白い手袋
一学期も残すところあと僅か。
学年別のパーティーが開かれるのが恒例行事となっているのだが、学園内の施設で開かれたパーティーは豪華だった。
テーブルに並んだ料理の質や量に言葉も出ない。男子は学生服で参加しているが、女子はほとんどがドレスを着用していた。
隣に亜人の使用人を立たせ、着飾った女子たちに鼻の下を伸ばす男子たち。
俺の視線も女子の胸元をオートでロックオンしてしまうので、視線を動かすのも苦労する。
咳払いをして、俺は真面目な顔で。
「今の胸はFカップ? じゃなかった、凄い料理だね」
テーブルに視線を戻すと、ダニエルが肉料理を皿に大盛りで乗せて食べていた。レイモンドはソレを見て呆れている。
「こんな大きなパーティーは初めてだ。学園は凄いな」
「ダニエル、口に物を入れて喋るなよ。これだけの規模のパーティーを三箇所も学年別で開いていると思うと、王都はやっぱり凄いよね。地方の貧乏男爵家とは大違いだ」
前にルクシオンが言っていた。
王都の実力を地方に見せつけるために学園に通わせているのだと。確かに、これだけのパーティーを開ける時点で財力が違いすぎる。
実家で甘やかされて育ってきた貴族も、これだけ見せつけられれば思うところの一つや二つもあるだろう。
周囲には同じ境遇の男子たち。
今日は普通クラスの生徒たちも参加しており、パーティーの参加者は非常に多い。
ダニエルが周囲を見渡していた。
「普通クラスの女子もドレスが多いな。制服で参加している女子が少なすぎるぜ」
レイモンドは眼鏡を押し上げている。
視線の先にはレイモンド好みのスレンダーな女子がいた。
こいつはムッツリだ。
「ドレスだって値段は上から下まで幅広いからね。二千ディアもあれば一着用意できるらしいよ」
一着なんと二十万円! 円換算すれば、だが。
まぁ、高いのか安いのか分からないが、最低価格二十万は笑うしかない。
そんな中、今話題の女子であるマリエが制服姿で登場する。周りではザワザワと生徒たちが五月蠅く話をしていた。
この状況では、制服姿で参加している特待生のオリヴィアさんがまったく目立たない。
それにしても、子爵家の娘ならドレスくらい用意できそうなものなのだが……そう思っていると、マリエは殿下たちと合流していた。
カースト的には最上位の殿下たちのグループで、楽しそうにしている。
それよりも、だ。
モブである俺たち男子には、このパーティーというのはチャンスでもあった。先輩たちからの情報では、こういう時にカップルが成立する場合があるらしい。
「さて、二人とも準備は良いか?」
俺が二人に声をかけると、ダニエルが皿を置いた。
「あぁ、腹ごしらえは十分だ」
レイモンドも眼鏡の位置を正す。
「僕たちも頑張らないとね」
三人で早速行動を開始する。
とにかく女子に声をかけて回るのだ。
こういう雰囲気なら、もしかしたら条件面を下げて結婚してくれる女子もいるかも知れない。この際、相手に愛人がいても良いように思えてきた。
「むっ! あそこに女子三人組を発見! 早速アタックをかけよう」
他の男子たちも動いている中、俺たちも女子のところへと向かうのだった。
だが――。
「はぁ? 鏡を見て出直してきなさいよ」
「地方の男爵家? 田舎者はお呼びじゃないわ」
「芋は芋らしく、芋女にでも声をかけなさいよ。こっちは最低でも子爵家狙いなの。しかも辺境とか……論外よ」
「嫌よね、結婚に必死な男子って。底が浅いのが丸わかりよ」
「もっと余裕がないと男は駄目よね」
「王太子殿下とは大違いよね」
女子には軽くあしらわれ、彼らの専用使用人――愛人たちには見下された。彼らの主人は女子であり俺たちではない。
それに、女子の奴隷を闇討ちするとこれでもかと厳しい調査が待っている。
