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この作品「道楽者の流儀」は「アオチリ」「アオキ(トレーナー)」等のタグがつけられた作品です。
道楽者の流儀/sakiの小説

道楽者の流儀

13,142文字26分

仮面をつけて猫をかぶって、ダンスをする前に腹ごしらえを

―――――

aocr文字書き企画「マスカレード・ナイト」参加作品
お題『猫をかぶる』

初めての企画参加でしたが自分なりの形には出来たかな、と。
素敵な作品が盛り沢山の企画の詳細はこちら(twitter/aocr_tokumei)よりどうぞ

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 一家言あるもん言うたらな、と軽くなった串を片手に彼女は講釈を垂れた。見てくれの良さから視線を集めやすく、迂闊なことを口にした日にはすぐさまSNSで拡散されてしまうことを嫌というほど分かっているはずの彼女が、ここまで流暢に不満が混ざった言葉を発するのは非常に珍しい。
 宝食堂はな、そこんとこをよーく分かってくれるんやけど。よその店はなかなか難しいんや、困ったことにな。せやから、今後もアオキさん、チリちゃんとご飯食べたってな。
 お酒が程よく入った彼女の頬は薄らと赤く色白の肌に良く映えるとおっさんらしいことを片隅に置きながら、アオキはそうですね、と生返事を返してジョッキを勢いよく傾げた。
 さて、どうしたものか。
 ごくりと鳴らした咽喉を誤魔化しつつ、アオキはすいすいとスマホロトムの画面をすいすいすいとスライドし、ほろ酔い気分のままポチポチ文字を打ち込んで、ポコンとエンターの矢印を押した。

―――

 今日はポケモンリーグへの挑戦者が多く、面接と先鋒を担うチリは午前中から連戦が続いていた。ジムバッチが未だ八つに到達していない学生にはやんわりと不合格を告げつつ、行き詰っているジムがあるようならさりげなくフォローをする。面接を通過した場合は四天王の一角としてきっちりポケモンバトルで実力を見極める。
 もちろん、強ければいいというわけではない。トレーナーとポケモンが信頼関係を築けているかどうかも見なければならないため、言葉にすれば面接とバトルの二言で済む仕事であっても、中身はみっちり詰まっている。精神的にも肉体的にも疲労は増すが、確かなやりがいを感じられる仕事であるとチリは胸を張って言える。
 そう、胸を張って。
 挑戦者たちの報告業務を終えてふと窓の外を見ると、いつの間にか空は赤く染まっていて、慌ててポピーに帰る仕度をするよう声を掛けた。いくらポケモンバトルが強いと言えど、彼女はまだ幼子である。日中側にいることが多い大人として、ポピーを家にきちんと送ることはチリら四天王にとって最重要な仕事、いや、義務の一つである。
 ポピーの親御さんにはアオキが淡々と連絡を入れてくれ、テーブルシティにタクシーを手配したと言付けを受けたチリは、小さな手の平を握って歩幅は狭く、それでいて速度は早めに坂を下る。急げ急げと笑いながら、先導役のアオキの指差す方向へ路地を曲がって行った先、ポケモンセンターが近づいてきたところで不意に一人の女性が声を掛けてきた。

