勝利を!
(糞!! 糞!! 糞!!)
俺は心の中で悪態をつくしかなかった。
既に会議室のテーブルが用意には、様々な料理が並んでいるのだ。
俺はいくつかの調理場で料理人たちを皆殺しにしたが、この神殿には他にも大量の調理場がある。
その無事だった調理場から次々と料理が運ばれてくるのだった。
もちろん、俺は必死に妨害した。
料理を運ぶ料理人を怒鳴りつけ、騎士に命じて斬り捨てさせた。
テーブルを配置する下級神官を会議室から叩き出し、女神教から追放した。
だが、それでもだめだった。
次々と料理は運ばれ、こうして全てのテーブルに料理が並んでいるのだ。
もう少し抵抗も出来たのだろうが、クソジジイが運ばれた料理を味見して、
「これは美味い。皆、短時間でここまで揃えるとは、良くやった」
と褒め称えやがったのだ。
クソジジイが褒めた相手を、新米特別神官ごときが斬り捨てられるはずも無く、もう運ばれる料理を止める事が出来ない。
(相変わらず夜空には光の玉がビカビカと忌々しく光っている!
このままでは俺は死んでしまうではないか!!
こうなったら作戦変更だ!)
俺は誰にも見つからないように柱の影に移動し、もしもの為に用意しておいた「秘策」をグイッと飲み込んだ。
夕飯は豪勢なものとなったが、殆ど誰も会話をせずに、特別神官達は一心不乱に料理を腹に収めていく。
(あああああ・・・。
こんなにも早いペースで食べては・・・、毒杯を飲む時間が近づいてくるではないか・・・)
呆然と立ち尽くす俺に、下級神官が近づいてきた。
そいつはさっき俺が目をつけた2級神官だったのだ。
(糞!! 本当ならこいつで遊べたはずなのに!!
クソジジイめ!! 何が「加護者の力を見せる時」だ!!
俺はまだまだ生きたいんだ!!
女どもを抱きまくり!! 気に入らないヤツは切り捨てて俺の楽園を作るんだ!!
それなのに!! それなのに!!
何が女神だ!! 何が大神官だ!!
ふざけんじゃない!!)
そんな事を考えつつも、外見は平静を保っている俺に、その下級神官は話しかけてくる。
「加護者様・・・どうか・・・どうか・・・私も皆様と共に・・・女神様の元で魔王と戦いたいのです・・・。
何卒・・・、何卒、皆様とご一緒させて頂けませんでしょうか・・・?」
(・・・はあぁぁぁぁぁ??
何を言ってんだこのゴミは??
そんなに死にたいなら今、俺が殺してやろうか??
人が必死に生き残る方法を考えているときに邪魔しやがって!!
これだから下級のゴミどもは嫌いなんだ!!)
そんな下級神官の言葉を聞いた他の特別神官達は、怒りの声をあげる。
「貴様!! たかが2級神官ごときの分際で!! 我らと共に女神様の元に行きたいだと!?」
「この無礼者!! 加護の無い貴様らなんぞ!! 最後には魔王に味方するに決まっておるわ!!」
「なぜ貴様らに加護がないか分からんのか!! 貴様らの心には邪悪が存在しているからだ!!」
「そんな心を持つ輩が我らと共に女神様の元に馳せ参じるだと!? 女神様を愚弄するのか!!」
怒り狂う特別神官達だったが、2級神官は食い下がる。
「どうか!! どうか!! 私の信仰心を女神様に!! お邪魔は決していたしません!! どうか!!」
しかし、彼らの怒りは収まらなかった。
「何と愚かな!! まさに今!! 我らの出陣の邪魔をしているではないか!!」
「貴様もしや! 魔王の使いか!? 我らの貴重な時間を浪費させよと魔王に命じられているのか!!」
「ええい!! こやつをたたき出せ!! 目障りだ!!」
泣きながら土下座を続けていた2級神官だったが、彼女は騎士達に拘束され、部屋から叩き出された。
「しかし、まさかこの神殿にまで魔王の手先がおるとは・・・」
