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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第三章

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エルフの里

 エルフたちが住む浮島。


 森の中を先導するのは、マリエの専属使用人であるカイルだった。


 マリエはのんきなものだ。


「もう、カイルったら自分の故郷なら先に言いなさいよ。お土産とか用意したのに」


 自分の専属使用人が里帰りをするのを見守っているつもりかも知れないが、カイルからすれば微妙ではないだろうか?


 奴隷として買われ、主人と一緒に故郷に帰るのだ。


 家族に「これが僕のご主人様です!」って紹介するの?


 俺なら嫌だね。


 前を歩くカイルはあまり面白くなさそうにしていた。


「……お土産は必要ありません」


 何やら憂鬱(ゆううつ)そうなカイルは、故郷へと戻りたくなさそうにしていた。


 心配しているのはリビアだ。


「リオンさん、カイル君の様子がおかしくありませんか? 故郷に帰れるのに、どうして落ち込んでいるんでしょう?」


 のんきなマリエとは違い、リビアはカイルの様子をよく見ていた。


「色々とあるんじゃないの? まぁ、帰りたくない理由があるのかも知れないね」


 マリエと違って優しいリビアは、カイルのことを心配していた。


 アンジェの方は――。


「ここがエルフの住む森か。ダンジョンがあるとは知らなかったが、何やらワクワクしてくるな」


 流石は貴族の血筋。


 冒険と聞いてワクワクしている。


 そもそも、マリエと一緒なのにアンジェが同行した理由は、エルフの里にあるダンジョン――遺跡を探検するためだ。


 ゲーム中では特に難易度が高いわけでもなく、ボスもいるが簡単に倒せた。


 ただ、この遺跡は宝が豊富なのだ。


 稼げるダンジョンであるため、それを思い出したマリエが攻略して借金の返済を考えついた。


 アンジェが普段通りなら、俺に飛行船を出してやる必要はないと言っていただろう。


 つまり……。


「アンジェは楽しそうですね」


「うむ! リビアもワクワクしないか?」


「少しはしますよ。遺跡と聞いていますし、何か凄い発見があるかも知れませんね」


「いや、宝だ。宝がある気がする! 必ず宝を見つけて、家族に自慢してやる!」


 ……テンションが高い。


 対してマリエの方は切実だ。


「大丈夫。ここで大きく稼げば、借金なんて帳消しよ。むしろプラスじゃない? そしたら、人気の屋台で買い食いして、夜は夕食にデザートも付けて……新しい服も買わないと。もう、靴下とかボロボロだし」


 マリエの独り言を聞いて悲しくなってくる。


 聖女を(かた)った転生者のマリエに腹も立ったが、こいつはどうしてここまで不憫なのだろう?


 聖女になったことで生活費も、必要経費も用意されたばかりなのに借金を背負わされるとか、前世でいったいどれだけ悪いことをしたのだろうか?


 後ろをジルクとグレッグが歩き、中央に女性陣が歩いていた。


 一人、面倒そうに歩いているのはヘルトルーデさんだ。


「待っていればよかったのに」


「私の自由でしょう。それに、借金の返済や、興味本位で遺跡に入ろうとする貴方たちに色々と任せるのも不安よ」


 まぁ、分からなくもないが……この人をここまで自由にさせる王国は、もっと危機感を持つべきではないだろうか?


 森の中、整備された一本道が続いている。


 俺の肩に浮かんでいるルクシオンは、そんな道を見て――。


『……マスター、エルフとは一体何者なのでしょうか?』


「ファンタジー種族だろ。何が気になる?」


『私のデータにエルフという種族は存在しませんでした。私が待機している間に、急に出現したのがエルフです。気になりませんか?』


 そんなことを言われても困る。


 突然変異か何かで出現したのではないだろうか?


