よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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41話 自己紹介

 

 

「で――何か言うことは?」

 

 さながらボロ雑巾のようにグッタリと倒れ込むパンダ。その背に腰掛けながら、強奪したケータイを片手に護は低い声で問いかけた。

 

「……勝手に人のケータイ覗くなよ。プライバシーだって立派な人権なんだぞ。俺に人権は無しか?」

 

 護の言葉に対し、地面に倒れたまま頭だけを上げて拗ねたように口を尖らせるパンダ。

 すると、少し離れた場所で事態を眺めていた真希が、白けた表情で口を開いた。

 

「パンダだからな」

 

「あのー……というかそれ、僕のケータイなんだけど……」

 

 真希の隣で乙骨がおずおずと手を挙げる、

 

 全く悪びれた様子の無いパンダに、もはやツッコむことすらも億劫になってきた護は、ともあれデータの削除は完了したのだからと、一旦気を鎮めるべく深く息を吐く。

 そうしてある程度落ち着いたところで、ゆっくりした動作で立ち上がると、乙骨へと近づきケータイを差し出した。

 

「はいこれ、勝手に覗いたことに関してはごめん。できるだけ余計なデータは見ない様にしたから勘弁してくれ」

 

「あ、うん。それはいいんだけど……」

 

 護の切り替えの早さに戸惑いながらも、ケータイを受け取る乙骨。

 そこで、隣に居た真希が護へと問いかける。

 

「つうか、お前がそこまで必死になるとか、どんな写真撮られたんだよ?」

 

「……聞かないでくれ」

 

 正直に状況を説明したところで、絶対に茶化されるのは目に見えている。言い訳をしようにもそもそも護自身、どうして有栖があのような行動を起こしたのかよくわかっていない。

 徹夜の疲労で頭が上手く働かないこともあって、今の護にはそれだけ返すのが精一杯だった。

 

 しかしそこで、パンダがまたしても余計な口を開く。

 

「護が微乳派っていう証拠しゃ――「誰がだッ!」――オゥッ!」

 

 全てを言い終えるよりも先に、護は一瞬で距離を詰めると力強く足を振り下ろして、パンダの頭を地面へと沈めた。

 

「ったく」

 

 なんだってこのパンダは、わざわざ進んで地雷を踏み抜きに来るのか。やってることは芸人の捨て身のギャグのようだが、ターゲットにされた身としては全く面白くない。

 そんな事を考えながらパンダの頭を踏み締めていると、ふと背後から真希とは別の、聞き覚えのある女性の声が響いた。

 

「なんだ、お前は坂柳くらいのサイズが好みだったのか?

 いかんな、私も流石に胸を小さくする方法など聞いたことが無いのだが……」

 

 振り返ると、そこに居たのは病院で見かけるような簡素なパジャマを着た楓花の姿。

 どうやら、こちらの様子が気になって窓から抜け出してきたらしい。

 

 乙骨達が揃って「誰?」と首を傾げているのをよそに、護は声高に言葉を返した。

 

「ちげぇよ。こいつが勝手に言ってるだけ――っていうか、お前も病み上がりなんだから勝手に抜け出すな!」

 

「なに、さっきも言った通り怪我の方は問題ない。

 むしろこうも賑わっているというのに、蚊帳の外に置かれている方が落ち着かんのでね」

 

 好奇心の強い楓花としては、やはりパンダの存在が気になったのだろう。

 基本的には普段から身だしなみには気を遣っている彼女が、わざわざ味気ないパジャマ姿のまま外に出てきた辺り、よほどジッとしていられなかったのだと見受けられる。

 

「それよりも、私は勿論だが坂柳もそちらの面々が気になっている。紹介してはもらえるのかな?」

 

「あー……」

 

 言われ、パンダに気を取られて二人を放置してしまったことを思い出す。

 いや、正確には忘れていた訳ではないが意図的に意識の外に追いやっていた。

 

 何せ、高専側の連中は当然として、楓花と有栖も互いに一癖も二癖もあるような性格である。そんな連中が一堂に会して、誰が一番精神的に割を食うのかは目に見えているというもの。

 護としては楓花達に会わせることなく、さっさと立ち去ってほしいと思っていたのだが、楓花の方から近寄られてしまったのではそれもおじゃんだ。

 

