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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第二章

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女の友情は儚い

セブンス6巻の予約が開始されました。


こちらも応援よろしくお願いいたしますm(_ _)m

 エアバイクレース。


 飛行船の格納庫で、俺は自分の乗るエアバイクを前にしていた。


 レーサーのようなスーツ姿で、ヘルメットを携えた俺はエアバイクに取り付いたルクシオンと会話をしている。


『後ろ盾を怒らせたくないからと無理をしますね。アンジェリカの立派な取り巻きではないですか。モブに相応しい立ち位置でしょうか?』


 日頃から俺は自分のことをモブと言っており、ルクシオンは嫌味を言ってくる。


「もう少し背景みたいな立場が俺の好みだ。悪役令嬢の取り巻きなんて大役は恐れ多くていけないね。それより、いけそうか?」


 まるで水上バイクのようなエアバイクに、ルクシオンが球体ボディーから伸びたコードを突き刺して改造していた。


『後十分程度で問題ないかと。どうやら、嫌がらせを受けていますね。エンジントラブルが発生するような仕掛けがされていました』


「マジかよ。もしかして俺ってそんなに嫌われているの?」


『間違いなく全校生徒が嫌っていると思いますよ。今仲良くしてくれているお二人は大事にするべきでしょう。異性として見られないならお友達になりますが』


「……友達ね」


 小声で話をしている俺は、あの二人について思うのだ。


 本来なら友達にもなれない主人公と悪役令嬢……俺はもっと、簡単な問題で二人は親しくなれないと思っていた。


「このまま仲良く出来れば良いけどね。波風立たないのが一番だ」


『何か気になる点でもあるのですか?』


「あぁ、あるね。あの二人は根本的に――」


 そこまで話をしていると、三年生の先輩が一人やってくる。


 短髪で背が高く、厳つい先輩は随分と体を鍛えている様子だ。首回りがとにかく太い。優勝候補の一人である。


「ジルクの代理はお前かよ」


「おや、優勝候補の筆頭様じゃないですか。俺に何か用件でも? ちょっと忙しいんで後にして貰えません。エンジン関係でトラブルがありましてね」


 クラリス先輩の取り巻きの一人。


 三年生の先輩は、俺の顔を見て苦々しい表情もしていない。ただ、普通にしていた。


「知っていたのか? なら忠告してやる必要はなかったな。それにしても、ジルクの代わりに出てきたのがスコップ野郎かよ。……複雑だな」


 スコップ野郎。決闘時に間違ってスコップで戦ってしまったので、そう呼ばれているのだろう。


「言ってくれますね」


 そう言うと、先輩は少し自嘲気味に笑った。


「……先に謝っておくぞ。お前には恨みもないが、次のレースは本気で潰す」


 なんと律儀な宣戦布告だろう! ……謝るなら止めてよ。痛いのは嫌いなんだ。


「やむにやまれぬ事情でも? クラリス先輩に脅されましたか?」


「――違う!」


 俺の冗談に先輩が激高すると、すぐに「悪かった」と謝罪してきた。


 そして咳払いをしてから俺に話してくれるのは――クラリス先輩の事だった。


「俺の家は宮廷貴族でも末席だ。爵位もなければ、俺自身は跡取りでもなかった」


 普通クラスの生徒である先輩は、クラリス先輩の取り巻きの一人。


 ただ、少し違うのは恩義を感じているところだろう。


「お嬢様はこんな俺にも優しかったのさ。俺にエアバイクの才能があると知ると、支援してくれた。おかげで卒業後はこいつに乗って働く仕事に就けそうだ」


 エアバイクに優しく手を置く先輩は、嬉しそうなのに悲しそうにも見えた。


「……優しい人だ。俺たちの憧れだった。周りの女が酷くて、他のお嬢様連中の取り巻きたちがグチグチ言っているのを聞いて……俺たちはこの人で良かったと何度も思ったさ」


 俺が黙っていると、先輩は過去を話してくれる。


「お嬢様の家はエアバイクのレース場を持っていてよ。そこを自由に使えるから練習には困らなかった。ジルクの奴も婚約が決まる前からレース場に通っていたんだぜ。お嬢様はあいつのために指導者を用意して、エアバイクも送ってさ。凄くいい顔で応援するんだよ。それが悔しいやら嬉しいやら……なのに、ジルクの野郎は急に婚約破棄を言ってきやがった。お嬢様が会おうとしても絶対に会わないまま、気が付けば婚約破棄だ」


 それは怒っても仕方がない。


 ジルクはボコボコにされれば良い。俺が許す。やっちゃって、先輩!


