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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第三章

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因縁

 エルフの浮島を離れるパルトナー。


 飛行船の中、俺は小さくなっていく浮島を見ながらルクシオンと話をしていた。


『エルフも一枚岩ではないとは面白いですね。出稼ぎをする男性と、島に残る女性では価値観も違うようですし』


「生まれた男の子を奴隷にするのが嫌、っていうまともなエルフがいて良かったよ。少しは学園の女子に見習って欲しいね」


 一連の出来事は、公にしないことにした。


 捕まえたエルフの男たちの処分も任せる代わりに、俺が手に入れたのはユメリアさんだ。


 旅行鞄一つを持って、オロオロと船内を見ている。


「あ、あの、私はこれからどうなるんでしょうか?」


 俺は手をひらひらとさせ、


「俺の実家にいって貰います。使用人を探している様子だったので、住み込みで働いて貰いますよ」


「で、でも、私はその――」


 自己評価が低いユメリアさんは、何事にも消極的というか引っ込み思案だ。


「エルフの美醜は人には関係ありません。知っていますよね?」


「……里では、愚図とかノロマとか言われていました。私でお役に立てるのか不安です」


 エルフの里でも、こうした後ろ暗い部分があるのだと思うと悲しくなる。


 まぁ、学園でのエルフたちを見ていれば納得もするが。


「心配ありませんよ。それに、こっちにも色々と理由が――」


 俺が話をしようとすると、会話を遮ったのはこちらに怒りを顔に(にじ)ませてやってくるカイルだった。


「どういうことですか!」


 俺に対して抗議したいらしいカイルは、随分と態度が大きかった。


「何が?」


「母さんを里から出したことですよ。この意味が分かっているんですか?」


 ユメリアさんが、カイルの腕にすがりつく。


「待って。カイル、この方は私を気にかけて――」


「黙っていてください! そうやっていつも騙されてきたじゃないか! こいつがどんな奴か知っているのかよ! 学園で一番の屑野郎だ!」


 カイルが叫んだことで、近くにいた人たちの視線を集めた。


「一番の屑とは酷いな」


「本当のことだろうが。殿下を公衆の面前でボコボコにしたお前が屑じゃなかったら、いったい何なんだよ!」


 ユメリアさんは困ってしまい何も出来ずにいた。


 そんな態度にカイルは苛立っている。


「そうやっていつも判断に迷って騙される。里でも同じだ。何も知らずにのんきだから、みんなから安くこき使われて貧乏なんだろうが!」


 不満が爆発したのか、カイルはユメリアさんを――母親を責め立てた。


 見ていられずに止めようとすると、


「その態度は何ですか!」


 間に入ってきたのはリビアだった。


「な、何だよ。関係ないだろ。引っ込んでいろよ!」


「いいえ、見ていられません。母親にその暴言は何ですか。謝りなさい!」


 いつもより怖いリビアの姿に、カイルもたじろぐが――。


「何も知らない癖に。この人のせいで僕は貧乏だった。この歳で奴隷をやっている理由があんたに分かるのか? 里でどんな扱いを受けたのか知っているのかよ! 偉そうにしているけど、何も知らない癖に!」


 カイルが泣きながらこの場を離れていく。


 普段の態度はそこにはなく、あれが素なのかと思うと少し怖くなった。


 可愛らしい弟キャラを演じていたことになる。


 追いかけようとするリビアを止めたのは、ユメリアさんだった。


「ま、待ってください。私が悪いんです。あの子の言うとおり、私が駄目だったからあの子に辛い思いをさせたんです」


 周囲の視線もあるので、俺は二人を連れて空いている部屋へと入るのだった。



 ユメリアさんが教えてくれたのは、里での立場だった。


「私は混ざりものです。魔力の色が混ざり合い、普通の魔法が使えない代わりに特別な魔法が使えます」


 見せてくれたのは、植木鉢に手をかざすと種から芽が出てそのまま成長して花を咲かせる光景だった。


「凄いな」


 俺がそう呟くと、ルクシオンも同意する。


『これを使用すれば、食糧問題は解決では? あの里での立場が一方的に弱いとは信じられませんね』


 ユメリアさんは褒められたのが嬉しかったのか、少しだけ照れていた。


「そんなに凄くありません。出来ることも限られていますから。ただ、私は混ざりものの上に、ハーフエルフであるカイルを生んでしまいました」


 リビアはそれが分からないらしい。


「それがどうして駄目なんですか?」


 ユメリアさんは少し迷いながらも、淡々と話すのだった。


「……混ざりものは嫌われますが、その力もあって里で生きていけます。ですが、私は外の世界を知るために旅に出ました。その後すぐに貴族様の屋敷でしばらく捕らえられ、そこで色々と酷い目に遭いました」


