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【研究コラム】神奈川朝鮮学校における教育費獲得運動の歴史と現在

はじめに

 1970年代に朝鮮学校の各種学校認可への動きが日本各地で行われ、市町村や都道府県による補助金支給は各種学校へも始められました。しかし、2010年以降、朝鮮学校はいわゆる「高校無償化」制度から各種学校のなかで唯一排除され、自治体による補助金削減も相次ぎました。
 朝鮮学校に対する差別問題は、「高校無償化」裁判など、これまでも多く議論されてきました。補助金削減問題についてもその過程などは一般的に報じられています。しかし、過去に教育費や補助金をめぐってどのような運動が行われてきたのか、今現在どういう状況なのかということについて研究の蓄積は多くなく、教育費や補助金をめぐる運動については十分に解明されていません。
 本稿では、教育費や補助金をめぐって神奈川県において今日までどのような運動がなされてきたのか検討します。後述するように、神奈川県は、補助金をめぐって教育内容の介入が最も強かった地域の一つであり、神奈川県の補助金をめぐる問題、運動を検討することは、民族教育弾圧の問題を考えていくうえでも非常に重要な問題だと考えます。これまで十分に実態が明らかにされてこなかった神奈川朝鮮学校における教育費獲得運動の歴史、及び現在の補助金削減をめぐる運動について検討したいと思います。なお、資料として、新聞資料や在日本朝鮮人聯盟(朝連)の機関紙を扱いました。

1.教育費獲得運動

1)解放直後の教育費獲得運動
 1945年8月の解放時に、神奈川に在住した朝鮮人は58,818人と推定され、その後に祖国に帰国する動きが一段落した1946年10月26日には、26,700人になりました。解放直後から国語講習所が開講され、その後、各地の国語購習所は教育体制の整備強化のために統合が進められて、1948年の阪神教育闘争後には川崎や鶴見などで9校の学院となりました。当時、児童数は最大で1582人、教員数は53人でした。
 神奈川県下の各地で学校が建設され、民族教育が体系的に整備されていく過程で、在日朝鮮人の教育費の獲得を求める動きも活発になります。朝連神奈川は1947年11月には、住民税に関する神奈川県当局との交渉のなかで、「自分たちが住んでいる土地を立派にすることはもとより進んで希望するところである」としつつ、「税金という義務は一面において市民権の問題にも関係しているのでこの方面として何等かの権利を認めてもらいたい」という旨を主張し、知事に対して「納付した一部の税金をもって朝鮮人学校の維持費として交付させられたい」と要求しました。
 またその後、朝連神奈川は12月19日に第74回常任委員会を開催し、「我々に発言権がない、即ち、市民権がないのである」として、「児童の教育における一銭の補助も受けていない。このような事情において国税は勿論、地方税も、無条件に納付することは出来ない」と主張し、「地方税(朝鮮人が納入する額)の三分の二を朝連に朝鮮人児童の教育費として支給すること」などを県当局に求める申入書を採択します。
 朝連では、民族教育弾圧に対する激しい抗議活動を行う一方、教育費の国庫負担や地方自治体による補助金獲得運動を日本各地で展開しました。朝連神奈川は1949年4月に第五回執行委員会を行い、当然の権利として日本政府より教育権を闘い取るべきだという教育費獲得運動について決起しています。
 当時、朝連は朝鮮学校の教育費は日本政府が責任をもって全額負担すべきであることを強調し、教育費獲得闘争は単に教育に関する問題だけでなく、同胞の生活問題を含めたあらゆる権利問題と切り離して考えることのできない重大な問題であると訴え、運動を繰り広げました(『朝聯神奈川』第22号)。
 朝鮮人の抗議活動は朝鮮学校閉鎖令の直後から様々な方法で行われました。運動には様々な層が加わり、当時の『神奈川新聞』や、在日朝鮮人が発刊していた『解放新聞』からは、青年や児童生徒が抗議集会、当局との交渉において役割を担っていたことが確認できます。
 在日朝鮮人は県下各地域において人民大会を開き、「教育費一切を日本から出せ」などといった内容の決議文を県知事につきつけます。1949年に行われた5・1記念大会は日本各地で盛大に行われ、川崎、湘南、横須賀などの地域では教育費の負担が訴えられ、横須賀では「教育費全額を日本政府が負担しろ」というスローガンが掲げられました。
 1949年5月末には、衆議院で「朝鮮人子弟に対する教育費支給案」が可決されるものの、6月には文部省が拒否し、実施には至りませんでした。県内でも助成金の取り組みは川崎、横須賀、藤沢、小田原などで行われ、川崎市では「教育費の補助はできないが、納税奨励の意味で朝鮮人の市税納入額の1割くらいを貸出すよう」にしたいとの回答を在日朝鮮人側は得ます。この措置も9月以降、朝連が強制解散させられ、朝鮮学校が閉鎖されていく過程で、立ち消えとなりました。
 川崎と南武支部では学校が別という理由で、市長に各々交渉をすることは不利だと判断し1949年7月21日には合同学父兄大会を開催します。「今までの教育費闘争は各級所管幹部だけの教育費交渉に過ぎなかった。我々の生活は日々困難になっている。各分会でかわるがわる毎日、大衆的運動を展開しよう」と決議し、教育対策委員を選出します。そして第一次交渉として、7月25日に南武支部男女50余名と対策委員が市長に面会し、「朝鮮人教育の特殊性」を訴えました。市長は教育費という名目では支出はできないが税金奨励金としては支出できると答え、8月2日に交渉を持ち金額を決めることなどが話し合われたといいます。
 なお、県で1949年度分の「独立学校教育費」として500万円を私立学校への支出を決定しており、朝鮮学校は378900円を受領しています。朝連神奈川の機関紙では「この度の援助金はわれわれの要求に押され、力によって勝利した」と報じられています。同時期に大和市でも、教育費の要求に対して、町長が「これは当然国費や県費で負担されるべきである、しかしそれの成るまでは寄附金をもって皆様の要求を満たす」と答えていることが報道から確認できます。

