Make out
本編直後のおまけ短編でウルフとウルフェン。ふたりきりのときの顔。
どうしてもウルフェンを書きたかったので。今回フォックスは出ません。
シリーズ本編はフォウル・オメガバ・R18な内容ですので、今作のみ閲覧する方はご承知の上でお願いします。
ふたりの関係が気になる方は本編をどうぞ。
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扉が閉まる音を背後に、ひやりとした地下の空気が身体を包む。暗く足元が見えない階段を慣れた足取りで上がりきると壁に埋め込まれたモニターを見やった。青い光を発する分割画面は外の景色を複数の角度から映しており、異常無しを確認するとブラスターを抜いて静かに扉を開く。開いた先は何も無い、階段と同じ暗さの鉄の小部屋であった。足音を立てず小部屋を端まで横切ると扉に手を掛け耳を澄まし、重い金属板のそれを一息に押した。
途端に、開けた薄暗い空間が広がり仄かに潮の香る空気が肺を占める。高い天井に対してそれを支えるはずの柱が一本も遮らない建物。ここは港の一角の、とある倉庫の中だった。
目と耳で一帯を探ったウルフは警戒を解きコンテナの隠し扉を閉める。鉄と鉄がぶつかる重厚音を聞きながらブラスターを右足のホルスターへ戻した。壁際のスイッチをオンにすると照明が中途半端な薄闇を消し去る。久しぶりの開けた空間に伸びをしながらウルフは倉庫の中央へ足を向けた。広い空間を悠々と独占している赤と黒の機体、ウルフェンを前にして上機嫌な笑みを浮かべる。フォックスに閉じ込められていた蜜月を終え、久しく会うことができなかったもう一人の番との再会にウルフの尻尾が揺れた。
「久しぶりだな」
低い声が有り余る庫内へ溶けるのを追ってゆったりと近づく。呼吸ほど慣れた動作で蹴上がり、軽やかにコックピットへ乗り込むとエンジンを始動し計器チェックを進める。待ち侘びていた狭いシートと身体へ伝わる微細な振動、キャノピーを閉じた視界に気分が高揚していく最中、何度も繰り返した駆動音の僅かな違いを左耳で捉えた。
「…ん?」
左からの音に集中するが聞き間違いだったのか異音はしない。気のせいかと思い直しチェックを続けていくが、計器に表示される数字の動きがいつもと微妙に違う気がする。しかし数値的に問題は無くオールグリーンだ。いつでも発進できる。しばらくエンジンを回して数字を注視してみるも変化は無く。うっすらと頭上の空気が淀んでいるような違和感に、ウルフは右手を動かしエンジンを切ってしまった。
静まり返った機体から抜け出して倉庫の端へ向かう。隠れ家へ通じているのとは違うコンテナから足台とメンテナンス器具を持ち出し、異音がした左翼側の機関部を開いてひとつずつ点検と整備をしていく。
ウルフの療養中メンテナンスはフォックスに任せていたが、簡単な清掃や動作チェックだけで機関部までは許していない。毎日代わり映えしない報告を真面目に繰り返していた様子に偽りは無く、もし嘘下手な狐から見逃していたなら裏社会への復帰を躊躇うほど鈍っているだろう。何より戦闘機に関しては、宿敵であってもフォックスを信頼していた。
一通り点検を済ませたついでに清掃もして、別の機関部を開き同様に点検していくがこちらも異常はない。この辺りからウルフは異音の原因に思い当たっていた。なんとも可愛らしい原因であり、尻尾を揺らしながら時間を掛けて今できるフルメンテナンスを始める。機関部の点検を終えると翼へ上がって、4枚ある翼のフラップやエルロンを点検し、主翼だけでなくラダーも1枚ずつ亀裂が無いか見て回ると、コックピット内の機器やパーツの劣化具合をチェックして、Gディフューザーシステムとプラズマエンジン、レーザー砲の外観点検をしながら仕事の予定とオーバーホールの時期を計算した。仕上げに機体の隅々、特にキャノピーは内側まで塵ひとつ無く磨き上げ全体をぐるりと見て回ると、道具を片付けたウルフは一旦隠れ家へ引っ込んだ。
