効果は抜群
リンクコーデと、巻き込まれる人の話です。
かんちゃん様の素敵なイラスト(illust/103533165)を元に、大変楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました!
※色々と捏造設定があります
※薄らやらしい描写を含む為、念のためR-15タグをつけています
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「こんっなに! 振り込まれても! 使う暇があらへんやないかい!!」
「繁忙期真っ盛りですからね……」
残業代でこれでもかとかさ増しされた給料の明細を見た、チリがとうとう爆発した。自分達以外誰もオフィスに残っていないのをいい事に吠えるチリを尻目に、アオキはもりもりと夜食のおにぎりを頬張る。かさ増ししてくれるだけホワイトな方だろう、と言うアオキの意見を彼女が求めていない事は分かりきっていたので、口に出さないまま米粒と一緒に飲み込んだ。
アカデミーで宝探しが開催されている間は、ポケモンリーグにとっての繁忙期だ。ジム巡りでバッジを集めようと奮起する学生の数は多く、またどの生徒がどれだけバッジを集めたかもアカデミーと連携して把握しなければならない。それらの業務を通常業務と並行して片付けるので、どうしても残業しがちになってしまうのだ。
「アオキさん」
「はい」
「次の休み、買い物行こ」
「また、唐突ですね……」
「チリちゃんな、残業代の三分の一くらいは豪遊したろって決めてんねん」
チリはスマホロトムを取り出し、スケジュールアプリを開く。半月後、奇跡的に連休が重なったので、元より一緒に過ごそうと言う話だけはしていた。
数ヶ月前、繁忙期が始まった頃に交際を始めた二人は、多忙を極め出かける気力も沸かず、どちらかの家でのんびりと過ごす、所謂お家デートばかり重ねていたのである。仕事に関係なく、恋人同士としてただ街を歩けるのかと思うと嬉しくて、チリは口元を緩ませる。
「ハッコウシティに現地集合でもかまへん?」
「いいですよ。私も色々と買い足したいので、選べる店は多い方がいいでしょう」
「よっしゃ、きまりな」
「それから」
アオキは黒いカバーのかけられたスマホロトムをすいすいと操り、有無を言わさぬ様子で画面を突きつける。
「私が持ちますので、どうせならここに泊まりませんか」
「え」
「……嫌でなければですが」
「えっ、そんなん行くに決まってるやん! 楽しみやなあ、ここ一回行ってみたかってん」
アオキが提示して見せてきたのは、最近新しくできたホテルだった。値段はそこそこ張るが、立地や内装、ルームサービスを始めとするあらゆる要素の評判が良く、旅行雑誌や番組でも頻繁に特集を組まれていた。
「朝食のビュッフェが美味しいらしいんです」
「……食べ尽くさんように頼むな」
「善処します」
連休という時点でどちらかの家に泊まるのだろう、と何となく思ってはいたが、この展開は想定外だった。二人での外泊は初めてで、例えアオキの目的が朝食だったとしても、まるでプチ旅行の様で心が躍った。
「あ……でもアオキさん、こんな人気なとこ、今から部屋って取れるんやろか」
「どこかしらは空いているでしょう」
アオキの指が画面をつつき、空室一覧を表示する。希望日を入力すると、通常ランクの部屋にはことごとくバツ印がついている。ああやっぱり、とチリが思う間もなくアオキは平然とセミスイートの部屋をタップして、迷いなく予約を完了させた。
「あ? ……いや、えっ?」
まるでモンスターボールを十個まとめて買うかの様な気軽さでその数十倍以上の額をふきとばした男は、相変わらずの平坦な声で、陰鬱な瞳のまま──けれど微かに、ドヤッとしている気のする顔でこう言った。
「この程度の金額でどうにかなる預金残高ではありませんので」
「……独身貴族、こわぁ……」