『それに、人間の女性と交配出来ない点も気になります。なのに、男性の場合は――』


 ルクシオンが気になりますという感じで次々に質問をしてくるが、カイルが見えてきた村を指さした。


「あそこが僕の生まれ育った故郷です」


 マリエが興奮気味に、


「うわぁ~、美形ばっかり!」


 ログハウスの建物が多い村は、一見するとのどかだが随分と整備された村だった。


 数人の村人らしきエルフたちは、体に張り付くような衣装を身にまとっている。


 全員がスタイル良く、美形揃いだ。


 ジルクが顎に手を当てて、知識自慢をし始めた。


「エルフは基本的に美形揃いですが、人間のように外見で美醜を判断しないそうですよ」


 マリエも驚くが、隣に立っていたグレッグも驚いた顔をしていた。


 ……お前も知らなかったのか。


「え、そうなの?」


「はい。その者の持つ魔力によって好みがあるそうです。なので、外見的な好き嫌いはほとんどないそうです」


 魔力で美醜を判断するエルフに興味を持つ一同だが、カイルだけは少し俯いて何も話そうとしていなかった。


 俺は声をかける。


「どうしたよ」


「……話しかけないでください。自己満足のために、落ち込んでいる僕に優しくしないで貰えますか。貴方みたいな勘違い野郎が一番嫌いなので」


 俺は頭がカッと熱くなるのを感じた。


「俺もお前みたいな糞ガキは嫌いだよ。お袋に、これが僕のご主人様です、ってマリエのことを紹介して気まずい雰囲気になれ」


 すると、カイルは溜息を吐いて俺を馬鹿にしたような態度を取った。


「これだから学園の男子は馬鹿ですよね。いいですか、エルフにとって奴隷になるというのは出稼ぎと同じですよ。奴隷といっても待遇はまともですし、貴方たち学園の男子よりよっぽど好待遇ですからね」


