数年ほど前、昼時を迎えた渋谷の宮益坂で、私は、郵便局の前で信号待ちをしていた。
そこを通りかかった白シャツにグレーのスーツでノーネクタイの30代前半と思しき男が、私に声をかけてきた。
「田端さん、ですよね?」 と聞かれた、私は「はい。」と答えた。その男は私に向かって「株、お好きですよね?」と質問を続けた。私は再び「はい。」と答えた。
男は、私の顔を見て、不敵な笑みを浮かべながら「ボク、相場うまいっすよ。」と言い放ち、スッと名刺を差し出した。その言葉にこもった自信に気圧されて、思わず、私は名刺を受け取ってしまった。
「ま、気が向いたら連絡ください!」とだけ彼は言い、足取りも軽く宮益坂を降りて行った。
私が受け取った名刺には「野村證券 渋谷支店 XXXX」と書かれてあった。
それから数日、私は、その名刺を眺めながら、連絡してみようかと迷い続けた。名刺を眺めていると、「ボク、相場うまいっすよ。」と言い放った彼の言葉が頭の中でリフレインした。
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