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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第三章

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愛の力

 沈む王家の船――ヴァイス。


 そこから脱出したリビアたちは、小型の飛行船に乗っていた。


 仮面の騎士が鎧から降りて、リビアたちの様子を確認していた。


「無事なようだな」


 リビアを支えるアンジェ。


 そして、マリエは飛行船を持って来たカイルやカーラに支えられている。


 アンジェが仮面の騎士を見た。


「助かった。礼を言う」


「……必要ない。それよりも、戦闘が再開された。化け物まで新たに出てきては、倒す方法が失われた我々が不利だ」


 パルトナーが一度倒すも、パルトナーはその後に沈められてしまった。アンジェは思い出のある飛行船が沈み、少し悲しい顔をしているが首を横に振り真剣な顔付きになる。


 新たな超大型は、敵味方問わずに攻撃してくるため三つ巴の戦いが始まっている。敵味方共に混乱しているのが見ていれば分かった。


 鎧に乗ったジルクが、ライフルを構えて近付くモンスターたちを撃ち落としていた。


『このままでは危険です。撤退しましょう』


 反対するのはグレッグだ。


『いったいどこに逃げればいいんだよ! このまま、あのデカブツが王都に来るのを見逃すのか!』


『だったら、我々で勝てるのですか! パルトナーも、ヴァイスも沈んでしまった我々に、勝つ方法などありませんよ!』


 激しく戦うアロガンツと黒騎士を見る仮面の騎士は、手を握りしめていた。


「……バルトファルトも手が離せない。我々に何か出来れば」


 憔悴した様子のリビアとアンジェ。


 二人に先程と同じことをして貰うのは無理だろう。


 二人の側には、見守るように浮かんでいる白い球体がいた。


 暗い雰囲気に包まれていると、マリエが顔を上げる。


「待って。あるわ……勝てる方法ならある」


 そんなマリエに仮面の騎士は詰め寄る。


「本当か、マリエ! いや、マリエ殿」


「う、うん。魔笛があるじゃない? アレをもう一度吹いて貰ってから、あのでかいのを消せばいいのよ。けど……」


 所有者がどこにいるのか分からない。


 そして、所有者がもう一度笛を吹くのか分からない。


「なるほど、説得が必要になるのか」


 それは難しいかも知れない。


 誰もがそう思う中、リビアが立ち上がった。


「……いきましょう。この戦いは終わらせないと駄目です」


「リビア、お前は休め。もうフラフラじゃないか」


 アンジェに言われても、リビアは首を横に振る。


「私が止めたいんです。それに、私たちしか出来ない気がします」


 周囲は混乱しており、リオンも手が離せない。通信状況も再び悪くなっている。


「俺たちにしか出来ない、か」


 仮面の騎士が小さく頷き、飛行船を操作するカイルに言う。


「魔笛の所有者の下へ向かえ!」


 だが、カイルはとても嫌そうな顔をしていた。仮面の騎士に命令されるのが嫌なのだろう。


「何で貴方が僕に命令するんですか? そもそも、所有者の居場所なんて分かりませんよ」


『いえ、分かりますよ』


 白い球体に皆の視線が集まった。


『場所の特定は済んでいます。ナビゲートはお任せください』


 リビアが空を見上げた。


「アーレちゃん、お願い。私たちを案内して」


『おや、それが私の呼び名ですか? 嬉しいですね。親近感を覚えますよ。さて、ではこのまま前進してください』


 カイルが飛行船を操作しながら、


「戦場の中を進むなんて、特別手当を貰わないとやっていられないよ」


 そう言いながらも仕事をこなすカイルだった。


 仮面の騎士はポーズを決める。


「いくぞ! 我々がこの戦いを終わらせる!」


 そんな仮面の騎士にクリスは不快感を覚えたようだ。


『こいつ、馴れ馴れしいな』


 飛行船がクレアーレの指示で進むと、周囲には次々にロボットたちが集まってくる。


「な、なんだ!」


 仮面の騎士が慌てて警戒するが、クレアーレは大丈夫と告げる。


『護衛です。どうやら、あのひねくれ者が間に合った様子ですね』


「間に合った?」


