されたとか、想像もしていなかった。


「予定通りに進まないものですね」


 ミレーヌ様はそう言うと、自嘲気味に笑みを浮かべて俺を見る。


 ……止めろ。俺を試すようなことをするな。


 今の俺は、この話を聞いて殺されないか心配で仕方がない。こんな話を貴族たちの男たちが聞けば、怒り狂うぞ。


 まぁ、今の王家を責めても仕方がない。ミレーヌ様も、外国から嫁いできたらこんな計画があると言われたような立場だろう。


「やはり英雄は違いますね。落ち着いたものです。罵声を浴びせられても仕方がないと思っていましたよ」


 俺の様子を見て勘違いしたらしい。


「それと、これは王妃ではなくミレーヌ個人としての話になりますが――」


 頭の中は混乱して何を言えば良いのか分からなかっただけだ。


 そして、ミレーヌ様は席を立つと床に正座して俺に頭を下げてきた。


 ……え? 何で土下座なの! ちょっと待って。この世界に土下座なんてものはなかったはずだ! 学園祭の時に俺がやって見せたのを真似たのか?


「ちょ、ちょっと! 止めてくださいよ。急にどうしたんですか?」


「バルトファルト子爵。無礼を承知でお願いいたします。どうか、息子のユリウスを助けていただけないでしょうか? あの子の母親としてお願いいたします」


 ……あいつ何したの?



 地下牢に入れられた六人。


 マリエを始め、ユリウス、ジルク、ブラッド、グレッグ、クリスの面々は、静かに自分たちの処遇が決まるのを待っていた。


 マリエは泣いている。


「みんな……ごめんね」


 ユリウスが微笑む。


「これくらいしか手伝えなかったからな。気にするな、マリエ」


 ジルクがユリウスに悲しそうな顔を向けていた。


「殿下が戦場に出られないのは仕方がありません。それに、現地では仮面の騎士と名乗る者が手助けをしてくれました」


 ブラッドも仮面の騎士を思い出したのか、何やら不満そうにしていた。


「急にいなくなったよね。まぁ、それなりに出来る奴だったけど」


 グレッグはあぐらをかいて座っており、顎を手に乗せて仮面の騎士についてユリウスに話すのだ。


「ユリウスの代わりとは言わないが、役には立つ奴だったよ」


 クリスも頷いて実力を認めた。


「見たこともない鎧に乗っていたな。剣筋も悪くなかった。だが、いったい誰だったのかは最後まで分からなかったな。バルトファルトは何か知っていそうだったが」


 そんな四人の反応に、ユリウスは小さく笑みを作る。


「――そうか。俺も会ってみたかったよ」


「いえ、殿下は会う必要はありません。急に出てきて、その場を仕切るような男です。今度あったら誰なのか問い詰めなければ」


 マリエは五人の様子を見て呆れかえっていた。


 本気で言っているのか? そんな顔を向けている。


「みんな、アレはユリウスが――」


 六人がいる地下牢に足音が聞こえてきた。


 見張りの騎士たちが敬礼をすると、その男は下がるように言う。男の後ろには、黒髪の女性もいた。


「あ!」


 マリエが目を輝かせてみる男性は――リオンだった。


「お前らは本当に馬鹿だな」


 その後ろには、ヘルトルーデ公爵令嬢も控えている。


「貴女たちには本当に呆れますよ」


 マリエが鉄格子にすがりつき、リオンに助けを求める。


「私頑張ったのよ。お願いだから助けてよ」


 リオンは頭が痛そうな顔をして、額を右手で押さえながら状況を確認する。


「お前らの罪状って分かっているの?」


 ユリウスはリオンを真っ直ぐに見ていた。


「恥じるつもりは全くない」


「恥じろよ! 条約を締結した後に公爵令嬢を王子が襲撃とか笑えないんだよ! お前のせいで、王宮は恥をかいたからな!」


 ヘルトルーデが溜息を吐きつつ俯いた。


「私のために無茶をしたのですか?」


「それもある。あの条約は流石に酷すぎたからな。それに、あのままでは俺がお前の家に婿入りするところだった。あとは……マリエに頼まれたからな」


 マリエが、公国――公爵家を何とかしたいとユリウスに頼んだのだ。


「そちらが本音ですか」


 王宮としては、ユリウスを送って厳しい管理下に置きたかったのだろう。ヘルトルーデと結婚させれば、国民感情もいくらか和らぐとの考えを持っていた。


 なのに、ユリウスは公爵令嬢を襲撃した。


 もちろん、襲撃したふりだ。


 そのために王宮の面子は丸つぶれである。


 条約にしても、ユリウスの一件でいくらか譲歩することになった。


 当然、ユリウスの婿入り話も白紙だ。


(そのまま結婚しても良かったのに)