自分たちは攻撃されない安全な立ち位置だと分かっており、こうした態度を取るのだ。
「あ、あの、話だけでも――」
女子の一人が顎で使用人に指示を出した。
すると、筋肉だるまみたいな亜人が俺たちを突き飛ばす。
三人で転がると、周囲の視線を集め女子には笑われ男子たちには笑われるか同情されるかという視線を向けられる。
「出直しなさい。いえ、次の人生があるのならもっとマシな男に生まれるくらい願わないと駄目かもね」
周囲の女子や奴隷たちが俺たちを見て笑っていた。
◇
パーティー会場の外。
「くそっ! 調子に乗りやがって!」
怒気を孕んだ声を出しているのはダニエルだ。
ベンチに腰掛け膝を抱えているレイモンドは、夜空を見上げていた。
「人生をやり直せって……そこまで言うのか」
近くの建物からは楽しそうなパーティー会場の音楽やら笑い声が聞こえてくる。
会場内の雰囲気に耐えきれず、そのまま逃げるように外に出た俺たち。その様子を見ていた女子たちが笑っていた。
笑っていたのは上級クラスの女子や奴隷たちだ。
普通クラスの女子たちは哀れんだ目を向けているか、視線を合わせないようにしていた。
惨めだ。
「……なんか、もう嫌になってきた」
俺の言葉にダニエルが何か言おうとして、口を閉じてうつむく。
レイモンドも黙ったままだ。
野郎三人でベンチに座り、ボンヤリと空を見上げた。
「なんか女が気持ち悪く感じてきた」
ダニエルの言葉にレイモンドも同意する。
「だよね。男は卒業までに結婚できないと世間の目が冷たいから結婚を急ぐのに。時間的に余裕のある女子とは条件が違いすぎるよ」
別に学園の女子全員が酷いわけではないが、酷い女子の割合が多すぎるのだ。
そのため、学園内で生活していれば嫌な思いをする男子が増える。
俺は嫌なことを思い出した。
ルクル先輩が言っていたのだが――。
「学園で女が嫌になって、そのまま男に走る男子がいるらしいけど……入学前は笑っていたけどさ。今は笑えないよね」
ダニエルもレイモンドも頷いていた。
学園で女子が嫌になり、男に走る男子が出てくる。
笑えないのは女子の中に転生前の妹――BLを好む女子が普通に存在していることだろう。救えない世界だ。
学園に入学→女子の酷さに女性嫌いに→男性に走る→腐女子大歓喜。
こうしたサイクルが出来ているのだ。
まさに腐のスパイラル……語呂が良いので言ってみただけだ。まぁ、毎年このような悲しい出来事が繰り返されていると思えば、腐の連鎖とも言えなくはない。いや、言えないか?
無言のまま時間だけが過ぎていく。
すると、気が付かない内に音楽が聞こえなくなってきた。
パーティー会場では生演奏が行われていたはずだ。懐中時計を取り出してみれば、パーティーが終わる時間ではない。
休憩とも思ったが、よく耳を澄ませば会場から笑い声が聞こえなかった。
時折誰かの叫ぶような声が聞こえてくる。
「なぁ、様子がおかしくないか?」
俺の言葉にレイモンドが会場に視線を向けた。
「そう言えば、なんだか変に騒がしいような」
ダニエルは立ち上がる。
「様子を見てくるか? 窓から覗けば中に入る必要もないし」
レイモンドが止めた。
「これ以上恥を重ねないでよ。見つかったら笑いものだよ。でも、確かに気になるよね」
三人で興味を示すが、今更会場に戻れないという話をしていると外に女子が一人出てきた。
周囲を見て、こちらに気が付くと走ってくる。
制服姿の女子は、オリヴィアさんだった。
「リオンさん! 大変なんです!」
◇
パーティー会場に戻ると、場は静まりかえっていた。
いや、壁際による生徒たちは静かに静観していたが、会場の中央で騒いでいる集団は違った。