 上空から光の柱が出現し、超大型を撃ち抜いて黒い煙に変えた。その黒い煙の発生に紛れるように、飛行船は公国の旗艦へと進む。


「今の光は?」


『……魔法です』


 アレが魔法なのか!? そう言って仮面の騎士は驚くも、本当かどうかなど分からない。


『見えてきましたよ』


 仮面の騎士は、黒い煙に覆われた戦場で何も見えない。


「視界が悪くて見えないが?」


『減速してください』


 カイルが言われたとおりに減速すると、黒い煙の向こうに飛行船が見えてきた。


 ブラッドが慌てている。


『おい、ぶつかるぞ!』


 クレアーレは楽しそうに笑っていた。


『大丈夫です。この速度のまま進んでください』


 甲板の上に座り込むヘルトルーデの姿が見えた。


 周囲にはモンスターたちがいて、ヘルトルーデを守っている。


 仮面の騎士は鎧へと乗り込む。


「露払いは任せて貰おう」


 リビアを支えるアンジェが、そんな仮面の騎士を見て小さく笑っていた。


「変な仮面をしているのに頼りになるな」


「……仮面の騎士と呼んで貰いたい」


 鎧に乗り込んだ仮面の騎士は、全員に言う。


「俺に続け!」


 だが、ジルクが不満そうだった。


『私たちに命令しないでください!』


 ヘルトルーデの周りにいたモンスターたちを倒し、そしてリビアとアンジェ――マリエが甲板に降りるのを五人は助ける。



 五人と、そしてロボットたちに守られながら甲板へと降りたリビアたちはヘルトルーデの前に立った。


 座り込むヘルトルーデは魔笛を握りしめている。


 俯いて、リビアたちが来たというのに抵抗する気配もない。


「ヘルトルーデさん、お願いがあります。もう、戦いを止めてください」


 反応のないヘルトルーデに、アンジェが苛立つ。


「最期まで暴れ回るのがお前の望みか? もう勝敗は決した。降伏しろ」


 マリエは聖女の杖を握りしめ、周囲を見ていた。


 戦闘が続いており、流れ弾でも来たらたまらないという顔をしている。


 静かに、そして目の下に隈を作ったヘルトルーデが顔を上げた。「ひっ!」と驚くマリエに対して、リビアは真摯(しんし)に訴える。


「もう終わりにしましょう。こんな戦い、間違っています」


 それは本心から出た言葉だった。


 アンジェがリビアの補足をする。


「公国軍も壊滅に近い。ここで退け。それが互いのためになる。その笛であの化け物は止められるのだろう?」


 クツクツと笑うヘルトルーデは、魔笛を握りしめて大きく笑い始めた。


「そうね。正しい判断よ。大地の守護神でも貴女たちに勝てない。諦めた方が利口なのでしょうね――けど、絶対に嫌よ」


 立ち上がるヘルトルーデは、両手を広げるのだった。


「殺したいなら殺しなさい! 私を殺しても、守護神様は止まらないわよ。いくら倒しても蘇る相手に、貴女たちはどうするのかしらね」


 自暴自棄になっているヘルトルーデに、リビアは説得する。


「公国の人たちも攻撃されています。このままじゃ――」


「――それがどうしたのよ」


「え?」


「笑うしかないわ。家臣の一人が最期に言ったのよ。私たちを利用していたとね。もう誰も信じない。みんな……消えてしまえばいいのよ!」


 リビアがヘルトルーデに近付き、


「それは違います! きっとヘルトルーデさんのことを想ってくれている人もいます」


「えぇ、いたわよ! バンデルもこのままだと死んじゃうけどね。それに、ラウダは――たった一人の妹は死んだわ」


 リビアが驚き引き下がると、ヘルトルーデは笑っていた。


「この魔笛で守護神様を呼び出す対価は、使用者の命。失敗したとはいえ、守護神が消えたら妹も死んだわ。あんたたちに、いいように(もてあそ)ばれたようなものよ」


 悔しさも、恨みも、憎しみも奪われ、ヘルトラウダは息を引き取った。


「本当に残酷よね。私たちの心まで弄ぶ貴女たちは最低よ」


 リビアが俯いてしまうと、アンジェが庇う。


「戯れ言を言うな。お前たちがしたことを棚に上げるつもりか?」


 マリエはおずおずと。


「今魔笛を吹けば、命までは取られないと……思うんだけど」


 ヘルトルーデがマリエを睨み付ける。


「よく知っているわね。途中で止めれば、確かに死にはしないわ。二度と私は魔笛を使えず、守護神様が私を殺そうとするけどね。でもね、今更死ぬのが怖いとは思わない。このどうしようもない世界を破壊したくて仕方がないのよ。――私は妹の敵を討ちたいだけよ!」