 既に遭遇してしまった以上は仕方が無いと思いつつ、どうにか避けられないかと無駄な思考を巡らせていると、護が答えるよりも先に、真希が口を開いた。

 

「あぁ? 自己紹介って言うなら、まず自分から名乗れよ」

 

 何ともヤンキー臭い物言いであるが、真希の方に喧嘩を売っているつもりは無いだろう。彼女の口調が荒っぽいのはいつもの事。

 彼女は単に初対面の相手に嘗められないようにマウントを取ろうとしてるだけ――いや、よく考えればこれもやはりヤンキー思考か。

 

 ともあれ、このままでは紹介する前から印象が最悪になりかねないと思い、護は仕方なくフォローするべく口を開いた。

 

「あー、気を悪くしないでくれ。荒っぽい口調だけど、この人はいつもこんな感じだから。別に喧嘩売ってる訳じゃない」

 

「ふむ……いやなに、自己紹介をするなら自分から名乗るというのはもっともな話だ、失礼した」

 

 何気に楓花も楓花でプライドが高い。内心煽り返さないかと護は不安だったが、しかしどうやら気にした様子の無い態度を見て、ホッと安堵する。

 

 ――が、いい加減護も学習するべきだった。このようないかにも混沌とした状況下で、鬼龍院楓花という女性にまともな言動を期待してはいけないと。

 

「私の名は鬼龍院楓花。

 そこに居る護とはそうだな……私の部屋で体(手)を重ね合わせたこともある関係、とでも言っておこうか」

 

「待てや、コラァ!」

 

 今日一番――というか、なんなら高校に進学してから一番かというような勢いで、激しく突っ込みを入れる護。

 話を聞いていた真希、乙骨、狗巻の三人も、唐突な発言に呆気に取られ、まるで石になったかのように硬直した。

 

「おや、何かおかしなことを言ったか?」

 

「確信犯だろお前!」

 

 そんな場の空気など素知らぬ顔で惚ける楓花に詰め寄る護。

 そこに、いち早く我に返った真希と狗巻が、どこか引いたような視線を向けながら口を開いた。

 

「お前……真面目ちゃんぶっといて、やることやってんだな」

 

「すじこ」

 

「違うからな? 手だから、手を握っただけだから!」

 

 必死で弁明する護だが、しかしその言い訳の仕方もあまり適切とは言えない。

 そもそも女の部屋に入って手を握り合うような状況があっただけで、既に黒に近いグレー判定だ。

 

「女の部屋で手握り合ってる時点でそういう状況ってことだろ。ていうかそこまで行ったなら最後までイケや! このヘタレ!」

 

「しゃけ!」

 

「何で怒られた!? っていうか、本当に違うからな。揶揄い気味に手を握られたってだけだからな!」

 

「心外だな。あの時のことは遊びと思われていたのか?

 少なくとも私は、本気でお前と繋がりたいと思っていたというのに」

 

 言いながら、口元に手を当てて露骨に傷ついたような仕草で、顔を背ける楓花。 

 

「マジで黙ってくんない!? さっきから言葉選びに悪意有り過ぎんだろ!」

 

 ここまでくれば、流石に護が揶揄われているだけと真希達にも伝わっているだろうが、それが分かったところで敢えて乗ってくるのが、この面々である。唯一の例外は乙骨だが、彼は基本空気に流されるだけなので頼りにならない。

 

 どうやって収集をつけるべきかと頭を痛めていると、ふと後ろからツンツンと肩を叩かれた。

 

 振り返ると、そこには鼻血を垂らしながら謝罪するかのように、手を合わせるパンダの姿。

 

「スマン。俺が間違ってた。護はオールラウンダーだったんだな」

 

 次の瞬間、パンダは宙を舞った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「えー、君らに任せると一々話が脱線するんで、もう俺が紹介していきます」

 

 場所を移ること病室にて。護は開口一番にそう切り出した。

 この連中に好き勝手話をされては一向に話が進まないと仕切り役を買って出た訳だが、不本意さが隠しきれていない。その表情には、ありありと疲労の色が滲んで見えた。

 

 加えて――

 

「ただその前に――君は何で後ろに隠れているのかな?」

 