オリヴィアさんに事情を聞く。
「いったい何があったの?」
「最初は軽い言い争いだったんです。けど……」
中央にいるのはマリエを囲む五人の男子たちだった。囲まれている男子の中には、金髪碧眼のエルフの少年【カイル】の姿も見える。
七人を前にして、アンジェリカさんが声を張り上げていた。
悲痛な叫び声に聞こえた。
「どうして私の話を聞いていただけないのですか! 私は――私は殿下のために!」
震える声に対して殿下はどこまでも冷たかった。
「お前の言葉は聞くに堪えない。それだけの話だ」
「待ってください。その者の性根を知ってどうして受け入れられるのですか!」
流れは分からないが、アンジェリカさんが必死に何かを訴えているのが分かった。
オリヴィアさんを見ると、先ほどの続きを話してくれた。
「えっと、マリエさんが王太子殿下とは別の男性と手を繋いでいるのを見て、アンジェリカさんが怒ってしまって。そしたら、王太子殿下はその程度で騒ぐこともないと」
自分の女に他の男がいても許せる。
そんな大きな男が殿下だ。
いや、俺なら絶対に嫌だけど、殿下はソレでOKらしい。
制服姿のマリエは殿下の後ろに隠れている。
庇護欲をそそるような態度で、逆にアンジェリカさんは赤いドレスを身にまといしっかり化粧もして――輝いて見えていた。
対比というのだろうか?
アンジェリカさんとマリエは真逆に見えた。
マリエの周囲には男子と美少年の奴隷がいるのに、アンジェリカさんの周りには誰もいない。
ブラッドが前に出た。
「レッドグレイブ家の娘もこうなると惨めだな。見ろ、お前に賛成する奴はこの場にはいないぞ」
アンジェリカさんが周囲を見渡すと、これまで取り巻きとして甘い汁を吸っていた生徒たちが顔をそらした。
敵対ではないが、反感を持っていた生徒たちがニヤニヤと彼女を見ている。
「誰に口をきいている? 私は公爵家――レッドグレイブ家の娘だぞ。辺境伯風情が調子に乗るな。お前たち、その女が何をしたか知っているのか? お前たち全員に――」
全員に手を出した?
だが、男子たちは慌てた様子がない。
「それくらい知っている」
青髪のクリスがそう言うと、アンジェリカさんが驚いていた。
「な!?」
クリスは怯えているマリエを見て一瞬微笑んだ気がした。いつもは無表情で剣を振るっているような男がそうした顔をすると、周囲の女子たちが頬を染めている。
やはり顔か? 顔なのか?
「私は彼女に救われたんだ。悩みを聞いてくれた。そして、彼女を――守りたいと思ったんだ」
そんな告白を学年の全生徒が見ている中、平気で出来るメンタルは賞賛に値すると思った。
続いて出てくるのはグレッグだ。
「お前は屁理屈が多いんだよ。素直にそんなことが関係ないくらい好きだって言えば良いだろうが」
ジルクが口元に手を持って行きニコニコしている。
「そうですね。素敵な女性です。けれど、マリエさんを一番愛しているのは私だと思いますけどね」
言葉が出ないアンジェリカさんは、殿下の顔を見るのだった。
殿下は少しムッとした表情をしている。
「ジルク、例えお前でもそれは違うと思うぞ。マリエを一番愛しているのはこの俺だ」
その言葉に黙っていた女子たちが黄色い声援を上げた。
「今の聞いた!?」
「私も言われてみたい!」
「羨ましいわ。それにひきかえ、公爵令嬢は無様よね」
クスクスと笑われるアンジェリカさん。
彼女は俯いて手を握りしめている。
「……殿下は在学中のお遊びで終わらせるつもりはないと言うことですか?」
アンジェリカさんの質問に殿下は視線を落とした。
「俺にとってかけがえのない女性は一人だけだ。アンジェリカ、学園に入学する前なら、お前のことは嫌いではなかった。だが、マリエを傷つけるようなら容赦はしない」
