よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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 なんだか段々と執筆速度が遅れてきている今日この頃。またも大変お待たせいたしましたこと、お詫び申し上げます。
 
 あと、以前活動報告でも少し述べたのですが前回の53話に関して、龍園君の行動について反則になるのではないかと感じている方が多いようだったので、少し修正を加えました。

 交渉の内容や龍園君の悪辣さに関してはほとんど変わっておりませんが、彼の行動がギリ学校のルールに触れないという部分を強調するような加筆をしました。

 前回特に気にならなかったという方は読み返さなくても大丈夫かとは思います。 
 
 ただ、もしこれでも違和感が残るという方がいらっしゃるようでしたら申し訳ありません。
 全ては私の技量不足が致すところ。これが今の限界であるとご容赦頂ければ幸いです。


54話 彼らは勝利を確信している

 

「――ってことがあったの」

 

 一之瀬の口から語られた龍園との交渉。その一連のやりとりを聞いた綾小路と堀北は、しばしの間無言で佇んでいたが、程なくしてまず堀北が口を開いた。

 

「……無茶苦茶ね。いくら何でもタチが悪すぎるわ」

 

 眉を顰めて、苛立ちの籠った呟きを漏らす堀北。ただ話を聞いただけだというのに、心底疲れた様子を見せる彼女に一之瀬も苦笑を浮かべる。

 

「あはは……ほんとだよねー」

 

「呑気に笑っている場合じゃないでしょう……。

 それで、さっき謝らなきゃと言ってたのは、その取引の事かしら?」

 

 その言葉に、笑みを潜めて一転バツが悪そうな表情を浮かべる一之瀬。

 

「……うん。仮にも先月は協力体制にあったのに、龍園君と手を組むような真似をして、堀北さん達としてはいい気はしないかなって」

 

 何とも律儀なことである。確かに先月は暴力事件の件でBクラスにも協力してもらったが、それだって所詮は単なる口約束。元々Bクラス側には利の薄い共闘だった上、こちらはその時の借りすらまだ返せてはいないというのに。

 

「気にすることないわ。そっちだって、別に結びたくて結んだ契約じゃないでしょうし」

 

 普段あまり人を気遣うことをしない堀北だが、流石にこのような話を聞かされれば同情の一つもするらしい。

 

「それより気になるのは龍園君の方ね。一応聞くけど、学校側には報告したの?

 いくら一度引き下がったといっても、何かしらの対策を講じないと、また妙な妨害をされないとも限らないわよ」

 

「うん、一応星之宮先生にも聞いてみたんだけどね。

 ただ、やっぱり学校側としてもよほどのトラブルが起きない限り、生徒の行動には干渉しない方針みたい。

 仮に龍園君があのまま強引にスポットに居座っていたとしても、減点以上のペナルティは期待できなかっただろうって」

 

「そう、厄介ね……」

 

 苦い表情を浮かべながら呟きを漏らす堀北に、綾小路も内心で同意する。

 

 結局の所、龍園がBクラスとの取引によって0ポイントという盾を手に入れたことに変わりはない。

 もしも龍園が今回のように、減点なんて知ったことかと他クラスのスポットを奪おうとした場合、それを防ぐ手立てはない。

 その場合は、綾小路もいよいよをもって、負傷による強引なリーダーのすげ替えを決行するしかなくなるだろう。

 

 しかしそんなこちらの不安に対し、一之瀬は安心させるようにニコリと微笑みながら言葉を返した。

 

「あ、けど大丈夫だよ。取引を受けたとしても、龍園君が妨害を止めるって保証が無いのは分かってたから。こっちとしても、そこは最低限の条件として付け加えさせてもらったよ。

 具体的には、もしもCクラスの生徒が他クラスのスポットを奪おうとした場合、その時点で取引は破棄。プライベートポイントの支払いもしないって風にね」

 

 その言葉に、堀北は珍妙なものを見るような目を一之瀬へと向けた。

 

「あなた、わざわざ他のクラスまで庇ったの?」

 

 試験の順位だけを考えるなら、自クラスの安全だけを考えればよかった筈。

 自分達だって余裕の無い状況で、わざわざ他クラスのことにまで配慮するなど、一之瀬のお人好し具合に呆れた表情を浮かべた。

 

「や~、庇ったとかそんな綺麗な理由じゃないよ。

 こっちとしても、できれば取引は帳消しになってくれた方がありがたいからね。他のクラスも条件に含めれば、少しはその確率も上がるかと思って」

 

