よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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 今回のお話を始める前に、ご注意点があるので、ご説明させて頂きます。
 まず当作品、呪術廻戦クロスということで、物語開始時点で2017年という設定になっております。
 ここで問題となるのが、よう実側の暦。
 よう実原作において、2巻のスタートが7月1日月曜日となっていますが、当作品の場合、2017年のカレンダーに合わせている為7月1日が土曜日となっており、この辺り原作と少々ズレが発生しております。

 まぁ、だからと言って原作の流れに影響がある訳でもないのですが、7月スタート時点のポイント支給に触れない訳にもいかないと思ったので、一応ご説明させて頂きました。
 


44話 崩れる常識

 

「――というわけで、護君は呪術師だったんですよ」

 

「……は?」

 

 ニコリと微笑みながら語る有栖に対し、呆けた声を上げる神室。

 テーブルを挟んで向かい合う二人の間で、護はコポコポと湯呑にお茶を注ぎつつ思った。

 

(そりゃ、そういう反応にもなるわ)

 

 果たして、今の彼女の心情たるや如何なるものなのか。

 突然知り合いの部屋に呼び出されたと思いきや、まるで漫画や映画の設定のような話を、さも現実の事であるように語られる。

 

 真偽を考えるより先に、まず何の話? と思考が停止してしまうのも当然だろう。

 

 フリーズする神室の前に、今しがた淹れたお茶と茶菓子のロールケーキを置く護。

 そのカチャリという音で我に返ったのか、ようやく神室は口を開いた。

 

「……なにこれ、何の話?」

 

「ですから、先日起こった一件に関するお話ですよ?」

 

 そう言って、微笑みながら上品にお茶を口に運ぶ有栖。

 マイペースで悠然とした態度は普段通りと言えばそうなのだが、今はその上っ面で浮かべた笑みが、却って話を胡散臭くしている。

 

 説明しながらも、話を信じさせようという熱意の感じられない態度に、呆れたように溜め息を漏らす神室。

 

「あんたね……話したくないことがあるならそう言いなさいよ。

 そんな漫画みたいな作り話なんかして、馬鹿にしてるわけ?」

 

「心外ですね。こちらは誠意をもって正直に話したというのに。

 本気で誤魔化すつもりであれば、もう少しまともな嘘を吐きます」

 

「だったら、その呪いだとかが存在する証拠を見せてみなさいよ」

 

 そう言って、正面に座る有栖へと苛立ち交じりの視線を向ける神室。

 いつにも増して機嫌が悪く見えるのは、あるいは彼女なりに有栖の事を心配していたからかもしれない。誰だって、心配していた相手からふざけた話を聞かされれば怒るというものだ。

 

「証拠ですか……確かに、証拠もなく信じて頂くには少々突拍子もない話でしたね。

 では護君、お願いします」

 

「いきなりブン投げかい」

 

「私には呪術なんて使えませんから」

 

 それはそうだろう。証拠を見せろと言われたところで、有栖自身には何もできない訳で、護に話の矛先が向くのも当然の話。

 それでも、断りの一つも無く当たり前のようにブン投げてくるのはどうなのかと、釈然としない表情を浮かべる護。

 

 するとそこで、不機嫌そうな神室の視線が護へと移った。

 

「あんたも、呪いがどうとか本気で言ってる訳?」

 

 神室がそう問いかける一方で、話を振ってきた張本人である有栖は、素知らぬ顔で上品にお茶を飲んでいる始末だ。

 そんな有栖の態度に呆れつつ、護は仕方がないなと思いながら神室へと向き直った。

 

「まぁね……ま、とりあえず見ててよ」

 

 言いながら、護は左手で湯呑を吊り下げるように持ち上げる。

 そして神室に見せつけるように、ゆっくり視線の高さまで掲げたところで、護はパッと湯呑を持つ手を開いた。

 当然、支えの失った湯呑は重力に従って落ちるかに思われた、が――

 