 そんなことを思うマリエだった。


 リオンは他の四人にも視線を向ける。


「お前らも分かっているよな?」


 グレッグが鼻の下を指でこすり、少し照れくさそうにしていた。


「マリエを守るためだ。悔いなんかないぜ」


「少しは悔い改めろ! マリエを引き取りに来た神殿の関係者を叩き出すとか馬鹿なの? ねぇ、本当に馬鹿なの? 馬鹿だよね!?」


 クリスが胸を張っている。


「正当防衛だ」


「やりすぎなんだよ。神殿側から抗議が来ているんですけど! こっちにも色々と予定があったのにかき乱しやがって」


 マリエの下にやって来た神殿の関係者たちは、本来なら聖女のアイテムを回収する役割があった。


 だが、マリエがいては不都合な者たちが紛れていた。同時に毒入りの酒を持ってきて、飲ませようとした。


 マリエに全ての責任を負わせようとしたのだ。


 四名が駆けつけ、そして神殿の関係者――全員を王宮から叩き出した。ここまでは問題もあるが、リオンだって責めない。問題はこの後だ。


「あのね。マリエは聖女の道具に認められたの。自分で偽物と言おうが、聖女なのは間違いないの。ここまでは分かるか?」


 マリエは褒められたと思ったのか照れる。


「え、そうなの? なんだ、だったら私が聖女様ね」


「その聖女様の男が、みんなを叩き出したから話がこじれたんだろうが。取り調べもせずに叩き出したから、神殿側も意地になってマリエを認めないとか言い出したんだよ」


 ヘルトルーデは、何か言いたそうにしているがリオンに任せて喋らない。


「俺が裏でどれだけ手を回したと思っているの? ねぇ、俺の頑張りをどうして無駄にするの?」


 ブラッドが激怒して立ち上がって抗議する。


「あのままマリエに死ねというのか! 僕たちはそんなことは認めないぞ」


「……確かに、お前たちは正しいよ。毒殺なんてしようとした連中だ。俺だってこいつら馬鹿だな、って思ったよ。けどさ……追い返した後に騒いじゃ駄目だろ。殴り込みをかけるとか馬鹿じゃないの」


 マリエが四人を庇う。


「待って! みんな、私が神殿に処刑されると思って抗議しただけよ」


「鎧を持ち出して暴れ回ったのは抗議じゃない! 実力行使って言うんだよ! 毒殺しようとした件を含め、いい感じに話がまとまりそうだったのに!」


 王宮の役人たちからすれば、地下牢に放り込まれた六人は本当に腹立たしい存在だろう。


 ヘルトルーデがリオンに同情している。


「貴方も大変ね。うちにくる? 今なら好待遇を約束するわよ。公爵の地位を用意するわよ」


「興味ない」


 即答で拒否をするリオンは、マリエに近付く。


 ヘルトルーデは少し悔しそうに、そして悲しそうに笑みを浮かべて「またふられちゃったわね」と呟いている。


「将来期待されていた五人を誑かした希代の魔性の女――お前、そんな風に言われているぞ」


「え、そうなの?」


 照れるマリエにリオンは本当に腹立たしい顔をしている。


「お前らのせいで四方八方から抗議が殺到しているよ! お前らの実家は激怒しているし、王宮の役人たちはあいつら絶対に許さないって言うし、神殿なんか全員処刑だって息巻いているんですけど!」


 マリエはリオンの足を掴む。


「お願い助けて!」


「助けようとしたんだよ! お前らが全部台無しにしたんだろうが! ねぇ、俺に恨みでもあるの? どうやったらこんな酷い状況になるんだよ。みんなビックリだよ!」


 リオンが泣きそうになっている。


「違うの! 私たちで何とかしようとしたのよ。そしたら、こんなことになったの」


「最悪だよ! もっと考えてから動けよ!」


 マリエが泣いてしまう。


「だったら、私たち死ぬの?」


 リオンは何か言おうとして、言葉を飲み込むと背中を向けた。


「……ミレーヌ様にも頼まれた。出来うる限りの協力はする。あまり期待するな」


 マリエが笑顔になる。


 そう、前世の兄――リオンが動けば、大抵うまく事が運ぶのだ。


(ありがとう、お兄ちゃん!)