2)1950年代以降の教育費獲得運動
 1950年代に入っても民族教育の保障を求める運動は続けられます。たとえば1953年5月24日、26日には中学校の公立化を求めて、神奈川朝鮮中学校の生徒300~500名余が、県庁、市役所に無言の座り込み要請を行ったことが資料から確認できます。その直後、内山知事は1953年6月2日の全国知事会で、「在日外国人の文教政策について政府が一貫した基本方針を確立すること」を求めてその趣旨の要望書を決議させます。
 その後、9月18日に、横浜市当局は朝鮮人中学校との話合いで各種学校として公認すること、運営助成金を支出するという二事項に了解します。また、学校の再建設では約100万円を県と三市で負担しようとしました。しかし、私立校への助成金は支出の名目はないので、とりあえず「暫定的に運営を助成する」という形で補助金がでることとなりましす。この結果、10月28日に、県から朝鮮学校に補助金として100万円(県50、横浜市20、川崎市20、横須賀市10万円を分担)が交付されます。この100万円は、当時の学校の年間運営費の三分の一に相当する額でした。在日朝鮮人たちは、続けて教育予算300万円全額の獲得闘争に取り組むこととなります。
 神奈川では10月31日には、日本全国で京都に続いて二番目に各種学校認可を受け、1965年9月21日には「神奈川朝鮮学園」が認可され、1966年にかけて分校扱いから自主校に移行したました。
 そして1965年9月、県下5校に対する教育助成金獲得運動が始まり、約10年の歳月をかけて繰り広げられました。これは主に「各種学校経常費補助金」、「私立外国人学校補助金」の獲得運動でした。
 1978年2月、神奈川県は、学校教育法に基づき朝鮮各級学校を各種学校として認可し、朝鮮学校に対する「神奈川県経常費補助金」を支給することを決定します。経常費補助の目的として、「私立学校の教育条件の維持及び向上、児童、生徒等に係る就学上の経済的負担の軽減、私立学校の経営の健全性を高めること」と説明していました。同年の神奈川県経常費補助金は1180万2000円、これは2013年の黒岩知事の経常費不計上まで35年間継続されていました。