 ――次の瞬間、神室が目にしたのは落ちることなく宙に浮く湯呑だった。

 

 護がやったことは単純。結界で湯呑を囲って落ちないようにしただけ。

 通常、呪術師が使う結界術が効果を発揮するのは“呪力にまつわるもの”のみ。呪力の籠らぬ物体などはすり抜けてしまうのだが、護の使う結界は空間操作を可能とする特殊な結界術。こういうこともできる。

 

「……何それ、手品?」

 

 目の前の光景に対し、僅かに目を見開き驚いた様子を見せる神室だが、やはりこの程度の現象ではインパクトが弱いらしい。

 

「糸で吊ってるように見える?」

 

 疑惑の視線を向ける神室に対し、逆に問い返す。

 問われた神室は湯呑へと手を伸ばすが、しかしその手は結界に阻まれて湯呑に触れられない。

 

「なにこれ?」

 

「あとは、こういうこともできる」

 

 そこでダメ押しとばかりに、護は意識を集中させて更なる変化を起こす。

 結界に覆われた湯呑。それが次の瞬間、スルリと結界をすり抜け落下した――中に入ったお茶だけを結界内に残して。

 

「は?」

 

 パシリと湯呑をキャッチすると同時、その光景を見た神室が呆気にとられた声を上げた。

 その目に映るのは、タプンと、まるで四角い器に入っているかのような形で、宙に留まる琥珀色のお茶。

 

 ただ物体が浮遊するだけならば手品ともとれる現象だが、中の液体だけが抜き取られる仕掛けなど思いもつかないだろう。

 

「器用なものだな。そんなこともできるのか」

 

 そう言ったのは、護の隣で先程まで神室とのやり取りを傍観者の如く眺めていた楓花。 

 

「まぁね。ほんの隠し芸みたいなもんだよ」

 

 ここまで見せればもう十分だろうと、結界の端に小さな穴を空け、お茶を湯呑へと移しながら言葉を続ける。

 

「一応呪霊を見えるようにする道具なんかもあるんだけど、生憎ここには呪霊がいないんでね。

 呪い云々の証明にはならないけど、少なくとも俺にこういう力が有るってのは分かってもらえただろ?」

 

「…………」

 

 護の問いかけに対し、黙って考え込む様子を見せる神室。

 やはりまだ完全に信じきれないのか、手品のタネを探そうとするかのように、今しがた結界があった場所を眺めている。

 

「信じられないって言うなら、別にそれでもいいさ。

 けど分かってほしいのは、あの日何が有ったか。神室さんの疑問に対して、こっちが返せる答えはこれ以上無いってこと」

 

 身も蓋も無いことを言ってしまうと、護にとっては神室が呪術を信じようが信じまいがどちらでもいい。

 有栖と違って、呪霊の気配を感じられる訳でもなく、実際に呪霊の恐ろしさを目の当たりにしていない人間。

 仮にその存在を知ったところで、日頃から恐怖を感じることは無いだろう。

 

 この場はあくまで、神室自身が納得するために設けた場なのだ。

 あの日何が有ったのか、良い言い訳も思いつかなかったため、包み隠さず説明しようと思っただけのこと。

 

 信じてもらえなかったとしても、それはそれで仕方がない。

 だが何を言われたところで、これ以上説明すべきことが無いのは一つの事実だ。

 

「…………」

 

 そのまま黙って考え込んでいた神室だが、しばらくすると深く息を吐いてようやく口を開いた。

 

「……わかった。ひとまず、それで納得しておくわよ」

 

「信じて頂けたようでなによりです。

 素直に自分の常識を曲げて納得を示せる潔さは、真澄さんの美徳ですね」

 

「……あんたに素直とか言われると、全く褒められてる気がしないんだけど」

 

「フフッ、そんなことはありませんよ。

 誰しも自分が抱く常識を否定するのは簡単な事ではありません。しかし真澄さんは、正しく現実を割り切って受け止めました。この賞賛は是非素直に受け取ってください」

 

