よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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3章 夏季行事遍
43話 変わりゆく日常


 

 日曜日である。

 

 思い返せば、護にとってこの一週間は激動の日々だった。

 先週の土日にあったエジプト出張に始まり、月曜日は有栖とのチェスで気の休まらぬ時間を過ごし、火曜日は夏油の襲撃。続く水曜日は高専にて騒々しい連中に絡まれる。

 残る木曜と金曜は普通に登校したものの、呪力も疲労も回復しきっておらず、加えてクラスメイト達からは妙な注目をされる始末。

 

 そしてこれだけ騒々しい日常を送っていても、呪霊事件はこちらの都合にお構いなしに起こる訳で、土曜も土曜で任務に追われ、ようやく迎えた日曜日。

 

 久方ぶりに訪れた完全オフの休日。

 

 幾ら超人染みた能力を持っている呪術師と言えど、体はあくまで普通の人間である。

 日頃からこまめに休息を取ってはいても、疲れと言うのは気付かぬうちに蓄積していくもの。

 

 ガス抜きができる纏まった時間というのは中々に貴重なもので、護にとってもこの日は気ままに過ごせる絶好の休息日――

 

 ――の、筈だった。

 

 

 場所は学生寮の自室。

 護はベッドに腰掛けながら、その手でゲームのコントローラーを握っていた。

 元々護自身、ゲームは嫌いな訳ではないが別段好んでもいない。むしろ暇な時間があれば読書をするタイプで、この光景自体ある意味珍しいと言えるのだが、今この場においてはそれを一層異様なものに引き立てる存在があった。

 

 護の両脇に並んで座る、二人の女子の存在が。

 

「このピンクのキャラクターは、こんなに丸いフォルムでどのように攻撃するのでしょうか?」

 

「気に入ったのなら使ってみればいい。どれ、折角だから私も似たキャラを使ってみよう」

 

 護の隣で、同じようにコントローラーを持って並ぶ二人の少女、楓花と有栖。

 自らを挟んで会話する二人を横目に、護は微妙な表情で呟いた。

 

「…………君ら、テレビゲームとかホント似合わねぇな」

 

 この珍妙な状況に対しどうしてこうなったと、内心で自問する護。

 いや理由は分かっている、分かってはいるのだ。

 

 この監視カメラ溢れる学校の中、落ち着いて密談ができる場所など限られている。

 そこで物が少ない護の部屋がまず会合の場として選ばれ、そして現在、話し合いに必要な()()()()が到着するまで暇潰しにゲームでもしようか、となったのが今の状況だ。

 

「おや、私達がゲームをするのはそんなにおかしいですか?」

 

 護の言葉に対し、笑みを浮かべながら首を傾げる有栖。

 

「いや、おかしいっていうか絵面がよ……場違い感が凄い」

 

 殺風景な男部屋。そこのベッドの上に男女が並んで座ってる光景だけでも異様だというのに、それが浮世離れした美少女達で、似合わないゲームのコントローラーなどを握っているのだから、シュールとしか言いようがない。

 

「フム、場違い感か……確かに。そもそもベッドは座るためのものではないからな。やはり最低限背もたれは欲しい所か」

 

(いや、そういう問題でもない)

 

 楓花の言葉に内心でツッコミを入れるが、しかしならば何が問題なのかとも上手く形容できない為、思うに留める。

 

「どうせならソファでも買うとしようか。3人掛けの物でいいな?」

 

「それでしたら私も半分出しますので、できるだけ良い物を選びましょうか」

 

「オイこら、人の部屋勝手に模様替えしようとすんな」

 

 流石に護に代金を払うことまでは求めていないようだが、自腹ならいいという問題じゃない。

 ただでさえ一人暮らし用の狭い部屋。ソファなんて場所を圧迫する物、本人の断りも無しに置こうとするのは如何なものなのか。

 非難と呆れの混じった護の視線に対し、しかし楓花は気にした様子もなく言葉を返す。

 

「いいじゃないか。この部屋を見た限り、普段はあまり使っていないのだろう? 邪魔になることもあるまい。

 今後も集まることを考えれば、決して損にはならんと思うが?」

 

 楓花をこの部屋に招くのは初めてだが、やはり流石の洞察力と言うべきか、護が普段この部屋を使っていないことを容易く見破ってきた。

 

 事実、普段から慣れ親しんだ学外にあるマンションの方で過ごすことが多い護としては、正直この部屋が多少手狭になったところでどうということは無い。

 不本意ながら、この場所が密談をする上で適した場所であることもまた事実。その為に過ごしやすい環境を整えるという点に関して、あながち楓花の言葉は否定できなかった。

 

 そこで更に畳みかけるように楓花の言葉が続く。

 

「私としても、個人レッスンをしてくれるというならそれに越したことは無いが、理事長から坂柳の事も頼まれているのだろう?