 マリエたちの一件を解決するために向かったのは、陛下のところだった。


 重鎮たちに囲まれているローランド陛下の周りには、ヴィンスさんやバーナードさんも控えていた。


 俺のお願いに皆が難色を示していた。


「あの六人を助けるという意味が分かっていないようだな」


 息子の命がかかっているのに、冷たい陛下の言葉に俺は――。


「持っている財産を全て差し出します」


 陛下は鼻で笑う。


「君の持っていた工場は、父である男爵に譲渡したそうだが? オマケにロストアイテムは全て失っている。今更、多少の財を得ても意味がない。それに、我々は王家の船まで失っているんだが? これは君の責任じゃないのかな?」


 ネチネチ嫌みを言ってくる嫌な野郎だ。


 パルトナーやアロガンツは修理可能だが、ここは黙っておくべきだろう。


「……六名の命だけはお助け願いたい」


 ふんぞり返っている陛下は、俺を見てニヤニヤしていた。


 こいつ俺のことを嫌いすぎじゃない?


 ただし、バーナードさんが、


「命だけを救うのは簡単だ。だけどね、あの六人を放置できないのを分かって欲しい。ユリウス殿下は王族。そして他の四名は名門貴族の元跡取りだ。そして、偽物とされたが、聖女の力を持つ女子もいる」


 陛下がバーナードさんの顔を驚いたように振り返るが、今度はヴィンスさんも俺の意見について肯定的な意見をくれた。


「監視できる浮島に押し込めるのが無難だが、手頃な島を用意する余裕がない。王宮も無理をしてそのような浮島を探そうとは思わないだろう。そうなると、だ……君が見つけた浮島を、使うことになる。本当にいいのかな?」


