「荷物持ち魔物」の誕生
(ああ、彼女はどうやら勘違いをしているようだ。
まあ、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない)
自宅の庭にある小さな花壇で花を育てながら、私は一人呟く。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、時折ミツバチがやってくる。
私は小さなスコップをバケツに片付け、パンパンと手についた泥を払ってから服についた土を落とした。
(確かに彼女が見た魔物達は草食であり、小型の魔物は雑食だ。
だが、実は肉食の魔物も存在している。
しかし、肉食の魔物が実際に肉を食べる事は殆ど無い。
これは矛盾している様だが、事実なのだ。
この習性を説明するには、魔物になる以前の動物の習性から説明せねばなるまい。
基本的に、動物が魔物になるには大気中の魔力カスを様々なルートで体内に取り込まなくてはならない。
この時、魔物になる以前の動物が、草食か肉食かで運命が分かれるのだ。
魔物は、体内に存在する魔力カスの濃度によって体格が決まる。
草食動物の場合、いつも食べている草は魔力カスに汚染されてはいるが、濃度は大した事はない。
そんな草ばかり食べている草食動物の場合、体内に存在する魔力カスの濃度はそれ程高くないので、魔物になっても精々が中型の魔物にしかなれない。
例外的に魔力カス濃度が短期間に極めて濃くなった場合に限って、草食動物でも大型の魔物になる事はある。
例えば二週間戦争の時や、魔法国家が極大魔法を使った時などがそれだ。
そういった特殊な事態にでもならない限り、草食動物が大型の魔物になる事は殆ど無い。
だが、肉食動物の場合は草食動物と大分違ってくる。
肉食動物は基本的に魔力カスで汚染された草食動物を食べている。
その時、草食動物の体内では魔力カスの濃度が草に比べて圧倒的に濃くなっているのだ。
そんな草食動物ばかり食べる肉食動物は体内で魔力カスが更に濃縮されるため、大型の魔物になりやすい。
問題は、魔物になった後の話だ。
魔物は体内、及び周囲の魔力カスを浄化し尽くすと動物時代と同じく食事を始める。
その時、元々草食動物だった魔物や、雑食の小型魔物に関しては食事に困る事は殆ど無い。
新人類は城壁の内側に引きこもっているため、自然環境は殆ど手付かずで放置されている。
その為、森には豊かな緑が生い茂っており、草食魔物や雑食魔物が食事に困る事は無いのだ。
・・・だが、肉食魔物はそう簡単な話ではない。
肉食魔物の大きな体を維持するためには、毎回の食事で膨大な量の肉が必要となる。
そんな大量の肉を毎日食べないと、彼らは餓死してしまうのだ。
動物時代であれば1~2週間程度食べなくても何とかなっただろうが、魔物となった彼らにはそんな事は出来ない。
肉食魔物のエネルギー消費は激しく、たった数日食べないだけで簡単に餓死してしまう。
彼らも死にたくは無いので必死に獲物を探すが、小さなウサギや鹿程度では腹の足しにもならない。
では体の大きな草食魔物を狩れば良いかといえば、そう上手くもいかない。
草食魔物だって食べられたくはないので、必死になって逃げる。
肉食魔物も逃げる獲物を追うが、それだけで体力を使い果たして簡単に餓死してしまうのだ。
そんな肉食魔物が餓死しない唯一の方法が、「人間の直ぐ近くで生活する」という方法だ。
大体普通の大きさの国であれば、周囲100キロ程の範囲には常に魔力カスが存在するので、その辺りに居れば餓死する事は無い。
その為、肉食の魔物は人間の生活圏の近くに存在し、魔力カスの無い場所に行く事は殆ど無い。
そんな肉食魔物達も、
「国を滅ぼしてしまえば自身が餓死してしまう事」
を本能的に理解しているのだろう。
草食魔物や雑食魔物は積極的に城壁に対して攻撃するが、彼ら肉食魔物は国に対して攻撃をすることは殆ど無いのだ。
今、彼女が居る場所は魔力カスの浄化がほぼ完全に終わった地域だ。
そんな場所に肉食の魔物は行かないし、存在出来ない。
だから彼女が肉食の魔物に出会う事も無いし、食事をする光景を見る事もありえない)
私は背伸びをしてからバケツを拾うと、少し残念そうな顔をする。
(多分、彼女がこの事実に気がつくことはないのだろう。
実際、彼女が連れている魔物も、元は優秀な軍馬だったのだ。