 確かにそうだが、言われると腹が立つ。


 ルクシオンは妙に納得していた。


『なるほど、エルフにとっても出稼ぎ感覚ですか。納得です』


「エルフの寿命は人間より長いですからね。数十年を無駄にしたとしても、問題なんかないんでしょう」


 ……数十年の出稼ぎか。それよりも、カイルの言い方が少し気になるな。


 まぁ、それはともかく、奴隷の心情なんてこんなものだろう。


 村に近付いてきた俺たちを見て、その中の一人がこちらに向かってきた。


 緑色の髪に茶色の瞳をした可愛らしい感じの女性だ。


 年頃は俺たちより少し上に見えるが、小柄で可愛らしい女性エルフだった。


「カイル!」


 手を振って駆け寄ってくる女性はカイルを知っているらしい。


 その女性が近付くと、カイルは姿勢を正してジルクと話をしていたマリエの側へと移動して……。


「マリエ様、こちらが僕の母親になります。名前は【ユメリア】です」


「え、あ! は、はじめまして!」


 慌てて挨拶をするマリエに対して、カイルの母親であるユメリアさんも慌てて頭を下げてくる。


 カイルは淡々とユメリアさんに告げていた。


「マリエ様が連れてきた皆さんで、里にある遺跡に入りたいそうです。村長に許可を取りたいのですが?」


「あのね、カイル。久しぶりに帰ってきたのにそんな他人みたいな言い方はやめ――」


「今の僕はマリエ様の専属使用人ですから」


 カイルの態度は、使用人として正しいかも知れないが、母親に対して冷たかった。


 ユメリアさんは落ち込んでいる。


「あんまり冷たくするなよ。久しぶりの故郷だろ?」


 俺がそう言うと、カイルは鼻で笑うのだった。


「何だよ?」


「なれなれしく話しかけないで貰えますか? 僕はマリエ様の専属使用人であって、お前と仲良くするつもりはないからさ」


 妙に刺々しいカイルに対して、グレッグが少し苛立っていた。


「おい、少し言いすぎだ。バルトファルトは俺たちの隊長だぞ」


 故郷に来てからどうにも態度がおかしい自分の専属使用人に、マリエは何とかしようと声をかけている。


「カイル、喧嘩は駄目よ。それに何だか今日は変よ」


「いつものことです。さぁ、行きましょう。村長の家に行った方が早いですから」


 そう言って村に入るカイルは、ユメリアさんの姿を見ようともしなかった。


 心配したリビアが声をかけている。


「あの、この島に来てから様子がおかしくて。えっと、気分が悪いのかも」


 ただ、ユメリアさんは悲しそうに笑っていた。


「大丈夫です。私が悪いんです。私は酷い混ざりものですから」


 混ざりものという言葉が妙に引っかかった。



 村長の屋敷は大きかった。


 聞けば、数十年前に専属使用人を終えて村に戻ってきたらしいが、その際に結構な報酬があり屋敷を構えたらしい。


 顎髭(あごひげ)のある若い――二十代後半にしか見えない男性エルフだ。


「里の遺跡を見てみたいと?」


 代表して俺が話をする。


 立場があるだけに、こうした面倒事が俺に回ってくる。


「はい。可能ですか?」


「遺跡に入ること自体は――ただ、あそこは里にとって神聖な場所でしてね。本来なら、他の村の長たちにも同意が必要なのです。まぁ、自由に出入りをしていますが、流石に里以外の者たちが出入りするとなると……」


 浮島にあるエルフの村々。


 それら全てを里と呼んでいるらしい。


「里長も反対するだろうし、無理でしょうね」


「里長?」


「占いが得意な老婆ですよ。我々より前の世代は強く信じていますが、今では占いの力も落ちたのか当たらないことも多いですけどね。昔は、人間たちもよく里長の下を訪ねに来たそうです」


 どうやらダンジョンには――遺跡には入れそうにもない。


「それにあそこは、我々も足を運びます。ですが、宝なんてありませんでしたよ」


「え?」


 村長の言葉に驚いていると、ドアが激しくノックされた。


 入ってきたのはエルフの女性だった。


「村長、里長が!」


 村長が近くにあった置物を投げつける。


「きゃっ!」


 女性が物をぶつけられ、怖がっていると――。


「バタバタと走って乱暴にドアを叩くとは何事だ! 何度教えれば理解できる! お客様の前で失礼だろうに!」


 そのまま女性の方へと向かうと、村長はそのまま女性を蹴り始めた。


 あまりの光景に、俺は慌てて止めに入った。


「おい、あんた何をしているんだよ!」


 村長は俺の手を振り払うと、(さげす)んだ目を向けてきた。


 その目は、学園で専属使用人たちが男子に向ける目だった。


「邪魔しないで貰いましょうか。エルフにとって礼儀作法は大事なのですよ。日頃からこうして礼儀作法に気を付けねば、子供たちも行儀が悪くなる。そうなれば、奴隷として高く売れませんからね」


 ……俺には理解できないエルフの事情だが、これではあまりにも酷い。


「客の前で気分が悪い光景だな」


 これが精一杯の強がりだった。


「これは失礼しました。さて、用件は何だ?」


 蹴られた女性が涙を流しながら告げるのは、話をしていた里長が村を訪ねてきたという報告だった。



 村の広場。


 集まったエルフたちは、全員が美男美女。


 その中に、支えられるように立っているのは、背が低く大きな杖を持ったお年寄りだった。


 腰は曲がり、目は開いているのか閉じているのかも分からない。


 随分と白髪交じりの髪をした老婆。


 両脇を同じような民族衣装を着た女性に支えられ、何か呟いていた。


 隣にいたエルフの女性が代わりに言葉を伝えてくる。


「里長の言葉を伝えます。もう二度と遺跡に入ってはならぬ。このままでは、(いにしえ)の魔王の怒りに触れる、と」


 村長が髪をかいていた。


「……里長、魔王とは何ですか? そもそも、他の村の者たちも出入りをしているじゃないですか」


 ボソボソと呟く里長。


 その声を聞いて若い女性エルフが答える。


「何も知らないと思っているのですか? 貴方が遺跡に大きく関わっているのを里長は知っています。里長は言っていますよ。禁忌に触れてはならぬ。エルフの聖地に入ってはならぬと」


