奥さん待ってるんちゃうん?
#同じ一文から始まるaocrをかいてください
上記の企画参加用の小説です。
アオキさんバツイチ設定婚姻歴離婚歴ありなのでお気をつけください。
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「結婚したんです」
そう聞いたのは入職して早々、多分十日目くらい。職場の団体研修が終わってそれぞれの部署に配属されて三日目。先輩、指導役としてついたアオキの口から初めて私生活の話が出たのがこの時だった。
「おめでとうございます」
「どうも、ありがとうございます。それでこの書類なんですが…」
この男にしては浮かれてたんだろうと、今なら思う。その前にも後にもこの男から私生活についての雑談を振られることが無かったからだ。
次にこの男の私生活について聞いたのは大体それから三年後、飲み会の席だった。しかも話の流れ的に自分が聞き出したのに等しい状態で。
「アオキさん、今日は二次会までおるんや、めずらしいなあ。奥さん待ってるんちゃうん?」
いつも仕事は定時帰り、時々休日出勤でも見かけはするが気が付けばさっさと帰っているという印象だった。飲み会の席でなんて滅多に見かけることはないし、最低必須くらいの職場主催の飲み会でさえ気が付けば忽然と消えてるような男だ。
「先日…離婚したんで…」
いつもの顔よりは酒が入って赤くなっているが表情は変わらずそんな事を言うものだから。……やばいちょっと言い回しをしくじったと思った。
結局酔い潰れた者の介抱は、酒に強い自分に役目が回ってくるので相変わらず損な世の中だと思う。今も酩酊状態のくったりしている先輩の肩を担ぎ、とりあえず数時間前まで働いていた職場の休憩室へと帰ってきた。隣には仮眠室もシャワー室もあるのだから最悪酔いが覚めるまでその辺で寝っ転がしておけばなんとかなるだろう。
「……ここ何処ですか?」
休憩室の硬いソファで三人分の席を使ってもまだ足らない長身を横たわらせていたアオキがやっと気がついたようで身を起こした。
「アオキさんの家わからなかったんで連れてきました。ここ、リーグの休憩室です」
どうにか引きずるようにして自分より明らかに身長のある男をここまで連れて来るのは正直面倒だった。
「…何故チリさんが…?」
「二次会終わりに他にアオキさんの事見知った介抱出来るような人間がチリちゃんしか居なかったんで。その辺の道端に倒れられて身体でも壊されたら業務回ってくんのこっちなんで」
自分で言うのもなんだが、割と面倒見が良い性格が災いして酔っ払いの介抱はよくあることだ。特に相手は先輩、自分の教育係だった人だ。恩がないわけでもない、薄情な事は出来ない。
「…ご迷惑おかけして申し訳ないです」
律儀に後輩に向かっても話し方を崩すでもなく、謝罪の時のお辞儀は角度四十五度。マナー講座のお手本通り。ちょっと猫背になっているのが気になると言えば気になる。
「酔いが覚めたらこれ飲んで帰ってください、チリちゃんは先帰るんで。じゃ」
デスクにいつもストックしているフリーズドライのしじみの味噌汁を紙コップに入れてウォーターサーバーからお湯を入れ、あとウコンの錠剤の袋を食事用の机の上に置いてその場を後にした。少しは二日酔いの緩和くらいにはなるだろう。
週末連休明けは、いつも通り職場のデスクで今日の予定を確認する。面接は午前一件午後二件、今日の挑戦者はバッジが八つ持ちが午後二件に集中しているということは、アオキも午後から来るだろうか。週末の休みを全部潰して回復に努めていれば、まあなんとかなっているだろう。
午前一件の面接を十時半から行い、所要時間は三十分。バッジが揃ってないので不合格だが、あの挑戦者はそのうち揃えて持ってくるだろうと期待が出来る。そんな事を考えながら執務室のデスクに戻ると、斜向かいの席に先日酔い潰れた姿を見たアオキがこじんまり座ってノートパソコンを広げていた。体格はそう小さくないはずなのに相変わらず存在感を消すのが上手い男だなと思う。
「おはようございます、あの後大丈夫でした?」
「お疲れ様です。とりあえず仮眠をとってなんとか明け方までには家に帰りました。ご心配おかけしました」
