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錬金術師のメインウェポンは爆弾です! 作者:煮豆シューター
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19/21

19.この人たちもういろいろとダメかもしれないです……

 通りを照らす夕日が沈み始め、市場で商いを行える時間帯が終了すると、私たちは露店の後片付けに取りかかった。

 少し前までこれでもかというほど見られた見物客の姿はすでになく、市場には私たちと同じように露店の帰り支度をする人だけが残っている。

 まだかろうじて明るく、後片付けの物音が聞こえてくるここも、街が完全に夜の闇に包まれれば昼間の喧騒とは正反対の静寂に包まれることだろう。


「うへへー……今日はすごい稼ぎだぁ……」


 後片付けの合間に今日の売り上げを数える。お店を開く前とは段違いの儲けに、私の頬は緩みっぱなしだ。

 しかしアルミアちゃんはそんなだらしない私の様子に気がつくと、すぐさまジトッと半眼になって私の手を引いてくる。


「先生。売り上げの整理は帰ってからでもできますから、手が空いてるならこっちを手伝ってください」

「はーい……」


 アルミアちゃんらしくない、ちょっとばかり厳しめな物言いだったが、それもしかたがないと言える。

 実を言うと、こうして売り上げを確認した回数は一度や二度ではない。開店中もお客さんがいない隙を見て、ちょこちょこ確認しては一人でニヨニヨしていたりした。

 初めの方こそアルミアちゃんも微笑ましげに見守ってくれていたのだが、回数が三回を越えると「またですか……」と言いたげな呆れた顔をされるようになり、二桁に到達した今ではこのようにぞんざいな扱いをされるようになってしまったのであった。


 でもでも、しかたないと思うんだ。

 だって売り上げなんて今までずっとゼロだったんだよ?

 それが一気にこんなに稼げて……これで浮かれるなっていう方が無理がある!

 

 まあ。とは言え、片付けを全部アルミアちゃんに押しつけるのはよくない。

 この成果は私一人だけのものじゃなくて、アルミアちゃんと一緒に頑張ったからこそのものだし。

 アルミアちゃんの言う通り、喜びに浸るのは後からいくらでもできるんだから。今は後片付けに集中しないとね。


「――よーし。これで帰る準備は整ったかな?」

「はい、大丈夫です! もう結構暗いですね……私が先導して誘導するので、先生は屋台をお願いしていいですか?」

「任せて! 力仕事は得意分野だからね。たまに段差とかあるから、アルミアちゃんも足元には気をつけて……って、おろ?」


 屋台への積み込みを終え、いざ出発しようとした矢先、二人組が私たちの方に近づいてくる。

 そのうちの片方は、ゆったりと温かそうな服に身を包んだエルフの女性だ。のんびりとした柔和な笑みにはどこか見覚えがある。


「今日はおつかれさまです~。とっても賑わってましたね~」

「あっ、長猫耳の!」


 『長猫耳ポーション工房』の露店で店頭の対応をしていた人だ。

 彼女の後ろには猫の耳と尻尾が生えた小さな獣人の少女が控えており、種族は違うはずなのに二人はどこか姉妹のようにも見える。


「おつかれさま! あなたが実演販売のことを教えてくれたおかげで、今日はお客さんがいっぱい来てくれたんだ! 本当にありがとう!」

「いえいえ~、大したことはしてませんよ~。実演販売は確かに効果的ですけど、売れるかどうかは結局のところお店と商品の魅力次第ですからね~。私はただきっかけを作っただけです~」

