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ジョブレス・オブリージュ 作者:理不尽な孫の手

1章 参上、その名はムーンナイト

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1話 過去の出会い

■ ■ ■


 僕はチェダーマンになりたかった。


 チェダーマンとは、父に子守唄代わりに聞かされた物語の主人公だ。


 チェダーマンは正義の味方だ。

 平和を愛し、人々を助ける。

 マントを身につけ空を飛び、助けを求めている声が聞こえれば、即座にその場に急行する。


 彼は愛する者を守るために、自己犠牲も厭わない。

 もしお腹が空いている者がいたら、チーズでできた自分の顔を引きちぎり、無償で分け与えて助けてあげる。


 もちろん正義の味方だから、悪は許さない。

 人々を苦しめる悪者が町に現れれば、すぐに駆けつけて戦い始める。

 例えそれがどれだけ強大な悪者であっても、チェダーマンは逃げない。

 愛と勇気を振り絞って戦い、最後にはチェダーパンチで悪者をやっつけ、改心させる。

 悪は懲らしめられ、平和が戻るのだ。


 その話は、当時まだ五歳にも見たない僕にとって、とても魅力的だった。

 チェダーマンに会いたい、チェダーマンはどこにいるの?

 父にそう聞くと、父は苦笑しつつ「彼は遠い所にいるから、簡単には会えないよ……でもいい子にしていたら、会えるかもしれないね」と言った。

 しかし当時の僕は、チェダーマンはすぐ近くにいるはずだと思っていた。

 なぜか、そう思っていた。


 もしかすると、父がそうかもしれない。

 そう思ったのは、父が貧しい人に食料を施しているのを見た時だ。

 お腹が空いたの、もう丸一日も何も食べていないの。

 そう言って父の足にすがりつく獣族の女性に、父は食べ物を分け与えていた。

 分けていたのは肉と、そしてチーズだった。


 父がチェダーマンである。

 その確信を持ったのは、父の武勇伝を聞かされた時だ。

 話してくれたのは父の友人で、彼はかつて、父と敵対していた。

 その武勇伝とは、彼と父が戦った時の話だ。

 一つの国の存亡を掛けた戦いで、激戦だった。世に名だたる強者たちが集まり、戦い、死んだ。

 その戦いの最終局面において、彼は父と戦った。

 そして敗北し、父たちの軍勢の軍門に下った。


 その武勇伝を語っている途中で、彼は言った。

 「自分は当時、間違っていた」と。

 「自分が悪で、父が正義だった」と。

 「でも自分の方が圧倒的に強大で、父に勝ち目はなかった」と。

 でも、父は戦った。

 逃げ出さなかった。

 愛する者を守るために、勇気を振り絞って戦い、そしてパンチで勝利した。


 それを聞いて、幼い僕は思ったのだ。

 間違いない。

 父はチェダーマン。

 正義の味方だったのだ、と。


 父は僕の憧れへと変わった。

 自分も正義の味方になりたいと思った。

 そして、チェダーマンのように、平和を守りたいと思った。

 でも、どうすればなれるのか。

 父の友人に聞くと、彼はこう答えた。


「努力でなれる。体を鍛え、剣や魔術を学ぶんだ」


 その言葉を聞いた僕は、父の友人に剣を教わることにした。

 父や母が剣や魔術を教えてくれなかったわけではないが、でも隠れて上達して、いざという時に颯爽と現れ、びっくりさせたかったのだ。


 父の友人は、適役だった。

 なにせ彼は、剣術の三大流派の一つ『北神流』の長、『北神カールマン』だったのだから。

 父の友人は最初は渋った。自分はまだ、長として未熟だ、と。

 だが、最終的には父の上司の進言もあって、僕に剣を教えてくれることになった。

 父の友人が、師匠になったのだ。