 打算的な理由が有ったと語る一之瀬だが、それが単なる建前であるのは明白だった。

 そのような条件を付け加えた所で、折角結んだ取引を破算にするほど龍園も迂闊ではない。であれば、やはり安全を確保するのは自クラスのみにして、他クラスに対しては妨害の余地を残しておくのが一番合理的な選択だった筈だ。

 

 なんにせよDクラスとしては好都合だが。これで最低限、スポットに居座って奪われる心配()()は無くなった。

 

 そこまで考えた所で、綾小路は口を開く。

 

「確認したいことが有るんだが、Cクラスと結んだ契約に関して、具体的な内容を教えてもらってもいいか?

 ただスポットを奪わないって約束しただけだと、期限の切れたスポットなら奪うことにならないとか、妙な難癖をつけられかねないだろ?」

 

 学校側の監視体制がどの程度か不明な以上、契約における条件もある程度の具体性が求められる。でなければ、仮に違反行為をしたとしても、証拠が無いと言い張られてしまう可能性があるのだから。

 

「あはは。確かに、龍園君なら言い出しかねないね。

 じゃあ、順番に説明していくね。まず――」

 

 そう言って、一之瀬が語ったCクラスとの契約は以下のような内容だった。

 

 ・CクラスはBクラスが望む200ポイント分の物資を購入し、それをBクラスへと提供する。

 ・Bクラスは対価として卒業までの間、一人あたり2万ポイント分のプライベートポイントを龍園翔へと渡す。

 ・本試験中、Cクラスは他クラスがキャンプ地として設定したスポットは、例え占有時間が切れていても奪ってはならない。

 ・Cクラスは他クラスのスポットを無断で使用してはならない。なお、この使用には長期間スポットエリアに滞在することも含まれる。

 ・Cクラスがこれら違反行為に抵触した場合、契約を破棄する。なお、破棄した際も物資の所有権はBクラスのままとする。

 

「……これだけ?」

 

 一通りの要項を聞き終えた所で、堀北は渋い顔で呟きを漏らした。

 彼女の反応も無理はない。CクラスとBクラスの取り決めの内容はあまりにも簡素。

 自分達も、Aクラスとの取引では最低限の取り決めしかしなかったのであまり他人の事は言えないが、Bクラスがやられたことを考えれば、もう少し厳正な条件を付けても良かったはずだ。

 

「うん……本当は他クラスの妨害をしないようにって約束してもらえたらよかったんだけど、その妨害の内容を具体的にしないと約束はできないって言われちゃって。

 それに一度は断った取引を今度はこっちから申し入れたわけだからね。どうしても強くは出られなくて」

 

 交渉事というのは、基本的に申し出た側が不利になるものだ。受けるか受けないか、その選択権が相手側にある以上、足元を見られるのは必然の事。

 今回、最初にBクラスが取引を断ったのは、龍園にとってはまさしく理想的な流れだっただろう。結果的に、そのおかげで交渉のイニシアチブが逆転したのだから。

 

 ここまでの話を脳内で整理しているのか、考え込む素振りを見せる堀北。

 ほんの僅かな黙考の後、彼女は口を開いた。

 

「……龍園君があなた達のスポットを奪うつもりだったと言うなら、Cクラスのリーダーは彼なのかしら?」

 

「どうかな……ハッタリって風には見えなかったけど、龍園君の事だから実はそれも罠って可能性はあると思う。

 あの時は伊吹さんや石崎君も一緒に居たから、確実に龍園君がリーダーとは言い切れないかな」

 

「確かに、それもそうね。

 ……話は分かったわ。お礼と言うのもなんだけど、こちらも少し情報を提供するわ」

 

「情報?」

 

「実は私達も、昨日Aクラスから同じ取引を提案されたのよ」

 

「Aクラスと!?」

 

 予想外だったのか、目を見開き分かりやすく驚いた様子を見せる一之瀬。

 

「ええ、結論から言って、私達は150ポイント分の物資を同額のプライベートポイントで買い取ることになった。

 その交渉の際に言っていたことなのだけど、どうやらAクラスは大半の人員をリタイアさせて、少数精鋭でスポットの占有に動くみたい」

 

「……となると、龍園君が言ってたAクラスの作戦は間違ってなかったってことになるのかな?」

 

