新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載中です。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第11回は前回に続き「燃える集団であり続ける」ためのお話を掘り進めます。(日経BOOKプラス編集部)

(前回から読む)

 「やる気」、あるいは「モチベーション」、「自走」や「自分ごと」や「内発的動機」など、言い方はいろいろだが、「誰かに命じられたからではなく、自分の意志で仕事に取り組む気持ち、姿勢」ということだろう。そしてこの「やる気」は、どうも数字と相性がよくない。

 相模屋食料(以下、相模屋)の鳥越淳司社長との取材を通して見えてきたのは、仕事の結果を検証し、次の手を考えるための「指標」であるはずの数字が、「目標」「目的」そのものになってしまうことだ。

「数字」はあまりに便利過ぎる

 この連載でここまで書いてきたことを要約すると
 「数字は我々に便利過ぎるツール」
 だということかもしれない。

 目標を設定し、人を管理する道具として、数字はあまりに使いやす過ぎて、我々に思考停止を引き起こすのだ。「売上高前年比10%増」と言われた瞬間に、その数字を達成することに頭が集中して、その10%増はなんのためなのか、売上高増以外の道はないのかを考える余裕がきれいに消えてしまう。

 しかも数字が出てくると、客観性や公平さが担保されたかのように見えて思わず納得してしまいがち。「数字はウソをつかないだろう?」なんてウブな方は読者にはいらっしゃらないと思うが、実際、条件設定しだいでどうにでも見せられる。「(損益計算書の)利益は意見、キャッシュは事実」とは、よく言ったものです。

 数字によって働く人がやる気(モチベ)を失うのは、仕事の目的が数字の達成になってしまうから。これをやられると、豆腐業界で言えば「おいしいおとうふ」ではなく、「数値条件を満たす白い塊」をつくることになる。出版業界で言えば、書店の棚のシェアを維持するために、無理やり発行点数を増やすようなものだろうか。どちらも顧客の信頼を失う可能性があり、働く意欲を削ってしまう。

 モチベを取り戻すには、現場が大事にしている「意味のある非効率」の価値を認め、それによって「顧客の信頼(=社会に必要とされる仕事をしているという実感)」を取り戻す。豆腐でいえば「おいしいと言ってもらえる豆腐をつくる」という、仕事の目標を再設定すること、となる。

 これまで見てきた通り、相模屋のマネジメント手法は「まず気持ち、あとから数字」だ。気持ちよく働ける、いいヤツが損をしない環境をつくることを最優先し、数値目標で縛らない。数字は、その環境で社員のモチベーションが上がり、「燃える集団」となった結果としてついてくる。本連載、そして『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』を要約すると、そういうことになるだろう。

最初のコアになる人は少ないほどよい

 さて、モチベの高い、やる気のある人々(鳥越社長言うところの「燃える集団」)を、育て、維持し、広げていく……として、まず単純な疑問が浮かぶ。人の気持ちは千差万別だから、仕事に「燃える」よりも、燃費のいい働き方をして、自分のやりたいことを大事にしたい、といった人もいるだろう。相模屋ではそういう人を、どうやって燃える人に変えていくのか。

 「いや、人はそんな簡単に変わりません。変えられる、と思うのはちょっと傲慢な気がします。そういう人たちは、まずは燃えている人たちを傍観してくれればいい、と思っています。コンサートでも、スタンディングで踊り出す人もいれば、じっと座っている人もいるだろう、と」

 鳥越社長がこう返してきたので、その傍観している人をどうやって巻き込んでいくのかが知りたい、と聞いてみた。答えは、「社員全員に『燃える』価値観を共有してもらおうとはしていません」だった。肩すかしを食らった気分の私の顔を見て、鳥越社長は言葉をつなぐ。

鳥越淳司・相模屋食料社長(写真:大槻純一)
鳥越淳司・相模屋食料社長(写真:大槻純一)

 「あえて、社員全員に『みんな、盛り上がろうぜ!』と仕掛けるようなことはしません。といいますか、意味があまりなくないですか。そもそも『社員全員が一つになる』というのは、言葉としては美しいけれど、現実にはまずできないじゃないですか」

 ごもっとも。その無理な命題を「上から押し付けられた」と感じてしまうと、正論であればあるほど、気持ちが納得を拒んでしまう。そして鳥越社長によれば、「燃える」人は、最初はごく限られた人数でいいのだ、という。

