微妙な話しなので、誤解される人が増えそうなら後で削除します・・・
「AIと著作権の考え方について」も含めて、現状の多数説は、学習対象著作物と作風(アイデア)が同一・類似にすぎない表現を出力できる生成AIの開発のための機械学習(に伴う学習対象著作物の利用)は、非享受目的利用であって、30条の4が適用されると考える。これに対して作風が同一・類似にすぎない表現であっても、学習対象著作物の著作権者に影響を与えるので、そのような生成AIを開発する目的の場合は、30条の4は適用されるべきではない(∵但書該当)とする反対説がある。そして反対説に対しては、著作権で保護されない作風が同一・類似にすぎないことから生じる不利益は、但書の「権利者の利益」にも「不当」にもあてはまらないと反論があり、それに対して反対説は・・・(以下略)
理屈の上では、こういう論理の流れになるんで、将来訴訟になると、但書該当性が主戦場になりそうに皆思うと思うんだけど、実際は、違う流れになるケースが多いんじゃないかな、とずっと思ってる。
具体的には、最初の主戦場は、同一・類似のものは、作風(アイデア)なのか(創作的)表現なのかに、なるんじゃないだろうか。
「AIと著作権の考え方について」も、私を含めた研究者論文も、説明の都合上、アイデアと(創作的)表現が区別できたことを前提に議論を進めている。
しかし、柿沼先生のブログにあるように、そして、「AIと著作権」の座談会で愛知先生と私で議論しているように、アイデアと(創作的)表現の区別は、本当にケースバイケース。紙一重のところがある。
storialaw.jp/blog/10782#i-7
なので、権利者側の弁護士さんとしては、まず、同一・類似の部分は、作風(アイデア)ではなくて(創作的)表現なんだと争うはず。一方、学習者側の弁護士さんは、同一・類似の部分は、作風(アイデア)にすぎない、と切り返すはず。
①ここで(創作的)表現だとなれば、②次はそれを享受させる目的があったと言えるかが争われる。
storialaw.jp/blog/10782#i-5
それで、享受目的まで認められると、但書が出る前に、30条の4の適用はなくなる。
③逆に、①とは異なって、作風(アイデア)だとなれば、ようやく但書の適用の可否の問題になる。
なので、30条の4の適用の可否が争点となる裁判では、AIの仕組みとか、市場競合の有無とか、そういう30条の4特有の議論の前に、同一・類似の部分は、作風(アイデア)なのか(創作的)表現なのかという、生成AIが存在する前から、著作権法制が長年向き合ってきた問題について、原告被告の応酬が華々しく交わされるんだろうな、とずっと思ってて、そういう意味では、実は、著作権法の世界の日常的な光景の一場面なんだよね。
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