今いちばん私の演奏を聴いてほしいのは母
「今までもいろんな本を出して、ドキュメンタリーや映画でも、たくさんの過去を語ってきましたが、そこでも書ききれないほど、語り尽くせないほど、いろんなつらい思いをしてきました。ただ、いつからか、『私はひとりで苦労してきた』と思うたびに、脳裏に母の顔が浮かぶようになったのです。どんな困難にぶち当たったときも、『何くそ!』と前向きに生きる力を与えてくれたのは、やはり母だったんだな、と。
それから、自分が信じたことを貫く意思、本物の芸術をこの目で観て、この耳で聴いて、この体にその感動を記憶させることの大切さを教えてくれたのも母だったんだなと、今はつくづく思います」
天才とは何か――。フジコさんは、今も「音楽家は生涯勉強すべきだ」と考えていて、毎日の練習を怠ることはない。例えば、自宅でのインタビューのあと、撮影のためにピアノの前に座ってもらうと、自然と指を鍵盤の上に走らせ、部屋の中に優しい風を吹かせたかと思うと、突然荒々しい波を起こしたり、穏やかな光の中で一斉に野の花を咲かせたりする。それはもう魔法使いのような鮮やかさ。なのに、「音楽家は、そのときの演奏に100%満足することはない」と断言する。
そうしてフジコさんは、「今いちばん演奏を聴いてほしいのは母ね。今の私を見せたかった。絶対に褒めてなんかくれなくて、ボロクソに言われると思うけど(笑)」と言う。いくつになっても、どんなに世間から認められても、「もっと表現できる」「もっと上手くなれる」という向上心が枯れないこと。それこそ、フジコさんの天才性を表す一つの側面であり、その向上心と不撓不屈の精神を植え付けたのは、紛れもなく、純粋すぎるが故に毒舌の母・投網子さんだったに違いない。
フジコ・ヘミングinformation
22年秋、ヨーロッパツアーの中でレコーディングされたアルバム「Adagio(アダージョ)」が、音楽上のパートナーであるマリオ・コシックとの共同プロデュースにより実現。「ブラチスラバ シンフォニーオーケストラ」とともに、スロバキアのスタジオで収録されたCDがフジコ・ヘミング公演会場にて先行発売される。アルバムには、コンチェルトから2楽章の心を癒すゆっくりな曲、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ラフマニノフの4曲の他、フジコ自身のセレクトで、リストの「ラ・カンパネラ」、ショパンの「ノクターン」が収録されている。
CDが先行発売されるツアーのスケジュールは、以下の通り。
フジコ・ヘミングスペシャルコンサート
5月9日(火)開演14時 大宮ソニックシティ大ホール(埼玉)
フジコ・ヘミング ソロ・コンサート
6月8日(木)開演19時 サントリーホール 大ホール(東京)
フジコ・ヘミング ピアノソロ・コンサート
6月21日(日)開演15時 フェスティバルホール(大阪)
(問)コンサートドアーズhttps://concertdoors.com/post_concert/fuzjko_hemming_2023/
(電話03-3544-4577)