 ……ところで、コンプレックスと言うか、なんというか。気にしているものの、口にしたら負けだろうな、と思うことなんて誰にでもあると思う。命を脅かしたり、人生設計を狂わせたりするような要素ではないけれど、隣の芝が青く見えるように、時折うらやましく思うくらいのもの。気分が沈んでしまったとき、そう例えば、気になる異性へのアプローチがうまくいかないときほどささくれのようにちくりと刺す痛みをもたらす要素が、恥ずかしながらチリにはいくつかある。
 近づいてきた女性は、数少ないチリのささくれを見事に逆撫でする、一言でまとめるならチリと対極に位置するプロポーションの持ち主だった。丁寧に手入れしているのであろう柔らかそうな栗毛の髪は、軽やかな足取りに合わせてふわりふわりと揺れている。7cm近くありそうな踵の靴を履いてもなおチリより一回り小柄なその女性は、体躯に見合わぬ豊満なものを持っていた。
 いや、別に、気にしとらんけど。目に入っただけや。
 艶やかな口紅で弧を描きつつチリ達三人に近づいてきたタイミングで、チリは自分の指が強く握りしめられたことに気がついた。不安がらせた小さな同僚を安心させようと、チリは躊躇いなく彼女を抱き上げる。アオキからはあなたの知人ですか、と言いたげな視線が向けられたが、チリは微かに首を横に振った。それだけでアオキがチリ達を守るように女性の進路に立ちはだかった。
 たった一歩前進する仕草ひとつで、チリは自分の図太いはずの心臓がきゅうと締め付けられることに浅く笑みを浮かべる。この人の、こういう普通の背中がどうして大きく見えるのだか。
 自分でもどうにもならないことだと分かっているし、そこが変わったところでその人が振り向いてくれるわけでもないことは十分承知の上で、脳内のたらればが収まらない時がごく稀に発生する要素を、これでもかと余すことなく詰め込んだような女性が、今まさに、チリの意中の人へ声を掛けた。

「オッキー!こんなところで会えるなんて!」
「……どちら様ですか?」

 アオキの声は固い。だが、チリは女性が親し気に声をかけた相手が自分ではなくアオキであること、さらに彼の名前をもじったような名前を口にしたことに動揺する。アオキは普段はあれほど口酸っぱく言っても伸ばしてくれやしない背を伸ばし、チリ達を女性の視界に移さぬように真っ直ぐ対峙の姿勢を崩さない。いや、崩さなかった。
 女性がスイスイとスマホロトムを操作して、何やら画面をアオキに示すまでは。

「そうよね!ええっと、これで分かる?」
「……あ、あぁ!うわ、いつもお世話になっています」

 なんやの、その言い方。
 同僚であるチリに対してもしたことがないような砕けた物言いに、チリはただただアオキの背を見つめることしか出来ない。この位置からはアオキがどんな表情で女性と話しているのか分からないが、弾む声色とアオキの交遊関係からは想像もつかなかった女性の姿にチリは愕然と立ち尽くす。

「なにその言い方~!あたしたちの仲でしょ!あたし、オッキーにどこかで必ず直接お礼言わなくちゃって思ってて、本当に助かったの、ありがとうね!」

 お礼を口にしつつ、女性はアオキの腕を馴れ馴れしく叩いた。いつもなら、同性の同僚からの戯れであっても鬱陶しそうに振り払うのに、アオキは困ったように微かに背を丸めて後ろ手に首を掻くばかり。

「いえいえ、こちらこそ。あの、今度予定が合いそうなのでお店に行こうと思っていて、またご相談します」
「本当に!?やだ、嬉しい!これお店の名刺よ、待ってるわ!」

 それどころか至極和やかに話を終えると、お邪魔してごめんね、じゃあまたねと色気満載の笑みを浮かべて去っていった女性にひらりと手を振って見送った。お待たせしました、と振り返ったアオキはいつもと変わらぬ表情で、すんと猫背に戻りチリを見下ろす。
 いやいや、なにしれっとしとんのこのおっさん。

「おじちゃんのお友達だったんですか?」
「お友達というか、まあ、そんなところですかね」
「い、いや、そないな表現で納得できるか。アオキさんにとって、あの人はなんなん?」

 上司がお世話になっている人とか、親戚関係のだれかとか。毛色は違うけれども知り合って然るべきルートの知人である答えを言ってくれることを期待して、チリはバクバクと心臓を暴れさせながらアオキの答えを待ったというのに、返ってきたのは無情な一言。

「チリさんには今のところ関係のない人ですよ」

 含みありすぎと違う?ポピーさんや、こないな言い方、ありやと思う?
 チリちゃん、かんたんなお話ですの。なしなしの、なしです。

 女同士の無言の会話は一瞬で終わった。
 それゆえに、チリは持ち前の行動力を如何なく発揮して場から逃れようとしたアオキを足止めした。

「じゃあ関係あるようにし~たろ!どこの店?ほーん、マリナードタウン。電話番号は、あっもしもし?申し訳ございません。本日二名で予約したいのですが、空いておりますでしょうか。えぇ、席だけの予約?ではそちらで。本日20時に、アオキで予約をお願いいたします。はい、失礼いたします」
「え、ち、チリさん?」
「ほな、そういうことで荷物おいて一時間後にここ集合な」