「これは危険だ。我らが女神様の元に向かった後、やつらも勝手に来るかもしれんぞ」
「それはいかん!! この戦! 必ず勝たねばならんのだ!!」
「ではこうしよう。下級神官はこれより戦闘光が無くなるまで、自決や死亡を禁じればよい」
「なるほど、そうすれば女神様の元に来れなくなるな。しかし、隠れて逝こうとする者が出るやも知れんぞ?」
「安心せよ。もしそんな不心得者が居たならば、即刻神官としての権限を剥奪し、罪人として処理すればよい」
「なるほどなるほど。そうなればそやつらは地獄行き。女神様の元には来れないという事だな!?」
「その通りよ。女神様の元に馳せ参じて良いのは、我ら加護者のみなのだからな」
「全く・・・。不純で邪悪な者には、この神聖な行いが理解出来んようだ。嘆かわしい・・・」
等と話ながらも、彼らは必死に口に料理を押し込んでいる。
その影で、俺は一人立ちすくんでいた。
俺の持っている皿には色とりどりの料理が乗っているが、未だに一口も食べていない。
いや、食べられないのだ。
これを食べたら作戦が失敗してしまう。
(あと少し、あと少しの我慢だ!
そうすれば、生き残れる!
この狂った状況を突破出来る!!)
俺は必死になって平静を装いつつ、皿に乗った料理をテーブルの下に捨てた。
それから少しして、テーブルに乗せられた料理は殆ど消え去った。
特別神官達も満腹となったのであろう、腹をさすりながら魔王とどうやって戦うか相談している。
そして再度、グラスが運ばれてきた。
最早、俺には止められない。
これを飲むしかないのだ。
だが、最後の秘策がまだ残っている。
(この秘策が成功すれば、この世は俺の物だ!!
災い転じて福となす!!
それを実現させてやる!!)
俺が黒い決意をしているうちに、クソジジイが壇上に上がり、宣言した。
「皆!! 準備は良いな!!
我らは世界の為!! 女神様の為に戦いに身を投じるのだ!!
加護を持つ者として!! 信仰の為に死ね!!」
そしてグラスを掲げ、
「勝利を!!」
と叫ぶと、クソジジイは一気にグラスを飲み干した。
それを聞いた他の特別神官どもも
「勝利を!!」
と叫ぶと次々にグラスを飲み干す。
そして次の瞬間、全員が口から血を噴き出し死んでいった。
バタバタと周囲の特別神官が倒れる中、俺も声を震わせながら、
「し、勝利を!!」
と叫ぶと、グラスを飲み干した。
そして毒液は口を通り、喉に進んでいく・・・。
(・・・よし!!!
毒は喉で止まった!!
事前に袋を喉に仕込んでいて助かった!!)
俺は倒れたふりをしつつ、拳を握り締める。
(しかし、この毒はかなり強力な毒のようだな。
まさか一瞬で人を殺せる能力があるとは!!
しかし生き残った!!
俺は生き残ったんだ!!
ざまあ見ろクソジジイ!!
お前ら狂人どもだけで仲良くあの世までピクニックに行きやがれ!!
俺みたいな将来のある有望な若者を道連れにしようとすんな!!)
少しして、特別神官の死体が転がる会議室に下級神官達が入ってくる。
そして下級神官達が特別神官の死体の回収を始めた。
そして俺の元にも下級神官が近づき、俺の体を持ち上げる。
その瞬間だった。
「!!! この方の心臓はまだ動いております!!」
とゴミ野郎は大声を上げたのだ。
(糞!!
このまま死んだふりをして助かろうとした俺の作戦は失敗した!!
だが大丈夫だ!! もう一つ策がある!!
これを言えば!! 俺は助かる!!
いや助かるだけじゃない!!
女神教は!! 世界は俺の物になるんだ!!)
大声に反応した他の下級神官が続々と集まる。
「本当だ!!」
「あんな強力な毒を飲んでも死なないとは・・・」
「この方の加護は尋常ではない!! 大神官様よりも強いかも知れんぞ!!」
(そうだ!! そうだ!! それでいい!!
