よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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56話 暴く者、暴かれる者

 

 8月3日。試験開始から3日目となったその日、綾小路はまだ日が昇って間もない早朝に目を覚ました。

 テントで夜を明かすのもこれで二度目。寝苦しかった初日の反省を活かして改善を加えた二泊目だったが、やはりこの蒸し暑さによる寝苦しさばかりはいかんともしがたい。

 

 他の男子達のいびきをBGMに目を覚ました綾小路は、他の生徒を起こさないように気を付けつつ、この蒸し暑い空間から逃げるようにテントを出た。

 

 外に出た瞬間、感じたのは早朝特有の清涼感ある空気。先程まで汗臭い空間に居たせいか、一層の清々しさが身を包み込む。

 

(まだ誰も起きてないか……)

 

 チラリと周囲に目をやり、まだ誰も起きていないことを確認する。

 元々この時間に起きたのも目的があっての事ではあるが、それでも少々早すぎたかと内心で独り言ちながら、綾小路はひとまず眠気覚ましに顔でも洗うかと川へと向かった。

 冷たい水で顔を濯ぎ、気持ちサッパリとしたところで何とはなしに目の前の景色を眺める。

 

 川の流れる音にはヒーリング効果があると言うが、朝の日差しに照らされた景色も相まってか、確かにこの場に居るとどこか気分が落ち着いてくるように感じられた。

 

 考えを纏めるにはいい環境だ。そう思った綾小路は近くの石に腰を掛けると、暇潰しがてら状況を整理しようと思考に耽り始めた。

 

(まず、Cクラスの狙いに関してはAクラスも分かってるだろう。逆にCクラス側も狙いを読まれてることは分かっている筈。

 問題は、互いにどこまで読んでいるかだな……)

 

 綾小路の中では大凡の方針は決まっている。

 この試験でDクラスが勝つためのルートは既に見えているが、その道筋は一本道ではない。他クラスの動向次第では如何様にも分岐し得る道筋。

 重要なのはどのルートを辿ろうと、勝つことのできる状況を揃える事。そのために必要なピース。果たすべき最低条件を脳内に列挙していく。

 

(……どちらが勝つか、そこは然して重要じゃない。展開次第じゃ俺が何もしなくて済む可能性もあるが、やはり保険は掛けるべきだろう。となるとやはり――)

 

 そこまで考えた所で、ふと背後からザリッと石を踏み締める音が聞こえてきた。

 どうやら、他の生徒が起きてきたらしい。綾小路はひとまず思考を中断し、その人物を確認すべくゆっくりと振り返った。

 

「やぁ、おはよう綾小路君」

 

 するとそこには、朝の日差しをバックにキラキラと爽やかな笑みを浮かべる男、平田洋介の姿があった。

 

「ああ、おはよう」

 

「隣、失礼するね」

 

 そう言って、綾小路の隣に移動し顔を洗い始める平田。

 ただ水を掬い上げ顔を洗うだけの動作なのに、平田がやると妙にさまになっている。飛び散る水しぶきなんかはキラキラ光るエフェクトのようで、まるでCMなどでスポーツマンが汗を流すワンシーンのようだ。

 

「ふぅ、やっぱり早朝の空気って気持ちがいいね」

 

 無人島生活の疲れなど感じさせない快活な態度だが、だからこそ綾小路にはそれがわざとらしいというべきか、敢えて元気な姿を演じているように感じた。

 

 やはり平田も、この慣れない無人島生活で疲労が溜まっているのかもしれない。不満を抱くクラスメイト達の纏め役もこなしているのだから、それもある意味当然か。

 

 彼の苦労を察した綾小路は、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ口を開いた。

 

「悪いな……わざわざこんな時間に()()()()()

 

 そう、二人がこのような早朝に揃って目覚めたのは、綾小路自身がこの場をセッティングしたからだ。

 日中、平田の周りには常に誰かが傍に居る為、密談をするのは困難。だから綾小路は先日の内にコッソリと話したいことが有ると伝え、この時間に呼び出した。

 

「気にしないで。元々あまり寝つきも良くなかったから。

 それに人目を避けるってことは、何か大事な話が有ったんだよね?」

 

「ああ、実は堀北から少し頼まれ事をされてな。そのことで、一応平田にも話を通しておいた方がいいと思ったんで呼び出させてもらった」

 

「堀北さんから?」

 

 勿論嘘だが、あくまで表向きは堀北の指示という体で綾小路は話を進める。

 

「どうも、堀北なりにこの試験で勝つために色々と考えたらしい。

 俺も全てを理解してる訳じゃ無いからあまり詳しく話せないんだが、しばらくの間俺はキャンプを離れることが多くなると思う。

 点呼時間には戻るつもりだが、もしクラスの誰かが気にするようだったら誤魔化しておいて欲しいんだ」

 

 もっとも、自分が居なくなったところでそもそも他のクラスメイトが気付くか微妙な所だが。

 そんな、何とも物悲しい事を考える綾小路に対し、平田が疑問気な表情を浮かべる。

 

「それくらいの事なら構わないけど、一体何をするつもりなんだい?

