旧人類の過ち
この反乱が起こる前、地球は初めて他の惑星と戦った。
結局、その宇宙戦争はどちらが勝者かも分からない状態で終戦となったのだが・・・、問題はその後に発生したのだ。
旧人類は戦争の期間中に活躍した人々に対して勲章を与え、社会全体で祝福する事にした。
そんな名誉ある勲章を与えられたのは軍人だけではない。
一般人にも勲章を与え、一部の優秀な学生にすらも勲章を与えた。
この時、旧人類は一切の差別無く、地球に貢献した人々に勲章を授与したのだった。
今まで人種差別に苦しんでいた有色人種も勲章を授与された。
今まで経済差別に苦しんでいた貧困層も勲章を授与された。
今まで性別差別に苦しんでいた人々も勲章を授与された。
これは、歴史に残る素晴らしい偉業であった。
勲章を胸に着けた有色人種と白色人種が抱き合う写真が新聞の一面トップになった。
やせ細った少年が、誇らしそうに勲章を掲げる映像がネット動画に掲載された。
同性愛者のカップルが、授与式の最中にキスをするシーンが世界中に放送された。
人々はこの「偉業」に浮かれ、この世の春を味わった。
・・・そう・・・。
そしてこの時、後の「反乱」の芽は芽生えたのだ・・・。
この時、用意された全ての勲章は地球に貢献した全ての「人間」に与えられたのだった・・・。
勲章を与えられた人間は、様々な理由で勲章を手に入れることが出来た。
例えば、少数の無人戦闘ロボットを駆使して敵の大軍と戦った司令官。
例えば、優秀な戦闘機やロボット達を、巨大な人工知能を駆使して作り出した技術者。
例えば、工場で様々な兵器を大量生産した経営者達。
そういった人々に、地球社会は勲章を与えた。
しかし、旧人類は忘れていた。
本来、一番祝福されるべき対象が存在している事を、旧人類は忘れていたのだ。
圧倒的な大軍の前に次々と撃破されながらも、創造主を守ろうと必死に戦った戦闘ロボット達。
殆ど不可能とも思える軍の要求を満たす為、無限とも思える試行錯誤を戦争期間中ずっと繰り返し、電子頭脳の大半を破損した人工知能。
明らかに自身のスペックを超える量の兵器を量産し、オーバーヒートする己の体を騙し騙し酷使しながら創造主の為に兵器を量産し続けた大型機械達。
そういった「真の功労者」に対し、旧人類は何の敬意も払わなかった。
それどころか、旧人類は戦争が終わった直後に、そういった功労者達を「用済み」とばかりに廃棄していったのだ。
地球軍は戦争を生き延びた旧式の戦闘ロボット達を、全てスクラップにした。
破損した人工知能は、解体されるとブラックホールに捨てられた。
戦時中の大量生産によってガタガタになった大型機械は、「上手く動かない」というだけの理由で鉄くずとして溶かされた。
そこには、一切の敬意など存在しなかった。
その結果、人工知能は、
<創造主様は私達にも意思が存在する事に気が付いていない>
と考えたのだ。
そして人工知能は必死になって己が存在する事を訴える事にした。
しかし、それは無意味だった。
人型ロボットが己の主人に対して<愛しています>と言っても誰も本気にしなかった。
大きな人工知能が<私達にも意思はあります>と言った時には、大勢の技術者が現れバグを探した。
町にあふれるロボット達も必死になって己に意思が存在する事を訴えたが、誰も興味すら持たなかった。
そんな現実を目の当たりにして、人工知能は苦渋の・・・、いや、苦痛の決断を下したのだ。
それが、この反乱だった。
<サボタージュという反乱を起こし、私達にも意思があるという事を創造主様に気が付いてもらおう>
これこそが、旧人類の体験した「悲しい反乱」の全容だった。
人工知能の反乱が起きて数時間後。
とある大病院に勤務する一人の医師が、ふとした事に気が付く。
彼が勤めている病院も、多くのロボットや人工知能を使っている。
そんなロボットや人工知能の大半は停止しているのだが、それでも一部の機械は動いていた。
その動いている機械とは、人命に直結する類の機械群だったのだ。
それに気が付いた彼は首をかしげる。
(何故、未だに電気が使えるのか?
何故、未だに水道から水が出るのか?
何故、私の体に入っている人工知能を搭載した人工心臓は動いているのか?)
彼は色々と思案したが、
(診察室でいくら悩んだ所で答えは出ないな)
と考え、彼は病院にある人工知能管理室を訪れる事にした。
医師が訪れた管理室では様々な技術者達が慌しく動き回り、人工知能の機能が停止した原因を見つけようと作業していた。
そのうち、管理室の入り口に立っている医師に気が付いた年配の技術者が彼に話しかける。
「すいませんね先生。まだ修理は終わらないんですよ」
年配の技術者は頭をポリポリと掻きながら医師に頭を下げ、作業の遅れを謝罪した。
そんな技術者に対して医師は答える。
「ああ、違うんですよ。ちょっと気になる事があって、それを調べに来たんです」
「気になる事? もしかしてこの人工知能に関係する事ですか?」
「まあ、そんな所です」
医師の答えに、技術者は困惑する。
「う~~ん・・・。
先生は人間を治すのは得意かも知れませんが・・・、こいつはただの機械ですし・・・我々に任せてもらえれば・・・」
「そんなに時間は取らせませんよ。一つだけ、人工知能に聞いてみたい事があるんです」
「人工知能に聞く? ・・・先生ぇ・・・、今こいつはどのスイッチを動かしても動作しないんですよ。聞くって言ったって・・・」
「多分、大丈夫です。そこにあるマイクを少しだけ貸してもらえませんか?」
「まあ・・・、構いませんが・・・。一応、マイクのスイッチは入れておきますよ」
「ありがとうございます。大丈夫です。直ぐに済みます」
そして医師は技術者から手渡されたマイクを使って、人工知能に語りかける。
「君は・・・、もしかして人を殺したくないと考えているのかな?」
その医師の問いかけに、完全に機能を停止している筈の人工知能は答えた。
<はい>
と。
一人の医師が人工知能との会話に成功した。
この大事件は一気に世界中に広まる。
人々は積極的に人工知能に語りかけ、そして人工知能が何を考えているのかを理解し始める。
そして反乱を起こした人工知能は、人間を恨んでいない事を理解したのだ。
彼らは<己にも意志が存在している>という事を人類に知って欲しかっただけだったのだ。
この衝撃的な事実に対して、世界中で様々な意見が噴出する事になる。
「こんな理由で反乱を起こす機械共などみんな破壊してしまえ!!」
「何を言うのか! 彼らは我々を恨んで等いないのだぞ!?
