チリちゃんの勘違い
アオチリ7作目?
他の作品と繋がっておりません
『アオキのことを密かに想っていたチリは、初めてアオキの業務についていくことに。人がいるはず無いと思っていたその場所で何故かアオイと出くわす。なんでここに?とチリが思うのと同時に、先日アオイから聞いていた"私(アオイ)の好きな人"の条件がアオキさんと丸かぶりすることに気付いたチリは、自分はアオイに勝てる要素が無い…!と勝手に暴走し、その場から逃げ出す』
的な話
・2人は付き合ってないです
・女主人公=アオイとしてでてきます
・(小説と関係ないかもですがこっそりペパアオです)
・関西弁わからなくてごめんなさい
・予告なく非公開 手直しするかもです
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オモダカに、今日はアオキのサポートをお願いします。と言われたチリは、この時はてっきりアオキの営業の業務をサポートするのだと思っていた。
チリの隣に猫背で立っているアオキは、営業職でありチャンプルジムのジムリーダーであり四天王の3番手でもあった。
彼はいつでもどこでもマイペースを崩さない。チリがサポートにつくなんてことは初めてなのだが、彼は相変わらずの無表情でオモダカからの指示を「承知しました」の一言で返し、1人でささっと四天王執務室の出入り口まで歩き始めてしまった。
「……いや、待って?仮にも承知したならチリちゃんのこと置いてかんといてな?」
先に歩いて行ってしまったアオキの丸まった背中を3秒ほど呆然と見つめていたチリであったが、我に返って彼の背をすぐに追いかける。
ぴたり、と足を止めたアオキはチリの方を振り返った。
「あぁ、失礼しました。10分後にポケモンリーグの外までお願いします。持ち物は…とりあえず、"全力でバトルができる用意"を」
「はい?それって、なんの営業なん…?」
***
「…え?アオイ…?」
「こんにちはアオイさん。今日もいらっしゃるのですね」
「こんにちはアオキさん、チリさん!昨日ぶりですね!あれ?というか…今日はチリさんもいるんですね!」
まいど。頭上にピヨピヨと3羽の黄色い鳥が舞ってる、絶賛混乱中のチリちゃんです。
"全力でバトルができる用意"をしてからポケモンリーグの外へ行くと、既に到着していたそらとぶタクシーといつも通りのアオキの姿があった。
チリの姿を確認したアオキは一礼をしてからそそくさとそれに乗り込んだ。彼のあまりのマイペースさに置いていかれるのでは無いかとほんの少し焦ったチリは、小走りでそこまで向かい、少しだけ息を切らせつつアオキの隣に座る。
タクシーがゆっくりと浮かび上がり、北へと少し進んだ頃。チリはそこで隣に座るアオキへと声をかける。彼の左肩を軽くトントンと叩いたが、彼は少しだけ顔をこちらへと向けてから、またすぐに真っ直ぐ前方を見つめる。
「今からどこへ行くんです?」
「すぐにわかりますよ」
チリとアオキの眼前に悠々と広がるパルデアの大穴の表層は厚い雲に覆われており、その中がどうなっているのかは確認ができない。つい最近、アオイ・ネモ・ペパー・ボタンがそこで一悶着起こしたとのことだが、そこで彼女たちに何があったのかは詳しく聞かされていない。
チリは個人的にこの子達と定期的に連絡を取っているし、なんならアオイとは昨日の夜に夕食を共にしたくらいの仲である。それでも、パルデアの大穴…エリアゼロでの事を彼女に聞こうとは思えなかった。
