自宅を開放して図書館を作ることに決めた。名前は「わたり文庫」で、わたり鳥のように世界各地を本が飛来すればいいと願う。返却の必要はない。そのまま持ち続けてもいいし、誰かにあげてもいい。お金も取らない。全部無料。一切合切無料。種を撒くように、本を撒きたい。お金にはならないかもしれないが、お金以上のものになる予感がある。わたり文庫のテーマは「こどものための図書館」で、私たちおとなの心の中にもこどもはいる。その、こどものための図書館だ。小さなこどもに夜と霧やソクラテスの弁明を読ませる人はいない。そう言った本に触れる前の段階、絵本や図鑑やファンタジーなど、生きることが楽しくなる本を集めたい。

現時点の蔵書は三冊。ミヒャエルエンデのモモと、サンテグジュペリの星の王子さまと、レイチェルカーソンのセンスオブワンダー。たった三冊だけで「私設図書館をオープンしました」と言ってのける自分を愛する。難しい本なんて読まなくていいから、この三冊があれば残りの人生を楽しくやれると割と本気で信じている。蔵書は増やす予定であり、寄贈も受け付ける。こどもに読んで欲しい本を一冊だけ選べと言われたら、あなたなら何を選ぶだろうか。その本は、あなたにとっても大切な本であるに違いない。こどものための図書館を通じて、こどもだけではなく、おとなたちにとっても「忘れていたことを思い出す場所」になればいいと思う。

この図書館（我が家）にルールはない。鍵はかけない。防犯もしない。監視カメラなど置く訳がない。基本的に、人間を信頼する。家にあるものは家具や風呂や調理器具など、好きなものを使ってくれて構わない。全部無料。一切合切無料。玄関に、出し入れ自由の財布が置いてある。余裕のある人はお金をダンク、余裕のない人は財布からお金を持ち帰っても構わない。布団があるから泊まることもできる。続く限り続き、続けられなくなった時に終わる。細かいことは言わない。商売ではないから、店とお客さんという関係性とは違う。人間と人間が出会うルールなき空間となる。徹頭徹尾フェアネス。ルールがない場所ほど、マナーが大事になる。こんなことを言うと緊張させてしまうかもしれないが、神社仏閣で暴れたいと思う人はいないことと似ている。ただ、普通に過ごせばいい。

病身の人には、こちらから本を贈ることもできる。郵送代はこちらで全部負担をする。悪いなと思う必要はない。本人も、やりたいからやっている。来訪者は何冊持ち帰ってくれても構わないが、本と真剣に向き合い、今、自分にとって必要なものを一冊だけ持ち帰る方が、個人的には素晴らしい読書体験になると思う。この空間のテーマは「こどものための図書館」だが、不登校や引きこもりで悩むこどもを無理やり連れてくるような真似は控えて欲しい。こども側から「連れて行って欲しい」と頼まれたのなら話は別だが、親側の余計なおせっかいで「色々な世界を見て欲しいから」とか「色々なおとなを見て欲しいから」みたいな感じで、この空間を利用しない方がいい。それは、こどもの成長を邪魔するだけだ。こどもを連れて行きたいと思った人は、まず、あなたが単体で来た方がいい。あなたが自立すれば、こどもも自立する。

早速今日からオープンする。来週日曜日には開設記念企画を開催する。こどもに読んで欲しい本を持っている人は、是非、その本を持って来て欲しい。寄贈してくれとは言わない。ただ単に、私が素晴らしい本や物語を知りたいのだ。熱海の家に来た人が「小さな頃、本の中に押し花を挟んでいた」と教えてくれて真似をした。わたり文庫にある本には、全部、押し花が挟まれてある。長年放置された本はある種の死体のように見えるが、押し花を挟んだ途端、本が命を吹き返した。本も命も似ているなと思った。大事に保管をしているつもりでも、それは、命を飼い殺しにしていることと同じだ。自宅の本棚に並べている間は、自分しかその素晴らしさを楽しむことはできない。自宅の本棚を開放して、誰でも好きに持ち帰ってもいいとなった瞬間、本に翼が生える。空をわたる鳥のように、国境を越えて、素晴らしさが飛び立って行く。