第二章 補助金不支給に対する反対運動

1)補助金不支給に至る経緯
 以上のように支給されるようになった補助金は2013年以降、削減されます。2010年、松沢成文知事(当時)は就学支援金をめぐり、「朝鮮学校の実態を踏まえ国が方向性を示さないと、各自治体の補助金交付の判断にも影響を及ぼしかねない」とし、直接学校を訪問、教育内容に関して学校側との質問・回答などを経て、12月15日に補助金支給留保を解除し、今年度分として計約6300万円を交付する方針を明示しました。しかし、2013年2月13日に、黒岩祐治県知事は「県内の朝鮮学校5校に交付してきた県独自の補助金を、平成25年度当初予算案に計上しない」と突如発表し、その理由として「北朝鮮での核実験」を受けての措置だとし「県民の理解が得られないから」と発表します。2013年当時、これらの5校に対する1年間の経常費補助金は約6300万円であり、これは学園の年間運営費の約3割程度でした。そして、10月に横浜市、12月に川崎市も県に追従して不支給としました。
 黒岩祐治知事は、2013年2月18日の記者会見において、「朝鮮学校と北朝鮮は関係ないと、県民に理解してもらえる自信がない。盾になり続ける気持ちが失せた」と話しており、核実験の強行が自分に「苦渋の選択」を強いたと説明しています。
 その後県側は、経常費補助金の停止について、多くの県民から子どもには罪はないとの意見を受け、朝鮮学校を含む外国人学校に通う児童・生徒の保護者に対し直接学費を補助する制度である「外国人学校生徒等支援事業」を導入します。これは3月、議会に諮って4月からの実施となりましたが、朝鮮学校の適用は教科書の記述の見直しなどを理由に即座には行わず、12月に支給(従前の三分の二相当)となりました。
 同事業は、主に「外国人学校に通う子どもたちが国際情勢・政治情勢に左右されずに教育を受ける機会を安定的に確保する」といった目的で導入されました。これにより、神奈川は高校無償化制度が発足して以降に、朝鮮学校への補助金を不支給とした地方自治体の中では、支給を再開した先例となりましたが、その支給は文科省の就学支援と同じ恩恵的措置としての意味合いを持つものでした。
 その後、2016年3月29日に、文科省が「3.29通知」を発表します。それに伴い、2016年11月に、黒岩知事は2016年度の学費補助金の支給を留保すると発表し、その後同年度の学費補助金の不支給を決定します。その理由は「学園が使用している『現代朝鮮歴史』の教科書について、平成28年度に予定されていた『拉致問題』についての明確な記載のある教科書への改訂が平成28年度末時点でおこなわれないこととなったため」というものでした。
 学園側はこれに対して、独自的に「拉致問題」を取り扱った副教材を作成し授業を行っており県側もこれを視察して確認している、しかしその後も「拉致問題」についての明確な記載のある教科書への改訂がなされていないことを理由に学費補助金が支給されない状況が続いている、県がこれまで学園以外の他の外国人学校に対しその教科書や授業の内容、国際情勢や政治情勢によって補助金を交付しなかった事例はないなどと主張します。
 補助金交付の前提として、「拉致問題」についての明確な記載のある教科書への改訂を条件とすることは、県自らが掲げた外国人学校生徒等支援事業の理念にも反しており、不合理な取り扱いといえます。その上、県が「拉致問題」について明確な記載のある教科書を作成するよう指示したり、県の指示に沿った授業が実際に行われているかどうかを視察し確認したりすることは、私立学校の教育内容にまで立ち入ることであり、教育基本法や私立学校法の定める私立学校の自主性の尊重にも抵触し、学園に対して不当な圧力をかけるものであって、不適切な対応でした。