 試験に勝つための作戦っていうなら皆に隠さなくても、話して協力してもらう訳にはいかないのかな?」

 

「俺としてもそれが出来ればいいと思うんだが、堀北としては他の生徒の事は信用ならないらしい。

 勝つための作戦と言っても上手くいく保証は無いし、クラスに纏まりが無い今の状態で変に期待を持たせても、良いことにはならないだろうと言っていた」

 

「纏まりか……それを言われるとちょっと辛いね」

 

 平田自身、団結力という点で他クラスに劣っている自覚があるだけに渋い表情を浮かべる。

 実際、今言ったことはまるっきり嘘という訳でも無い。他のクラスメイトに話さないのは綾小路自身が目立ちたくないという理由が一番だが、言ったところで他の生徒に出来ることなど何も無いし、情報漏洩の危険が増えるだけデメリットしかない。

 

「……わかった。とりあえず、綾小路君達が何をしようとしてるのか、聞かせてもらえるかな?」

 

 何にしても、具体的な内容を聞かないことには判断のしようがない。

 平田はクラスの問題はひとまず置いて、話の続きを促した。

 

(流石に、全てを隠したまま進めるのは無理か)

 

 本心としては作戦の内容を明かすのは出来るだけ避けたい。しかしこれからやろうとしていることを考えれば、平田に隠したまま進めるのは流石に無理がある。

 素早く判断を下した綾小路は、潔く意識を切り替えると静かに口を開いた。

 

「ああ、堀北の考えは――」

 

 そうして語り始める綾小路。もっとも、語るのはあくまで作戦の一部分だけだ。

 全容に関しては語らず、しかしそのように隠し事をしてるとは感じさせない淡々とした口調で、綾小路は言葉を紡いでいく。

 

 平田はその話を時折相槌を打ちながら真剣な表情で聞いていたが、次第に話が進んでくると僅かに困惑した表情を浮かべた。

 

 

 そして全てを聞き終わったところで、平田は困惑の表情のまま躊躇いがちに口を開いた。

 

「それは……どうだろう? 確かにそれなら他のクラスも見落としてるかもしれないけど、綾小路君の負担が大きいし、大した利益にもならないんじゃないかな?」

 

「いや、負担と言ってもそれほどじゃない。俺もそこまで無理をするつもりは無いからな。あくまで出来る範囲で行動し、厳しいと思ったら途中で切り上げるつもりだ」

 

「そう、なのかい……?」

 

「ああ、堀北も俺に任せたのは不承不承な感じだったからな。そこまで期待しちゃいないだろう」

 

「そうかな? 確かにこの仕事は綾小路君にしかできないことだけど、仮に僕が君の立場だったとしても堀北さんは頼らなかったと思うよ」

 

 まぁ、そもそも堀北に頼まれたという話自体嘘なのだが。

 なんだかバツが悪いような気もしてしまうが、しかしそのおかげでどうやら平田の意識は逸らせたらしい。

 自分でも口に出したことで綾小路を信じようと思ったのか、心配気な表情から一転、平田は笑みを浮かべて頷いた。

 

「うん。とにかく話は分かったよ。確かにクラスの事を考えれば、少しでもポイントを得られるチャンスが有るなら試す価値はあるからね。

 皆には僕から探索を頼んだってことにして上手く言っておくよ」

 

「悪いが頼む。一応その理由付けついでに、何か役に立ちそうなものを見つけたら報告させてもらう」

 

「そうしてくれると助かるよ。けど、本当に無理はしないでほしい。一人で森の中を歩き回るのだってかなり危険な事だからね。

 本当ならせめてもう一人、誰か一緒に行けたらいいんだけど……」

 

「それは止めた方がいい。俺一人なら居なくなっても気にする奴は少ないが、もう一人付けるとなると誤魔化すのも難しくなるだろう?