 効率を考えるなら、こうして集まれる場を整えた方が良いと思うが?」

 

 そもそも、何故に呪術を教えている楓花ばかりでなく有栖までもが同席することを考えなくてはいけないのか。

 それは先日の一件により、有栖が完全に“見える”ようになったからである。

 

 元々感覚の鋭い方であった有栖だが、どうやら濃密な呪力に中てられたことで、はっきりと呪霊を認識できるようになったらしい。

 

 これを知り、理事長は護に対し娘に呪術界について教えてやってほしいと頼んだ。

 彼女を呪術師として鍛えてほしいという話ではない。望まれたのは、あくまで基礎知識を教える程度。

 呪霊が見えるようになったこと、自らの政治的な立場を踏まえ、今後の為にもある程度の知識は有った方が良いだろうとの判断だ。

 

 しかしながら護も暇ではない。幾ら普段有栖と過ごす時間が多いと言っても、学校で呪術の話をする訳にもいかず、一々人目を避けて場を設けるのも手間がかかる。

 

 結果、今後は楓花への呪術講義に有栖も参加することになった訳である。元々楓花に対しても呪術の深い部分までは教えていない現状、そこに混ざっても問題はないとの判断だ。

 

 それを踏まえれば、確かに楓花の言には一定の利が含まれている。別段護の懐が痛む訳でもないので、そこまで強く拒否する話でもない様に思える――が、問題が一つ。

 

「君らさぁ……俺が今学校でなんて噂されてるか分かってる?

 二股かけてるスケコマシとか思われてんだぞ。何度も部屋に出入りしてる姿を見られたら、噂が加速するだろうが」

 

 現在学校では、主に1年Aクラスを中心にしてある噂が囁かれていた。

 

 ――五条護は、学校を休んで女と遊び歩いていると。

 

 幸い、全員がそれを信じている訳ではないようだが、今までの学校生活で他者との交流を疎かにしてきたツケか、好奇や疑惑の視線を向けてくる者は(こと)(ほか)多かった。

 

「フフ、両手に花ですね」

 

「男冥利に尽きるじゃないか」

 

「彼岸花の束でも抱えさせられてんのか俺は」

 

「おや、ご存じありませんか? 彼岸花には『情熱』という花言葉もあるのですよ?」

 

「それ以上に、物騒な花言葉の方が多いんだが?」

 

 彼岸花――秋の彼岸頃に咲くことからこの名が付いたとされているが、ある一説では花自体に毒性がある事から食べたら彼岸(死後の世界)に向かうという意味でその名が付いたともされている。

 またその赤い花が血や炎を連想させることもあり、花言葉も死を連想させるものが多いという、物騒なイメージの花である。

 

 と、そんなことを言い合っているとカチャカチャと動かしていたコントローラーの手を止めて、楓花が口を開いた。

 

「……フム、操作方法は大体覚えた。私はいつでもいいぞ」

 

「こちらも問題ありません」

 

「いや話逸らそうとすんな。君らだって他人事じゃねぇだろ」

 

 二股を掛けている男というのも大概だが、二股を掛けられている女性というのも傍から見ての外聞はあまり良ろしくない。

 少しは危機感を抱けとツッコミを入れる護だが、しかし二人は余裕の態度を崩さない。

 

「フッ、お前は私にこのような噂が広まって困る友人が居ると思うか?」

 

「威張んな」

 

「私も、昔からこのような体ですから好奇の視線には慣れてますし」

 

「サラッと自虐ネタ混ぜないでくれる? 反応に困るわ」

 

 分かってはいたことだが、この我が道を行く二人に周囲の視線云々を説いたところで無駄な話だった。

 そうこうしている内に、誰が初めに動き出したのか、画面の中では三人の操作するキャラクターが本格的に動き始める。

 

 流石に飲み込みが早いと言うべきか、どうやら本当にこの短時間で基本操作はほとんど覚えたらしい。楓花と有栖が操るキャラは中々に機敏な動きを見せている。

 

 三者ともに視線は画面に向けたまま、しかし変わらぬペースで口を開く。

 

「話を戻すが、そうは言ってもお前自身、それ程他人の評価が気になる性質でもあるまい?