 周囲のエルフたちも呆れているが、里長や巫女さんたちは本気のようだ。


 俺の肩辺りで浮かんでいるルクシオンも、呆れている感じだった。


『占いですか』


「何? 全否定派?」


『まさか。不思議な能力を持つ人たちは確かに存在しましたよ。マスターもその一人ではないですか』


 前世の記憶を頼りにルクシオンを探し出した俺も、確かに非科学的な存在かも知れない。


 それはそうと、


「ところで魔王について何か知っているか?」


『マスターの方が詳しいのでは? 乙女ゲーに魔王が出てくるのですか?』


「出てこない。だから気になっているが……老いたと考えるべきか?」


 昔は有能な占い師も、今は老いてしまったと思うと悲しい。


 エルフたちをかき分け前に出るのは――マリエだった。


「ちょっと! ゴチャゴチャ五月蠅(うるさ)いのよ。いいから私を遺跡に案内しなさい! 私は絶対に攻略して――」


 借金に怯えるマリエが前に出ると、里長の目が見開かれた。


 隣の女性に何か伝え、それを女性が俺たちに伝える。


 驚き、そして焦っている様子だった。


「貴女様は聖女様でしょうか?」


「あら、分かる? そう、私が聖女よ。分かったらすぐに――」


 マリエが言い終わる前に、女性は言うのだ。


「……遺跡に入るのは構わないそうです。聖女が古の魔王を連れてくる。それが、里長がここ数ヶ月で予知した未来ですから」


 周囲のエルフたちがざわめく。


 マリエは首をかしげていた。


「魔王? 私、魔王なんて知り合いにいないわよ?」


 俺にとってお前はラスボス。魔王みたいな者だけどね。


 ルクシオンに視線を向ける。


『もしや、ユリウスのことでは? 王族ですし、新人類の末裔(まつえい)は魔法を使います。魔の法則を操る王族という意味なら、魔王、もしくは関係者とも呼べますね』


「……そう言われると納得だが、殿下はここにいないぞ?」


『私に言われても困ります』


 里長の代弁していた女性が周囲に告げる。


「審判の時です。この島が沈むのか、それとも許されるのか……この方たちの邪魔をすることは許しません。全ての者は、心静かにその時を待つようにと里長が仰せです」


 そう言って、里長たちは村を出て行くのだった。



 遺跡の中。


 やってきた俺たちは、中の様子を見て意気消沈してしまう。


「……何もないな」


 取りあえず部屋があるだけで、壁やら床には木の根やら(つた)が這い回っている。


 俺から見れば近代的な建物が古びたような遺跡だが、リビアから見れば浪漫あふれる古代の遺跡らしい。


 リビアは一人喜んでいる。


「凄いですよ! リオンさん見てください、この形をした物は、他の古代遺跡でも発見されているんです。少し形は違いますが、ドアの近くにあるこの何かは古代遺跡の特徴ですよ!」