「じゃあ、きっかけをくれてありがとう!」

「ふふっ。それなら私も、どういたしましてと返さないとですね~」


 私が満面の笑顔でお礼を言うと、エルフの女性も嬉しそうに微笑み返してくれた。

 それから彼女はコホンと咳払いをすると、ちょっとだけ真面目な顔になって背筋を正す。

 元がほんわかしてるから、心なしキリッとしたってくらいだけど。


「改めまして~……私は『長猫耳ポーション工房』の店主をつとめております、ソフィーナ・エピュクス・オペルムと申します〜。以後、お見知りおきを〜」

「私はフラル・プロジオン! この『プロジオン錬金術店』の店主だよ! よろしくね、ソフィーナちゃん」

「あら〜……ふふっ。ちゃん付けなんてされたのは久しぶりですね〜」

「あ、もしかして嫌だった?」

「そんなことありませんよ〜。親しみを感じてとても好ましいです〜。是非そのままで〜」


 どこか上機嫌に声を弾ませるソフィーナちゃん。

 それから彼女は自分の後ろに控えていた猫耳少女の方に振り返ると、ちょいちょいと手招きをした。

 猫耳少女がそれに応じ、トテトテと小さな歩幅でソフィーナちゃんのそばに寄ると、ソフィーナちゃんはそっと彼女の肩に手を添えた。


「この子は私のお店の唯一の店員で、私の大切な家族でもあるタマちゃんです~。さあほらタマちゃん、ご挨拶して~?」

「子ども扱いしないでください……はい。ご紹介にあずかりました、タマです。どうぞよろしくお願いしますです」


 ペコリと礼儀正しくお辞儀するタマちゃん。

 もちろん私もすぐに答えようとしたのだが、なぜかそれよりも先にソフィーナちゃんが反応した。


「わぁっ、よくできました~! 上手にご挨拶できて、タマちゃんは本当に偉い子ですね~。ご褒美によしよししてあげます~」

「…………はぁ……」


 これまでののんびりとした動きが嘘のような機敏な動きでタマちゃんをギュッと抱きしめると、甘やかすように頭を撫でまくる。

 いつものことなのか、タマちゃんは諦めたようにため息をこぼしながら、されるがままになっている。

 不満そうな、不服そうな……でもほんのちょっとだけ、満更でもなさそうな?

