「捕手のリードのせい」は的外れ 求められる風土改革
野球データアナリスト 岡田友輔
先ごろ楽天の早川隆久が太田光のリードに不満を表したことが話題になった。4月19日の西武戦で先発し、太田とバッテリーを組んだ早川は三回までに5失点。四回から捕手が石原彪に代わると、早川はそれ以降の4イニングを無失点に抑えた。試合後、早川は序盤の3イニングについて「自分は要求された球を投げただけ」と話したという。
同僚の配球への批判ともとれる発言が波紋を呼んだこともあり、早川は太田に謝罪。5月3日のロッテ戦では志願して太田と組んで完投勝利を収め、ヒーローインタビューでは仲良く2人でお立ち台に上った。
チーム内のごたごたはこれにて一件落着となったが、本質的な問題まで決着したとはいえないだろう。日本のプロ野球では痛打された原因としてしばしば「捕手の配球ミス」が指摘され、今回も太田のリードの是非が議論の的になった。だが、はたして捕手一人に責めを負わせるのは適切なのだろうか。
「捕手責任論」を立証するには、前提として捕手が構えたところに投手が正確に投げることが求められる。データ分析を手掛けるDELTA(東京・豊島)の算出によると、2022年に計測可能だった投球24万9872球のうち、捕手が構えた位置からストライクゾーンの横幅の3分の1を超えて離れたものが17万4598球あった。実に7割近い投球が「制球ミス」だったことを考えると、責任の多くはむしろ投手が負うといえるかもしれない。
さらに18、19、21、22年の4シーズン(新型コロナウイルス禍の影響で短縮シーズンとなった20年は除く)について、wOBA(打者が打席あたりにどれだけチームの得点増加に貢献したかを示す指標)を守備側から見たところ、1年あたりの失点は控え捕手よりむしろレギュラー捕手の方が5点ほど多かった。ただ、この程度の数字なら誤差の範囲内で、捕手ごとの配球の違いというものは、試合を左右するほど大きくはないといえる。
米大リーグでは捕手が配球の全責任を負うという考えはなく、チーム全体で相手打者の攻略プランを共有するやり方を採っている。現在、大リーグでとりわけ重視されているのが、打球速度が出にくいコースに投げること。打たれてもさほどスピードが出ず長打になりにくいコースを打者ごとに割り出し、そこを徹底して攻める傾向にある。
打球速度が出ると分かっているコースへの投球を求める捕手はまずいない。仮にそうしたコースに投じられたとしたら、それは制球ミスをした投手、もしくは捕手へのデータの落とし込みを徹底できなかった監督・コーチらの責任となる。
メジャーの捕手に求められる資質は配球面の創意工夫より、はっきりと数字に表れる能力の方だ。まず第一に重視されるのがフレーミング。ストライクかボールか微妙な投球を、捕った瞬間にミットをストライクゾーンに動かして「ストライク」の判定を誘発するスキルだ。
大リーグのデータサイト「Baseball Savant」によると、23年にジャイアンツの捕手ベイリーは平均的な捕手に比べてフレーミングで16点の失点を防ぎ、メジャートップの成績をマークした。ちなみに63位のマルドナド(当時アストロズ、現ホワイトソックス)はフレーミングで17点も失点を増やした。ストライクを「拾う」スキルの巧拙で年間を通じて30点以上の差につながることから、捕手たちはフレーミング技術の向上に余念がない。
次に重要なのがワンバウンドの投球を前で止めるブロッキングで、3番目がスローイング。日本では盗塁を防ぐ要素として捕手の送球のスピードや正確性が重視されるが、大リーグでは、盗塁阻止を左右するのはむしろ投手の方だとの考えがデータとともに浸透しており、フレーミングとブロッキングほどは重要視されていない。
もっとも、これらのスキルを凌駕(りょうが)するほど重要な要素がある。打力だ。打てる捕手がレギュラーとして平均的な捕手より何十も多く打点を稼げば、守備面よりはるかに多くの貢献をすることになる。
そう考えると、打撃が良い捕手でありながら、リード面の不備を指摘されて出場機会を減らされるケースをいまだに日本で目にすることがあるのは寂しい限りだ。シーズンを通じて捕手で出る選手はせいぜい1チームで3人ほど。そのうちの貴重な1人を根拠に乏しい「配球ミス」で責め、萎縮させるのは見ていてやりきれない思いになる。
日本で配球の重要性が浸透したのは名捕手、野村克也氏の影響が大きい。「困った時は外角低め」など、野村氏が説いた「配球論」は野球の分析や見方で新たな視点をもたらし、ファンが居酒屋で「あそこの配球がまずかったな」などと野球談議に花を咲かせる土壌をつくった。
だが、計測機器の発達で打球方向や打球速度などあらゆるデータが測定できる現代では、もはや捕手たちが実地で積み上げてきた経験則や勘を基にした配球だけでは十分とはいえず、膨大なデータから対戦打者ごとに精緻な攻略プランをチームとして立案し、バッテリーにその遂行を徹底させることが重要だ。その努力を怠り、「リードが悪かった」と捕手一人に責めを負わせることがあるとしたら、その捕手のみならずチームの将来をも潰すことになる。
ビジネスの世界を見れば、役員が会社の大方針を打ち立て、部長や課長が中心となって具体的な戦略・戦術をつくり、実動部隊の社員と共有するのは至極普通のこと。それができている大リーグにならって日本の球界も組織としての成熟度を高め、末端の選手がやり玉にあがることのない風土を築いてほしいものだ。