 わざわざ烏合の視線を気にして、我々が接触を控えるなど馬鹿馬鹿しいにも程が有る」

 

(烏合って……またひどい言い草だな)

 

 そして護の事をよく分かっている。

 護自身、自分が他者にどう思われようとそれほど頓着はしない。そんなことを気にしている様だったら、十年以上も落ち零れのレッテルを貼られて平然としていない。

 

 護が気にしているのは、自身の風評とはまた別の事だ。

 

 そしてそれは楓花だけでなく有栖も分かっているのか、追随するように口を開いた。

 

「おそらく、護君としてはご自身の風評よりもクラス内での立場を気にしていらっしゃるのでしょうが、それに関しても今後の試験で幾らでも挽回は利きます。

 下手に火消しに動くよりも、噂に関しては今は静観すべきと思いますが」

 

 護が気にしていること、それは他人に自分がどう思われるかよりも、自分がどういう立ち位置に居るかである。

 なにせ、今後学校が行う試験次第では退学が絡んでくる可能性も否定できない現状、いざという時クラス内の立場が低く、足きりされてしまうというのが一番困る。

 

 

 本当にこの二人は、入学してからほんの僅かな付き合いだというのに、よく護の事を理解しているものである。

 本来、理解者が増えるといえば聞こえの良い言葉の筈なのだが、この二人の場合むしろ内心を見透かされていそうな薄ら寒さを感じてしまうのは何なのか。

 

 そんな思考から目を逸らすように、有栖の言葉に意識を戻す護。

 

「試験で挽回って、君が言うかよ」

 

「はい、どういう意味でしょうか?」

 

 キョトンとした顔で首を傾げる有栖。これに関しては惚けている訳ではなく、本気で意図を測りかねている様子だ。

 そこに護は淡々とした表情で言葉を続ける。

 

「だって君、次の試験で葛城君を失脚させるつもりだろ。

 敗北が決まってる試験で、どうやって挽回しろと?」

 

 それは、確認ではなく断定の口調。

 その確信を持って紡がれた言葉に、有栖は愉快そうに笑みを浮かべた。

 

「フフッ……やはりお見通しでしたか」

 

「そりゃな」

 

 護はクラス内においては有栖の派閥という訳ではなく、故に彼女の(はかりごと)に関しても詳しく聞いてはいない。

 しかしそれでも、有栖が次の試験――厳密には期末テストを挟むので次の次だが――夏休みに行われるという旅行で、何か企んでいるというのは察していた。

 

「仮に、前に予想した通り無人島でサバイバルみたいな試験が行われるとするなら、有栖さんが活躍するのは難しいからな。

 かといって、葛城君に全権を任せて成功されるのも君は面白くないだろ?」

 

 まだ試験の詳細に関しては不明だが、現時点で学校側から開示される情報を踏まえれば、以前に推察したサバイバル試験の可能性は濃厚。どんなルールであれ、有栖には参加自体難しいものになってしまう。

 

 であれば、葛城の躍進を防ぐため、試験そのものに敗北させる何かを仕掛けるだろうと考えるのは、当然の思考の帰結である。

 

「流石、ご明察です――と、言いたいところですが、そのプランは少し古いですね」

 

「古い?」

 

「ええ、今は少し違ったプランも考えています」

 

 その言葉に、少々意外さを感じながら護は画面から目を逸らしチラリと有栖の横顔を見た。

 

「おい、まさか参加する気か? まだ君の体は――」

 

「ええ、分かっています。何も皮算用で計画を立てている訳ではありません。

 あくまで、想定しておくべき一つの候補として考えているだけです」

 

「……そうかい」

 

 そう語りながら、泰然とした笑みを浮かべる有栖。

 候補の一つなどと言ってはいるが、護にはまるでその目が、明確な一つの未来を見据えているかのように見えた。

 

 その横顔を見つめながら、ほんの数日前に遭った出来事を思い返す。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「娘の病気が……治る?」

 

 病院特有の消毒液の匂いが香る診察室の中、坂柳理事長の唖然とした呟きが響いた。

 向かい合うのは、血色が悪く青白い肌を持つ白衣の女性。高専医師、家入硝子。

 彼女は椅子に座りながら、気怠気な態度で言葉を返した。

 

「あくまで、かもしれないって話ですけどね」

 

「どうやって! いや、その治療はどれほどの見込みが……」

 

 先程、兄にさんざん無礼な態度を取られていても動じなかった理事長が、初めて見せる動揺。それほどまでに、親として娘を思う気持ちが強いのだろう。

 一方で、椅子に座った有栖は一瞬驚きに目を見開きはしたものの、すぐに普段の冷静な表情に戻っていた。

 過度な期待をしまいとしているのか、あるいは我が身の事だからこそ、これ以上悪い事にもならないと割り切っているのか。

 

「まぁ、落ち着いて。そうだな……まずは反転術式について説明した方がいいか」

 

「反転術式、ですか?」

 

 家入の言葉に、疑問気に言葉を反芻する理事長。

 

「簡単に説明すると、呪力を治癒力に変える特殊な呪術ですよ。

 肉体に直接生命力を流し込んで治癒する術、とでも言えば分かります?」

 

