この本で描かれるすべての出来事は虚構であり、ウェールズの丘陵地帯とその下に眠る炭鉱、丘を上り下りする赤い乗合バスなど存在しておらず、一九七九年という年も、十五歳という年齢も、地球と呼ばれる惑星も空想の産物にすぎない。ただし、妖精(フェアリー)はちゃんと実在する。
(本書「謝辞と覚書」より)
歴史改変小説《ファージング》三部作(創元推理文庫、2010年)によって、日本でもSFファン・ミステリファン双方から高い評価を受けている作家ジョー・ウォルトン。
創元SF文庫から刊行される新刊『図書室の魔法』は、1979~80年の英国を舞台に、学校にも家庭にも居場所のない読書好きの少女が、大好きな小説との出会いや本を通じて知り合った人々との交流を通じて、揺れ動きながらも少しずつ成長していく姿を描いて大きな共感を呼び、2012年のヒューゴー賞・ネビュラ賞・英国幻想文学大賞を受賞した、ほろ苦くも優しい青春小説です。
主人公である15歳の少女モリが記した秘密の日記、という形で進む本書ですが、その記述の多くを占めるのは、なんといっても読書の話題。女子寄宿学校での生活になじめない灰色の日々の中、彼女はほぼ唯一にして最大の楽しみである読書に没頭し、アーシュラ・K・ル・グィン、J・R・R・トールキン、ロバート・A・ハインライン、カート・ヴォネガット・ジュニアなどなどSFやファンタジーを中心に、様々な本を手当たり次第に読みあさり、感想を書き記します。その日に読んだ小説を絶賛したり、時に容赦なく批判したりするその姿は、同じ年頃に背伸びして夢中で本を読んだ経験を持つかたであれば、思わず「あるある」と共感してしまうのではないでしょうか。
そしてもうひとつの重大な要素。彼女は自分が魔法を使い、フェアリーが見えることを日記に告白するのです。
さらに、徐々に明らかになっていく、彼女が抱える複雑な事情。ときに読者を戸惑わせるような彼女の言動は、いったいどこから来ているのか。著者ウォルトンはモリの日記に、さりげない技巧を凝らした一種のトリックを仕掛けています。
他にも、自分が15歳だったらどんな風に本を読み、どんなことを考え、そして何をどのように日記に書いた(あるいは書かなかった)だろうか……すでに15歳という時期を通過したかたは、そうしたことを考えながら読んでみてもおもしろいのではないでしょうか。
そういった意味でも本書は、SFファンに限らずミステリファンの皆様、読書好きの皆様にお勧めしたい一冊です。
ちなみに本書には、15歳にして相当の読書家である主人公が数多くの本に言及します(邦訳の巻末ではそれらの書誌をリストにまとめました)。ことに同世代の皆様にとっては、思わずニヤリとしてしまいそうな作品もたくさん。下記はそのうち、上巻にあたるおよそ3ヶ月間に登場する書名を抜粋したものです。
アーサー・C・クラーク『地球帝国』(ハヤカワ文庫SF)
アーサー・C・クラーク『地球幼年期の終わり』(創元SF文庫ほか)
アーサー・C・クラーク『二〇〇一年宇宙の旅』(ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル=グウィン《ゲド戦記》シリーズ(岩波少年文庫)
アーシュラ・K・ル=グウィン『天のろくろ』(ブッキング)
アーシュラ・K・ル・グィン『闇の左手』(ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル・グィン『幻影の都市』(ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル・グィン『所有せざる人々』(ハヤカワ文庫SF)
アーシュラ・K・ル・グィン『世界の合言葉は森』ハヤカワ文庫SF
アーシュラ・K・ル・グィン『風の十二方位』(ハヤカワ文庫SF)
アイザック・アシモフ『永遠の終り』(ハヤカワ文庫SF)
アイザック・アシモフ『電子の左手』(未訳)
アラン・ガーナー『赤方偏移』(未訳)
アン・マキャフリイ《パーンの竜騎士》シリーズ(ハヤカワ文庫SF)
アンジェラ・ブラズル全集(未訳)
ウェルギリウス『アエネーイス』(新評論ほか)
ウォード・ムーア「ロト」(『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』創元SF文庫所収)
ウォルター・M・ミラー・ジュニア『黙示録三一七四年』(創元SF文庫)
オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(光文社古典新訳文庫ほか)
カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』(ハヤカワ文庫SF)
カート・ヴォネガット・ジュニア『チャンピオンたちの朝食』(ハヤカワ文庫SF)
カート・ヴォネガット・ジュニア『モンキー・ハウスへようこそ』(ハヤカワ文庫SF)
カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(ハヤカワ文庫SF)
カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』(ハヤカワ文庫SF)
クリフォード・D・シマック『都市』(ハヤカワ文庫SF)
サミュエル・R・ディレイニー『トリトン』(未訳)
サミュエル・R・ディレイニー『バベル‐17』 (ハヤカワ文庫SF)
サミュエル・R・ディレーニ『エンパイア・スター』(サンリオSF文庫)