待ちに待った休日がやってくる。
チリは一足先にハッコウシティに到着し、アオキとの待ち合わせ場所として指定した喫茶室なぎさに入る。案内された奥の席で、チェック柄のテーラードジャケットを脱いで膝にかけた。
お気に入りの青藍色のタートルネックとの親和性を再確認しつつ、よし、と内心頷く。
今日のチリちゃん、バッチリ決まっとる。
夜は良いホテルに泊まるのなら、カジュアルすぎてはいけないだろうと一週間以上前から鏡と睨めっこしながら決めたコーディネイトだった。抜かりはない。
ここまで考えてから、チリははたと気がつく。そういえば、アオキさんの私服ってどないやろ? と。
お互いに仕事着と、家でくつろぐ際のラフな格好以外ほとんど見た事がない。いつも似たようなスーツしか着ていない印象だ。ネクタイの柄は意外と遊び心を感じるけれど、それが私服にどう作用するのだろうか。
……はちゃめちゃにダサかったらそれはそれでおもろいな。
そんな事を考えながらチリはレモネードをちびりと口に含み──店内に入ってきた男の姿を見て、その切長の瞳を丸くした。
「お待たせしました。……? チリさん?」
ホットコーヒーを注文して、チリの座っている所までのっそりと歩いてくるアオキは、チリの想像以上に洒落た服装をしていた。一瞬、誰か分からなかったくらいだった。
黒のタートルネック、青藍色のパンツ、どこかチリの髪色にも似た深緑のジャケット。肩にかけたチェック柄のチェスターコートが、長身のアオキに似合っていた。
そう、似合ってはいたのだが。
チリはぐっと唇を引き結ぶ。それが笑いを堪える時の顔だと知っているアオキが身構えていると、チリがそっと立ち上がって膝にかけていたチェック柄のテーラードジャケットを羽織る。
「ぶっ」
「……」
「アッハッハッハッハ、何やこの偶然!」
並んで立つとより分かりやすくて、チリはとうとう我慢しきれずに手を叩いて笑い出した。アウターもインナーも、偶然にも似たような配色を身に纏う二人は、示し合わせてリンクコーデを着ているカップルにしか見えなかった。
「…………帰って着替えてきます」
「あっちょ、ストップストップ! ええやんこのままで、折角カッコよくキメとるのに!」
本気でそうするつもりだったのだろう、踵を返したアオキのコートを思わず引っ捕らえてどうにか向かいの席に座らせた。アオキは居心地悪そうに、周囲からの視線を気にしていつも以上に背を丸める。
「良くて歳下の彼女とお揃いを着て喜ぶ中年、悪くて援助交際相手にお揃いを着せて浮かれる中年じゃないでしょうか」
「どんな例えやねん」
「チリさんはともかく、こちらはお揃いを着るような年齢じゃないんです」
「お揃いて。言い方可愛いか」
運ばれてきたホットコーヒーに、ミルクも砂糖も入れないままアオキは唇をつける。やや苦めのブレンドコーヒーで心の平静を保とうと努めるアオキの姿を、チリは目を細めながら眺める。
「何か」
「チリちゃんの彼氏、かっこええなー思て」
「……反応に困りますね、それは」
「アオキさん、めっちゃセンスええやん。さっきちょっと触った時に思たんやけど、このコートとか結構するんちゃうの」
アオキが羽織るコートは、布地の厚さ、手触りはファストファッションでは実現出来なさそうな高級感があった。確信を持ったチリの問いに、アオキは頷く。
「安価な服はくたびれるのも早い気がしてからは、多少高くとも品質の良い服を選んで長く使う様にしています。その方がコストパフォーマンスが良いので」
「そんな味気ない理由でハイブランド選ぶ人、初めて見たわ」
意外と使う時は使うタイプなのだろう、という事は先日で実感済みである。それが無駄遣いであれば苦言を呈したくなる所だったが、アオキの場合はそうではないだろうとチリは思う。
「……ちなみに、他人のスキルを自分の手柄にしたくはないので白状したい事があるのですが」
「ん?」