 リビアも何があったのか想像できたらしい。


「里に戻ると、今度はその貴族様の子供を宿していて……周囲は生むのを大反対しました。ハーフエルフが生まれたら、エルフの奴隷としての価値が下がるから、と」


「そんなのって」


 リビアが信じられないという顔をしているが、ルクシオンは納得していた。


『妊娠確率のあるエルフは、確かに専属使用人として見ると少なからず危険がありますね。価格に影響しても仕方がありません。ただし、黙っておけば分からないと思いますけどね』


 ユメリアさんは首を横に振る。


「あの子の成長速度は人と同じです。すぐに大きくなります」


 外見ではなくその成長速度でハーフだと分かるらしい。


「なら、なんで奴隷として売ったんだ?」


 簡単な疑問を口にすると、ユメリアさんが顔を押さえて泣いていた。


「……うちは貧乏で、その年の冬を越せそうにありませんでした。だから、カイルは私に黙って自分を売ったんです」


 周囲も反対しなかったのかと思ったが、里からいなくなり良かったという奴らもいたらしい。


 何て陰険で愚かなことだろう。


 ……人間と同じだな。


「あの子が私にきつくあたるのも、色々と歯がゆいからだと思います。でも、良い子なんです。自分だってそんなにお給料を貰っていないでしょうに、私に仕送りもしてくれて」


 リビアが肩を落としている。


「リオンさん、私は何も知らずにカイル君に――」


 俺は小さく溜息を吐く。


「……俺が話をするよ」


 どうして俺がカイルの世話をしないといけないのか?


 そもそもマリエの仕事である。


 だが、あいつにこの手の問題を解決できるとも思えないし……俺が動かないと駄目だろう。



 船内にある狭い通路。


 そこに隠れるように座っていたカイルを見つけた俺は、声をかけるのだった。


「おい、糞ガキ」


「……何だよ、屑騎士」


 このガキ、まったく可愛くない。


「お前の母ちゃんの話だ」


 その尖った耳をピクリと動かすカイルは、俺の話を黙って聞くのだった。


「俺の実家である男爵家は、屋敷を建て直したばかりでね。広くなったから、新しい人手が欲しい。住み込みの使用人として、ちゃんと生活が出来るように手配する」


「……信じられるかよ。どうせ、母さんの外見を見て気に入ったから囲い込むんだ。お前も、お前の家族も信じられるもんか」


 確かに外見は優れているし、その心配は仕方がないかも知れない。


「俺は実家にあまり戻れない。男爵は――親父は、身なりは野蛮だけど、アレでも純情だ。お袋を大事にしているから浮気はしないと思う。……たぶん」


 たぶんと言ってしまい、カイルが顔を上げて睨んでくる。


 ちょっと怖い。


「信用できない」


「俺は約束を守る男だ。それに、あの人を手元に置く理由もある」


 俺が彼女を引き取る際に、エルフたちだって少し抵抗があった。


 何しろハーフエルフを生んだ女性だ。


 外に出して、またハーフエルフが生まれたらどうなるか?