2)補助金削減をめぐる運動
 
神奈川県が補助金の不支給を決定したことに対して神奈川朝鮮学園は2013年2月14日、神奈川朝鮮中高級学校で記者会見を行い、声明を発表しました。声明では、「核実験と神奈川朝鮮学園が何の関係もないということは、あまりにも明白であり、それを口実に本学園を差別的に扱うことはまったくの筋違い」などと、強く抗議しました。また、これに関連して、『神奈川新聞』は「朝鮮学校差別は筋違い」と題する社説を掲載し、「核実験に責任を持たない朝鮮学校と、そこで学ぶ子どもたちに制裁を肩代わりさせるかのような政策は理解に苦しむ」と批判しました。そのうえで、同社説は「北朝鮮本国の問題と朝鮮学校を切り分け、補助金支給を継続してきたのは知事自身ではなかったか。本国の振る舞いと学校を結び付けることが妥当だと判断を変えるに至った理由を、知事はどう説明するのだろう」と厳しく問いました。
 神奈川朝鮮学園は同月2月18日、神奈川朝鮮中高級学校で「朝鮮学園に対する補助金予算不計上扱いに抗議する緊急集会」を開き、そこに朝鮮学校の保護者、生徒、同胞、関係者、日本市民ら220余人が参加しました。
 神奈川朝鮮学園の禹載星理事長は基調報告の中で、黒岩県知事の決定について「核実験を口実に、過去36年間何の問題もなく支給されてきた教育助成金を切ることは暴挙」、「朝鮮学校に対する明らかな民族差別で政治的圧力以外の何でもない」と訴えました。これまで、県下朝鮮学校の生徒、卒業生たちが様々な地域貢献、国際親善活動に努めてきたのみならず、朝鮮学校が県の指導に誠実に応え相互理解を深めてきた事実にも触れながら、県が補助金を支給するよう、保護者、同胞、教職員、生徒、関係者が一体となり抗議活動を行っていく姿勢も示しました。
 また神奈川中高教育会の張裕幸理事は、「朝鮮による核実験と朝鮮学校の補助金予算案不計上はまったくの別問題、理解に苦しむ」と述べました。「差別や偏見は無知から来る。良識ある日本の支援者もたくさんいる」と話しながら参加者たちに、自らが主体となり朝鮮学校の正当性を主張して行く重要性を訴えました。
 さらに、集会では黒岩県知事に宛てた抗議要請文が採択され、集会の最後には今後の具体的な取り組みとして、朝鮮学校関係者、教職員、保護者らが要請団を組み、県への直接的な要請活動を行っていくことなどが確認されました。
 一方、集会後、保護者、関係者たちは記者会見を行いました。保護者たちからは、「朝鮮学校は潰れろという意味なのか」、「朝・日間の外交で何か問題があるたびに、その矛先を朝鮮学校の子どもたちに向けるのはやめてほしい」、「朝鮮学校は、在日朝鮮人にとって民族そのもの。日本のやっていることは、民族を抹消しようとすること。断固としてたたかっていく」などの発言がありました。
 県知事は記者会見にて、朝鮮学校への補助金打ち切りの事情を説明して、「朝鮮学校と北朝鮮は関係ないと、県民に理解してもらう自信がない。盾になり続ける気持ちがうせた」と述べていました。「県民」が誰を指しているのかは分かりませんが、知事に「苦渋の選択」を強いたのは、朝鮮民主主義人民共和国による核実験の強行という「国際社会を敵に回す暴挙のエスカレート」だったという主張でした。
 2月19日、禹理事長、神奈川朝鮮中高級学校の姜文錫校長をはじめとする県内の朝鮮学校の教員、保護者、関係者ら12人は県庁を訪れ、朝鮮学校への補助金支給を求める要請活動を行いました。そして前日18日の緊急集会で採択された抗議要請文を、県庁職員へ手渡します。
 また、日本の市民団体らによるネットワーク「神奈川県知事による朝鮮学園に対する補助金の予算不計上に抗議し、撤回を求める県民会議」(以下、「県民会議」)が同月2月21日、記者会見を開き声明を発表しました。声明では、「被爆国民として、核兵器の廃絶は日本国民の共通の願いであり、この願いに反し、北朝鮮が、どのような理由があれ、核実験を繰り返し行っていることは、厳しく糾弾されるべきである。しかしながら、それを理由として、核実験になんら責任を持たない朝鮮学校とそこで学ぶ子どもたちに、制裁を肩代わりさせるかのような政策は断固許されない。」と強く抗議しました。
 また、神奈川朝鮮中高級学校の高級部3年生の34人と保護者、神奈川朝鮮中高級学校の姜文錫校長をはじめとする教員たち約60人は2月28日、神奈川県庁を訪ね、県知事に対して補助金の支給を求め要請を行いました。生徒たちは知事に合うことはかなわず、県民局くらし文化部学事振興課の担当者と面会し、代表者が要請文を朗読しました。