 その場合、他のクラスメイトにも事情を話す必要が出てくるから情報漏洩の危険も高まる」

 

 Dクラス内には人付き合いを苦手とする生徒も何人かいるが、流石にこの環境でまで孤立しようという生徒はおらず、どの生徒も幾つかの小さなグループを形成して複数人で行動している。

 その中で誰かが居なくなれば、流石に他の生徒が気付くだろう。

 

 例外と呼べるのは、特に人付き合いを苦手とする堀北や佐倉、後は完全に孤立している高円寺くらい。前者の女子二人は森を歩き回るには体力的に不安があり、高円寺に関しては言わずもがなだ。

 

「……確かに、そうかもしれないね」

 

 渋い表情を浮かべながらもどうにか納得した様子を見て、これ以上余計な心配を抱かれる前にと、綾小路は少々強引に話を纏めにかかることにした。

 

「それじゃあ決まりだ。安心してくれ。何度も言うようだが無理はしない。少しでも危険があると思ったら大人しく諦める」

 

「……わかった。くれぐれも気を付けてね」

 

「ああ」

 

(これでまずは一つ。あと片付けておくべき問題は……あいつだな)

 

 どうにか恙無く話を終えたことに内心ホッとするが、問題はまだ残っている。

 綾小路は早起きしたもう一つの用事を片付けるべく、続けて口を開いた。

 

「……それじゃあ話したいことも終わったし、俺は少し気分転換に散歩でもしてくる。これからさんざん歩くことになるとはいえ、景色を楽しむ余裕はなさそうだしな。

 今の内に、静かな早朝の空気を味わってくる」

 

 少々気取った風な言い回しになってしまったが、こう言えばわざわざ付いて来ようとは思わないだろう。

 

「ハハ、そうだね」

 

 案の定、平田は苦笑を浮かべるだけでそれ以上何も言わなかった。

 そんな彼に背を向け、綾小路は森へと向かって歩き出す。

 

(さて、できれば今日中に片付けたいが果たして居るか……)

 

 そうして足を向けたのは、昨日も堀北と共に歩いたBクラスのキャンプ地へと向かう道。

 もっとも、用があるのはそこではない。

 

 歩きながら森を眺める姿は傍から見たら景色を楽しんでいるようだが、当人の眼には一切の感動が浮かんでおらず、まるで観察するような無機質な視線だった。

 そうして歩くことしばらく、昨日も通った折れた大木のある辺りを通り過ぎた所で、一人の生徒が歩いてくる姿が見え、綾小路は足を止めた。

 

(居た……)

 

 輝かしい金髪に高身長の体格。遠目にも分かるそれらの特徴を捉え、目当ての人物を見つけたことに綾小路は軽く安堵した。

 話をするならこのタイミングが都合が良いと思ってはいたが、その人物に遭遇できる確証も無かったのだ。

 すると、どうやら近づいてきた人物もこちらの存在を認識したらしく、向こうの方から声を掛けてきた。

 

「おや、まさかこんな朝早くからクラスメイトに出会うとはねぇ。君も朝の散歩かな? 綾小路ボーイ」

 

 その人物とはDクラス一の問題児、高円寺六助。

 彼は何故か上半身裸の姿で、自らの肉体を見せつけるような堂々とした歩みで近づいてきたかと思うと、綾小路の目前で足を止めた。

 

「……なんで裸なんだ?」

 

 挨拶をするよりも先に、まず真っ先にその姿に対する疑問が口から漏れる。

 すると高円寺は左手を腰に当て、キザったらしく右手で髪をかき上げながら笑みを浮かべた。

 

「愚問だねぇ。この朝の日差しが照らす森の景色は、私の完璧な肉体を彩るのに最適だろう?」

 

「…………そうか」

 

 答えになってない答えを聞いて、それ以外に返す言葉を見失ってしまう。

 まぁ、この男の奇行に関しては今に始まったことでもない。綾小路は思考を脇にどけると、気を取り直して言葉を続けた。

 

「しかし散歩か……昨日は点呼の時間に出ていたのに、今日は随分と早い時間にするんだな?」

 

「なに、ほんの気紛れさ。毎日同じ時間、同じ景色ばかりでは味気ないのでね。日々僅かな変化を取り入れるのが、散歩を楽しむコツさ」

 

「そうか。俺はてっきり――()()()()()()()()()()()()を回収しに行っていたのかと思った」

 

 そう言った瞬間、ほんの一瞬ではあるがこれまで滑らかに受け答えしていた高円寺の返答に、極僅かな間が生じたことを綾小路は見逃さなかった。

 

「ふむ……ビデオカメラ? 一体何のことかな?」

 

 何のことだか分からないと、身振りを交えて惚ける高円寺に対し、しかし綾小路は構うことなく言葉を続ける。

 

「惚けても無駄だ。堀北が全て見破ったからな。

 茶柱先生に確認して、お前がビデオカメラを購入したことも分かってる」

 

 できる事なら目立たぬよう慎重に会話を進めたかったが、高円寺相手に胡乱な言い回しをしていては一向に話が進みそうにない。

 そう思った綾小路は、堀北の名前を前面に押し出し単刀直入に話を切り出した。

 

「ほう、堀北ガールが……フフフ、中々面白いことを言うじゃないか。 

 いいだろう、聞いて上げよう。君達が私の何を見破ったというのか、退屈凌ぎにはなりそうだ」

 

