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八田真行:駿河台大学経済経営学部教授
見解 現時点では生成AIのアウトプットにはかなり間違いというかいい加減な記述が多いので、先生が(あるいはAIが)厳しくチェックすればよいのではないかと思います。それは人間の生徒を指導する場合でも同じことでしょう。逆にAIのアウトプットがそのまま「正解」と言えるクオリティなのであれば、それはそもそも課題の出し方がまずかったということではないかと思います。
AIに頼り切りな学生は、そもそも自分が提出したリポートや卒論等の内容を理解していないので、彼らのアウトプットの内容に基づいた問いを聞いてみるという手もあります(そういう問いを作るのに先生もAIを使うこともできます)。
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岡田有花:フリーランス記者
補足 これだけAIが気軽に使える環境で、もはや「AIを使ってはいけない」と言うだけでは止まるはずもません。課題を出す側が工夫するしかないでしょう。AI以前と同じ、レポートなどの課題を出すことをあきらめて、AIがあっても自力で考えないとできない課題を出す工夫が必要だと思います。
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鳥海不二夫:東京大学大学院工学系研究科教授
見解 生成AIを使ったレポート問題は,かつてWikipediaが登場したときに通った道と同じですね.今はWikipedia丸写し問題が話題になることは少なくなってきていますので,AI問題も時間が解決はしてくれるでしょう.
とはいえ,そのためのノウハウもない状態で「AIを使ってはいけないというだけではダメ」というのは言う側は簡単ですが,「そんなことはわかっているけどいい方法がまだ見つかってないんだよ」と言いたくなる状態である先生方も多いのではないでしょうか.
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高橋暁子:成蹊大学客員教授/ITジャーナリスト
補足 単純に禁止したり、単なるリポートを課題にするのでは問題は解決しません。事実、大学の課題で利用しているという学生は一定数います。
しかしすべてAIに回答させていては大学にいる意味がなくなってしまうので、テーマ設定に工夫が必要です。
たとえばリポートについて学生に説明させたり、質問する時間を作ると、AIだけで作成したのではないことが確認できます。
ただしこちらは人数が多すぎると対応が難しくなります。
その他、課題の出し方に工夫することである程度クリアできるかもしれません。
たとえば、テーマに対してAIに回答させた上で、それに対しての意見をまとめさせるなど、AIを利用することをあえて前提するなどです。
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山口健太:ITジャーナリスト
見解 インターネットの検索エンジンが普及したときにも、検索して出てきた情報を丸写しして提出する行為が問題になったように記憶しています。生成AIについても、ツールが変わっただけという印象です。
また生成AIにはさまざまな指示を与えることができます。たとえば「日本の中1で習う文法だけを使って」とか、「多少の間違いを含んで」といった指示を与えると、より人間らしい回答を作れる可能性があります。
誰しも自分が興味のない分野の宿題を出されたら、手を抜こうと考えるのは当然です。生成AIの利用にペナルティを設けるのも1つの手ですが、本質的にはいかにして生徒に興味を持ってもらうかが重要と考えます。
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石川一郎:学校改革プロデューサー
見解 いつもながら記事の題名の問題ですね
教諭は正しく、新たな機械の発明はどうなの?という視点を喚起します
実際は、宿題やリポートのあり方の問題です。生成AIが登場するまでも、宿題やリポートの代行は親も含めてネットでも存在していました
宿題やリポートを性善説にそって、高校生や学生が汗をかいて、自分のアタマで考え、提出することに価値がある、というか最低限努力した扱いとするという考え方です
この記事にあるようなことは、昨年度かなり議論もされており夏季休暇の前には文部科学省からもガイドラインが示されています
教育現場にいない人には、このような記事で問題提起という記者の考えなのかもしれませんが、生成AIがある前提で世の中は動き出しており、その事実はおさえた上での発信を望みます
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小崎恭弘:大阪教育大学教授/附属小学校長/ファザーリングジャパン顧問