「センスが良いのは私ではなく、マネキンに着せる物を選んでいる店員の方々です」
「……? あっ、マネキン買いしとる上にその組み合わせでしか着とらんって事!?」
「崩して組み合わせられる気がしませんし、そう何度も同じ人と出かける用事はありませんでしたので……」
「あっ、あっは無理やこれ、あっはっは、ツボ入ってもうた……っ」
「あと三回このくらいの気候で会えば、その次はまたこの格好に戻ってくる予定です」
「ちょ、ほんま、追い打ちかけんといて……っ」
おかしな事を大真面目に言ってのける恋人に、チリは我慢しきれず腹を抱えてひいひいと悲鳴を上げる。その言い方だと、夏は夏できっと同じ様にセットをいくつか組んでいるのだろう。
「……な、今度服見せてや。今後もチリちゃんとたくさん出かけてくれはるなら、いくつか組み合わせ考えたるから」
「助かります……」
ぶくくと漏れ出る笑い声をどうにか噛み殺して、チリは深呼吸してからレモネードを一口含んだ。飲み物を口にできる程度には、どうやら落ち着いたらしい。
「……まあ、それは置いといて。どする? チリちゃん的にはそのまま出かけたいとこやけど、目立つカッコではあるし、アオキさんが着替えたいならそれはそれでかまへんけど」
「…………いえ。こうしましょう」
失礼、と一言断りアオキはチリの首元へ手を伸ばす。少し引っ張られる感覚があった後、結えていた髪の毛がぱらりと広がる。ヘアゴムを胸ポケットに仕舞う代わりに、薄茶色のサングラスを差し出してきた。
「『四天王のチリがお揃いの服でデート』だから目立つのであって、『どこかの誰かがお揃いの服でデート』なら比較的目立たないでしょう」
「ええの?」
「このまま出かけたいと言ったのは貴女ですので。叶えられる範囲の事なら、叶えますよ」
「……じゃあ、手とかも繋いでくれたりするん?」
グラスを空にしたチリが立ち上がりアオキに手を差し伸べると、色眼鏡越しの瞳が悪戯っぽく細められる。
アオキは少しの間チリと向き合った後、コーヒーを飲み干してからゆったりとした動きで立ち上がる。ヒールを履いているチリと目線の高さが近い事に気づき、ぐっと背筋を伸ばしてから包む様にチリの手を取った。隙間がない様にしっかりと指を絡めてから、アオキは訝しげにほんの少しだけ眉を顰めた。
「……あの」
「ハイ」
「自分から振っておきながら、照れるのやめましょうよ」
「うっさいこのタラシ」
「それは、産まれて初めて言われる言葉ですね……」
つかつかと先を歩くチリの手に引かれて、二人はファッションストリートへと向かう。隙あらば逃れようともぞつく照れた手を、アオキは決して自分から離そうとしなかった。
「……お。アオキさん、あれ」
ベルダーの紙袋を片手に提げたチリが、顎で指す方向へ視線を移す。ライトに照らされるバトルコートに、緊張した面持ちの挑戦者らしき少女と、スマホロトムに向かってその長い袖を振りながら配信を始めたジムリーダー・ナンジャモが立っていた。ハッコウシティを北と南に分ける位置にある派手な意匠のバトルコートを見るたび、つくづく自分の配属がここじゃなくて良かったと思う。こんな目立つ場所で戦うのは御免だ。
「……ちょっと見ていかへん?」
「休日に仕事に関係する物を見てもモヤモヤしないタイプの人でしたか」
「言うてもバトルは仕事の前にライフワークやんか」
「……コーヒー買ってきます」
長くなる予感がしたアオキは嘆息し、カイロ代わりにするべく手近な自動販売機で缶コーヒーを二つ購入して、微糖の方をチリに手渡す。チリは軽く礼を言いながら受け取るが、いざ始まらんとする勝負から目を離す様子は無い。
「前々から思てたんやけど、ナンジャモのジムテストって結構やる事変わったりするやん? 人によっちゃ難易度にバラつきとかできるんとちゃう?」
「途中でジム所属のトレーナーとのバトルが挟まるので、問題は無いかと。弱ければ、そこで振り落とされますし」
