ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい 作:ポンデーニュ
中編と後編は今月中に出せます(もしかすると中編なしで前編後編構成になるかも…?)
ひっそりと、それとなく暮らせれば良いのだ。
『神様、どうか私をお助けください』とか、『おお神よ、この大地に恵みの雨を振らせたまえ!』だとか……他にも、『神様!この者と末永く暮らせるよう、私達に祝福をっ!!』みたいな、いわゆる''神様フレーズ''はきっとどこに行ったってあるだろう。
そんなテンプレフレーズを、私にも言わせて欲しいのだ。
神様、どうかそっとしてください。私はただ、この星の一部としてゆるゆるのんびりと生きていたいだけなのです。どうかどうか、私のことは放っておいてくれませんか?何よりも、この大地と海と空とが、ルーミアは大好きで堪らないのです。好きなものに囲まれてお昼寝をするそれだけが、何よりも、この不出来な闇妖怪の眇眇たる望みなのです。
……ついでに私の与り知らぬ所でとっととくたばりやがれ!ゲス野郎っーー!!
神だなんて女神だなんて、承認欲求自己欺瞞の塊めっーー!!
ああっ、本当にっ、馬鹿馬鹿しいっ!存在ごと消えてしまえってんだよ、このトンチキ共っーー!!
このくらいは言っても許されると思うんだ。
出来ることなら傲慢な神共に中指立ててやって、そうしたらあいつらきっと顔真っ赤にして怒るだろうからさ、そんな状態の奴らを真っ黒暗闇で覆って一矢も二矢も百矢も報ってやりたいさ。
神という存在に遭遇して、直接対峙したことは永琳の時と変な女神もどきの時の二回だけだけど、噂には色々と聞くね。
どいつもこいつも自分勝手で嫌なのばっかなんだ。そうじゃないのもいるのかもしれないけど、やっぱり私の中の神のイメージは最悪だよ。
どうせまた何万年か何億年もしたら、あの時みたいに地球の周りを覆って管理だとかしやがるぜ、あいつら。
「奴ら、あっちの方に行ったべ」
私が神に対する悪態…失礼、懇願をしていた所、村長がちょうど朝日が昇る方向を指さしたようだった。
メグを連れ去った人間達は、村の家々に火をつけて荒らしまわったらしい。火が荒々しく燃え盛る音が、耳の奥へとこびりついて嫌だね。どれだけ火元から離れたって、意地悪な油汚れのように脳の中へと侵食して全く消え去ってくれないのだから。
こういう寄生ノイズは嫌いで仕方ない。
ともかく、私が着いた時、すでにその''神の遣い''は村を後にしていた。だけども各地から聞こえてきた悲鳴は、火事などの二次被害によるものだ。
「分かった、分かったよ村長。私に……任せて」
村の人は、ほとんどが血の気を失ったように青白い顔をしている。何をするでもなく、ただこの広場で立ち尽くすか、あるいは座り込んでいる。ここはちょうど、昼間に取引が盛んに行われる村の中心地だ。
そうでない人も、遺体にしがみついて泣くか、燃え尽きた家々の中から必死に持ち物を探している様子だ。
村長もそうした人の傍に行こうと、私から離れていった。
どうしてこうも、上手くいかないのだろう。
全くもって腹が立つ。夜は好きだけど、今日の夜は嫌いだ。昨日の夜よりも、一昨日の夜よりも、ずっとずっと嫌いなのだ。
横に目をやると、星空に映える金髪をした少女が村を見渡しているようだった。
ゆかりんだ。
「ゆかりん、ご馳走、まだ無理みたい」
「………」
彼女は何も言わない。
それもそうだ、ご飯の誘いを受けて来てみれば、この有様なのだから。
「ゆかりん、私、メグを取り戻しに行かないと」
「………」
「帰って一段落したら、今度こそ村のみんなでご馳走……できるかは、まだ分からないけど……きっといつか美味しい鍋を食べられるはず」
まだ、こちらの方に顔を向けてはくれない。
夏花のような明るい髪が往々にして揺れ、優美な情景が私の目に映るだけだ。
「だから、ちょっとだけ、待ってて」
一息ついた後、彼女はようやっと村から私に目線を戻して、その紫色をした瞳を向けてくれた。
それはちょうど、値踏みでもするかのように訝しんだ様子だった。
こんな時なのに、本当に綺麗な人だと……というより、綺麗な妖怪だと、そんな考えが流れ出た。
「ねぇ、貴女………」
魚の小骨でもつっかえたような、ひょっとすると異物を飲み込もうとでもするかのような、そんな語り口だった。
「ルーミア、貴女は……人間と……」
ああ、やっぱり、綺麗な瞳だ。こんな宝石ならずっと見ていたい。
「人間と協力、しているの?」
「……え?