 こうして見てると本当に姉妹みたいだ。


「あはは、よろしくねタマちゃん。ふっふっふ。でもねぇ、ソフィーナちゃんにタマちゃんがいるように、私にも頼りになるパートナーがいるんだよ!」

「わっ。せ、先生?」


 私は隣にいたアルミアちゃんの後ろにくるりと回り込むと、彼女の両肩に手を置いてソフィーナちゃんとタマちゃんの前に押し出した。

 王都でも有数のポーション専門の錬金術店である『長猫耳ポーション工房』の肩書きを前にして緊張しているのか、アルミアちゃんはおずおずと控えめに会釈をする。


「えぇっと、あの……み、見習い錬金術師のアルミア・ケミストールですっ。ユグドラ王立学校の一年生で、その……今はフラル先生のお店で働かせてもらっています!」

「わぁ~、ユグドラ王立学校の子なんですね~! ふふっ、若くて良いですね~。なにを隠そう、昔は私もそこの生徒だったんですよ~」

「そ、そうだったんですかっ?」

「そうだったの?」


 アルミアちゃんと一緒になって声を上げる。

 まあ、さすがに私と同期ってわけではないだろうけど……。

 ソフィーナちゃんの見た目は人族で言うところの二十代程度だが、エルフは他の多くの種族と比べて長命だ。老化も遅いので、実際はもっと長く生きていることだろう。

 だからソフィーナちゃんが学校に通っていたという時期が一〇年や二〇年も前でもなんら不思議はない。


 目の前にいる人は錬金術師の大先輩であるだけでなく、学校の大先輩でもある。

 その事実にアルミアちゃんは一瞬だけ嬉しそうに顔を綻ばせたが、すぐに落ち込んだように肩を落としてしまった。


「……でも私、ソフィーナ様と違って、あんまり錬金術が得意ではないみたいで……今はポーション一つまともに作れるか怪しいくらいなんです」


 私もソフィーナちゃんも、学校を卒業し、自分のお店を持っている一人前の錬金術師だ。

 そんな人物に囲まれたせいで、隠していた不安と劣等感が浮き出てしまったんだろう。アルミアちゃんは自分を恥じるようにソフィーナちゃんから目を背ける。


 アルミアちゃんが私のお店で働き始めてから、私も時間を見つけてアルミアちゃんの錬金術の練習を手伝ってはいるけれど、未だ明確な成果は出ていない。

 錬金術を日常に落とし込むという私が出した案も、徐々に慣らしていくことで初めて実現できることであるため、まだまだ時間が足りないというのが実情だった。


「今は……ということは、以前までは作れたんですか~?」

「は、はいっ。入学当初は! ……でもいつからか、どうすれば正しく作れるのか段々とわからなくなってしまって……」


 どんどん顔を俯かせていくアルミアちゃんを見て、ソフィーナちゃんは悩ましげに腕を組んだ。


「なるほど~。スランプですか~。大変ですよね~……私も経験があるので、よ~くわかりますよ~」

「け、経験があるんですか? ソフィーナ様にも?」


 アルミアちゃんは意外そうに顔を上げた。


「もちろんありますよ~。錬金術は心が重要ですからね~。ネガティブな気分でやると、どうしてもうまくいかなくなっちゃうんですよ~」

「ネガティブな気分だと、うまくいかなくなる……ソフィーナ様でもそういう気分になることがあるんですか?」

「タマちゃんと出会う前はしょっちゅうでしたよ~」


 ソフィーナちゃんは朗らかにそう言うと、隣にいたタマちゃんの頭を撫でた。


「実は私、子どもの頃はとても体が弱くてですね~……いつもなにか小さな病にかかっていて、ベッドから起きているよりも横になっている時間の方が圧倒的に多かったんです~。それで、体が弱っていると、心まで弱気になっちゃいますよね~?」

「……大変だったんですね……」

「私なんて大したことありませんよ~。一番大変だったのは、いつも咳ばかりしていた私の面倒を見てくれた両親ですから~」


 ソフィーナちゃんらしいのんびりとした軽い口調ではあるが、その言葉には確かな重みがこめられているように感じた。


「私の故郷は魔導国バラベルと言うんです~。一年中雪が積もっているとても寒い場所なんですが、そこはまだ幼かった私にはとても辛い環境でして~……両親は私のために故郷を離れて、気候が安定したユグドラ王国に来てくれたんです~」

「素敵なご両親なんですね」

「そうですね~、本当にそう思います~。でも……それがずっと、私の心に負い目として残ってまして~」

「負い目ですか?」

「私のために……いえ。私のせいで、父と母はずっと暮らしてきた大切な故郷を離れなくちゃいけなくて~……両親はそれくらい平気だって言ってくれましたが、それでもやっぱり……私は割り切れなくてですね~」


 ソフィーナちゃんはぼんやりと空を見つめながら、その当時のことを思い返しているのか、どこか遠い目をしていた。


「大きくなって体も丈夫になった私は、錬金術を学ぶことに決めました~。幼かった頃の私のように体の弱い子や、そんな私の心配をし続けてくれた両親のような人の、ほんの少しでも助けになれればと思いまして~」

「それでポーション専門の錬金術師に……立派な志です」

「うふふ、そんな大層なものじゃないですよ~。その時の私はまだ、本当の意味で誰かのためを思ってはいませんでしたから~」

「本当の意味で……?」

「誰かに手を差し伸べることで、両親から貰ったものを返そうとしていたんです~。以前の私は、一人では外にも出られないようなか弱い子どもでしたから~……返し切れないものをどう返せばいいのか。そればかりに囚われて、目の前で苦しんでいる人の顔を見ていなかったんです~」


 お恥ずかしい限りですね~、とソフィーナちゃんは頬をかく。


「……自分のことだけを考えても、ポーションの錬成はうまくいかないんです~。ポーションは、人が人を思い、その人を治してあげたい、良くしてあげたいと願って作る物。そんな簡単なことにも気づいていなかった私がいつかスランプに陥ったのも、まあ当然と言えましたね~」