「あっそ」

 

 色々と常識はずれな話を聞かされて疲れたのか、人心地つこうと目の前のロールケーキに手を伸ばす神室。

 切り分けたケーキに口を付けると、驚いた様子で目を見開いた。

 

「……おいしい」

 

 思わずといった様子でポツリと漏れた呟き。それに同意するように、護の隣に座った楓花も口を開く。

 

「確かに、このロールケーキはなかなかだな。学内のカフェでは見た覚えがないが、どこの物だ?」

 

「ん、ああ……山梨にあるケーキ屋。昨日仕事で行く用事があったから。折角なんでネットで評判のケーキを買ってきた」

 

「は、山梨?」

 

 護の発言に対し、またも呆気にとられた声を上げる神室。

 まぁ、本来敷地外に出ることを禁止しているこの学校だ。いきなり山梨に行ってきたと言われて、困惑してしまうのも仕方がない。

 

「呪術師の仕事でね。大っぴらにはできないけど、俺はちょいちょい学外に出たりしてるんだよ。偶に学校を休んでるのも、その用事のせい」

 

「……あんた、それ校則違反……っていうか、その呪いとかもだけど、私みたいな一般人にペラペラ話していいわけ?」

 

「良くはないよ。基本的に呪術の存在は秘匿されてるから、一般人に話すってのは褒められたことじゃない。

 けど、今回の件に関しては神室さんも巻き込まれた側だからね。最低限の説明はしても問題ない。

 世の中、呪いの被害に遭ってその存在を知った人間もそれなりにいるし、仮に吹聴されたって、信じる人間なんていないからね」

 

 つい今しがた、その常識外れな話を聞かされた身として、突然呪術だなんだと言われた人間がどう思うか、そんなことは神室自身よくわかっていることだろう。

 

「まぁ、そうかもだけど……」

 

「さっきも言ったけど、別に俺は信じてもらえないならそれでもいい。

 別に事情を知ったなら協力しろなんて言う気は無いし、神室さんはこれからも普通に学校生活を送ればいいさ」

 

 というか、むしろ神室の場合は半信半疑くらいの認知に留めてくれた方が丁度いい。

 呪霊なんて存在、見えない人間にとっては居ないも同じ。信じすぎないくらいが、却って恐怖も感じずに済むというものだ。

 

「普通にね……要は余計な詮索しないで、今まで通り坂柳に使われてろってことでしょ?」

 

 有栖に使われるという点に関しては護の関与する話ではないが、詮索するなと言いたかったことに関しては間違っていない。

 今の言い回しで理解してくれる辺り、何気に神室もなかなかどうして頭の回転が速い。

 

「使われるだなんて、人聞きが悪いですね。私は純粋に友人として、真澄さんを頼りにしているだけですのに」

 

 そう言いながら、落ち込んだ素振りを見せる有栖。

 しかしこんな彼女のわざとらしい態度にも慣れたもので、神室はサラリと受け流しながら言葉を続けた。

 

「言い方なんて、なんだっていいわよ。

 で、鬼龍院先輩もあんたが言うところの呪術師ってこと?」

 

「ああ、楓花に関しちゃ呪術師って言うか、見習いって感じ。

 この学校に入ってから見えるようになったらしくて、否応なしに呪霊が見えるから色々と教えてるとこなんだけど――」

 

 何でもないことのようにサラリと説明する護。しかし、何故かその言葉を聞いた神室は怪訝と僅かに眉を顰めた。

 その態度に、何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げる。

 

「俺、なんか変な事言った?」

 

「変っていうか……別にどうでもいいんだけど、先輩の事呼び捨てにしてたから」

 

「あー…………」

 

 言われ、そういえばと思う。自分はいつから楓花の事を『楓花』と呼び捨てにしていただろうかと。

 その反応を見て、楓花が愉快気な笑みを浮かべる。

 