赤い瞳でくろいまなざしってか。なはは、チリちゃん絶好調かも。

「チリちゃん、ダメですの」
「早々にダメおしって、手厳しいな、どないしたんポピー」
「ここはおいうちを決めたほうがアオキのおじちゃんにはこうかばつぐん、です!」
「あかん冴えわたっとるわ……。はがねやのうて、あくタイプやったっけ」
「とっぷならそう言いますの!」
「いやな英才教育、勘弁してくれませんか」

 失言かましといて、何甘いことを。

「逃げたら困るから軽く時間つぶしたら直行しよか。な、チリちゃんの同伴やで、嬉しいなあ」
「どうは……?」
「覚えなくていいです、ポピーさん。絶対に口にしないでください。特にあの二人の前では。……はあ、これ以上会話を引き延ばすと教育上よろしくない単語で煽られそうなので、さっさと行きますよ」

 観念したらしいアオキが見るからに肩を落としたことにチリは冷めた目のまま口元だけで笑った。


 チリはポピーが自宅直行のタクシーで帰路に着いたことを確認し、ポケモンセンターのカウンターに荷物を広げてバタバタと手帳に記したタスクやスマホロトムでメールが届いていないか右へ左へ目を動かすアオキをぼんやりと眺めていた。
 なんでも、ポピーが帰宅するのを確認してからアオキは再び職場に戻って残っていた仕事を片付けるつもりだったらしい。精神衛生上急を要するものがないかくらいは確認させて下さいと切実な声で言われてしまっては、チリは大人しく待つしかない。
 忙しい人やもんなぁと思いつつ、すい、と骨筋張った指がスマホロトムの画面を横にスライドした拍子に何かのアプリを隠した。時折チリも使用するSNSのUIに見えたような。ポケモンリーグの告知アカウントでも見ていたのだろうか。
 へぇ、アオキさんが。
 インターネットを使った情報発信が常となった昨今、ナンジャモやリップ程の頻度は要求されずとも、ポケモンリーグとしても何らかの形でSNSに参入することが増えてきた。パルデア地方においてはポケモンの生態やバトルのコツ、共に生活するうえで必要な知識は学校を通して多くの人々が学んでいるものの、ポケモンの大量発生情報や異常行動といった生きた情報は即座に発信し更新していかなければならない。井戸端会議のような些細な情報から命を脅かす危険性のある情報まで、天気予報のように的確に市民に伝えるには、記録を積み重ねて信頼を得たうえで、責任もって伝える窓口が必要だ。
 そういうわけで、公の情報発信局としてポケモンリーグもいくつかのSNSサイトにアカウントを作成し、比較的ネットとの付き合い方に慣れているスタッフを中心に手探りながらも運用を始めている。
 アカウント開設の経緯からどうしてもお役所じみた情報発信しか行えないので、ポケモンリーグをより身近なものに思ってもらえるよう、四天王を中心とした動画配信サイトで専用チャンネルでも作りますか、とスタッフから提案されたことはあったが、三者三様の理由で断念したのはまだ記憶に新しい。
 チリは以前から写真投稿を中心としたSNSにアカウントを持っているが、そのアカウントはチリのものとは分からないようにして使用している。一度チリらしい、そう、ドオーの水浴び写真を投稿したときに、水しぶきに反射した己の緑髪でチリのアカウントではと指摘が入り、そこからいい意味でも悪い意味でも注目を集めて大変なことになったのだ。

 あたしの投稿に反応してくれてた、アカウントフォローしてもらってる、ずるい、私も、あたしも、おれも、僕も!