「……考えたのはほとんど堀北だけどな。

 順を追って話そう。奇妙に思ったのは、昨日Bクラスのキャンプ地に向かう途中で出くわした時だ。

 お前は散歩に夢中で点呼に気付かなかったと言ったが、おかしな話だ。全員が朝の支度をしてから点呼をするまで、空き時間はそれ程ない。どうしてそんな時間に散歩に出る必要があった?」

 

「どうしてかと言うなら、そういう気分だったからさ。

 生憎と私は何モノにも縛られるつもりはない。君たちのようにつまらないルールを気にする程、狭量ではないのだよ」

 

 他の生徒であれば、この言い分に納得するのだろう。

 何せ相手は変人と名高い高円寺。その行動に対し、何か深い理由があるのかとは考えない。

 

「気分か……だが、堀北はそうは思わなかった。

 点呼の時間に現れなかったのは、その時間でなきゃいけない理由があったんじゃないかと考えた」

 

「ふむ、続け給え」

 

「……昨日の点呼の時間、お前はBクラスのキャンプ地近くに居たんじゃないか?

 散歩と言いながら道にもなっていない茂みの奥から出てきたのも、目立たないよう正規のルートを避けたと考えれば納得できる」

 

 そもそも、綾小路としてはBクラスに向かっている自分達と遭遇した時点で疑惑が有った。

 この広い島の中、歩いていて誰かに出くわしたとして、それは果たして偶然かと。

 

 勿論、絶対に在り得ないなどと言う気はない。

 だが、もしそこに何かしらの必然性があると仮定したならどうか。偶然出会ったのではなく、出くわすだけの要因が有ったとすればその要因とは何か。

 

 考えられるのは、その人物が待ち伏せをしていたか――もしくは、目的地が同じ場所だったかだ。

 

「中々興味深いロジックだ。では、わざわざそんな所まで赴き、私は何をしていたと言うのかな?」

 

「どのクラスも、点呼の時間になれば全員が一か所に集まる。

 逆に考えれば、その時間は最も警備が手薄になる時間とも言える」

 

 全員が一か所に集まるということは、見方を変えれば全員の所在が分かっているということ。

 加えて大半の生徒にしてみれば、全員が集合しているからこそそんな場所に誰かが近づいてくるとは考えず、却って油断が生まれる。

 

「点呼場所から見えないようにさえ気を付ければ、限りなく近くまで接近することも不可能じゃない。

 ましてBクラスのキャンプ地は見通しの悪い森の中。死角になる場所も多い。

 あとはスポットを見下ろせる手頃な木の上にカメラを配置すれば、即席の監視カメラが完成する」

 

 木の上であればスポットを人垣で囲われても中心を見通せる上、カメラが発見される可能性も低くなる。

 点呼に掛かる時間は整列も含め大凡10分~15分程度。

 隠密行動をしながら配置するには少々際どいところだが、高円寺程の身体能力があればそれも不可能ではないだろう。

 

「あとは日を改めて、人気の無い時間にカメラを回収すれば終了だ」

 

 回収だけなら、仕掛ける時ほど苦労はしないだろう。

 この作戦でネックとなるのはカメラを仕掛けるタイミングだ。

 

 カタログの仕様によると、カメラのバッテリー持続時間は3時間程度。つまりはその時間内に上手くスポット更新の瞬間を収めなくてはならない。

 逆にそれさえクリアしてしまえば、回収するのはいつでもいい。

 

 あとはどうやってスポット更新のタイミングを測るかだが――

 

(その辺りは、おそらく初日に確認したんだろう)

 

 更新周期を把握することに関しては、然程難しくない。

 Dクラスでは全員が集合する朝の点呼終了後にスポット更新ができるよう時間調整をした訳だが、Bクラス側も同じように更新周期を合わせるだろうことは容易に予想できる。

 

「以上が堀北の推測だ。何か間違いは有るか?」

 

「ハッハッハ、ブラボーブラボー。中々面白い推理だったよ」

 

 問いかけると、愉快気に手を叩きながら笑みを浮かべる高円寺。

 

「……認めるんだな?」

 

「さてどうだろうねぇ? 私はただ面白いと言っただけさ。何せその推理には証拠が無い。

 確かに私はカメラを購入したが、それを何に使ったのかまでは証明できないだろう?」

 

 一瞬、意外にもあっさりと認めるのだなと楽観的な思考を抱いたが、しかしやはりそう簡単にはいかないらしい。

 とはいえこの程度の事は想定内。惚ける高円寺に対し、綾小路は動じることなく言葉を続ける。

 

「証拠は無いが、邪魔はできる」

 

「ほう、どういう意味かな?」

 