「ああ、成程なあ。……お、初手ドロバンコか、ちゃんとタイプ相性の対策しとるな。ナンジャモの一匹目、カイデンやからじめん通らんけど」
「その後のハラバリーもみずでっぽうを撃ってくるので、それに対応出来るかどうかも鍵ですね」
「ふざけとるように見えて、ガチやからなーナンジャモ……あっ、あー、やっぱりやられとる。ドロバンコもええポケモンやけどなあ、チリちゃん的にはやっぱりドオーがおすすめやんなあ。みず、受けれるし」
「ちょすいだけじゃないですか」
「弱点一個潰れるのええよな」
「シンプルに強いですよね」
「どくのトゲも捨てがたいんやけどね。……しかし、ええ顔しながらバトルするなあ、あの子」
「自分のところまで来れるといいですね」
「せやなあ。……あっ!」
「お」
「今の急所は美味しいなあ! あれきっとええとこ見せようとしたんやな、ええ関係築いとるなあ」
「風向きがぐっと変わりましたね」
最初こそ難色を示していたアオキは、自分もすっかり観戦を楽しんでしまっている事に気づかない。
握りしめたコーヒーがすっかり温度を失っていくのも構わず、結局二人はナンジャモが最後の一匹まで追い込まれた末にどうにか勝利を手にするところまで見届けた。満足した様に街の北側へとようやく移動していく二人の手は、ごく自然な流れで結ばれている。
「ああー疲れた……! 足パンパンやわ」
「明らかに買いすぎましたね……」
思いがけず良い試合を見てしまった二人は、気持ちが高揚していた。その後のショッピングで熱を発散させた結果、我に返った時には繋いだ手も離さなければいけない量のショッパーを抱えてしまっていた。ひとまずチェックインをしてしまおうと提案したのはアオキの方で、チリも異論が無かったので従った。
セミスイートの客室は広く、置かれた家具の一つ一つの上質さが窺える。マッサージチェアが窓際に置かれていて、座りながら夜景を眺められる様だ。成程、評判が良い訳だ。中でも一際目立つキングサイズのベッドに、チリがバフンと飛び込んだ。
「アオキさん! ベッドえっらいフカフカやで!」
珍しく子供みたいにはしゃぐチリに、アオキは心の中だけで笑む。こんな顔が見られるなら安いものだと思う自分の浮かれ具合を自覚するが、今日くらいは構わないだろう。残業続きで身を粉にして働く我々のご褒美デーだ。
アオキは丁寧に上着を掛けると、チリの横に倒れ込む様に横たわる。柔らかすぎないスプリングとチルタリスを思わせるふかふかの羽毛布団が心地よい。
「お。……これは、なかなか」
「な。二人で寝ても余裕あるし、最高やん」
寝そべるチリと、ふと目が合う。機嫌良く微笑むチリの絹糸の様に柔らかい長髪を指に絡めて、手慰みにしているとチリの手がゆっくりと伸びてきた。買い物をしている間も繋がれていた手と手が触れ合い、柔らかく重なる。
「夕飯にするには、少し早いなあ?」
「そうですね」
「……な、アオキさん」
チリの、情欲を含むハスキーな声が耳朶に触れる。革手袋に覆われていない節くれだった指がチリの頬をなぞると、薄くリップが塗られた唇が緩く弧を描いた。
「はは。触り方、やらしいで」
「誘っているのはそちらでしょう」
「せやねえ」
そのよく回る形の良い唇を塞いでしまえば、スイッチが切り替わる事をアオキは既に知っている。何度か体を重ねるうちに覚えた、二人の始まりの合図でもあった。
どちらともなく近づき重なろうとする唇を──制止させたのは、スマホロトムの着信音だった。一瞬二人は動きを止めて、少しの間待ってみるがどうにも鳴り止まずに持ち主を呼び続けている、
「…………」
「アオキさんのちゃう?」
「……その様ですね」
ロトロト鳴き続けるそれを無視する事も出来ず、アオキは一旦気持ちを切り替えて手元に呼び出す。画面にいっぱいに表示されているのは、ナンジャモからの通話の通知だった。