 勘弁してくれ。
 チリはあっさりとアカウントを削除して、アイコンもユーザー名もデフォルトのままの閲覧用のアカウントだけ、ポツンとスマホロトムの片隅に置いている状態だ。これすらも正直削除したっていいのだが、先の二人、ナンジャモやリップの投稿を見るにはアカウントがあったほうが都合の良い上に、最近ではカエデやハイダイもSNSでお店の情報を発信しはじめたために踏ん切りがつかないまま今に至る。
 ハイダイがアカウントを作ったときは、食について発信しているアカウントがお祭り騒ぎになっていた。ナンジャモも慌てて自前の配信枠でハイダイのアカウントについて言及し、お店の新メニューや臨時定休日なんかを告知するのにはやはり波に乗るのが定石だろうと回答を貰っていた。確かに、ハイダイの店は海鮮を主にした料理であるから、港に上がる量によって仕入れを奮発してもSNSで発信さえしてしまえば来店客のコントロールだって出来るだろう。同様の理由で既にカエデもムクロジの定休日や季節限定スイーツを告知しているわけだから、理にかなった話である。

 話は逸れたが、少なくともチリは己の存在が簡単に火種になりうることは身をもって学んでいるので、やんわりとチャンネル開設に否定的な姿勢を見せた。それに続いたのが案の定アオキで、それって必要な仕事ですか、の一言にすべてが集約されていた。話を持ってきたスタッフどころか、居合わせた職員が皆一斉に目を逸らしたのがなんとも痛ましかった。
 次いで、ハッサクも申し訳なさそうに首を振る。諸般の事情により、ポケモンリーグが完全に制御できない状況下で顔を出すのは控えたくて、とハッサクにしてはもごもごと歯切れの悪い返答が続き、四方八方に散らばった面々の視線がまた自分たちの方向へ戻ってくる。
 しんがりのポピーは、ただ一言。

「かおだしえぬじー、みたいです」

 それはそう。満場一致でこの話はなかったことになった。
 だからこそ、アオキがSNSのアプリをスマホロトムにインストールしていたこと、タスク確認の過程にネット情報の確認が含まれていることにチリは少なからず驚いた。おっさんやから、と侮っているわけではないけれど、あまり重要視していないように思っていたし、デスクワーク以外で電子機器を使っているイメージが乏しかったのもある。
 ポケモンリーグのオフィスでも、チャンプルジムでも、なんならチリがカチコミがごとく押し掛けては同席をする宝食堂であっても、娯楽に紐づくような使い方を見たことがない。

「営業のお仕事で使うん?」
「えぇ、まあ。それなりに」
「ふうん、大変やね」
「そうでもないですよ、慣れればこちらのもんです」

 そないなもんか。見るばかりで発信することがなくなってしまったチリにとって、SNSは飽和する電波を覗く小さな窓でしかない。刻一刻と様相を変える海原に、嘘偽りの仮面をつけてえいやと飛び込むことがあの一件以来煩わしくなってしまって、どうも受け身の姿勢になってしまうのだ。コラボ配信したらとんでもない視聴数になりそうなのにと心底悔しそうな呻き声を上げたナンジャモも、ナウなヤングがその有様でどうするのと困惑の言葉を口にしたリップも、合う合わないがあるから仕方がないかと納得するほどあの時の騒ぎは尋常ではなかった。ネットリテラシーを他者に問うよりも、まずは迂闊な行動を控えねばとある種の戒めになってすらいる。

「予約までまだ時間がありますから、喫茶店とか適当な店でも入りますか」
「せやね。ところで、しっかり見とらんかったけど何の店?あかんとこ?」
「……白昼堂々そういうところに行くと宣言するような男だと?」
「いややな、はっきり説明してくれへんかった人が言える言葉と思っとるんか?」

 質問に質問で返されても、としょぼくれた空気をにじませたアオキの方をぱしぱしと軽く叩く。冷静沈着に見せかけて、気分が態度に表れがちなアオキと会話をするのは結構面白い。キャッチボールではなくドッヂボールと言うのが正しい比率の会話では、と言われそうなので口が裂けても言わないが。
 それよりアオキがチリの接触を拒まなかったことにひっそり安堵する。力加減がお上手でと嫌味交じりの言葉を口にしても、振り払うことも露骨に距離を置くこともない微妙な距離感を、チリはなんとしても維持したい。

