実験の開始
(駄目だ・・・、全く良い方法が思い浮かばない・・・。
そもそも、手ごろなサイズの魔物なんて、そうそう簡単に入手出来ないだろう。
一体どこにそんな魔物が居るというのだろうか・・・。
・・・いや・・・・待てよ。
・・・居た。
そういえば!! 手ごろなサイズの魔物が居るではないか!!
毎年産まれた赤ん坊が加護者かどうかを検査する検査場に小型の魔物が飼われている!!
あの魔物を使えば良い!!
そうすれば、安全に効果を確認出来る!!
・・・しかし、どうやって検査場の魔物に接触すればいいのだろうか?
何か良い言い訳を考えないといけない。
・・・いや、言い訳だけでは駄目だ。
もし、 第二心臓を取り除く事で魔物に襲われる事が無くなるとしたら、それは加護者と同じ力を得るに等しい事になる。
そんな事になったら、最悪私は消されるかもしれない。
「お前の行為は信仰を疑うものであり!! 世界を混乱させる悪しき技術だ!!」
等と言われて殺される可能性すらある。
・・・やはり駄目だ。
神殿の魔物は使えない。
誰にも勘付かれる事無く、研究を進める必要がある。
そのためにも、どうしても魔物が欲しい。
・・・仕方ないな・・・、こうなったら最後の手段だ・・・。)
翌日から、彼女は城壁に通う事になる。
別に城壁を守る兵士に恋人が居るわけでも無いし、観光が目的でも無い。
彼女は毎晩、人々が寝静まった頃合を見計らって城壁目指して歩いて行く。
そんな彼女の手には、小さな魔法の杖が握られていた。
城壁に到着すると、彼女は周囲に誰もいないことを確認した後、杖を地面に向け、ボソボソと呪文を唱える。
すると、地面がモゾモゾと動き出し、人一人が通れる程度の小さなトンネルとなった。
そうなのだ。
彼女は城壁を突破しようとしていたのだった。
何とか外に通じるトンネルを作り、外に居る魔物を捕まえようというのだ。
流石に強大な魔物は捕獲出来ないが、小型の、まるで子供の様な大きさの魔物ならばなんとかなるだろう、と彼女は考えていた。
事実、彼女は学者ではあるが、それと同時に優秀な魔法使いでもあった。
そんな得意な魔法を駆使して魔物を捕縛し、研究を進めようというのだ。
今夜も、彼女は作ったトンネルを進む。
手には頑丈な袋を持ち、杖を握る手には力が入る。
トンネルの出口は小さな覗き穴となっており、外の様子を窺うことが出来る。
その覗き穴から、外にどんな魔物が居るのかを探るのだ。
(・・・ああ、駄目だ。
あいつは大きすぎる、捕まえられないな。
次の奴はどうだ?
サイズは良いが・・・、こいつも駄目だ。
良く見たら背後に数匹居るな、どうやら群れで行動しているようだ。
ん? あいつは・・・)
等と女性学者は毎晩毎晩トンネルを作り、研究に使えそうな魔物を探していた。
そして、その大半が失敗するのだった。
どうしても手ごろな魔物が現れない。
サイズが良くても群れで行動していたり、一匹で行動している魔物は体が大き過ぎた。
そんな捜索を始めて一ヶ月。
終に彼女は手ごろな魔物を発見する。
(!! 見つけた!! あいつだ!! あいつならいけそうだ!!)
そこには、一匹の小型の魔物が歩いていた。
ヒョコヒョコと歩く魔物は、小さな棒切れを持っているだけだ。
キョロキョロとあたりを見回しているので、どうやら仲間とはぐれたらしい。
(このチャンスを逃す事は絶対に出来ない!! 何としても捕まえてやる!!)