「はぁ……」

 

 やはり言葉だけでの説明では今一イメージできないのか、困惑気味の理事長。家入の方も、一般人に対し反転術式を説明するなど滅多にない機会故に、今一説明の要領を得ていない様子だ。

 

(そもそも、この人説明上手くないからなぁ……)

 

 嘗て、反転術式を習得した際に、そのコツを聞く為家入に意見を伺ったことが有る護としては、彼女の説明下手っぷりをよく知っていた。

 

 内心で仕方がないなと思いつつ、ここは呪術に詳しくない理事長たちの代わりに自分が率先して会話を進めていくべきだろうと、護は口を開いた。

 

「けど反転術式って、肉体の活性や再生を促すことはできても、体を作り替えることはできませんよね?

 先天性の疾患に効果なんてあるんですか?」

 

「それは疾患の内容によりけりだな。例えば生まれながらに臓器など肉体の一部が欠落しているとか、この場合治すのは難しくなる。

 五条が言った通り、反転術式で生成される(プラス)のエネルギーは肉体を活性化させる力。言うなれば肉体を健常な状態に戻す力だ。

 生まれながらに存在しなかった物を作るって言うのは、それは治癒ではなく改造に近い。少なくともゼロから生やすなんて芸当、私には無理」

 

「……じゃあ、逆に治せる例って言うのは?」

 

「それこそ色々だ。一概にこの症状なら治せるって定義もできないけど、肉体が機能不全を起こしてるって言うなら治癒の可能性もあるだろうさ。今回がその例だ」

 

 有栖の持つ病は先天性の心疾患であるが、(ひとえ)に心疾患と言ってもその症状は千差万別である。

 単純に血液を送り出す心臓のポンプとしての機能が弱い場合。

 心臓そのものではなく、各種血管に問題があり、血液が詰まりやすかったり酸素の供給が不完全だったりする場合。

 しかしどの症状においても、肉体が正常に機能しないという意味において、機能不全という言葉は大抵の症状に当て嵌まる。

 

「例えば単純に血流の流れが悪いっていうなら、反転術式で活性を促すことはできるし、血栓ができたのであればそれを分解する程度のことはできる。

 肉体に生じた些細な誤作動を正常に戻すくらいなら割と容易いもんさ。実際にその点は難しくなかっただろ?」

 

「……けど、それって一時的なものですよね? 現に今の彼女は歩けない状態ですし」

 

「一時的にでも、快復するというのが重要だ。

 生まれながらの病って言うのは結構厄介でね。なにせ他人から見たら異常な状態でも、その形で生まれてきた当人にとってはそれが当たり前なんだから」

 

 要は、一時的に元気になったとしてもその状態が定着しないということ。

 エネルギーを注ぎ肉体が活性化したとしても、それは内側から誰かに支えてもらっているようなもの。支えとなるエネルギーが無くなれば普段の状態に戻るのも自明の理。

 だが、それはつまり――

 

「――つまり、一時的にでも正常な働きを取り戻せるなら、細胞の一つ一つに正しい動作を擦りこむことも可能……ってことですか?」

 

「分かってるじゃないか。ま、例えるなら自転車の補助輪のようなもんだな。

 勿論確実に治るという保証もないけど、可能性は低くない。一時的にでも健康な状態を取り戻せるのなら、少なくとも肉体が正常な動作を行うこと、それ自体が不可能じゃない証明になる」

 

「それ、結構乱暴な理屈じゃありません?」

 

「反転術式を使った治療なんて、いつもこんなものだろう?

 そもそも乱暴じゃない医術なんてありはしないさ。手術をするのも薬を使うのも、結局自分達の都合の良いように体を作り替えている点で変わらないんだから」

 

(ごもっとも……)

 

 声には出さないものの内心で納得してしまう護。

 自身、普段反転術式を使用する時は感覚に頼る部分が大きいだけに、理屈の乱暴さ云々に関してはあまり人の事は言えなかった。

 

 ともあれ、気になる部分に関しては聞けた。

 理事長と有栖にも、大まかな理屈に関しては伝わっただろう。後は本人たちがどうするかである。

 

「危険は……危険は無いんですか?」

 

 期待と不安の混じった声で問いかける理事長。

 しかし家入の方は安心させようとするでもなく、あくまで淡々とした態度で言葉を返す。

 

「私も一応医者ですから。絶対なんて言葉使う気は無いけど、まぁ危険性は低いですよ。

 さっきも少し言ったけど、反転術式で生成されるエネルギーっていうのは、ある意味純粋な生命エネルギーだ。肉体に拒絶反応が出る可能性は限りなく低い」

 