 四天王の同僚で、ポケモンリーグの先輩社員で、チリより年上で背が高く、一緒にいると心がときめく普通の人。それがチリの思うアオキの人物像で、するりと自分の心に入り込んでしまったこの男の隣を今度は逆にチリがじわじわと陣取りゲームのように侵食している真っ最中なのだ。男と女の色恋沙汰よりももっと確信めいた、そう、安堵できる住処を逃したくない野生の本能じみた直感をチリは手放したくない。
 ただし、いくら自分が美人さんであってもあからさまに恋慕を示す事がアオキにとって好ましいことかどうかは別問題であるので、いつもは念入りに蓋をして仕舞いつつ彼の隣をキープするのだが、先程のささくれの痛みが位置をずらしたせいで取り繕える気がしない。

「あ、あの!」

 さてさて、逃してなるものかと行動したもののほんまに何の店か分からんとなると対策も何も立てられへんやないの、と内心焦っていたチリに、スーツ姿の男性が声を掛けてきた。またしてもチリには見覚えのない人で、なんやの、今日はそういう日なんかと彼方を見そうになる。

「あなた、先日の。あの後大丈夫でしたか」
「オキさん~!大変お世話になりました!取引先の方にも喜んでいただけました!」
「それはよかったです」

 まーたアオキさんの知り合い?しかもチリちゃんに負けず劣らずの爽やかなサラリーマンやないか。ボディランゲージ豊かな男性は、背広のポケットにハンカチーフを綺麗に折りたたんで入れていて、これから会食にでも向かいそうな装いだ。
 仕事のお付き合いの人っぽいし、お邪魔しちゃ悪いかとアオキの背に隠れようと足を動かしかけ、視界の端で不意に何かが動いたことに気がつく。男性の死角になる位置で、アオキが手の平を地面に対して平行に制している。そのままで大丈夫ですと言いたげな仕草に、ほんならええけど、とチリは愛想笑いだけ顔に貼り付けて二人の話が終わるのを待つことにした。

「またお礼の情報仕入れたらお伝えしますんで、楽しみにしていてください」
「助かります。一人ではなかなか、難しいものがありますので」
「オキさんの忙しさではねぇ。いつもお疲れ様です」
「いえいえ。……ところで、自分にこちらで話しかけてきたということは、まさか」
「へへ……。お願い、できますか」

 雲行きが怪しくなってきよった。まさか仕事か?
 アオキさんの予定も確認せずに勢い任せに行動したチリが悪いと言えばそうであるが、だとしても今回はおじちゃんが悪いとしょうげんします、と言ってくれそうな味方がいるのでまあええかとチリは不穏な表情になった二人を眺める。
 男は緊張の面持ちで、アオキも微かに強張った表情で身構えている。……往来でポケモンバトルでも始めそうな真剣な眼差しだ。

「では、いきます!」
「……お手柔らかに」
「か、彼女とこの後合流して食事デートだったのに、予定していた店が臨時休業になってしまったんです!!助けてください!!」
「はぁ?!」

 チリは思わず大声を出してしまった口を片手で押さえ、何か問題でもありましたかと視線を向けてきた二人にどうぞどうぞ、続けて、と手で促した。

「デート、ですか。まず二人とも喫煙者ですか」
「いいえ。彼女は呼吸器に疾患があるので全店禁煙が望ましいです」
「お酒は嗜むほう」
「そうですね。普段から飲みますし、盛り上がるとボトルが何本か消えます」
「辛いものは得意?」
「僕が苦手です」
「パルデア出身ですか」
「そうです」
「ふむ、では、肉か魚だったら」
「断然肉です」

 質問が終わったのか、アオキは腕組みをして目を伏せた。あ、優しい。仕事中ならパソコンがフリーズするように突如動作が止まるのに、ちゃんと考えていますよアピールと共に考えこんどる。

