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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】 作者:槻影

第二部

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28 危機

 クランマスター室から繋がる隠し部屋。

 防犯の観点から窓のない一室に、所狭しと宝具が飾られていた。


 宝具。マナ・マテリアル濃度の高い場所で極稀に顕現する特殊な道具。

 時間と金を掛けて集めたそれらを一つ一つ確認しながら、やるせないため息をつく。


 まずい。ほとんど魔力が抜けきってる。


 予想はついていたが、半分くらい詰んでいた。


 宝具の収集は僕の趣味の一つであると同時に、僕に取っては数少ない自衛の手段でもある。


 腕のいいトレジャーハンターの多くは切り札的な立ち位置として宝具を持っていることが多いが、才能が空っぽの僕にとっては違う。


 僕にとって誰が使っても同じ効果を発揮できる宝具は生命線だ。

 特に、多様な能力を持ち数さえ揃えれば実力がなくてもあらゆる盤面に対応できるようになるのが素晴らしい。


 だが、そんな便利な宝具にも大きな弱点が二つある。


 一つ目が、基本的に宝物殿で見つかる宝具は一点ものであり、強力なものであればあるほど高価である事。


 そして二つ目が――動かすためには事前に魔力と呼ばれるエネルギーを充填しておく必要がある事。


 一つ目は財力で解決できるので割とどうとでもできるのだが、二つ目の問題が僕にとっては重かった。


 魔力は生き物の身体に宿っている。

 魔力の充填は基本的に手動で行われ、おまけに宝具の動作にはかなりの魔力が必要とされる。


 魔力量の多い者がなる魔導師(マギ)でも数点充填すれば強い疲労を感じる程の魔力量だ。


 おまけに充填した魔力は使わなくても時間が経てば少しずつ抜けていく。


 ハンターがその有用性に反して宝具をあまり持たない理由がそこにある。ハンターにとって宝具とは切り札であると同時にコストの重い道具でもあるのだ。


 探索者協会では、宝具は自分で魔力を充填出来る分だけ持つ事が推奨されている。

 魔導師でないハンターならばせいぜい使えて一点か二点。自身の魔力量と相談して物を決めるのが基本だ。

 魔力量の多い魔導師についても、そこから大きくは外れない。


 一方で、僕の保有する宝具はついこの間五百点を越えた。

 常に全てを装備しているわけではないが、何が起こった時のために魔力の充填だけはいつも怠らないようにしている。


 そして、当たり前だが、それらの充填は僕の仕事ではない。

 膨大な数の宝具の魔力を平均以下の魔力量しかない僕が充填できるわけがない。


 宝具の魔力補充は情けない僕に代わっていつも『嘆きの亡霊』の後衛組が担当してくれていた。


 今回も出立の前に充填していってくれたのだが、前回の充填から二週間あまり――既に殆どの宝具はただの置物と化していた。


 まだ使えるのも幾つかあるが、それらも長くは持たないだろう。


 結界指(セーフ・リング)は魔力消耗速度が遅いので当分魔力切れにはならないだろうが、結界指はあくまで保険であっていざという時にピンチを打破するのには使えない。


 帝都にずっと引きこもってるくせにどうでもいいじゃんと思うかもしれないが、僕はチキンである。目立たないようにしているとはいえ、顔もまあまあ売れている。


 自衛手段や逃走手段なしで外に出るなんてとんでもない。

 帝都の治安は悪くないが、ハンターの中には名を売るために誰これ構わず喧嘩をふっかける奴だっている。


 僕は魔力が切れてしまいただの格好いいマントになってしまった『夜天の暗翼』をその辺に放り投げ、ため息をついてベッドの上に倒れ込んだ。


 このままじゃアイス食べにも行けやしない。