協力、っていうか……えっと、友達?っていうのかな」
「友達?人間と、友達?」
ゆかりんは私のすぐ側までやってきた。顔をずいっと、美しい宝石を目の前に寄せてくる。
「馬鹿なこと言わないで頂戴!貴女、人間じゃないでしょう?妖怪……なのかは怪しいけど、ともかく人間じゃないのよ!
……それがどうして、どうして友達なのよ!?」
「え、え?」
彼女は綺麗な声を張り上げた。
訳が分からなかった、なんでそんな、私のことが理解できない様な口ぶりなんだ?
「ゆ、ゆかりん……君だって…君こそ、人と妖が共存する世界を、作りたいんじゃないの?」
「共存ですって!?私たちと、あの連中とが、どうして共存する必要があるって言うの!?」
「え、だ、だって…幻想郷って……?」
「もういいわ、付き合ってられないっ!
お腹減って仕方ないのよ…子供はいないみたいだけど、仕方ないわね」
「だ、だから…こんな状況じゃご飯は……あっ!!」
八雲紫…………境界を操る程度の妖怪…………神隠し…………人を攫う…………人を、喰う。
「あ!だ、だめ!ダメだよゆかりん!!」
食べる、食べる、肉を、食べる!
食べる、食べる、人を、食べる!?
妖怪の大半は、普通に人間を食べるじゃないか!
それはこの大妖怪、八雲紫だってそうだ!
ああ!ああ!
私は、なんて、大馬鹿ルーミアなんだろう!!
考え無しに、妖怪を''食事''に誘ってしまったなんて!!
ゆかりんは村のみんなを見つめて、そう、獲物を見定めるように見つめて未だ動かない。
きっと、どう食べてやろうか考えているんだ!
私は必死に彼女の、その、真っ白な袖を掴む。
そのなめらかですべりそうになる手触りは、この状況において、大事なものが手から離れていきそうな心情通りだった。
「…ッ!」
彼女と目が合う。
時が止まるように、固定化された鏡だらけの空間に私たち二人だけがいて、沢山の鏡に反射していくような感覚だ。
揺れる濃藍の瞳は、鋭く人を刺すような目付きから、やがて水が陶器から溢れるような繊細な動静だ。
なんだか、互いに見えない楔で打ち付けられているように、縛られる感覚がする。
「な、なによ、もう!」
手を振りほどかれる。鏡は即座に割れて、また私たちは村へと戻ってきたようだ。
彼女は私に背を向ける。
「ゆかりん…ちょ、ちょっと!お願い、お願い食べないでっ!!」
何を身勝手なことを言ってるんだと感じる。
妖怪にとっては当たり前だ、人が動物を食べて、妖怪が人を食べる。難しいことは嫌いだけれど、多分、きっと、摂理とかってやつだ。
摂理なんて言葉は、難しい物事に対して思考放棄する人が使う逃げの言葉だって、いつだか永琳は言っていたけど、きっと、これは、摂理なんだ!
ああ、ああ、本当に何も考えていなかった!!
「なんなのよ……っ!」
「……っあ!」
彼女の周りが、昼に見たように切り取られていく。
不気味なギョロ目が蠢く、その肌寒い異空間に、彼女はなめらかに飲み込まれて行った。
スキマだ。
「ゆかりんっ!」
いよいよ彼女の姿は見えなくなった。
もしかすると、スキマから人を攫って食べてしまうのかもしれない!
