たまに俳句を作っては思う
俳句って難しすぎない?ってね
これを入れたいな、例えば美味しかったを入れようとする。おいしかったは6音
11音じゃすっごく足りないのだ
例えば私が好きなな短歌
「野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた」
俳句は短すぎる
それに季語が枷になるのもある
季語は5音、7音、それ以上いずれにしてもそこで
まず音数を消費する。
装備枠が決まっているのに、必ずこれは装備しなければいけない状態なわけで
そりゃ無季語俳句もあるにはあるけど、初心者がそんなことやったらただの川柳になるのは目に見えてる
だから季語をどうかして入れてみるけど、入れたところで俳句にならない!ってのがよくある
こんな感じのだってまるでバカみたいだなと思うけれどこのめちゃムズの俳句と戦ってくれてると
考えるとそれだけですごいなぁと思うわけで
って奴がたまにいる。ムズムズする
となった一句です
ここで昼餉真赤な夏の花佇つゆゑ 花佇つゆゑ←なんて読むの?
うぇ!?
季語入れるのが枷ってのがもうね プレバト100回観ろ
100回見たら浜田殺したくなるだろう
スマドリってスマホ盗るってこと?
ああいうのになんで起用されんのか疑問
愛嬌と清潔感は大事という話
清潔感...?
最近まで側に居た奴と比較しての話やで😁
「野ざらしで吹きっさらしの肺である」だけでもいいと思うけどな。
「戦って勝つために生まれた」なんて俳句に入れたらプレバトの夏井先生は「ただの文章で詩じゃない!」ってぶち切れてるよな
ワイくん小学生の頃、箇条書きの縦書き散文を詩と称して提出して担任のオバチャン先生に怒られた想い出ありやで
全部語らないのが俳句だよな
俳句は有限 https://horicun.moo.jp/contents/haiku/ ↑全俳句データベース https://jhaiku.com/ こんなのも
俳句は隙あらば自分語りを戒めてくれるんやね
確かに短歌の方が一人称性にこだわるかも(そうでない人も最近は多いけど)
俺も最近短歌かじり始めたけど、元増田に同感だわ。 でも俳句やってる人からすると、短歌の方が難しいらしい。 穂村弘の対談集『あの人と短歌』の小澤實の回が面白かったよ。
俳句とか教養ぶっているけれど、要するにラップバトルと同じだろ。 偉そうな態度気取って季語入れて、消臭が上手く行ったと思い込むその態度からにじみ出るバカらしさ、いい加減虚...
芸術と趣味は虚しくなったらしぬだけだぞ
和歌や漢詩と比べてもなんか俳句だけイキリが強いイメージはあるな 未だに正岡子規のメンタリティを引きずってるんだろうか
>> これを入れたいな、例えば美味しかったを入れようとする << この時点で短歌の考え方になっちゃってる。 短歌なら気持ちをそのまま入れてもいいけど、俳句は基本的に物や...
ここで昼餉真赤な夏の花佇つゆゑ だれかこのハイクのすごいところを解説してくれ〜。全然575じゃないし何がどうすごいのか分からないよ〜。
短歌ってだいたい上の句で写生、下の句で心情を入れるけど、確かに「心情なんて要らなくね?」と思う瞬間はあるんだよな。