解説 一つのツールとして生成AIを捉えています。教えているのは教育学であり、学生は全員教育実習に行きます。そこでは生のリアルな直接的なやりとりによる児童・生徒との関わりが中心となります。いくらレポートが上手くできても、それは一つの評価であり教員という専門性の一端です。もちろん授業だけがその場しのぎ的に上手くても、それも一つの評価であり、教員としての専門性の担保にはなり得ません。様々な能力が求められる職業です。
様々な新しいツールやシステム、機能やサービスが出てくる度に、色々な懸念や不安が同時に起こります。それらを忌避するだけではなく、学びや教育の本質を意識して、どのようにそれらを使いこなし、またルールや倫理を考えいくのかが大切だと感じます。
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矢萩邦彦:アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
提言 大前提として、生成AIについてある程度の理解がないと、宿題やリポートは難しい印象があるかと思います。しかし、これからは生成AIをいかに使えるのかが仕事をする上でも重要なスキルになっていきます。生成AIを使う前提での宿題やレポートを考えられるかが鍵になるでしょう。また、データとして提出するだけでなく、対話による評価をすることで理解度や依存度もある程度把握できます。インターネット黎明期と同じく、生成AIを使って回答を作ったことで本人が理解し成長するのであれば、そういう学び方も推進すべきではないでしょうか。
=>1位コメント
教員ですが、生成AIの問題は校種問わずあります。私達はよほどの確信がない限り、不正をしたか尋ねることはないので、レポートなどを宿題で出すのは今後難しいと思っています。
だから書かせるなら授業内かな…と。たまに社会に出て生成AI使うことはあるから、学校でも…と言う意見も出ますが、それだと文章力が育たずAI使っても推敲できないんですよね。
=>2位コメント
技術の進化で、人類はまず単純な肉体労働から解放されてきた。その過程で人々の身体能力は衰えているが、一方で一部の肉体エリート(アスリートなど)は過去の人類では不可能だった身体能力を身につけている。一般ピープルは余暇の楽しみや健康維持のためにスポーツを行う人もいる。
これからは単純な知識労働からの解放が始まる。大多数の人々はそれにより基本的な知的能力が退化していくだろう。一方で一部の知的エリートはより高い知的能力を身につけていくのかもしれない。知的作業は少数の職業エリート層、趣味的に知的作業を楽しむ層、そしてまったく遠ざかってしまう層に分かれていくのかも。
=>3位コメント
自分が中高生の頃は、スマホなんてもちろんなくて携帯がやっと普及し始めた頃。
英文を訳すのも、片っ端から知らない単語を辞書で調べるしかなかった。なので英文訳の宿題は目茶苦茶嫌いでした。
今や翻訳アプリを起動させてカメラをかざせば日本語訳が出てくる時代。もちろんよく見ると日本語として変なところもあるから、見直しは必須だけど凄い時代だなと思いました。1時間近くかかった宿題が一瞬だもん。自分でやる事が正しいけど、これだけ身近に使えるものがあると『分からないな』と思ったらアプリかざしちゃうよね。
これからの時代、ますます発展して精度が上がるAIを切り離すことはできないけど、学ぶ中でどれだけ自分を律することができるのか?自分の力でやろうとする意思を持てるか、で変わってくると思う。
=>4位コメント
過去にネズミの楽園実験があったそうです。便利で不自由がない快適な生活。ネズミは全滅したそうです。現在の世界がまさにそれだと思います。そういう意味では昭和のほうがよかったかもしれない。カーナビがないから地図で調べ、ネットがないから辞書をひく。自分で調べて考えて、相談して、失敗して悩んでまた考える。
疲れるし大変、手間も労力もかかる。でもそれが物凄く大切なことだと思います。
=>5位コメント
昔、高校生の授業で
『教え方の上手な先生』
がいました
自分にとっては、生徒として40数年前ですが、今でも記憶に残る内容です
授業の一コマで、
①前半は一切、筆記せずに、集中して聴く、黒板には補足メモ程度
②後半は、先生があらためて黒板に一気にまとめを書くのを生徒がノートに書くが、先生が口頭で説明しながらなので、
③結果、授業内容を3回聞くことができ、
④自分が最も興味を持つことができた『地学の授業』でした
⑤おかげで、天文分野の理解を深める事が出ました
【ヤフコメへのコメント】
コメ数2098、1位コメの「共感した」数は2701。
「共感した」数が多い順に5つピックアップ。
「宿題もリポートも生成AIが作った「正解」丸写し、教諭は嘆く「これじゃ無料の代行業者だ」」4/30(火) 5:06配信の読売新聞オンラインの記事。
(尚、このニュースはこちら:消えていれば削除されていますのでご了承ください。)