 男連中はかなり抵抗したが、里長が黙らせてくれた。


「エルフ共への切り札だ。俺に何かすれば、秘密をばらすという脅しだな。俺の手元にいるだけで価値がある。そんな人に酷いことはしない」


 本気で秘密をばらしてもあまり意味はないが、手元に置いてエルフたちが警戒する程度でいいのだ。


 エルフたちには「俺はお前たちの弱みを握っているぞ」と思わせておけばいい。偉そうなエルフたちへの嫌がらせが出来れば満足だ。


 カイルは黙っていた。


「会いたいなら勝手に会いにいけ。お前だけなら領内に入るのを認めてやる。ただし、マリエは駄目だ」


 俺があいつを嫌いだから。


 カイルが涙を拭っている。


「……あの人はお人好しで騙されやすいんだ」


「そうだな」


「自己評価が低くて、弱気で……なのに、優しいから憎めない。本当に酷い親だよ」


 本気で嫌ってはいないのだろう。


 カイルは立ち上がって俺に頭を下げてきた。


「子爵様、どうか母をお願いします」


 こいつなりに、母親であるユメリアさんを心配していたのだろう。


 俺は頷いてカイルを安堵させる。


 そして、聞いてみたかったことを尋ねた。


「なぁ、お前が以前に主人がコロコロ変わっていたのって、もしかして――」


 カイルは少し呆れたように答えるが、目元を隠している。


 泣いているところを見られたくないのだろう。


「信用できるご主人を探すために決まっているでしょう。せっかく、王太子殿下を虜にした女性を主人に持てたのに、あんたのせいで全部パーだよ」


「めんご」


 軽いノリで謝罪すると、カイルが睨み付けてくるが溜息を吐いた。


「本当に嫌な奴だよね。あのままいけば、僕の人生は安泰だったのに」


 こいつ、色々と計算している奴だったのか。


「マリエを見限らないのか?」


「……新しい主人を探すのは疲れるからね。それに、今では聖女様だから、一緒にいれば僕だっていい目が見られるよ。それと、あの人は駄目なようでしっかりしているし」


 そのマリエは借金で首が回らなくなっているのだが?


 それを知らないカイルでもないし、実はマリエのことが気に入っているのだろうか?


 カイルが俺に忠告してきた。


「それから、あの公国のお姫様には注意した方がいいよ。あの人、何か企んでいるみたいだからね」


「ヘルトルーデさんが?」


「詳しくは知らないけど、あんたたちがいなくなってから、僕たちに声をかけてきたんだ」


 俺たちが遺跡に入っている際に、カイルたちに声をかけていた?



 学園に戻ってくると、俺は急いで王宮へと向かう準備に取りかかった。


 服を着替えている俺の横で、ルクシオンが見つめてくる。


『あの右腕の調査が終わりました。壊してよろしいですか? いつ壊しますか? 今すぐに実行しますか?』


「あ~、五月蠅い! お前、本当にどうしたよ?」


 部屋に運び込んだ鎧の右腕は、新人類が旧人類と戦う際に使用したパワードスーツらしい。今は箱に入れている。


 その黒くトゲトゲとした腕には、どこか見覚えもあるが思い出せない。


『アレは存在してはいけない道具です。すぐに破壊するべきです。いえ、今すぐに破壊しましょう』


「破壊するために、お前の本体でも主砲の一撃が必要だろ? すぐに出来るかよ。次の休みにでも実行するから、先に報告に行かせてくれ」


『見ているだけで気が狂いそうな破壊衝動があります』


「鍵もかけているし、放置でいいだろ。見張りたくないなら、それでもいい。とにかく、今は王宮に急ぐぞ。くそ……どうして学生の俺が働かないといけないんだ」


 見張らせて、ルクシオンが壊れたらたまったものじゃない。


 部屋には鍵もかけているし、きっと大丈夫だろう。


『中身はオッサンでは?』


 最近、右腕のせいで攻撃的になっているルクシオンは、言葉にも(とげ)がある。


 箱に入れた右腕を部屋に残し、俺はルクシオンを連れて王宮へと向かうのだった。


 こんな腕だけの鎧など、誰か興味を示すわけでもない。


 それよりも急いで呼び出しに応えないと。


「はぁ、仕事したくない」


『最低な発言ですね。私もここにいると狂いそうです。さっさといきましょう』


 こいつは本当に人工知能なのか?


 何か落ち着きがないというか、妙に感情豊かというか……。



 王宮の廊下。


 今回の一件の報告をするためにやってきたわけだが、俺はくたびれてしまった。


 外を見れば暗くなっている。


「もう夜じゃないか」


『報告は建前で、女子とのお茶会が待っていましたね』


 騙し討ちのように待っていたのは、学園を卒業した女性たちとのお茶会だ。


 有力貴族や、最近力を付けてきた貴族たちの娘が待っていた。


 報告は十分程度で終わったのに、お茶会は数時間も続いたぞ。


「疲れたな。とにかく帰るか」


 お茶会に出てきたのは、男爵から伯爵家の令嬢たちだ。


 ただし、みんな専属使用人を連れている。


 俺に聞いてくるのは、将来どのように収入を得るのかというお金関係だ。


 合コンで年収を聞かれる感じ?