 安全に関しては保障する家入だが、しかし理事長の表情は晴れない。

 それも当然か。理事長程の資金力と伝手が有れば、これまであらゆる最新の医療を試してきた筈だ。そこまでして治らなかった病に対し、軽々しく治るかもと言われたところで信じきれないのが普通だろう。

 呪術による治療と言っても、一般人にとっては心霊医術と思われて仕方がないのだから。

 

 そこで、護も一応の補足を付け加える。

 

「……一応言わせて頂くと、家入先生は正式な医師免許も持った医者でもあります。少なくとも私はこの人以上の名医を知りません」

 

 単純な医療の知識や技術面で優れた医者であれば、世界中探せば幾らでもいるかもしれない。

 しかし反転術式なんて反則的治療技術を持つ医者は、まず間違いなく家入硝子を除いて他にいない。

 少なくとも彼女に治せない病人や怪我人なら、他のどんな名医でも無理だろうという程度には、護は家入を信頼していた。

 

「そう褒めたって何も出ないよ……ん、飴が有ったか。あげる」

 

「あ、ども」

 

 机の引き出しから飴を取り出し、護へと手渡す家入。

 そして彼女は言葉を続ける。

 

「ま、これを聞いた上でどうするかはお任せしますよ。

 私としては、この手の症例は滅多にない機会だし、できればデータを取らせて欲しい所ですけど」

 

 ぞんざいな態度に見えるが、これでこの人はちゃんと患者の事を考えている。

 偶に好奇心から嬉々として死体を解体(バラ)すマッドな気質を見せたり、医者とは思えない程に不摂生な飲んだくれであるが、患者に対する真摯さに関しては本物だ。

 

 悩む様子の理事長。幾ら危険が少ないと言われても、絶対とも断言されていない。娘の人生が掛かっているのだから、親として慎重になるのも当然のことだ。

 

 もっとも、護には()()()()()()()()が有った訳だが。

 

 ともあれ、ここで急いで決断を迫る必要もない。護は悩む理事長に助け舟を出すように口を開く。

 

「……別に今すぐ決める必要もないでしょう。一旦お二人で相談して――」

 

「――お願いします」

 

 しかし、そこで護の言葉を有栖の声が遮った。

 

「有栖?」

 

 突然の有栖の言葉に驚く理事長。

 護も理事長程ではないが驚いた。普段冷静な有栖にしてはあまりにいきなりの決断。

 一体どのような心境で、そう思いながら有栖の様子を窺う護。するとそこに浮かんだ表情に僅かに息を呑んだ。

 

(……こんな顔をするのか)

 

 生来からの不治の病が治るかもしれない。そう言われた時に人はどんな表情を浮かべるのか。

 歓喜に打ち震えるのか、あるいはそれでもダメかもと不安を抱くのか、期待すまいと平静であろうとするのか。

 

 今の有栖の表情はそのどれとも違っていた。そこに浮かんでいたのは、まるで覚悟とでも言うような強い決意の感情。

 それは、これまでの学校生活の中で護が見たことのない、有栖の表情だった。

 

 驚いた声を上げた理事長だったが、有栖の表情を見てその意思が伝わったのだろう。

 理事長もまた覚悟を決めたかのように、真剣な表情を浮かべると、家入へと向かって丁寧に頭を下げた。

 

「どうか、お願い致します」

 

「そう、じゃあ治療する方向で話を進めさせてもらいますよ」

 

 もっとも、二人のその真剣な表情を見ても家入は変わらず淡々とした態度だったが。

 それも彼女にとっては成功率の低くない治療だからこそ、自信の表れだろう。

 

 少なくとも後は任せておけば心配はいらない。そのように護が思っていると、しかし家入は護の方へと視線を向けながら口を開いた。

 

「とはいえ、今回の治療に関しては私より五条の方が向いてるだろうけど」

 

「は、俺?」

 

 いきなり話を振られたことで、驚きながら疑問符を浮かべる護。

 その言葉に、理事長と有栖も護へと視線を移す。

 

「五条君が?」

 

 いきなり生徒に対し治療を投げ出すような発言に対し、理事長の表情にまたも不安の色が浮かぶ。

 

「いや、治療に関しては家入先生がやった方が絶対いいですよね? 俺の治療ってかなり力任せですよ?」

 

 家入も、護が特殊な結界で他者に反転術式を施せることに関しては知っている。

 その治療法が、溜め込んだエネルギーに任せた力任せなもので、精密さに関しては家入に及ぶべくが無いことも。

 

 それでどうして自分に任せることになるのかと、疑問気な視線を家入へと向ける。

 