「茶柱先生に確認した所、購入されたのはビデオカメラ一つだけだった。

 充電器や予備のバッテリーが無い以上、録画された映像を確認するには最低限、もう一つ予備のバッテリーを購入する必要がある。

 このことを他の生徒に相談して茶柱先生に張り付いてもらえば、バッテリーの交換を妨害することは容易い。平田辺りもこういうやり方は好まないだろうからな」

 

 おそらくは高円寺なりに慎重を期したのだろう。Bクラスにカメラを仕掛ける作戦も、必ずしも上手くいくとは限らない。

 いざ失敗した時にポイントを無駄にしない為にも、予備のバッテリーは成功した後で購入した方が理にかなってる。

 

「分からないねぇ。仮に君の言ったことが全てリアリィだとすれば、これでBクラスのリーダーは暴かれることになる。

 それの邪魔をして、君達にいったい何の得があると言うんだい?」

 

「Bクラスとは互いにリーダーを当てないという約定を結んでる。

 今の時点でそれを破り、関係が悪化するのは避けたいというのが、堀北の考えだ」

 

 実際は完全に綾小路の独断な訳だが、堀北も高円寺の行動を知れば止める事だろう。

 いくら口約束とはいえ、裏切りなど道理に反する行為をしてまで勝利を目指すという発想は堀北に無い。 

 

「おやおや、随分と手緩い考えだねぇ。

 ()()()()()()、これが一番イージーな展開だろうに」

 

「……どういう意味だ?」

 

 高円寺の言葉に妙な含みを感じた綾小路は、僅かに嫌な予感を感じながら問い返す。

 

「なに、君が()()()()()()()()()()()()を考えれば、ここでBクラスのリーダーを当てるのが一番楽だろうと思ったまでさ」

 

 その瞬間、綾小路は表情に出しこそしなかったが、割と本心から驚きの感情を抱いた。

 

(ッ、こいつだったのか……!)

 

 初日の茶柱との会話の際に感じた僅かな人の気配。気のせいかと思ったが、どうやらその気配の主は高円寺だったらしい。

 しかも今の口振りからして、会話の内容に関してもある程度把握されている様子。

 

「何のことだ?」

 

 ダメもとで、適当なブラフという僅かな可能性に賭けて惚けて見せるが、しかし高円寺は確信を持った表情で言葉を続ける。

 

「惚けるのは止め給え。先程から堀北ガールの名を繰り返しているが、あのガールにそこまでの答えを出す力はない。

 必死に誤魔化そうとする君はピエロのようで楽しめたが、それも飽きてきたのでね」

 

「…………」

 

 茶柱との会話を聞かれただけなら、自分の実力に関してそこまで深く知られてはいないだろう。

 白を切るのは無理にしても、果たしてどこまで曝け出していいものか。

 

 そう思い言葉に窮していると、追い打ちをかけるように高円寺が言葉を続けた。

 

「これでも、君の事はそれなりに評価してるのだよ。五条ボーイのプレッシャーに気付かなかった他の凡夫と違い、君だけは彼の実力に気付いていたようだからねぇ」

 

(なるほど……あの時点で違和感を持たれていた訳か)

 

 まさかあの場面で自分の様子にまで気付いていたとは思わず、予想以上の高円寺の観察力に舌を巻く綾小路。

 そこまで把握されているのであればこれ以上取り繕ったところで時間の無駄かと、綾小路は観念したように軽くため息を吐いた。

 

「……それで、お前は何が言いたいんだ? さっきの俺の話は、堀北のという部分さえ除けば嘘はないぞ」

 

「クエスチョンするのは私の方だよ。綾小路ボーイ。

 確かに私は君の言う通りBクラスにカメラを仕掛け、そのカメラも既に回収済みだ」

 

 ここにきて、先程の白々しい態度から一転、カメラの件をあっさり認める高円寺。

 綾小路が素を曝け出したことで、向こうも本音で語るつもりになったのか。

 

「その情報を使えば、ティーチャーからの条件など容易くクリアできるだろう。

 まさか君は本当に単なる口約束を守るために、その手段を放棄するつもりなのかな?」 

 

 高円寺の言うことは間違っていない。現状、Dクラスが1位を取るうえで最大の障害となるのはBクラスだ。

 そのBクラスのリーダーを当て、ポイントを奪うことが出来るのであれば勝率は格段に上がる。

 だが――

 

「……Bクラスのリーダーを当てるのは最後の手段だ。現状、Bクラスとの関係を悪化させたくないのは本当だからな」

 

 これに関しては嘘ではない。当初は綾小路も同じプランを考えていたが、堀北がBクラスに協力を申し出た時点でこのプランは捨てている。

 公平な試験の結果としてならまだしも、裏切った末の勝利となればクラス間の関係は決定的に決裂する。

 そして今のDクラスに、3クラス全てを敵に回して戦っていけるだけの力はない。

 