「……分かりました。今回あなたに紹介するのは、ボウルタウンのこちらの店です」

 アオキはスマホロトムを取り出すとおもむろにSNSのアプリを開き、ある投稿を男に見せた。なになに、と二人で覗き込むと一枚の写真に箇条書きの投稿文が添えられている。

「アローラ地方の料理が食べられる名店。厳選した野菜のみずみずしさと、南国特有のソースが肉の旨味を引き立たせる一品。ボウルタウンののどかな風に店内のBGMが調和してゆったりとした雰囲気で食事が楽しめる……えっ、食レポアカウント!?」

 投稿者のアイコンは見るからにフリー素材の海苔おにぎりで、アカウント名は飾りっ気のない“オキ”の二文字。まさかとは思うけど、アオキさんのアカウント?

「店主曰く、内地に出店して落ち着いた場所で南国気分を味わってもらうのも面白そうだと出店先をこちらに決めたそうです。開放感のある店ですから、お連れさんも安心して食事が楽しめると思います。アルコールの種類も豊富ですし、何より比較的ラフな格好でアローラ気分が味わえますから会話には困らないかと」
「神様オキ様アオキ様……本当にいつもありがとうございます!!前回のお礼も含めて、来週中には女性にプレゼントするのにぴったりなスイーツを投稿しますね!!」
「本名は口にしないで、いや、もう何もかも今更か……」

 では、彼女に連絡して相談してみます!
 アオキの苦悶の表情に気がつかないほど浮かれ切った男性は、ジャケットを脱いで小脇に抱えつつ満面の笑みで立ち去った。

「オキさん」
「やめてください」
「オッキー」
「本当に勘弁して」
「アカウント、おーしえて」
「……。……はあ」

 渋々見せてくれたアカウントのプロフィールをもとに、すいすいと自分のスマホロトムに検索してもらう。たった二文字の名前では並大抵の事ではアオキのアカウントまで辿り着かないだろう。大体本名をもじっただけの名前で多忙の権化のような男がSNSを使っているとは誰が思うものか。
 オキという名前のアカウントをようやっと見つけ出し、チリは真っ白だった閲覧用アカウントのフォロー数を一つ動かした。ぺポン、と気の抜けた音をアオキのスマホロトムが発する。アオキは表示された通知をタップして首をかしげた。

「なんですか、このアカウント」
「チリちゃんのやで。閲覧用ってやつやな」
「へぇ、意外ですね。色んな方と交流しているものかと思っていたのですが」
「会える人なら直接話した方が早いし、不特定多数が見とるから迂闊なこと言えへんストレスの方が大きいわ」
「……なるほど」

 それにしてもアオキのアカウントの使用方法にチリはスクロールが止まらない。なんやの、このご飯報告アカウント。写真とコメントだけが延々と続き、日常生活のぼやきも買い物や外出先の記録が載っているわけでもない。淡々とパルデア各地のご飯事情を垂れ流すだけのアカウントである。
 が、量が凄まじい。確かに仕事に追われる身として日頃の食事が何よりの楽しみですと言っているくらいだから、食に関しては譲れないものがあるのだろうなと思っていたが、このアカウントをフォローしてさえすれば下手な食事検索サイトを使うよりも情報が入ってくるだろう。

「春先の検診で引っ掛かったんですよ」
「食事制限しろって言われとったな」
「遠回しの処刑宣告もいいところでしたから、断固抗議しまして」
「医者の言うことは素直に聞き?」
「ご遠慮します。……妥協案として、食事の記録を取って報告しろと言われたんです」
「なるほど?」
「記録したところで報告する暇がなくてですね」
「……………なんも言えんくなってきよった」
「看護婦さんにSNSなら食事時間もメモ書き代わりの投稿も出来ますよ、とアドバイスいただきまして」

 こちらが主治医の先生です。数少ないオキのフォロー相手を見ると、確かにポケモンリーグが検診をお願いしている病院の名前をプロフィールに表示しているアカウントである。確かに効率はいいだろうが、では何故アオキ個人が検索エンジンのような扱いを受けているのだろうか。