 そんなヘルトルーデの意見に、リビアは強く反対する。


「それでも……こんなことは間違っています。仇討ちをしてどうなるっていうんですか! 妹さんは喜びません!」


 平行線を辿る両者の意見に、激怒したのは――マリエだった。


「五月蠅いの、この頭お花畑!」


 リビアもアンジェも驚き、そしてヘルトルーデさえもマリエを驚いて見ていた。


 杖を持ち、左手を腰に当てたマリエは――。


「そもそも間違いって何よ! あんたにとって間違っていても、この子にしてみれば正しいことよ! 仇討ちが間違っている? 知るかそんなの! それに、ヘルトラウダが復讐するな、って言ったの? 勝手にあいつの気持ちを代弁してんじゃないわよ! 図々しいのよ!」


 リビアが言い返そうとすると、


「でも、このままじゃ誰も幸せには――」


「この子に仇も討てずに不幸になれって言うの! 仇討ちは間違っているから止めてください? なら、この子の気持ちはどうするのよ! 偉そうに説教をしているけど、あんたは大事な人が殺されたら黙っているの? 間違っているから仇討ちはしないのよね?」


「そ、それは――」


 追い詰められるリビアを、アンジェが擁護する。


「お前はどっちの味方だ! ヘルトルーデの仇討ち云々に興味はない。今はあの化け物を止めるのが先決だろうが!」


「五月蠅いわね! この程度で滅んでしまう世界なんて、さっさと滅べばいいのよ!」


 マリエの意見にその場は何とも言えない雰囲気になった。


 マリエは止まらない。



 マリエは苛立っていた。


 仇討ちはいけない……そんなの、大事な人間を殺されていない戯れ言だと。


(そうよ。この、頭お花畑のことが私は嫌いだったのよ。綺麗事ばかり並べて、戦争なんて間違っています? 仇討ちは駄目です? 頭おかしいんじゃねーの?)


「間違っているのは分かっているのよ。それでも止められないから行動したんでしょうが」


 マリエがヘルトルーデを庇っている理由は、自分にも分からなかった。


 ただ、間違っていると言われるだけのヘルトルーデを見ていられなかった。


 そんなマリエを責めるのは、アンジェだ。


「既に勝負はついた。見ろ」


 アンジェが周囲を見渡すと、公国軍が白旗を揚げていた。


 超大型のモンスターと王国軍に攻撃され、既に二十隻近くまで減らされている。


「もう戦う意味などない。ここで退けば、まだ交渉の余地が生まれる。このまま無駄に戦う必要がどこにある?」


 マリエは言い返せずにいた。


「何の意味もない消耗戦を続けるつもりか?」


 たとえ、ここから公国軍が巻き返したとしても、戦力が減りすぎてしまっては何の意味もない。


 いずれ違う国に攻め込まれ負けるだけだ。


 アンジェの言うことは正しかった。


「ファンオース公国も元を辿れば王家の一族。ここで退くならまだ交渉可能だ」


 ヘルトルーデが俯いて笑っている。


「でしょうね。公国に待っているのは、奴隷のような未来でしょうけど」


 敗北した国家に待っている辛い現実。


 だが、王国側からしても正当な権利だった。


 リビアがヘルトルーデに語りかける。


「兵士の人にも待っている家族がいます。これ以上、無駄に死なせないでください」


 マリエも理屈は分かる。


 リビアたちは正しいが……ならば、ヘルトルーデはどうなるのか?