 護の後ろにピッタリと張り付いている有栖の存在が、パンダ達からの視線を生温いものへと変えており、現在進行形でストレスが蓄積されている真っ最中だ。

 

 ちなみに現在の位置取りは、流石に全員が部屋に入っては狭いこともあり、窓に近いベッドに有栖と楓花が並んで腰かけ、窓の外に高専生一行が立ち、その間に護が立つ位置取りとなっている。

 有栖はそんな護の袖を掴みながら、陰に隠れるように身を縮めていた。

 

「いえ……すみません。何分見知らぬ方々の前で緊張してしまって」

 

「君、そんな人見知りするような性格でもないだろ」

 

 見た目だけならば儚げな美少女である有栖。台詞も仕草もその外見には確かにマッチしているが、中身に関してはそんな可愛らしいことを言う性格ではない。

 

 先程の楓花よろしく揶揄っているつもりかとも思ったが、チラリと覗いた有栖の表情には確かな緊張が滲んでおり、演技には見えなかった。

 

 やはり先日の一件が尾を引いて呪術師という存在に警戒しているのか。何よりこの場には約一名、人ですらない存在が混ざっているし、怯えてしまうのも仕方がないかと思ったが、しかし有栖の視線が乙骨の方へと向くのを見て、そうではないと察した。

 

「あぁ……乙骨君、というか祈本さんの呪力か」

 

 現在、祈本里香の影響で乙骨が垂れ流している呪力は、それだけで低級の呪霊なら怯えて近づかないくらいに濃密なもの。

 元々昨日のことが有る前から呪霊の気配を感じていた有栖だ。物騒な気配を感じ取るのも当然と言えた。

 

 護の言葉で、自分が原因と分かったからか、引け目を感じて身をすくませる乙骨。

 その肩を、ポンッとパンダが叩いた。

 

「安心してくれ。憂太は悪い奴じゃない」

 

「パンダ君……」

 

 フォローの言葉に、感動したようにパンダを見上げる乙骨。しかし、パンダの言葉はそこで終わらない。

 

「同級生を半殺しにしてロッカー詰めにしたことはあるけど、悪い奴じゃないんだ!」

 

「パンダ君!?」

 

「他にもボコられた奴は山ほど居るけど、本人はただのもやしだからなぁ!」

 

「真希さん!?」

 

「しゃけ!」

 

「フォローする気無いだろ、君ら」

 

 完全に有栖らそっちのけで乙骨を弄り倒すパンダ達。しかし、そのふざけたやり取りのおかげで空気が緩んだおかげか、護の服を掴む有栖の手から僅かに力が抜けた。

 

「ちなみに、楓花の方は平気なのか?」

 

 一方で平然としているようだが楓花の方はどうだろうかと、そちらへ視線を移しながら問いかける。

 

「ふむ、彼の気配のことか? 確かに視界に入った時は少々驚いたが、以前お前に威圧されたことを考えればマシなものだ。

 今この場に居る以上、危険な人物でもないのだろう?」

 

「まぁ、そうだけどさ」

 

 元々楓花は度胸がある方だとは思っていたが、しかしそのあまりに自然体な様子に、護は僅かな違和感を感じ取った。

 

 例えば目の前に爆弾が用意されたとして、それが爆発しないと説明されたところで安心できるか? 否だろう。

 乙骨が纏う呪力は、それを更に濃密にしたような不気味な気配。それを感じて、初見で身構えずにいられる人間は少ない。

 

(実戦を経験したことで、度胸がついたと見るべきか)

 

 今後も呪術界に関わっていくのであれば、悪くは無い成長だろう。

 ともあれ、それは今考えることではないかと、逸れた思考を引き戻しつつ口を開く。

 

「まぁいいや。とりあえず紹介進めてくぞ。

 まずこちら、坂柳有栖さん。今通ってる高校のクラスメイトで、理事長の娘。

 今後接点があるか分からないけど、少しばかり体が弱いから、関わるときは配慮してくれ」

 

「……初めまして、坂柳有栖と申します」

 

 まだ完全に緊張が解けてないのか、いつもに比べて控えめな挨拶。

 やはり慣れるにはもう少し時間が掛かるかと考えながら、続いて楓花の紹介へ移る。

 