「ハイダイさんがアカウントを作った当初、SNSの使い方に慣れてなかったじゃないですか」
「確かに辿々しかったなぁ。プライベートの話もしとったから、フォロワーが見て見ぬふりをしつつサポートしとったわ」
「その話題の中に、食べたいものに困ったときは自分に相談すると何でも教えてくれるといったものが含まれておりまして」
「……まさか?」
「主にチャンプルタウンのフォロワーから、対面でああ言った相談を受けるようになった次第です」
「あっ、それでオキさん呼びしとった訳か!」

 そして向こうはアオキを知っているけれど、アオキは相手を知らない訳だ。不特定多数から一方的に知られているだけの関わりで、しかも好き勝手にアイコンを顔に貼り付けた面々をどう分かれと言うのだ。

「……なんか、危なっかしいな」
「一応ああいった手合いが続いたタイミングでジムリーダー会合で相談しましたよ。ただ、紹介したお店から感謝の連絡が来たり、下手な口コミより信憑性があると話題になってしまっていてやめるにやめられず」
「分かるわ、アオキさんが薦めてくれたら間違いなさそうやもん」
「お店に迷惑を掛けたり、困ってもないのに自分に絡んできたりしたらアカウントを消すと宣言してあるので、頻度は減りました」

 なかなかなことをしよるやないのとチリは半ば呆れた目でアオキを見てしまう。アオキのことだから、問題が起こったら最後、情け容赦なくアカウントを消してしまうだろう。医者には苦言を呈されるかもしれないが通院の頻度を調整すれば済む話であるし、例えフォロワーに個人の自由で投稿していたものをもう一度始めてくれと言われても従う義理はない。大体顔も知らない誰かさんがアオキに会おうとしたら、偶然町で出会えたらラッキーくらいの認識でいなければこの多忙な男は捕まえられない。
 そういうことかぁとチリは納得しかけたが、ちょっと待てよと首をひねる。男性は二回目のやり取りだからお互いに面識があってもおかしくないが、女性の方はおそらくアオキもSNS上の彼女を知っていなければ辻褄があわない会話だったはず。
 それに先程の。アオキはどうやら女性にプレゼントを贈る予定らしいが、その宛先が彼女という可能性だって出てきた。
 解決したようで、悪化しとるやないか。
 チリは不機嫌を表明すべく、タンタンと足を慣らしてアオキを見上げる。こうなったらやはりすべて説明してもらわなければ気が済まない。
 電話の発信履歴に残った番号で店を検索したチリは、ヒットした店の写真に目を丸くした。

「え、これ」

 ここ久しく見ていない、鉄板が備え付けられたテーブルがずらりと並ぶ店内。スクロールすると見覚えのある女性が紺の腰掛けエプロンとバンダナをつけてヘラを片手に笑っている。
 ホームページのトピックスには、懐かしの味を完全再現!コガネの出汁を特別入荷!の真っ赤な文字がある。

「ど、どういうこと?」
「……覚えてらっしゃらない?」
「チリちゃん何か言うたっけ」
「……はぁ」

 取り越し苦労でしたかね、と目をそらしながらアオキはぼやく。
 曰く、先日宝食堂で食事をしていたアオキに突撃してきたチリが隣の席を陣取ってお酒を片手に語った内容が気になっていたらしい。

 パルデアの粉もんはただ材料を混ぜただけで物足りない。ソースで味を誤魔化しているだけで、生地の旨味が足りない。宝食堂はしっかり出汁を入れてくれているからここじゃないとお好み焼きを食べても満足しない。贅沢を言っても許されるなら、鉄板で自分で焼いたアツアツのものが食べたい。

 言ったような、言わなかったような。
 いや、アオキが聞いたというなら話したのだろう。宝食堂のカウンターで?

「女将さんにお詫びしないといかんやつや……」
「鉄板焼については同意を得ていたので、大丈夫だと思いますよ」
「いや、それじゃ自分の気が済まん!」
「ではこちらのお菓子でどうですか」

 スッと差し出された画面には、働き者の女性にオススメ!とコメントが添えられたお菓子の紹介。……そういやさっきの兄ちゃん、そういうことか?

