18.いえ、まだ成長期なので……! これから伸びる予定です!
「ただいま、アルミアちゃん! これ、おみあげ!」
「おかえりなさいです、先生。えっと……ありがとうございます?」
二つ買った特製ポーションのうち片方を手渡してみたが、なかなか微妙な反応だった。
まあ、使うかどうかもわからないポーションを急に渡されてもね。
でも、私一人ぶんだけ買うのもアルミアちゃんを除け者にしてるみたいで嫌だったし、せっかくだから二人分買っておいたのだ。
そういえば話を聞く手間賃代わりのつもりて買ったからよく見てなかったけど、これってどういう効果があるポーションなんだろう。
ポーションに貼られてるラベルを見直してみる。
……眠気覚まし? 疲労回復ポーション……? へえー、そういうのもあるんだ。
冒険者じゃなくて、大衆向けのポーション。今度参考にしてみてもいいかもしれない。
「それにしても、まさか『長猫耳ポーション工房』に直接話を聞きに行くなんて……詳しい話はここからじゃ聞こえませんでしたけど。なりふり構わないというか、なんというか」
「にへへ……だって私、まだお店のことよくわかんないし。私にもアルミアちゃんにもわからないなら、これはもう経験豊富なベテランに聞くしかない! って思って」
それに、なりふり構わない云々はアルミアちゃんが言えたことじゃないと思う。
だってアルミアちゃん、私のお店の面接の時に「なんなら給料だってゼロでも構いませんから!」とか「笑顔だって片時も絶やしません! 朝から晩までニッコニコですぅーっ!」とかヤバいことたくさん言ってたし……。
うん。あの時のアルミアちゃんと比べたら、今回の私の行動なんて全然普通だ。
「なんだか生暖かい視線を向けられている気が……」
「気のせい気のせい! それよりアルミアちゃん、実演販売をしよう!」
「実演販売、ですか?」
私は大きく頷くと、さきほど『長猫耳ポーション工房』の露店でエルフの女性から聞いた話をそのまま説明した。
アルミアちゃんは私の話を最後まで聞き終えると、感心したようにパチパチと目を瞬かせた。
「確かに、それは名案かもしれません。実演販売なら『長猫耳ポーション工房』が出店している今でも、じゅうぶんに注目も集められると思います」
「だよね!」
「ただそのぶん、商品の善し悪しがダイレクトに評判に影響してしまいますが……」
『長猫耳ポーション工房』のエルフの女性も、商品に自信があるならと念を押すように言っていた。
実演販売も実演販売で、それなりにリスクのある売り方なんだろう。
だけどそのリスクが商品の善し悪しに関わることだって言うなら、それこそ望むところだ。
私の商品は全部、私が手ずから錬金術で作ったものだ。純粋な錬金術の腕前なら、私はあの『長猫耳ポーション工房』にだって負けるつもりはない!