「……お、おぅ」


 それ、カードの読み取り機だ。


 カードキーを読み取る機械は、既に壊れているのか形だけを保っていた。


 ルクシオンはリビアの喜んでいる姿に、


『事実は告げない方がいいのでしょうか?』


 何かしら意味のある物だったのではないかと、リビアは一人楽しそうに考えている。


 それはカードの読み取り装置です、なんて正解をすぐに教えていいものか悩んでいるらしい。


「教えた方が喜ぶだろうに」


『……自分で発見するから楽しいこともあります。マスターには分からないでしょうね』


「お前って本当に嫌な奴だな」


『マスターには負けますよ。しかし、これはなんというか――』


 ルクシオンが視線を向けているのは、アンジェたちだった。


「宝はないのか。まぁ、遺跡を見られただけでも話のネタにはなるか」


 ジルクも落ち込んでいる。


「エルフたちの遺跡と聞いたので期待したのですが」


 グレッグの方は諦めた様子だ。


「そう簡単に財宝のある遺跡が見つかるかよ。こういう空振りもあるから楽しいのさ。でも、ここまで何もないと逆に清々しいな」


 意外にも落胆しているのはヘルトルーデさんだ。


「あれ? 実は期待していたの?」


「……そうよ。悪い?」


「別に悪くはないけど意外だなって」


「公国だって元を辿れば王国系の国よ。冒険者に憧れを持つのは貴方たちと同じなのよ」


 それなのに、婚活事情が違うのはいったいどういうことだろうか?


 俺が視線をマリエに向けると、


「……もう嫌。こんなのってないわ」


 メソメソしている姿が目に入った。


 ジルクがマリエを慰める。


「マリエさん、大丈夫ですよ。またいつかみんな冒険に出れば良いじゃないですか。その時は、財宝だって見つかりますよ」


 微妙にずれている。


 マリエは冒険したいのではなく、財宝が欲しいだけだ。


 ジルクの好意に微妙な顔をしているのがその証拠だ。


「そ、そうね」


 遺跡に夢中なリビアに呆れたのか、アンジェが俺の所にやってきた。


「リオン、これからどうする? このまま引き上げるか? ついてきた村長も迷惑そうにしているぞ」


 見れば、遺跡の入り口で俺たちを嫌そうな目で見ている村長の姿があった。


 屋敷での一件から、俺に向ける視線が冷たいものになっている。


「……見下していて腹が立つな」


 今すぐにでも殴り飛ばしてやりたい。


 古だか、新品だか知らないが、魔王様には裁きの鉄槌を期待したいところだ。


 まぁ、魔王なんて存在しないのだが。


 村長が俺たちに声をかけてくる。


「もうよろしいでしょう。遺跡といってもあまり広くありません。見るべきものなんてあまりありませんよ」


 ……おかしい。


 この遺跡には確か。


「諦めるわけにはいかないのよ! こうしている間にも、借金が増えていくのよ! 私は――私は絶対に諦めない! もう、借金の返済生活は嫌よ!」


 マリエが暴走して一人で遺跡の奥へと進む。


 アンジェが忌々しそうにしていた。


「勝手に動くとは馬鹿か」


 俺は持って来たライフルを肩にかけ、ルクシオンを連れてマリエを探しに行くのだった。


「ルクシオンはついてこい。アンジェはみんなと一緒にここにいて。すぐに戻ってくるから」


「親衛隊長殿も大変だな」


 追いかけようとするジルクとグレッグに残るように言って、俺はマリエを追うのだった。


 ……チャンス到来だ。


 これでマリエと二人きりになれる。


 ようやく、転生者同士話が出来る。



 遺跡の奥。


 マリエは何かを探していた。


「ない。ないわ! 地下への入り口がない!」


 ルクシオンの一つ目がライト代わりに光を用意すると、マリエが驚いたように振り返った。まるで追い詰められた犯人のようなマリエが振り返る。


 俺はライフルに弾丸を装填して見せた。


 いつでも撃てるようにする。


「ようやく一人になってくれたな。飛行船の中でも、お前とこうして話をする機会がなくて困っていたんだ。……これで、ゆっくり話が出来る」


 マリエはガタガタと震えながら、護身用に持っていた拳銃を手に取ろうとする。


「動くな。動けば撃つ」


「わ、私を殺したらあんたは大罪人よ! 私は聖女よ!」


「リビアから聖女の地位を奪った偽物だけどな。さて、その辺りについて聞こうじゃないか。お前、これからどうするつもりだ?」


 リビアから聖女の地位を奪い、これから来るかも知れない公国との戦いを乗り切れると思っているのだろうか?