さあここで!
「今、女神様よりお声が届いた。
大神官様亡き世界を私に任せるというお声が届いたのだ。
これより、私はこの世界を導かねばならない。
その為に、女神様は私に強力な加護を授けて下さったのだ。
今後、教会は私の指示に従うように」
と言えば世界は俺のものだ!!
さあ、言うぞ!!
息を吸い込み!!
口を動かして!!
その台詞を言うだけでいいんだ!!
・・・!? ・・・何故だ!!
口が動かん!!
体が動かん!!
糞!! 袋が小さすぎたか!?
少しだけ毒液が体内に入ったに違いない!!
そのせいで口が麻痺して動かない!!
あああああ!! 糞!! 糞!! 糞!!
こんな時に動かないでどうするんだ!!
いつもは饒舌な舌が命令に従わない!!
様々な悪態が自然と出てくる唇が開かない!!
糞! 糞! 糞おおおおおおおおおおおお!!)
すると、下級神官は近くに居た騎士を呼び止めた。
腰に剣を下げた騎士は、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら小走りで近寄ってくる。
(こ、こいつら何をするつもりなんだ!!
俺をどうするつもりなんだ!?)
下級神官に呼ばれた騎士は、俺を見て驚愕していた。
「まさか!! あの毒を飲んで未だ生きておられるとは!!」
「そうなのだ!! この方は強大な加護の力をお持ちのご様子! 毒程度では女神様の元へ逝く事が出来ないのだ!!」
「うううむ・・・、これほどのお力! 必ず女神様にお返しせねば!!」
「うむ!! そこでお主に頼みたい!! この方が苦しまないように、その剣で首を切り落としては貰えないだろうか!?」
「くっ!! そうですか! 苦しませずに・・・ですか・・・しかし・・・」
「どうしたというのだ!! お主ら神殿を警護する騎士は皆が腕に覚えがあるはず!! なぜ出来ないのだ!!」
「確かに私の腕ならば首を切り落とす事は容易なのですが・・・、これをご覧ください」
騎士は腰につけた己の剣を引き抜き、下級神官に見せた。
「なんだ? ・・・!! これは!? 一体!?」
「実は先ほど調理場に悪魔信仰者が大勢居まして、そやつらを切り捨てたため、刃に人の油が染み込んでしまい・・・」
「それだけではない。剣先が欠けているではないか・・・これでは・・・心臓を貫く事も出来ん・・・。何とか、一撃で首を斬り落とす事は出来ないか?」
「申し訳ない。だが、数回に分ければ斬り落とす事が出来ましょう」
「・・・くっ。致し方ない。今は時間が惜しい。もうそれで構わない。やってくれ」
「承知!!」
騎士は剣を握り締め、ぐったりとした特別神官に近づく。
そんな、ぐったりとして動かない特別神官の体を下級神官が数人で起こし、斬首刑となった罪人の様に体を固定する。
(やめろ!! やめろ!!
俺が何をしたというんだ!!
俺は加護者だぞ!!
女神に愛されているんだぞ!!
お前らが気安く触れていい存在ではないんだ!!
その汚い手を近寄せるな!!
ああああ!! やめろ!! やめろゴミどもが!!!
やめろおおおおおおおおおおお!!!)
ガチャガチャと鎧を鳴らせながら近寄ってきた騎士は、人の油で刃がギトギトと輝く剣を掲げ、
「勝利を!!」
と叫び、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、俺の首に剣を振り下ろした。
剣が振り下ろされるたび、この世のものとは思えない激痛が全身を貫く。
剣が振り下ろされるたび、少しずつ俺の首は垂れ下がる。
そして終に、最後まで繋がっていた皮が切り落とされ、俺の首は床に転がった。
そして、俺が最期に見た物は、首の無くなった俺の体から大量の血が噴き出している光景だった。
(・・・畜生・・・何が・・・女神だ・・・。
・・・この世は・・・全部・・・糞だ・・・)