波と風の凪ぐ音が微かに響く庫内でウルフェンが黙している。ひとたび宙へ繰り出せば獰猛な狼の如く荒ぶる躯体も、今は主人を待ち穏やかな佇まいをしていた。
やがてコンテナから現れたウルフは飲みかけのウイスキー瓶とグラス、折りたたみ椅子で両手を塞いでおり、愛機の周りを右往左往して場所を決めたのか腰を落ち着けた。グラスへ雑に琥珀色の液体を注ぎ、氷も水も無しに一口含んで飲み込む。
日が傾いてきたのか高窓から同じ色の日が差し込み、情緒の無い白色灯を潰して懐古的な色がウルフェンを染めている。差し込んだ光が細く眩しくなっていくほど機体の赤が赤を反射して、目が痛くなる赫にぼんやりと発光する。それを殺気立った輪郭が最も引き締まる角度から独占し、見つめて、ウルフは琥珀を舐めた。同色の瞳を煌めかせる赫に目を細め、輝きの一粒が消えるまで堪能する。じわじわと小さくなる粒が境界を越えて、光芒に裂かれていた時空が味気の無い闇へ変わった。
白色灯が照らす隅の薄暗くなった倉庫に、タンカーの汽笛がけたたましく夜を知らせる。轟音に耳を伏せていたウルフは身体を震わせる残響が収まるのに合わせて立ち上がり、また3つを携えて隠れ家に消えた。数分して現れた姿は両手を空けているが携行食のクッキーが口を塞ぎ、腹と栄養を満たすだけのそれを雑に食べきるとウルフェンの胴体へ登って腰掛け、締めの一服を始めた。
躯体を撫で、灰に気を配りつつ寝転がり、指に挟んだ煙草の紫煙が昇るのを眺めながら装甲の硬さに瞑目する。パイロットスーツを侵食する冷えを被毛越しに感じながら、大柄なその身を自適に脱力して躯体へ預けていた。外を行き交う船が通り過ぎては静まり返り、波止場を打つ波の動きが地面と機体を通して伝わってくる。コックピットで感じるのとは違う緩やかな音の振動は、ウルフの思考を空にした。静寂と眠気を伴わない微睡みに浸っていると指先がじりじりと熱くなり、肘で身体を支え靴底に煙草を押し付ける。一度口をつけただけの紙筒を惜しむ素振りも無く弾いて捨てた。
ぐっと大きな伸びをひとつ。数拍空けてから起き上がったウルフは再びコックピットへ乗り込んで、数時間前と同じ所作でエンジンを始動する。計器を確認すれば先ほどの違和感は何だったのか、これ以上無くスムーズな動きを見せる愛機にウルフは微笑んだ。
「狐よりお前が良いに決まってんだろ」
たまにあるのだ、こうしてヘソを曲げることが。
浮気相手からベタベタと触られ不機嫌だった愛機の操縦桿をひと撫でして握り、振動に身体を馴染ませる。違和感の消えたコックピットで目を上向け、基地へ帰ろうとしていたウルフは行き先を変更した。
「鈍っちまったからな。アステロイドベルトでデートはどうだ?」
Gディフューザーシステムでふわりと浮きながら誘えばエンジンが興奮にささめく。口角を上げたウルフは遠隔操作で庫内の照明を消し、正面大扉の自動開閉設定をして端末を切った。間口いっぱいに開かれた扉から静かに機体を滑らせ暗い海上を沖へ向かう。漣で海面を抉り遥か後方になった陸が水平線に沈む地点でエンジンを吹かせば、衝撃波と甲高い音が空を斬り裂き狂喜して飛び上がった。身体へのしかかるGを押し返す感覚にウルフの瞳が獰猛さを放ち始める。雲を突き抜け対流圏を飛び越え成層圏に到達し、束の間世界を満たす群青に全身の毛が逆立つ。澄んだ世界すら過ぎ去って眼前の広大な闇へ飛び込んだ機体は滑らかに投げ出された。
高揚した心地良い熱に息が漏れ宇宙仕様に自動調整された計器を一瞥し、アステロイドベルトの座標を定めると出力を一気に放出する。二匹の狼の軌跡が闇へ消えていった。