脳外科医 竹田くん

あり得ない脳神経外科医 竹田くんの物語

【第97話】ひとり歩むもの

 警察の事情聴取は想像以上に過酷なものだった。医療事故報告書など提出された公式資料には竹田くんのウソを証明できるものは無かった。すでに古荒医師が暴行事件の犯人であるという筋書きが出来がっていた。

 

「どうしてこうなったのか?」自問自答する古荒先生。

 

 思えば、竹田くんほどの勇気の持ち主はいない(善悪は置いておいて)。周囲が全員敵でも立ち向かえるだけの勇気・闘志が彼にはある。

 

 彼のような人間に立ち向かうには何よりも勇気が必要だった。彼が作る流れに対抗できるだけの勇気。たった一人でも戦える勇気。

 

 組織人として周囲に流されるままに生きてきた古荒先生にはその勇気がなかった。

 

 古荒先生は、10時間以上の聴取に耐えた。彼の中で何かが覚醒した。「これからはどんな時も患者を第一に考えよう。周囲からどんな圧力を加えられようとも。」そう決意する。

 

 凄まじい精神的疲労を背負いながら冷え切った身体を引きずるように、赤池市民病院へとひとり歩む古荒先生。病院に戻り事情聴取の間に山積みになった仕事をこなした。

 

 古荒先生への事情聴取は今後も続いてゆく。古荒先生の戦いは始まったばかりだった。

 

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勇気についての補足的見解 (5/27)

 

竹田くんが戦っている相手は、彼が起こした医療事故の検証を一向にせず、手術禁止の理由に法的正当性を持たせずに逃げ回っている病院上層部です。その意味において、竹田くんと不破の戦いは正義の戦いなのです。(竹田くん側から見れば)

 

【第96話】人生はじめての取り調べ

翌日、いつ収監されるのかとドキドキしながら待っていたが、結局何も起きなかった。

 

市民病院に新任の事務局長がやってきた。兵頭事務局長だ。
その頃、赤池市では職員の不祥事が相次ぎ、綱紀粛正をはかるため新たに事務局長が送り込まれてきたのだ。

 

古荒先生が呼ばれた。新事務局長は古荒医師に冷たく言いはなつ。「起訴された段階で懲戒免職も考慮するから」と。

 

事務局長が変わってから院内の空気がすっかり変わってしまい、古荒先生は警察の取り調べを受ける事になった。


人生はじめての事情聴取。話せばわかると思っていたが、いざ取り調べを受けると、竹田くんによってすっかり外堀が埋められていた事に気づいた。

【第95話】即日起訴

最初、虚偽の医療事故報告書は皆にとってハッピーなものに見えた。だが、これは医療を冒とくした呪いの文書。この文書はこれからたくさんの人々を不幸にしていくが、まずそれは警察を騙した。

 

告訴したとの通知が古荒先生の元に届く。
権謀術数を駆使した謀略の世界にドップリ浸かる竹田くんと違い、古荒先生は徹頭徹尾の現場人なので不安を感じながらも目の前の仕事に集中した。

 

竹田くんから電話が来て「先生は明日には収監されますから。」と言われる。「殺人未遂は重罪なので告訴イコール起訴なんですよ!」と竹田くんが言う。

 

古荒先生にとって最悪だったことは、転落事故後に竹田くんに聴取した東出事務局長が異動になり新任の事務局長が来ることだった。

【第94話】あり得ない計画

手術禁止のままだと外科医生命が終わる。竹田くんはいよいよ焦り始めた。
(竹田くんみたいなタイプは負け始めた時が一番危険になる。)
竹田くんは、あり得ない計画を思いつく。

 

「古荒先生、ごめんね。でもボクの苦境をわかってください。先生ならきっと許してくれるはず!」

 

竹田くんの計画表 
①有給休暇を取る。
②別病院でアルバイトしながら赤池署に通う。
そこで事故報告書(虚偽報告書)を見せて、古荒医師が医療事故を起こしまくり僕に責任を押し付けて暴行してくると泣きつく。
(うたがわれ ないさ いしゃ だもの)
カテーテル専門医の症例数は、古荒先生と森先生の症例(戦果)を無断借用。
④古荒先生は犯罪者になって医療事故の全ての罪を被る。僕はクリーンな身になり、外科手術に復帰。