 クランのメンバーに頼むわけにもいかない。一個や二個ならばともかく、数百個も切れているのだ。

 多分『足跡』に所属する全てのパーティの魔導師を使い潰しても全ての宝具の魔力を満タンにするのは難しいだろう。

 それに、さすがにそんなこと頼んだら怒られる。


 唯一戻ってきたリィズもこういう時には役に立たない。

 一度頼んでみたが、三つ目で魔力が空っぽになってふらふらになった。それでも止めようとしなかったのでこちらが止める羽目になった。ブレーキ効かなすぎ。


 ベッドの中で仰向けになって、つなぎ目のない天井を見ながらゆっくりと呼吸をする。


 しかし、ルーク達は今頃何をやっているのだろうか。


 予定通り攻略が進んだならばそろそろ帰ってきても良いはずだ。

 アークがいなくても、ルーク達が帰ってきたらかなり心強いんだけど……問題が起こってるわけでもないらしいし、道草かな? ……凄くありそうだ。


 その時、通路から足音が響いてきた。

 慌ててベッドの上から立ち上がり、床に投げ捨てた『夜天の暗翼』を拾い上げ、乱れかけていた服装を正す。


 この部屋に入ってくる者は限られている。

 部屋の入り口はクランマスター室の本棚の裏しかなく、基本的にクランマスター室はハンター立ち入り禁止だ。

 リィズ達は完全にルールを無視して好き勝手出入りしているが、リィズを初めとした『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』のメンバーは足音が一切しない。


 足音のするような来訪者は一人くらいしかいない。


 降りてきたのは予想通り、エヴァだった。ノックの音に、息を整えて返事をする。

 扉がゆっくり開く。エヴァは『夜天の暗翼』を広げている僕を見ると、目を見開いた。


「……何やってるんですか? こんなところで」


 危ない危ない。

 サボっているところを見られるのはいつもの事だが、こんな昼間から寝転がっていたら何を言われるかわかったものではない。


 ガークさんからの呼び出しも拒否している。クランとしての窓口になっているエヴァからすれば文句の一つも言いたくなるだろう。


「いや、ちょっと調べ物をね……」


「???」


 エヴァの表情が不思議そうなものに変わる。

 確かに、この部屋は僕のプライベートルームだ。宝具以外の物は最低限の家具しかない。

 僕が彼女の立場だったらこんな何も無いところで調べ物とか何言ってんだ、と思うだろう。 


 だが、エヴァは僕の本性を知っている数少ない人間だ。空気も読めるのでそれとなく察してくれるはず――。


「何の調べ物ですか? もしよろしければ手伝いましょうか?」


 全然察してくれなかった。まさか僕の言葉をそのまま受け取っているわけでもあるまいに……。

 じっと向けられる視線から目を逸す。


「いや、いいんだ。僕にしかできないし、ちょうど終わったところだよ」


 ビロードのような肌触りの『夜天の暗翼』を広げ、ハンガーにかける。


 こんな所で何を調べてたんだよ。どうやって調べてたんだよ。僕にしか出来ないってなんだよ。それって探協のお偉いさんからの招集を断ってまでやることなのかよ。


 自身に対するツッコミが止まらない。ちなみに答えは全部NOだ。変な汗が出てきた。


 顔が引きつるのを止められない僕の耳にエヴァの小さなため息が入ってくる。


 バレてる……サボって部屋でごろごろしていたことがバレてるぞ、これは。


 だがそもそも、外に出る術がないのが悪い。

 こういう時のために護衛でも雇うべきだろうか……真剣に検討を始める僕に、エヴァが予想外のことを言った。 


「……何かこちらでできることはありますか?」


 !?


「ない」


 思わず反射的に答えると、エヴァさんが不機嫌そうに眉を歪める。


 もしや信じられている? さっきの僕の言葉になんか信じられる要素あった?