「ならええですけど」
今の面接の内容をメモからまた記載するのにキーボードを叩く。不意に頭を過るアオキの言葉『離婚しました』普段なら面倒なことに首を突っ込む事はしたくないのだが、私生活を全く話さない男から出る珍しい話には多少興味があった。本当に興味本位、ただそれだけだ。
「アオキさん、お昼どこ行くか決まってます?」
「今日はリーグ近くの和食の店にでも行こうかと…」
「この前の迷惑料代わりに奢ってくれません?チリちゃんも今日は和食の気分なんですわ」
まあ向こうに断る権利も無いのはわかってるのだが。
「じゃ、この日替わりランチご飯小盛りで」
「同じやつ、ご飯大盛りでお願いします」
職場の先輩後輩だから、新人時代は何度か連れられて一緒に来たことがある和食の店。夜は飲み屋としても使えて魚料理に定評がある。今日の日替わりも刺し身三種にホタテとエビのフライ、サラダに小鉢がいくつか、魚のアラ汁にご飯と漬物のセット。日替わりはすぐ出せるようにセットされているのか注文から割とすぐに来た。それでもフライは揚げたてだった。
「先日はありがとうございました。味噌汁とウコン助かりました。お陰で次の日の夕方には動けるようになりました」
いつもと変わらない表情で、相変わらず周囲が騒がしいと聞き取りにくい声で話す人だなと思う。とりあえずサラダから。
「ああ、そりゃ良かったです。で、アオキさん離婚したんです?」
「……先日、自分何か酒の席で言いましたか?」
洩らしたつもりは無かったらしいが、こちらも聞いてしまったからには仕方ない。ああ、ホタテのフライか…貝はあまり得意じゃない。
「やから、離婚したって」
もう一度念押しするようにそう言うと、一度天を仰いで視線がこちらに戻ってきた。暫くの長考、珍しくこの男が眼の前に食事が来ていても箸を動かさない。アオキは一度ため息をついた。
「……言い訳がましいですが、生活自体が合わなかったんです」
「おん?夜の生活?」
「…違います、生活習慣の方です」
眉をひそめて聞いたが即座に訂正された。どうせそっちの方も合わなかったんだろと心の中で悪態をつく。熱々の海老フライがサクッとしていて美味しい。
「一番の原因はポケモン達が大所帯だったのと、相手の仕事が不規則で、一緒に暮らしている気がしないと別れを切り出されまして…」
「まあ産まれも育ちも別々の人間が一緒に暮らすんやったら、合う合わんありますよね」
この男の事だから、相手に合わせずいつも通りの生活をしていたんだろうかと邪推する。ひじきの煮物もなかなかいける。
「……あと食事が……味覚が合わず……」
多分この男からしたらそっちの方が問題だったのだろう。食べることには目がない男だ、食事のことに関して合わないのは結婚生活としては致命傷だったのだろう。この刺し身と米は思ったより食が進む。
「本命の原因そっち…やんな?」
「……」
黙っているということは図星だったんだろう。まあ確かに3年前に指導係だった時よりは幾分か痩せた気がする。そんなによくよくこの男の体を観察はしていないので、あくまで気がするだけだが。
「まあ美味いもん眼の前にしてアオキさんが箸が進まんなんて大事ですわ」
いつもなら同じ定食セット米を大盛りにしたところでこの男なら自分の半分くらいの時間で平らげでいただろう。それが珍しく今日は食べ進めるのがこちらの方が早い。多分この男、重症だ。
「チリちゃん貝類好きじゃないんでホタテフライあげますわ」
「あ、ありがとうございます…」
なんとなく事の次第は分かったのでこの辺で切り上げて午後の面接について考える。確か前に有能なトレーナーだとハッサクに紹介された子だろうか。名前を聞いたことある気がするな、実技まで行きそうだと頭の中で作戦を練る。
一方眼の前で食事しているこの男もいつも通り食が進み始めたらしいが、全く何を考えているのか見当はつかないなと改めて思う。
結局その日の試験は面接は突破、実技試験はハッサクまで引っ張り出したところで挑戦者の手持ちが力尽きて終了。
『もう少し回復道具を用意しておくんやったな、あの子』
そんな感想で面接結果と戦闘記録を纏めた。