そう思うと、この村の崩壊音すら、耳に水が入った時のようにくぐもっていった。
彼女を、八雲紫を止めないと……!
私は身構えて、飛んで、空から彼女の気配を探った。
彼女が人を攫おうと姿を現した瞬間、それを止めないといけない。
これ以上私の居場所を、どうにかしないで欲しいのだ!
……しかし、いつまで経っても彼女は現れなかった。
それどころか、もうこの場にはいないような気がした。
気配を読み取るなんて、妖力すら操れる彼女の前では不可能だが、しかし、やっぱり、どうも八雲紫という妖怪は、本当にもう私の周りの世界には居ないように思えてならない、そんな不可思議な夢幻めいた感覚だ。
スキマの中で隠れて、私が居なくなるのをじっと待っているかもしれない。私が居なくなった瞬間に、虐殺が始まるかもしれない。
だけどそんな未来は全く…見えない、観えない、視えない。勘を越えて、確信が持てるほど考えられない。
安堵した。
だけど、''私の世界''に、彼女は二度と現れてくれないんじゃないかと思うと、私はまた鏡の世界に逃げ込みたくなってしまった。
なんて都合の良い闇妖怪なのだ。
♠
人参大泥棒が現れたという話が私の耳に届いたのは、つい先程の話だ。
ねずみ返しのついた、あの古びた竹倉庫から、数多くの人参が奪われたというのだ。
月にも兎がいるという。
いつ記憶したか、なんなら自分が作り出したのやもしれないあやふやな言説に惑わされながら、月明かりに身を委ねて一息吐き出していた。
月には人がいるだなんて、ありきたりな伝説だけども、やけに真実味があって、伝承なのか噂なのか、はたまた真偽不明の言霊なのか…私にはちっとも分からないね。でもそういう考えても考えてもよく分からないことこそ、案外存外一番綺麗なものなのかもしれない。
そんな時間の潰し方をしていると、真っ白で真っ赤な瞳を携えたチビ助がやって来て、何やら倉庫が大変なことになってるって伝えてきたんだ。
そりゃあもう身振り手振り大袈裟に、兎らしくぴょんぴょんはね回って私に伝えるわけさ。
「大変って、どのくらい大変なのさ?」
そう言うと、今度は左右に行ったり来たりぴょんぴょんして、私の瞳を規則正しく揺らしてくる。
「う~ん、そこそこ大変って感じ?」
私のこの言葉には、もうこれでもかってくらいぴょんぴょん度最高値で跳ね回るワケ。どうやらそこそこってもんじゃあないらしい。
こいつらの多くは可愛いもんで、普段本当になんてことのないことでも大騒ぎしたりする。この前なんて、自分で、暇つぶしの為に掘った穴なのにそのことを忘れて、すっぽり落ちてぎゃあぎゃあ騒いでいたんだから。救出作業には半日かかってしまった。
しかし…穴か、ふむ……結構面白いかもしれない。
落とし穴なんか作って、罠を仕掛けるのも良い遊びになるだろう。
…まあ、罠にかける相手なんていやしないんだけどもね。
さぁて、どうやら結構、本当にかなり明らかに、大変な様子なもんだったから、今回に関してはいつもの早とちりではないような気がした。
私はお月様の鑑賞を取りやめて、直ぐにチビ助と倉庫へ向かったんだ。
ちょうど、目に入った竹の一部の皮が大きく剥がれているのを見て、なんだか不吉だなんて考えちゃったよ。
不吉なんて、ずっと遠くへやって久しいもんだと思ってただけに、こりゃあまあ本当にまずいんじゃないかって感じたね。
それで結果、この有様だ。
倉庫の中はがらんどう、人参の残り香がほのかに漂うのみ。
今年中楽に暮らせるくらい溜め込んだ人参が、なんと不思議、まるごとごっそり消えちゃってるんだなんて。
「うさうさ……こりゃあけったいなことねぇ」
みんなみんな、そこそこ年老いてるのもそうでないのも、みんなみんな、シクシク泣いている。
兎達の鎮魂歌だ。
かわいそうに。