 俺が発見し、領地とした浮島を使用する。陛下は納得できないのか、ヴィンスさんを恨めしそうに見ていた。


 そもそも、ヴィンスさんたちは王家の船の件はやむを得ないと思ってくれているようだ。


 その件には一切触れない。


 ヴィンスさんが陛下を無視しているのを見ると、溜飲(りゅういん)が下がる。


 ただ……俺の理想が詰まった領地を差し出すのは痛いが、いずれ新しい浮島を見つけてもいいだろう。


 いや、そもそも領地など手放していいのだ。


 表向き、俺には何も残らない。


 それでいいじゃないか。


「それで助命していただけるのなら構いません」


 バーナードさんが俺に問いかけてくる。


「そこまでして殿下たちを守りたいと? 何がそうさせるのか聞いてもいいかな?」


 少しだけ考える。


 ここで彼らの気に入ることを言えればいいのだろうが、無理して気に入られても面倒が多いのを俺は学んだ。


 だから、正直に話すのだ。


「……貴族という立場に疲れました。子爵の地位もいりません。お返ししたいのが本音です。俺、本当は準男爵辺りでノンビリすごしたかったんです」


「ほぅ」


 ヴィンスさんが俺を見ている。


「飛行船も鎧も失いましたからね。今の俺に価値はありませんし、一からやり直しますよ。あの六人を助けるのは……まぁ、腐れ縁ですかね?」


 真剣な顔付きの三人は、俺の話を興味深そうに聞いていた。


「腐れ縁、か。殿下は良き友人を手に入れたらしい。陛下、六人の処遇に関してですが、それでよろしいですか?」


「え? あ、あぁ、うむ。任せる」


 バーナードさんに言われ、陛下が何やら考えていた。


 ヴィンスさんが俺を下がらせる。


「分かった。後はこちらで処理しよう。……随分と無茶をさせたな」


「本当ですよ。だから、今度は助けてくださいよ。俺、隠居してノンビリしたいんで」


「その年で楽隠居か。だが、そうだな……必ずお礼はしよう」


 言ってみるものだな。


 ヴィンスさんのお礼――期待せざるを得ない。



『まぁ、失ったものなどすぐに取り戻せるのですけどね』


「おい、そう言うなよ。あの浮島を失ったのはかなり痛いぞ。せっかく、お米も収穫出来て、味噌や醤油もこれからだったのに」


 ルクシオンと二人で部屋の中で話をしている。


『それにしても、マスターの隠居をよく認めてくれましたね』


「扱いに困るのは事実だし、王宮としても悪くないと思ったんだろ。もう、俺には何の脅威もないと思っているかもね」


『嬉しそうですね』


「どうかな~」


 終わってみれば、少し違うが望んだ形に落ち着いた。


 頑張った甲斐があったというものだ。


「さて、新しいモブライフのために、冒険の旅に出ようと思うがどうだろう?」


『お供しますよ。だって、私がいないとマスターは何も出来ませんし』


「失礼な奴だな」


 自由になったら、またルクシオンで空の旅を楽しもう。


 もう、面倒なことはこりごりだ。


 待てよ。実家でノンビリ暮らしてもいいな。次兄の――違った。この度、めでたく長男に昇格したニックスの兄貴は跡取りだ。


 その手伝いをすればいい。


「……俺の人生始まったな」


『今まで始まっていなかったのですか?』


 思い起こせば、変態婆に売られそうになってから色々と慌ただしかった。


「何とかこのまま普通クラスにいけないかな。あれ? そもそも学園は再開するのか?」


『確認はしていませんが、王都の状況からすぐに再開しても今まで通りとはいかないかと』


 ルクシオンとダラダラ話をしていると、部屋のドアが開く。


 慌ただしく駆け込んでくるのはリビアだった。


「リオンさん、貴族を辞めちゃうんですか!」


 息を切らしたリビアに、俺は「何だ、もう聞いたのか」と言って座るように促す。しかし、リビアはオロオロとして座ろうとしない。


「子爵で四位下なんて、元々俺には不釣り合いだったんだよ。領地も手放すし、独立できても騎士爵とかじゃない? まぁ、一応騎士の扱いだけど」


「で、でも、リオンさんは頑張ったのに酷いです。アンジェだってあんなのに――」


「心配してくれたの? けど、俺にはこれが丁度いいのさ」


「違うんです」


 リビアが俯いてしまった。


 スカートを握りしめ、目に涙を溜めている。


「……アンジェ、リオンさんのためにマリエさんに土下座してしまって、それが問題になっているんです。それなのに、リオンさんまでこんなことになるなんて」


「……え?」



 ヴィンスに呼び出されたアンジェは、学園での出来事について問われていた。


 王宮の一室に呼び出された理由は、事後処理でヴィンスが忙しいからだ。


「――お前には失望した」


「はい」


 学園の広場で、公爵令嬢が土下座を行った。


 それも大勢が見ている前で、だ。


 慌ただしく問い詰める機会もなく、ヴィンスが噂を聞いたのは昨日だった。


「家名に泥を塗る行為だな」


「分かっています」


 リオンのために頭を下げた。


 そのことに後悔はないが、家のことを思えば間違った選択だった。ヴィンスも実際にあきれ果てている。


「お前の期待した男は、地位も名誉も――そして領地も手放した。そんな男のために、公爵家の名に傷を付けたお前をどう扱えばいいと思う?」


 問われるが、アンジェには答えようがなかった。


 ヴィンスの判断次第なのだ。それでも答えるなら――。


「自裁でしょうか?」


「思い切りがいいな」


 ヴィンスは天井を見上げる。


「……お前のような娘は公爵家に置いておけぬ。相応しい相手を用意してやるから、嫁ぐ準備をしろ」


 これでも処遇としては温情がある方だろう。


 アンジェが小さく頷くと、ヴィンスが笑みを浮かべていた。


「誰に嫁ぐか興味がないのかな?」


「誰なのですか?」


 興味もないが、名前くらい聞いておかないと相手を調べられない。


 そんなアンジェに、ヴィンスは言う。


「領地も手放し、爵位や階位も手放そうとする馬鹿な騎士がいる。若いのに隠居を考えている阿呆だが、お前に相応しい相手だと思わないか?」


「父上?」


「公爵家として世話をしてやる。お前の友人の事情も聞いてはいるが、悪いが側室扱いだ」


 アンジェが深々と頭を下げたところで、ヴィンスは笑う。


「あ、ありがとうございます!」


「まだ決まった話ではない。これから本人と相談を――」


 そこまでヴィンスが言うと、ギルバートが部屋に駆け込んできた。


「父上!」


「騒々しいぞ」


「た、大変です。リオン君が――」



「放せぇぇぇ! 俺は――俺はこいつの首を取らないといけないんだぁぁぁ!」


 右手に刀を握りしめた俺は、地下牢で暴れ回っていた。


 牢屋の奥で震えているマリエは、先程から騒いでいる。


「待ってよ! 私は悪くないわ。軽いノリで公衆の面前で土下座させただけよ!」


「言いたいことはそれだけか? よし、首を出せ。せめてもの情けだ、一振りで終わらせてやる」


 地下牢で俺を押さえているのは、騎士や兵士たちだった。


「落ち着いてください!」

「子爵、武器をしまって!」

「お気持ちは分かりますから、とにかく落ち着きましょう!」


 地下牢にはマリエ一人がいた。


 他の連中?