そんな私の気持ちをアルミアちゃんに伝えると、彼女も私の意を汲むように頷いてくれた。
「よーし! そうと決まったら早速実演販売の準備だよ!」
「はい!」
陳列スペースの商品を横に退けて新たに実演用のスペースを作ると、売る予定だった物の一部を実演販売用にしていく。
今現在、私のお店で売り出しているものは以下の通りだ。
ライフポーションやマナポーションと言った基本的なポーション類に、野営の時に便利な魔除けのアロマ。旅の必需品の携帯水筒と、いざと言う時のための緊急携帯食料。
そして火の魔法が使えずとも簡単に点火できる携帯ランタンに、ポーションを入れる専用ボトルとケースにベルトが揃った持ち歩きセット。
最後に、閃光玉、煙幕玉、音爆弾などと言った対魔物お役立ち消耗アイテムだ。
このうち、対魔物お役立ち消耗アイテムは実演販売には使えない。
魔物を怯ませるための派手な効果を持った道具ばっかだからね……こんな市場で突如使い出したら大惨事は免れない。
あとは魔除けのアロマも大々的には使えないかな。
勝手に焚くと間違いなく周りに迷惑だし、商業ギルドからも怒られる。せいぜい軽く匂いを嗅いでもらう程度が限界だ。
しかし、他のものは問題なく実演販売に使えそうだった。
「これをこうして……これでよしっと!」
「こっちも準備終わりました!」
「ばっちり?」
「ばっちりです!」
アルミアちゃんの元気な返事に、私は満足げに頷く。
細かいことだけど、こんな風になんでもハツラツと答えてくれるところがアルミアちゃんの魅力の一つだ。
「よお、嬢ちゃんたち。なんか面白そうなこと始めそうな雰囲気じゃねえか」
「おっ? おー!」
なにやらがさごそと作業をしていた私たちの様子が気になったのか、見知らぬヒゲ面のおじさんがズイッと私たちの露店に顔を出してきた。
でっかい斧を背負ってて、皮鎧を身に纏っている。たぶん冒険者の人だろう。
一瞬びっくりしたけど、すぐにお客さんだと気づいて笑顔で迎え入れる。
「こんにちはおじさ……こほん。お客さま!」
「ははっ。おじさんでいいさ。老けて見られるのは慣れっこだ。これでもまだ二〇代なんだけどな」
「うぅ。その苦労、わかるよおじさん……おじさんとは逆だけど、私も幼く見られがちなんだよね。もう二〇歳になるのに……」
「嬢ちゃんが、俺と同じ二〇代……? ……ああ! ドワーフ族か! この辺りじゃ滅多に見かけないから気がつかなかったぜ。ってことは、隣の嬢ちゃんも?」
おじさんから目線を向けられたアルミアちゃんは、慌てたように首を左右に振った。
「わ、私は人族ですっ。背が低いのは、その……素です……」
「おっと、そいつは悪かったな」
「いえ、まだ成長期なので……! これから伸びる予定です!」
そう言うとアルミアちゃんは、むん! と胸の前でグッと握り拳を作る。
もしかしてアルミアちゃん、私が思ってるよりも背が低いこと結構気にしてたり……?
……今度、冷蔵庫に牛乳を入れといてあげよう。
休憩の時間に一緒に飲もうね。
「で、結局ここはなんの店なんだ? 看板には錬金術店って書いてあるが……見たところ、売ってるもんは旅人や冒険者向けのものだな」
陳列スペースに並べられた商品をザッと見渡して、おじさんは訝しげに眉をひそめた。
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! ここは『プロジオン錬金術店』! 主に冒険者向けの道具を中心に売り出してる、よろずの錬金術店だよ!」
「ほう、よろずの……王都みてぇな大きな街じゃ珍しいな」
「おっと! ただのよろずの錬金術店と同じにしてもらっちゃ困るよおじさん! なんと私は錬金術師であると同時に、これでも立派な冒険者でね……! 冒険者が欲しがるものならなんでもわかっちゃうのだ!」
「へえ! 嬢ちゃんも俺と同じ冒険者なのか! まあドワーフ族なら納得だが。ちなみにランクはいくつなんだ?」
「Aだよ!」
「へえ、Aラ……Aランクだと!? 嬢ちゃんがかっ!?」
「そう! これ証拠ね!」
言いながら、私は冒険者ギルドのギルドカードをおじさんに渡す。
見せないと信じてくれないかもしれないからね。Aランクって上から二番目だから結構高い方だし。
「マジか……この嬢ちゃんがA? 俺まだCなんだが……」
「ん? おじさん、なにか気になることでもあった? ……あっ! カードは偽造じゃないからね! 本物だからね!」
「ああいや、それは見ればわかる……」
なにやらブツブツと呟きながら狼狽えていたので、もしかしたらカードが偽物と疑われているかもと心配したが、杞憂だったらしい。
なんせ私、こんな見た目だからね……。
こんな小さい子がAランク? ありえない! こんなカード偽物に決まってる!