 僕は師匠に剣を教わりながら、正義の味方としての心得を教わって育った。

 師匠もかつては正義の味方を目指していたらしく、様々なことを教えてくれた。

 曰く、悪が強大でも戦い、勝利を得ること。

 曰く、報酬や名声のために戦わないこと。

 曰く、正義か悪かを見た目で判断しないこと。

 それ以外にも色々あったが、特に心に残っているのは、その三つだ。


 僕はその教えに従い、七歳でラノア魔法大学に入学した後も、正義の味方になろうと頑張った。

 学校では生徒会に所属し、校内の悪者を退治して回った。

 学校には冒険者上がりのあらくれ者や、有力な貴族の子供もいたが、誰も僕にはかなわなかった。

 僕は彼らが悪いことをする度に現れ、正義を執行した。

 校内の悪は決して滅びることはなかったが、僕は正義の味方として、学校でも相応の立ち位置を手に入れた。

 友人はたくさんできたし、女の子にもモテた。教師たちも一目置いてくれた。


 ただ、下の姉だけはそんな僕を見て、鼻で笑った。


「ジークは馬鹿だね」


 当時、僕はその言葉の意味がわからなかった。

 ただ、下の姉はちょっと変な人だった。

 常にペットの犬を連れ歩いていて、人ともあまり話さない。

 イタズラと昼寝が大好きで、いつも何か小さな悪事を働いているか、勉強をサボって寝ているかのどちらか。

 気まぐれで、何をするのかわからない人なのだ。

 だからその言葉も、姉の気まぐれから出た一言だったのだろうと思った。


 その言葉の真意がわかるのは、魔法大学を卒業した後だった。





 我が家では近所にある魔法大学で基本的なことを学び、卒業して15歳の成人を迎えたら、故郷であるラノア王国を離れ、アスラ王国の学校に通うことになっている。

 僕もその例に漏れず、故郷を離れることとなった。

 家族や師匠との別れは悲しいものだが、正義の味方としての旅立ちの第一歩、今まで学んでいたことを活かして、次のステージでも頑張っていこう。

 そんな希望に満ちあふれていた。


 アスラ王立学校。

 そこは、まだできてからそう年月が経っていないということもあって、綺麗な所だった。

 魔法大学に負けず劣らずの大きな学び舎に、ガラスやレースをふんだんに使われた内装。

 魔法大学を真似たという制服は華美で、アスラ王国の見目麗しい貴族たちによく似合っていた。

 下の妹が見れば、キラキラした目をして喜ぶだろう。


 だがそんなキラキラとした学び舎は、僕にとっては灰色だった。

 灰色の、学校生活だ。


 何者かに虐げられたのかって?

 違う。

 師匠の元でみっちりと修行をし、何百人もの手練れの剣士と模擬戦を繰り返してきた僕をどうにか出来る奴なんて、そうそういるわけがない。


 無視されたのだ。

 徹底的に。


 理由は一つ。

 髪の色がおかしいから。


 僕の髪色は、緑色だった。生まれつきそうだ。

 緑の髪は、スペルド族の髪の色。

 スペルド族は悪魔の種族で、400年前の戦争でも悪いことをたくさんした種族だ。

 だから、人族の世の中では、未だに緑を不吉な色、悪魔の色として差別している。


 今まで、髪色について、僕はあまり重く捉えたことはなかった。

 僕は父や母から、それが真実ではないと繰り返し聞かされたからだ。

 確かに400年前の戦争でスペルド族は悪いことをしたかもしれない、けど悪魔なんかじゃない。実際に会って話せばすぐにわかる、と。

 実際、僕の叔父はスペルド族だし、従妹だってスペルド族だ。会って話せば、普通だとわかる。叔父さんは、ちょっと頑固だけどね。


 ついでに言えば、故郷では、僕の髪色をとやかく言う者はいなかった。

 そりゃ僕が生まれた時、母はかなり取り乱してしまったそうだし、初対面の相手は僕の髪の色を見てギョっとする時もあった、道行く冒険者にヒソヒソとうわさ話をされたこともある。