「なんだ、意識していなかったのか。

 つまりそれだけ自然に、私に対し親近感を感じていたということかな?」

 

 普段であれば揶揄うなと諫める場面。しかし自身の内面を客観的に分析しようとしていた護は、楓花に言われたことが不思議としっくりきて、自然と頷いていた。

 

「……ああ、そうかもな」

 

 深く考えることなく紡がれた言葉。

 実際、護自身は他人の呼称に関して特に拘りがある訳ではない。単に自分自身が呼びやすいように呼んでいるだけだ。

 普段、兄が失った礼節という物を自分は無くさないようにと心掛けている為、今の言葉使いが染み付いているが、本来の護の口調はどちらかと言うと素の兄に近い。

 

 自然と敬称が外れていたということは、それだけ素が出てたということ。ある程度近しい距離感と感じていたからこそと考えれば、楓花の言葉はあながち間違っていない。

 

 素直に肯定されると思っていなかったのか、目を丸くする楓花。

 

「フフッ……そうか、お前にとって私は近しい相手か……」

 

 すぐさま気を取り直し再び笑みを浮かべるが、しかし何故かその表情は、先程の揶揄うようなものと違って、何かを堪えているかのように見えた。

 

 すると今度は、そのやり取りを見ていた有栖が口を開く。

 

「親近感ですか……しかし妙ですね。親しいと言うのであれば、高専の方々に対しても護君は敬称を付けていたように思いますが。護君の中では何か基準が有ったりするのですか?」

 

 何故だろう。微笑みを浮かべている有栖だが、何故かその笑みからは妙な“圧”が感じられる。

 別にそれが怖いということは無いのだが、その不思議な迫力に若干引き気味になりつつ、護は言葉を返した。

 

「いや、別に明確な基準がある訳じゃないよ。そうだな……改めて考えると何だろ?

 例えばパンダとかも、最初は君付けで呼んでたけど今更アレに敬称付ける気にはなんないし……」

 

「は、パンダ?」

 

「あ、うんごめん。そこは気にしないで」

 

 いきなり出てきたパンダの単語に困惑する神室。

 パンダを知らない相手の前で言うべきことではなかったなと思いながら、ともあれ話を続ける。

 

「……しいて言うなら、遠慮が要らないと思った相手か。

 あとは敵とか、仲良くする必要が無いと思った相手にも敬称なんて付けないし」

 

 そういう意味では、真希や狗巻に対して未だにさん付け君付けで呼んでいるのも、完全に遠慮が抜けきっていないからだと言える。

 彼女らとは入学前から面識はあるものの、あくまで家同士の繋がりで何度か顔を会わせた程度。友人として付き合いがあった訳でもなく、微妙に一線を引いているのが今の距離感だ。

 

「なるほど、遠慮ですか……」

 

 そう言って、思案気な表情を浮かべる有栖。

 たかだか呼び方一つで、何でこんな神妙な表情を浮かべているんだと思いながら、続く言葉を待つ。

 

「そう言うことでしたら、私の事も呼び捨てで呼んでは頂けませんか?

 鬼龍院先輩が呼び捨てにされているというのに、私だけ敬称を付けられるというのは、壁があるようで寂しいですから」

 

 まるで楓花に対抗しているかのような物言い。

 確かに、よくよく考えてみれば付き合いの長さであれば楓花よりも有栖の方が長い。

 そんな中、楓花の方が親しいような言われ方をされれば、有栖にしてみれば友人として負けているように感じてしまうのかもしれない。

 

 有栖の言動を見て、護はそのように解釈した。

 

「呼び捨てにしろって言うならそう呼ぶけどさ。じゃあ、これからは有栖って呼ぶぞ?」

 

 別段呼び方に拘りの無い護としては、拒否する理由も無いので素直に了承する。

 

 実際、以前にもある人物から同じように敬称を付けずに呼んでくれと頼まれたこともある。

 まぁその人物に関しては『君付けするの止めてもらえません? なんか、五条先生にそう呼ばれてるみたいで気持ち悪いんで』という、有栖とは違った可愛げのない理由なのだが。