 マリエが何かを言う前に、ヘルトルーデが唇を動かした。


「……まさか、情けない聖女様に庇って貰うとは思わなかったわ。私は、貴方以上に馬鹿な王女ね。いや、もう王女でもいられない」


 魔笛を吹く。


 その音色はどこか優しいものだった。


「あんた、それでいいの?」


 マリエに言われ、魔笛から口を離したヘルトルーデは笑う。


「嫌よ。けど、聖女様を見ていたら冷静になれたわ。そうよ。分かっていたのよ。こんなことをしても意味はない、って……でも、止められなかった。私は……私たちはいったいどうしてこんなことに」


 泣き出すヘルトルーデがその場に崩れ落ちると、マリエが側に付く。


 気が付けば、周囲で戦闘が止んでいる。


 五人が乗る鎧がマリエたちを守るように囲んでおり、随分と周囲は静かになっていた。


 ヘルトルーデが、


「降伏します」


 そう告げた時。


 クレアーレが警告する。


『急速接近する機体あり』


 周りを囲んでいた五機が警戒すると、甲板に黒い機体が乱暴に降り立った。ボロボロになり、鎧なのに血を流しているように見えた。


 ――黒騎士だった。


『姫様から離れろ。王国の外道共』


 装甲には目がいくつも出現し、マリエたちを見ている。


「こいつ気持ち悪い」


 ヘルトルーデは、そんな姿の黒騎士を見て泣くのだ。


「バンデル、もういいわ。もう終わりにしましょう。私なんかのためによく戦ってくれたわ。ありがとう」


 ようやく戦いも終わる。


 そう思ったが、黒騎士は納得しなかった。


『……姫様、(たぶら)かされましたか』


「バンデル?」


『ご安心ください。すぐに王国軍を蹴散らしてご覧に入れます』


 立ち上がる黒騎士は、体中から血のような液体を噴き出していた。


「違うの。もう終わりなのよ、バンデル!」


『終われるものか!』


 仮面の騎士が黒騎士へと斬りかかると、大剣で弾き飛ばされる。他の機体も襲いかかるが、相手にならなかった。


『そうだ。終われない。まだ、終わらせるわけには……家族の復讐が終わっていない。同じ思いを王国の者たちにも――妻や娘の仇を討つまで、終われんのだ!』


 マリエたちに近付く黒騎士。


 そして、復活した超大型モンスターが、マリエたちの方に向かってやってくる。


 マリエは一瞬「あ、これ終わった」と思った。


 黒騎士の前にリビアが歩み出て、両手を広げる。


「黒騎士さん、もう止めてください」


 マリエは手を伸ばす。


「ば、馬鹿、こんな時まで何をしているのよ!」


 黒騎士は動きを止め、そして大剣を振り上げた。


『お前はあの時の娘か。ならば、ここで殺しておかなくては――お前は生かしておけぬ』


 マリエは杖を握りしめ、聖女の力で魔力のシールドを展開する。


 そんなシールドを、黒騎士は簡単に左手で弾き飛ばした。


『この程度で止められると思うなよ!』


「バンデルもう止めて!」


 ヘルトルーデが叫ぶも、黒騎士はリビアに大剣を振り下ろした。


「リビア!」


 アンジェがリビアを庇うために飛び出す。


 マリエは目を閉じてしまった。


 そして聞こえてくるのは、


『――ぶち殺すぞ、糞爺』



「邪魔しやがって」


 黒騎士を助けるため、公国の鎧が俺に集まってきた。その全てを倒して周囲を見れば、近くに黒騎士の姿がない。


 逃げ出した黒騎士を追いかけ、ようやく見つけたと思えば公国軍の飛行船――その甲板の上にいた。


 どういうわけか、リビアたちが乗っており今にも殺されようとしている。


 一瞬にして頭に血が上ってきた。


「何してんだてめぇ――ぶち殺すぞ、糞爺ぃぃぃ!」


 アロガンツで体当たりをしてその場から吹き飛ばすと、黒騎士は限界なのか何か叫んでいた。


『終わらない! 終わらせてなるものか! 王国の外道共を皆殺しにしてやる!』


 その声を聞いて、ルクシオンが一つ目を横に振る。


『既に正常な判断を下せていません。アレに乗っ取られています』


 あの右腕か。


 黒騎士が大剣を構えた。


『マスター、そろそろ終わりにしなければいけません。超大型がこちらに接近しています』


 こちらも大剣を構え、そして加速する。


「爺、もう眠っとけ!」


 向かってくる黒騎士の姿――その動きを真似、更にルクシオンがサポートした。何度も黒騎士と打ち合い、その中で修正を繰り返してきた。