 でも、その程度だ。

 実際、ラノア王国でスペルド族を悪く言う者なんて、見たことも聞いたこともなかった。


 でも、アスラ王国では違った。

 入学式に僕が現れると、誰かが「悪魔だ!」と叫び、場は騒然となった。

 教師や衛兵が大勢現れ、僕を取り囲んだ。

 いつもだったら、そういう状況になれば、僕は正義の味方として、彼らと戦うことを即座に決意しただろう。

 でも、その時は一体なにが起こっているのか、わからなかった。

 自分がなんで囲まれているのかすら、わからなかったのだ。


 何者だと聞かれ、名前を名乗ると、彼らは納得して包囲を解いてくれた。

 でも生徒たちがまだ何かを喚いていたからか、僕は別室に連行された。

 そこで、教師が僕に色々と説明をしてくれた。


 アスラ王国は人族の社会だから、スペルド族が悪魔だという言い伝えは、まだまだ残っているのだ、と。


 そもそも僕はスペルド族ではない。

 叔父はそうだが血は繋がっていないし、この髪の色も突然変異によるものだ。

 そう言ったが、スペルド族であるかどうかは、関係ないようだった。

 スペルド族っぽく見えるのが問題なのだ。



 その後、入学式はつつがなく終了したが、僕は孤立した。

 誰も僕に話しかけては来なかったし、僕が話しかけても誰もが無視した。


 それでも僕は、正義の味方として活動しようと思った。

 そうすれば、きっとみんなわかってくれる。

 この髪は関係なく、僕が良い人間だとわかってくれる。

 前の学校ではそうだったし、今回もそうに違いない。


 そんな思いを胸に、校舎裏で複数人から暴行を受けている一人の気弱そうな少年を助けてやった。

 だが、助けても、彼は僕と口をきこうとしなかった。

 今になって考えれば、僕と会話すれば、よりイジメられるのがわかっていたからだろうけど……。

 当時の僕には、意味がわからなかった。


 それでも僕は、正義の味方になろうと思った。

 続けていけば、必ず実になる。

 そう、師匠に教わっていたからだ。


 でも翌日、先輩がきた。

 彼は自分がこの学校でもトップクラスに権力がある家の次期当主だと説明し、そして僕が叩きのめした奴らが、アスラ王国内でどれだけ力を持った貴族かというのを力説した後、居丈高にこう言った。


「君の父上に感謝するんだな。君の父上が陛下と懇意でなければ、君のような髪色の者など、今日中に叩き出されている所だぞ」


 父に感謝しろ。

 その言葉は鋭いトゲとなり、僕の胸に深く刺さった。


 父は、とても偉大な人間だ。

 父は魔法都市シャリーアに拠点を置く、『七大列強』の龍神オルステッドの腹心だ。

 最高幹部といっても過言ではない。

 父は幹部として私兵を持っている。『ルード傭兵団』という名前の傭兵団で、それはラノア王国のみならず、世界各国に支部を持つ、巨大な傭兵組織だ。


 その上、世界最大の国と名高いアスラ王国の国王とは知己だ。かつては同じ学校にかよっていた事もあるらしい。

 それだけじゃない。

 魔法大学の校長とも旧知の仲だし、町を取り仕切るルード傭兵団の会長だし、大きな商会の会長とも付き合いがあるし、世界各国あらゆる国の権力者にコネがある。

 コネだけじゃない。

 自身も凄腕の魔術師で、魔導鎧という自分で開発した強力な鎧を身につけ、魔眼で数秒先の未来を見ながら、超高速で動き回り、一撃でドラゴンだって殺しうる程の強力な魔術を、二つ同時に操るのだ。