周囲の女子たちが笑っていた。
「聞いた? 公爵令嬢様もこれで終わりよね」
「これってもう婚約破棄と同じじゃないの?」
「私、あの子のことが嫌いだったのよね」
相手が弱くなると言いたい放題である。
まぁ、気持ちは分からないでもないのだが……。
「ハーレムを見る女子の気持ちってこんな感じかな? なんかむず痒いというか、こういう場面は痛々しく見える」
「どうしました、リオンさん?」
隣で首をかしげているオリヴィアさん。
ダニエルとレイモンドはアンジェリカさんが上げた顔を見て驚いている。
「お、おい、やばくないか?」
「なんか今にも凶行に及びそうな顔をしているね」
何か覚悟を決めたような、諦めたような無表情。目には今まで宿っていた光はなく、暗い何かが見える気がする。
アンジェリカさんは何かをマリエに投げつけた。
「――へ?」
マリエが呆気にとられていると、投げられた何かはマリエに当たった後に床に落ちた。それは白い手袋だった。
「拾え、売婦。殿下たちを誑かした魔女め」
それは決闘の申し込みだった。
この場合、手袋を拾えば決闘を受ける合図になる。
「そう言えばそんな設定もあったな。決闘イベントか」
などと呟いていると、レイモンドが慌て始めた。
「また訳の分からないことを言って! お前、この決闘の意味を分かっているのかよ!」
公爵令嬢が子爵家の娘に決闘を申し込んだ。
形の上では、だが。
「代理人を立てるんだったかな?」
決闘をする時、女子は男子を代理人に出来る。だが、男子に代理人を立てる権利はなかった。
ゲームでは公爵令嬢に決闘を申し込まれた主人公の代わりに、仲の良い攻略キャラが引き受けるのだが――このルートではもしかして。
先ほどのやり取りから嫌な予感はしていた。
「……アンジェリカ、俺を失望させたな」
眉間にしわを寄せ、侮辱した視線を婚約者に向ける殿下は怒りが頂点に達しているように見えた。
「マリエ、拾え。大丈夫だ。お前には俺が付いている。お前の代理人には俺がなる」
その言葉に続いたのはジルクたちだ。
「殿下ばかりに良い格好はさせておけませんね。学園のルールでは女子の代理人である男子が一人とは限りません。私も立候補をしましょう」
グレッグが手のひらに拳を打ち付ける。
「面白いから俺も参加する。誰でも良いからかかって来いよ!」
眼鏡を外し、ブラッドが忌々しそうにしていた。
「売婦とは聞き捨てなりませんね。訂正していただきたいが、決闘後に謝罪もしていただかないとね。当然僕も参加します」
クリスは腕を組む。
「剣の腕には自信がある。マリエの剣として戦って見せよう」
マリエが指で涙を拭う。
「みんな……私、怖いけど、みんながいれば安心だね。私、この決闘を受けるよ。アンジェリカさん、私はみんなと戦います」
そんな主人にカイルが呆れていた。少し皮肉屋な所がある少年は、美形とあってその仕草が様になっている。
「本当にお馬鹿なご主人様ですね。僕がいるのを忘れていませんか? 応援くらい出来ますよ」
マリエが笑顔になっていた。
「ありがとう、カイル」
思っていたとおりだ。
「これ、逆ハーレムルートだ」
「またリオンが何か言っていやがる。それはそうと、こうなると公爵令嬢様はどうするんだろうな。あの五人を相手にする奴なんかいるのかよ」
ダニエルの疑問にレイモンドも同意していた。
「殿下は普通に成績上位だし、他もみんな凄い成績だからね。五人を相手に戦えそうな男子なんてこの場にはいないよ。第一、次期王国最強剣士の筆頭候補のクリスが相手だよ。敵うわけがないよ」
ソレが分かっているから。いや、戦うことを嫌がっている男子が大半だった。殿下と戦うなんて普通の男子なら拒否する。