 

「はい、是非そうして下さい」

 

 素直に嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を返す有栖。

 

(こういうところは子供っぽいんだよなぁ……)

 

 その笑みを向けられ、内心でそんなことを思う護。

 すると、それを見ていた神室がポツリと呟いた。

 

「女たらし……」

 

「いや、何でだよ」

 

 今のやり取りを見て、どうしてそんな感想になるのかとツッコミを入れる。

 

「別に……ただ、あんた達も今どんな噂が広まってるか知らない訳じゃないでしょ?

 学校でもその調子だったら、更に噂が加速するわよ」

 

 神室が言っているのは、例の護が二股を掛けているとかいう噂の事だろう。

 護としては、呼び方一つで大袈裟なと言いたいところであるが、傍から見たら親密度が上がったように見られる可能性は十分ある。

 

「フフッ、ご心配には及びません。この手の噂は当人たちが素知らぬ顔をしていれば自然と鎮静化するものです。今後クラス争いが本格化すれば、噂に現を抜かす方も減ってくるでしょう」

 

「それはそうかもしれないけど……ほんとにいいわけ? 学校をサボって遊んでると思われてるせいで、クラスじゃ五条だけじゃなく、あんたの評価も下がりだしてるわよ」

 

「それに関しても問題はありません。現状、多少評価が下がったとしても、いずれクラス対抗の試験が始まれば皆さん自ずと分かるでしょう。

 誰についていくことが、自分達にとって最良の結果に繋がるのか」

 

 自信に満ちた有栖の言葉。

 その瞳には、ここ最近は鳴りを潜めていた獰猛な肉食獣を思わせる好戦的な色が浮かんでおり、それを見た神室は気圧されたように僅かに息を呑んだ。

 

「ッ……結果って言っても、あんた夏休みの試験には参加しないって言ってなかった?」

 

「ああ、以前にお話ししたプランに関しては一旦忘れてください。今は少々違うプランを考えていますので」

 

「違うプラン?」

 

「今は少々不確定な部分が多いのですが、そうですね……そのお話をする前に一つ確認しておきたいことが有るのですが――護君、いいでしょうか?」

 

「ん、俺?」

 

「はい。今後、クラス対抗の試験が有った際は、葛城君ではなく私について頂けると考えてよろしいですか?」

 

 今までの護のクラスにおけるスタンスは中立。以前にも有栖には、どちらにも肩入れすることは無いと伝えており、それを覆したことは無い。

 しかし今、自分に味方することを確認の体で問いかけてくるあたり、状況が変わったことを正しく理解しているのだろう。

 

「ああ、それでいい。君が俺の動き易いよう協力してくれるなら、俺の方も君に対してできる限りの協力はする」

 

 以前との違い。それは有栖が呪術について知ったこと。

 こちらの事情について知った今、有栖がクラスの実権を握ってくれた方が護としても動き易くなる。

 

「つっても、あくまで状況次第だけどな。俺は自分の仕事を優先させてもらうし、仮に君のやり方が気に入らない場合、従うことは無いと思ってくれ」

 

「勿論です。私としても、護君の行動を阻害することは望ましくありませんから」

 

 素直な有栖の返答。

 実際に呪霊に襲われた身として、護に対して助力することが自身の安全にも繋がることを自覚しているのだろう。

 

「……それで、結局試験の話は?」

 

 有栖の問いかけが済んだところで、話を引き戻すべく神室が口を開く。

 

「そうでしたね。では、護君の協力が取り次げたのでお話ししますが、次の試験には私もついていこうかと思っています」

 

「は!?」

 

 驚きの声を上げる神室。

 しかし驚いたのは神室だけではない。護も先程似たような話は聞いていたが、その時はあくまで参加するかもという話だった。

 しかし今、有栖は護の協力を得られたのでついていくと言い切った。つまるところ、有栖が先程言っていた想定している候補とやらには、最初から護の存在が組み込まれていたのだろう。