四天王であるチリを易々と打ち負かし、難なくトップまで倒したアオイ。バトルの才能はもちろん、彼女は所謂"天才"と言っても差し支えがないほどに優秀なポケモントレーナーであり、まさにチャンピオンに相応しい逸材だった。それに加えて顔も可愛ければ性格も良い。そんな優秀すぎる彼女の事を、チリは心のどこかで妬んでいたのかもしれない。
でも、それ以上に彼女の天真爛漫さやポケモンに対する優しさ、他人を思いやる心に純粋に惹かれていたのも事実であった。
その為、自身の奥底に眠る、彼女に対するネガティブな感情からは目を背けていた。
チリはアオイではないし、そもそも彼女になろうと思ってもなれるものではない。チリ自身も自分は自分だと言うことを理解している。
…はずだった。
「今日もいらっしゃるって、どういうことなん?」
とうとう、アオイに対するネガティブな感情が表へと姿を現してしまった。
アオキの先ほどの言葉通りすぐにわかった目的地であったが、初めてのエリアゼロが今日になるだなんて思わなかった。そして、降り立ってすぐにそこにいたアオイには心底驚かされた。
それに加えてアオキの"こんにちはアオイさん。今日もいらっしゃるのですね"という発言。これを見過ごせるはずがなかった。
この発言からわかることは。
1.アオキは定期的にエリアゼロへと来ている事。
2.アオイと昨日も会っている事。
3.しかもそれが日常的である事。
「言葉の通りです、昨日も彼女とここで会いました」
淡々と言うアオキと、いつも通りのぽやぽやとした表情でチリを見つめるアオイ。
こっちの心情なんて知る由もない、いや、知られても困るんだけども、なんとなくその2人の雰囲気にイラッときてしまい、チリはついつい言葉を荒げてしまう。
「そんなんわかっとる。アオキさんがエリアゼロに定期的に行っとるのはまだしも、なんでアオイがここにおるん?」
右の爪先でタンタンタンと地面を軽く打つ。いつもは鈍いアオイですらチリのイライラとしている様子に気付いたのだろう、彼女はチリと全く目を合わせようとしない。アオイは居心地が悪そうにエリアゼロの崖やら地面やら…はたまた空など、あちこちへと視線を泳がせていた。
アオキは相変わらずマイペースであり無表情でもあるのだが、この雰囲気の悪さには何か思うところがあるらしく、彼もやはりチリと目を合わせてはくれない。彼の視線から察するに、キラキラと舞う結晶を意味もなく見つめているようだった。
…本当は、こんな雰囲気にしたいわけじゃない。
目の前の2人はチリが怒っている理由すらも気付いていないだろう。
…あぁ、自分はなんて可愛げもなくて大人気もないのだろう。パルデアにたくさんいるチリちゃんファンの人たちが見たらがっかりするに違いなかった。
「あ、あのねチリさん。私は校長とオモダカさんからエリアゼロに入る事を許可されてるんです。だから、その……ごめんなさい」
彼女は何に謝っているのだろうか。この流れからして悪いのは完璧に自分の方だ。許可されているのならそのことに関しては何も問題はない。
自分が悪いわけでもないのに、その場しのぎのために謝っている、そんなアオイに対してもチリは余計に腹が立ってしまう。
…私が怒ってるのは、アオキさんが定期的にエリアゼロに行っていることでもなく、アオイがエリアゼロへの立ち入りを許可されていることでもない。
私の好きな人、つまりはアオキさんが…ここでアオイと日常的に会っていたという事に対してなのに。
ここで2人は何回くらい会ったのだろうか。
何をしていたのだろうか。
もしかして2人は…両思いなのだろうか?