「……ソフィーナ様は、どうやってそのスランプを乗り切ったんですか?」


 核心に迫る質問だ。

 私と違い、スランプを経験したことがあるソフィーナちゃんならば、私以上に的確なアドバイスを送ってあげられるかもしれない。

 アルミアちゃんと、ついでに私からの期待の視線を一身に浴びるソフィーナちゃんは、堂々とその答えを口にする。


「それはですね~……タマちゃんと出会えたからです~!」

「むぐ」


 ソフィーナちゃんは唐突にタマちゃんをギュッと抱きしめると、幸せそうに頬ずりをする。

 タマちゃんは迷惑そうにソフィーナちゃんを押しのけようとするが、その抱擁は一向に緩む気配がない。


「タマちゃんは本当に可愛くてですね~。タマちゃんと一緒に暮らすようになってから、タマちゃんのことをよく考えるようになって~……それでようやく私は、誰かを思うということがどういうことなのかに気づいたんです~」

「誰かを思うということが、どういうことなのか……? えっと……つまり、どういうことなんですか?」

「う~ん。説明が難しいですね~……自分で気づかないと意味がないことかもしれません。ただ一つ言えることがあるとすれば~……私はタマちゃんのおかげでスランプではなくなって、いろんなことに気づけたということですね~!」


 話している間もタマちゃんからグッグッと手のひらで体を押されていたが、そんなことなどソフィーナちゃんはお構いなしだった。

 次第にタマちゃんも抵抗を諦めたのか、大きくため息をつくと、最初の時のようにされるがままになる。

 ……どことなくモジモジとして、照れているようにも見えるのは気のせいだろうか?