「で、さっき自己紹介してたけど改めて。こっちが一年上の先輩で鬼龍院楓花。呪霊が見えるってことで、軽く呪術を教える代わりに今の仕事を手伝ってもらってる。まぁ臨時の“窓”みたいなもん」

 

「改めて、よろしく頼む。しかし護、“窓”とは何のことだ?」

 

「ああ、話した事無かったか。呪術師じゃないけど呪いの見える協力者の事だよ」

 

「なるほど……すまんな、話を遮って。続けてくれ」

 

「ん、それじゃあ次に高専側の紹介してくぞ」

 

 とりあえず、ここまでは割とサクサク紹介が進んだが、問題はここからである。

 

(こいつら、キャラ濃いからなぁ……)

 

 揃いも揃って、ツッコミどころの多すぎる連中。事細かに紹介をしていたらキリが無い。護はできるだけ最小限の説明で済むように、脳内でできるだけ簡単に纏めつつ、口を開いた。

 

「まずそちら、乙骨憂太君。恋人の怨霊、祈本里香さんに憑りつかれていて本人もコントロールできてない。

 さっきそいつらが言った被害に関しては祈本さんによるもので、乙骨君自身は基本無害だから」

 

 正確には祈本里香に関しては謎な部分が多いので、絶対無害とも言い切れないのだが、それを言ったところで不安を煽ることにしかならない。護は敢えて無害と断言して見せた。

 

「ど、どうも……」

 

 気まずげに、ペコリと頭を下げる乙骨。

 

「続いて隣に居るのが、禪院真希さん。

 呪いの籠った武器の使い手で、近接戦闘のエキスパート」

 

「ん」

 

 先程乙骨を弄っていた時のテンションを潜め、不愛想に軽く相槌を打つ真希。

 この人もこの人で、時々見せるテンションのブレ幅は何なんだと思いながら次の紹介へと移る。

 

「で、次。白い髪の彼が狗巻棘君。言霊を操る呪術“呪言”の使い手で、普段は暴発を避けるためおにぎりの具でしか話さない。

 別にふざけている訳じゃ…………いや、ちょいちょいふざけてはいるが悪気はない」

 

「こんぶ」

 

 よろしく、とでも言いたいのか。軽く手を挙げながら挨拶する狗巻。

 

「ほぅ、呪言……」

 

「術に関する質問は後な。何なら今度講義するから」

 

「了解した」

 

 興味深げな声を上げる楓花を先んじて制しつつ、次の紹介へと移る。

 というか、何気に乙骨も「へぇ」と感心した表情を浮かべている。どうやら彼も狗巻の呪言に関しては聞いていなかったらしい。

 

「で、最後にパンダ。図体はでかいけど動きは割と機敏。素手での戦闘を得意とするインファイター。

 以上、呪術高専1年生の四名になります。はい終了」

 

「待て」

 

「待って下さい」

 

 パンダの紹介もつつがなく終わり、ホッと息を吐く護。しかしそこで楓花のみならず、有栖からも待ったの声がかけられた。

 

「なに?」

 

「戦闘スタイルよりもまず先に、説明すべきことが有るだろう。そもそも、彼は何なんだ?」

 

「着ぐるみ、ではありませんよね?」

 

「何って……」

 

 二人の質問に、何となく他の高専の面々と顔を見合わせると、一同揃ってパンダへと視線を移す。

 するとそこには、何故かボディビルのようなポージングを取っているパンダ。

 

 護は、そんなパンダや真希と声をハモらせながら問い掛けに答えた。

 

「「「パンダ」」」

 

「違う、そうじゃない」

 

 珍しくツッコみに回る楓花の姿に、護は何となく貴重な物を見た気分になった。

 とはいえ、護とて本気でふざけたつもりは無い。まぁ、多少は先程弄られた意趣返しが含まれているのは否定できないが。

 

「いや、まぁ言いたいことは分かるんだけどさ……パンダの存在って、どこまで詳しく話していいもん?」

 

 護がパンダの説明を省いたのは、どこまで詳しく話していいものかと迷ったからだ。

 そもそもパンダは明らかな人外であるが、その成り立ちを考えれば生物と判断していいかすらも怪しい存在。人によっては見方が変わってもおかしくない。

 