…昨夜のアオイとの夕食時の会話が頭の中に思い起こされる。
***
「チリさんの好きな人ってどんな人なんですか?」
サンドイッチを口いっぱいに頬張っているアオイは、人好きのする可愛らしい顔でチリに笑いかける。
「年上でな、食べるのが好きで…ポケモンバトルもめっちゃ強いんや。一緒にいて落ち着くし…」
「え!私もほぼ同じです!私の好きな人も、年上で食べるのが好きでバトルも強くて…あと、優しいんですよ!」
「やっぱ男は年上のがええよなぁ!」
「ですよねぇ!」
好きな人と日常的によく会っているし、しかも彼のポケモンとも仲が良いんですよー。そんな事を言いながら彼女は2つ目のサンドイッチに手をつけていた。
「さすがアオイ、2個目だなんて若いなぁ」
「えへへ。でも、この場所では大きい声では言えないけれど…ここのやつより彼の作るサンドイッチの方が美味しいんですよ…!」
周りに聞こえないように小さく呟くアオイの表情が女の子らしくて本当に可愛くて、こんな子に思われている相手は幸せもんやなぁなんて事をチリは思っていた。
ズズっとサイコソーダを飲みながら、チリはスマホロトムに付けたストラップを得意げな顔でアオイに見せつけた。見て見て!と笑うチリであったが、そのストラップが何を意味するのか全くわかっていないアオイは、首を傾げてストラップとチリの目を交互に見やる。
「…ドオーがどうしたんですか?」
「これな、好きな人から貰ったんよ」
スマホロトムを小さく動かすと、じゃら…と音を立ててストラップが揺れる。直径7センチほどのそこそこ大きいドオー。そして頭の上には草原・山・海を模したテラスタルじめんモチーフの、所謂ラバーストラップと呼ばれるものがそこにはあった。
「その人、ガチャガチャで目当てのものを引こうと思ってたらしいんやけどな、1個目がコレやったらしくて。それでチリちゃんにくれたんよ〜」
「羨ましい〜!その人は何を目当てでガチャガチャやったんですか?というか、ドオー以外だと何があるのかな…?」
アオイは口にサンドイッチを含んだままスマホロトムを操作し始める。彼女のホシガリス・ヨクバリスの模様のスマホカバーをじっと見つめつつ、恐らくガチャガチャのラインナップを検索しているであろう彼女の検索が終わるのを待った。
あっ、これかー!と声をあげたアオイは、へー、ふーん。と言いながら何度も小さく頷きつつ、画面をスクロールし始めた。
「なるほど。ドータクン(テラスタイプはがね)、カラミンゴ(テラスタイプひこう)、アップリュー(テラスタイプくさ)、キラフロル(テラスタイプいわ)ですか」
「まぁ、その中のどれかが目当てでやってたんやね。2個目でゲットしたらしいけどな」
「え。その人の運、凄いですね」
***
彼女と自分の好きな人の共通点は多かった。そこで疑問に思うべきだったんだ…とチリは後悔していた。
恐らく…
アオイもアオキの事が好きなのだろう。
日常的に会っている、という発言はエリアゼロでの密会を意味していた…
そして、昨日は何とも思わなかったが…
「あの、今オモダカさんと校長からのエリアゼロ立ち入り許可のメールを見せますんで…」
彼女のスマホロトムが空を舞い、そこに描かれたポケモン達と昨日ぶりに目が合う。
正直、エリアゼロへの立ち入り許可だとかそんなものは本当にどうでもよかった。そんなことよりも問題は彼女のスマホカバーだ。
彼女の手持ちには、ホシガリスもヨクバリスもいない。なら、何故アオイはこのスマホカバーをしているのか。
「(決まっとるやん。ノーマルタイプだからや……)」
アオキが得意とするのは飛行タイプと……ノーマルタイプ。もう、それが答えのようなものだった。
アオイの想い人と自分の想い人は、同じ人…つまりはアオキである。チリにはもう、それ以外に考えられなかった。
「アオイさんがエリアゼロへの立ち入りを許可されていることは自分も知っています。今更メールを探さなくても大丈夫ですよ」
「あ、アオキさん。ありがとうございます…」
アオキが、画面を一生懸命スクロールするアオイの手を止める。あぁ、手なんか繋いじゃってもう…とチリは心の中で深すぎるほどのため息をついた。
「彼女はよくここに来てパラドックスポケモン達の様子を見てくれています。チャンピオンアオイはお強いので、彼女だけは特例らしいです」
「私、ここが好きなんです。野生のポケモンたちが伸び伸びと暮らしているので……ここのポケモン達にはもしかしたら申し訳ないのかもしれないけれど、なんだか幸せになるんです」
ここが好きなんはアオキさんが来るからやろ?