「そうね。思い返してみれば、向こうはスポットでポイントを稼ぐと言った時、リーダーがバレる不安なんて無いようだった。

 その坂柳さんがリーダーで、後々交代するつもりだというなら納得できるわ」

 

 どことなく興奮の色が混じって見える二人の声。

 綾小路としては既に察していた情報だが、彼女らにしてみればAクラスの作戦に確信が持てただけでも、十分に価値のある情報なのだろう。

 

「気になるのは、AクラスとCクラスが両方とも同じ作戦を取ったことね」

 

「偶然、とは思えないよね……」

 

 神妙な顔をして考え込む二人を見ながら、綾小路も内心で同意する。

 最初からポイントを投げ捨てるなんて作戦、普通ならそうそう思いつくものではない。

 まず間違いなく、この二クラスの行動には何かしらの関連が有ると考えるべきだ。

 

「龍園君が探索中にAクラスを見たという話から考えると、おそらく彼はそこでAクラスの作戦会議の様子でも見たんじゃないかしら?

 そこでポイントを譲渡する取引を知って自分達も真似をした。そう考えるのが自然だと思うのだけど」

 

「そう、なのかな……?」

 

 堀北の言葉に対し、どこか腑に落ちない様子を見せる一之瀬。

 そんな彼女の心情に同意するように、綾小路も内心でボソリと呟きを漏らした。 

 

(違うな)

 

 堀北にしてみれば、Aクラスの方がCクラスよりも優秀という認識が強いためそう思ってしまうのだろうが、しかし綾小路は知っている。

 先日、試験を開始してすぐの時点でAクラスがスポットの確保に動いていたことを。

 そしてそのスポット確保に動いていた男が、何故かその直後に自分達の前に現れ取引を持ち掛けてきたことを。

 

 仮に最初からスポットの独占と他クラスとの取引、その両方を想定していたと言うなら、五条護ばかりがそのために動き回っているのは明らかな体力と時間の無駄。

 

 つまり何かが有ったのだ。洞窟で姿を見かけてから取引を持ち掛けてくるまでの間に、作戦の方針を変えるだけの何かが。

 そう考えれば、Aが取引を持ち掛けるに至った狙い、その背景も自然と浮かび上がってくる。

 

「――一之瀬さん、一つ提案があるのだけどいいかしら?」

 

 と、そんな綾小路の思考を他所に、ふと堀北が何かを思いついたかのように声を上げた。

 

「うん、なにかな?」

 

「まず、一応確認したいのだけど、先月からの協力関係はまだ続いていると思っていいのよね?」

 

 ここまでの会話を考えれば今更な話だが、念の為にと問いかける堀北に対し、一之瀬は微笑みながら答える。

 

「私は少なくともそう思ってるよ」

 

「そう……それじゃあ一つ提案なのだけど、今回の試験もお互いのクラスで協力関係を結べないかしら?」

 

「協力っていうと、最終日のリーダー当てでお互いのクラスを除外したり、とかかな?」

 

「それもあるけど、後は物資の交換ね。お互い似たような取引を結んだ以上、これ以上のポイント使用を避けたいのは同じでしょう?

 そうなると、既に購入した物資でやりくりしないといけない。もし余っている物資が有ったら、それを交換し合うというのも手だと思うのだけど」

 

 当たり前のことだが、無人島でのサバイバル生活なんて誰にとっても経験の無い初めての事。

 日々の生活で何がどれくらい必要になるか、なんてこと分かる筈も無く、どれだけ綿密に計画を練ったところで誤算が出るのが当然だ。

 

 見積もりが甘かったせいで過剰に頼み過ぎた物資、逆に足りない物資。それぞれを他クラスと交換できるのであれば、ポイントの消費も最小限に抑えられる。

 

「堀北さんの方からそう言ってくれるとありがたいよ。ポイントで交換した物資以外にも、島で調達した食料とかが交換できれば食事のバリエーションも増えるし」

 

「じゃあ――」

 

「うん、私個人としては勿論オッケーだよ。けど、一応クラスの皆とも話し合っておきたいから、詳しいすり合わせはまた後でいいかな?」

 

「ええ、勿論。クラスメイトに話を通さなきゃいけないのはこちらも同じだもの」

 

 互いにメリットこそあれ、特にデメリットはない取引。これに反対する者は居ないだろうが、流石に物資全体の扱いとなると堀北個人に決める権限はない。

 