体を起こしたチリが肩口から覗き込んできて、「ナンジャモ? なんで?」と首を傾げるチリに、アオキ自身も首を傾げる。ジムリーダーとして互いに顔を合わせた際に連絡先を交換して以来、業務連絡のメッセージのみのやりとりばかりで通話なんてした事がない。何かしらの緊急性があるかもしれないと判断したアオキは、チリが映らないように壁際へ移動すると通信を繋げた。
「はい」
『おはこんハロチャオ〜ナンジャモだよ〜アオキ氏おつおつ!』
「はあ、お疲れ様です」
まるで配信でもしているかの様なテンションで、ナンジャモは黄色い袖をフリフリと振っている。ひとまず、深刻な何かが発生している訳ではなさそうで、アオキは尚更疑問符が頭上に浮かぶ。何の要件だろう、問いかける前にナンジャモはニッコリ笑って口を開いた。
『アオキ氏、今ハッコウシティにいるでしょ』
「……はい、まあ』
『じゃあ今日一緒にいたのってやっぱりチリ氏だった〜?』
投げ込まれた豪速球に、死角で飲み物を口に含んでいたチリが音もなく噴き出す。咳き込むのを堪える姿が可哀想だが、駆け寄る訳にもいかない。
『お? その壁紙は我がハッコウシティの新しいホテルだね? しかもいいだいぶ部屋だな〜? アオキ氏一人でそんなとこ泊まっちゃうイメージなかったな〜?』
畳み掛けるナンジャモのみだれうちに、アオキは閉口したままチリを見やる。確実にバレている。関係をひた隠しにするつもりはなかったのでバレた所で問題はないものの、返答に困っている空気を察したチリが、観念した様にアオキのスマホロトムを覗き込んだ。
「……あっはっは、どーも、チリちゃんやでー」
『わあホントにそうだった、二人ともいつの間にくっついたの〜!? やあ〜良かった適当にごまかしといて! ねえちょっと、チリ氏に動画送るから今一緒に見れる〜?』
チリのスマホロトムがロトッと短く震えて、送られた動画を再生させる。今日の二人で見学したジムチャレンジの、配信動画の切り抜きだった。ナンジャモが最後のポケモンを繰り出した場面、斜め後ろに映り込んでいるのは自分たちだった。
エッこんなとこに立ってたん? とチリが思わず漏らしたところで、配信当時のコメント欄が一気に加速していく。
『なんか後ろの二人、微動だにしないで腕組んで見てるの怖』『ずっと二人でなんか喋ってるよね』『観戦ガチ勢カップル怖すぎ』『待って女の方、四天王のチリっぽくない?』『マジ?』『チリちゃんと聞いて』『彼氏いるの!?』『えっプライベートかな 私服めっちゃかわいい』『いやグラサンしてるし顔わかんなくね? 似てるだけだと思うけどな』『ただの美女か だとしたらあんまここでアレコレ言うのいくないぞ』『そもそも仮にあれがチリちゃんだとして誰あの横のセンス爆イケおじさん』『センス爆イケおじさんwww』『wwww』『草』『リンクコーデいいな』……。
次々にコメントが流れていく間にナンジャモが勝利をおさめ、"四天王のチリに似てる美人とセンス爆イケおじさん"が画面の外へ出ていく。ナンジャモがぜえぜえと肩で息をしながらスマホロトムでコメントを確認し、その大きな目をまんまるに見開いた。
『ああ〜ちょっと皆の者〜! 一般人巻き込んじゃダメ、そもそもチリ氏今時期忙しいから多分休みなんてないない! ていうかボクの頑張りちゃんと見ててよ〜急所当てられていっぱいいっぱいだったのに〜!』
さらりとリスナーへ注意を促し、否定した上で話を逸らし自分の話題へと持っていくナンジャモのトーク力で、コメント欄はナンジャモや巻き込まれた"一般人"への謝罪と二人のバトルの健闘を讃える言葉で埋め尽くされて、流れていく。
動画を見終えた二人は、ギギギと音が鳴りそうなぎこちなさでスマホロトムごしのナンジャモに向き直る。
『はい、アーカイブ残さなかったボクに何か言う事は?』
「ご迷惑をおかけしました……」
「すんません……」