簡単な話だ。僕が古荒先生になって、古荒先生が僕になればいい。それで全て丸く収まる。

【第93話】刑事告訴への道

 竹田くんは服務規程違反で処罰される事も無く、虚偽報告書を逆手にとってパワハラ訴訟をちらつかせていた。
 院長は譲歩しつづけ、いつのまにか古荒先生が暴行事件を起こしたかのような既成事実が積み上げられていった。
 日常的に古荒先生は竹田くんに脅されていた。他の医師に「殺人未遂犯にされちゃうかもしれません。」と言うと、冗談だと思われ笑われた。だが事態は着実に、最悪の方向へと進行していった。水面下ではすでに刑事告訴の手続きが進んでいたのだ。
 一方で、竹田くんはカテーテル専門医試験に向けて猛勉強中だった。「執刀禁止で受験に必要な症例数がぜんぜん無いのにどうやって受験するんだろう?」と古荒先生は首をかしげていた。

【第92話】接近禁止命令

 事態が動かないのを見て、竹田くんは不破弁護士に未だにパワハラ暴力が続いている事を伝える。正義感あふれる不破は、暴力医師・古荒先生を止めようと決意する。

 院長は、古荒先生に竹田くんの半径5メートルに近づかないように命令する。接近禁止命令である。古荒先生は「反抗期はいつになったら終わるんだろう?」と思う。

 この命令は古荒先生にのみ有効で、竹田くんは今までと変わらず古荒先生に接近し、仕事を押し付け甘えつづけた。

【第91話】勲章にしか興味が無い男

 古荒と竹田の物語には、何か普遍的なものを感じる。

 報告書の偽造で他人の功績を横取りして勲章を得ようとする男と、周囲から指摘されていたにも関わらず彼の危険性に気づかずに自分の小隊を壊滅させられしまう素朴だが優秀な伍長を描いた映画「戦争のはらわた」は、古荒先生と竹田くんのドラマにどこか重なるものがある。

【第90話】医療関係者の抵抗

 病院上層部は、不破弁護士の強い圧力にひるんだ。そして古荒と院沢を懲戒処分にすべきか検討(調査手続き)に入った。

 院沢は、上層部が竹田くんの言いなりになるのを見て、そのあまりの理不尽さに激怒した。
 ちゃんと仕事をやっている側が最悪の場合、解雇されるハメになり、サボったり危険行為をしている医師が野放しの意味がわからなかった。
 他の看護師も、院沢と同じ目に合う事を恐れて、竹田くんとの会話をボイスレコーダーで録音する者まで現れた。

 竹田くんに脅威を感じた医療関係者の中には、医療事故被害者家族に直接会って「私たちも証言する」と口約束して裁判するように促したり開示されていない情報を流す者まで現れた。

 院沢は「院長が何かの弱みを握られているのではないか?」と疑った。だが虚偽報告書の事など知る由もなかった。いつの間にか、(周囲から見れば)院長は竹田くんの操り人形になっていた。

 

【第89話】闘士・不破の戦い

 歴史とは皮肉なものだ。
 第二次世界大戦のフランスで圧政と闘ったレジスタンスの英雄でも、アルジェの戦いでは、アラブ人を抑圧する側に回る。
 映画「アルジェの戦い」でアラブ人によるレジスタンス運動の掃討作戦を指揮したマチュー中佐(元レジスタンスの英雄)がまさにそれである。

 

 個人の人権・自由の守護者の闘士・不破も、その法律の刃を向けられた側から見れば、マチュー中佐のような暴君のように映った。

 

 不破は、赤池市に対し竹田くんの手術解禁を求めると共に、古荒先生と院沢看護師の解雇を求める申し立てを行った。
 病院上層部は不破の言いなりになって、勤勉な労働者である古荒と院沢の2人が解雇に値するか否かの調査を馬鹿正直に始めた。

 

 この不条理な事態の発生によって、本来病院に対して従順であった普通の人々が、いやおうなく追い込まれ抵抗者(レジスタンス・抑圧と闘う戦士)として覚醒してゆく事となる。

【第88話】古荒先生の改心

 

 時間が戻るが、竹田くんの階段転落事故の一か月前に、脊髄専門の薬師丸先生から古荒先生に電話がかかってきた。

 薬師丸先生は「手術動画を見たぞ!なぜ止めないんだ!お前も同罪だ!自分の家族でも止めないのか!」と電話越しで猛烈に怒り狂った。

 

赤池市民病院が検証を依頼した外部有識者、薬師丸医師(脊椎脊髄外科専門医)は、偶然にも古荒先生の大学院時代の指導医であり、師弟関係にあった。「お前も同罪」という厳しい言葉は愛の鞭そのものだった。

 

 古荒先生は、その時、はたと自分も同罪であったと気づく。医療事故の被害者が自分の親や妻だったら・・・。

 それから古荒先生は変わった。被害者に献身的に寄り添い、被害者本人や家族から大変に信頼を寄せられた。

【第87話】不破弁護士の怒り

 人権派弁護士を使って院長に圧力をかけた竹田くんは、誰も注意しない自由放任状態を手に入れた。だが、手術の無い病院勤務は、覇気がなく楽しくない。

 籠り部屋から不破弁護士に電話しては古荒先生の悪行を吹き込んだ。「古荒先生は僕をはめようとしています。日常的に暴力をふるい自分の失敗を僕にむりやり押し付けて階段から突き落とそうとしたのです。看護師もグルになって新任の僕をいじめています(その代表が院沢)。」

