男の提案
この共同開発に、将軍は奮起する。
彼は、今まで経験してきた全ての知識を惜しげもなく賢者の国に提供し、人々がホムンクルスに何を求めているのかを丁寧に説明したのだ。
その説明を受けて、賢者の国では簡易式ホムンクルスの開発が急ピッチで進む事になる。
そんな開発が進む簡易式ホムンクルスに対し、各国は敏感に反応を示した。
未だに形すら作られていない簡易式ホムンクルスを、各国は他国に先駆けて大量に購入しようと動き始めたのだ。
この動きに、賢者の国は驚きを隠せなかった。
まさか、ここまで反響があるとは予想もしていなかったのだ。
だが、この状況に賢者の国は歓喜する。
そしてもちろん、この状況を予想していた将軍も大いに喜んだ。
賢者の国としては、簡易式ホムンクルスは莫大な富を生み出す事がわかった。
将軍としては、大量の簡易式ホムンクルスが市場に流れれば、人々は今よりもホムンクルスに接する機会が増え、ホムンクルスに対する理解も進むと考えていたのだ。
こうして着々と進んでいく簡易式ホムンクルス開発だったが、将軍が賢者の国に協力する真の目的は別にあった。
ある日。
大きな会議室で開発の進捗状況を報告する場が設けられた。
もちろん、この会議に将軍はカタミミを連れて参加している。
既に彼はホムンクルスに関する各種技術を習得しており、各部門の研究員が話す難しい内容の発表も理解出来る程だった。
進捗状況の発表は続き、皮膚部門や筋肉部門、神経部門、魔石部門、骨格部門、更には眼球部門や歯部門に至るまで、様々な部門の研究員達が進捗状況の説明を行う。
そして終に、彼が求めていた発表が始まった。
それは、簡易式ホムンクルスに搭載する簡易脳及び簡易人工魂についての発表だった。
この部門はホムンクルス開発における花形であり、賢者の国でも1、2を争う優秀な研究員達が所属している部門でもある。
彼らの発表内容はあまりに高度で難解な為、他部門の研究員ですらも理解する事は難しく、この発表に関しては他部署から質問も提案も無いのが当たり前となっている。
そして今回の発表が終わり、発表者が、
「何かご意見、ご質問はございますか?」
と会議室を埋め尽くす研究員達に問うた。
しかし、どの研究員も難しい顔をして何も発言しない・・・、というか出来ない。
既に彼らは、
(何を言っているのかさっぱり分からない・・・。
まあ、連中に任せておけば何とかなるだろう)
と考えていたのだ。
その様子を見た発表者達は、
(・・・まあ・・・、・・・いつもの事か・・・)
という顔をしながら撤収準備を始めた・・・、その時だった。
「一つ、提案があります」
という声が響いたのだ。
その言葉に、会議室は騒然となる。
(一体、誰が発言したのだろうか?)
研究員達はキョロキョロと発言者を探そうとするも、研究員達が座っている場所に発言者は居ない。
全員が己の耳を疑い始めた時、発言者が、
「ああ、すいません。
発言をする時は起立するのでしたね。
軍では挙手だけでしたから忘れていました」
と言いながら席から立つ。
その発言者は、外部から招かれた人物だった。
そんな彼のわきには、片方の耳の無いホムンクルス兵が立っていた。
そして、その人物は言い放つ。
「簡易式ホムンクルスに関してなのですが・・・。
彼ら彼女らの思考に対する制限を解除するべきでは無いでしょうか?」
この発言に、会議室は静まり返った。
「今、思考制限の解除って言ったよな?」
「ホムンクルスは人間の命令に従えばいいだけなのだから、勝手に思考する様になったら社会に対して害悪にしかならないのでは無いのか?」
「そもそも、簡易式の魂と脳ミソだ。
制限を解除したら、暴走するんじゃないのか?」
将軍の発言を受けて、研究員達はザワザワと騒ぎ始める。
しかし、彼は続けた。
「この国では、国母様と初代ホムンクルスに関する物語があるでしょう?
ならば、皆さんは知っているはずです。
自ら思考出来るホムンクルスが、どれ程素晴らしいのかを」
そして、彼は一冊のボロボロになった絵本を取り出し、会議室にいる人々に見えるように掲げた。
「この絵本には、ホムンクルス少女が自ら思考し、何度も女性学者を助ける様子が描かれています。
いえ、絵本だけではありません。
私はこの国に来てそれ程時間は経っていませんが、小説や映画、果ては教科書にまでこの話が描かれているのを見ています。
人とホムンクルスは、この絵本にある関係に戻るべきではないでしょうか?」
そんな発言に、簡易脳、簡易人工魂部門の研究員が答える。
「確かに、閣下の提案は魅力的です。
人とホムンクルスの関係が、国母様と初代様のような関係になれるのならば、それは研究者として至上の喜びとなるでしょう。
しかし、今と昔では時代が違い過ぎます。
今回開発されている簡易式ホムンクルスの開発目的は、単純に労働力としてです。
ただの労働力であるのならば、ホムンクルスは人間の命令に従うだけで十分です。
下手に思考をする事でトラブルを生み出すよりも、一種の道具として開発した方が今後の人類社会の為ではないでしょうか?」
研究員の答えに会議室には賛同の声が挙がる。
しかし、彼は引かなかった。
「確かに皆さんの考えは一理あります。
・・・しかし、本当にそうでしょうか?
本当に命令に従うだけでいいのでしょうか?
これは軍の実験データなのですが、正規ホムンクルス兵とリサイクルホムンクルス兵に、それぞれ塹壕陣地を作らせた事があります。
その結果、正規ホムンクルス兵が作った塹壕陣地よりも、リサイクルホムンクルス兵が作った塹壕陣地の方が防御力が上だったのです。
何故、このような結果となったのでしょうか?
これは私の予測なのですが、リサイクルホムンクルス兵は一度負傷した体を修復しています。
この修復をする際、彼女らの思考制限に何らかのトラブルが発生し、正規ホムンクルス兵のように上手に思考を制限出来なかった可能性があります。
その結果、彼女達は己で考え、より良い塹壕陣地を作り上げる事が出来たのではないのか? と私は考えています」
彼は発言しながら、実験データが書かれた紙を研究員達に配る。
「塹壕陣地を作るという単純な作業ですらも、ここまで違いが生まれます。
簡易式ホムンクルスが市場に流れて労働力として使われるのならば、思考の制限を撤廃する事こそが社会の発展に貢献出来るのではないでしょうか?」
彼の発言に、会議室のざわめきは一層大きくなる。
研究員達はお互いに意見を言い合い、段々と収集がつかなくなりつつあった。
そんな時、彼は最後の決め手を言い放つ。
「確かに不安要素も大いに存在しています。
そこで、私から提案があります。
実際に思考制限を解除し、ホムンクルスがどのように活動するのかを観察してみませんか?
もちろん、これは私個人の身勝手である事も重々承知しています。
その為、制限解除をするホムンクルスは、こちらから提供させていただきます。
私の相棒である、カタミミを実験の為に提供させていただきます」
そして彼は、己の脇に立つカタミミに視線を送る。
するとカタミミは、研究員達に向かって静かに一礼した。