これは練習試合などではなく、決闘なのだ。
今までアンジェリカさんの取り巻きをしていた男子も関わりたくない態度を取っていた。
アンジェリカさんが周囲に視線を向けると、男子たちが一斉に視線をそらした。
グレッグが周囲を煽る。
「おい、誰かこいつを助けてやろうって思う奇特な奴はいないのか? 取り巻きもいただろうに、ここまで人徳がないと同情したくなるぜ。まぁ、しないけどな。……決闘を申し込んだんだ。代理人が用意できなくても逃げるんじゃねぇぞ」
アンジェリカさんを笑う声がパーティー会場を満たしていた。
誰もが彼女を助けない。
学園内の決闘ルールでは、確か外から代理人を連れてくることを禁止していた。正確には子供の決闘に大人が出てくるのは駄目だよね、的な暗黙のルールがある。
ゲームではソレを破り、更に負けてしまって恥の上塗りをしてしまうのがアンジェリカさんだ。
ただ――。
「ねぇ、あの女がどんな無様を晒すのか賭けない?」
「実家に泣きついて終わりよ。こんな決闘、認められるわけがないわ。だって、絶対に代理人なんて見つからないもの」
「あいつ自身が出てくるかもよ。そうなったら、ボコボコにして欲しいわ」
――周囲の女子たちの反応が冷たい。冷たすぎる。
入学時はあれだけアンジェリカさんの前では大人しかったのに、立場が変わればここまで強気になれるのか。
相手が公爵令嬢とか関係ない態度は……きっと、今回の失態で婚約を破棄され、彼女の人生が終わったと思っているのかも知れない。
ゲームでは田舎の醜男に押しつけられた結末だったか?
気丈に振る舞うアンジェリカさんは、周囲を見渡し焦っているようにも見えた。
俺と視線が合う。
激情家で後先考えないところがあるアンジェリカさんは、目に見えて狼狽えていた。藁にもすがる気持ちというのか、とにかく助けを求める目をしていた。
しかし、俺から視線をそらして俯き歯を食いしばる。
「た、例え誰かに代理人になって貰わなくとも……」
グレッグが鼻で笑っていた。
「どうした? さっきの威勢はどこにいったんだ?」
周囲はアンジェリカさんに酷く冷たい。
中でも一番冷たいのは殿下だろう。一応、元婚約者のはずなのに。
「アンジェリカ、覚悟は出来ているんだろうな? 今更なかった事には出来ないぞ」
本当に……何故だろう。
放っておけなかった。
一歩前に出ると、制服の袖をオリヴィアさんが指でつまんだ。
「あ、あの……どうするつもりなんですか?」
不安そうな彼女の顔を見て思うのは、どうしてこの子がここにいるのか。そして、オリヴィアさんがいる場所に、どうしてマリエとか言う女がいるのか、だ。
……答えは出ている。
ダニエルが俺を止めに入る。
「馬鹿。なんで関わろうとするんだよ。関わったら駄目な奴だろうが」
レイモンドも同じだ。
「こんな決闘、戦う前から勝負なんか決まっているようなものだよ。それに、勝っても負けても代理人だってただじゃすまない。相手は殿下だよ?」
三人が止めに入るのだが、俺はニヤリと笑う。
「俺さぁ……あいつら嫌いなんだよね」
嘲笑されるアンジェリカさんと親しいわけではない。同情する気持ちがないとは言わない。だが、一番の理由は俺の気持ちだ。
人をかき分け前に出ると俺に視線が集まる。
「はい、は~い! 俺が決闘の代理人に立候補しま~す!」
軽いノリで手を上げながら決闘の代理人を名乗り出たが、周りの「なんだこいつ、空気を読めよ」的な視線に耐えているとグレッグが俺の顔を見る。
「お前、いったい誰だよ?」
本当に知らないらしい。
モブには辛い現実という奴だ。
ブラッドが眼鏡を押し上げ、俺を値踏みするように見ていた。
「確か入学前に冒険者として成功した奴がいたな。独立して男爵になる予定だと聞いたが、お前のことか?」