「それじゃあ細かい部分は後から決めるとして。

 私としては毎日頻繁に物資を交換するより、試験中に会う日を決めておいてその時だけ交換するって形式が良いと思うんだけど、その方向で進めていいかな?」

 

「そうね。あまり頻繁に交流を重ねてしまうと、相手に甘えてアレも寄越せコレも寄越せと言いだす人が出るかもしれないもの」

 

 協力関係を結ぶと言っても、根本的な部分ではクラス同士競い合っていることに変わりはない。

 そういった不和を防ぐためにも、一之瀬の申し出は妥当な線引きと言えるだろう。

 

「……とりあえずはこんなところかしら。あとは集まる時間と場所だけど――」

 

 そう言って、話し合いの時間と場の擦り合わせを始めた堀北と一之瀬。

 割り込む余地なく進んでいく会話に、綾小路は少々疎外感を感じたが、むしろ自分が口を挟まずに済むことをプラスに受け取ることにした。

 

 そうして一通りの打ち合わせが終わった所で、堀北が綾小路の方へと振り向いた。

 

「――それじゃあ、そろそろお暇させてもらうわ。行きましょう綾小路君」

 

「うん。じゃあまたね、綾小路君、堀北さん」

 

「ああ、また後で」

 

 挨拶もそこそこに、一之瀬に見送られながらBクラスのキャンプ地を後にする二人。

 しばらく歩き、人の気配も無くなったところで堀北が口を開いた。

 

「……色々と予想外のことが聞けたけど、こうなるとこの試験、ほとんど結果は決まったようなものね」

 

「どうしてそう思う?」

 

「だってそうでしょう。Aクラスがスポットを独占する以上、どのクラスもこれ以上のスポット獲得は不可能。

 スポットの更新が出来ない以上、どのクラスもリーダーが当てられないよう、守りを固めることが基本方針になる筈よ」

 

 この試験でポイントを獲得する方法は、スポットを更新するかリーダーを当てるかの二つのみ。

 Aクラスの作戦により、前者が不可能となった今、如何にしてリーダーを当てるかという部分に主眼が置かれるのは当然の流れだ。

 

「Aクラスのリーダーを当てるのは不可能な上、Bクラスも協定でリーダーを当てないと約束した。唯一可能性があるとすればCクラスだけど、肝心のスポットが無いんじゃカードを取り出す瞬間を見ることも出来ないわ」

 

(確かに、少し面倒なことになったな)

 

 その言葉に、綾小路も内心で素直に頷いた。

 正直、綾小路としてもBクラスとリーダー当てを避ける協定を結んだのは誤算だった。所詮口約束に過ぎないが、これを破ってしまえばクラス間の関係悪化は避けられないだろう。

 

 この時点で、Dクラスが他クラスのリーダーを当てられる可能性は、絶対とは行かないまでもほぼ潰えたと言える。

 

「私の予想じゃ、今回の試験はBクラスが1位で終わるわ。悔しいけど、向こうはDクラスの上位互換。取引で得たポイントのアドバンテージも向こうが上だもの」

 

「意外だな。負けると思ったのに、協力関係を提案したのか?」

 

「仕方ないでしょう? 元々リーダーを当てるなんて簡単にできる事じゃない。それなら取引をして、ポイントの消費を最小限に抑えた方が得だもの」

 

 堀北の見積もりは正しい。

 Bクラスの様子を見れば、Dクラスとの統率力の差は歴然だった。あの調子なら、当初の300ポイントを丸ごと残して試験を終える事すら十分に考えられる。

 

 だが――

 

「堀北、一つ賭けをしないか?」

 

「……なに、いきなり?」

 

 唐突な一言に怪訝な顔を浮かべる堀北。

 しかし綾小路は構わず言葉を続ける。

 

「もし今のお前の予想が当たっていたなら、俺は今後お前の望むままクラスに協力しよう」

 

「……ッ!」

 

 これまでの綾小路からは考えられない一言に、驚き目を見開く堀北。

 しかし流石に頭の回転が速いと言うべきか、話がここで終わらないと察したのだろう。彼女は鋭い目で綾小路を睨んだ。

 

「もし、外れていたら?」

 

「そう警戒するな。外れた場合でも、Aクラスに上がる為の手助けはしてもいい。だがその場合、俺に関しての詮索はせず、俺が目立つことの無いようにお前が矢面に立ってほしい」

 