 不破弁護士は事故報告書(虚偽報告書)を読んでその被害者の数に驚愕した。そこには古荒医師にすべての手術失敗の原因があると書かれていた。人の命を何だと思ってやがるんだ!不破は激怒した。

 古荒を技術向上させるべきと書かれているにも関わらず、実際に無期限手術禁止にされているのは竹田くん。これは新任医師へのいじめに他ならない。なんて腐った病院なんだ!

 不破の純粋な正義感が燃え上がった。こんな病院は俺が成敗してやる。

 

【第86話】院長の孤独

市民病院

 不破弁護士は一旦去ったが、また必ずやって来る。

 院長は孤独だった。ただでさえ、院内政治を隠然と支配する『古(いにしえ)のもの』に院長は疎まれていた。パワハラ裁判、医療事故公表などの失点は、立場を危うくする。

 また、パワハラ裁判になれば、竹田くんの連続医療事故を反証として提出する事になり、その過程で、連続医療事故が脳外科学会にバレるだろう。

 そうなれば、怖い事が起こる。脳外科学会のトップは、まずい事に大学医局のトップなのだ。その頂点におられる方の逆鱗に触れれば、医師の派遣停止・あるいは一斉引き上げもありうる。その場合、市民病院が潰れる事になる。

 竹田くんに手術を許せば、そのリスクを回避できる。だが、そうなれば彼はまたやらかす。唯一残された手段は、竹田くんに譲歩しながら、定年までの時間稼ぎをする事だ。

 2年後には定年がやって来る。それまでは竹田くんを丁重に扱って手術再開を諦めるのを願うしかない。院長は古荒先生に「今後いっさい彼を注意しなくていいから」と指示する。

 竹田くんは、人権派弁護士を使って一歩、院内で領土を広げた。そしてこれからもどんどん彼の領土を広げていくのだ。

【第85話】見透かされた弱み

市民病院

 らつ腕弁護士の不破は、すぐに赤池市民病院の弱みを見抜いた。

 「重大事故を連発させているなら、なぜ公表しないのか?事故調査委員会はちゃんと開いたのか?」

 院長は焦る。そもそも、竹田くんの一連の医療事故とまともに向き合えるわけがないのだ。

 貝山さんと福永さんの手術を含む数件の医療事故を、黒石副院長の知人の脊髄専門医・薬師丸先生にビデオ検証してもらったが・・・送られてきた検証結果はありえないような内容だった。

 「ありえない手技」「何が起きても不思議でないと思われる」そこには、長年外科医をやってきた院長ですら見た事が無いような酷い文言が並んでいた。

 その検証資料を見て、医療安全責任者の森中は思考停止してしまった。そのまま検証作業を放棄。

 その結果、竹田くんに責任は無く古荒医師に全責任があるという内容の脳外科医3人の印鑑が押された虚偽報告書が正式文書となったままとなっていたのだ。

 「検証も完了せずに手術禁止とは・・これは立派なパワハラではないか!」と不破は激怒する。

【第84話】人権派弁護士・不破

 

市民病院

 竹田くんの最終兵器とは、人権派弁護士の不破を投入する事だった。

 不破弁護士は、弁護士と言うよりは闘士と呼ぶべき人物だ。もはや伝説と化したその数々の武勇伝において、不破はつねに弱者の側に立ち権力との熾烈な死闘を繰り広げてきた。

 院長室で不破は、古荒の暴力行為などのパワハラ事件を並べ立て竹田くんの手術解禁を要求する。

 だが、院長から竹田くんの医療事故連発の話を聞かされた。不破は竹田くんから、医療事故を連発している話などまったく聞いていなかったのだ。

 だが、これしきの事で引き下がる不破ではなかった。

 

【第83話】こいつら潰す!

市民病院

 竹田くんは、看護師の院沢に意見された事にブチきれて「こいつを潰す」と決意する。院沢に限らず、日増しに脳外科病棟の看護師との仲は険悪になっていった。

 竹田くんはそろそろ最終兵器を使う時が来たと思う。そして、医師秘書の銀谷に「弁護士に会いに行くから明日は休む」と告げる。

 「外来を優先された方が良いのでは?」と銀谷が意見すると、竹田くんは医療課に行って「銀谷は仕事が出来ないから他の秘書に交代させろ」と要求し交代させた。