 完全に悪いのは嘘をついているこちらだが、普段の僕の様子を見ていてよく信じられる気になるものだ。


 あるいは皮肉だろうか? そちらの方が可能性としてはまだ高い気がする。


 エヴァの薄紫の目がまるで僕の考えでも読もうとするかのようにジロジロとこちらの表情を窺っている。本当に信じているのかそれとも嘘と見抜いた上でそれとなくこちらを責めているのか、その表情からは判断がつかない。


 僕は慌てて一度小さく咳払いをした。


「別にエヴァが役に立たないといってるわけじゃない。これは――極めて繊細でそして……危険な問題だ。僕にしか出来ない。アークやリィズにも無理だね」


「!?」


 エヴァが頬を引きつらせる。その表情にあわてて補足する。


「あ、いや。そこまで難解な話じゃないんだ、そんな驚かなくていいよ……手伝いはありがたいけど、僕一人で十分だって事さ」


 『足跡』では基本的にハンターよりも運営している事務員の権限の方が強い。クランを建てる際に、所属するハンターが事務員の言うことを聞かなくなるといざという時に面倒なことになりそうだったので、そういうルールを設定したのだ。

 エヴァに誤解を与えて、変な噂が流れてしまえばことである。


 なんか今更だが、宝具の点検してましたとでも言ったほうが良かった気がする。ガークさんの招集を蹴った理由にはならないけど。


「それは――」


「この件はここまでだ。質問は受け付けないし、この事は他言無用で頼むよ」


 何か言いかけたエヴァの言葉を封殺する。ボロが出る前になかったことにしよう。

 こう言ってしまえば、実態はどうあれ立場上、下にいるエヴァは何も言えなくなる。


「……わかりました」


 エヴァは一瞬だけ悔しげな表情を作ったがすぐに無表情に変わった。


 こう言っちゃなんだけど、僕の相手する暇あったら自分の仕事してた方がいいよ。


 空気が張り詰めている。僕は冗談めかして言った。


「そうだなぁ……どうしても何かしたいんだったら、評判のアイスの店でも探しといてよ……」


「…………わかりました」


 僕の冗談に、エヴァがくすりとも笑わずに不服そうな表情で頷いた。

 



§ § §




「近辺の地脈に変化なし、か……」


 齎された報告書を見て、探索者協会帝都ゼブルディア支部の支部長、ガーク・ヴェルターは低い唸り声をあげた。

 見る者を威圧する凶相とその鍛え上げられた体躯を見るとまるで熊が唸っているようにも聞こえる。

 その芳しくない表情に、その報告をもたらした国内の治安維持を職務とするゼブルディア帝国第三騎士団のメンバーが姿勢を正した。


 地脈とは言うなれば人体で言う血管のようなものだ。


 地下に縦横無尽に広がるそれは力の通り道であり、付近にあるものはそれに大きな影響を受ける。


 影響は様々だ。常に流れる強い力を好み強力な魔物が寄ってくることもあるし、あるいはそこに流れる力を有効に活用すれば大規模な魔術儀式を少ない触媒で実施できたりする。

 そして何よりも――地脈付近には宝物殿が顕現し易い。


 帝都ゼブルディアも大地に奔る地脈の場所を考慮した上で成り立っており、それが大きく変動したとなれば最悪、都の場所を変える必要すら発生し得る。

 実際に、過去の魔法文明の中には、地脈変動の影響で都の核となる術式が暴走し一夜にして滅び去ったものが存在することがわかっていた。


 もちろん、地脈の場所は滅多に変わったりはしない。

 地脈の変化の最も大きな要因は大地震などの大規模な地殻変動だ。当然、そんなことが発生すれば帝都にも大きな被害が発生する。


「しかし、地脈が変わったわけでもないとなると、何が原因だ……?」


 今回改めて調査が行われたのは、『白狼の巣』の異常が原因だった。


 『白狼の巣』はレベル3に認定された宝物殿だ。現れる『幻影(ファントム)』の質もそれに準じる。


 『幻影(ファントム)』は生きているが厳密に言えば『生物』ではない。マナ・マテリアルがそういう指向性を与えられて発生しただけの擬似生命体だ。

 その質はその地に満ちるマナ・マテリアルの濃度に比例しており、その強さが突然変わったとなれば原因として手っ取り早く考えられるのはマナ・マテリアル濃度の変化――地脈の変化だった。