なんて思われてしまう可能性もなくはないのである。
特にドワーフ族を見たことがない人なんかは要注意だろう。
このおじさんなら大丈夫そうだけど。
「とりあえず嬢ちゃんが見かけによらないすごい子だってことはわかったが……とは言え、こいつはあくまで冒険者としての実績だろ? 錬金術師としてどうかはまだわかんねぇな」
落ちつきを取り戻したおじさんは私にギルドカードを返すと、品定めでもするように私を見てくる。
おじさんの言うことはもっともだ。
旅や冒険……特に魔物が闊歩する危険地域を探索する場面では、持ち歩く道具の良し悪しがそのまま生存率に直結することだってありうる。
できる限り信用できる作り手や道具を選びたいと思うのも当然だ。
こういう時、錬金術師としての実績がなに一つないことが非常に悔やまれる……。
もしも私のお店に『長猫耳ポーション工房』のような評判と信頼があったなら、すぐにでも顧客を確保してしまえただろうに。
でも、ないものねだりしてもしかたがない。
それに今の私たちには、その『長猫耳ポーション工房』の人から教えてもらった、とっておきの新商法があるんだから!
「ふっふっふ……そんなおじさんのような興味津々なお客さんのために! なんと今なら、実際に商品を手に取って使ってもらうサービスをご提供中だよ!」
「ほう。なるほどな。それでいろいろと準備していたってわけか」
「そ! おじさん、商品の中でこれが気になるっていうものはない? 今ならどれも無料で使えちゃうよー?」
「ふむ……」
もしかしたらこのおじさんは、私たちが実演販売のためにいろいろと準備していたのが気になって、単に冷やかしで覗きに来ただけなのかもしれない。
だけど無料という単語を耳にすると、おじさんはピクリと反応を見せ、顎髭を指で触りながら考え込み始めた。
私のお店には冒険に役立つ多種多様な商品を置いている。それをどれでも使ってみてもいいとなれば、湧き上がる好奇心の魔力にはどうしたって抗えない。
私のお店を知らない『長猫耳ポーション工房』のエルフの女性が意図していたわけではないだろうが、よろずの錬金術店に実演販売というやり方は見事にマッチしていた。
「気になるってんなら、この緊急携帯食料ってのが気になるな。普通の食べ物にしか見えねぇが……まさかこいつも錬金術で作ったもんなのか?」
と、おじさんが指差したのはスティック状のお菓子のような見た目をした緊急携帯食料だ。
「そりゃあ錬金術店だからね。まさしく錬金術で作った食べ物だよ!」
「マジでそうなのか……錬金術って、確かあの発光する変な液体に材料入れてかき混ぜるんだろ? あんなものに浸した食べ物を体に入れても大丈夫なのか……?」
「あはは、なに言ってるのさ。おじさんも冒険者なら普段からポーションよく飲んでるでしょ? あれだって錬金術で作ってるんだし。それと同じだよ」
私が錬金術でハンバーガーを温めた時にもアルミアちゃんが驚いてたように、世間一般的には錬金術で食べ物を作る行為は奇異に見られる。
餅は餅屋と言うように、食べ物は料理人の領分だと考えている人が多いからだ。
だけど私に言わせれば、その固定観念こそが錬金術の可能性を閉ざしている。
錬金術は理論上、この世に存在し得るすべてのものを作ることが可能だ。
武器も服も薬も食べ物も、なんなら今はまだこの世界に存在していない未知の物質さえ。
無論それには正しい理論と知識、豊かな想像力、そして適切な素材が揃っていればという注釈がつくが。
「そう言われると、確かにそうか……いや、わかった。物は試しだ。じゃあその緊急携帯食料を一つ試食させてもらおうか」
「はーい! あ、でもこれ見た目に反してかなり栄養が詰まってるから気をつけてね。これ一つで食事一食分に相当するから」
「こんなちっこいのにか!? あー、だから緊急……なら、端っこだけ食うか」
そう言うと、おじさんはスティック状の緊急携帯食料の端を折って千切り、口に放り込んだ。
「ん……? おお、栄養だけ詰まったマズいメシを想像してたんだが、意外にうまいな」
「むふふ、でしょでしょ。携帯食料って持ち運びしやすいかどうかで味は二の次なとこあるけど、これは味にもこだわった逸品なのだ!」
「なるほどな。確かに少し食べただけなのに腹も膨れるし、悪くないな……危険地域での活動じゃ、呑気にメシ食ってる暇がない場面があるのも確かだ。そんな時にこいつがあれば……」
ブツブツと呟きながら、おじさんは改めて緊急携帯食料をジッと見つめる。
きっとその脳内では、この緊急携帯食料があった場合に助かるだろう状況をいくつもシミュ―レートしているに違いない。
手応えは……十分、アリだ!
