ホンダ ピープル
1984年に発売されたホンダの
24ccモペッド。
ヨーロッパ風原動機付自転車。
Z-YARD
日本で初めての純国産モー
ターサイクルは1909年(明治
42年)に島津楢蔵によって
製作されたNS号だ。パーツの
すべてが純国産で製作された。
そして、本田宗一郎が戦後の
1957年(昭和32年)カブを作った。
自転車に発動機を付けた完全
なるモペッドだった。
1958年、ホンダは歴史的名車
となるスーパーカブC100を完
成、発売した。
原動機を自転車に搭載する
バタバタと呼ばれたモデル
ではなく、完全オリジナル
フレームにエンジンを搭載
したモーターサイクルとし
てホンダは登場させた。
4.5馬力で70km/hを出せる
二輪車は当時驚異的な性能
で、青天の霹靂だった。
日本国内に激震が走った。
以降、65年を過ぎた今でも
基本設計は変わらず、スー
パーカブは全世界で1億台
以上売れる名車となった。
自動延伸クラッチによる
クラッチレバー操作が無い
事も驚愕のメカニズムだった。
発売当初は驚愕の高性能車
として若者に人気が出て、
その後、他機種のスポーツ
バイクが登場するに従って
若者人気は低迷し、実用車
としての不動の地位を築い
た。
近年、スーパーカブ人気が
半世紀以上ぶりに復活し、
若者や女性たちにも愛され
る「古くて目新しい二輪」
として人気を博している。
古い二輪乗りもセカンド
バイクとしてスーパーカブ
を所有してカスタムする事
が現在流行しており、新旧
二世代複合でカブ人気が爆
発する「怪現象」を発生さ
せている。
原付の世界。
なかなかディープで面白い。
ホンダピープルは1984年、
四半世紀ぶりにホンダが
再現した原動機付自転車だ
った。
だが、あまりに非力で人気
は出なかった。
実際には1984年は、原付は
スクーターが爆発的ブーム
だったからだ。
ホンダとヤマハで原付戦争
のような時代。
そこにスズキが参入してき
て三つ巴の熾烈な開発販売
合戦が繰り広げられていた
のが1980年代だった。
その頃、カワサキのみはス
ポーツ系50以外は作らなか
った。スクーターさえも。
カワサキの第1号車はスクー
ターであったのに。
それは川崎メイハツの川崎号
だった。1954年登場。バタ
バタのカブより古い。
その後カワサキは目黒製作所
と提携し、メグロ車をカワサキ
の販売網でセールスしたが、
大型車にこだわり続けた目黒
製作所が倒産目前となった時
に目黒製作所そのものを川崎
航空機が買収する事で現代に
続く「カワサキ」の基礎を作
った。
だが、カワサキオリジナルは
1954年(昭和29年)の川崎号だ。
大排気量のスポーツモデルで
はないシティビークルとして
の二輪がカワサキの二輪製造
の原点だった。
ただし、カワサキは1977年
にホンダモンキーを意識し
た折りたたみレジャーバイ
クを発売した。
これは四輪に搭載して運搬
し、レジャー先で車から降
ろして現地を走り回るという
ホンダが確立した新方式を
カワサキも狙ったモデルだ
った。
カワサキKV-75
2スト独特のパンチのある
エンジン。73ccの4.3PS。
2ストの馬力数値は4スト
と比較するならほぼ倍に
すれば分かり易い。
例えば2スト49ccの7.2PS
などは14馬力と同等。
いかに1980年代の原付50
のスポーツモデルが化け物
だった事か。
実際に1980年代原付50の
スポーツモデルは100km/h
近く最高速が出る二輪だっ
た。
原付の世界。
とても面白い。
現在の原付いじりでの楽しみ
の世界は、国内では4ストは
スーパーカブ系のマニアック
カスタムが人気が高く、2スト
ではヤマハのジョグ&ビーノ
のカスタムが人気だ。
カブとジョグの二大巨頭の
原付いじりの世界がディープ
に今国内で繰り広げられて
いる。
遊び心ある車いじり。
奥も深く、また新発見も多い
ようで、現代二輪事情の側面
に一ページを加えている。
二輪の世界は楽しく、そして
面白い。
たとえ原付だろうと、乗ると
乗らぬとでは大違い。
世界の広がりが全く別物で、
互いに別世界を構成している。
それが「二輪に乗るか、乗ら
ないか」の世界の二分化。
実際のところ、まっぷたつ。
世の中には「二輪に乗る人か
乗らない人」しかいない。