人参祭りが明後日に迫った今日この頃に、こんな酷いことになるなんてねぇ。
こんな不運、世界中探したってなかなかないだろう。今年の祭りはとりわけ豪華になる予定だったのだ、私だって楽しみだったさ。
人参の残りカスを、とにかく集めようとすると、一匹の兎…こいつはもうすぐ化け兎になれるってくらい生きてる年長者なんだけど、そいつが私に近寄ってきて、色々と状況を教えてくれた。そいつは幼い頃に右足を怪我して、それ以降歩く時はちょっと引きずるんだ。居た堪れない気持ちになるよ。
年長兎の話によると、どうやら山を越えた向こうの国の空飛ぶ変な人間が、その国での捧げ物にしようと、何知らぬ顔で盗っていったみたい。
その時そいつを止めようとした子兎が大怪我を負っちゃったみたいで、兎の一部は結構カリカリしている。
「ふむふむ…あっちの国か……」
倉庫から出る。
ところどころ薄汚れて、茶と白が混じった兎達は私を見上げた。
特段、別に私は背が高い訳では無い…むしろ低いのだが、兎達からしてみれば高い存在なのだ。
「大丈夫大丈夫、私に任せなさいな」
もう一度月を見上げる。
やっぱりこう、月の一部が竹によって遮られてるこの光景というのは、悪くないよ。
「全部ぜ~んぶ取り返してくるからさ」
私の一声に、兎達はみなぴょぴょん祭りだ。余程嬉しいのだろう。
そこそこ大きな国、少し前から力をつけ始めたらしい。支配する神が割と好戦的だとかで、私の耳にも入ってくる。近頃は物騒なもんだ、神々の戦争なんて近くで起きてみな?本当に面倒だろうから。
だけども、まったくまったく、神だとか、そんなの私の前にはお構い無しだね。
不を除けて、運を寄せる。
どんな不幸も幸運の前触れ。
不吉も不運も不幸でさえも、みんなみんな前触れさ、うさうさ通りは今日も快晴、晴れのち晴れの青空日和。
「さぁて、ちょっくら出かけてくるかね」
長寿の秘訣は規則正しい生活、そして面倒事に巻き込まれないこと、この二つだ。
うさうさ、だけども私くらいになると、運だって操れるのさ。
幸運の素兎は伊達じゃないってね。
私は簡単な身支度をして、人参を取り戻す小さな冒険を始めることにした。
♠
ああ、本当に大馬鹿ルーミアだ!
ヒ・ト・グ・イ、人喰い!
妖怪、人喰う、アタリマエ!
ゆかりん、ソレ、御多分に漏れず!
でも仕方ないのだ。
ああやってお話ししていくうちに、''妖怪''の賢者だなんてすっぽり私の頭から抜け落ちちゃって、完全にただの金髪美少女ゆかりんになっちゃったんだ。
人型の妖怪とあそこまで近づいて長い間いるなんて、初めてのことだったんだからさ、それに私だって、永琳以来久しぶりにあの類と出会えたんだから、舞い上がってよく考えもしなくなるよ。
はぁ………でも、う~ん、どうも引っかかって仕方がない。
私が人と妖との共存云々を言った時の、彼女のその逆上っぷりは異常だったように思えるのだ。
だって、幻想郷ってそれが代名詞みたいなとこあるはずなのだ。人が沢山、主に人里に住んでいて、そして沢山の妖怪たちがいて入り乱れている。共存と言ってもいいはずだ。
そんな幻想郷の成立に大きく関わるハズのあの大妖怪が、どうしてあんな反応をするのだろう。
どうもしっくり来ない。
最後に目が合った時のあの表情が、当分忘れられそうにない。どこか悲しいような儚げなような…なんというか、詩っぽい表情だったのだ。
つまり、こう…詩ってのはあの短文に色々と込めるだろう?そんな感じなのだ。
「ゆかりん……」
もしかしたらもう二度と私の前に現れてくれないような気がしてしまう。
それほどまでに、あの時あの場のゆかりんとの別れは、何か大きすぎるような気がしたのだ。
結局、いくら村で身構えていても、ゆかりんは現れなかったのだ。