 予想が当たっていても外れていても、どちらに転んでも堀北にはデメリットの無い条件。

 その提案に、彼女は本気で訳が分からないという表情を浮かべて問い返した。

 

「……どういう風の――いえ、そもそもどちらにしろ協力するというなら、その条件に意味は有るの?」

 

「ただ隠れ蓑になってくれと言っても、お前は納得しないだろう?」

 

 現状、堀北は綾小路が実力を隠していることを知ってはいても、それがどの程度のモノなのか分かってはいない。

 そんな状況で体のいい隠れ蓑として使われても、気分を害することにしかならないだろう。

 

「……いいわ。その上からの物言いは気に入らないけど、協力すると言うのなら乗ってあげる。

 けど一つ聞かせてちょうだい。私の予想が外れると言ったけど、それじゃああなたはどのクラスが勝つと言うの?」

 

 疑問気に問いかける堀北だが、彼女自身も綾小路が何と答えるかは予想できている筈だ。

 Bクラスが1位にならないというのなら、残る可能性はA、C、D。その内、Cクラスは半ばリタイア状態。Aクラスがスポット占有で獲得できるポイントにも限界はある。

 

 となれば、実質選択肢は一つ。

 

 それでも問いかけたのは、堀北自身ではどうしても勝ちの目が見いだせなかったが故か。

 不安と期待、そして好奇心、いくつもの感情で揺れる堀北の瞳に、しかし綾小路は確信の籠った声で答えた。

 

「Dクラスだ」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 堀北と綾小路がBクラスのキャンプ地に赴いていたのと同時刻。

 龍園翔は、他クラスのキャンプ地から随分と離れた森の中に居た。

 

「あぁ、Aクラスの連中がリタイアしただと?」

 

 彼の目の前には、男女合わせて4人のCクラスの生徒達。

 その内の一人、石崎が不機嫌そうな彼の言葉に答える。

 

「はい。Aクラスのキャンプ地を見てきましたけど、ほんの何人かの生徒がいるだけでした。

 点呼の時間になっても集まらねぇし、多分ウチと同じようにリタイアしたんじゃないかと」

 

「…………」

 

 石崎の言葉を聞き、無言で考え込む龍園。

 そんな彼に代わって、この場に居る中で唯一の女子、伊吹が口を開いた。

 

「どういうこと? Aクラスの連中もあんたと同じ作戦を取ったって訳?」

 

「実際居ないんだからそういうことだろ? あいつらも龍園さんの作戦の凄さに気付いて真似したんだって」

 

 疑問を抱いた様子も無く、誇らしげな口調で語る石崎。

 すると今度は、その隣に居る眼鏡をかけたオカッパ頭の男子、金田悟(かねださとる)が口を挟んだ。

 

「そうでしょうか? 龍園氏の作戦にはポイントを取引する他クラスの存在が必要です。我々がBと取引を結んだ今、残るはDクラスのみ。試験で得られるポイントを捨ててまで、見下してた相手と取引をするでしょうか?」

 

「けど、実際リタイアしてんだろ?」

 

「それは……そうなのですが……」

 

 違和感は有っても明確な理由も思いつかず言葉に詰まる金田。

 石崎の方は目にした事実だけを受け入れ深くは考えていない様子で、そんな彼に対し呆れた目を向ける伊吹。

 

 そんな中、ふと龍園が笑みを零した。

 

「……ククッ、なるほどな」

 

「何か分かったんスか? 龍園さん」

 

「どうやら連中は、これで俺の策に対抗してるつもりらしい。根本的な部分は何一つ解決しちゃいねぇってのに」

 

 石崎の問いかけに答えた、というより半ば独り言でも言っているような様子で語る龍園。

 疑問気な表情を浮かべる面々に、しかし龍園は構うことなく言葉を続ける。

 

「Aクラスのことはしばらく放って置いていい。お前らは分かれてBとDの連中を監視しろ」

 

「監視って……あんたがBクラスと結んだ取引のせいで、スポット周辺での監視は出来ないんでしょ?」

 

「心配すんな。あいつらと結んだ取引は、長時間スポットに居座らないってだけだ。スポットエリアの有効範囲なんざ具体的に計測出来やしねぇからな。

 気付かずエリアに入る可能性を踏まえれば、足を踏み入れた瞬間契約破棄なんて条件には出来ねぇのさ」

 

「なにそれ、すっごい屁理屈」

 

 龍園の身勝手な物言いが気に入らないのか、ドン引きしたように眉を顰める伊吹。

 

