加護者
女神教が復活し、世界は教会によって運営される事になった。
既に各国の王族の大半は処刑され、女神教に刃向かった貴族や大商人もこの世に居ない。
そんな世界において、教会は物流と情報の全てを管理していた。
各国の周辺には未だに大量の魔物が存在しており、そんな状況下において、商人が商品を持って他国に行くことは不可能だったのだ。
それはもちろん、商品だけの話ではない。
遠くの相手と通信出来る魔法等存在しない為、情報網も殆ど壊滅状態であり、目と鼻の先にある隣国の状況すら分からない。
これほどの絶望的な状況において、「魔物に襲われ無い加護者」というのはどれ程の価値があるだろうか?
加護者は魔物に襲われる事が無い。
たとえ、大量の魔物が存在している森であっても、加護者は襲われる事が無いのだ。
そんな彼らが世界の物流と情報網を管理するのは、当然といえば当然であった。
たった一人の加護者が、巨大な車両が何両も連結された魔法車を操り大量の物資を運び、それと同時に様々な情報を世界にもたらすのだ。
その結果、教会は絶大な力を持ち、加護者はまさしく「女神様の使い」として扱われる事になった。
俺が産まれた時のことを、両親は今でも誇りに想っているらしい。
俺の両親は二人とも1級神官だ。
二人とも幼い頃から神童と呼ばれる程に賢く、若くして1級神官になった実力者である。
もちろん様々な能力が高かったという事もあるのだろうが、それ以上に両親は女神様に対して絶対的な信仰心を持っていたのだ。
そんな両親の間に、俺は生を受けた。
この世界では、赤ん坊が産まれたとき、加護者かどうかを判定することになっている。
大半の赤ん坊は加護者ではないのだが、数十万人から数百万人に一人の割合で加護の力を持つ赤ん坊が産まれる。
そんな貴重な加護者として、俺は産まれた。
俺が加護者だという事が分かった時、父はその場に跪いて数日間も寝ずに祈り続け、産後間もない母は倒れるまで賛美歌を歌い続けたという。
俺の誕生を親族全員が祝福し、町ではパレードが行われたそうだ。
俺は生まれながらにして女神様の加護を持ち、そして将来は特別神官になる事が決まっていた。
この特別神官というのは、簡単に言うと「人生のプレミアムチケット」みたいな物だ。
生まれながらにして特別扱いされるだけではない。
どんな事をしても肯定され、賞賛される。
女神教の神学校に入ったときもそうだ。
神学校で長年に渡り教師をしている2級神官や1級神官達は、全員が俺に敬語を使う。
その辺の小さい神殿に居るような3級神官なんて、土下座に近い挨拶をしてくる位だ。
俺がどんな悪さをしても関係ない。
神学校時代、気に入らない奴を殴りつけるなんて日常茶飯事だった。
しかし、誰も反撃してこない。
一度だけ俺に睨み返してきた奴が居たが、そいつは周りに居た教師達が取り押さえ、1時間もすると退学処分になっていた。
成績は優秀な奴だったが、生きるのは下手だった様だな。
気に入った女子が居たら校舎裏に連れ込み放題だった。
傑作なのが、散々俺が楽しんだ後、ボロボロになった学生服を身にまとった女子が、
「加護者様・・・、愚かな私如きにお情けを頂けるなんて・・・、身に余る光栄・・・、ありがとうございます」
と頭を下げて来るのだ。
特別神官である限り、俺は何をしても許される。
多分、殺人程度では罰せられる事も無いんじゃないだろうか?
俺が、
「この者は悪魔信仰者であった。よって罰したのだ」
とでも言えば、周りの連中は勝手に納得し、俺を英雄扱いするだろう。
そして神学校を卒業し、晴れて正式な特別神官ともなれば・・・、俺は専用の楽園を作る事すら出来る。
特別神官の基本的な仕事は「物流と情報網の管理」そして「信仰の維持」だ。
正直言って俺以外の特別神官たちは頭に「糞」が付くほど真面目に神官としての仕事をしている。
しかし、一部ではあるが、俺みたいな特別神官が居るのも事実だ。
特別神官は一人一人担当区域が決まっており、酷い時代にはたった一人で数ヶ国の物流を管理していたときもあるらしい。
まあ、最近はそれなりに特別神官も増えた為、そこまで過酷な事は無い。
その証拠に、俺が担当しているのはたった二カ国だ。
その二つの国の間を行ったり来たりして、色々な物や情報を運んでいる。
もし、魔物が居ない時代ならば、一般人が使う魔法車でも2日も移動すれば辿り着く位に近い位置にある国だ。
だが今は街道には魔物がうようよ存在している。
そんな場所を一般人が魔法車で進めば、簡単にひき肉になってしまうだろう。
・・・いや、なって貰わないと困る。
もし一般人が突破出来るようになったら、俺は廃業してしまうではないか。
そんな「危険な道」を俺は巨大な魔法車で進んでいく。
街道では時折魔物を見かける事もあるが、こちらから刺激しなければ何もされないのは熟知している。
俺は鼻歌交じりに魔法車を操り、俺以外誰も居ない街道を進んでいく。
少しすると、遠くに巨大な壁が見えてきた。
あそこが担当している国の一つだ。
規模そのものは、一般的な大きさの国と言って良いだろう。
多分、後数時間で到着する。
俺は国に着いたら何をしようか考え始め、ニヤニヤと笑った。