 3月7日には、日本の市民団体による「朝鮮学校への教育補助金を考えるシンポジウム」が横浜中央YMCAで行われました。約100人が参加したこのシンポジウムでは、これからの日本社会で多文化共生を実現するためにどうしていくべきかを議論し、基調講演やパネルディスカッションなどが行われました。
 また、「多文化共生の神奈川を!3.19県民集会」が3月19日、横浜市にある開港記念会館ホールで行われ、神奈川朝鮮学園への補助金復活を訴えました。神奈川県内の日本市民、在日朝鮮人ら300余人が参加したこの集会は、県内の日本人有志らが中心となり、「県民会議」が主催しました。集会では、今後の活動方針として、主に①行政・議会への要請、②世論の形成、③朝鮮学校との交流の三つがあがった。「県民会議」はその後、3月22日、県庁を訪れ、神奈川朝鮮学園の補助金復活を求める署名2万1372筆を提出しました。
 6月15日には「朝鮮学園への補助金計上を実現するために!6.15シンポジウム」が1、「県民会議」の主催の元もと、神奈川朝鮮中高級学校で行われました。同校の児童・生徒や保護者をはじめとする同胞と日本人士ら約170人が集まりました。神奈川県の補助金不計上に反対する同胞や日本の市民団体の活動が報告されるとともに、今後の活動提起が行われました。活動報告では、朝鮮学校との交流や署名活動、日本市民が主催する行事へのオモニ会の売店運営などでの参加などがあげられ、2月14日~5月30日までに、様々な団体が26回、県庁を訪ねて要請活動を行ってきたものの「1度も県知事は会ってくれなかった」と指摘されました。今後の活動提起では、署名活動や要請活動の強化、朝鮮学校に対する正しい情報に基づいた世論形成、朝鮮学校を支援するための募金活動、日本各地の市民団体と提携した全国的な活動展開などが呼びかけられました。
 「県民会議」に賛同している93の団体が中心となり7月から9月まで補正予算への計上を求める署名活動も展開されます。その後、11月12日、「県民会議」の代表らが県庁を訪問し、補正予算に補助金の計上を求める要請署名2万3938筆を手渡しました。対応した県庁職員は、署名を「県民の声」として黒岩知事に提出すると述べたといいます。
 他にも、12月10日から朝鮮学校への補助金不交付を明らかにした川崎市に対し、「おおひん地区から、朝鮮学校補助金不支給に反対する2000人署名活動実行委員会」のメンバーや在日朝鮮人らが12月13日、川崎市役所を訪問し、福田紀彦市長宛てに集められた1207人分の署名を提出しました。
 こうした運動を受け、神奈川県は12月11日に、外国人学校に対する補助金を廃止する代わりに、2014年度から県内の外国人学校に在籍する児童、生徒がいる世帯の収入に応じた学費補助制度を適用する方針を示しました。こうして神奈川県は、2014年3月に「外国人学校生徒等支援事業」を創設します。しかし、県議会はこの支援事業を「神奈川朝鮮学園における拉致問題に関する取り組みを鋭意注視する」との意見をつけて可決しました。
 同年2014年11月、県は独自教材の作成・使用を確認したとして、県下朝鮮学校5校の子どもたちへの交付手続きを開始し、12月19日、子どもたちの家庭に補助金が支給されます。これは、補助金不支給に陥っていた都府県の中では最初の再開事例となりました。
 「県民会議」が主催の「多文化共生の神奈川を!~朝鮮学園の補助金支給を求めるとりくみ中間報告~」が2015年2月13日、神奈川県立かながわ労働プラザで行われ、100余人が参加しました。この報告会では、経過報告をしたのち、新制度が創設された背景について、市民団体が運動を進め県民世論が朝鮮学園への補助金不支給を支持していないことを明らかにしたこと、何よりも神奈川朝鮮学園が長年にわたって県行政や県内の労働団体、市民団体と培ってきた信頼関係があったこと、これをベースとした多文化共生の県民意識が強く作られていたことをあげられ、今後も神奈川らしく取り組み、課題を克服していきたいと話されました。
 このように、2013年の補助金不支給から、日本の市民団体らや朝鮮学校生徒らによる署名活動や朝鮮学校に対する理解を深めるための県内の朝鮮学校訪問ツアーや学習会、地域交流による世論作りなど、幅広い活動が行われ、2014年度からは金額や規定の所得を越える家庭には事業が適用されないという問題点もありながら、部分的に補助金が支給は再開されることとなりました。