「なら、俺は許してくれません?」


「悪いな。心情的には嫌いじゃないが、お嬢様の命令は絶対だ。……この命令だけは俺たちは絶対にやり通す。何が何でも……命を引き換えにしても」


 強い決意。


 これだけ慕われていたのだから、クラリス先輩も人望が厚い。


 先輩が俺に言う。


「……医務室の件は聞いた。無理だろうが、お嬢様を悪く思わないで欲しい。あの人、夏休みから人が変わっちまったのさ。奴隷を侍らせて、夜は遊んで朝帰りだ。昔はそんな人じゃなかったのに」


 ……奴隷を侍らせ朝帰り? それ、うちの姉貴を筆頭に多くの女子がやっている事だ!


 感覚が麻痺してきたせいか、あまり驚かなかった。


 末期だな。どうやら俺も、この乙女ゲーの世界に染まりつつあるらしい。


 普通じゃん、って一瞬思ってしまった。


「……同情してこちらが手を抜くとでも?」


 先輩は笑っていた。


「駄目か? まぁ、お前はこういう話に興味がなさそうだから無理だろうな。別にいいさ。俺の愚痴だ」


 去って行く先輩を見ながら俺はエアバイクのシートに腰を下ろしてヘルメットをかぶる。ヘルメットの顎にあるベルトをしっかりと固定した。


『エアバイクを完全に掌握しました』


「そうか」


『……マスター、今の話を聞いても何も思わず優勝狙いですか?』


「あぁ、優勝狙いだ。悪いけど、俺は俺自身に大金を賭けているからな」


 ジルクの代わりに俺が出ると知った生徒たちの賑わいと言ったら……今回は学園の用意したエアバイクを使用すると聞いて、俺が負けると思ったらしい。


 決勝に進出した選手たちと俺を比べれば、明らかに俺は劣っている。


 ……つまり、俺は大穴だ。


『お金など必要ないと思いますが?』


「馬鹿だな。俺が負けると思っている連中が悔しがる姿を見せてくれるんだぞ。そのためになら優勝くらいするわ。賭けはついでだ。こっちは別件でちょっとな」


『本当に良い趣味ですね。私の力を使って勝負する時点で情けないのに、それを微塵も感じないタフで図々しい精神は見習いたいものです』


 こいつ俺のこと嫌いすぎじゃない?



 レースが始まるとあってエアバイクで空の上を走った。


 周囲には同じようにバイクに乗っている生徒たちの姿がある。


 中には、俺を目の敵にしている奴もいた。


「よう、待っていたぜ。今日はあの時の借りを返してやる」


 誰だ、こいつ?


