愛に満ちた自作品
少年兵が基地司令の提案を受け入れて、2ヶ月が経った。
既に彼は1個大隊規模のホムンクルス兵を保有しており、基地司令から譲り受けた元中隊隊舎の数は4棟に達している。
そんな彼の日常は、最下級の兵士とは思えない物だった。
少年兵の朝は早い。
彼は隊舎一階にある元中隊長室で生活している。
そんな彼の部屋の前には、まだ太陽が顔を出していない早朝だというのに、10人程のホムンクルス兵が列を成していた。
先頭のホムンクルス兵が廊下にある時計を見て時間を確認し、扉をノックして入室の許可を貰う。
そして彼から入室の許可が出ると、ホムンクルス兵達は綺麗に整列して入室するのだ。
それからは、流れ作業だ。
数人のホムンクルス兵が彼の着替えを行い、他のホムンクルス兵達は乱れたベッドを直し、脱いだ寝巻きを畳んで箪笥にしまう。
そしてリーダー格のホムンクルス兵がその日の予定を彼に伝える。
彼は予定を確認すると、どの中隊に、どんな任務を与えるか検討を始める。
そして全ての部隊編成を終えると、彼は慌しく食堂で朝食を取り、急ぎ足で隊舎に戻る。
その時には、既に舎前には大隊規模にまで膨らんだホムンクルス兵達が整列をしていた。
彼は用意された台に登ると、各中隊から集合完了を知らせる報告が入る。
その報告を聞いた後、彼は各中隊に任務を与えるのだ。
この時、彼に与えられた任務は多岐に渡っていた。
後方支援任務は勿論の事、駐屯地周辺の防御施設建設、最前線の塹壕延長、駐屯地の施設修繕、更には駐屯地から最前線に繋がる道や駐屯地の後方に存在する予備陣地の整備・・・。
そういった今まで人員が居なかった為、後手後手になっていた全ての任務を若い兵士はこなしている。
すると、今まで彼の行動に難癖をつけていた古参兵達も、徐々にではあるが彼を認め始めたのだ。
最近では、彼が食堂で食事をしていると、古参兵達が近寄り、
「よう、毎日お疲れさん」
「お前らのお陰で前線まで移動しやすくなったよ」
「俺の部屋の雨漏り、ちゃんと直ってたわ。ありがとさん」
と声をかけてくるようになっていた。
そんな言葉を聞き、彼も喜んだ。
やっと、己の行いを皆が認めてくれたと喜んだのだ。
それからは、順調に事が進んだ。
毎日毎日、彼はホムンクルス兵を救出していった。
隊舎が窮屈になると、基地司令は無人の隊舎と新たな任務を彼に与える。
そして時折、彼がホムンクルス兵達が住んでいる隊舎の様子を見に行くと、ホムンクルス兵達はフリフリと尻尾を振りながら嬉しそうに彼を隊舎に迎え入れるのだ。
そんな彼の住んでいる部屋は、ある意味で「ホムンクルス兵達からの愛」で満たされている。
例えば、ランプシェードが代表的な「愛」の形だろう。
大きな机の上にある立派なランプシェードは、夜になるとまるで人肌のように暖かな光りを放ち、彼の手元を明るく照らしてくれる。
・・・そう・・・。
このランプシェードを通して放たれる光りは、まるで「人肌のように暖かな光り」なのだ。
このランプシェードはホムンクルス兵達が「自作」し、彼にプレゼントした物の一つだ。
ある日。
彼が使っているランプシェードが破れている事に、一人のホムンクルス兵が気づいた。
そしてそのホムンクルス兵は、
<いつもお世話になっている隊長に、何かお礼がしたい>
とボンヤリと考えたのだ。
ここまでは至って普通の考えだろう。
だが、ここから先が若干「普通」とは異なる。
そもそも、彼女達の大半は書類上存在しないホムンクルス兵達だ。
その為、彼女達には軍から正規のルートで物資の支給を受ける事が出来ない。
それだけでなく、元々ホムンクルス兵は給料を貰っていない。
その為、新しいランプシェードをプレゼントしたくても、彼女達には市販品を購入する金が無かったのだ。
では、彼女達はどうやって新しいランプシェードをプレゼントする事が出来たのだろうか??