 首に提げたお守りが少し光った気がする。


『貴様ぁがああぁぁぁぁ!』


 互いに大剣を振り抜き、そしてアロガンツの肩に深々と黒騎士の大剣が突き刺さる。


 俺の方は、黒騎士の胴体部分に刃が入っていた。


「ルクシオン!」


『お任せください。――インパクト!』


 大剣の刃が赤く光り、紫電を放つと黒騎士が弾け飛ぶ。


 まるで水の入った風船が弾けたように、黒い液体が吹き飛ぶと黒騎士の爺さんが飛行船の甲板に落下していく。


 アロガンツが左手で握りしめ回収したのは、あの時の右腕だった。右手の甲に目が出現し、アロガンツを見て慌てているのか目をキョロキョロとさせていた。まるでアロガンツに怯えているようだった。


『マスター、いつでも準備は出来ています』


 放り投げると、右腕に空から光が降り注いで消滅させた。


「スッキリしたか?」


『はい。後はあいつです』


 視線の先には動く山。


 超大型のモンスターがいた。


「……ド派手にいくか」


『それがよろしいでしょうね』


 大剣をしまい、アロガンツは両手を広げる。



 甲板に落ちてきたバンデルにヘルトルーデがすがりつく。


「バンデル!」


 バンデルは目を開けるが、自分の腹部を触ると血に濡れていた。


 右腕は失われていた。


「……あぁ、負けたのか」


 泣いているヘルトルーデを見て、バンデルは微笑む。


(あの小僧……強くなっていたな)


「姫様、申し訳ありません」


「私を置いていかないで!」


「……ここまでのようです」


 空を見れば、アロガンツが両手を広げていた。魔法陣がいくつも発生し、重なり合い何か準備をしている。


 魔法を専門としないバンデルでも、それが凄い魔法なのだろうと予想できた。


 そして、魔法陣が重なり合い美しく見える。


 大地の守護神に向かって魔法を放とうとしており、大きなエネルギーを圧縮して砲弾のような光を作る。バチバチとアロガンツが放電し、無理をしているのか関節から火を噴いていた。


 そうして――砲弾が放たれると、大地の守護神に命中して爆発を起こす。爆発と煙、そして揺れる飛行船の上でバンデルは全て終わったと実感する。


 爆発したアロガンツは、そのまま湖に落下していく。


 飛行船に乗ってアロガンツへと向かうのは、リビアたちだった。


 ただ、マリエは二人の側にいて、ヘルトルーデを見守っていた。その姿を見て、バンデルは少しだけ安堵する。


(姫を心配してくれているのか? そのような者もいるなら……まだ、大丈夫か)


 バンデルは口から血を吐き笑うとそのまま目を閉じた。



 湖の上。


 浮き輪が展開されたアロガンツの中。


 近くに浮かんでいるルクシオンと、コックピットの中で空を見上げている。


「なぁ、俺は正しかったのかな?」


 元からルクシオンを――本体をこちらで使用していれば、誰も死なずに済んだ。それをしなかった理由もある。だが、こんな戦い方を選んだのは俺だ。


『私の本体を晒した場合、マスターに待っているのは気を抜けない人生でしょうね。それに、大地の裏側で戦うなど、今の王国には危険すぎます。無視も出来ませんでしたし、ベストではなくベターでは?』


 湖の上に浮かぶ飛行船や鎧の残骸。


 それを見て思うのだ。


 もっとうまくやれたのではないか? と。


「結局、俺はお前を使いこなせなかったな」


『同意します。これから学べばいいのでは?』


「沢山死んだ。沢山殺した」


『有史以来、人は戦い続けていますのでご安心ください。マスターなど序の口です』


「全然嬉しくないな」


『慰めるのは下手なのです』


「……俺は地獄行きかな」


『地獄があれば、でしょうね。お供しましょうか?』


「お前、閻魔大王に喧嘩を売りそうだよな。俺の罪が重くなりそうだから遠慮する」


『普段から周囲に喧嘩を売っているのはマスターですよ』


 馬鹿な話をしていると気が紛れる。


『……マスターの行動で大勢の人命が救われたのも事実です。王国、公国、共に疲弊し、戦争の継続は困難です。結果的に、マスターはうまくやれたと思いますよ。パルトナーやアロガンツも使用不能に見せることも出来ましたからね。これからは、望んだ平穏がやってくる可能性もありますよ』