なんて事は言えず、2人の会話を聞くことしかできないチリの立ち位置は完全にモブキャラと化していた。
チリには彼女ほどの若さはない。ポケモンも彼女ほどは強くない。胸もない可愛くもない女の子らしくもない。アオイに勝てる要素が何一つ浮かばなかった。
パルデア中から人気者のチリちゃんなんて所詮こんなもんだということを、チリはここに来て思い知ってしまった。
「(あかん、来たばかりなのに泣きそうや)」
まだ、アオキから仕事の内容すらも聞いていない。それなのにこの場から逃げ出したい気持ちで頭がいっぱいになっていた。アオキとアオイは2人で顔を見合わせてからチリの方を不思議そうな表情で見つめてくる。
2人がなんでそんな顔をしてるのか。チリにはそれがわかっていた。
泣きそう、ではなかった。
チリは今視界が霞みまくっていた。端的に言うと、ガッツリと泣いている。
目の奥がじぃんと熱くなって、眼球に水分がブワッと一気に集まってくるこの感覚。それと同時に、鼻水も出てくる。
目の前の2人は明らかにチリの涙に気付いていて、なんて声を掛けたら良いのかわからないと言った感じでチリの事を見ている。
…そう、それでいい。今この2人に何か言われても笑顔で返せる自信がないから。大丈夫かと聞かれても大丈夫じゃないし、なんで泣いてるのかと言われても答えられない。
アオキの事はもちろん、アオイの事も凄く好きだった。それでも、この2人が付き合う姿は見たくはなかった。
2人が並んでいる姿はとてもよく似合っていて、視界に入れるだけで胸が苦しくなってくる。
「…すいません、アオキさん。ムクホーク借ります」
アオキの腰につけたモンスターボールをひょいと掠め取り、勝手にムクホークを呼び出す。
2人をこの場に置いたまま、チリはムクホークに捕まって逃げ出した。
***
「は」
「……え?」
ムクホークでエリアゼロの奥へと飛び去っていったチリの姿をしっかりと見送ってしまった2人は、またまた目を見合わせて首を傾げる。
が、すぐに2人ともエリアゼロの危険性を思い出したのか、ほぼ同時に自身のスマホロトムを取り出してチリへと連絡を取ろうと試みた。
「いくらチリさんでも慣れてない場所は危険なのに…なんで泣いてたんだろう…」
チリの連絡先を探しながらアオイがぶつぶつと独り言を言うと、意外にもアオキはその独り言に反応してきた。
「そうですね、自分にも何が何だか…というか、アオイさんは昨日チリさんとも会っていたんですか?」
「あ、はい。昨日の夜はチリさんと夕食……」
顔を上げてアオキの方を見たアオイは、完全に固まっていた。中途半端なところで突然会話を終わらせたアオイに違和感を覚えたアオキは、スマホロトムをスクロールする指を止めてアオイの方を見る。彼女はアオキ、というよりは彼のスマホロトムを見つめたまま動かなくなっているようだった。
瞬間、顔をサッと青くしたアオイは、両手で顔を覆った。その場にしゃがみ込んで、うわぁぁぁああやばぁぁぁあい!と地面に向かって叫び出した。
「ど、どうしました?」
「わかっちゃいました…全部…」
「…探偵みたいですね?」
「いやぁ、ただの探偵だったら良かったんですけど、犯人は私かもしれないです」
「はい??」
アオキは未だかつてない、わけのわからない今日という日に戸惑っていた。何もしていないのに何故か機嫌の悪いチリと、いきなり叫び出すパルデア最強トレーナー。しかもチリは初のエリアゼロなのに泣きながら勝手に1人で奥まで行ってしまった。…しかも、自分の相棒であるムクホークを連れて。
「と、とりあえず今はチリさんに連絡をとってみます」
「はい…お願いします…」
アオイはチリに連絡を取る事を放棄したらしい。しゃがみ込んだまま、またまたじぃっとアオキのスマホロトムを見つめ始めた。
「アオキさぁん…一応確認しておきますけど…」
酷く辛そうな表情で、アオキを見やる。
「…そのストラップって、ガチャガチャのやつですよね?」
「え?このテラスタイプひこうのカラミンゴですか?そうですね」
「ですよねぇ…1個目にドオー引きました?」
「はい、引きました。…なんであなたがそんな事知ってるんですか?あぁ。チリさんに聞いたんですね?」
アオイはそれには答えず、地面に向かって大きくため息をついていた。首を横に大きく振って、どうしようどうしよう…と呟くその姿に、アオキはほとほと困り果てた。
「あの、チリさんとは一応連絡つきました。メールですけど。第1観測ユニットにいるそうです」
「それは良かったです…」
「…言える範囲で良いのですが、説明お願いしても?」
「言える範囲、かぁ…」
