少年兵とホムンクルス兵
年老いた少女が死んだ事により、賢者の国ではとある研究が開始された。
それは、「ホムンクルス兵」の開発である。
この計画自体は随分前から存在していたが、国家の象徴たるホムンクルス少女に配慮して、計画は棚上げされていたのだ。
しかし、ホムンクルス少女はこの世に居ない。
少女の遺体が小さな棺に入れられると同時に、彼らはホムンクルス兵の研究を開始する。
既に世界中の戦場では兵士の数が不足しつつあり、各国は人間の兵士の代わりに戦う兵士を欲しがっていたのだ。
その「需要」に答える為、そして何よりもホムンクルス技術の向上の為、賢者の国では戦争に特化したホムンクルスの研究が様々な研究機関で進められる事になった。
それから僅か数ヵ月後、賢者の国はホムンクルス兵の量産化に成功した。
基本的な外見は各種族の少女と殆ど同じだが、内部構造は新人類と大分異なっている。
そもそも、このホムンクルス兵士には内臓が殆ど存在していない。
今まで生産されていたホムンクルス達は、基本的に「人類の友」というテーマで開発が進められていたもので、最終的にはメイドや看護婦といった人類に近い場所で働く事を想定していた。
その為、基本的には魔石に充填された魔力を使って活動するのだが、人間と同じように睡眠をしたり、食事をしたり、排泄をしたりといった「贅沢な機能」が詰め込まれているのだ。
しかし、兵器にそんな機能は必要が無い・・・、というより邪魔でしかない。
そして何よりも、無駄な機能を搭載するとコストが高くなってしまうのだ。
そこで研究員達は、必要最低限の臓器のみを残す事にした。
そして様々な臓器が省かれた事によって生まれたスペースに、大型の魔石を入れる事にしたのだ。
こうした研究員の努力により、ホムンクルス兵は一回の魔力補給で長期間活動する事が出来るようになった。
そして何より、無駄な臓器を省く事で安価に生産する事が可能となったのだ。
更に兵器転用の研究は進められ、簡易式の人工魂まで作り出される。
今までの人工魂には喜怒哀楽といった人間に近い感情が備わっていたのだが、兵器にはそんな物は必要無い。
ただ上官の命令に従い、行動出来ればそれでいいのだ。
その為、ホムンクルス兵に与えられた人工魂には感情が殆ど存在しない。
その代わり、ホムンクルス兵の脳ミソには兵士に必要な知識が詰め込まれている。
こうして生み出されたホムンクルス兵は「完全な戦力」となる事が出来た。
そんなホムンクルス兵は各国に大歓迎され、開発終了と同時に大量の注文が世界から飛び込んできたのだ。
賢者の国では膨大な需要に答える為、巨大なホムンクルス量産工場が作られ、膨大な量のホムンクルス兵が量産されている。
生産ラインから出てきたホムンクルス兵はそのまま魔法輸送車に詰め込まれ、ホムンクルス兵を「積載」した魔法輸送車は意気揚々と各国目指して進んでいくのだ。
そして魔法輸送車は目的の国にホムンクルス兵達を届けると、代わりに大金を載せてイソイソと賢者の国へ戻って行く。
こうして、賢者の国は「死の商人」として戦国時代でも発展を続けるのだった。
(・・・家々は燃え盛り、道には人々の死体が重なっている。
綺麗な花壇は踏みにじられ、大切な農作物を山賊どもが運び出している・・・。
・・・ああ、またこの夢か。
これは俺が幼かった頃の記憶で、今でも夢に見る衝撃的な事件だった。
ある晩。
俺が生まれた村は、山賊の襲撃を受けた。
山賊どもは抵抗する人々を殺し、せっかく育てた作物を奪い、家々に火をつけた。
幼かった俺は、そんな様子を物陰からジッと見ていた。
恐怖に震え、涙を流しながら、俺はジッと物陰から見ていたのだ。
そんな時、いきなり夜空がパッと明るくなった。
突然明るくなった空に山賊どもが驚いていると、道の真ん中に「天使」が舞い降りたのだ。
それは、とても美しい天使だった。
美しい天使は長い杖を持っており、彼女はその杖をゆっくりと山賊に向けた。
杖を向けられた山賊どもは急いで己の腰から杖を抜こうとしたが、もう遅かった。
天使の持つ長い杖が一瞬光ったと思うと、山賊どもの体には大きな穴が開いていたのだ。
山賊どもは内臓を撒き散らし、血反吐を吐きながらバタバタと倒れ、そして全員死んだ。
俺は、その様子を全て物陰から見ていた。
すると美しい天使が俺に気がつき、優しそうに微笑みながら、
<お怪我はありませんか?>
と尋ねてきたのだ)
そこまで見て、少年兵は目を開く。
(まさか輸送車の中で、あの夢を見るとはな・・・。
・・・まあ、仕方ないか。
あの時のホムンクルス兵士は、本当に天使にしか見えなかったしな。
あの晩のことは、今でも鮮明に覚えている。
夕飯を食べ終え、さあそろそろ寝ようか・・・という時、いきなり山賊が攻め込んできた。
母親は俺を物陰に隠し、父親は農業関連の魔法しか使えない杖を持って山賊に立ち向かった。
近所の大人たちも杖や包丁を持ち出し、山賊どもと必死に戦った。
しかし、相手は戦い慣れした山賊で、大人達は次々に殺されしまい、家々から火の手があがった。
(もう、だめだ)
そう思った時、夜空に照明魔法が撃ちあがったのだ。
それは偶然近くを通りかかった軍の部隊が放った照明魔法だった。
そして照明魔法が照らし出した道路に、まるで天使のように美しいホムンクルス兵が舞い降りたのだ。
村には次々とホムンクルス兵が突入し、山賊どもを皆殺しにしていった。
それから少しして山賊の討伐が終わった時、俺はポカンと呆けていた。
俺以外の人々が深い悲しみの中に居た時、俺は山賊の返り血に染まった美しいホムンクルス兵達をジッと見つめていたのだ。
そんな俺の視線に気がついたホムンクルス兵達が、俺に向かって微笑んだ。
その瞬間、俺の胸は高鳴った。
今までに無い位に心臓がバクバクと鼓動し、息が苦しくなったのだ。
・・・まあ、簡単に言うと、俺はホムンクルス兵に一目惚れしたわけだ)
そんな事を考えながら、ピンとした犬耳をピクピクと動かし、真新しい軍服に身を包んだ少年兵が魔法輸送車の荷台で大きくアクビをする。
彼は、とある国の兵士である。
15歳になった少年は軍に志願して軍人になった。
そんな彼は、一週間前に新兵教育を終えたばかりの新兵だ。
今、彼は配属が決定した駐屯地に向かっている最中である。
(既に基地を出て一週間か・・・。
流石に最前線は遠いな。
最前線にいけば、大勢のホムンクルス兵が居るに違いない。
俺は彼女達と一緒になって戦う事が出来るのだろうか?
・・・精一杯努力しよう。
そして、この絵本にあるような、信頼できるパートナーとなろう)
少年兵はそんな覚悟を決めながら、一冊の絵本を撫でた。