明らかに下に見ている発言だった。
まぁ、俺の成績やら立場を考えれば、眼中にないのだろう。
俺は無視して話を続ける。
「あの、立候補をしたんで認めて欲しいんですけど? アンジェリカさん、ほら、はやく認めないと」
アンジェリカさんが困っている。
「え、あ……」
「ほら、認める。それだけ言えば万事解決ですって」
「み、認め……る」
俺は殿下たち――マリエに振り返った。
「と、言うわけでリオン・フォウ・バルトファルトが決闘代理人を引き受けました。そちらは殿下たち五人で間違いないですよね? 決闘方法の確認もしたいんですけど、その前に何を賭けるんです?」
マリエが唖然として俺を見ていた。
この、俺という存在が関わってくると全く思っていない様子。ここ最近、ルクシオンに情報を集めさせていたが、間違いない。
こいつ、俺と同じ転生者だ。
しかも、この乙女ゲー世界を知っている人間だ。前世も女だったのだろうか? 俺のように乙女ゲーをやらされた男という可能性もある。いや、男でも乙女ゲーが好きとかそういうタイプもあり得るのか?
俺はアンジェリカさんに振り返った。
「因みにアンジェリカさんの決闘を申し込んだ理由は何ですか? そこ、ハッキリさせて貰わないと困るんですよね」
アンジェリカさんも周囲も唖然としていた。俺のような軽いノリで話を進めるのが信じられないという顔だった。
だが、気持ちを切り替えたのか自分の希望を述べる。
「……殿下に近づくな。私の望みはそれだけだ」
周囲からひそひそと声が聞こえてきた。
「聞いた?」
「嫌だ~、もしかして嫉妬?」
「本当に醜いわよね。魅力で振り向かせられないから力尽くだって」
アンジェリカさんが俯き歯を食いしばる。
「で、決闘なのでそちらの希望も聞きたいんですけど」
マリエの方に向き直り問うと、殿下が俺の視線を遮るように前に出た。
「そこまでして俺たちを引き裂きたいのか。どっちが魔女か分かったものではないな。アンジェリカ、例え俺たちの仲を引き裂いたとしても俺の気持ちがお前に戻ることはない!」
アンジェリカさんが呟く。
「分かっています。分かっていますが、その者を引き離すのが私が出来る最後の……」
俺は手を叩く。
「いや、そういうのは後でお願いします。ほら、そっちの条件を早く出してくださいよ。は~や~く」
ムッとするマリエ陣営だが、俺は気にしない。
マリエが前に出てアンジェリカに対する条件を述べた。
「わ、私が勝ったら、もうこんな酷いことは止めてください。実家の権力で言うことを聞かせるような真似は……良くないと思います」
どこかで聞いた台詞だと思えば、これは主人公の台詞だったように思う。こいつ、主人公の台詞をパクりやがった。
「じゃあ、こっちが勝ったら殿下とあんたは別れる。こっちが負けたら、もう関わらないって感じで良いよね? なら、次は決闘方法の確認ね。闘技場を借りた鎧での決闘はどうかな? 一般的な決闘方法だと思うんだけど」
決闘自体数は多くはないが、毎年起きている。決闘理由はたいしたことがなくても、男子にとっては見せ場であるので張り切る者が多い。
その際、鎧――パワードスーツ的な何か、を使用するのが通例だ。鎧を持っていると言うことはそれだけで財力の証明だ。
そして、自分は戦えると周囲に知らしめ、勝てば名誉まで得られる。
なので決闘の形式は鎧を使用することが多い。
クリスが鋭い視線を向けてきた。
「貴様、私たちに勝つつもりか? 剣術の授業では目立った腕を持っていなかったように思うが?」
俺のことを見ていたらしい。いや、際だった腕を持っている生徒を覚えていて、俺は名前も知らないので木っ端扱いを受けているだけか?