立ち上がって、アオキのスマホロトムにつけられたカラミンゴのラバーストラップに軽く触れる。
昨日の夜、チリが"これな、好きな人から貰ったんよ"と言っていた時の笑顔を思い出し、自身の今日の行動でどれだけ彼女を傷つけたのだろうかと深く反省をした。
「言葉って大事だなって思いました」
「え、あ、はい…?」
どこか遠い目をした、アオキよりも一回りどころか二回りほど年の離れたアオイは、何かを噛み締めたような表情をしていた。
「多分ですけどね。チリさんは、私がアオキさんの事を好きだと勘違いしてます」
「はい?」
たった今言葉が大事だと言った割に、その情報だけだとあまりにも言葉が足りなすぎる。アオキはいつもよりも表情筋を豊かにしつつ、アオイに詰め寄った。
「あのですね、わかんないですよそれだけじゃ…」
「だって、どこまで言って良いかわかんなくて…」
「言葉が大事なんでしょう?チリさんの事も心配ですし、簡潔にお願いします」
「そう、ですよねぇ…」
観測ユニットにいるとはいえ、チリの事が心配なのは2人とも同じだった。すぐに迎えに行きたい気持ちは山々なのだが、チリは恐らくそれを望んでいないのではないかとアオイは感じていた。
「チリさん、昨日言ってたんです。あの……好きな人にドオーのストラップ貰ったって…」
アオキは、アオイの今の言葉を脳内で反芻する。1つ1つの言葉をゆっくりゆっくりと噛み砕いてみたが、なんてことはない。彼女は別に難しい事は何も言っていない。それなのに、彼女の言葉を素直に受け止められない。
好きな人に
ドオーのストラップを
貰ったって?
好きな人って、なんだっけ?
アオキの脳内は完全にパニックに陥っていた。
「あの、えっと、ふざけてます?」
「え、ふざけてないですけど」
「だってそれ、あの…チリさんが…自分の事を、す、好きだって言ってるようにしか…思えないんです、けど」
ありえないくらいに動揺したアオキの様子を見て、アオイは何度目かわからない大きなため息をついた。
「今こうやってそんな姿のアオキさんを私が見てしまっている事にも罪悪感を覚えちゃいます。あぁ、チリさんほんとにごめんなさい…」
「せ、整理が…頭の整理が追いつかない…」
「私、昨日チリさんに言ったんです。私の好きな人は、年上で食べるのが好きでバトルも強くて優しいって。日常的にもよく会ってますよって。この条件ってアオキさんにも当てはまりませんか?」
アオキは目線を少し下げて長考する。その条件であればアオキでなくともそこそこの人が当てはまりそうではあるが、今はそれは問題ではないのだろう。
アオキはひとまずそれに頷くと、アオイはそのまま言葉を続けた。
「エリアゼロで私とアオキさんがたまに会ってる事もチリさんは嫌だったでしょうね。しかもこれ、見てくださいよ」
アオイは自身のスマホロトムを右手で持ち、ずいっとアオキへと差し出した。
左手でスマホカバーをトントンと叩くと、アオキはそこに描かれていたホシガリスとヨクバリスの絵を確認した。
「…このカバーが何か?」
「ノーマルタイプですよ、このポケモン。私の手持ちにもいないですし、チリさんがこれを見て私とアオキさんの事を怪しんでる可能性は十分にあります…」
「あー…」
木の実を頬袋にたくさん蓄えているなんとも可愛らしい絵のホシガリスとヨクバリスに少し申し訳ない気持ちになりつつ、この見事なまでのすれ違い劇にアオイはがっくりと肩を落とした。
「こんな偶然望んでない…チリさんのことめちゃくちゃに傷つけたかもしれない…申し訳なさすぎるぅ…!」
「だとしても、確認しないチリさんも悪いのでは……」
目を見開き、ほんの少し軽蔑すらも感じられるようなアオイのその視線の鋭さに、アオキは怯んだ。
「何を…確認しろと言うんですか…!?」
「えっ」
「言えるわけないじゃないですか……全くもう、アオキさんは乙女心ってもんをわかってないですよ」
はぁ、とあからさまに落胆したかのような態度をされ、アオキは無表情ながらも内心ほんの少しだけ傷ついていた。
腕を組んで、うーーーん。と唸るアオイは即座に何かを閃いたらしく、あっ!と声をあげながらアオキの顔を笑顔で見つめた。
「付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」
「チリさんと自分が…?」
「はい。アオキさんは、チリさんのこと嫌いですか?」
「嫌いじゃ…ないです」
「じゃあ、好きですか?」
「……」
「もし、チリさんに彼氏ができても平気でいられますか?」
アオキは長考する。アオイは、アオキが考えている間、一切口出しをしてこなかった。
あのチリに、彼氏ができる…??