「ハッ、言ってろ。そもそも、俺はスポット周辺を見張れと言う気はねぇ」

 

「は? じゃあどこを見張れって言うのよ?」

 

「どこでもいい。お前らは他のクラスの連中に見つかっても、偶然踏み込んだと言い訳できるラインで適当な人間を監視してろ。

 重要なのは時間だ」

 

「時間?」

 

「連中を観察してりゃ、スポット更新のタイミングくらい分かんだろ。

 お前らはその時間、スポットの近くに居ない人間を洗い出せ」

 

 そこまで聞いて、ようやく龍園の狙いを察したのか金田が納得したような声を上げる。

 

「成程。消去法という訳ですね」

 

「そういうことだ。さっきは適当な奴を監視しろと言ったが、正確にはスポット更新の時間が過ぎる度にマークする相手は変えろ。

 仮に連中がスポットの周りを人垣で囲ったとしても、壁になってる人間が誰か特定出来りゃ候補からは外れる。

 そうやって毎時間リーダー候補を削っていけば、ある程度まで絞り込める」

 

「しかし龍園氏、いくらなんでもその方法で最後の一人まで絞り込むのは無理があるのでは?」

 

「構うかよ。候補が5人以下――いや、10人以下にでも絞り籠めりゃ上々だ。

 なにせこっちは外したところで減るポイントなんざ無いからな。博打を打つにしても、確率が1割以上もあるなら十分だ」

 

 そこまで話したところで、龍園は一度話を区切ると、何か質問は有るかとでも問いかけるように一同を睥睨した。

 

「……話は分かったけど、私他のクラスの連中とか、知らない奴の方が多いんだけど」

 

「う……龍園さんすんません。俺もちょっと自信ないっス」

 

「石崎、お前に渡したデジカメは何のためにあると思ってやがる。

 生徒の名前なんざ()()に入ってる。お前らは顔だけ記録しときゃいい」

 

 言いながら、龍園はトントンと自分の頭を指さした。

 龍園は、別段他の生徒より記憶力が良いわけではない。しかし、こと勝利に対する執念は他の一線を画すものがある。

 勝利の為に必要とあらば、他クラスの情報を調べるのも当然の事。その過程で、大凡の生徒の顔と名前に関しても記憶していた。

 

「他に質問がねぇなら話は終わりだ。ここに有る物資はお前らで好きに使え。中には双眼鏡もある。ゴミみたいな精度だが無いよりはマシだろう」

 

 学校側が用意した物資の中には、サバイバルなのだからある意味当然と言えるが望遠鏡の類も有った。

 もっとも、リーダー当てという要素を踏まえてなのか、高倍率の物となるとかなりの高額が設定されていたので、龍園が購入できたのは低倍率の双眼鏡だが。

 

「無線機は金田と伊吹で持て。何かあった時は、二人を経由して俺に報告しろ」

 

「分かりました」

 

「ウス」

 

「Yes Boss」

 

 龍園の言葉に、金田と石崎、そして今まで黙って佇んでいた残る一人の男子、山田アルベルトが頷く。

 しかしそんな中でただ一人、伊吹だけはムスッとした表情を浮かべていた。

 

「不満か? 伊吹」

 

「別に……私らが働いてる間、あんたはどうするのかって思っただけ」

 

 龍園は、正しく伊吹の不満の理由を理解していた。

 女子として、この島で過酷な1週間を過ごすことも勿論ストレスなのだろうが、それ以上に龍園が独断で作戦を決定し、尚且つその詳細を伝えられていないことが不満なのだろう。

 

「こっちはこっちでやることが有んだよ。BとDのリーダーを探るなんざオマケみたいなもんだ。本命は別にある」

 

 結局、具体的な事は何一つ分からない回答に、どうやらまともに答える気が無いと思ったのか伊吹はより深い渋面を浮かべる。

 そんな彼女に対し、龍園は余裕の笑みを携えながら言葉を続けた。

 

「ククッ……心配しないでも、その時が来ればお前にも教えてやる。事前に種明かしをするなんざ、あまりにも芸がねぇからな」

 

 

 


 

 

 

オマケ小話 ~ようじゅじゅさんぽ~ 「パンダの野望」

 

 

――8月2日 AM8:00――

 

 

真希 「あちぃ……」

 

棘  「おかかぁ……」

 

パンダ「夏だからなぁ……」

 