 見れば二年生のようだが、俺には全く見覚えがない。普通クラスではなく、どうやら上級クラスの生徒らしい。


 俺が無視をするとエアバイクをぶつけてきた。


「無視してんじゃねーよ、一年のカス野郎」


 俺は鼻で笑ってやった。


「お前みたいなゴミ野郎をいちいち覚えていられるわけねーだろ、ゴミ屑が。公爵家にお前の名前を告げ口してやるから名乗れよ。ほら、名乗ってみろよ!」


 レッドグレイブ家と親しくしておりますというのをアピールしつつ、俺は丁寧に対応して相手に下がって貰うことにした。


 虎の威を借る狐? それが何か? 結構楽しいよ。


 相手が舌打ちをして俺から距離を取る。


 布で張られたスタート地点に選手が出そろうと、飛行船たちが囲って出来たコースが見える。


 随分と長いコースだ。


 所々に障害物も設置されていた。


『……相変わらず口が悪いですね。マスターに全く同情できませんよ』


「俺はこんなに真面目なのに、どうして厄介ごとが舞い込むんだろうな。ヤレヤレだぜ」


『自業自得です。実は目立ちたがりではないかと最近疑っております。ほら、スタートですよ』


 前を見ると審判がライフルを空に向かって撃った。


 それを合図に一斉にエアバイクが走り出すと、俺も先頭集団に――ならなかった。


『見事に囲まれましたね』


「ガッデム!」


『貴方の前世は日本人では?』


「言ってみたかっただけ」


 周囲を囲む男子生徒たちが、俺に近付くと蹴りを入れてくる。


「くたばれ、この外道!」

「お前のせいでこっちは借金生活だ!」

「落ちろぉぉぉ!」


 この怨嗟の声に俺は誤解だと言いたかった。


「全部自業自得だろうが、ばーか! お前らが落ちろ!」


 俺も蹴ってきた男子生徒に蹴り返していると、ルクシオンが呆れていた。


『……目くそ鼻くそに相応しい会話ですね。争いは同レベルの者同士でしか起きないと実感できますよ』


 上下左右……そして前方まで防がれた俺は周囲からの集中的な攻撃に耐えるのだった。


「痛っ! 誰だ、今ぶつかったの!」



 有料ラウンジでは、生徒たちが集まりレースを応援していた。


「やっちまえ!」

「そこよ。もっと抉り込むように!」

「ちょっと、生温いんじゃないの!」


 白熱する応援……全ては、リオンが生徒たちのヘイトを稼いだのが原因だった。


 アンジェが頭痛にこめかみを押さえる。


「……下手に止めても不満は溜まる。適度にガス抜きさせれば良いとリオンも言っていたが、これは流石に」


 リビアが涙目だ。


「リオンさんが可哀想です。リオンさん、別に悪いことは……え、えっと」


 何とかリオンを庇おうとするリビアをアンジェは慰めた。


「無理をするな。あいつにも悪いところはあるが、ここまで言われる奴ではないと私とお前が知っている。それにしても、クラリスの関係者が近づけないとは」


 リオンを潰そうとしたクラリスの取り巻きたち。


 しかし、その取り巻きたちが囲む前にリオンは他の男子に囲まれボコボコにされていた。


 致命傷は避けているが、見ていて腹立たしい思いのアンジェが手を握っているとクラリスがやって来た。


「あら? 私たちが手を下すまでもなかったわね。あんたの取り巻き、本当に嫌われているわね」


 リオンを取り巻きと思ったクラリスに、アンジェは反論した。


「リオンは取り巻きではない」


「そうなの? いつも一緒にいるから、そうとしか見えなかったわ。それにしても、あんたも人望がないわね。取り巻き連中がみんな裏切ったんでしょう? 裏切られるあんたにも問題があったんじゃないの?」


 ケラケラ笑っているクラリスに、リビアが会話に割り込んでしまった。


「そ、そんな事はありません。アンジェは悪くありません!」


「――リビア」


 そんなリビアにアンジェが少し安堵すると、クラリスが目を細めていた。


「私たちの会話に割り込むんじゃないわよ、平民風情が」


「……え、あ」


 リビアが平民と言われて尻込みすると、今度はアンジェが庇おうとする。それを見てクラリスは暗い笑みを浮かべていた。


「アンジェリカも変わったわね。取り巻き全員に裏切られて弱気になってしまったのかしら? 昔の貴方なら、平民なんてたいして気にも留めていなかったのに。もしかして、気落ちして平民にすがったのかしら? あんなに平民を見下していたのに変わるものね。私も騒動以降に裏切り者は出たけど、流石に平民には頼らないわよ」


 アンジェがクラリスを睨むが、すぐに振り返ってリビアを見た。言葉が出ないリビアに、アンジェは誤解を解こうとするが――。


「……ち、違う。リビア、私は」


 手を伸ばすが、リビアは涙を拭うようにその場を去って行く。


「――あ」


 アンジェが追いかけようとするが、足が止まった。


(……私に追いかける権利はあるのか?)