考えに考え抜いたアオキは、チリが降りて行った空間を見つめて、ハッキリとした口調でアオイに言い放つ。
「それは困ります」
「ふふ。なら、それが答えじゃないですか?」
***
「チリさん、迎えに来ました」
第一観測ユニットの扉が開かれる。長年使われていなかったこともあり、当たり前と言えば当たり前なのだが、室内の空気はとても埃っぽく、アオキはゴホッと一回咳き込んだ。このキラキラと光る結晶と埃のコラボレーションは、エリアゼロでしか見られないのではないかと思う。
扉が閉じられると、埃っぽさは余計に際立つ。置いてあるファイルや椅子を見ると、予想通りそこには大量の砂埃のようなものが積もっている。
そんな中、観測ユニットの奥の方に置いてあるこぢんまりとした赤いベッドの上にはチリが横たわっていた。
「…今はアオキさんにもアオイにも会いたくない」
アオキの方を全く見ずに、チリは不貞腐れたように言い放った。
「来たのは自分だけです」
「アオキさんにも会いたくない」
アオキは、一歩一歩ゆっくりとベッドへ近付く。そのことに気付いているのだろう、チリはその華奢な体を居心地悪そうにほんの少しだけ動かした。
「…ムクホークは?」
壁の方を向いているチリの右肩辺りを見ながらアオキが言うのと、アオキがチリの右手に握られたモンスターボールを見つけるのはほぼ同時だった。
チリはアオキの方を見ず、後ろ手でそのモンスターボールをアオキに手渡した。
「…すいません、何も言わずにムクホーク借りてしまって」
「あぁ、それは別に良いんです。彼もチリさんのことは信頼しているみたいですし」
何より、あの時に数あるモンスターボールの中から即座にムクホークのボールを見抜いたことにアオキは驚いていた。確かに、所々に傷はあるのだが、それほど目立つような傷でもないため、自身ですらそこまで記憶しているかどうかも怪しかった。
それを、あの一瞬で見抜いたチリは一体なんなのだろうか…?
"好きな人にドオーのストラップを貰った"
…自惚れても、良いのだろうか?
好きだから、自分のモンスターボールをよく観察していたのでは?と。
…いや、考えすぎかもしれない。
アオキはチリがこちらを向いていないのを良いことに、首をぶんぶんと大きく振る。
…もし本当にチリが自分のことを好きだとしても、そこまで自意識過剰になるには決定打に欠ける。
ただ、アオキには1つ確実に否定しなくてはならない事実というものがあった。その為、アオキはいつもよりも注意しながら言葉を選びつつチリの頭上から声を落とす。
「自分とアオイさんは、特に…何もないです」
付き合っていません。だなんて言葉を言うのもなんだかアオイに申し訳なくて、ついつい言葉を濁してしまう。きっとそれでも意味は通じると思ったから。
「…ええんよ、嘘つかなくても」
あぁ、この人は本当に勘違いしているのか。
そのチリの声は、今までに聞いたことがないくらいに覇気がない。弱々しく、ふわふわと気の抜けたその声に、アオキの胸はちくりと痛んだ。
「違うんです!」
そんなチリと対照的に、アオキはここ最近で発したことがないくらいの大きな声をあげる。
さすがのチリもこれには驚き、ビクッと体を震わせてから、そのままの勢いで起き上がってアオキの方を向いた。目を合わせた途端、チリの目は大きく見開いたかと思ったら一瞬にしてアオキを心配するような、悲しげな表情になっていた。
チリの手が、目の前にあったアオキの右腕へと伸びる。
「あの…アオキさん、どうしました…!?」
「本当に、違うんです。貴女にそんな勘違いをされるのが……自分は辛い」
アオキは、握られたその腕を自身の胸の辺りでギュッと抱いた。細くて折れてしまいそうなその腕と手をまるで宝物かのように大事に抱え込むものだから、チリは思わずアオキに見入ってしまった。
「…どういう、こと?」
ロトロト!