奢ってもらったランチの日以降、何となく距離が近い。距離が近いというのは物理的な所もそうだが、何よりこの男が私生活の雑談に乗ってくるようになったことだ。内容はまあなんてことのない普通の話。
「朝お湯が出なくて給湯器が壊れてたと思ったら、屋外のコンセントが抜けてたんですよ」
「そりゃ災難で。前にも似たような事言っとりませんでしたっけ?」
「それ水道メーターの話ですね。漏水疑惑で水道料金跳ね上がったやつです」
「あー、なんか聞いた記憶ありますわ。あれ結局何が原因やったん?」
「トイレですね、中の機材が劣化してたらしくて静かに流れっぱなしになってました」
どうでもいい取るに足らない話、だが着実に距離は近くなってきている。
少し残業して書類を片付けていれば、いつも自分が飲んでいる種類の缶コーヒーがいつの間にかデスクに置かれていたり、出先で貰ってきたのか買ってきたのかはわからないお菓子がたまに置いてある。知らないうちに食べ物がこちらのデスクの空きスペースに置かれている。犯人は名乗らないがあの男だろう。昔話でこういうを見たことがある気がする。
『好意の見せ方、やっぱり食べ物なん…?動物の求愛行動かなんかなん?』
多分その男自分では無自覚なのか自覚しているのか分からないが、こちらに対して好意を持っているのだろう。でもバツイチだとか、年齢が上過ぎるとかそういった理由ばかりつけて、こちらに直接伝えてくる事は無いだろう。ちっぽけな気遣いにみせた好意の伝え方、それがなんだか気に食わない。
時々はなんだかんだ理由をつけて一緒に飲みに行った。まあ一応新人時代の指導役ではあるし、仕事の上でも分からない部分は聞きやすいといえば聞きやすい。その前にも時々頼る事はあったが、元指導役として、雑談は一切挟まず全て業務と業務時間内での話だ。
やっぱりなんの変哲もない他愛もない話が酒の肴で、恋愛関係になんて発展しようがない内容で、本当にいつも通りの会話。気が付けば食欲も以前と同じに戻っているようだ。箸の運びもグラスのあけ方も早い。つられて飲むペースが早くなった。
酔い醒ましにタクシー乗り場まで2人で歩く。夜風はアルコールが入って上気した頬に心地良い。歩いて数百メートルの距離は酔っ払いにはいつもより長いと感じる。
酔って上機嫌な事もあって、この隣を歩く男にいつも疑問に思っていることを聞いてみたくなった、ただそれだけだ。
「アオキさん、チリちゃんのこと好きやろ」
「……」
いつもの長考。困っているのは空気感で分かる。答えは返ってこない。無言の肯定とみなしても良いだろうか。
「……本当に好きやったら、バツイチだとか年齢が離れてるとか言い訳せず、チリちゃんのこと振り向かせてみてくれん?そしたら考えたるわ」
所詮、酒の席の後の戯言と聞き流してくれていい。忘れてくれてもいい。だから…
暫くの沈黙。もう少しでタクシー乗り場に着くというその時だった。
「……善処します」
「って、やっと出てきた言葉がそれかい!もうええわ、ありがとうございました!」
適当に濁してタクシーに飛び乗った。取り残されたのはぽかんとした顔のアオキ。その表情は暫く忘れないだろう。
タクシーに揺られながら、更に酔いの回った頭の少しだけ取り残された思考部分で考える。
あの男はやる気がない見た目とは裏腹に仕事はやる時はやる、決める時は決める。勘違いされやすい見た目だから仕方ない。仕事やポケモン勝負に向き合う姿は誰よりも誠実で、誰よりも真剣だ。その姿は指導された自分だけが知っていればいい。もしあの男に足りない所があればいくらでも自分がカバーすればいい。
本当はずっと好きだった。好きになってはいけない人を好きになってしまった。だから自分の気持ちに蓋をしてた。なのに、あの時しくじって離婚したなんて話を聞いてしまったから。あの時から自分もおかしくなったのだ。
『好きになったほうが負けってこういうことなんか……やっと納得いったわ』
昔友達から聞いた恋愛理論、なんのこっちゃと聞き流していた内容を今更ながら噛みしめる。
あー!恋愛ってめんどくさっ!
「運転手さん、途中コンビニ寄ってってくれん?」
冷たいアイスでも食べれば、少しはこの頬の火照りと酔いがマシになるだろうか。
家に帰って食べたバニラのアイスクリームはシンプルに甘かった。