 立ち止まって考えるのは、過去の自分だった。


 公爵令嬢ともなるとリオンとは生活が全く違う。畑に出ることもなければ、民とふれあう機会など用意されなければあり得ない。


 そんなアンジェが、平民をどう思っていたかなど……。


「あ~あ、逃げられちゃった。最後のお友達も冷たいものよね」


 クラリスの言葉にアンジェが額に青筋を浮かべ睨み付ける。


「黙れ。その顔を吹き飛ばされたくなければ、私の前で口を開くな」


「……ようやく調子が戻ってきたわね、アンジェリカ。あんた、やっぱり短気よね。それにしても、そんなあんたが復讐もしないで大人しいなんてガッカリだわ」


 煽ってくるクラリスに、アンジェリカは取り巻きと専属奴隷を見た。


(全て男ばかり。そうか、こいつも女子には裏切られたか)


 女子の取り巻きがいないことに気が付き、アンジェリカもクラリスを煽った。


「偉そうなことを言っておきながら、自分も友人たちとは縁切りか? 鏡を用意してやろうか?」


「……あんた、本当に苛々するわ。あんたがユリウス殿下たちを見張っていれば、こんな事にはならなかったのよ!」


 アンジェリカの頬を平手打ちが襲う。


 先程まで白熱していたラウンジが、一気に静まりかえった。


 クラリスの取り巻きたちが慌てて仲裁に入ろうとすると、アンジェリカはクラリスの胸倉を掴んで拳で頬を殴った。


 そのまま押し倒してマウントポジションを取る。


「偉そうに言うな! 男共侍らせて、あげくに専属奴隷? お前の方が馬鹿だ! そんなお前だから捨てられたんだろうが! この猫かぶりが!」


 クラリスがアンジェリカの髪を掴む。


「――言ったな、このじゃじゃ馬!」


 ラウンジ内が騒然となった。



 レースも終盤に入ると、順位を上げようと男子たちが俺から離れていく。


「こんなもので良いだろ」

「これだけボコボコにしたらもう走れねーよ」

「じゃあな、口だけ野郎!」


 去って行く糞野郎共の背中を見ながら、俺はハンドルを握りしめスロットルを上げていくとエンジンが小気味良く震えていた。


 車体はボロボロになってしまい、ヘルメットのバイザーも割れているが……俺の心は折れていない。


 残念だったな、ゴミ屑共! お前らの敗因は、俺に止めを刺さなかったことだ!


「いけるな?」


『いつでもどうぞ。しかし、これだけあからさまなラフプレーで止めに入らないとは嫌われすぎでは?』


「審判に金を握らせておけば良かったな」


『……本当に最低な発想ですね。ただ、他の生徒が既に握らせていると思うのでマスターの場合は更に大金を積み上げないと審判も納得しないかと』


「あぁ、そう思うよ」


 スピードが上がると先程まで俺を囲んでいた男子たちが、順位を争って仲違いをしていた。


 そんな彼らを追い抜く。


 ルクシオンが完全管理したエアバイクの調子は最高だ!


「て、てめぇ!」


 悔しそうにする男子たちに、俺は手を振っておく。


「足の引っ張り合いご苦労さん。お前らはそうやって一生足の引っ張り合いをしていろよ!」


 そして次々に選手たちを抜いていくと、上位陣を独占するようにクラリス先輩の取り巻きたちが走っていた。周囲とはレベルが違い、仲間内で上位を独占しそうな勢いだ。


『流石に速いですね』


「追いつけるか?」


『ご冗談を……追い抜くまで一分もかかりません』


 エンジンが限界を超えて動き始めると、エアバイクにしがみつくだけでも大変だった。


 エアバイクの制御もルクシオンが行っている。バイクが小刻みに、時には大きく傾く中、俺は必死にしがみついていた。


『マスター、体重移動が僅かに遅いですよ』


「小刻みに変更を入れすぎなんだよ!」


 バイクに合わせて体を動かし、そして次々に上位の選手たちを抜いていく。


 その光景に会場内が騒然としていた。アナウンスも驚愕したのか声を張り上げている。


『ま、まさかここでバルトファルト選手が優勝争いに加わったぁぁぁ! こんな事があり得るのでしょうか? もしや違法改造か!』


 俺が勝つのがそんなに嫌か?