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』(ハヤカワ文庫SF)
ジェイムズ・ベイン編『ザ・ベスト・フロム・ギャラクシー第四集』(未訳)
ジェイン・オースティン『エマ』(ちくま文庫ほか)
ジュディス・カー『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』(評論社)
ジョイス・ディングウェル『キシング・ゲイト』(未訳)
ジョセフィン・テイ『時の娘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ウィンダム『さなぎ』(ハヤカワ文庫SF)
ジョン・ファウルズ『魔術師』(河出文庫)
ジョン・ブラナー『ザンジバーに立つ』(未訳)
ジョン・ブラナー『衝撃波を乗り切れ』(集英社)
ジョン・ボイド『最後の地球船』(ハヤカワ文庫SF)
シルヴィア・エングダール『トゥモロー山脈を越えて』(未訳)
シルヴィア・エングダール『星の遺産』(未訳)
スーザン・クーパー《闇の戦い》シリーズ(評論社)
ステファン・ドナルドソン『破滅の種子』(評論社)
スパイダー・ロビンスン『キャラハンの時の酒場』(未訳)
スパイダー・ロビンスン『テレンパス』(未訳)
ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』(ハヤカワ文庫SF)
テッド・ヒューズ『クロウ』(英潮社事業出版)
ドディー・スミス『カサンドラの城』(朔北社)
ドディー・スミス『続・ダルメシアン 100と1ぴきの犬の冒険』(文溪堂)
ドロシー・L・セイヤーズ《ピーター・ウィムジイ卿》シリーズ(創元推理文庫)
ネビル・シユート『操縦士』(高山書院)
ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン』(ハヤカワ文庫SF)
ハリイ・ハリスン『人間がいっぱい』(ハヤカワ文庫SF)
ハンフリー・カーペンター『インクリングズ ルイス、トールキン、ウィリアムズとその友人たち』(河出書房新社)
ブライトン《マロリータワーズ学園》シリーズ(ポプラ社文庫)
プラトン『饗宴』(岩波文庫)
プラトン『国家』(岩波文庫)
フランク・ハーバート《デューン/砂の惑星》シリーズ(ハヤカワ文庫SF)
フランク・リチャーズ『グレイフライヤーズ学校のビリー・バンター』(未訳)
ポール・アンダースン《ドミニック・フランドリー》シリーズ
ポール・アンダースン『タイム・パトロール』(ハヤカワ文庫SF)
ポール・アンダースン『折れた魔剣』(ハヤカワ文庫SF)
マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮文庫ほか)
マリオン・ジマー・ブラッドリー《ダーコーヴァ年代記》シリーズ(創元SF文庫)
メアリー・スチュアート『水晶の洞窟』(未訳)
メアリー・ルノー『ワインの澱』(未訳)
メアリー・ルノー『愛の目的』(未訳)
メアリー・ルノー『海から来た猛牛』(未訳)
メアリー・ルノー『馬と馭者』(未訳)
モンゴメリ『丘の家のジェーン』(角川文庫ほか)
ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル『神の目の小さな塵』(創元SF文庫)
ラリー・ニーヴン『ガラスの短剣』(創元SF文庫)
ラリイ・ニーヴン『プタヴの世界』(ハヤカワ文庫SF)
ラリイ・ニーヴン『リングワールド』(ハヤカワ文庫SF)
ラリイ・ニーヴン『地球からの贈り物』(ハヤカワ文庫SF)
ロジャー・ゼラズニイ《真世界》シリーズ(ハヤカワ文庫SF)
ロジャー・ゼラズニイ『光と闇の被造物』(未訳)
ロバート・A・ハインライン『愛に時間を』(ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A・ハインライン『栄光の道』(ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A・ハインライン『銀河市民』(ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A・ハインライン『大宇宙の少年』(創元SF文庫)
ロバート・A・ハインライン『魔法株式会社』(ハヤカワ文庫SF)
ロバート・シルヴァーバーグ『テラの継嗣』(未訳)
ロバート・シルヴァーバーグ『我ら死者とともに生まれる』(早川書房)
ロバート・シルヴァーバーグ『時間線を遡って』(創元SF文庫)
ロバート・シルヴァーバーグ『内死』(サンリオSF文庫)
ロバート・シルヴァーバーグ『内側の世界』(サンリオSF文庫)
R・シルヴァーバーグ『アルファCの反乱』(岩崎書店)
C・S・ルイス《別世界物語》シリーズ(原書房)
C・S・ルイス《ナルニア国物語》シリーズ(岩波書店)
C・S・ルイス『キリスト教の精髄』(新教出版社)
C・ディケンズ『我らが共通の友』(ちくま文庫)
J・R・R・トールキン『シルマリルの物語』(評論社)
J・R・R・トールキン『ホビットの冒険』(岩波少年文庫)
J・R・R・トールキン『指輪物語』(評論社文庫)
T・S・エリオット『荒地』(岩波文庫)
T・S・エリオット『四つの四重奏』(岩波文庫)
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
本格ミステリの専門出版社|東京創元社