「誰かを思う……タマちゃんと出会えたから……タマちゃんのおかげ……」


 アルミアちゃんはいまいちソフィーナちゃんの言葉の意味が飲み込めていないらしく、ぶつぶつと呟きながら難しい顔で考え込んでいる。

 しかしやがて意を決したように一歩踏み出すと、ソフィーナちゃん……ではなくて、ソフィーナちゃんが抱きしめているタマちゃんとまっすぐ目を合わせた。


「あの、タマちゃん! お願いします。私もタマちゃんを抱きしめさせてもらってもいいですか!?」

「え。嫌ですけど……」

「あぅ……そ、そこをなんとか! タマちゃんの頭を撫でたり抱きしめたりすれば、私もなにかわかるかもしれないんです! なのでどうか、どうか……!」

「一体なにを曲解したら今のソフィーナのお話でそうなるですか……」


 これでもかというほど頭を下げて必死の形相で頼み込むアルミアちゃんを、タマちゃんは憐れむように見下ろす。

 まあ、うん。私も今のは、ソフィーナちゃんがタマちゃんを大事に思ってる云々が重要なのであって、タマちゃん本人にスランプを脱する効果があるわけじゃないと思うよ……。


「うふふ、アルミアちゃんはとっても一所懸命な子なんですね~」


 アルミアちゃんが懇願し、タマちゃんが突っぱねる。

 何度か繰り返されるそのやり取りを眺めて、ソフィーナちゃんは微笑ましそうに頬に手を当てると、チラリと上空に視線を向けた。

 後片付けを終えた直後はまだギリギリ夕日が出ていた空はすでに暗闇に包まれており、星の輝きがポツポツと顔を見せ始めている。


「もっとお話ししていたいところですが、そろそろお暇しなければなりませんね~」

「もう夜も遅いもんねぇ。今日は大変だったから疲れも溜まってるだろうし」

「ですね~。でも、今日はとっても有意義な一日でしたよ~。フラルちゃんにアルミアちゃん、とっても素敵なお友達が二人もできましたから~」


 友達……友達かぁ。まだ会って間もないのに、もうそんな風に思ってくれるんだ。

 なんだか嬉しくなって、気がつくと私は屋台にある商品のうちの一つを差し出していた。


「ソフィーナちゃん! お近づきの印にこれ、上げる!」

「これは……ポーション、ですか~?」

「そ! 私たちが今日露店で売り出してた物……の、売れ残り! まあソフィーナちゃんはポーション作りの専門家だし、こんなの貰ってもしょうがないかもしれないけど……」

「いえいえ~、是非受け取らせてもらいますよ~!」


 存外嬉しげにソフィーナちゃんはポーションを受け取ると、それを顔の前に掲げ、興味津々と言った様子で透明な瓶の内側を覗き込む。


「実は私、いろんなお店のいろんなポーションを味わうのが趣味でして~。そのポーションを作った人がなにを経験して、なにを考えて作ったのか~……そういったその人だけが抱いた感覚が、舌を通して体中に広がっていくような気がして、と~っても好きなんですよ~」

「お、おおぅ。そうなんだ……? でも、ポーションってお薬だよ? 苦いのばっかだし、味わうものじゃないような気が……」

「う~ん、あの苦さが良いんですけどね~」


 どうやら本気でそう思っているらしく、同調してもらえなかったことにソフィーナちゃんは悲しげに眉を下げる。

 そんな姿を見せられて、私はハッとした。


 ……そっか、そうだよね……。

 自分の趣味嗜好を理解してもらえないのは辛いよね。わかるよ……。


 聞いた瞬間こそ「なんか思った以上に物好きな趣味してるなぁ」と思ったが、よくよく考えれば私もソフィーナちゃんと同じようなものだった。

 自らの手で爆弾を作り上げ、さまざまな物を爆破して跡形もなく吹き飛ばすことに愉悦を感じる。

 これ自体にソフィーナちゃんの趣味との共通点なんてものはないが、誰に話しても理解してもらえないという一点では同じだ。

 私は爆弾を。ソフィーナちゃんはポーションを。

 愛する気持ちを理解してもらえない辛さは……そう。同じなんだ……!


「ソフィーナちゃん、ごめん! 私が間違ってた……! 私たちは、私たちは……うぅ。出会った時から、もうすでに親友だったんだね……!」

「親友……ですか~?」

「急になに言ってるんですかこの人……」


 タマちゃんが意味不明なやばいモノを見る目で私を見下してきている気がしたが、それも今はまったく気にならなかった。

 私の熱い想いが通じたのだろうか。ソフィーナちゃんはどこか感慨深げに目を瞑る。


「そうだったんですか~……私たちはもう親友だったんですね~。うふふ、なんだか照れちゃいますね~」

「私も! 私も照れちゃう!」

「あら~。うふふ、お揃いですね~」

「お揃い! お揃い!」


 キャッキャッ、うふふとソフィーナちゃんと喜びを分かち合う。

 やばい、なんかすっごい楽しい!

 なんだろうこれ……ソフィーナちゃんとは今日初めて会ったはずなのに、もうすっごい長い付き合いの友達と遊んでいるような感じがする!

 私たちって親友なんだ!


「この人たちもういろいろとダメかもしれないです……」


 タマちゃんが可哀想なものを見るような目で私たちを眺めている気がしたが、今の私たちは無敵だった。

 そうしてしばらくの間ソフィーナちゃんと友情を深め合っていたのだが、どんなに楽しい時間でもいつかは終わりが訪れる。

 未だ諦めず懇願してくるアルミアちゃんを軽くあしらいながら空を見上げたタマちゃんは、ため息混じりにソフィーナちゃんの袖をクイクイッと引っ張った。


「ソフィーナ。そろそろ本当に帰らないと遅くなりすぎちゃうですよ」

「あら~、ほんとですね~。名残惜しいですが……今日はもう失礼しますね~。フラルちゃん、ポーションありがとうございました。アルミアちゃんも、またお話ししましょうね~」