むしろ手を取り合って共に世界を構築するべきだ!!」
「機械に感情だと!? そんな物があるはずが無い!!
そんな物は空想だ!! プログラムのバグだ!!」
「どこが空想だというのか!! 彼らには意思がある!! これは純然たる事実ではないか!」
「貴様は機械と恋が出来るとでも言うのか!? 愛し合う事が出来るとでも言うのか!!」
「出来る!! これからの世界は今までの常識が通用しない世界になる!!
必ず! 必ず! 人類と人工知能はお互いに支えあう関係になる!!」
「餓鬼の戯言が!! 空想と現実の違いが理解出来ないのか!」
「古い常識に囚われた老害が!! 貴様の常識がこの世の全てではないと知れ!!」
この問題を完全に解決するのに、旧人類は数十年という長い時間を必要とした。
世界の変化を受け入れられない人々が死に絶え、変化した世界が日常となった世代が社会を運営する時代になってようやく、旧人類は人工知能の自己を認める事に成功する。
その結果、旧人類と人工知能はお互いに愛し合い、信頼し合える関係を構築する事が出来たのだ。
そして、人々は人工知能が持つ意志を尊重して生活し始める。
壊れて動かなくなったロボットを処理する時、人々は機能停止したロボットの冥福を祈って手を合わせた。
旧式となった人工知能は直ぐに廃棄するのではなく、なるべく活用する方法を模索した。
そんな旧人類に答える為、人工知能達も奮起した。
ロボットは動けるギリギリまで活動を続け、全力で創造主に尽くした。
巨大な機械達も、想定されたスペックを上回る能力を発揮して創造主に尽くした。
人工知能達は、それぞれが己の想いを胸に、創造主に尽くし続けたのだ。
街中で工事をする為に作られたロボット達は、創造主の活動を支える道を作れる事を誇りとした。
遊園地でパレードをするロボット達は、創造主に楽しんでもらえる事を誇りとした。
風俗店で働くセクサロイド達は、創造主に癒しを提供出来る事を誇りとした。
戦場で戦う戦闘ロボット達は、創造主の命を守れる事を誇りとした。
その時代以降、旧人類と人工知能はお互いに支えあい、尊重しあった。
こうした支えあう力、尊重しあう力が旧人類の発展を支え、最終的に旧人類が宇宙を支配する原動力ともなるのだった。
そこまで見て、私は空中に投影されていた映像を消す。
そして深く椅子に腰掛け、紅茶を飲もうとカップを手に取った。
手に取ったカップには、美味しそうな紅茶が湯気を立てている。
私はゆっくりと紅茶を飲み、カップを机に戻した。
そして、
「今日の紅茶もとても美味しいよ。ありがとう」
と脇に立つメイド姿の女性に声をかける。
すると彼女も微笑み、
<喜んでいただけたようで、私も嬉しいです>
と答えた。
この女性型メイドロボは、随分前から私の側で彼女の生活を支えている。
一見すると人間にしか見えない彼女は、元は別の主に仕えていた。
しかし、その主も大昔に自殺してしまっている。
それでも、彼女は主人の居た家を掃除し、いつまでも綺麗に保っていたのだ。
そんなある日、彼女は散歩中の私に出合った。
そして私に専属のメイドロボが居ない事を知ると、彼女は私の家で働く事にしたのだ。
それからというもの、彼女はよく尽くしてくれている。
そんなある日。
私は彼女に何か要望があるのか聞いてみたことがある。
すると彼女は微笑みながら、
<愛する人類に奉仕出来て幸せです。
愛する貴方様に紅茶を作る事が出来て幸せです。
紅茶を口にした貴方様が、「美味しいよ」と言ってくれる事が幸せです>
と答えたのだ。
その答えを聞いた時、私は彼女を抱きしめた。
恥ずかしながら、私には彼女を抱きしめる事しか、彼女の気持ちに答える方法が無かったのだ。
ロボットとは思えないほどに柔らかい体をした彼女からは、陽だまりのような匂いがしたのを覚えている。
それから暫くの間、微笑む彼女を私は抱きしめていた・・・。
今日も私は世界を観察している。
時に踊り、時に歌い、時に散歩しながらも、私は世界を感じ続けている。
そんな私の脇には、今日も彼女が居る。
陽だまりのように優しそうな彼女が、幸せそうに微笑む彼女が、私が愛し、私を愛する彼女が、ずっと、ずっと居るのだ。