意志力は有限である、という従来の「自我消耗」説を覆す、数々の研究を紹介。筆者によると、脳のエネルギー欠乏が糖分の摂取で補われるという説も誤りだという。
私はつい最近まで、仕事を終えた後のこんな習慣を繰り返していた。とても消耗した日には、ソファに座って何時間も“Netflix and chill”(「ネットフリックスを観ながらまったりする」、またはネット上のスラングで「誰かを連れ込んでイチャつく」の意味)にふけるのだ。
ただし私の場合、お相手は半リットルのアイスクリームである。長時間座ってアイスを食べるのはよくないはず、とわかってはいた。だが懸命に働いた後、まったりするのは当然のご褒美だと自分に言い聞かせていた。
心理学者はこの現象を「自我消耗」(ego depletion)と呼ぶ。その理論はこうである。意志力は脳のエネルギーと結びついているが、このエネルギーは蓄えが限られており、いったん使い果たしてしまうと、自制心が効きにくくなる。この説は、私の労働後の無節制を完璧に理由づけるように思われる。
ところが近年の研究では、私たちは意志力についてまったく誤解しており、自我消耗説は真実ではない可能性があると示唆されているのだ(英語記事)。もっと悪いことに、「意志力は限られた認知資源である」という考えにしがみつくのは、実際にはマイナスだという。それによって自制心がますます失われ、賢明な判断に反する行動を取りがちになるようだ。
自我消耗が科学的支持を得たのは1990年代後半である。ケース・ウェスタン・リザーブ大学の心理学者ロイ・バウマイスターと同僚が実施した実験は、その後、研究者らに3000回以上も引用されている(英語論文)。
実験では2種類の被験者グループに、2つの皿が置かれた部屋で待つよう指示をした。1つの皿には焼きたてのクッキーが、もう一方には紅白の大根が盛られている。各グループは、どちらか指定された一方のみを食べてよい。大根を指定されたグループは、クッキーを食べたい気持ちを抑えるために強い意志力を発揮しなければならないはず、というのが実験の前提だ。
次に、両方のグループにパズルに取り組んでもらった。被験者には知らせていないが、そのパズルは完成できないようにつくってある。研究者らは、どちらのグループのほうが課題に長く取り組むかを見極めようとした。事前の予想は、「大根グループのほうがパズルを諦めるのが早い」であった。クッキーを食べまいとして、エネルギーの蓄えをかなり消費したと思われるからだ。そして結果は、まさに予想通りとなった。
クッキーを食べなかった被験者の作業継続時間は平均8分であったのに対し、クッキーを食べたグループ(および、パズルのみの実験に参加した対照群)は19分であった。同研究では、大根を選んだ被験者の自我は明らかに消耗していたと結論づけている。