「そうか。それなら……意地でも勝ってやるよ」


 お前らの泣き顔を是非とも俺に見せてくれ。


 そうして三位の選手を抜き去り、二位の選手が俺の前に出てきた。


「行かせるか!」


 俺の進行方向を邪魔する屑に、笑いながら言ってやる。


「残念! 行かせて貰いま~す!」


 エアバイクの動きに体を合わせ、随分とトリッキーな動きで二位の選手を抜くと目の前には三年の先輩だけがいた。


 俺がアウトコースから抜こうとすると、先輩は俺に何かするよりも直線コース――最後のゴール手前で無駄なことはせずに実力勝負に出た。


 元から小細工は嫌いなタイプと見ていたが、やはりそうだった。


「――悪いな」


 ルクシオンに管理されたエアバイクがマフラーから火を噴くと、最後のスピードは俺でも恐ろしくなるものだった。


 ……二度とエアバイクのレースなんか出たくないと思えるくらいのスピードを感じていると、先にゴールしたのは僅かに俺のエアバイク。


 勝ったのは俺だった。


 スピードを落としてヘルメットを脱いだ俺は、観客席に向かって笑顔で手を振るのだった。


「みんな、俺が勝ったよ~! ごめんね~」


 観客席――飛行船の甲板やラウンジから、物が投げつけられる。


「またお前か!」

「私のお小遣いを返して!」

「この疫病神が!」


 そんな声援に包まれつつ、俺は手を振っていた。悔しそうなお前たちの顔が、俺には最高の業褒美だ。


『マスター』


「なんだ? 今は気分が良いから放っておいてくれ」


『いえ、そろそろ本当に限界です』


「――え?」


 振り返ると、エアバイクから白い煙が吹いていた。通りで背中が少し熱いと思った。シートとか、エアバイク自体に熱があるような気がしたのだ。


「いやぁぁぁ!」


 ルクシオンを手に取ってそのままエアバイクから飛び降りると、後ろを走っていた先輩が俺を拾ってくれる。


 ……意外に優しい先輩だった。


「助かりました」


 お礼を言うと、先輩が困ったように笑うのだった。


「別にいいさ。決闘騒ぎの時はスカッとしたからな。その時のお礼だ。まぁ、ついでに少し稼げたからよ」


 この先輩、ジルクへの憎しみで決闘の際に俺に賭けていたらしい。



 医務室。


 表彰された俺は、賞金を持ってジルクたちの所に来ていた。


 俺はメダルを見せつつマリエの悔しそうな顔を見る。


 なんて気分が良いんだろう。


 この、妹を言い負かしたような爽快感は久しぶりだ。


「ほら、勝ってきましたよ。約束忘れていないだろうな、ジ~ル~ク君」


 俺のニヤニヤした顔に、ジルクは小さく溜息を吐いている。


「……えぇ、約束は約束です。何でも命令すれば良いでしょう。まぁ、可能な限り応えるつもりですよ」


 可能な限りというのが、こいつの腹黒さを物語っている。


 出来ないことはしないと言っているのだ。


 なんて最低な奴だろう。


 これだから乙女ゲーの攻略対象は駄目だ。


 頭の後ろで手を組んでいるカイルが、俺に対してため口で話してくる。こいつ、俺が男爵様だと知っているくせに……。


「それで、何をさせるつもりなんですか? 裸で逆立ちでもさせるつもりですか?」


「馬鹿かお前は。こいつの逆立ちにどれだけの価値があるよ? いや、待てよ……女子たちの前で裸を晒すのは良いかもしれないな。金になりそうだ」


 すると、マリエが俺を指さしてきた。


「そこまでしてお金が欲しいの! この守銭奴!」


「鏡見てこいよ! 俺以上の守銭奴がそこにいるからさ!」


「というか、賞金を返してよ!」


 本当に図々しい。優勝レースに出られたのはジルクのおかげだから、賞金は折半でも良かったが……俺は全額をマリエに渡すことにした。


「あぁ、良いよ。受け取りなよ」


「や、やけに素直じゃない」


「俺は素直が取り柄だ」