3)学費補助金不支給後の運動
 
2016年3月29日の文科省「3.29通知」の発表後、2016年11月に県知事は「拉致問題」についての明確な記載のある教科書への改訂がなされていないことを理由に、学園に児童・生徒を通わせる保護者に対する2016年度の学費補助金の支給を留保すると発表し、その後、2017年2月8日に2016年度の学費補助金の不支給を決定しました。
 このことと関連して神奈川朝鮮学園と日本の支援者らが2017年2月10日、神奈川県庁で記者会見を開き、談話を発表します。内容には、教科書の改訂を「前提」として、学費補助金を「留保・停止」するとしたことに対する不当性や、今回の知事の決定が神奈川県が掲げている「多文化共生社会」の実現に逆行するものであると言及し、補助金を支給することを強く求めたのです。
 また、「神奈川民族教育を守り発展させるための同胞緊急決起集会」が2月24日、神奈川朝鮮中高級学校で行われました。これに、在日朝鮮人ら約200人が参加しました。集会の報告で、神奈川民族教育対策委員会の機能と役割を高め、補助金支給を求めるための宣伝活動、学校運営のための一口運動を全機関、全同胞的に力強く推し進めていくことに言及し、「ALL神奈川」の精神で同胞たちが一心団結し、神奈川の民族教育を守り、発展させていこうと呼びかけられました。
 横浜初級の学校関係者、保護者ら7人は同年6月28日、県庁の私学振興課を訪れ、補助金再開の要請を行いました。当日、保護者らと教員たちは創設された補助制度の目的と不交付決定の理由が矛盾していると指摘し、また朝鮮学校だけに補助金支給の「条件」をつけ、教育内容に加入していることに対する問題点を話しました。
 7月15日には「神奈川朝鮮学園を支援する会」の総会と講演会が横浜市内で行われ、62人が参加しました。第1部総会では、1年間の活動報告や協議事項として活動計画や取り組みに関しての提議がありました。そして、新たに「朝鮮学校に通う子どもたちへの『学費補助』再開を求める県民会議」を発足させました。今後、「学費補助」支給再開を求め、神奈川県への要請や署名、街頭宣伝行動、集会などを開催し、朝鮮学校に通う子どもたちが現在置かれている状況を市民に周知する取り組み、朝鮮学校への支援強化を行うことが確認されました。
 また、当時の神奈川朝高の高校3年生の生徒32人が2018年2月26日、横浜市の県庁を訪ね、昨年から街頭で集めてきた署名1811筆を、「県民会議」が集めた1万8449筆に含めて県知事宛てに提出し、学費補助の支給再開を訴えました。しかし、応対した私学振興課の副課長は、「神奈川朝鮮学園が教科書内容を改訂するまでには支給しない」の一点ばりでした。学費補助の目的に基づいた説明はなく、朝鮮学校側に責任があるといわんばかりの対応でした。
 その後も朝鮮学校への幼保無償化適用、補助金支給をめぐり、横浜初級および鶴見幼稚園の保護者連絡会代表は2020年11月4日、横浜市内の朝鮮学校に対する補助金支給を再開するよう横浜市に要請しました。同席した横浜市会副議長をはじめとする立憲民主党の市議らは要請に先立って神奈川中高、横浜初級、鶴見幼稚園を訪問。実際に見聞きした経験に基づいて、朝鮮学校保護者らと共に差別是正の声を届けました。
 2016年に補助金が停止してから以上のように獲得運動が行われましたが2022年6月20日に行われた県議会第二回定例会では、県知事は県の有識者組織「かながわ人権政策推進懇話会」委員から補助金を再開するよう意見や要望が出されているとした上で、「拉致問題についての明確な記述がある教科書への改訂が確認できないことから、施策への反映はしていない」と答弁しました。
 近年では立憲民主党所属の横浜市議会議員らによる視察団が2023年8月10日、2020年に続き2回目の神奈川中高と横浜初級への訪問を行いました。視察団は、各朝鮮学校の校長らの説明を受けながら、校内を順に見て回った後、生徒を含めた関係者らと面談しました。その後、2023年10月5日、神奈川県内の朝鮮学校関係者、保護者、総聯支部委員長らは横浜市役所に陳情書を提出しました。この要請は、8月の視察時に学校関係者から寄せられた要望を、市の教育委員会に直接申し立てる機会を設けることを目的に行われたものでした。学校関係者からの発言を受け、教育委員会の教育次長は「要望についてはしっかりと市長に伝える、市としては、今後も国際情勢を鑑み、慎重に判断していきたい」と回答しました。
 補助金の不支給が決定した2017年から「月曜行動」も始まります。「月曜行動」では月に一回、朝鮮学校の生徒や卒業生、生徒の保護者、日本市民たちが主体となり、署名活動や、プラカードを手に県庁前で抗議活動を行っています。この他にも、神奈川県への要請や集会、朝鮮学校に通う子どもたちが現在置かれている状況を市民に周知する取り組みなどが今も行われています。