 何も大きな変化である必要はない。ほんの少し向きが変わっただけで『白狼の巣』に流れる力は大きく増減する。


 だが、今回、騎士団が専門の部隊を連れて調べた結果からは何も見えてこなかった。


 確かに宝物殿のレベルは上がっている。現れる『幻影(ファントム)』の強さは大きく上昇している。詳しくは調査中だが、レベルにして2から3は上がっているだろうか。


 帝都にはハンターが大勢いる。たとえ『白狼の巣』の認定レベルが上がったところで騒ぐ必要はないが、原因不明というのが元歴戦のハンターだったガークには酷く不気味に感じられた。


 資料に視線を落としながら、頭は別のことを考える。


「人為的なものか……いや、しかし――」


 宝物殿は危険地帯であると同時に、自然が生み出した最も偉大な神秘だ。有史以来、数え切れないくらいの研究者がその調査に取り組んできた。

 しかし、わかっている事はあまりにも少ない。


 地脈を無理やり捻じ曲げ、人為的に宝物殿を生み出そうとした者がいた。

 他の宝物殿から『幻影』を捕縛し別の宝物殿に連れて行こうとした者がいた。

 近辺に存在する複数の宝物殿を一つの大きな宝物殿に変えようとした者もいれば、宝具の発生場所を固定し安全に定期的に宝具を手に入れられるように画策した者もいた。


 だが、ガークの記憶を探る限り、今回のケースに当てはまるようなものはない。


 しばらく目を閉じて考えていたが、ゆっくりと目を開き、まるで睨みつけるように騎士の男を見た。


「……こっちでも人は出す。何かわかったら知らせてくれ」


 ガークの言葉に、男が敬礼を返し、退室した。


 今の『白狼の巣』のレベルはそこまで高くないが、原因が不明という事はここで止まるという保証がないということだ。

 レベルの上昇が止まらなければ、そう遠くない内に帝都で対応できる人物がほとんどいなくなることになるだろう。北の街道が使えなくなる可能性すらある。

 状況の解明は急務だった。


 ガークの脳内に心当たりはない。似たような事象もない。

 が、知っているかもしれない者は知っている。


 一度深々と息を吐き、ずっと後ろに立っていた副支部長のカイナに指示を出す。


「クライと話すぞ。使いを出せ」


「忙しいと断られたはずですが」


「もしも断られたら俺の方から会いに行くと言え」


 荒々しい声に、カイナが困ったように目尻を下げた。

 探索者協会に登録しているハンターには緊急事態にその指示を聞く義務がある。

 が、その範囲は明確には定まっていない。拒否されることも少なくないし、『足跡』は既に帝都ハンターの中ではかなりの勢力を誇っている。


 カイナの気の進まなさそうな表情を見て、ガークが付け足した。


「安心しろ、いくらクライでもこんな状況で逃げたりはしねえよ。だいたい、あいつ……何か知ってるぞ。間違いない」


 ぐしゃぐしゃになっている執務机の資料を揃え、カイナに手渡す。

 腑に落ちなさそうな表情をするカイナに続けた。


「最近は全く宝物殿に入ってなかった奴がわざわざ向かったんだ。それだけの何かがあったってことだろう」


 強い確信が込められた言葉。

 受けたのがただのハンターだったら、運が悪かったの一言で済ませられるだろう。


 だが、『千変万化』は違う。その行動に運の要素は介在しない。

 この帝都にやってきて数年、積み上げられたクライの足跡はそう信じるに足るものだ。


 ガークの言葉に、カイナはそれ以上反論することなく頷いた。


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《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
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嘆きの亡霊は引退したい、アニメ化決定しました!
応援ありがとうございます! あアニメは2024年公開予定です。熱量込めて作って頂いておりますので、お楽しみに!(アニメサイトでPVが見れます)
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