 賞金の十万ディアを渡すと、マリエは跳びついた。しかし、俺が持っていた金貨――白金貨が気になったらしい。わざと見せつけるように白金貨を手の上で遊ばせる。


「そ、それって……」


「あぁ、今日の賭けで随分と儲けてね。俺自身に賭けたら大穴だったから大儲けだよ」


 白金貨と、後は金貨や銀貨に変換した物を見て、マリエはガクガクと震えていた。この守銭奴、絶対にこれでうらやましがると思っていたが大当たりだ。


 十万ディアなど霞む金額が俺の手の中にあった。


「ひ、卑怯よ。そんなの卑怯! 自分に賭けるなんてあり得ない!」


「問題ありませ~ん。お前らは精々、その金額で満足しているんだな」


 別に十万ディアなんて痛くも痒くもないと見せると、マリエは本当に悔しそうにしていた。こいつ、本当に分かりやすい。


 腹が立つマリエと睨み合っていると、ジルクが立ち上がった。


 怪我の方は大丈夫らしい。


「分かりました。それで君の気が晴れるのなら構いません」


 俺はどうでもいいマリエから視線を外し、ジルクへと向き直った。


「阿呆が。そんな事をしたらアンジェとリビアに怒られるだろうが。もっと現実的で可能な範囲の命令……いや、お願いだ」


 ジルクが少し俺を疑ったように見てくる。そんなに信用がないのだろうか?


「お願いですか?」



 飛行船のラウンジ。


 貸し切ったのでこの場には関係者しかいなかった。


 病衣を着用したジルクは、頭部や腕に包帯を巻いていた。


 そんなジルクを前にしているのは、クラリス先輩である。


 俺がお願いしたのは……。


「この度のことは本当に申し訳ありませんでした」


 ……クラリス先輩への謝罪である。


 因みに、ラウンジにいた次女にも謝らせた。そちらはついでで、こちらが本命だ。


 クラリス先輩が涙目になっている。


「今更……今になって……遅いのよ! 私は待っていたのに! あんた、手紙一つで全部なかったことに出来ると思っていたの!」


 激怒するクラリス先輩。


 当然だと思う。ジルクはもっと反省した方が良い。


「会うのは失礼と思いました。他の女性を愛して貴方に会うことは出来なかった。嘘を付くのが……貴方の前で嘘を付くのが嫌でした」


 クラリス先輩が踏み込みつつスナップの利いた平手打ちをジルクにお見舞いしていた。


 いい音がラウンジに響く。


 もっとやって! やっちゃって、クラリス先輩!


 ……ジルクは何もやり返さない。ただ、全て受け入れるつもりのようだ。その潔さは、もっと違う場面で見せるべきだろう。


「何が嘘よ! あんな女に誑かされて……私を捨ててまでそんなに欲しかったの? どうしてあの女なのよ!」


「……自分でも分かりません。けれど、彼女のことを愛してしまったんです。だから、貴方に会うのを躊躇いました」


 イケメンは言い訳も綺麗に聞こえる。


 俺なら怖いから会いたくなかったと言うかな? いや、そもそも浮気とかないわ。こんな乙女ゲーの世界で浮気とか……男がボロボロになるまで追い詰められるからね。逆に女性の場合は、めっ! で済むけど。


 ……やっぱりこの世界って理不尽だわ。


「そうやってまた誤魔化すの? ジルク、貴方はいつもそう! そうやって本音を私に語ったことなんか一度もないじゃない! 今もそうやって謝るふりをして逃げるの?」


「……これが私の素直な気持ちです。貴方に会える立場ではない。会っても貴方を傷つけてしまう。それなら、思い出のままの私を覚えていて欲しかった」


 このジルクという攻略対象だが、面倒なのは『基本的に自分の考えを他人に話さない』だ。いつもニコニコしているだけで、何が好きとか嫌いとか喋らない。


 そうやって嫌なことからも逃げているので、本当に面倒な奴なのだ。ゲームではユリウス殿下のためとか、そんなのが理由になっていたが……元婚約者くらいには謝っておけよ!