「何ともつまらない答えだねぇ。しかし生憎とそれを私が聞き入れる理由はない。

 得られる利益をみすみす捨てるなど、愚か者のすることさ」

 

「お前が納得しなくても、クラスの総意が得られないなら関係ない話だ。

 リーダーの情報が有ったとしても、結局最終日に指名さえしなければ意味は無いんだからな」

 

「フッ……君はどうやら勘違いしているようだ」

 

「勘違い?」

 

「私が君達の為に動いたと思ったかい? 残念だが、私は自分の利益の為に動いたに過ぎない。

 君達がリーダーを当てる気が無いというなら、他の方法で活用するまでさ。

 例えばそう――この情報をAクラスに提供し、対価として私が支払うポイントをフリーにしてもらうとかね」

 

「……なるほど。確かにそれは困るな」

 

 それが事実であるなら、見過ごせない話だ。

 Bクラスのポイントを下げるだけなら、他のクラスにリーダーを当ててもらうというのも、ある意味一つの手ではある。

 だがその場合、結果が発表された際にどのクラスがリーダーを当てたのかという話になりかねない。

 

 綾小路自身ポイントを得る手段は考えている。

 しかし例えば結果発表の時、Bクラスのポイントが減っており、Dクラスのポイントが増えていればどう思われるだろうか。

 

 事実がどうあれ、結果的にBクラス側はDクラスが裏切ったと認識し、両クラスの関係は瓦解するだろう。

 

 

 まぁ、もっとも――

 

「――お前に本当にその気があるのなら、だが」

  

 

 そう言いながら、綾小路はまるでそれがハッタリだと確信しているかのように、冷静な瞳で高円寺を見据えた。

 一切の迷いが無いその態度に、高円寺は演技なのか本気なのか、意外そうに目を見開いた。

 

「ほう……私の言った事がブラフだと?」

 

「俺は五条の事をよく知らないが、一昨日の言動からしてその手の道理に反する行動は嫌っているタイプだろう。

 既にあいつからの心証を悪くしてるお前が、更に不興を買うような行動をするとは考えにくい」

 

 それは高円寺がAクラスの取引を受け入れたことからも分かる事。この男の性格からして、本気で嫌なことであれば決して頷くことは無かっただろう。

 あの場面、高円寺が意見を撤回した時、綾小路には相手の機嫌をこれ以上損ねないようにしているように見えた。

 

「そもそも本当にそのつもりなら、わざわざ俺に明かす必要も無い筈だ」

 

 Aクラスと交渉するというなら、黙ってカメラを手にAクラスの下へ行けばいいだけ。わざわざこの場で、馬鹿正直に自分の狙いを話す理由は無い。

 それをしているということは、考えられるのは一つ。

 

「いい加減、お前の本当の狙いを言ったらどうだ?

 妙な脅しをかけて条件を引き出そうとしても、時間の無駄だぞ」

 

 こちらに対して何かしらの要望があり、プレッシャーを掛けているに他ならない。

 

 まるで全てを見透かすかのように、冷淡な視線を向ける綾小路。

 その視線を真っ向から受け止める高円寺は、しばしの沈黙の後にフッと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「……成程。どうやら私は君の事をまだ過小評価していたようだ」

 

(こちらとしては存分にしてくれてよかったんだがな)

 

「だが、自らを棚に上げるのは感心しないねぇ」

 

「どういう意味だ?」

 

「裏があるのは君も同じだろう? 

 Bクラスとの関係を守りたいだけなら、ここで私に固執する必要は無かった筈だからねぇ」

 

 高円寺の発言に関してもその通りである。

 ただBクラスのリーダー情報を守るだけなら、先程言った手段でバッテリーの交換を防げばいいだけ。まるで罪を暴こうとするように、ここで高円寺に執着する必要は無い。

 

「どうだい? お互い面倒な駆け引きは止めてもっとオープンに話をしないかい?」

 

(お前が言うか)

 

 ここまで話がややこしくなっているのはお前のせいだろ、と言いたいがそれを言ったらまた無駄に話が長くなる。

 綾小路は込みあがってきた文句の言葉を飲み込み、代わりに話の続きを促した。

 

「具体的にどうするつもりだ?」

 

「なに、君が欲しいのは私が購入したビデオカメラなのだろう? 何に使う気は知らないが、私に求める物などそれ以外に無いからねぇ」

 

(……やはりそこまで読まれているか)

 

 その通りだった。ズバリ的確に自分が欲していた物を言い当てられ、内心で軽く舌打ちする綾小路。

 

 学校側から購入できるカメラだが、実の所カメラ単品ではそれほど高い価格を設定されてはいなかった。

 この点はやはり充電の問題が有るせいだろう。なにせ充電手段を確保しない限り、カメラ単品では使い捨ての道具にしかならないのだから。

 