「さっきも少し言ったけど、先天性の疾患って言うのは結構厄介なんだよ。

 一部の臓器が機能不全を起こしているだけなら、その部分に治療を施すだけでいいが、その子の場合幾つもの不調が絡まって足の神経にも影響が出ているようだからな。

 この場合、求められるのは局所的な繊細さではなく、全身に満遍なく施す均一さだ。

 私だとなまじ知識があるだけに偏りが生まれかねない。今回に限っては、治癒のイメージは多少大雑把なくらいが丁度良いんだ」

 

 言っていることは分かる。

 例えば先日、護は有栖の疾患について詳しいことが分からなかったため、全身の調子を整えるように大雑把なイメージで治癒を施した。

 これを家入が治療しようとした場合、医学知識に照らし合わせた上でまず原因箇所を究明し、特定部位にのみ反転術式を施すという手法を取っていただろう。こちらの方が圧倒的に燃費が良い上により細かい治療が施せる。

 

 しかしこれは、必ずしも全ての状況で家入の治療法が適しているということにはならない。

 

 人体の構造というのはとても複雑で、幾つもの機能が絶妙なバランスによって保たれている。

 特に複数の不具合が複雑に絡まっているような状態では、部分的に正常な機能を取り戻しても、それで却って他の機能に影響が出ないとも限らない。

 家入はそれを危惧しているのだろう。

 

「……けど、先生もできない訳じゃないですよね。

 未熟な俺がやるよりも、先生がやった方が二人も安心だと思うんですが」

 

 とはいえ、家入に大雑把なイメージでの治療ができないという訳でもない。

 なまじ知識がある分、逆に難易度は高まってしまうのだろうが、それでも学生の自分と真っ当な医者、傍から見てどちらが信頼できるかなど比べるべくもない。

 

「ああ、別に望むなら私が治療するさ。ただ、効率面を考えるならそちらの方が良いのも事実だ。

 少なくとも五条は一度その子の体を治療をしてる。安全面においても、ある意味保証されていると言えるからな」

 

 反転術式を用いた治療に関しては、家入の方が圧倒的に造詣が深い。その家入の判断から護が対処した方が良いというのであれば、それ以上の反論するつもりは無かった。

 なんにせよ、決めるのは理事長達だ。

 

 どうするのかと視線を送る護だったが、それ程待たぬうちに有栖が口を開いた。

 

「私としては、護君に治療して頂けるのならお願いしたいのですが」

 

「いいのかい、有栖?」

 

「お父様、ご心配頂かなくても大丈夫です。

 先日の治療を体験した限り、危険は感じませんでした。むしろ体の奥から力が湧いてくるようで、心地良いとすら感じましたから」

 

「そうか……五条君、君には今もかなりの負担を強いてしまっているが、頼んでもいいだろうか?」

 

 悩む様子の理事長だったが、有栖の言葉を聞き決心したように護へと向き直る。

 あるいはその表情は、初めて会った学校の警備を依頼した時よりも切実な感情が滲んで見えた。

 

 それを見て、護は思う。

 

(いや、重い……)

 

 有栖の治療、それ自体に異論はない。

 自分にできることが有るならば、協力しようという気持ちもある。

 

 しかしながら、護は医者ではないのだ。瀕死の人間の命を治療したことは有っても、相手の今後の人生そのものを背負いかねない治療など初めての事。

 果たして気軽な気持ちで頷いていいのだろうかと、迷いを抱かずにはいられない。

 

「……護君、どうかお願い致します」

 

 その逡巡が伝わったのか、有栖は椅子に座ったまま護へ向かって静かに頭を下げた。

 必至に見えるその切実な態度に、護は一層の疑問が湧いて出る。

 

「……正直、無神経な質問だと思うけど聞くよ。

 本気で治していいのか? 仮に治ったとしても、今後の学校生活で苦労するよ?」

 

 正直言って、護は有栖がここまで真剣に自分の疾患に向き合おうとするのが意外だった。

 彼女はもっと、割り切った考え方をしていると思っていたから。

 

 病気が治ると言えば大抵の人間は喜ぶのだろう。しかしそれは同時に、これまでの生活が一変することを意味している。

 護が先程抱いた心配がこれだ。

 

 身体の弱さを理由に運動の関わること全てが免除された生活。有栖にとって、自身の病弱さは一つの武器でもあった。これはその武器を取り上げる行為に等しい。

 

 元々有栖は合理的な性格だ。心の奥底で病気に対する疎ましさを抱え込んでいたとしても、これらの事情を踏まえれば、ここまで必死そうな感情を剝き出しにすることは無いと思っていた。

 

 するとその問い掛けに対し、有栖はポツリと呟いた。

 

「……約束、しましたから」

 

「約束?」

 

「はい、以前水泳の授業でお話ししましたよね。いつか機会があれば私の水着姿をお見せすると」

 

「は……それだけ?」

 

 呆気にとられた声を上げる護。

 それに対し、有栖は微笑みを浮かべる。

 