「は、はい! 私でよければ!」

「こっちこそ今日はありがとね! もし次なにか私に手伝えることがあったら遠慮なく言ってね! 今度は私が力になるから!」

「うふふ、ありがとうございます~。それではまた〜」


 大きく手を振る私に手を振り返すと、ソフィーナちゃんはタマちゃんを連れてのんびりとした足取りでこの場を立ち去って行った。

 その後ろ姿を見送ってから、私はくるりとアルミアちゃんに向き直る。


「それじゃ、私たちも帰ろっか」

「……はい」

「……?」


 なんか、微妙にアルミアちゃんの反応が悪いような……心ここにあらずと言った様子だ。

 結局タマちゃんに抱きしめさせてもらえなかったので、ちょっと落ち込んでるのかもしれない。

 あるいは単に疲れが溜まってるとかかな。今日は大変だったもんね。


 疲労が溜まってるならあんまり無理をさせちゃいけないかなと思い、できるだけアルミアちゃんの手を借りずに屋台を押して移動する。


「あの、先生……」

「ん?」


 道中、不意にアルミアちゃんに呼び止められる。

 ……が、それ以降の言葉が続かない。

 なにやら言いにくそうに口をもごもごさせるばかりで、なにを言うでもなく黙り込んでしまった。


「どうかした?」

「えっと……その……」


 アルミアちゃんはチラチラとこちらの顔色を窺い、しばらく逡巡していたが、やがて意を決したように口を開いた。


「その、もしよければなんですけど……!」

「うん」

「私……先生のお店で、住み込みで働いてもいいですか!?」

「えっ、住み込みっ?」


 思いもよらない嘆願に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 住み込み……私のお店でお泊りしながら働きたいってこと?


 アルミアちゃんと出会って一週間が経つので、その間で彼女が今どのように暮らしているかはすでに聞き及んでいる。

 アルミアちゃんはユグドラ王立学校に通う学生だ。そしてユグドラ王立学校には自宅通いと学生寮での暮らしの二つの選択肢があり、彼女は後者を選んでいる。

 その理由は彼女が王都の外にある村からやってきたということが一番大きいが、実のところそれだけではない。

 ユグドラ王立学校に存在するあらゆる分野における施設や設備を、より長く、より身近に、より効率的に利用するためだ。

 学生であれば、学校の設備を自由に使うことが許される。その特権を最大限に活用するためには寮暮らしが最適というわけだ。

 王都に自分の住居を持つ生徒でも学生寮での暮らしを選ぶことがあると言えば、その特権がどれだけ魅力的かがわかるだろう。


 そんな寮暮らしの利点を捨てて、私のあのオンボロなお店兼住処に住まいを構えるメリットなど皆無に等しい。

 なのにどうして……と疑問に思いかけたが、そこで私はさきほどのアルミアちゃんとソフィーナちゃんのやり取りを思い出す。


「もしかして……ソフィーナちゃんがタマちゃんと一緒に暮らしてスランプを脱したように、自分も誰かと一緒に過ごしてみればなにかキッカケが掴めるかもって思ってる?」

「は、はい! その通りです!」


 うーん、なるほど……。


 ……ソフィーナちゃんがスランプを抜け出すことができたのは、誰かと暮らす行為そのものがトリガーになったわけではなくて、おそらくはタマちゃんのことを心の底から大事に思っていたことがキッカケだ。