もちろん私が居なくなるのを待って、そうして後から彼女が村人達を襲う算段だって考えられた。でも、あの最後の表情が、どうもそうじゃないような気がしてならないんだ。うまく説明できないけど、八雲紫は多分、そうはしないはずだ。
……しかし、今はメグを取り返すことに集中しなければ。
あの子が居ないとチンチロが出来ないのだ。
村を襲った連中はすぐに見つかった。
ぞろぞろと、松明によって光が滲み出た蛇のような集団が、空からだとそれはそれは分かりやすく映るのだ。荷車だったり、大きな荷物を運んでいる人だったり……ただの行列や兵隊ってよりは、なんだか色々な目的がありそうだ。
しかしこの分なら直ぐにメグを取り返せそうだ。
多少手荒な真似をしてでも、連れ帰らなければ。
下降し、奴らの真上に位置しようと、私は速度を上げた。
まだ私には気づいていない。
奴らの先頭目掛けてさらに急加速。
私は地へと降り立った。
「さぁ、メグを返してもらうよ!」
きっと突然空から、得体の知れないのがやってきたんでびっくりするだろ…「何奴!?」
「うわあっ!」
いきなり槍ぶん投げてくることないじゃない。
「ちょっと、危ないなぁ!」
青銅器をよく削った槍が、三本、四本、私目掛けて一斉に飛んでくる。
やっぱり夜はいいね、見えないものも見えるようになる。
するりと避けて、先頭にいる奴らに迫る。
甲冑とか鎧みたいなものじゃない、普通に多分布製だ。
「さぁほら、メグだよメグ。メグどこ?」
「こいつっ!?」
奴らは陣形を崩して無造作に私に襲いかかってくるようだ。兵隊なんて言えるほど、洗練されていないと受け取れる。
しかしまだまだ抵抗するか、じれったい奴ら!
こういう時に取っておきの方法がある。
今は夜だし、私だってイライラしてきたんだ。ちょっくら何か、破壊したくなるんだよ。
手の甲に力を込める、うんうん、いつも通りの少しピリつく感覚だ。
そうして弾を身体の内からひねり出して、具現化させる。このブラックな弾は、いつ見ても本当に闇そのもので、空間を歪めているようなのだ。夜がまだ明るいと思えるくらい、本当に闇そのもの…というよりはそこに何も無いみたいだ。
時折黒い小さな稲妻がブチッと躍動するのを見て、もしくは私がどうやら妙なことをしているのに気づいたのか、いくつかの人間は足を止めた。
それでもなお、全く、本当に危機管理能力が無いのか単純に馬鹿なのか、突っ込んでくるやつも沢山いる。
私は弾をもっともっと、ぐんぐん大きくさせて、やがてそれを真正面の兵士達に……ではなく、真横に広がる大きな草原目掛けて発射した。
一瞬の小休止を得てそれは…。
――ドッッッッッガーーーーンッッ!!
見事にTHE破壊音を伴った地響きへと変化した。
人間たちは足を止めて、皆呆然としている。
持っていた槍を地面に落としたり、ガクガク震えたり……。
そしてちなみに私も呆然としている。
いやね、思ったよりも音がおっきくて、それに結構揺れたもんだから……。
ああ、締まらないなぁ。
##########
「いやほんとすみませんどうか許してくださいお願いします」
てな具合で、人間ってのはどうしようもならないくらい信じられない出来事を目の当たりにしたら、こうやってへこへこしてくれるのさ。
特に今の時代、神だのなんだのきな臭いのが流行ってるんだから、やっぱり尚更そうなんだろうね。
「メグだよ。あんたらが襲って誘拐した女の子、どこにいるのさ?」
なんというか、江戸時代の参勤交代みたいにゾロゾロと行列を作っている人間ども、はて、メグは一体どこだろうか。
「あ、ああ……彼女は…もう、ウチのもんが連れ帰っていきました…」
「え、連れ帰った?」
「は、はい……空飛べるんで……」
「はぁ!?」
私の声に人間はビクッと肩をふるわせた。
いやいやでも待ってくれ。
空を飛べるだって?