「フフ……ええ、それだけです。学校生活をお友達と楽しみたい、それだけの気持ちです」

 

 それだけと言っているが、そんな筈はないだろう。先ほどの決意に満ちた表情は、ただ友人と遊ぶことだけを願っている様には見えなかった。

 しかし同時に、その真っすぐに見つめてくる瞳は、嘘を言っているようにも見えない。

 

 有栖は尚も言葉を続ける。

 

「先日、死んでしまうかと思った時、私は初めて未練というものを感じました。

 そしてそう思うきっかけをくれたのは護君、あなたなんです。

 だから私は、できることならあなたに治してもらいたい」

 

 そう言って、椅子に座ったまま真っすぐに護を見上げる有栖。

 その宝石のような紫色の瞳に見据えられ、気付けば護は自然と頷いていた。

 

「……わかった。できる限りの事はさせてもらう」

 

 正直、未だに自分でなければいけない理由は分からない。

 それでもその目を見た瞬間、応えてあげたいと思えた。その宝石のような瞳を、曇らせたくはないと。

 

「プッ……クク……」

 

 するとそんな護と有栖のやり取りの横で、ふと家入が可笑しそうな笑い声が響く。

 

「……なんですか?」

 

 この人がこんな笑い方をするのも珍しいなと思いながら、訝し気な瞳を向ける護。

 

「いや、あいつと同じ顔の君が女の子に翻弄されてるのが可笑しくて。

 君も昔に比べて随分雰囲気が変わったんじゃない?」

 

「昔って、いつの話してるんですか? 高校入る前にも一度会いましたよね」

 

「その時と比べても変わったさ。ま、自覚が無いならいいけど。別に悪い変化じゃない」

 

「……そうですか?」

 

 兄にも似たようなことを言われた気がするが、護としては自分の何が変わったのか分からない。

 なんだか揶揄われているような気がして、護は話を切り替えるべく口を開いた。

 

「それで、治療に関しては具体的にどうすればいいんですか?

 毎日反転術式を施すのは、流石に呪力量的にきついんですけど」

 

 護の反転術式は家入に比べて圧倒的に燃費が悪い。治療にどれだけのエネルギーが必要かにもよるが、日頃の仕事や鍛錬に費やす呪力も考えれば、毎日治療をするのは厳しい。

 

「毎日する必要は無い。あまり掛け過ぎて、サポートのある状態が当たり前になってしまうのも良くないからな。

 大体週に一回くらいのペースで、経過観察を挟んだ方がいい。昨日治療した分、今週はもういいだろう。

 一応治療前後のデータもとりたいから、来週から毎週土日にでもおいで」

 

 一応、治療の際にはちゃんと立ち会うようにはしてくれるらしい。

 ならば、今これ以上詳しく聞くこともないかと護は早々に話を切り上げることにする。

 

「分かりました。理事長と有栖さんは、他に何か聞きたいことは有りますか?」

 

 護に促されて、考え込む素振りを見せる二人。

 そして有栖が口を開いた。

 

「そうですね……参考までに聞きたいのですが、仮に治療が成功した場合、どれくらいの時間で成果が現れますか?」

 

「そうだな……ザックリした目安になるけど早ければ1か月。遅くとも3か月もあれば、最低限歩ける程度にはなるんじゃない? 逆にそれくらいの期間何の成果も出ないなら、改善の見込みは無いだろうね」

 

「1か月ですか……」

 

 その言葉を聞き、思案気に呟く有栖。

 するとそれを聞いていた理事長も、悩まし気な様子で口を開いた。

 

「となると、その間に学校側へのカバーストーリーを考えておく必要があるね」

 

「そうですね。そちらに関してはお任せしてもいいでしょうか?

 何か成果が出たようでしたら、すぐご報告しますので」

 

 まだ完全に治ると決まったわけでもないが、ある日突然普通に登校できるようになっても不自然だ。

 事前にある程度の根回しはしておく必要がある。

 

「そうだね……五条君、どうか娘の事をよろしく頼みます」

 

 そして理事長は、改めて護へと頭を下げる。

 

「はい、最善を尽くします」

 

 今度は、言葉に詰まることは無く、力強い態度で言葉を返した。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 と、そんなことを思い返している間に、画面の中では既にゲームの決着がつき、『GAME SET』の文字が表示されていた。

 フィールドに最後に残っていたのは、護が操る銃を装備した狐のようなキャラ。

 

 楓花と有栖の二人は画面を眺めながら、ㇺッと不満気な表情を浮かべていた。

 

「はい、俺の勝ち。どうする、次はハンデでもつけるか?」

 

「……不要だ、今ので大体のコツは掴んだ」

 

「ええ、次も同じステージでお願いします」

 