「えっ、こわ、どないなっとんねんアオキさんの交友関係」
「持ちつ持たれつの繋がりばかりですよ。自分は食事、彼はスイーツ。お酒に詳しい人もいますし、喫茶店マニアもいますからお互いに情報を交換しあっているだけです」
「本名も顔も知らんまま?」
「今時、対面で会っている人ですら素顔や本音を知る機会なんてそうそうないでしょう。あなたがお酒が入ってようやく自分に思うところを述べたように」

 それを言われるとチリはいつもならよく動く口を大人しくせざるを得ない。べ、別にアオキさんに対する文句とちゃうやないか。
 なんでもチリのぼやきを聞いたアオキは食レポ掲示板と化した自分のアカウントを使って美味しい粉ものが食べられる店を探してくれたらしい。箇条書きにして、粉ものが美味しい店の情報求む、女性に喜ばれるお菓子の情報も別途募集、謝礼は要相談、と。
 今まで食事の記録しか投稿してこなかったオキさんがいつもと違うことを言い出した!と一部で話題になりコメントが殺到、更に投稿を見た上で神出鬼没なアオキに遭遇できた人もちらほら情報を寄せてくれていた。医者からは随分大笑いのコメントが来たそうだが黙殺したらしい。主治医に優しくしたってや。
 その中で有力情報にあげられたのがあの女性が経営する店であり、アオキはすぐさま店のSNSアカウントへコンタクトをとって出汁のきいたお好み焼きが食べたいことを話した。ところがパルデア出身の店主は若い頃海外を飛び回っていた際、偶然本場のお好み焼きを食べた記憶を元に試行錯誤しながら作っていたものだから、出汁を使った生地は未だ究極の域に達していないとやんわり断られたのだとか。
 本場に近い雰囲気の店構えがここしかなかったため、諦めがつかなかったアオキは強行手段に出ることにした。流通に詳しいであろうハイダイに相談をしたのだ。ここの店で是非出汁のきいたお好み焼きとやらを食べてみたいので、お力添えいただけませんか、と。
 アオキが食道楽の道先案内人になりつつある事を気にしていたハイダイは、アオキから食に関する相談されたことに諸手を挙げて喜び力を貸してくれた。自分の店の取引先に連絡をつけてコガネ出身の料理人を探しだし、女性の店に相談をした上でレシピや出汁の入荷ルートを開拓したというのだ、破格の待遇である。

「どないなっとんねん……酔っ払ったチリちゃんの戯言で動かす人員とちゃうやろ!!」

 そこまでしてくれる理由が聞きたい、いや、聞くのが怖い。でもアオキさんのことやから、自分も美味しいお好み焼きを食べてみたいとか普通に言いそうである。期待したらしただけショックが大きいからな、チリちゃんここは平常心やで。
 自問自答を繰り返すチリに、アオキはポツポツと胸の内を明かす。

「そこまで言うなら食べてみたくなるじゃないですか」
「おん」
「それにチリさんが心の底から美味しいと言うところを見てみたいんですよ」
「……うん?」
「畏まった感想とかじゃなくて、まぁ、その、そういうことです」

 どういうことやねん、ちゃんと言うてや。
 そこまで自分で御膳立てしておきながら、決めるところ決めてくれへんのどうかと思うんやけど!せやけどチリちゃんが自分で蒔いた種やから、きっついこと言えへんやないか!!

 面接官の時のポーカーフェイスはどこかに行ってしまったようで、チリは自分の顔が耳まで真っ赤になっていることを自覚したが、手で覆い隠すのも癪だと口元を歪めてそっぽを向くに留めた。どうしてくれるんこのおっさん、ポピーに明日なんて説明しよかと考え出したチリは、自分で丁寧に掘った墓穴も含めつつ、土俵に上がる前から勝敗が決まるほどアオキに用意周到に囲まれていることには気が付いていない。

 何故なら、この後行く店にチリはアオキの名前で予約してしまっていて、店のスタッフはアオキとチリが二人で来店した時点で緩む顔を向けてくる上に、アオキは二人分の食事の写真をいつも通り投稿するのである。全世界に向けて。

 皆様ご協力ありがとうございました、と一言だけ添えて。


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