 「何でもそうですけれども、チームって人数が少なければ少ないほど団結力も強くなるし、自然とレベルも上がる」

 自分が好きでやっている人“だけ”が集まっているなら、それは確かに団結もするし、お互いに競い合って能力も高くなるだろう。

燃える人をもっと燃やす

 「みんなで頑張ろう、一人も残しちゃいけない! とやった瞬間に、基準が“まだ頑張っていない人”になりますよね。これって、頑張っている人に報いるより、頑張りたくない人たちの気持ちをいかに上げるかに重点がいく。

 もちろんそれも大事なんですよ。でも、そこまで配慮できるのは、人員に余裕がある大きな企業に限られるんじゃないでしょうか」

 相模屋の考え方は、「燃えたくない人を無理に燃やすよりも、燃えている人をもっと燃やす」、ということなのだ。

 「燃えて燃えて、うまくいって調子に乗っている人はどんどん褒めて評価を上げて、さらに調子に乗ってもらいます。そうすると全体が調子よくなってくる」

 いわゆる「2‐6‐2の法則」で、上の「2」がうまくやっていると、「6」はそれを意識し、引っぱられる。上の「2」も、興味を示してくる「6」を意識し、フォローしてくれるようになる。

 「頑張っている人、やるぞと言っている人にうちは時間を、いや、何もかも割きます。頑張りたくない人は見ていてください、という。そして、燃えるぞ、頑張るぞチームに入るんだったらいつでも大歓迎です。ただ、それまでのような楽な仕事はできなくなります、きついですよ、と」

 そして、モチベたっぷりの燃える集団の火力が高まるにつれ、それは徐々に周囲に引火していくのだという。

「不適切にもほどがある!」が話題になる理由

 「『燃える』という言葉も、令和の時代では汗臭いというか、ちょっとかっこ悪いと思われがちですよね。だけど、面白さ、魅力もあるんじゃないかと。最近話題のドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系、略称「ふてほど」)は、様々なテーマを内包していますけど、つかみは『昭和の元気の良さ、おバカさ』じゃないですか。ええ、毎週楽しみに見てます(笑)」

 実は相模屋の社員も決して燃えやすい人が多いワケではなく、どちらかというと、斜に構える人も多かったそうだ。

 「『俺なんか』とか、『自分、何もできないし』と卑下するとか。そして周りが『おーっ』と盛り上がっていても、『俺には関係ねえや』と。ですけど、その人が燃えているか、燃えていないのかって表面だけじゃ分からないんですよね」

 鳥越社長にはこんな思い出がある。年末の社員総会でゲストを呼んでライブを開いた。オールスタンディングでノリノリの会場の後ろのほうで、座り込んで我関せず、の一群があったという。

 「ゲストを呼んでくれた方に『申しわけないです、ノリが悪くて』と謝ったら、『いや、気持ちが最高にノっていても、絶対席を立たない、という人は普通にいますよ。実は自分がそうなんです』と言われたんです。あ、音楽業界の人でもそうなのか、と思って妙に納得して」

 実際に、そういう「関係ねえや」という雰囲気を醸し出していた人が、いきなりうわーっと元気良く動き出す姿を、鳥越社長は何度も見ているそうだ。

キャラ変して境界を越えてくる

 「うちは再建中の関連会社の黒字化とか、債務超過解消とか、自社ならヒット商品や年始の朝礼とか、お祝いの会をやるたびに、必ず『相模屋、ナンバーワン!』って、みんなで円陣を組んでやるんです。30人だろうが50人だろうが何だろうが、全員一緒になって(笑)。

 いかにも昭和で、ばかばかしいなと思いますよね。確かにその通りで、嫌がる人はすごく嫌がるだろうなと思います。でも、グループ会社の京都タンパクが黒字化したときに、活躍していたけれど今まで一度も円陣には入らなかった人が「すみません、実は一度やってみたかったので、一緒にやらせてください」と言って輪に入ってきたことがありました。あれ、君、キャラ変するの? みたいな(笑)。あ、この時のコールは相模屋じゃなくて『京タン、ナンバーワン!』です」

 ある意味、これも同調圧力なのかもしれないが、「楽しそうにやっていると、境界線の向こうから、一人、二人、と、燃える側に入ってきてもらえるんじゃないかと」と鳥越社長は言う。

 「その発火を生む導火線になるのが、『昭和』のベタさ。平成になっても、令和になっても、火の付け方は実は変わらなくて。ハマるパターンの王道というか。それが王道になるのは、人間って、どこかでやっぱり寂しがり屋だからだと思うんですよね。自分の仕事が面白くて、盛り上がっている人を見ると、心の底では『いいなあ』と思うんじゃないでしょうか」

