新しい戦場
カタミミのお陰でぐっすり眠る事が出来た少年兵は、翌日からのスケジュールをテキパキとこなしていく。
起床した直後にスケジュールを確認しながら朝食を取り、カタミミと数人のホムンクルス兵が彼の着替えを行う。
昼は様々な式典に参加し、上流階級のご婦人方が催すお茶会にも参加。
夕方になると政府高官や軍の将官達に囲まれながらの晩餐会・・・。
彼は移動しながら服を着替えて髪を整え、言うべき台詞を頭に叩き込んでいった。
そして疲れ果てた彼が部屋に帰ると、ベッド脇ではカタミミが待機しているのだ。
彼は礼装のままカタミミに抱きつき、そのままスヤスヤと眠りに落ちる。
そんな彼を、カタミミはベッドまで運んでパジャマに着せ替える。
そして、ソッとベッドに入って添い寝をし、スヤスヤと眠る彼を優しく抱きしめるのだった。
そんな生活が数週間も続き、やっと彼は開放された。
開放された彼に待っていたのは、新しい階級章と役職だった。
最下級だった筈の彼の階級章は将校の物となり、前線勤務だった筈の彼の職場は遥か後方へと移っていたのだ。
「・・・本当に・・・、・・・この部屋には何にも無いんだな・・・」
ガランとした事務室の中で、青年将校はポツリと呟く。
そんな彼の独り言に対してカタミミは、
<「必要な物があれば申請せよ」と、この書類には書いてあります>
と言って彼に分厚い書類を手渡す。
手渡された分厚い書類を受け取った彼は、
「本当に軍隊ってのはお役所仕事なんだな・・・。
そういえば誰かに聞いたことがあるな。
軍隊は全力で書類と戦い、余力を持って敵と戦うとかなんとか・・・」
と、ため息をついた。
そんな彼にカタミミは、
<では、全力で戦いましょう。ここが、私達の新しい戦場です>
と答えるのだった。
青年将校に新たに与えられた職場は、新設されたホムンクルス兵のリサイクルを主目的にした部署である。
ここでは傷ついたホムンクルス兵に訓練を施し、新しい職場を与える事が主任務となっているのだ。
この部署は、彼の「本当の活躍」を知っている大本営が考えた物だ。
「英雄」の本当の戦闘記録を調べた結果、リサイクルされたホムンクルス兵は新品のホムンクルス兵に比べて士気が高い事が判明した。
しかし、いくら士気が高かろうともリサイクル兵を前線に送る事は難しい物があった。
ホムンクルス兵は兵器としてはもちろんの事、人間の兵士達を慰安する事も重要な任務となっている。
もしリサイクル兵を人間の兵士に与えた場合、兵士達の間で、
「中古品を押し付けられた!!」
と不満が噴出する可能性があるのだ。
そこで大本営は、リサイクル兵には後方任務のみを与える事にしたのだ。
そして再生産されたリサイクル兵を全て「英雄」の指揮下に置く事で、各戦線の施設を充実させようという思惑が大本営にはあった。
しかし、軍としても何を準備すればいいのかさっぱり分からなかったため、
「まあ、彼なら似たような事をやっていたようだし、彼に一任しようじゃないか」
「下手に口を出して責任問題になるのも面倒だしな」
「失敗しても大した損害は無いし、成功したら儲け物程度に考えれば良いだろう」
「では、適当に予算を組んでおこうか」
という会議の結果、与えられた古い事務室には机と椅子、棚程度しか用意されていなかったのだ。
そんな埃の積もった事務室を見渡し、彼は気合を入れる。
「よし!! とりあえずは掃除だ!!」
青年将校が新しい職場に配属されてから、少しだけ時間が経過した。
ホムンクルス兵のリサイクルという任務を与えられた彼は、今日も全力で仕事に励んでいる。
元々向いていた仕事という事もあるのだろうが、彼は毎日毎日前線から送られてくる書類と格闘しているのだ。
そんな彼のいる建物の外では、大勢のリサイクル兵達が専門の建設杖を使って様々な施設の建設方法を学んでいる。
彼とリサイクル兵の活躍により、友軍の前線施設は格段に充実し、いくども敵軍の侵攻を防ぐ事に成功していた。
そんな彼の縁の下の力持ち的な活動を知った各国は似たような部署を作り、似たようなリサイクル兵を生み出し始めている。
それによって、まだ生きているホムンクルス兵が焼き殺されるような事は段々と減っているのだが、各国の軍隊はリサイクル兵を使って様々な施設を充実させ、前線では戦いが激化してしまった。
その結果、各国は大量の兵器を賢者の国から購入して戦争を継続せざるを得なくなってしまったのだ。
そんな時、青年将校は他国に先駆けて、リサイクル兵に新しい仕事を与える事にしたのだ。
これは他国の数歩先を行く画期的なアイデアであり、そして将来、彼が成し遂げる事の布石ともなる物であった。
ここは町にある小さな食堂だ。