 もっとも、楓花と有栖の場合はなんとなく大丈夫な気もするのだが、それは他人が勝手に判断していい事でもないだろう。そう思いながら、護はパンダに問いかける。

 

「ん? 俺のことなら好きに話してくれていいぞ。別に隠してる訳じゃないし。呪術師なら大抵知ってることだからな」

 

「ああ、そう……」

 

 が、適当な調子で軽く返事を返すパンダを見て、やはりこいつに余計な気遣いは不要だったかと、護は自分の中でパンダに対する扱いをワンランク落とした。

 

「じゃあ、本人もそう言ってるから言うけど、彼人形なんだよ。

 呪いの籠った人形を呪骸と呼ぶんだが、パンダはその突然変異呪骸。要は、意思を持ったぬいぐるみってこと」

 

「ほぅ」

 

「ぬいぐるみ、ですか」

 

 興味深げにパンダを見やる楓花と有栖。ついでに乙骨も「そうだったんだ」と呟いている。

 先程の狗巻の説明をした時にも思ったことだが、どうやら乙骨はこの辺りの説明を全くされて無かったらしい。

 

(ホント適当だな、あの人)

 

 護が心の中で兄に対して呆れていると、ふとその横で有栖が声を発した。

 

「……生きたぬいぐるみとは、興味深いですね。参考までに、少し触らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 あくまで純粋な好奇心で、と言いたげな有栖。しかし護は、瞬時にその本音を察した。

 

 ――あ、この娘、単にパンダに触ってみたいだけだな、と。

 

 最早、最初に感じていた緊張は見受けられない。その表情には、それなりに付き合いの深い護だからこそわかる、薄らとした高揚が滲んで見えた。

 

「いいぞ~」

 

 間延びした声で了承しつつ、窓から身を乗り出して頭を差し出してくるパンダ。

 それに対して手を伸ばす有栖だが、しかしベッドと窓の間に距離があるせいで微妙に届かない。

 

 それを見て何を閃いたのか、パンダの瞳がキラーンと光った。

 

「ほらほら護~、手を貸してやれよ。届かなくて困ってるぞ?」

 

「いや、そっちが入ってくればいいだろ」

 

 いくらパンダの図体がデカいと言っても、窓を潜れない程ではない。

 

「だって俺、土足だし~」

 

「靴なんて履いたことも無い奴が何言ってんだ」

 

 すっ呆けたことを言うパンダに、軽く青筋を浮かべる護。

 面倒だから手っ取り早く引っ張り込むかと立ち上がったところで、クイッと後ろから服を引っ張られた。

 振り返ると、服の裾を摘まんだまま護を見上げる有栖の姿。

 

「護君、私を窓際まで運んでは頂けませんか?」

 

 そう言いながら、有栖はまるで懇願するかのように首を傾げて見せた。

 

「君なぁ……」

 

 何とも分かりやすくあざとい態度。普段であれば軽くあしらうところだが、いかんせん昨日の一件による引け目もある為に、ぞんざいな対応をするのは躊躇われた。

 

「……杖もあるんだし、自分で歩けないか?」

 

 有栖が普段持っている杖に関しては昨日の一件でどこかに落としたようだが、一応軽く歩けるようにと簡易的な杖は病室にも用意されている。

 自分で歩けるだろうと、できるだけ丁寧に問いかける護に対し、しかしここでもやはりパンダが口を挟む。

 

「おいおい、まさか護は、病み上がりの女の子に自分で歩けって言うつもりか~?」

 

 そう言いながら、何ともいやらしいにやけ面を浮かべるパンダ。

 

(殴りたい、この笑顔)

 

 元ネタも分からない、どこかで聞いたようなフレーズが頭をよぎる。

 

「私としても、慣れない杖を使うよりも護君が抱えてくれる方が安心なのですが」

 

 更に追い打ちをかけるような有栖の言葉。

 物が変わったからと言って、杖の使い心地などそう変わるものなのか――とか、仮にそうだとしてもほんの数m程度の距離別にいいだろう――とか、色々と思わないでもないが、重要なのは有栖自身に歩く気が無いということ。

 おそらく護が抱えると言うまで、彼女は納得しないのだろう。

 