おわりに

 結びに代えて、教育費や補助金をめぐる運動についてまとめたいと思います。
 解放直後に行われた教育費獲得運動は、「朝鮮人教育の特殊性」と日本政府の責任から教育費の全額を日本政府が負担するよう要求したものでした。これは、朝鮮学校が日本政府による植民地支配を経て形成されたという「朝鮮人教育の特殊性」を、実体験をもって理解し、訴えたものでした。
 また今日に至るまでの補助金をめぐる運動は、共に地域の発展を望むうえで、日本の市民らと共同で運動であり、行政・議会への要請、世論の形成、朝鮮学校と日本市民の交流の三つを方針として活動してきたものでした。またどの時期の運動でも、教員や保護者、そして生徒を主体とした運動が活発に行われていました。
 朝鮮学校発祥の歴史的背景を鑑みると、日本政府には民族教育を保障する当然の義務があるはずです。しかし、日本政府は朝鮮半島の植民地支配の責任を認めておらず、その義務を果たそうとしていません。歴史否定から「北朝鮮バッシング」が激化し、それと相まって在日朝鮮人に対する無知、無理解につながり、さらなる差別問題が生まれています。これは、「高校無償化制度の適用・補助金の支給=民族教育の保障」といった在日朝鮮人の差別の内面化にもつながりかねないものです。今後仮に補助金が支給されたとしても、それだけでは政府・自治体にとっては「恩恵的措置」でしかなく、民族教育弾圧の根本的解決とはなりえません。
 補助金の獲得は、在日朝鮮人の民族教育の保障の一つの通過点です。そのため、民族教育の真の保障のためには、差別を助長している「北朝鮮バッシング」に部分的に同意した上で反論するだけではなく、民族教育差別の不当性を正しく訴えていく必要があるのではないでしょうか。何より「北朝鮮バッシング」を避ける論理で補助金が支給されたとしても、それは「北朝鮮」をめぐる「潔白」を県側が解釈しただけで民族教育が認められたものとはいえません。
 補助金の支給をめぐる問題は民族教育の存続に深く関わっている重要な問題です。だからこそ、民族教育の歴史的背景、運動の歴史から学びながら、今後の運動がどうあるべきか考え、実践していくことが重要ではないでしょうか。

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