「そいつ、人間なの?」
「え、えぇ……私達の神に仕える…神職の……」
こいつら、普通にベラベラなんでも話してくれるけど信仰心とかないのかな?まあいいけどさ。
それにしても空が飛べるだなんて…まだまだ私の専売特許かと思ってたのに、今日だけで……ああいや、もう日付は変わってしまったか。
昨日に続いてもう二人も出会っちゃったよ。
いやまだ面と向かっては会ってないけども。
「生贄に必要なので……その、彼女だけ子供を連れて一人で早く帰ったんです…」
女か。
「はぁ……分かった。あんたらの国の方角を教えなさい。
安心しな、メグさえ取り返せばいいさ、滅ぼそうだなんて思いやしないよ、ただ……」
メグさえ取り返せれば良かったけど、ここまできたなら…。
「おいたが過ぎる神様は、ちょっとお仕置しなきゃあね」
神様退治の始まりさ。
こちとら初めてじゃないもんでね。
♠
少女は森の中にいた。
夜を彩るものは、何も月明かりだけではない。
特有の、少しばかり肌を冷たく突き刺す大気の流れにうんざりとした気持ちを抱く。それは夜なら尚更だ、少女は夜風が嫌いなのだ。
ちょうどルーミアと真逆であった。
「なに……なんなのよ、もう!」
少女は、八雲紫は、目の前の大木に憤りをぶつけた。凡そ、数百年はどっしりと構えていたであろう樫の木は、彼女が衝撃を与えた場所からぽっきりと折れ、傘状に膨れ上がったみずみずしい緑色の葉と共に地面に横たわった。尤も、緑色は闇に紛れ、影絵のように背景から切り取られた様相を醸し出している。
人間なんて食べる瞬間ですら、時折嫌なことを思い出してしまう。
飲み込み、喉元から食道へと流れ落ちていく時に思い出してしまえば最悪だ。吐き出しそうになってしまう。
思えばあの夜も、こんな風に胸の内側を騒がせる香りを運ぶ夜風が酷く地を這っていた。
八雲紫は思い出していた。
『おい!見ろよコイツ!!なんて変な格好してやがる!』
『きっと異国のもんに違いないぜ!
ちょうどいい、カラメバナのツルで縛ってやれ!』
「いや、いや!やめてっ!!」
言って初めて、彼女はようやく自分の置かれている状況を再認識した。
今はただ、少女は一人、森の入口に佇むだけだ。
あの日に受けた屈辱のことなど、もう思い出したくもない。
自分と獣達との境界線が分からなくなる、溶け合う辛さを知って、それから分かったのだ。
どんなものにも必ず存在する境界を感じて、見て、触れてしまえば、もう怖いものなんてない。
最悪、破壊してしまえばいいのだ、と。
「………」
しかしやはり、それなのに、彼女の言っていた言葉が頭から離れない。
『君だって…君こそ、人と妖が共存する世界を、作りたいんじゃないの?』
「……できるわけ、ないじゃない」
きっと、それは、あまりにも突拍子がなくて、それでいて、全くもって掴みどころのない''幻想''そのものだから、かえって頭から離れないのだろう。
彼女はそう納得した。
あまりにも度し難い言説すぎて、諧謔のように感じることで、頭から離れてくれないのだと。
「………ああっもうっ!!」
本当に鬱陶しい夜だった。
気味の悪い月明かりに、なんだか時折感じるよく分からない視線も気色悪い。
今更戻ってあの村人達を全員食い殺してしまえば、少しは気でも晴れるのだろうか?