 最初は所詮テレビゲームと軽んじているような態度の二人だったが、やはり負けず嫌いな気質のせいか、たかがゲームでも負けてしまうのは本気で悔しいらしい。

 

 ここ最近、翻弄されっぱなしだった護としても、この珍しくムキになった二人を見ていると溜飲が下がるとでも言うべきか、普段であれば抱かない感情、ちょっとした遊び心が首をもたげた。

 

「そうか……じゃあハンデの代わりに、もし今日中に一回でも俺を負かせたなら、さっき言ってたソファは俺が買うよ」

 

 あまりにも分かりやすい挑発。しかしその言葉に楓花と有栖の二人は、分かりやすく好戦的な笑みを浮かべた。

 

「ほぅ……言ったな?」

 

「随分と自信があるようですが、所詮は単純なロジックで動くゲーム。あまり調子に乗っていると、足を掬われることを教えて差し上げます」

 

「はいはい」

 

 二人の言葉に対し、軽い返事を返す護。この態度を見ているといかにも調子に乗っているように見えるが、しかしこれも一つの挑発の一環である。

 

 基本的にこのゲーム、護の方が圧倒的に有利だ。それは単純に経験値の差という話ではない。

 複数のキャラが入り乱れる形式の対戦ゲームにおいて、護が得意とするところの視野の広さや多角的な思考能力、そして反射神経も存分に活かすことが出来るからだ。

 

 そして始まる2回戦、楓花も有栖も先程より動きは良くなっているが、それでもやはり護の方が上手である。またも勝者は護で終わった。

 

 3回戦、今度は各自キャラとステージを変えての再戦。むしろ操作に慣れ始めたキャラを変えてしまったことで、前回よりもあっさりと護の勝利で幕を閉じた。

 

 4回戦、ここにきて、どうやら二人も護の強さの秘訣に関して勘づき始めたらしい。アイテムやCPUの動きなど、乱数的な要素を活かす方向に作戦を変更。しかし運に頼っただけでは操作の練度を埋めきれず、ここでも護の勝利。

 

 そして5回戦、ここで護は気付く。

 

(やべぇ……終わらせ方考えてなかった)

 

 よくよく考えれば、負けず嫌いのこの二人が負けっぱなしで終わるわけがない。当然勝つまで付き合わされるのは目に見えている。そして護の敗北=ソファの購入ということになる。

 

 いや、この際ソファに関しては別にいいのだ。護の懐事情を考えれば大した出費にもならない。

 問題なのは、わざと負けたとしてこの二人が納得するだろうかという点である。

 

 そんな事を考えている間に、5回戦目も護の勝利で幕を閉じた。

 

「……やはり乱戦に持ち込むには、多少のデメリットを飲み込んでも動きにくいステージを選ぶべきか」

 

「復帰が可能な角度は分かりました。次はいっそ道連れ狙いで……」

 

 そしてこの二人、いつの間にか表情がガチである。

 真剣な様子でブツブツと作戦を呟く姿を見て、護は思った。

 

(…………うん、チャンスが来たら大人しく負けよ)

 

 あくまで、それがわざとだとバレないよう細心の注意を払って。

 

 そしていざ6回戦目が始まろうとした瞬間――

 

――ピンポーン

 

 ふと、チャイムの音が響いた。

 

 突然の来訪者を告げる音に、ハッと我に返った様子の楓花と有栖。

 護もホッと息を吐いて、ベッドから立ち上がった。

 

「どうやら着いたみたいだな、ちょっと行ってくる」

 

「仕方ありません。ゲームは一時中断ですね」

 

「仕方がないな」

 

 残念そうに呟く有栖と楓花。一方で、逆に護は救われた気分になりながら、逃げるように部屋を出て玄関へと向かった。

 

 そしてガチャリとロックを外し、ゆっくりと扉を開く。

 扉の前に立つ一人の女子。護は、その人物に向かって割と本気で歓待の笑みを浮かべながら、挨拶を口にした。

 

「おはよう、神室さん」

 

 

 

 

 

 




 大変お待たせ致しました!

 そして今回、これだけお待たせしてしまってなんですがところどころ文章が滅茶苦茶かもしれないです。

 というのも、ここ最近ずっと寝込んでいたせいか、感情が冷めているというか、面白いものというのがなんだかよくわからなくなってしまって。

 当初、楓花&有栖とゲームでもやらせたらシュールな絵面で面白いかもとか思ってたんですが、なんか今はそれにも疑問を感じてしまう始末。

 ぶっちゃけ今、自分の中で何が面白くて何がつまらないのかが、よくわからなくなってしまってます。
 
 場合によっては大幅に書き直す必要もあるかと思っているので、忌憚ないご意見を頂けましたら幸いです。

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