 もう頭が痛かったよ。


 人が少ない王宮の廊下を歩いていると、以前出会ったときとは違うドレス姿の王妃様――ミレーヌ様がそこにいた。


「あら、子爵殿はお疲れのようですね」


 後ろには数人が付き従い、無表情で立っている。


 服装を整える。


「これは失礼しました。王妃様におかれましては――」


「子爵殿、少しお時間をよろしいかしら?」


 ……今度はミレーヌ様に呼び出されたが、内心は嬉しかった。


「喜んで!」


 微笑むミレーヌ様についていく俺を見ていたルクシオンが呟く。


『本当に分かりやすい人ですね』



 王宮内の一室。


 ミレーヌ様と向き合う形で席に着いた俺は、出された紅茶を飲む。


 ……俺の出すものよりもうまい。


 ちょっとした敗北感を覚えつつ、ミレーヌ様の話に耳を傾けていた。


 ルクシオンは黙って俺の側で隠れている。


「ヘルトルーデ殿下とは仲良くやっているのかしら? 殿下を連れ出して冒険に出るなんて少し焦ったわよ」


「無理矢理ついてきましたけどね。許可も出たみたいですが?」


 ミレーヌ様は少しだけ表情が(くも)った。


「王宮内にも色んな考えを持つ人がいますからね。私としては、留学させている場合ではないと思うのだけれどね」


 ミレーヌ様は反対したが、誰かが許可を出したのだろう。


 自分の息子が通っている学園に、宣戦布告した国の王女殿下がいれば心配にもなる。


 ヘルトルーデさんの安全についても気を配る必要がある。


 馬鹿がヘルトルーデさんを傷つければ国際問題だ。


 彼女が学園にいる時は、王宮から派遣された女性騎士たちが護衛をしている。


「殿下とは私も話をしました。口には出しませんが、過去の侵略について随分と恨みを持っていますね」


 自分で見たわけではないが、伝え聞いている王国の所業。


 それは俺が聞いても眉をひそめるものだった。


 だが、ミレーヌ様に「酷いっすよね~」なんて返事は出来ない。


 黙っていると、ミレーヌ様が話を続ける。


「私はね、子爵殿――いえ、リオン君。公国がこれで諦めるとは思えないのよ」


「……でしょうね」


 積もり積もった恨みは簡単には消えない。


「親衛隊の件でも迷惑をかけましたね。それから……ラーファン子爵家の話は聞いたかしら?」


 首を横に振ると、ミレーヌ様は頬に手を当てて困ったという顔で俺に結末を教えてくれるのだった。


「ユリウスたちが走り回って解決はしたのだけれど、ラーファン子爵家の――聖女様の借金が増えていてね。本来ならお取り潰しも考えるのだけれど、さすがに聖女様の実家を潰すのは反対意見も多かったのよ」


 ……あいつ呪われているんじゃないの?


 解決したのに借金が増えていたとか、マリエが聞いたら卒倒するのではないだろうか?


 絶望した顔をしていたら、笑ってやりたい。


「王宮と神殿で借金を立て替えたのはいいのよ。けどね、来年度の予算とか色々とあるからね」


 聞けば、マリエに対して支払われる予算――まぁ、自由に使えるお金というのは、大幅にカットされることになった。


 話を聞いているだけで紅茶がうまい。


 最高のお茶請けだ。


 今日は気分よく眠れそう……。


「ここからが本題なのだけれど、聖女様の親衛隊長は子爵殿――リオン君でしょう。責任問題になってきているのよね」


「……へ?」


「就任時期や色々と考慮しても、おとがめなしも駄目だと王宮や神殿から声が上がっているの」


 雲行きが怪しいぞ。


 俺に一体どんな責任があるというのか?