 

「……その体でサバイバルとか、正気?」

 

 当然と言えば当然の疑問。ついでに言うならば、仮に有栖が参加する場合、その間の介助を誰が行うかという点も察しているのだろう。

 神室の表情には面倒臭そうな雰囲気が滲み出ている。

 

「フフッ、ご心配頂きありがとうございます」

 

 有栖にしても、神室の面倒そうな雰囲気は感じ取っている筈だが、欠片も気にしていない辺り流石肝が太い。

 

「真澄さんには特別にお教えしますが、実は私の疾患に関して、治る見込みが出て来たんです」

 

「はぁ!?」

 

 先程よりも、一層大きく驚きの声を上げる神室。

 

「呪術を用いた医療です。真澄さんから見れば疑わしく感じてしまうかもしれませんが、事実として一時的な快復はすでに確認できています」

 

「また呪術ね……」

 

「本当に完全に治るのか、試験までにどれだけ改善できるのかは不明ですが、少なくとも護君が傍に居れば、危険な状態に陥ることは無いでしょう。

 勿論試験のルール次第では即座に棄権するつもりですが、可能であれば指示できる場所で、直々に指揮を執ろうかと考えています」

 

「……ああ、そう」

 

 疲れたように呟く神室。

 あまりの情報量に流石にキャパオーバーになったのか、頭痛を堪えるように机に肘をつき額に手を当てる。

 

(大変だな、この人も)

 

 思えば彼女、今日この部屋に来てから、困惑と驚きの連続である。

 色々と情報量の多い話に振り回される姿に同情しつつ、護はひっそりと神室にお茶のおかわりを注いだ。

 

「試験の折は、真澄さんにもサポートして頂くことになるでしょう。ご迷惑をおかけするとは思いますが、どうかよろしくお願いしますね」

 

 『お願いできますか?』ではなく『お願いしますね』という断定な辺り、全く以て遠慮が無い。

 その言葉を聞き、神室は諦めたかのように深くため息を吐いた。

 

「……もう、好きにすれば」

 

 それだけ言うと、神室は深く考えることを止めたのか、黙々と手元のケーキを食べることに集中し出した。

 

「……ケーキ、おかわりいる?」

 

「ん、いる。あとお茶よりココア飲みたい」

 

「私も頼もう。ああ、飲み物はお茶のままでいい」

 

「私もお願いします」

 

 神室に問いかけたつもりだったのだが、それに便乗して楓花と有栖からもおかわりの要求が飛ぶ。

 

「はいはい」

 

 まぁ、一人分用意するのも、三人分用意するのも手間としては変わらないと、キッチンへと向かう。

 

 神室の要求にあったココアに必要な牛乳とパウダーは、生憎この部屋には無いので、仕方なく一旦学外のマンションへと手早く転移して持ってくる。

 そして、牛乳を火にかけて温めている間に、冷蔵庫からロールケーキを取り出して切り分ける。

 

 牛乳が手頃な温度に温まったところで、火からおろしてココアを作る。

 

 大体、時間にして十分足らず。そうこうして、出来上がったココアとケーキを盆に乗せて戻った護は、三人の前にそれぞれケーキと神室にはココアを差し出した。

 

 差し出されたココアを一口飲み、フゥと息を吐く神室。

 

「丁度いい温度……ココア作るの上手いわね」

 

「俺も偶に飲むからな。ぬる過ぎず熱すぎず、その辺りの見極めは得意。牛乳の膜とか嫌いだし」

 

「あー、わかる。見た目も飲み心地も悪いのよ。栄養豊富とか言ってるけど、どうせ牛乳まるまる飲めば、含まれてる栄養なんて変わらないじゃない」

 

「それな」

 

 ふとしたことから花が咲いたココア談議。どうやら、神室の方も護が席を外した時間で大分落ち着いたらしい。

 