 クラリス先輩の取り巻きたちが手に武器を持とうとしていた。


 流石にまずいと思って俺が間に入ると――。


「……もう良いわ」


「お嬢様?」


 三年の先輩がクラリス先輩を心配していた。クラリス先輩自身は涙を拭っていた。


 涙よりも傷だらけの顔が気になる。どうして傷だらけなのだろうか?


「貴方たちが手を汚す価値もないわ。もう、私はこんな男と関わらない。これからは他人よ。二度と関わらないで」


 喧嘩を売ってきたのに凄い言い分だが、ジルクは頭を下げていた。


「申し訳ありませんでした。そして、ありがとう……クラリス」


 クラリス先輩が俯いて奥歯をかみしめている。


「呼び捨てにしないで! もう顔も見たくないわ!」


 追い出されるジルクは、姿勢正しくラウンジから出て行ったが……あ、あれ? 俺だけ取り残されてない?


 部屋の雰囲気にビクビクしていると、先輩が声をかけてきた。


「……悪かったな。迷惑をかけた」


「い、いえ」


 クラリス先輩は、取り巻きが持って来た椅子に座って涙を流している。


 ……俺、もう帰りたい。


「俺も帰ります。この場には相応しくない」


「いや、少し待ってくれ」


 そう言われて男子たちに囲まれると、全員に頭を下げられた。


「せ、先輩!?」


「俺たちが呼び出してもあいつは来なかった。お前には――男爵には感謝しています。数々のご無礼、申し訳ありませんでした!」


「申し訳ありませんでした!」


 男子一同からの謝罪に困惑していると、少し離れた場所で亜人種の奴隷たちはその光景を眺めていた。


 彼らに忠義など存在しない。あるのは契約だけだ。


「不満があれば殴ってくれても構わない。出るところに出ても良い。ただ、お嬢様は今回の件と無関係だ」


「それが通用するとでも?」


 俺が意地悪く言えば、先輩は小さく笑った。


「駄目なら俺が責任を取るさ。命懸けでな」


 責任を取って自ら命を、か。本当にやりそうで怖い。……ここまで忠誠を捧げられる主人がいるのも羨ましい限りだ。


 それを聞いてクラリス先輩が立ち上がった。


「待ちなさい! 私がそんな事を許すと思っているの! ……全ての責任は私にあるわ。貴方たちは私の命令に従った。それだけよ」


「ですがお嬢様!」


 誰が責任を取るかで争っているその場で、俺は呆れたように言うのだった。


「面倒な小芝居は止めて貰えますか。それに責任を追及しても面倒になるから嫌です」


 すると、先輩が俺を見て。


「お、お前……そうか。許してくれるのか」


 クラリス先輩を追い込む? そもそもジルクの野郎が悪い。あいつが気を利かせておけば事前に解決していた問題だ。


 本当に面倒な奴。


「……クラリス先輩もいい加減に立ち直ってくださいよ。男なんて星の数ほどいますよ」


 俺の台詞にクラリス先輩が俯いて力なく笑っていた。


「貴方は捻くれているけど優しいのね」


 その台詞を聞いていたルクシオンが『この方は勘違いをしています。マスターは捻くれているのではなくねじれ曲がって――』などとどうでも良いことを言っていたので、俺は髪をかいて照れくさそうな態度を改めた。