『わかればよろしい〜! でも途中でバトルの途中で実は二人に気づいてたボクの気持ち! 考えて! 抜き打ちの視察かと思って内心バックバクだったんだからね〜!?』
「仰る通りです……」
いつも通りのハイテンションで喚くナンジャモに、二人は揃って頭を抱えながら謝罪する。二人の交際を知る人間は隠してこそいないもののごく一部で、こんな形で知れ渡られて騒ぎになりたくはなかったし、瞬時に察してフォローに回ってくれた気遣いがありがたかった。
『という訳でこれ以上リア充邪魔したくないからバイバイ〜! あっアオキ氏、次のジムリ飲み会の会費奢ってね! それで貸し借りゼロってことでヨロ〜』
嵐の様な通信が一方的に切れて、急に室内が静まり返る。二人はそろそろと顔を見合わせて、チリが堪え切れないといった様子でくすくすと笑い出した。
「……センス爆イケおじさん、飲み会代二倍やん」
「その呼び方、やめてください……まあ、悪い事をしたのはこちらですので、二次会分まできっちり支払ってきます」
「チリちゃんからもなんかお礼せんとなあ」
「……一応明日は、もう少し変装っぽくして歩きましょうか」
「せやね。ナンジャモがうまい事やってくれたん、水の泡にしたないし」
一応ネットで軽くサーチをしてみたが、自分たちの事について触れるような記事やSNSの投稿は見当たらなかった。ナンジャモがうまくまとめてくれたおかげなのだろう。とりあえずは気にしなくても良いか、とチリは一つ伸びをしてから、再びベッドにころりと転がってアオキをじとりと見上げる。
「……な、続きせえへんの」
疑問符をあえてつけない言葉に、アオキは少しばかり瞠目しながらもチリの側に腰掛ける。もそもそと距離を詰められ、撫でろと言わんばかりに手元に頭が押しつけられたので、望みのままにその細く長い髪を梳く。
「そういう空気は霧散したと思ってました」
「チリちゃんあんまそういうの気にせえへんよ。アオキさんは気にしはる?」
「いえ、別に」
「じゃあええやん、ほら」
チリの腕がゆるりと伸びて、取り込む様にアオキを誘う。猫背気味な背中を撫ぜると、応じたアオキが覆い被さる様にチリを柔らかに抱きしめる。漆黒のタートルネックに包まれた体躯に飲まれて、鼻腔をくすぐるアオキの匂いにチリの奥底にある欲がピリピリと痺れる。
「ちなみにチリちゃん、一瞬でそういう空気を作れるとっておきのわざがあるんやけど」
「……何でしょう」
鳶色の瞳が、蠱惑的に細められて。
内緒話にしては色めいた声色で、チリはアオキの耳元に向けて囁いた。
「今日のチリちゃんな、アオキさんにしか見せへんとこもめちゃくちゃお洒落してきてん」
アオキはぴしりと固まる。無表情を守る鉄壁に入った亀裂は、見上げるチリしか見ていない。
アオキのよく知るチリは、ランジェリーと呼ぶには些かシンプルな物を愛用していた。そこを、お洒落すると言う事は、つまり。
柔らかな青藍色のニットの向こう側を、これからどんな顔をして暴けと言うのか。腕の中の厄介な恋人は、勝利を確信した様に微笑んでいる。
「どや? 効いた?」
「ノーコメントで。……そろそろ、お静かに」
諦めた様に挑発に乗ったアオキの硬い手がニットをかき分けて、薄い腹を這う。少しガサついたよく知る手のひらに、チリの唇から吐息が微かに漏れる。深く口づけを交わしながら探らせる指が、胸を覆うレースの縁を確かめる様になぞられるのが分かって、チリがしたり顔で微笑んだのが唇越しに分かる。
チリの思うがままに事が進んでいるのが何となく悔しくて、まずはその余裕を突き崩すべく、アオキはなけなしの理性を早々に手放す事にした。
二人だけの夜は、これから更けていく。
なお。
リアルタイムでナンジャモのジムチャレンジ配信を観覧し、且つ二人のスケジュールを把握していた一部のポケモンリーグ職員にのみ、二人の交際の事実が浮き彫りとなり。
しばらくの間だけ、アオキに陰のあだ名がついてしまう事を二人はまだ知らない。