「……はぁ? 何を言っているの? 何が聞きたいのかちゃんと言いなさいよ」


 しかし、マリエの態度はここに来ても太々しい。


 こいつ本当に撃ちたい。一発撃っていいかな?


「なら一つずつ質問してやるからちゃんと答えろよ。お前は転生者か?」


「そうよ。そうですよ。前世持ちって意味なら正解よ。あんたも同類みたいね」


「この世界は乙女ゲーの世界だと知っているよな?」


「それが何よ?」


 否定しない。つまり、マリエも乙女ゲーと認識しているということだ。


 この世界が乙女ゲーだと――あの乙女ゲーの世界だと知っている。


「なら、どうしてリビアから聖女の地位を奪った? 公国と戦争になったら――」


 俺の質問にマリエは笑っていた。


「馬鹿じゃないの? あの女に出来て、私に出来ないと思う? 私だって治療魔法が使えるわ。聖女の資質は十分にあるのよ。あの女が持つべき道具は全て私を認めたわ。偽物なんて言わせないわよ。まぁ、言ったところであんたを信用する奴なんていないでしょうけどね」


 ルクシオンが俺を見る。


『マスターとの情報に食い違いがありますね。ここはお互いの情報を共有した方がよろしいのでは?』


 マリエは少し困惑していた。


「何よ? 何が言いたいのよ。言っておくけど、私はあの乙女ゲーのし――」


 直後、床が抜ける。


「なっ!」


「きゃぁぁぁ!」



 遺跡の外に出たアンジェは、心配そうにしているジルクとグレッグを見た。


「二人とも落ち着け、リオンがあの女を迎えに行ったから大丈夫だ」


 内心、リオンがマリエを気にかけているのが許せないアンジェは思う。


(リオンの奴、飛行船でもマリエの姿を探している様子だったが――まさかな?)


 ジルクは鋭い視線を向けてきた。


「だから不安なのです。マリエさんと二人きりですよ。間違いがないと言えますか?」


 グレッグも遺跡の中を見ながら、


「いくら何でも遅いだろ。迎えに行こうぜ。バルトファルトが変な気を起こさないか心配だ。あいつ、女になれてない気がするし、マリエの可愛さに――」


 リオンがマリエに対して興味を持っていると聞き、アンジェは普段と違って狼狽(うろた)えるのだった。


「ば、馬鹿を言うな! リオンはお前らとは違う!」


「どう違うというのですか? 同じ男。そしてマリエさんは素晴らしい女性です。間違いを起こさないという方があり得ない」


「男なら絶対に手を出すと思う」


 二人の意見に対して、アンジェは感情がいつもより高ぶっていた。


「リオンはマリエが嫌いだ。それはお前たちも知っているだろうが! リビアも何か言ってやれ。リオンがマリエに手を出すなどと――」


 リビアは少し青ざめていた。


「あ、あの、今気付いたんですけど……リオンさん、何でライフルなんか持っていったんでしょうか? モンスターも出てこない安全な遺跡には必要ないですよね?」


 アンジェも、そしてジルクやグレッグも目を見開く。


 普段はマリエと距離を置くリオンが、今回ばかりは近付こうとしていた。


 三人が青い顔をして想像したのは、リオンがマリエを撃ち殺す場面だった。


「マリエさん!」


「マリエ!」


 飛び出す二人。


 アンジェとリビアも二人を追いかける。


「ま、待て! いくらあいつでもそこまではしないぞ!」


「そうですよ! やっても脅すくらいです!」


 四人がその場を離れると、そこにはヘルトルーデとカイル――そして村長が残った。



 マリエは夢を見ていた。


 それは懐かしい前世の夢だ。


 夏なのか日差しが強く蒸し暑い。


 夕方なのか、周囲はオレンジ色に染まり暗くなりつつあった。


 あの日の暑さをマリエは思い出す。


(あぁ、そうだ。こんなこともあったわね)


 一人の少女が(つまづ)き、膝をすりむいて泣いていた。


『お兄ちゃん、おんぶ』


 助けを求めた相手は、少女の兄だった。


 今思い出しても腹の立つ顔をしている。


『……それくらいなら自分で歩ける。背負うと背中が熱いから嫌だ。それにお前、重いし』


(重くねーよ! こいつ本当に腹が立つわね! 滅茶苦茶スレンダーな体型だよ!)