 そんな安いカメラだが、流石に二つも買えばポイントは嵩む。

 これ以上のポイント消費を避けたい綾小路としては、高円寺の購入したカメラを回収しておきたかった。

 

「安心し給え。何に使うかを詮索する気は無い。

 私はただ、提供する代わりに些細な願いを聞いて欲しいだけさ」

 

「……お前がAクラスに支払う分のポイントを立て替えろと言うなら、承服しかねるぞ。

 流石に毎月3万の支払いはキツイ。それなら普通に新しいカメラを購入する」

 

 高円寺が真っ先に言いだしそうな事を予想し、先んじて釘を刺しておく。

 正直、綾小路にとってもカメラは絶対必要というアイテムではない。無いなら無いで別の方法を考えるまでのこと。流石にそこまでの対価を支払って得たい物ではない。

 

「おやおや、この程度のポイントを惜しむとは何とも器の小さいボーイだ」

 

(だからお前が言うな)

 

 初日の取引でポイントを出し渋っていたのは誰だったのか。

 そんな白けた視線をふてぶてしくスルーしながら話を続ける高円寺。

 

「仕方がないからサービスしてあげよう。

 君が試験後に得る五条ボーイの情報、それをこちらにも提供すると約束するのであれば大人しくカメラも差し出そうじゃないか」

 

「……!」

 

 その要求に綾小路は驚くと同時に、しかし僅かな納得も抱いた。

 

(成程、それが狙いか)

 

 あるいは、この状況自体が全て計算づくだったのか。

 高円寺の行動に関しては少々腑に落ちない点があった。Bクラスにカメラを仕掛けたことを隠したいなら、どうして昨日の時点で自分の前に姿を現したのかと。

 それも綾小路に自分の行動を気付かせ、この状況をセッティングすること自体が狙いだったすれば説明もつく。

 

 しかし、同時に疑問もある。

 

「……どういうことだ。お前は既に五条のことを知っているんだろう?

 教師が得られる程度の情報を得て、何か意味があるのか?」

 

 綾小路としても、茶柱から得る情報でそこまで価値のある話が聞けるとは思っていない。

 あの高円寺がこれほどまで面倒な手間を掛けて、欲しいというのが教師から得られる程度の個人情報。

 まぁ、綾小路自身もそれを求めているので人の事は言えないが、少しばかり違和感を感じた。

 

「私が知っているのは彼のファミリーについてであって、彼個人ではないのだよ。

 先日は少し不用意な発言で彼の機嫌を害してしまったようなのでね。同じ失敗を繰り返さない為にも、少しでも情報を得るべきと考えたまでさ」

 

 ――同じ失敗を繰り返さない、それが意味するところはつまり、高円寺はまだ五条護と接点を持つ気でいるということ。

 

(つまり五条には、こいつが求めるだけの価値があるということか……)

 

「……分かった。対価に関してはそれでいい。あいつに関する情報を得たならそれをお前にも渡そう」

 

「納得してもらえて何よりだよ。もっとも、それも君がこのクラスを1位に出来なければ意味の無い話だが」

 

(よく言う……その点も含めて俺を試したんだろうに)

 

 あくまで推測だが、おそらく高円寺は先程のやり取りを通して自分を試したのだろうと綾小路は思った。

 高円寺が求めていたのが五条護の情報であるなら、茶柱に出されたDクラス1位は彼にとっても前提条件。

 もし綾小路がそれを成し遂げられないと判断したら、この男はBクラスとの協定など知ったことかとばかりに、勝手にリーダーを指名してその条件をクリアした筈だ。

 

「問題無い。そのための策は考えてある」

 

「ならば結構」

 

 逆に、大人しく綾小路の要望を受け入れたということは一定の信頼は得られたということ。

 その言葉が無根拠な自信に基づくものではないと分かったのか、高円寺は特に疑う様子も無く頷いた。

 

「ではカメラの隠し場所を教えよう。ここから30歩程進んだ茂みの中。

 目印としては近くに緑色の岩がある。少し探せば見つかるだろう」

 

「わかった」

 

 高円寺の足で30歩なら、自分の足ならもう少しかかるくらいか。

 脳内でザックリと計算を済ませた綾小路は、これでようやくこの面倒な男との会話を終えられるとホッとする。

 後は他の者達が起きて来る前にカメラを回収するだけ。そう思い、さっさとこの場を去ろうとした綾小路だったが、そこでふと踏み留まった。

 

(……折角の機会だ。聞いてみるか)

 

 それは本当ならばするつもりの無かった質問。

 しかし仮初とは言え、一応の協力関係を築けた今の高円寺なら少しはまともな回答が返ってくるのではないか。

 そんな思い付きから、綾小路は僅かな逡巡の後、思い切ったように一つの疑問を投げかけた。

 