 処遇も決まったので、牢屋から出されて説教を受けているよ。


 それよりも……こいつだけは許せない。


「情けをかけてやった俺が馬鹿だった。お前は命をもって(つぐな)え!」


「助けてくれるって言ったじゃない!」


「リビアとアンジェに土下座をさせたお前を俺が許すと思うのか? ここで成敗してやるよ!」


 騎士や兵士たちを引きずり、鉄格子に近付くと地下牢にバタバタと大勢が駆け下りてきた。


 リビアとアンジェだ。


「リオンさん、待って。落ち着いて!」


「お前、いったい何を考えているんだ!」


 二人に振り返った俺は、マリエを指さした。


「……こいつの首が欲しい」


 俺の言葉にリビアもアンジェもドン引きしていた。


「首が欲しいって……リオンさん、そんなものをどうするんですか?」


 目元を左腕で拭いながら、


「二人にプレゼントする」


「いらんわ! それよりも落ち着け。こんなことをしてもお前のためにならないぞ」


 騎士や兵士たちも同意するが、俺はマリエに愛想が尽きた。


 こいつだけは俺の手で片付けなければいけない。


 前世でも散々尻拭いをしてきたが、今世では介錯(かいしゃく)してやるのが元兄としての務めである。


 騒いでいると、慌ただしくミレーヌ様も降りてくる。


「リオン君、待ちなさい!」


 その後ろには五人組がいた。


「バルトファルト、貴様血迷ったか!」


 血迷っているユリウス殿下に言われても笑うしかない。


「お前ほどじゃないけどね!」


 マリエが五人に泣きついた。


「みんな助けて! こいつが私の首を斬り落とそうとするの!」


 グレッグが俺の腕を掴む。


「バルトファルト、お前って奴は! 今日は許さねーぞ!」


 俺の手を掴み、刀を奪うのはクリスだった。


「マリエには指一本触れさせない!」


 ジルクは牢屋の前に立ち、


「下がりなさい!」


 ブラッドは俺の頭を掴んで、鉄格子から引き離そうとしている。


「もう処遇も決まったのに、何を騒いでいるんだよ!」


「お前らに言われたくないんだよ! いいから放せ! ――ルクシオン、やれぇぇぇ!」


 五人に囲まれ、いつの間にか騎士や兵士たちは俺から離れていた。


『よろしいのですか?』


「さっさとやれ! 邪魔する奴は容赦するな!」


『では、失礼して――』


 ルクシオンから電気的な何かが放たれ、俺たちは痺れてしまう。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 野郎六人の叫び声が地下牢に響き、そして俺たちは倒れた。


「お、おまっ! 俺まで巻き込むのか……よ」



 気が付くとソファーの上に寝ていた。


 近くにいるのはミレーヌ様、そしてリビアとアンジェが俺の世話をしてくれている。


 目を覚ました俺に安堵し、そして呆れるのだった。


「まったく。何事かと思いましたよ」


 ミレーヌ様に俺は甘えてみた。


「ミレーヌ様……俺、マリエの首が欲しいです」


 困った顔をするミレーヌ様は、甘える俺に少し心が揺らいだように見えた。母性本能を刺激する作戦がうまくいった。


「ごめんね。一度処遇が決まってしまうと、覆すのも大変なの。色々と助けて貰ったのに申し訳ないけれど、聖女様は生かさないといけないのよ」


 お馬鹿六人を浮島に押し込めると決定したので、俺が後から首が欲しいなどと言うのは困るらしい。


 決定事項を変更するなど、簡単にはできないようだ。


 俺に呆れているアンジェだが、心配している様子だった。


「急にどうした? 自分の領地を献上してまで救いたかったんじゃないのか?」


「……二人に土下座をさせたから」


 俯いて呟けば、リビアが苦笑いをする。


「あれは……その」


 土下座をしたミレーヌ様も、その件について知っていたらしい。


「リオン君は知らなかったのね。私は知っていると思ったから、同じようにお願いしたのだけどね」


 マリエの野郎、土下座なんて広めて何をしたかったのか?


 ソファーの上で膝を抱え座る俺に、アンジェが――。


「リオン、少しいいか?」


「ん?」


 ――顔を上げると、アンジェとリビアが手を繋いでいた。


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