「……気持ちは分かります、なんて言いませんけどね。面倒なのは止めて貰うとありがたいです」


「そうするわ。もう……随分と遅いけどね。私、もう汚れちゃった」


 悲しそうに笑うクラリス先輩の後ろで、専属奴隷の一人が意味ありげに笑っているのが見えた。俺たち相手に勝ち誇ったような笑みだ。


「安心してください。良い女はその程度の汚れなんて気になりません。まぁ、専属奴隷の数はどうにかするべきですが」


 俺がにらみ返すと、専属奴隷の亜人種たちがそれぞれ狼狽えた表情になる。彼らにとって、クラリス先輩は良い主人だったのだろう。


 都合が良いとも言う。


「口が上手いわね。そうやってアンジェリカに取り入ったのかしら?」


「俺、正直者ですから嘘は吐かないです」


 先輩が「絶対に嘘だ」とか言っていたが無視した。


 クラリス先輩が小さく頷く。


「そうね。また頑張ってみるわ。もうこんな生活も疲れたし……なんだろう。何をやっても振り向いて貰えないって分かっていたのに……私は何をやっていたのかしら」


 ジルクも罪作りな男だ。これだけ想われていたのにマリエのために全てを捨てやがった。


 ……本当に、転生者なんてろくでもないな。逆ハーレムを実現させるために、不幸を量産しやがる。


 真面目で優しい女性が、男を侍らせ遊び回って……その理由が、捨てた男に振り向いて欲しいからとか……どうして俺にはこんな女子が周りにいないんだ!


 あげくにジルクの尻拭いのような真似までさせられて……悔しい!


 本当なら関わらないでも良かった。だが、ジルクが攻略対象の男子である。これが原因で余計な面倒ごとが起きるのは避けたかった。自分のためにお節介を焼いたのだ。


 クラリス先輩がまた泣き始めたので、俺は用も済んだので去ろうとした。泣きたいのは俺の方だ。今日の頑張りは婚活に何の得にもならない。体育祭の成果は、賭けで稼いだ家が建ちそうな大金だけだ。


 すると――。


「リオン君。貴方やアンジェリカ――それに、あの特待生にも謝らないといけないわ」



 遊覧飛行船の甲板。


 そこの隅で座っていたリビアを見つけた俺は、近付いて声をかけた。


「……落ち込んでいるな」


 顔を上げたリビアは泣いていた。


「リオンさん、私……どうしたら良いのか分からなくなりました」


 痛々しい笑顔で言うリビアの隣に座る。顔に傷があったアンジェの所にも向かったが、リビアの所に向かって欲しいと言われた。凄く寂しい顔を見せられたよ。


「慰めるのは下手なんだよね。それでも良いなら慰めるけど?」


 首を横に振られたので「そっか」と言うと――。


「リオンさん。私は……アンジェリカさんと友達になれていましたか? なれたと思いますか?」


 友達だったのか、それともこれから友達になれたのか。そんな質問に対して俺はどう答えるべきか悩んだ。正直に言えば、こうなると予想していたのだ。


「甘い嘘と苦い真実ならどっちが良い?」


「……苦い真実でお願いします」


 俺なら甘い嘘に逃げたいけど、この子は強いな。流石は主人公……いや、流石はリビア、か。まぁ、そう言われると思っていた。


「丁度良かった。甘くて温かい飲み物を用意していたんだ。苦い真実を聞くには丁度良い甘さにしてきたよ」


「リオンさんは本当に不思議な人ですね」


 複雑そうな笑みを浮かべていた。まぁ、前世を持っている人間だからね。


 飲み物を渡し、リビアがそれを飲むと俺は苦い真実を告げる。


「答えから言えば限りなく難しい、だ。そもそも生活や環境が違いすぎて共通点が何もない。ハッキリ言ってこれまでが上手くいきすぎだったと思うね。鍬を持った農民が明日から剣を振れと言われても困るだろ? そういう事だよ」


 家庭環境の違いやら、生活水準の違いというか……そもそも、金持ちと貧乏人がいたとして、どちらにも同じ価値観を持てとか無理だ。


 例外はあるだろうが、それでも大半が上手くいかないだろう。


 リビアが涙を流す。


「私、ようやく学園で同性の友達が出来て嬉しくて、でもやっぱり駄目みたいです……私、アンジェの側にいると迷惑になります」


 泣いているリビアに上着を貸して、そのまま横に座った。


 気の利いた台詞?


 俺に期待する方が間違っている。そういうのは……ユリウス殿下たちの仕事だよ。


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