真希 「お前、毛刈れよ。見てるだけで暑苦しい」

 

パンダ「いきなり理不尽だな。俺の毛皮はお前らにとっての服なんだからな。ある意味パワハラでセクハラだぞそれ。いや~んって言うぞ? いや~んって」

 

憂太 「はは……けどパンダ君、実際その体で暑くないの?」

 

パンダ「まぁ暑いって感覚は有るけど、人間みたいにへばったりすることは無いなぁ。別に俺の体、水分とか必要ないし。冷たい物を飲みたいとか、海に行きたいとかいう感覚はよくわからん」

 

憂太 「へぇー、そうなんだ?」

 

 

 

蝉の声――ミーンミーンミーン…………

 

 

 

パンダ「……そういえば海で思い出したけど、聞いたか? 護の奴、この夏は学校の行事で南の島にバカンスに行ってるらしいぞ」

 

真希 「あぁ、そういや言ってたな。ったく、私らはこのクソ暑い中でも任務が入ってんのに、あいつだけ呑気に旅行かよ」

 

棘  「おかかぁ」

 

パンダ「ま、俺は海とか入れないし別にいいんだけどな。それでもいいよなぁ……旅行。俺ら修学旅行とかも無いし」

 

憂太 「あれ……けど皆、最近は海外の任務とかも護君に連れてってもらってるよね?」

 

パンダ「任務と旅行は別だろ。仕事じゃ碌に観光する時間もないし」

 

真希 「どこぞの目隠しバカは、任務だろうとお構いなしに遊び回ってるけどな」

 

憂太 (パンダ君の場合、普通の旅行でも観光とか出来ないんじゃ……)

 

パンダ「けどそうだよなぁ……どうせなら、一回くらい仕事と関係なく旅行とか連れてってほしいよなぁ」

 

真希 「なんなら、仕事が落ち着いたらどっか連れて行かせるか」

 

憂太 「ええ……それっていいのかなぁ」

 

パンダ「別にそれくらい護も気にしないだろ。聞いた話じゃ、悟なんか任務と関係ない所でしょっちゅう使ってるらしいぞ」

 

真希 「あいつはむしろ自重しろよ」

 

棘  「しゃけ」

 

パンダ「しかし海外旅行なぁ……お前ら行けるとしたらどこ行きたい?」

 

真希 「あー…………」

 

棘  「…………」

 

憂太 「…………」

 

パンダ「いや、旅行行きたいとか言って、誰も何も無しか!?」

 

真希 「うっせぇ! 急じゃ思いつかないんだよ! ってか、元々言い出したのお前だろ! お前はなんかないのかよ?」

 

パンダ「俺か? 俺はそうだなぁ……アフリカ」

 

真希 「は、アフリカ?」

 

憂太 「パンダ君が?」

 

棘  「こんぶ?」

 

 

――各自、サバンナに居るパンダをイメージ中――

 

 

棘  「おかか」

 

真希 「ダメだな」

 

パンダ「いや、何でだよ」

 

真希 「絵面っつーか、珍獣感がやばい」

 

棘  「しゃけ」

 

パンダ「いや、俺が自分で言うのもなんだけどパンダは珍獣だぞ」

 

真希 「そりゃそうだけど……何だサバンナに居るパンダって。シュールすぎんだろ」

 

棘  「しゃけ」

 

憂太 「ごめん、ちょっと否定できない」

 

パンダ「そんなダメか?」

 

真希 「つぅか、なんだってアフリカに行きたいんだよ」

 

パンダ「一度シマウマを殴るのが夢だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 どういう結末にするか、さんざん悩んだ今章の無人島試験ですが、とりあえず自分の中ではどのクラスを何ポイントで終了させるのか、大体の流れが確定しました。
 
 これで少しは執筆が進めばと思うのですが、今度はその結末に至らせるために、キャラクターの行動をどう描写したらいいのかという部分で悩み気味でして。
 流石に今回ほど遅くなることは無いようにと思うのですが、果たしてどうなるか。

 もういっそ、この試験結果だけ書いて終わりにしてしまいたいとすら思ってしまう。 




 あ、ついでに一つ設定補足。今回本編で語った望遠鏡の類が用意されていて、なおかつ高額に設定されているというは、本作の独自設定です。
 サバイバルなんだから望遠鏡とか用意されててもおかしくないけど、リーダー当てを考えたらチートアイテムだよなぁ、ということでこのような設定になりました。



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