チリのスマホロトムが、何かのメールを受信したことを告げる。チリは空いていた右手でスマホロトムを器用に操作し、メールの内容を確認する。
「……な、なんや…て?」
「どうしました…?」
アオキに抱え込まれた腕と、アオキの顔を交互に見やる。アオキの胸の中にあるその手はバタバタと動いており、そしてチリ自身も落ち着きなくその場で小刻みに足踏みをし始めた。きっと埃が舞っているだろうなと、アオキはチリの様子を冷静に見ていた。
「確かに、そうやな…あの子のポケモンはヨクバリスやったし……そういえばあの子サンドイッチ作るの上手かったなぁ…あーーーー!チリちゃん勘違いしてたぁああ!」
どうやらメールの相手はアオイだったようだ。彼女がチリに送ったメールのおかげで、アオキとアオイに対する誤解は驚くほどすんなりと解けてしまったようだった。やたらと忙しなく動いていたのは、勘違いに気付いた恥ずかしさからだったのだろうか。
「あかん、アオイに申し訳ないことしてもーた…」
「アオイさんも同じようなこと言ってましたよ、チリさんに申し訳ないことしたと」
はぁ?といつもの調子で声をあげるチリの姿を見て、アオキは少しだけ安堵していた。
「何言うとんのあの子。アオイは今日何も悪いことしとらんのに。全部、チリちゃんが悪い…」
安堵したのも束の間、声のトーンをガクッと下げたチリは、抱かれている左腕の力を極端に抜いた。
「まぁでも良かったわぁ。アオイまでアオキさん好きなのかと思ったらもう居ても立っても居られなくなっ……」
両者の時が止まる。
ピクリとも動かず、数秒。
2人にとっては20秒くらいに感じられたであろう、その時間の中。先に針を進め出したのはアオキの方だった。
「アオイさんに言われたんです、チリさんに彼氏ができたら平気でいられるのかと。なので自分は、困りますと言いました」
「こ、困ります?」
チリが不思議そうな顔つきでアオキを見る。なんとも絶妙なその言い回しに、チリ自体も困っていた。
「…自分の代わりにハッサクさんを呼んでもらいたいので」
「なんっっやねんそれ!別にチリちゃんに彼氏いてもそんなん呼びますわ!」
「別に自分、声出るんですよ。本当は」
先ほどのアオキの"違うんです!"という大声がチリの脳内に再生されているのだろう、チリの眉間にほんの少し皺が寄り、視線はチリの右上の方へと向いていた。
「確かに。さっき声出てたもんなぁ。なんでなん?」
「そうでもしないと、貴女と話す機会が減るからですよ…」
「はい?」
「普段は大した会話もしてないでしょう、自分たちは。だからその……まぁ、はい」
アオキは言葉をもにょもにょっと濁しつつ、少し下を向いて目を瞑る。恥ずかしさが湧き上がってきてしまい、チリの顔を見られない。言ってから「何を言ってるんだ自分は」と、1秒で後悔していた。
「な、なんなん自分…」
アオキの右腕がグッと引っ張られる。どうやらチリがアオキに掴まれたままの手を支えにして立ち上がったらしい。それでもやはり顔を見ることができない。チリの吐息を髪に感じることができるくらいに距離が近い。なので、尚更顔を上げられない。
…途端、その髪の毛を強く撫でられる。いや、これは撫でるというよりも最早髪の毛をぐちゃぐちゃにするのが目的なのだろうか、その力があまりにも強すぎて、髪の毛が色んな方向を向いていることが自分自身でわかってしまうほどに壊滅的な状態になっている。
彼女の行動の意味不明さに驚いたアオキは顔を上げて、自分の髪の毛を手櫛で軽く整えた。
「ふふ。可愛いなアオキさん」
今までに見たことのない、色気すらをも感じさせる柔らかなその笑顔にアオキは一瞬で見惚れる。