 パンダを捕まえようにも、服を有栖に掴まれていては無理に動くこともできない。

 他の連中も面白そうに事の経緯を見守っており、助けなど期待できようはずもない。

 

 しばらくして、護は諦めたかのように深々と息を吐いた。

 

「……わかったよ」

 

 ここまで来たら、もはや下手に意識をすること自体負けである。そもそも人を抱え上げるなんて事、先日の負傷した楓花に対しても行った事。それほど特別視する事でもない。

 

 そう考えながら、護は屈みこむと有栖の膝の下に右手を差し込み、左手で肩を抱いてその身を抱え上げた。

 所謂(いわゆる)お姫様抱っこの体勢。

 

「ヒューヒュー」

 

 案の定、満面の笑みで口笛を吹きながら茶化してくるパンダ。

 護は青筋を浮かべながら、とにかくさっさと終わらせようと有栖を窓際へと運ぶ。

 

「ほら」

 

「フフ、ありがとうございます」

 

 完全に普段の調子が戻ったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべながら礼を言う有栖。

 そして有栖は抱えられたまま、当初の目的であったパンダに触れるべく、その頭に手を伸ばした。

 

「……なるほど、確かに質感はぬいぐるみですね」

 

 言いながら、撫でたり押したりして、感触を確かめるように手を動かす有栖。

 

(本当にこの娘、意外と趣味がファンシーだよな)

 

 有栖は言動こそパンダの分析をしているようであるが、しかしその表情には護も今まで見たことが無いような、子供っぽい無邪気な笑みが浮かんでいる。

 声では平静を装っているようで、その実、大きな動くぬいぐるみを前にして高揚しているのはバレバレだった。

 

 と、そんなことを考えている横で、ふとパンダと目が合う。

 パンダは得意気な笑みを浮かべながら、親指を立てて再びのサムズアップを見せる。

 

 果たしてこのドヤ顔は、珍しくパンダらしくチヤホヤされたことに対する喜びか、護を揶揄っていることに対する悦びなのか。

 

(まぁ、いいや。後でシバく)

 

 なんにしても、そのドヤ顔がムカつくことに変わりは無い。護は心の中で、後程パンダに対して報復することを誓った。

 

 そうしてパンダをモフることしばらく。

 大体5分程が過ぎてようやく満足した有栖をベッドに戻したところで、ふと真希が口を開いた。

 

「そういやお前ら、なんだってここに居んだよ。

 怪我がどうとか言ってたけど、何かあったのか?」

 

「それ、今更聞く? 知ってて顔出したんじゃないの?」

 

 一般人がこの場に居ることに対する今更過ぎる問いかけに、護は半目を浮かべて真希を見やった。

 

「私らは、パンダが何か面白そうな匂いがするっつーから付いてきただけだ」

 

「なんか嗅ぎ覚えのある匂いがしたからな。昨日怪我人が運び込まれたって聞いてたし、何かあったのかと思ってな」

 

「無駄な嗅覚発揮しやがって……!」

 

 そういえば一昨日、有栖が部屋に来た際にパンダもその場に居たなと思い出す。

 呪術高専の敷地内で覚えのある一般人の匂いをかぎ取った。まぁ、何かあって運び込まれたのだと色々と察しもつくだろう。

 

「で、結局何があったんだよ。確かお前の学校って雑魚呪霊しか居ないって話じゃなかったか?」

 

 苛立つ護に構うことなく、問いを投げかける真希。

 

「……昨日、呪詛師が学校に攻めて来たんだよ。どうも、学校の利権絡みで理事長の娘であるこの娘を狙ってきたらしい――表向きは」

 

「表向き?」

 

 パンダが軽く頭を傾けながら口を開く。

 

「ああ、どういう依頼だったかはともかく、呪詛師の方は五条悟の弟である俺に興味があったらしい」

 

「……マジで?」

 

 ドン引きしたように呟くパンダ。真希と狗巻も、同じような表情を浮かべている。

 有栖と楓花は、何故パンダ達がそのような反応をするのか疑問気な様子だが、それも仕方ない。なにせ――

 

「悟の事を知っててちょっかい出すとか、正気かそいつ?」

 

 五条悟にちょっかいを出す。それは、虎の尾を踏むどころではない愚行なのだから。

 