 そのまましばらく、各々ケーキとお茶に舌鼓を打つだけの時間が過ぎたところで、ふと神室が思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば……昨日ポイントが入ってなかったんだけど、それってあんた達が原因?」

 

 言われ、護達も思い出す。

 昨日は7月1日の土曜日。プライベートポイントの支給日であったのだが、しかし端末にポイントは振り込まれてなかったのだ。

 代わりに、学校側から送られてきたのは一通のメール。現在トラブルが発生しており、ポイントの支給が遅れている事を知らせる文章だった。

 

 確かに、そのトラブルの内容が、火曜に起こった襲撃事件ではないかと問われると、護としても完全に否定はできない。

 

「んー……どうだろ。事件の後処理でごたついてはいるみたいだったけど、それでポイントの支給に影響が出るかって言われると……」

 

「いや、おそらくそれは無いだろう」

 

 しかし、悩む護に代わって、楓花が答えた。

 護は楓花へと視線を向けて、問いかける。

 

「その心は?」

 

「簡単な事だ。ポイントが支給されていないのは1年だけだからな。私の方には、そのようなメールは無く、ポイントも振り込まれていた。

 仮に、システムに何かしら問題が発生しているのであれば、学年問わず遅れてる筈だろう?」

 

「それもそうか……」

 

 確かに、3年生がどうかは知らないが、2年生の方に問題なく支給されているのであれば、システム自体の問題とは考えにくい。

 

「つまりそのトラブルって言うのは、主に1年が中心で起こってることか……」

 

 そこまで考えて、護は何となく嫌な考えが頭に浮かぶ。

 

(……俺の暴れる姿が、監視カメラに映ってたとかじゃねぇよな?)

 

 一応監視カメラの映像は理事長に手を回して精査してもらった筈だが、仮にそれに漏れが有ったりして、事情を知らない人間の目に留まったという可能性もゼロではない。

 

 というか、仮にそうでなくとも、護自身立場上かなりの問題児であるという自覚はあるので、トラブルと聞けば絶対関わってないと言い切ることが出来ない。

 

「なんにしても、現状では情報が少なすぎますね。明日になれば、学校側からも何かしらの連絡がある筈です。それを待つしかないでしょう」

 

「……そうだな」

 

 内心コッソリ不安を抱きながら、有栖の言葉に同意する護。

 そのトラブルの内容が何であれ、既に起こってしまったことに変わりはないのだ。今は下手に悩むより、流れに身を任せるべきだろう。

 

(なんにせよ、もう7月か……)

 

 入学してからもう3か月――いやまだ3か月しか経ってないと言うべきか。なんとも密度の濃い時間を過ごしたものである。

 

 とはいえ、呑気に感慨にふけっても居られない。

 これからの季節、呪霊の発生が増すのもそうだが、学校のカリキュラムが苛烈を極めるのも、おそらくここからが本番だ。

 

 それを考えれば、むしろこれまでの日々はまだ平和だった方かもしれない――特級呪詛師襲来という厄ネタは除くとして。

 

 

 

 ――夏本番。呪霊もイベントも、真っ盛りの季節が始まろうとしていた。

 

 





 活動報告欄では10日に投稿すると言っておきながら、遅れてしまい申し訳ありません!

 後、今回本当は翌日に跨いで暴力事件にも少し触れようかとも思ったんですが、キリが悪くなりそうだったのでこのような形に。

 前々話の後書きで、7月の話で1、2話挟んで無人島編に飛ぶと言ったのですが、暴力事件にサラッと触れる為もう1話だけ挟むかもです。
 もしくは、冒頭でサラッと触れるだけにしてそのまま無人島編に入るか。

 いちいち予定がブレッブレになってしまい申し訳ありません!


 あと、今後しばらくは次の投稿予定日に関して、その回の投稿から3~4日過ぎたあたりで進捗を鑑みて、報告欄にて予告しようかと思います。
 どうも私、締め切り設定して追い込まないと文章出てこないようなので。

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