その食堂は年老いた夫婦が、たった二人で切り盛りしていた。
そんな老夫婦は仕込みの最中に、モゴモゴと雑談をしている。
「今日だっけかぁ~? 本当に来るのかね~~」
「軍人さんが言うには来るらしいけどね~」
二人は雑談をしながらも手を動かし、お客に提供する料理の仕込みを進めていく。
そんな時、食堂の入り口のドアがトントンとノックされた。
ノックに気が付いた夫婦は仕込みの手を止め厨房を出ると、二人でドアを開ける。
すると表には一人の軍人が立っており、その脇には一人の少女が立っていたのだ。
「え~~と・・・、住所はここで良かったかな?」
軍人は小さなメモ帳を確認し、一人で頷く。
「ああ、良し良し。ここで間違いないな。
お待たせしました。これがあなた方に支給されるホムンクルスです」
そして軍人は脇に立つ少女の背中を押す。
背中を押された少女は1歩前に歩み出し、
<本日より、お世話になります>
と言うと、ピシリと頭を下げるのだった。
この時代、各国は日々戦いに明け暮れている。
その為、各国は持てる全ての力を軍事に向け、国民は様々な面で生活を圧迫されていたのだ。
賢者の国から兵器やホムンクルス兵を買う金を支払う為に課せられた重税、前線で使う為の様々な武器を量産する為に連れて行かれた若い働き手、学問も軍事が最優先であり、町からは娯楽が消えていた。
人々は、日々を必死で生き抜くしかなかったのだ。
町からは活気が消え去り、治安も大幅に悪化している。
誰もが、この永遠と続くかのような苦しい時代に辟易していた。
そんな、ある日の事だ。
青年将校は久しぶりに基地の外で食事をしようと考え、ブラブラと近くの商店街を歩いていた。
そして、彼が美味しそうな匂いに惹かれて一軒の食堂に入ると、食堂の店員は嬉しそうな顔をして、
「お! 英雄さんじゃないか! うちの食堂へようこそ!」
と元気良く挨拶してきた。
青年将校は店員ににこやかな笑顔を向け、手渡されたメニューに目を落とす。
そして、メニューに書かれた品数に驚いた。
「ん? これだけしかないのか??」
青年将校の独り言に店員は恥ずかしそうな顔をしながら、
「すいません英雄さん。
実は、うちの若いのが軍事工場へ勤労奉仕に出てしまって、厨房に居ないんです。
だから、提供出来る料理が少なくなってしまって・・・。
うちだけじゃないんですよ。
今はどこも人手不足で・・・、みんな仕事が回らないって嘆いているんです・・・」
と謝罪してきた。
青年将校は成る程と納得した顔をし、メニューにあった料理をひとつ選ぶ。
すると店員は急いで厨房に戻り、テキパキと料理を始める。
そんな姿を、彼はジッと見つめ続けた・・・。
食事が終わり基地に帰ってきた青年将校には、大量の書類が待ち受けていた。
そして彼は書類を処理していき、気が付いたら既に日は暮れていたのだ。
仕事が終わり、「う~~ん」と伸びをしながらも、彼は昼間の出来事を思い出していた。
実は、彼はある問題で頭を悩めているのだ。
この時点で彼は大勢のリサイクル兵を指揮下に置いていたが、最近ではリサイクル兵が活躍出来る場所が少なくなっていた。
前線施設は既にほぼ全て建設が終わっているし、補給部隊も通信部隊もこれ以上リサイクル兵を必要としていなかったのだ。
そして、彼を更に困らせる事態も発生してしまった。
それはホムンクルス兵の更新である。
賢者の国は日々新しいホムンクルス技術を生み出しており、それは新型ホムンクルス兵という形で各国に販売されている。
まあ、更新といっても一晩で全てのホムンクルス兵に変更されるわけではない。
まずは重要な戦線に優先的に新型が導入されていくのだが、いつの日か全ての戦線に新型ホムンクルス兵が導入されるだろう。
もし全てのホムンクルス兵が新型に更新されれば、旧型ホムンクルス兵は完全にお払い箱になってしまう。
今までは旧型はそのまま殺処分されていたが、彼はそんな事をしたくない。
しかし、送るべき職場は既に存在しない。
もしも、大量のホムンクルス兵を遊ばせておいたりしたら、上層部から何を言われるか分からない。
そんな問題に彼は悩み続けているのだ。
(現在、軍ではリサイクル兵や旧式ホムンクルス兵を持て余している。
彼女達は基本的に軍用であって、耐久性に優れ、与えた命令には服従するように作られているのだが、何か新しいアイデアを生み出す事は難しい。
しかし、教えられた事を忠実にこなす事は出来る。
軍が余剰人員に困る一方で、町では人手不足が深刻化している。
大勢の人々が軍事工場に動員され、日常生活が圧迫されている。
日用品や食材は代用品が出回り、経済的にも大きな障害となっている・・・)
「あれ?? これ何とかなるんじゃないのか??」