 本物の物語の主人公なら、きっとみんなを救ってハッピーエンドだ。


 そんな主人公がいるなら全力で媚びを売るから助けて欲しい。


 ……俺には出来なかった。


「もっとうまくやれたと思う。俺の何が間違いだったのかな」


『マスターがいようがいなかろうが、戦争は起きていましたよ。自意識過剰です』


 こいつなりの励ましなのだろう。


 腹が立つが、抜け殻状態よりずっといい。


「パルトナーとヴァイスの件は悪かったな。沈めちまった」


『……パルトナーは回収して修理します。ヴァイスに関してですが、あの精神攻撃は危険と判断します。どうやら、船に何らかの装置を後から積み込んだようですね。あの船自体にはそんな機能はありませんし』


「愛で戦争を終わらせるのは怖いな。戦意というか、戦う気持ちが奪われるとか怖すぎるぞ」


『沈んだままにした方がいいのかも知れません。でなければ、オリヴィア、アンジェリカの命が危険です。――王国が切り札として隠した理由が分かりましたよ』


 あんなものをもう一度使われてはたまらない。


 使用不可能にするためには、所有者を葬る方が早いだろう。


 もう利用できないと思わせるのが重要だ。


「二度と使わせたくないよ。何が愛だ。精神攻撃じゃないか」


『賢明な判断です。ですが――愛が戦いを終わらせたのは事実では?』


「アレが? 俺でもドン引きだったぞ」


『マスターがあの二人を愛していたから手を貸したのでは? それにご家族、他にも色んな知り合いを守りたいという気持ちも愛ですね。だからこそ、王国は戦えたと言えます』


「素晴らしいよな。ついでに、戦いを始めるのも愛ってか?」


『様々な理由はありますが、利用することが出来れば効果的ですね。民衆を煽る際に、家族や恋人を守るためと言えば士気が高まります』


「反吐が出るな」


『人は愛のために戦える。他者のために命をかけられる。素晴らしいことですね』


 こいつの皮肉に付き合っていると、小型の飛行船がアロガンツの近くに降りてきた。着水して、波が発生して揺れる。


 乗っているのはリビアとアンジェの二人である。


 二人とも泣いているじゃないか。


「あれ? もしかして死んだと思われた?」


『冗談を言っていないで、外に出て安心させたらどうですか? いい加減に覚悟を決めないと、私も苛立ってしまいます』


 覚悟? 結婚できないというか、責任を取れない相手に手を出すなんて俺には無理だな。


 だって俺は誠実な男だから。


「もう一生分頑張ったんだ。後は静かに暮らさせてくれ」


『平穏な未来はあったとしても、あの二人からは逃げられないと思いますけどね』


「……俺が二人に相応しいと思うのか? もっと相応しい人間がいるよ」


『それを決めるのはお二人と、マスター自身です。安心してください。甲斐性なら私がどうにかしますよ』


「嬉しくて涙が出るね」


 アロガンツのハッチが開き、外に出るとリビアとアンジェが飛行船から飛び降りて抱きついてきた。


「リオンさん!」


「この馬鹿者が!」


 抱きつかれ、そして腕を二人の背中に回す。


「……ただいま」


 リビアが涙を流して、俺の胸に額を当てていた。


「リオンさん、心配させないでください」


「あれ? 心配してくれたの?」


 アンジェが俺の腕をつねるが、パイロットスーツなのであまり痛くない。


「冗談を言うな。それから、どうしてあの時に逃げた」


「あの時?」


「地下の……その、リビアと私が愛し合っていると分かったときだ」


 恥ずかしそうなアンジェを見ていると、何故だかからかいたくなった。


「いや、だってお邪魔したら悪いかな、って」


「誰が邪魔と言った! ……二度と心配させるな」


 親父の飛行船が俺たちの近くに着水する。


 どうやら俺たちを迎えに来てくれたらしい。


 ……残るは事後処理か。



 王宮に戻ると、慌ただしく色々と決まっていく。


 公国の件だが、とりあえず和平を結ぶことになった。


 王国は各地で攻め込まれており、公国に構っている暇がなかったのが理由だ。攻め込みたくても、そんな余力がない。


 ただし、公国という国は消滅。


 ファンオース公爵家として、王国の傘下に入ることになった。


 同時に、屈辱的な条約を結ばされる。