ある日、軍馬は騎士を背に乗せて魔物の討伐に出かけたが、騎士は途中で魔物に殺されてしまう。
軍馬は暫く彼の死体から離れなかったが、最終的には死体から離れて野生の馬と合流した。
それから少しして、彼は魔物になったのだ。
だからあの魔物は木の実や草しか食べないし、食べられない)
そして私は、庭にある小さな小屋にバケツを戻した。
人工島には静かな時間が流れていた。
今日も、魔物は彼女の後をノシノシとついてくる。
そんな魔物を見た彼女は、
「もしかしたら、この魔物は荷物持ちになるんではないだろうか?」
と思いつく。
そして彼女は試しに、小さな荷物を魔物の背中に載せてみた。
しかし、魔物は特に不満も無さそうにしている。
まあ、象みたいに大きな魔物にとっては、小さな荷物なんてあっても無くても関係無いのだろう。
それからというもの、彼女は少しずつ魔物の背中に乗せる荷物を増やしていった。
そして今日、彼女はもう一つ先の段階へ進む事にしたのだ。
昼食の時間となり、彼女はいつもと同じ様に木の実を集めてそれを鍋で煮る。
その様子を、いつもと同じ様に涎を流しながら魔物は見ている。
そんな魔物の背中を、彼女はチラリと見た。
魔物の背中には、既に大きな荷物が固定してある。
だが、まだまだ背中には余裕があるのだ。
そもそも、女性が一人で持てる程度の荷物なのだから、当たり前といえば当たり前ではある。
今日、彼女は空いている背中のスペースを有効活用するつもりなのだ。
その為に、彼女は道中で使えそうなツタを集めていた。
彼女は木の実を夢中で食べる魔物に近寄ると、魔物の大きな背中にツタで作った椅子を固定した。
いきなり背中に何かを固定された魔物は驚いて振り返り、背中に付けられた不思議な道具をシゲシゲと観察したが、直ぐに興味を失うと木の実を食べ始める。
そんな魔物の背中を眺めながら、彼女はフンスと鼻息を荒くする。
(これでよし。
これで歩かずに済むかもしれない。
動物に乗った経験は一切無いが、何とかなるような気がする。
まあ、もし失敗したとしても降りればいいだけの話だ。
荷物持ちとしては優秀だし、乗れたら儲けもの程度に考えておこう)
そして食後。
彼女は魔物の背中に登った。
これには魔物も少しだけ驚いていたが、特に暴れる様子も無い。
いや、むしろ、
「使命を果たした」
といった満足気な顔をしている。
(なんだか分からないが、まあ、暴れないならそれでいいだろう。
さて、どうやって進ませればいいのだろうか?
いっそ木の実を目の前にぶら下げて進ませればいいだろうか?
・・・いや、それは最終手段にしよう。
最悪、目の前にぶら下がる木の実を食べようと全速力を出してしまう可能性もある。
そうなれば、制御が出来ない。
振り落とされて踏み潰されたりしたら、ただではすまないしな。
・・・ではどうやって進ませればいいだろうか?)
それから彼女は己の体を揺すったり、行き先を指差したりしたが魔物は動かない。
暫くすると魔物はノホホンと道草を食べ始めるではないか。
(こっちが必死に色々と考えているというのに・・・。
こいつは、なんでこんなにノホホンとしているんだ。
なんだか・・・、段々イライラしてきた)
イラついた彼女は、足を伸ばして魔物のわき腹に小さく蹴りを入れる。
これは単なる八つ当たりではあったのだが、効果はあった。
今まで道草を食べていた魔物は顔をあげると、ノソノソと進み始めたのだ。
これには彼女も驚いた。
まさかわき腹を蹴れば進むとは思っていなかったからだ。
冷静になって考えてみれば、魔物から反撃される恐れもあった。
彼女は己の軽率さを反省し、幸運に感謝した。
それから、彼女は魔物の背中に乗って移動する事になる。
彼女は次第に魔物の操り方も学び、最終的に太いツタで手綱まで作り出した。
その結果、当初計画していたよりも速い速度で移動する事に成功する。
一見すると、この魔物は動きはノソノソと遅く感じるが、一歩一歩の歩幅が広いので意外と速度が出るのだ。
しかも、彼女が苦労するであろう悪路もスイスイと進んでいく。
どうやら、今までは彼女に合わせてゆっくり移動していたらしい。
これは彼女にとって嬉しい誤算だった。
まさかここまで快適に移動が出来るとは考えてもいなかったからだ。
その為、多少時間に余裕が出来た。
この余裕を使って、彼女は魔物にプレゼントを送る事にした。