「はぁ? なんで俺が負けると決めつけるわけ?」
ちょっと煽ってみると、周囲が爆笑の渦に包まれた。
「ちょっと聞いた!?」
「勝つつもりだって。本当に身の程知らずよね」
「あいつ、笑いを取る才能はあるみたいだな!」
「まぐれで男爵になった奴が笑わせてくれるぜ」
女子ばかりではなく男子からも笑われてしまった。まぁ、確かに一年生の中では飛び抜けて優秀な五人である。
それに、喧嘩を売ってはいけない五人でもある。
グレッグが俺に近づいてきた。顔を近づける。
「そう言えば、さっき女子に声をかけていた連中が、専属使用人に突き飛ばされて会場から逃げていたな。あれ、お前じゃないのか?」
分かっていて聞いている奴だ。こいつ性格が悪い。
「……お前じゃ勝負にならない。目立ちたいだけならさっさと逃げ帰れよ、雑魚」
グレッグは実戦経験を積んだだけあって、他と迫力が違う。
いや本当に立派な連中だ。か弱い女の子のためにここまで頑張れるのだから。
何も知らない第三者が見れば、アンジェリカさんが酷いいじめを受けているようにしか見えない所も凄い。
……本当にご立派な連中だ。
「え、何? 口で言い負かしたいのかな? もしかして決闘方法は口論がお好みですか? 困ったな~、俺ってそっちの方は苦手なんだよね。でも、挑んだのはこっちの方だから受けないとね。俺と戦うのが嫌で口で勝負したいみたいだからね。仕方ないよね。お互いに頑張って勝負しようね」
口で勝負するような男が嫌いなグレッグが、額に青筋を浮かべていた。
ジルクが仲裁に入る。
「勝負方法は鎧を使った一対一の形式で行いましょう。ただし、こちらは五人。そちらが期限までに人数を揃えるなら五名までの参加は認めます。闘技場は……もう夏期休暇も目の前。終業式の翌日には借りることも出来るでしょう」
話をまとめにかかってくるので、俺はありがたく頷いておく。だが、残り日数が少ないので人なんか集まらないだろう。
「一対五か。まぁ、一対一を五回なら問題ないかな」
五人で襲いかかれたら危ないかも知れないが、流石に一対一なら問題ない。
ジルクが俺の顔を見て。
「本気で勝つつもりですか? 今では珍しいですが、決闘で命を落とすこともあるのですよ」
命がけというルールは徐々に廃れ、運が悪ければ死ぬというのが今の決闘だ。学園内の特別ルールみたいな奴だ。
「知っていますから大丈夫ですよ。一つ聞いて良いですか?」
「……何か?」
「どうして自分たちは大丈夫、って顔をしているんですかね? 大好きな女の子の前で格好を付けたい気持ちは分かりますよ。ただ、自分たちは死なないと思っているのは甘すぎませんか?」
ジルクが視線を細めた。
「実績のある方だと聞いていましたが、どうやら期待外れのようですね。相手の実力を測れていないようだ」
「そこまでにしておけ、ジルク。リオンと言ったな。冗談では済まされない。覚悟は出来ているんだろうな?」
先ほどから前に出てこないマリエは、想定外の事態なのか落ち着いた様子ではなかった。
それにしてもこいつら少しは俺の迷惑も考えて欲しい。
ついでに言わせて貰えれば……俺は小心者だ。
「大事な恋人との別れを済ませておけよ、王子様。あれ? 他の四人は関係ないから付き合えるし、指を咥えてみていろ、って方がいいのかな?」
殿下の視線がきつくなる。
そっちから煽っておいて、俺に怒らないで欲しい。
というか……後ろにいるアンジェリカさんは、もはや空気扱いだ。
殿下は、目の前に婚約者がいるというのを本気で考えて欲しい。
名門貴族の面々が、揃いも揃って一人の女に誑かされている事をもっと危ぶんだ方が良いと思う。