 自分から見ても可愛らしい姿をしている前世の自分が、あまりの物言いに顔を上げて唖然としていた。


 驚いて泣き真似を止めている。


『……え?』


『ほら、泣いているふりだ。お前のそういう猫をかぶったところが嫌いなんだよね。俺は騙されないからな』


 人通りも少ない道だった。


 前世の自分は驚いている。


 この頃になると、自分が周囲の女子よりも可愛いのを知っていた。


 周りに頼めば何でもしてくれると分かり、少年――兄もこき使おうとしていたのだ。


『ひ、膝が痛い』


『痛いのは生きている証拠だ。良かったな』


『お、おんぶして欲しい。お家に帰れない』


『そっか。ならここにいれば。それが嫌なら自分で歩け、屑な妹』


『……糞兄貴!』


『糞で結構! お前の言いなりになるくらいなら、俺は自由な糞を選ぶね!』


 笑顔でそんなことを言う兄を見て、マリエは思うのだ。


(……こいつ本当に最低ね。今思い出しても、私の中で一番……まぁ、三番目くらいに酷い男だったわ)


 一人目は自分と子供を捨てた男だ。


 二人目は付き合っていたヒモの男。


 その次くらいに、マリエは兄が嫌いだった。


 そしてマリエは思い出す。


(あれ? 私は一体……あれからどうなったのかな?)



 ゆっくりと目を覚ます。


 周囲は埃っぽく、それに発砲音が聞こえてきた。


 床に薬莢(やっきょう)が落ち、金属音を立てる。


 顔を上げると、そこには背中を向けているリオンの姿があった。


「次は!」


『天井を這って移動してくる未確認生物がきます。マスター、残弾数に注意してください。それから、こいつらはモンスターではありません』


「撃ち殺しても消えないとか質が悪いな」


 リオンがライフルを構え引き金を引くと、発砲音が聞こえ闇から姿を現した不気味な化け物の頭部を貫いた。


 化け物は天井から剥がれ落ち、そのまま床に落ちて痙攣している。


 マリエは飛び上がって起きようとするが――。


「ひっ! あ、痛っ!」


 脚を怪我したのか痛みで立ち上がれなかった。


 リオンが声だけをかけてくる。


 敵が来るのを警戒している様子だ。


「気が付いたか? 状況はルクシオンから聞け」


「え? はぇ?」


『遺跡の床が抜けて地下へと落下しました。貴女が目を覚まさない間に、通路奥から出てくる未確認生物たちをマスターが倒しているところです』


「未確認生物って」


 モンスターとは違うのか?


 そう思ったマリエが、先程の未確認生物を見た。手足は人のそれとは違うが、胴体や頭部は人のような姿をしていた。


 トカゲが人の姿になったようなその姿に、マリエは絶叫するのだった。


「いやぁぁぁぁ!」


 だが、リオンもルクシオンも――。


「五月蠅いから黙っていろ。気が散る。くそ、役立たずのお守りまでしないといけないなんてついていないな。これがリビアやアンジェなら、真面目に守るのに」


『叫んでも状況は変わりません。出血はありませんし、大人しくしていてください』


「え、でも脚が――」


『唾でも付けておけば治るのでは? そういえば、貴女は聖女で治療魔法が得意でしたね。自分で治療してください。あ、マスター次が来ます』


 ――とても態度が冷たかった。


 マリエは思うのだ。


(こいつらも兄貴と一緒じゃない! 本当に腹が立つわね!)


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