「……ついでにもう一ついいか? お前がそこまで気に掛けるあいつ……五条護とは、一体何者なんだ?」

 

「何者か……どうやら、君は本当に彼の事を全く知らないようだねぇ」

 

 すると高円寺は、珍しくいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを潜め、まるでこちらを推し量ろうとするように、探るような視線を向けてきた。

 

「成程、事前知識も無く彼の異質さに気付けたのは大したものだ。

 誇り給え。この点に関しては素直に称賛の言葉を送ろう」

 

「そりゃどうも」

 

 そう言ってパチパチと拍手をする高円寺だが、生憎と欲しているのは称賛の言葉ではなく情報である。

 内心催促をするようにジトッとした目を向けると、しかし高円寺はわざとらしく肩をすくめて見せた。

 

「とはいえ、生憎と私から言えることは何もない。何せこの情報はトップシークレット。

 軽々しく口を開いて、これ以上の彼の不興を買いたくはないのでね」

 

「……つまり、資産家であるお前が不興を買いたくないと思う程度に、権力のある相手ということか」

 

 遠回しに、お前の家よりも格上の相手なのかと挑発的な意味を込めての発言。

 プライドの高い高円寺ならば、少しでも自分を軽んじられたと感じれば食いつくのではないか。そう思った綾小路だったが、しかし高円寺はそんな言葉など挑発とも受け取っていないようで、淡々と言葉を返した。

 

「フム……一つだけ忠告してあげよう。

 君が何故、力を隠しているのかは知らないし興味も無いが、目立たず凡庸な生活を望むのであれば覚えておき給え。

 この世には、人一人の人生など容易く握り潰せる者達が存在するということを。

 彼の事を調べようとするのは君の勝手だが、せいぜい目を付けられ、踏みつぶされないよう気を付けることだ」

 

(……単純に、権力がどうという話じゃなさそうだな)

 

 この世には、他人の人生など容易く歪められるだけの権力を持ち、且つそのことに対して何の良心の呵責も抱かぬ人間というものが存在する。

 綾小路とてその程度の事は知っている。他ならぬ自分の父親がそういう人間なのだから。

 

 しかしながら、今言っている事はそういう意味ではなさそうだ。

 なんとなく、高円寺の発言に違う含みを感じ取った綾小路は、背筋に何かうすら寒いものが這いずるような感覚を抱いた。

 

「もっとも、君がどうなろうと私の知ったことではないがね。

 では、私は散歩に戻らせてもらうよ」

 

 そう締めくくって、言いたいことは言ったとばかりに勝手に歩を進めだす高円寺。

 自身の忠告をどう受け止めたかなど興味の無い様子。本当に彼にとっては綾小路がどうなろうと知ったことではないのだろう。

 

(結局、五条のことは分からずじまいか……まぁいい。そもそもの目的はカメラだ)

 

 元々、高円寺に接触した目的はビデオカメラの回収である。色々と気になる事は増えたが、まず考えるべきは試験を無事に終わらせること。

 

(何はともあれ、これで最低限の準備は整った。あとは――)

 

「――あのクラスには潰れてもらうとするか」

 

 




 割とどうでもいい裏話

 ビデオカメラのポイントが意外と安いっていうのは、当作品の独自設定です。

 市販で売られているカメラの価格を考えれば、仮設トイレと同じかそれ以上のポイントが設定されていてもおかしくないけど、充電できなければほんの数時間程度しか使えない使い捨てアイテム。

 そんな物に20、30ポイントもの価格が設定されてるのも理不尽だよなと思った結果、それを踏まえて当作品内ではカメラ本体は10ポイント程度。バッテリー交換を頼んだ場合、その都度ポイントが掛かるという方式で考えました。

 ソーラー式のポータブル発電機とかもカタログに載ってるとは思うけど、多用途で使える分、カメラ本体よりかなりポイントは高くなりそうだなと予想。


 ちなみに今回、高円寺君は結局何をしたかったんだ? と思った方がいらっしゃるかと思ったのでこちらも一応ご説明。

 今回、彼が欲しかったのは綾小路君に言った通り、護君に関する情報です。
 呪術師について認識の甘かった彼ですが、実際に護君に会ったことで、こりゃ将来高い地位に就くには呪術師――特に御三家との繋がりは必須だわ、と再認識した結果このままじゃまずいなと。

 手始めに軽い情報収集に動いた訳ですが、綾小路君が実際に1位を取れるか懐疑的だったため、一応自分でも動いておこうと思った結果がこれ。

 ぶっちゃけ彼の行動に関しても展開的に然程意味は無かったんですが、このままじゃ言われっぱなしで終わるのもらしくないということでこうなりました。

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