 それは仕事が「自分ごと」になっている人への羨望なのかもしれない。

 「究極的には、やっぱり成功したときにみんなで喜び合える人だけが残ってほしいなと思いますね。京都タンパクの黒字化の祝勝会には、約100人の社員のうち90人以上が来てくれました。普通、会社行事にそんな来ないですよね。しかも黒字化なんて、一般の社員の人からするとあまり関係ないじゃないですか。でも、『同じ船に乗っている』気持ちを持ってもらえたから参加してくれたんだと思ってます。あれは本当にうれしかったですね」

 「ワークライフバランス」は大事だけれど、ワークとライフは対立概念じゃないし切り離すものでもない。仕事に熱中することが悪いこと、のような雰囲気への違和感が「ふてほど」の人気の理由の1つのような気がする。

【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(134~137ページ)。当該部分は第4章の中盤「燃えない社員をどうするか?」について。

燃えたくない人を燃やすより、燃えている人をもっと燃やす

── 不真面目とは違うけれど、燃費優先であまりアクセルを踏まない、みたいな感じの人は、どういうふうにしたら「燃える社員」になってくれるんですか?

鳥越:まず、これはきつい言い方かもしれませんけど、そういう人たちは、まずは傍観して見ていてくれればいい、と思っています。コンサートでも、スタンディングで踊り出す人もいれば、じっと座っている人もいるだろう、と。

── そうかもしれません。では、傍観している人に対して鳥越さんはどうするのか。

鳥越:はい、答えは、全員に「燃える」価値観を共有してもらおうとはしない、ということですね。

── ん? え? 諦めちゃうんですか。燃やす工夫を聞きたいんですけど。

鳥越:あえて、社員全員に「みんな、盛り上がろうぜ!」と仕掛けるようなことはしません。「全員が一つになる」というのは、言葉としては美しいけれど、現実にはまずできないじゃないですか。

── 「ONEなんとか」っていうスローガンは「実は一つじゃありません」という意味ですよね。うーん、確かに。

鳥越:そして何でもそうですけれども、人数が少なければ少ないほど団結力も強くなるし、レベルも上がるじゃないですか。

 それを「みんなで頑張ろう、一人も残しちゃいけない」とやった瞬間に、基準を「頑張らない人」に合わせなきゃいけない。つまり、頑張っている人に報いるより、頑張らない、頑張りたくない人たちの気持ちをいかに上げるかに重点がいく。もちろん、それも大事なんですけれども、そこまでの余裕は、ここまで申し上げてきた通り、中小企業の我々にはないんです。

── そこで「できることしかやらない」としたら。

鳥越:そう、燃えていない人を燃やすよりも、いま頑張っている人たちにさらに燃えてもらって、がーっと上げる。うちは、うまくやっている人には、どんどん“調子に乗って”もらいます。

── うまくいっていると「調子に乗るなよ」「あれこれができていないぞ」と突っ込みが入るのが、会社あるあるですが。

鳥越:私がそれをやられたらすぐ死んじゃいますね(笑)。

調子に乗っている人は、周囲も調子に乗せていく

── できない部分を指摘するよりできたことを褒めるほうがいい、という理由は。

鳥越:だって、調子に乗っている人がいると全体が調子よくなってくるじゃないですか。「2-6-2の法則」とかいわれますけれど、上の「2」がうまくいっていれば、「6」はその様子が気になって、うまくいく方向を向いてくるものですよ。そして上の「2」の人を褒めれば、「6」をフォローしたり、引っ張ったりする気持ちになってくれるでしょう?

 燃える気になれなくて辞める人を説得するのも大事ですが、その時間を、頑張っている人にもっと頑張ってもらえるように、「あなたすごいじゃん」と言う時間をつくるほうが、組織にとってはよりいいんじゃないでしょうか。

── なるほど……。

鳥越:なんだか冷たく聞こえるでしょうか。「辞めるの? はい、どうぞ」と言っているわけではないんですよ。いわゆるマインドシェアをどっちに置くのかというと、頑張っている人、やるぞと言っている人にうちは時間を、いや、何もかも割きます、頑張りたくない人は見ていてください、という。そして、燃えるぞ、頑張るぞチームに入るんだったらいつでも大歓迎です。ただ、それまでのような楽な仕事はできなくなります、きついですよ、と。

「平成になっても、令和になっても、火の付け方は実は変わらなくて」(写真:metamorworks/stock.adobe.com)
「平成になっても、令和になっても、火の付け方は実は変わらなくて」(写真:metamorworks/stock.adobe.com)

(次回に続く)

日経ビジネス電子版 2024年3月1日付の記事を転載、一部情報を追加]

「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。

山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)

●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。