「ま、待ってください。俺はあいつの護衛が仕事でして、借金に関してまで色々と言われるのはちょっと納得できないです」


「それは分かっているのよ。分かっていても……責める人はいるのが世の中よ」


 異世界も、元の世界と同じだ。


 ……世の中腐っている。


「急な出世を妬む人もいますからね。私としては、自分が陞爵を推薦した騎士が責められているのは見ていられません。出来る限りフォローはさせて貰うわ」


「ありがとうございま――え? す、推薦?」


「えぇ、そうよ。ほら、以前の空賊退治の時にね。ブラッド君とグレッグ君が私の所に来て、リオン君の手柄について話をしてくれたの。その後の公国との件もあったから、私も推薦したわ」


 眩しい笑顔を俺に向けるミレーヌ様……違う、そうじゃない。


 俺が望んでいたのは出世ではないんだ。


「あ、あのですね、俺は出世なんかよりも――」


「出世よりも?」


 首をかしげるミレーヌ様が輝いて見えた。


 この人年上なのに可愛いぞ! 中身は俺の方が年上かも知れないが、何だか急にクラクラしてしまった。


 ここで出世なんかいらないと言って、この人を傷つけていいものか? もしかしたら、出世させたことを後悔するかも知れない。


 この人を悲しませたら駄目だ。


 咄嗟にこの場を乗り切る言葉を俺は口にする。


「――貴方が欲しい」


「ちょ、ちょっと! そ、そそそ、それは駄目よ。だって、私とリオン君は親子ほども年が離れているのよ」


 年齢差は二十歳未満……いけるのではないだろうか? というか、手の平返しをした女子よりもこの人は可愛いぞ。


 俺はミレーヌ様の手を両手で包み込むように握る。


「それでも俺は貴方が――」


「っん!」


 わざとらしい咳払いが聞こえてくる。


 誰がやったのか分からないが、ミレーヌ様お付きの侍女の誰かだ。


 いかん。ノリで口説くところだった。


 ここが王宮だというのを忘れていた。


 ミレーヌ様が顔を赤らめている。


 この人、結構反応がいいな。からかいたくなる。


「……またそうやって年上をからかう。リオン君の悪い癖ですね」


 王妃様でなければなぁ……。


 話題を変えるミレーヌ様がヘルトルーデさんの話に戻った。


「それはそうと、ヘルトルーデ殿下について気になることがあります」



 リオンが王宮に出向いた知らせを受け、学生寮には三人の亜人種――専属使用人たちが集まっていた。


 一人は、リオンの姉であるジェナの専属使用人【ミオル】だった。


 猫耳を持つ背が高く筋肉質の男は、他の仲間と共にリオンの部屋の前に来ていた。


「カイルの奴、裏切りやがった」


 ミオルの苛立ちを慰めるように、他の二人が話しかける。


「聖女様の使用人だ。下手な真似もさせられないだろ」


「それにしても、鍵なんてよく手に入ったな」


 リオンの部屋の鍵を手に入れたミオルは、笑みを浮かべている。


「あの女がこの部屋に出入りをするときにちょっと鍵の形を、な。馬鹿な女は扱いやすくていいぜ」


 鍵を開けてリオンの部屋に入ると、周囲を警戒しつつ中に入った。


 一人は部屋の外で見張りを行い、ミオルはもう一人と一つの箱を確認する。


「これだな」


「こんな物、いったいどうするんだ?」


「俺が知るかよ。届ければ金になる。それで十分だ。それに、あの糞野郎への仕返しにもなるからな」


 リオンは専属使用人たちからも嫌われていた。理由は、学園祭の時にミレーヌに手を出そうとした専属使用人たちをボコボコにしたからだ。


 ちゃんとした理由もあっての行動だが、それでも専属使用人たちからすればリオンというのは嫌な男子、なのである。


 その腹いせが、今回の行動に繋がっていた。


 三人は部屋の中から箱を運び出すと、そのまま荷物を運ぶように頼まれた(てい)で学生寮を出て行くのだった。



 自室に戻ってきた俺は、部屋の様子を見て髪をかく。


「……最悪だな」


『確かに盗まれたのは痛いですね。ただ、アレを利用する人がいるのでしょうか?』


「見張らせていればよかったよ。それにしても、嫌いすぎじゃないか?」


 盗まれたのは黒い鎧の右腕だ。


 王宮から戻ってくると盗まれていたあとだった。


『見ていると破壊衝動を抑えられません』


「何か理由があるのか?」


『……我々はあれらと戦うために作られた、と言っても過言ではありませんからね』


 深く刻み込まれた敵対心には脱帽するしかない。


「誰が盗んだのか調べろ。見つけ次第破壊する」


『アレを今の新人類がうまく扱えるとは思えませんけどね。下手をしなくても使うだけで死んでしまいますよ。さて、破壊するためにも探してみるとしましょう』


 ルクシオンが調査を開始すると、すぐに犯人が判明する。


『……マスター、どうやら姉上の専属使用人が関わっているようですよ』


 すぐに部屋に入った存在を特定したルクシオンだったが、部屋にノック音がする。


 警戒しつつドアを開けると、そこには顔を腫らしたカイルが立っていた。


 服もボロボロである。


「喧嘩でもしたのか?」


「相変わらずのんきだね。誰のせいでこうなったと……」


 ブツブツ文句を言うカイルを部屋に入れる。


「待っていろ。すぐに治療をする」


「怪我はご主人様に治して貰うからいいよ。それより大事な話だ。僕もさっき解放されたんだけどね。この部屋にあったあの鎧の右腕を盗ませたのは、ヘルトルーデ殿下だよ」


 ルクシオンが俺に報告をしてくる。


『マスター、公国行きの飛行船が急遽出発したそうです』


「ヘルトルーデさんはどうした?」


『女子寮にいます。我々からアレを奪って、そのまま飛行船に乗せた可能性が高いですね』


 そんなことが出来るのか?