 賠償金もそうだが、保有できる戦力を王国に決められ、違反すると罰金。


 王国側から監視役を派遣されることも決まった。


 王国の要請があれば、戦力も出さなければならず拒否権もない。――他の領主たちよりも扱いがかなり悪い。


 生かさず殺さず、何百年も搾り取られる未来が待っていた。


 王宮に戻った俺が関われる話でもなく、その頃の俺は――。


「リオン様、素晴らしいご活躍だったそうですね」

「まさに英雄ですわ」

「リオン様のご活躍をお聞かせください」


 ――王宮で女性に囲まれていた。


「あははは! 俺の活躍を見せたかったね。もう、公国の奴らをちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」


 ちなみに、俺を取り囲んでいるのは学園の生徒ではない。


 入学前の後輩たち。


 奴隷も連れていない高貴なお嬢様たちで、まだ世間というか、学園の女子のように悪い意味で染まっていない純粋な女の子たちである。純粋かな? また、貴族の娘なので色々と裏もあるかも知れないが、学園の女子よりマシだ。


 それに……チヤホヤされるって最高だね!


 色々と理由を付けられ、王宮に閉じ込められてしまった俺の下には毎日のように可愛い子たちがやってくる。


 何か裏で動いているような気はするが、もう色々と気にして生きていくのは嫌だ。


 今この瞬間を楽しむために生きるのだ。


「来年、学園に入学したらリオン様は先輩ですね」

「一緒に学園で過ごせるなんて夢のようです」

「リオン様のお茶会に出てみたいです」


 可憐な後輩たちを前に、俺は胸を押さえる。


 学園の女子たちとは違う、汚れていない乙女たち……俺の人生、ここから始まるのではないか? 始まっちゃうのか?


 あの乙女ゲーの呪縛から解放されたのか!


「俺もみんなが入学するのを楽しみにしているよ」


 頬を染める女子たち。


 こんな俺でも、英雄になればモテモテである。


 もう笑いが止まらないな。


 異世界転生して、女尊男卑な世界だと思っていたら――これからは、普通のハーレム物の世界が待っていたわけだ。


 最高の気分だ!


 そんな感じで楽しんでいると、ミレーヌ様が姿を見せた。


「バルトファルト子爵、少しよろしいですか?」


「……ミレーヌ様」


 真剣な顔付きは少し憂いを帯びていた。


 止めてくれ。そんな顔で俺を見ないで。


 女の子たちが空気を読んで部屋から出て行くと、俺は浮気が見つかったような男のように言い訳を始める。


「ミレーヌ様、こ、これには色々と事情が」


「分かっています」


「え?」


 何やら分かっているらしいが、俺が女の子たちにチヤホヤされて浮かれている気持ちを理解してくれたのだろうか? 何て懐の深い女性だ。


「そうやって気を紛らわしているのでしょう? 貴方には辛い思いをさせてしまいましたね。聞きましたよ、獅子奮迅(ししふんじん)の活躍だったと……だからこそ辛いのでしょう?」


 ……色々と勘違いしている人だと思ったが、見ているところはちゃんと見ているのかも知れない。


 俺は言い訳を止めて肩をすくめてみせる。


「かないませんね。でも、チヤホヤされて嬉しかったのは事実ですよ。学園では経験したことがありませんし」


「男の子ですね」


 そう言って笑うミレーヌ様は、俺と向かい合うように席に着く。


「覚えていますか? 私が全てを話すと言ったことを」


「戦う前でしたね。今がその時だと?」


 頷くミレーヌ様は、姿勢を正して俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「全てを受け入れられますか、バルトファルト子爵? 真実というのは、残酷ですよ」


 王国がこうなってしまった原因とか言っていたな。


 乙女ゲーの設定に理由なんてあったのか。


 俺も姿勢を正した。


「これでも純粋無垢な少年ではありませんからね。覚悟は出来ていますよ」


 俺は、安易にこの台詞を吐いたことを後悔することになる。


「では、今回の一件の結末を交えつつお話しします」


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