答えは簡単だ。
彼女達はランプシェードを「自作」し、彼にプレゼントしたのだ。
だが、ここからが日常に転がる「普通」とは異なり始める。
本来、自作とは、「自ら作る」という意味である。
しかし、彼女達の場合は少し違う。
ホムンクルス兵の言う自作とは「自ら で 作る」という意味になる。
ここまで聞けば、大体の人は彼にプレゼントされたランプシェードの「正体」に気がつくだろう。
・・・そう、このランプシェードは、「ホムンクルス兵の骨と皮」で作られているのだ。
彼女達はこっそりと仲間の死体から傷ついていない綺麗な皮膚や骨を剥ぎ取り、それを加工してランプシェードにしていたのだ。
そうやって「自作」した立派なランプシェードを、彼女達は彼にプレゼントした。
彼はプレゼントされたランプシェードを触って直ぐに「正体」に気がついたが、嬉しそうに尻尾をフリフリと動かすホムンクルス兵達を見て、
「あ、ありがとう。大切に使うよ」
と言って し ま っ た 。
それからというもの、彼の部屋では「ホムンクルス兵の愛に満ちた自作品」が増えていく事になる。
その日も、彼は一日の仕事を終えた後、「まるで骨のようなペン」をペン立てに戻し、「まるで人肌のような手触りのカーテン」を閉め、「まるで人肌のようになめらかな寝具」に身を包んで眠るのだった。
「ああ・・・。
あの少年兵も、そしてホムンクルス兵達も・・・。
自分達がどれ程画期的な事をしているのかを理解していない・・・」
今日も私は、ドローンを通して世界をじっくりと観察している。
そんな私の横には、一人の若い女性が立っていた。
彼女はキッチリとしたメイド服を身にまとい、手には紅茶が入ったティーポッドを持っている。
そんな彼女は私のティーカップが空になった事を確認すると、音も無く紅茶をカップに注ぐのだった。
私は新しい紅茶の匂いを楽しみ、そしてじっくりと味わいながら紅茶を飲んだ。
そして、
「いつもありがとう」
と言って彼女に微笑む。
私に褒められた彼女は、少しだけ頭を下げた。
そして私は紅茶を飲み干し、若い兵士とホムンクルス兵に思いをはせた。
(そもそも、彼女達ホムンクルス兵というのは命令が無ければ行動しない。
それは彼女達が兵士であり、そして兵器でもあるからだ。
兵士や兵器が上官の命令に従わず、自分勝手に行動しては勝てる戦いにも勝てなくなってしまう。
そうならない為に、賢者の国では「個性」というのを徹底的に排除し、思考にも強力な制限をつけて、純粋なる「戦力」として彼女達を量産している。
だが、「命令が無ければ行動しない」というのはホムンクルス兵だけでなく、今、世界に存在している全てのホムンクルスに平等に言える事でもある。
例えば賢者の国が量産している医療用ホムンクルスや介護用ホムンクルスといった者達ですらも、基本的には命令が無ければ行動をしない。
ルーチンワークとして仕事をする事はあるが、新しい提案をするといった事は皆無だ。
これはどのホムンクルスにも、思考にはある程度の制限がついているからである。
そんな「普通の」ホムンクルス達と彼が所有しているホムンクルス兵達には決定的な違いがある。
その違いとは、一体なんだろうか?
その答えは、極めて単純だ。
彼が所有しているホムンクルス兵達には、思考制限に対抗する力があるのだ。
その対抗する力の名は、「愛」だ。
彼を愛している彼女達は、必死になって彼に尽くそうとしている。
それが、思考制限を乗り越える原動力となっている。
その結果、己の思考を制限する強力な思考制限を乗り越えて思考し、彼女達は行動出来るようになったのだ。
最初は精々ご飯の差し入れやマッサージ程度の事しか考え付かなかったが、今では様々な物を自作してプレゼントしている・・・が、それだけではない。
実は彼女達は、とあるサプライズまで準備しているのだ。
ここまで自発的に人に尽くせるホムンクルスというのは、女性学者と共に生きたホムンクルス少女以外では、彼が所有しているホムンクルス兵位しか存在しない。
その事実に、まだ彼は気がついていないようだ)
私は新たに紅茶が注がれたカップに目を落とす。
(もしかしたら、彼は新人類を大きく発展させる「絆」を作る事が出来るかもしれない。
もしかしたら、彼がこれからやるであろう行いは、旧人類の経験した「惨事」を回避する事が出来るかもしれない。
・・・もしそうなれば、新人類の進歩は更に加速するだろう。
彼の行動次第で、新人類は掛け替えの無い存在を手に入れることが出来るかもしれない・・・)
そして私は一口紅茶を飲み、その美味しさに舌鼓を打った。