ドキドキと興奮に高鳴る胸を押さえつけながら、私はおじさんの答えを待った。
「……よし、決めたぜ! 嬢ちゃん、その緊急携帯食料とやらを五個くれ!」
「っ! ほ、本当っ!?」
一瞬喜びで我を忘れかけたが、ギリギリで意識を持ち直した私は確認するように尋ねる。
「ああ。こんな手軽に食事摂れるもん他じゃ見たことないからな。一度冒険で試してみるのも悪くねえ」
「ま……毎度ありぃ!」
幾度か問答した末、おじさんは緊急携帯食料とランタンを購入して去って行った。
おじさんの後ろ姿が雑踏に消えて見えなくなるまで、ブンブンと手を振って見送る。
そうして、そのままぼうっと放心気味に立ち尽くしていると、喜色の笑みを浮かべたアルミアちゃんが私の視界に入り込んできた。
「やりましたね、先生! 以前一緒に買い出しに行った時から思っていましたけど、先生って結構交渉が上……手? ……先生? えっと、聞こえてますか?」
「……や……」
「や……?」
「やっっっ、ったぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃっ!? せ、先生っ!?」
アルミアちゃんを一目見た途端、今の今まで追いついていなかった喜びが爆発し、私は力いっぱいアルミアちゃんを抱きしめた。
突然のハグにアルミアちゃんは顔を真っ赤にして戸惑った様子だったが、それでも振り払われることはなかった。
「ありがとう、アルミアちゃん! アルミアちゃんのおかげで、私、初めてのお客さんをゲットできたよ!」
体を離し、アルミアちゃんを見つめながら感謝を伝えると、アルミアちゃんはむず痒そうに体をよじった。
「わ、私はなにも……先生が頑張って交渉したからだと思います。私は横で見てただけでしたし……」
「ううん、違うよアルミアちゃん! アルミアちゃんがいなかったら、私はきっとここに立つことすらできなかった。露店を開くことなんて思いつきもしなかった。あのボロボロのお店で、今も一人で不貞腐れてた……」
たった一人、お客さんが来てくれただけ。たった一度、取引が成立しただけ。
だけどこの一は私にとってなによりも大きい、本当に大きな第一歩だった。
だって、私一人だったらきっと、この数字はずっとゼロのままだったと思うから。
「アルミアちゃんの心が導いてくれたんだ。アルミアちゃんがいてくれたから、私のお店のために頑張ってくれたから……ううぅ~! アルミアちゃん、ありがとぉぉ!」
「ひゃっ……もー、先生……嬉しいのはわかりましたから、ほどほどにしてくださいね。人前なんですから……」
感極まった私が再びアルミアちゃんに抱きつくと、アルミアちゃんは困ったように声を上ずらせた。
急にこんなことしたら、鬱陶しげに振り払われたって文句は言えないのに……アルミアちゃんは恥ずかしながらも、おずおずと私の背中に手を回し、そっと抱きしめ返してくれる。
しばらくして満足した私はアルミアちゃんから離れると、「よーし!」と拳を天高く掲げた。
「この調子でじゃんじゃんお客さんを捕まえていくよ! 手伝ってくれるよね? アルミアちゃん!」
「はいっ! 露店はまだまだこれからです。張り切っていきましょう、先生!」
そうして私たちは、日が暮れて市場が閉まるその時まで、通りがかった人たちに声をかけ続けた。
一人、また一人とお客さんの数が増えていくことが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
これからもお店を続けていきたい。
そんな風に思えたのは初めてのことで、私は改めてアルミアちゃんとの出会いに感謝を捧げるのだった。