そんな考えも、もう何度も脳裏を過ぎったが、その度にあの訳の分からない少女の姿がそれを邪魔するのだ。
ああ、しかし鬱陶しい。
先程からやはり、何かが私のことを見ている。
ちょうど、あの白い花が揺らいでいる薮の辺りだろう。
紫はそいつの場所に目星をつけて、睨みつけてやった。
ガサッと草木が少し揺れる音がして、やがて気配は消えた。
しかし未だに気持ち悪さは消えてくれない。
出会ったばかりの闇妖怪が最後に見せた、あの表情が最も、本当に本当に小気味悪い。
紫はもう一本、憂さ晴らしでもする為にちょうど良い木でもないか辺りを探った。
面白そうな奴だった。
ここずっと、何かと何かの境目を見るばかりで、本当に退屈な生活を送っていた。
全く以て、理解の及ばない、だけど不思議と気楽に接することができる。
ほんの数時間しか時間を共有しなかったが、なんとなくあいつの為人は理解できるような気がした。
「………人間の子供を取り返すって、言ってたわね…」
大して珍しくもない話だ。
神が生贄を要求して、それがたまたまあの村の子供だっただけだ。
神とやり合ったことなんてないし、興味も何も無かった。偶に話に聞くだけだ。
昼間の戦闘を、彼女は思い出した。
あの弾を避けるという動作は、今にしてみれば中々心地よかったかもしれない。
しかし大事なのはルーミアだ。
大層仰々しい様子ではあったが、実際の戦闘能力はそこらの中級妖怪と何ら変わらない。
ハッキリ言って自分の敵ではない。
そんな奴が、神から人間の子供を奪い返すなんて…。
「馬鹿ね……大馬鹿よ」
勝てるわけがない。
神というのは絶対的な存在なのだ。
言わば世の理、そんなものに、あんなちっぽけで不思議だけが取り柄のルーミアが勝てる筈がなかった。
確かにある程度損傷を受けると存在が転移するような現象は、昼間に見受けられたが、逆に言うならば切り札はそれだけだ。
天を割り、海を作り、地を照らす存在であると言われる、あの人間どもの上位存在に敵う訳がない。
「……………」
八雲紫は思考した。
――神、多分、あの国ね。最近勢力を伸ばしてるとかっていう。
やがて紫は、目的地を決めた。
別に急に人間のことを助けようと思っただとか、神が憎くて堪らなくなっただとか、人と妖の共存を信じたくなっただとか、そんなものではない。
ただ、ここであの不思議な少女を失うことは、なんだか本当に痛手のように感じられたのだ。
――違う、違うわ……。ここであいつが死んだら、この気味悪い感じがずっと続くじゃない。
打算的のようで、全く合理性の欠片もない、証拠も理由も何もなかった。
あんな面白い存在、今逃してしまえば二度と出会えないだろう。
やはり八雲紫は、知的好奇心の塊だったのだ。
加えて、彼女は、ルーミアの最後に見せた瞳が、なんだか忘れられなかった。
「本当に私も、大馬鹿ね」
彼女はもう一本、木を倒した。
それはもう、憤りから来るものではなかった。
♠
件の国の、都への侵入は容易かった。
十尺程度の城壁も、私の脚力をもってすればなんてことない。
うさうさ、兎の飛ぶ力を舐めちゃいかんよ。
…それにしても、一番ヒヤヒヤしたのはここに辿り着く前の事だ。
お腹が減ったもんで、森で山菜でも食べて栄養補給しようと思ったんだ。
そしたら少し遠くで木がぶっ倒れる音がしたもんでさ、私も気になって見に行ってみたんだ。
今になって考えてみると、本当に良くないことだねぇ。
自分でも分かってるつもりだったけど、改めて実感したよ。健康の一番の秘訣はさ、厄介事に関わらないことだってのが。
どうなっていたかって言うと、月明かりの下に、なんていうか…まあ、恐らく絶世の美女みたいなのがいたんだ。
それだけならまぁ、なんだか絵になるなってんで終わりなんだけど、ブツブツ一人で言ってるし、そのぶっ倒れた木もそいつがやったようでさ、もう明らかに異常だったんだよ。
うさうさ、これって別世界の住人か何かなのかな…って考えながら息を殺して見てたらさ、そいつ突然こっちの方向いてきたんだよ。首を急にぐいっと曲げて、それで睨みつけてくるわけ。
もうわたしゃウサギ肉にされると思ったね。
私のこの自慢の足が無ければ、きっと今頃煮込まれて食べられてるに違いないさ!
無我夢中で走って走って走っていれば、いつの間にか都に着いていたようね。あんまり記憶もないんだけど。
…てなワケで、あとは人参を取り戻すだけ。
私の小さな冒険も、ちょっと危ない目に遭いそうだったけど、無事終わりそう……うさ。