 錬金術でもっとも大切なものは心であり、タマちゃんを通してその心の在り方を見つめ直す機会を得られたことで、それがソフィーナちゃんにさらなる飛躍をもたらした……。

 だから形だけ、やり方だけ真似しても、おそらく意味がない。

 それくらいのこと、ソフィーナちゃんの話を真剣に聞いていたアルミアちゃんなら同じように理解できているはずだ。


 それなのに私にこんな話を持ちかけてきたのは……きっとソフィーナちゃんが言っていたように、アルミアちゃんが誰よりも一所懸命な子だからだ。

 進むべき道が照らされず、真っ暗闇でなにも見えなくても、がむしゃらに足を動かす。少しでも可能性があるのなら、なりふり構わず追い求める。

 足掻いて、藻掻いて、這ってでも前に進もうとする。

 夢を叶えるために。


 アルミアちゃんがそういう子だって、私は知ってる。

 だってアルミアちゃんそういう子だったからこそ、私たちは出会ったんだから。


「……私、勉強ばっかりしてたせいで友達とか全然いなくて……こんなこと頼めるの、先生しかいないんです」


 自分の服の裾を握りしめ、アルミアちゃんは懸命に言葉を絞り出す。


「図々しいことを言ってるのはわかってます。これがなんの意味も成果も得られないかもしれないってことも……でも、私は……私はやっぱり、夢を諦めたくない。どうしても錬金術師になりたい……! そのためなら私、なんだって試してみたいんです!」

「……そっか。うん、わかった。アルミアちゃんがそこまで言うなら、私も全力で協力するよ」


 私がそう答えると、アルミアちゃんは花が咲いたように顔を輝かせた。


「ほ、本当ですかっ?」

「もちろん! 言ったでしょ? 私はアルミアちゃんの先生なんだから、ドーンと頼ってくれていいんだって!」

「せ、先生……!」

「それに私も、アルミアちゃんと一緒に暮らすの楽しみだし! ふふっ、決まりだね! それじゃあいつからうちに来る? アルミアちゃんもいろいろ準備とかあるだろうし、明後日とか――」

「今日からお願いします!」

「へっ? きょ、今日から?」


 それってつまり、今からすぐにってこと……?

 い、いや。別にいいんだけどさ。いくらなんでも急すぎて驚いちゃった。


「はい! 大きな荷物は明日持ってくるので……! その……やっぱりご迷惑でしょうか」

「いやいや! 全然そんなことないよ! うちはいつだってウェルカムだから!」

「ありがとうございますっ! 先生!」


 よほど嬉しかったのか、アルミアちゃんは今にも飛び跳ねそうなほどだ。

 その様子は実に微笑ましいが、いやはや。まさか今日からとは……。

 善は急げとは言うけれど、私はまだまだアルミアちゃんの行動力を見くびっていたようだ。


 ただ……そうなるといろいろと足りないものも出てくると言うか。

 例えば着替えとか。今のアルミアちゃんは学校の制服を着てるけど、さすがに同じ物を着続けてもらうわけにもいかない。

 私のやつで寝間着のサイズ合うかなぁ。

 や、背丈は同じくらいだからそっちは問題ないだろうけど、主に胸の辺りがね……。

 アルミアちゃん、背が低い割に結構出るところ出てるから……。

Commentary:魔導国バラベル

高度な魔法技術を有する大国。その国土のほぼすべてが亜寒帯及び寒帯であり、どこももかしこもとにかく寒い。

高低差の激しい地形も多く、雨の代わりに雪と霰が降り注ぐ。じゅうぶんな食料の確保も難しく、生物が生存していくには少々過酷すぎる環境と言える。

全体的に魔物の数が少なく、生息する魔物もその多くが温厚である。それは下手に争って傷を負えば、自らが棲む環境によって即座に殺されることを理解しているからであろう。

エルフ種を中心とした肉体的にか弱い種族が寄り集まって国が造られており、その発端はアガルッタ帝国からの侵略への抵抗のためだったとされる。

魔導国バラベルがそういった歴史をたどっているためか、はたまたそこに棲む種族生来の気質ゆえか、バラベルでは争いが忌避され、知性と知識が重要視されている。

またアガルッタ帝国の「一人の皇帝による絶対支配の君主制」とは真反対の「審議会を介した合議制」による政治体制が敷かれているのも特徴である。

アガルッタ帝国とは犬猿の仲。

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