 その実力たるや北神流の長である師匠も一目置いているぐらいだ。


 以上のことから、父はラノア王国の魔法都市シャリーアという町において、最高権力者の一人として数えられている。


 僕は、そんな父の息子だ。

 先輩の言葉は、僕にそれを、再認識させた。


 同時に、ラノア王国での日々が、思い起こされた。


 僕が正義の味方として、誰かをぶん殴っても、誰もなにも言わなかった。

 皆、僕を立ててくれた。

 そりゃそうだ。

 ラノア王国の魔法都市シャリーアで、父の息子である僕に、誰が文句を言えるんだ。

 そりゃそうだ。

 僕が偉そうに正義の味方だといって殴りつけて「こんなことはやめろ」と言えば、やめるだろうさ。誰も僕に逆らおうなんてしない。

 僕が正しいからじゃない。

 逆らえば、父が何をするかわからないからだ。

 例え、父に何もするつもりが無くても、関係ない。ただ僕が息子であることが重要だったのだ。


 胸に刺さった大きなトゲのお陰で、僕はそれを認識した。

 僕は父の威光をかさに、威張り散らしていただけだったことを。


 そして、アスラ王国の王立学校には、父の威光は届いていなかった。

 あくまで魔法都市シャリーアほどには、というレベルだが……。

 それでも誰も僕を怖がらない。

 あくまで権力者であることは知っているようだけど、自分の家の方が偉いと認識し、文句も言う。

 ほんの些細な理由――髪の色だけで、こうして無視も決め込んでくる。

 それは、アスラ王立学校に身分の高い貴族の子供が多いからかもしれない。

 でももしかすると、ラノア魔法大学の生徒たちだって、僕の父が平凡な商人か何かだったら、そうしたかもしれなかった。


 僕は正義の味方ではなかった。

 親の威光を背に、正義の味方の真似事をしていた馬鹿なガキ。

 それが現実だ。


 現実がそうでも、正義の心は忘れていないつもりだった。

 僕がどれだけ思い違いや勘違いをしていたとしても、正義そのものが悪くなったわけではないはずだった。

 けど、姉の言った「ジークは馬鹿だね」という言葉の意味が、なんとなく理解できてしまった。


 そして理解してしまえば……今までどおりの動くのは、難しかった。


 その日、僕は正義の味方を目指すことをやめ、灰色の学校生活が始まった。





 灰色の学校生活は、数ヶ月ほど続いた。

 誰も僕に話しかけてこないし、僕も誰にも話しかけない。

 正義の味方ごっこだって、当然やっていない。

 チェダーマンだって、助けた相手にすら無視されたら、正義の味方を続けることは難しかったんじゃないだろうか。


 そんな僕の様子を、一足先に入学していた兄が何度か見に来てくれたが、だからといって状況が変わるわけでもなかった。

 僕は孤独で、次第に授業にも出なくなった。


 もちろん授業がつまらなかったわけではない。アスラとラノアでの文化的な違いについての講義は面白かったし、数学や経済学、貴族学なども魔法大学より上を行っている。

 でも、僕にとってはその辺りの授業は比較的どうでもいいことだったし、学ぶ気も失せていた。

 授業をサボって、学校の裏庭で寝転がって空を見ている方が、有意義だった。


 家の決まりでは、この学校に3年間は通え、ということだった。

 だけど正直、途中で退学するだろうと思っていた。

 友人もおらず、学ぶ気も無い。それで学校に通っていて、一体なんの意味があるだろうか。


 あるいは誰かに相談すれば、何かしら回答を得られたかもしれない。

 例えば、兄とかだ。

 でも、今までやってきたこと、目指してきたことが完全に否定されたショックが大きすぎて、誰かに相談するという気にすらならなかった。


 しかし、そんな灰色の学校生活は、ある日、唐突に終わりを迎えた。



 彼と出会ったのだ。



 いや、出会ったというか、見つけた、というべきか。

 裏庭の木陰に座って生徒たちを見ていると、1人の目立つ少年がいることに気づいたのだ。


 彼は、僕と同じような境遇に見えた。

 孤立していて、皆に無視されて、白い目で見られていた。

 ずっと1人だった。

 でも、僕と違って、ふてくされることなく真面目に授業を受けていた。

 周囲から、時には教師からも冷たい態度を取られながらも、懸命に勉強していた。


 そして、僕が彼を見つけると同時期に、彼もまた、僕を見つけたらしい。

 彼はある日、僕の前にやってきたのだ。

 彼は片手を上げ、気安い感じで話しかけてきた。


「やぁ。授業には出ないのかい?」


 近くで見る彼は、とても特徴的だった。

 炭鉱族か、あるいは小人族の血が流れているのか、彼の背が低めで、横幅が広かった。ガッシリとしているのだが、一見すると太っているようにも見えた。

 だが、特徴的なのは体型じゃない。


「一緒に出ないか? 共に学びあえる学友を探しているんだが、こんな髪の色だからか、友達ができないんだ」


 彼の髪は、目が覚めるような青色だったのだ。

 僕とは違う色。でもこの学校ではとても目立つ色だったのだ。

 僕と同じように無視され、冷遇されるぐらいに。


「……」

「よろしく!」


 僕が無言で立ち上がると、彼は了承と取ったのか、手を差し出してきた。

 僕はなんとなしに、その手を握った。


「僕はパックス。君は?」

「ジーク」


 そして、僕と彼――パックスと友人になった。


■ ■ ■

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