 飛行船を用意して、公国に送りつけるなどヘルトルーデさん一人には無理だ。


 カイルが俺を急かす。


「あの人、何か企んでいるよ。とりあえず報告はしたからね」


 専属使用人たちを裏で動かしていたのは、ヘルトルーデさんだと教えてくれたカイルは部屋を出て行く。


 部屋に残った俺は、ルクシオンと今後についての話し合いだ。


『飛行船を手配するのは、ヘルトルーデでは難しいでしょう。専属使用人たちでも難しいのなら、関わっているのは王宮の貴族になります』


 脳裏によぎったのはミレーヌ様の言葉だ。


 王宮内――色々な考えを持つ人間がいる、と。


「誰かが手助けをした? いったい誰が?」


『ミレーヌ本人かも知れませんよ』


「ないな。あの人がそんな汚いことをするはずがない」


『女性は男性を騙すのが得意らしいですよ』


「……あの人が俺を騙していたなら、もう何もかも放り捨てて引きこもる」


『マスターらしい回答ですね。それで、どうしましょうか?』


 俺はすぐに、アンジェに相談することにした。王宮内の事情に詳しいのは、俺の知り合いでアンジェくらいだからだ。



 女子寮。


 ヘルトルーデが使用している部屋に乗り込んだアンジェは、急いできたために呼吸が少し乱れていた。


 そんなアンジェを涼しげに眺めるヘルトルーデは、椅子に座って脚を組んでいる。


「随分と慌てていますね。無作法はこの際許してあげますよ」


「……リオンから聞いた。使用人たちを買収したらしいな」


 ヘルトルーデは微笑むのだった。


「さぁ? 何のことかしらね」


「とぼけるつもりか?」


「……貴方こそ、証拠もないのに人を疑うのはよくないわ」


 証拠はないと言い張るヘルトルーデに、アンジェは呼吸を整えてから口を開いた。


「買収した三人。そして、学生寮から荷物を持ち出すところを男子生徒が目撃している。お前が使用人たちに声をかけているところも見ている生徒がいる」


「専属使用人というのが気になっただけよ。みんな楽しそうに連れ回しているから、私も欲しくなって話を聞いたの」


 クスクス笑っているヘルトルーデに、アンジェは顔を近付ける。


「何を考えている? 本気で戦争でもしたいのか? リオン一人に負けたお前らに何が出来る」


 笑みを浮かべているヘルトルーデは、リオンの弱点について話をする。


「随分と高く評価しているのね。短い間でしたけど、私も子爵を見てきたわ。普段の様子は凡人ね。でも、騎士としては凡人以下の出来損ないよ」


 アンジェが眉を動かし、不快感を示す表情を見てヘルトルーデは更に笑う。


「だってそうでしょう? 心優しい騎士は理想よね。けど、戦争時に人を殺せない騎士なんて、役立たずでしかないわ。バンデルとは大違いね」


 ヘルトルーデは、リオンをよく見ていた。


「ロストアイテムを手に入れた騎士。あの使い魔もロストアイテムと関わりがあるのよね? 彼の命令しか聞かないとなると、凄い兵器も宝の持ち腐れよね」


 リオンが本気になれば――アンジェはそう言えなかった。


 優秀だろうと、まだ騎士として未熟なのだ。


 この世界は普通に戦争がある世界だ。


 人を殺したことがない騎士など、一人前とは呼べない。


「……そんなに私たちが憎いか?」


 ヘルトルーデの笑みが消える。


「私たちは忘れない。貴方に分かるの? 子供を、親を――家族を殺された領民たちの悲しみが? 一方的に私たちを攻めた癖に、数十年で許されると思わないで!」


 アンジェはヘルトルーデに対して、


「おめでたい奴だな。お前は本当に何も知らないらしい。留学を決めた王宮は正しかったよ。お前に必要なのは――」