女性学者はのぞき穴を少しだけ大きくし、穴から杖の先端を出して捕縛魔法を魔物に放った。
すると、杖の先から現れた縄の様な魔法が魔物に絡みつき、魔物の体から自由を奪う。
それと同時に麻痺魔法まで発動し、完全に魔物を動けなくする。
後は捕縛魔法を操作してトンネルまで引きずり込んでしまえば、それでお終いである。
魔物はズリズリと引きずられ、小さなトンネルに引っ張り込まれた。
数分後。
トンネルには静かにガッツポーズを繰り返す女性学者と、ぐったりした小型の魔物が転がっていた。
彼女は用意した袋に動けない魔物を詰め込み、急いで研究室に戻る。
そして魔物を檻に放り込み、実験の準備を進めるのだった。
(さて、とても貴重なサンプルが手に入った。
これからの研究計画を立てなくてはいけないな。
では、一番最初の実験だ。
本当に魔物は動物を襲わないのか、確かめる必要がある。
私が見たのは野犬の群れだけだ。
他の動物も魔物に襲われないのか確かめないといけない。
ひょっとしたら犬は襲わないけど他の動物は襲う可能性があるからだ。
それを確かめる為に、ネズミ駆除業者から猫をレンタルして来たのだが・・・。
本当に猫というのは凶暴で困る。
何度も手を引っかかれてしまった。
なるほど、業者が分厚い手袋をしていたのが理解出来た。
・・・これは中々に酷いな・・・)
そんな凶暴な猫を、魔物の居る檻がある部屋まで抱えて行く。
魔物は彼女が部屋に入ると同時に威嚇を始め、檻に噛み付き私を睨みつけた。
(まあ、この檻は特注品だ。
この程度の魔物では、壊す事は不可能だろう)
そして彼女は猫の首輪に縄を結びつけると、猫を部屋に残して退室する。
もちろん彼女は退室したが、隣の部屋から覗き穴でどうなったか観察をしていた。
魔物は猫に威嚇するのか? それとも威嚇しないのか?
彼女はノートを手にしながら観察を始める。
彼女が退室して暫くの間、魔物は興奮状態が続いたが、そのうち落ち着いた様だ。
魔物は檻の床に座り込み、ボーと空を眺め始める。
どうやら、魔物の眼中にネコは居ないらしい。
そして猫の方も毛づくろいを始めた。
どうやら、お互いに興味が無いらしい。
彼女は数時間観察を続けたが、状況に変化は無かった。
その後も、彼女は他の動物を使って同様の実験を行う。
だが、どの動物に対しても魔物は興味を示さなかった。
彼女は一人、実験結果の書かれたノートを見ながらため息を吐いた。
(・・・しかし・・・、この実験は本当に生傷の絶えない実験だった。
鶏や子豚、子牛といった動物を様々な業者から借りて実験を繰り返したが、どの動物も凶暴なのだ。
噛み付くわ、突きまくるわ、体当たりしてくるわ・・・。
動物を扱う仕事というのは本当に大変なんだな・・・。
これからは彼らに敬意を払って生活しよう・・・)
(・・・さて、話を戻そう。
私の体を犠牲にしながら行った実験によって、やはり魔物は動物を襲わない事が判明した。
では、「何故、魔物は人間だけを襲うのか?」という本題に移ろう。
この実験をするには、やはり第二心臓を切除する必要があるのだろうが・・・。
用途不明の臓器を切除するというのは勇気が必要だ。
一応、第二心臓を取り除いたという記録はあるのだが、それは罪人に対して行った人体実験であった。
記録では、第二心臓を切除した罪人は処刑されるまでの1年間を生き抜いたとある。
術後の身体能力に変化は無く、健康状態を維持したようだ。
この実験結果が元になって「第二心臓は謎の臓器」というのが学界の常識となったのだ。
私が第二心臓を切除しても、そう簡単には死なないだろうが・・・。
しかし・・・、単純に怖いな・・・。
だが、これ以外に明確な動物と人間の違いは無い。
これを確かめない事には、研究も前進しないだろう)
そして彼女は覚悟を決め、国で一番優秀と言われている医者に第二心臓の切除をお願いすることにした。
(切除の理由は・・・、
「第二心臓がどんな臓器なのかを調べるため」
とでもすればいいか。
私は学者だし、それほど怪しまれる事も無いだろう。
第二心臓については医者も気になっている人も多いから、むしろ積極的に協力してくれるかもしれない。
よし、では明日お願いに行こう)
それから暫く、彼女は第二心臓がある場所を触り、
「ここが空洞になるのか・・・」
と、別れを惜しんだ。