「呪詛師に正気なんて期待してどうするよ」

 

「そりゃそうだがなぁ……」

 

 パンダの言葉に素っ気なく言い返す護だが、内心そう言いたくなる気持ちはよく分かった。

 呪術師、特にその中でもタガの外れた呪詛師と呼ばれる連中は殊更にイカレているが、少しでも考える頭が残っているならば、まず手を出そうとは思わない。それ程に五条悟という男は別格の存在なのである。

 

「護の兄君か……時折聞き及んではいるが、それ程の人物なのか?」

 

 一応以前、楓花には兄について軽く触れはしたが、今改めて他の面々の反応からただ者ではないと再認識したのだろう。

 その問い掛けに、護は眉を顰めながら答えた。

 

「実力()な」

 

「しゃけ」

 

 含みのあるその答えに、五条悟を知る他の面々も渋い表情で頷く。

 それを聞いて、今度は有栖が興味を示す。

 

「何やら含みのある言い方ですね。一体どのような人物なのですか?」

 

 顔を見合わせる一同。

 そして、護、真希、パンダ、狗巻の順で口を開いた。

 

「性格破綻者」

 

「特級馬鹿」

 

「歩く公害」

 

「なっとう」

 

 ただし最後、狗巻の発言だけは護もよく意図が分からなかったので首を傾げる。

 

「何で納豆?」

 

「クセが強いって言いたいんじゃないか?」

 

「もしくは性格が腐ってるとかな」

 

「しゃけ」

 

「ああ~」

 

 即座、護の疑問に答えるパンダと真希。どうやら正解だったらしく、頷く狗巻に護も納得の声を上げた。

 

 揃いも揃って散々な言い草。

 普段兄を尊敬しているような言動をしている護ですらも、人格面では滅多刺しにしているのを見て、有栖と楓花は戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「君ら、そんなに僕の事嫌い?」

 

「いや、別に嫌いって程じゃないけど。そもそも兄さんだって、性格悪いの自覚してるし」

 

「嫌いっつーか、まぁウザい」

 

「だなぁ。この辺りも納豆って言ったらそれっぽいわなぁ。

 皆が皆嫌う程まずい訳じゃないけど、まぁクセが強い」

 

「しゃけ」

 

「ああ、つまり皆はそういった点も含めて僕が好きって訳ね。や~照れる」

 

「いや、誰も好きとまでは言ってない。なんだそのポジティブ思こ……う」

 

 

 あまりにも自然に会話に入ってきたその声に、気付くのが遅れる一同。

 ほんの僅かな静寂の後、示し合わせたかのように声が聞こえてきた方向――窓の外、高専生達の更に後ろへと一斉に視線を向ける。

 

 白髪長身の目隠し男、五条悟の姿がそこにあった。

 

 突然の出現に、驚き目を見開く一同だが、兄の神出鬼没さに慣れている護だけは、驚くよりも呆れた表情。

 しかしそれも一瞬の事、兄が右腕に抱えた存在を見て、護は皆とはまた別種の驚きに目を見開いた。

 

 そう、まるで荷物でも抱えるかのように脇に抱えられた壮年の男性、坂柳理事長の存在に。

 

「いや、抱え方ぁ!」

 

 

 

 





 まず先に、最早毎度のことのようになっていますが、謝罪を述べさせて頂きます。
 申し訳ありません!

 本来、今回で2章の纏めにかかるつもりが、登場人物増やしすぎた結果、どう会話を進めたらいいか分からなくなってしまい、結局1話に纏めきれませんでした。

 キャラ同士の会話入れてたらどうあっても長くなるし、ここまで来たらもう簡潔に纏めるのは無理だな、と思ったので、今回中途半端ではありますが、一旦ここで区切らせて頂きます。
 
 というか、マジで五条先生が書けない!
 ただでさえこの混沌とした状況に、あの特級問題児を投入してどう話題を進めていけばいいのか。
 

 あと、今回狗巻君に納豆と発言させた点に関して、一応ウメとかと違って、これ単体で意味を持つ単語にはならないしセーフかと思ったのですが、どうでしょう?

 おかしいと思う意見が多いようでしたら、この部分もやはり削ろうかと思います。

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