 アンジェの台詞を止めたのは、部屋に入ってきた女性騎士たちだった。


「そこまでです! アンジェリカ様、ご同行願います」


「――何?」


 女性騎士たちはアンジェを囲む。


「お前たち何をしている?」


 そんな問いに、女性騎士たちは笑みを浮かべ答えた。


「いけませんね。ヘルトルーデ王女殿下に乱暴を働くなど」

「公爵令嬢ともあろう方が品のない」

「さぁ、こちらへ」


 アンジェは全て理解する。ヘルトルーデの護衛であり、彼女の監視役だと思っていた女性騎士たちは、既に手駒にされていたのだと。


 苦々しい顔で女性騎士たちに拘束される。


 アンジェは女性騎士たちから、視線をヘルトルーデに向けるのだった。


「お前たち、まさか王宮にまで――」


 王宮内に公国の協力者がいると聞いてはいたが、アンジェも騎士を動かせる人物だとは思っていなかった。


 立ち上がったヘルトルーデは、アンジェの耳元で(ささや)く。


「今度はホルファート王国を血に染めるわ。そして、この大地を――」


 アンジェは最後の言葉に目を見開く。


「――沈めてあげる」



 どうでもいい一文が、結構重要だったりすることがある。


 それを今、俺はもの凄く実感していた。


 朝方。男子寮の自室。


 武装した騎士や兵士たちが乗り込んでくると、俺は乱暴に拘束されるのだった。


「大人しくしろ、この反逆者が!」


 無抵抗なのに何発か殴られ、床に転がるとルクシオンが俺を見ていた。


 大丈夫だとジェスチャーを行い、俺は大人しく拘束された。


 昨日の晩にアンジェが拘束されたと聞いて、嫌な予感がしていたのだ。


 嫌な予感はよく当たると聞いていたが、本当に最悪だ。


「成り上がって、すぐに地位を奪われる気分はどうだ?」

「怪しいと思っていたんだ。お前のような小僧が子爵などあり得ない」

「裏で散々悪事に手を出していたらしいな。取り調べはきついものになると覚悟しろよ」


 縛り上げられ、部屋の外に出ると男子生徒たちが見ていた。


 その中には、専属使用人であるミオルの姿もある。


 俺を笑っていやがった。


「糞野郎が」


 俺の言葉に、ミオルは益々楽しそうに笑っていた。


 背中を蹴られ倒れる。


 髪を引っ張られ無理矢理立たされ、歩かされると外には女子生徒や専属使用人たちの姿もあった。


「いい気味よ」

「最初から怪しいと思っていたのよ」

「あいつが子爵なんて、私は最初から疑っていたわ」


 言いたい放題の生徒たちが作った道を歩くと、ゴミなどを投げられた。


 ……ここまでされるいわれはない。


 だが、そんなことは関係ないのだ。


 俺はヘルトルーデさんを――公国を甘く見ていた。


 俺を後ろから蹴り飛ばした騎士が言う。


「リオン・フォウ・バルトファルト子爵……いや、今はただのリオンだったな。覚悟しておくことだ、この犯罪者が」


 罪状は色々とあるが、どれも言いがかりに近いものばかりだった。


 俺は拘束され、牢屋にぶち込まれることになったのだ。


「こんな方法で降格なんかしたくなかったな」


 軽口を叩くとゴミが飛んできて、おまけに蹴りまで飛んでくる。


 人混みをかき分け、リビアが姿を見せた。


「リオンさん!」


 俺の名前を呼ぶリビアに小さく手を振り、そしてゴミを投げつけられながら歩く。


 ……本当に、最低なこの乙女ゲーの世界は、最低な世界だよ。


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