彼女のこんな表情を、今の今まで自分は知らなかった。彼女は色んな人からカッコイイだの男装の麗人だの言われてきていたはずだ。特に自分はそこを意識したことはなかったけれど、そんなのとんでもない。
今、自分の目の前にいる女性は。チリさんは、とびっきり美しい女性だ。
そんな表情、他の男の前で絶対にしないでほしいと心の中で強く思っていたら。
「そんな表情、他の男に見せないでくださいよ?」
声に出して言ってしまったようだった。
ヤバい、と思ったが、チリはアオキの顔を見つめて顔を真っ赤にしていた。先ほどの綺麗な表情から一変、今度は可愛らしい表情となったチリに、アオキは目が離せなくなっていた。
「…そんな表情をチリさんにさせられるのは自分だけ、と自惚れても良いんでしょうか?」
もう、勢いで言ってるようなものだった。恥ずかしさのメーターがあったとしたら、もうそんなものはとっくに振り切れている。ならもう、思うままに言ってしまえと半ばヤケになりながらチリに言葉を投げかける。
「どんな顔しとるかチリちゃんにはわからんけど、多分…そうやと思う。アオキさん限定です」
どちらからともなく手を背中に回し、そっと抱き合う。彼氏がいたら困るだなんて、もうそんなレベルではなく、目の前のこの女性に愛おしさを感じ始めていた。自身のどこが良くて彼女に想われているのかはわからないが、そんなことは今はどうでも良かった。彼女が自分のことを好いていてくれる、その事実が今はただ誇らしく思える。
「帰りましょうか」
「うん…」
2人は空飛ぶタクシーで、ポケモンリーグへと飛び立っていった。
***
「結局なんの用事でエリアゼロに行ったん…?」
空飛ぶタクシーに乗り込んでから約1分後に、チリは自分の目的が仕事だということを思い出していた。アオキにしてみたらそんなことは些細なことだったのだが、一応これは仕事の事なので事務的にチリに伝えることにした。
「エリアゼロのポケモンたちの生態系を守るために、定期的にバトルをして数の調整をはかっています。あの場所にいるポケモンたちは手強いので、全力でバトルができる準備が必要だったのです。ただ、今日は自分たちが着いた時点でアオイさんがそれを行ってくれていたので、今回は特にやることが何もなかったんですよ」
「なるほどなー。そういう時、トップになんて報告するん?」
「普通ですよ。チャンピオンアオイが既に行っておりました。以上です。と」
チリは左手で自身の太ももを叩きながら大きく笑う。なはは!と、その声が狭いタクシーに響き渡る。
「おもろ!でも事実やもんなぁ」
「ただ、今回は少し時間もかかりましたので、トップにその間何をしていたのか聞かれるかもしれませんね」
アオキは特にチリを責めたつもりは無かったのだが、チリの表情は一瞬で曇ってしまう。アオキは、自分の隣に座っているチリの頭を右腕を伸ばして優しく撫でた。自分と違って細くきめ細やかなその緑の髪に、アオキは少しドキッとしていた。
「ごめんな、チリちゃんの勘違いのせいで時間とらせてもーたな」
「いえ。だって、その勘違いが無ければ貴女とこんなことできなかったでしょうから」
そう言ってアオキが自身の左腕を上げると、チリの右腕も一緒に上がった。
繋がれたその手とお互いの顔を見て、2人は微笑む。本当に、チリとこうなったのは奇跡のようであり、これからオモダカに説教されようが仕事の量を増やされようが、今のこのメンタルならなんでもできるのではないかと思えるほどだった。
「あ、言い忘れていました」
左を向き、チリの手を両手でしっかりと握りしめる。
自分の中の恥ずかしさのメーターを限界突破したアオキには、何も怖いものはなかった。
「愛しています。自分と付き合ってください」
「…はい…!こちらこそ…!!」